とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第27話〜命懸けの復活 黒衣の騎士〜

平次が4人の中に犯人がいると宣言し、1人は戸惑い、1人は怒りの形相を露わにし、1人は警戒したような表情をし、最後の1人は表情が硬くなる。誰もかれもが怪しい中、高木が目暮を呼ぶ。どうやら、蒲田のポケットから、未使用のミルクとガムシロップがあったとのこと。これで余計にガムシロップ等に毒が入っていなかったことが証明された。しかし、それが今回、偶々、入れる前に死んでしまったのか、元々ブラック派だったのか、これでは分からない。平次が夢美達に問い掛ければ、いつもは両方入れている筈とのこと。

 

「じゃあ、どうして両方とも残ってたんだ…」

 

「…中身が」

 

小五郎の疑問は誰もが抱くもの。いつも入れているのにこの時だけとは、中々、考え難い。が、その理由は彩子が話し出す。

 

「カップの中身が…アイスコーヒーじゃなく、コーラだったから…」

 

どうやら彩子は、そうすれば、蒲田が取り替えに彩子の元へ来てくれると考え、ワザとそうしたとの事。理由としては、彩子と蒲田は元婚約者同士だった様だが、彼女がそれを解消。その理由を聞きに来てくれるかもしれないと、そう考えたらしい。

 

「うわぁ、一見しただけじゃ中々分からないことを…」

 

「まあ、俺もそんな事されても分からないだろうな…」

 

「松田さんもです?」

 

「けど、炭酸だからなぁ…あの独特の音が聞こえたら、中身が違うと知るだろうし…」

 

「いやお前ら、もっと重大な言葉が出されただろ。ボケに走るのもいい加減にしろ」

 

「やだなぁ、彰。松田さんはノッてくれただけだよ?私の現実逃避に」

 

その瑠璃の言葉に彰は容赦ない力で頭にチョップを入れる。瑠璃がそれで暫く痛みで蹲っている間に、彰はこちらを冷たい目で見ていた彩子に話を進める様に促した。

 

彼女の話では、元々、彼女が高校を卒業した後、蒲田と結婚する予定だったらしい。しかし、彼女は突如、不安になり、先週、婚約解消の電話を入れたらしい。しかし、その後から蒲田は彩子が病院に行っても会ってくれなかったと言う。

 

「なーんだ、だから私のもコーラだったのね。もうちょっとで、このミルクとガムシロップ、入れちゃうところだったわ」

 

舞衣がそう言って、ポケットから開けられていないミルクとガムシロップを出した。そんな彼女に彩子は謝罪する。そこで話が一段落したと理解し、目暮が4人の飲み物とガムシロップとミルクを鑑識に回す様に指示する。それで高木と、痛みから回復した瑠璃が回収に回り出したところで、小五郎が目暮の耳に顔を寄せ、小声で話し出す。

 

「警部殿、こうなるとあの線も出てきましたなぁ」

 

「あの線?」

 

「自殺ですよ。10歳も歳下の娘に振られてショックを受け、自殺を目論んでいた矢先にここで彼女と鉢合わせ。腹いせに彼女の前で自殺を決行したんですよ」

 

たしかに、その線が正解だった場合、蒲田の目論見通りに彩子は被疑者入りしている。後は犯人として彼女が捕まれば、万々歳。と、そんな思考を持っていた可能性もある。

 

「そういえば蒲田君、車のダッシュボードをゴソゴソしてなかった?」

 

そこで舞衣が三谷に話しかけ、免許証を探していると言っていたと三谷が証言。何か気付いたことがあるのかと目暮が聞けば、彼ら3人は蒲田の車でここまで来たらしいが、その彼の様子がおかしかったと言う。そこで目暮が高木にその車に案内してもらい、ダッシュボードの中を見てくるよう指示。三谷の案内で、夢美、舞衣と共に高木と千葉が雨の中を走って行く。その姿を、静かに窓から見つめる黒衣の騎士と、その騎士を見つめるコナン。

 

騎士が窓から視線を逸らした瞬間、コナンに声を掛ける平次。

 

「なぁ、工藤。お前も気ぃついてんのやろ?毒仕込んだ犯人が、多分あの人やっちゃう事を」

 

そこでコナンの肩に手を置く平次。しかしコナンは、その手に冷めた視線を向けて、その目を平次に向けた。

 

「開けっ放しになっとった蒲田さんの蓋、間違えられたアイスコーヒーとコーラ、ほんで、あの人のおかしな言動。トリックもバッチリ読めたで。後は証拠があれば完璧…」

 

そこまで聞き、コナンはサッと手を肩から退かし、その場を去って行った。それに待ったの声を掛ける平次。そんな2人を見つめるのは、蘭と和葉である。

 

「相変わらず、仲ええねぇ、平次とあの子」

 

「うん」

 

和葉の言葉に、蘭はどこか嬉しそうに、笑みを浮かべて同意する。

 

 

 

 

 

体育館の袖側では、園子が雨降る天気を見つめて、憂鬱そうにしていた。無理もない。張り切っていた劇は最後までされず、事件も発生。落ち込むなと言うのが無理である。

 

「はぁ、サイッテー。へんな事件は起こるし、劇は中止になっちゃうし、おまけに雨まで降ってきて…お祭りムードが台無しよ」

 

そこで、園子はずっと後ろに立っていた人物に話を振った。

 

「ねえーーー先生?」

 

園子に話を振られた人物ーー新出は、優しげな笑みで彼女を励ます。

 

「仕方ありませんね、こんな事件が起こってしまったんでは…また今度という事で、今回は諦めましょう」

 

 

 

 

 

事件現場では、目暮が鑑識から報告を受けていた。その報告を聞き終わると同時に、高木達が戻ってきた。彼は肩も髪もびしょ濡れのまま、ダッシュボードから見つかった小さな瓶を入れた袋を見せる。

 

「恐らく、青酸カリではないかと…」

 

「ご苦労。こっちにもさっき鑑識から連絡があったよ。4人の飲み物に、毒物が混入された形跡はないとな」

 

「そ、それじゃぁ…」

 

そう、こうなれば、残る線は一つのみ。唯一混入されてそうな飲み物から発見されなかったのだ。となれば、後一つ。

 

「うむ、これより我々は、本件を自殺と断定してーー」

 

その瞬間、体育館に声が響き渡った。

 

「待ってください、目暮警部」

 

その、この事件内では聞き覚えのない声に、全員が驚き、その声の方向ーー外へと通じる扉の前にいた、黒衣の騎士へと顔を向けた。

 

「これは自殺じゃありません。極めて単純かつ初歩的なーー殺人です」

 

その声は、蘭にとってはとても聞きなれた、しかし、目の前で聞くにはあまりにも久しぶりなーー声。

 

 

 

 

黒衣の騎士は歩き出す。

 

 

 

(駄目…)

 

 

 

一歩一歩、血塗られた惨劇の場へと、ゆっくり、しかし確かな足取りで、迷いなく。

 

 

 

(やめなさい…)

 

 

 

ーーまるでそれが、日常であるかのように、歩いていく。

 

 

 

(今のあなたは、表舞台に立つ事を…)

 

 

 

そんな彼を止める『彼女』の思考をーー理解しながら。

 

 

 

(光を浴びる事をーー許されない人)

 

 

 

『彼女』の物言いたげな視線を、浴びながら。

 

 

 

(それが分からないの!?)

 

 

 

「ーーそう、蒲田さんは毒殺されたんです。暗闇に浮かび上がった、舞台の前で、日頃から持っている、自らのたわいもない思考を利用されて」

 

イキナリ語り出した黒衣の騎士に、目暮も、小五郎も、彰も瑠璃も伊達も松田も、驚きを露わにする。

 

「しかも、犯人はその証拠を、今もなお所持しているはず」

 

彼は周りの、驚いた表情を浮かべる人々を見渡す。

 

「僕の導き出した、この白刃を踏むかのような、大胆な犯行がー」

 

そこで彼はーー気障に笑う。

 

「ーー真実だとしたらね」

 

そんな騎士に戸惑いながらも、目暮は問いかける。その騎士が、誰なのかを。

 

「き、君は、一体…」

 

「ーーーお久しぶりです、目暮警部」

 

そこで騎士は兜に手を掛けーーーその素顔を、露わにした。

 

 

 

 

 

「ーーー工藤新一です」

 

 

 

(…馬鹿)

 

 

 

 

 

それにその場の全員が驚きで目を丸くするーーただ1人、『コナン』を除いて。

 

幼馴染の蘭でさえ混乱している。なぜなら彼女は、今現在、自身の後ろで鋭い目で『新一』を見つめる『コナン』が本人だと、『工藤新一』だと、そう気付いていたはずなのに、根底から変えさせられたのだから。

 

それは、平次も同じだ。『コナン』を見て、『新一』を見て、混乱する。何がどうなっているのか、戸惑いの中にいる彼には理解できないでいる。その隣の和葉は、本当に『新一』が男である事を理解し、ホッと内心で安堵した。

 

「よっ!待ってました名探偵!!」

 

学生の1人がそう声を出す。それをキッカケに、周りの学生達は『新一』を囃し立てる。そんなクラスメイト、他の学年その他諸々を見渡し、口元に人差し指を持っていく。

 

「シッ…静かに。祭りの続きは、この血塗られた舞台に幕を下ろした後で」

 

そんな彼の言葉に、周りの全員が一気に口元を押さえて静かになった。そんな彼を、舞台の袖から見ていた園子は呆れ顔。

 

「かぁ〜、相変わらず語るねぇ、あの男は」

 

静かになったのを見て、新一は手を下ろす。そこで蘭が少し近づいて来たのに気付き、顔を向ける。

 

「新一…?本当に、『新一』なの…?」

 

「あぁん?はっ、バーロォ…寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ」

 

『新一』はそこで頬を赤らめながら蘭に近付き顔を近づけて、その耳元に顔をさらに寄せて、小声で話す。

 

「ーー後で大事な話があっから、逃げんじゃねえぞ?」

 

それに蘭が驚いた後、『新一』は次に平次に顔を向ける。

 

「ああ、それから服部」

 

「お、おお…」

 

「お前、10円玉持ってねえか?」

 

「はあ?そりゃ、一つや二つやったら持っとるけど、そんなもん何に使う…」

 

そこで平次は何かに気づきーーびしょ濡れ姿の『犯人』に目を向ける。

 

「ハハーン?そういうことか」

 

その平次の対面にいる『新一』は自信満々な顔で同じように『犯人』へと視線を向けると、再度、貸して欲しいと頼む。それに諸々を含めた上で一言に纏めた『高い』を言えば、彼は苦笑いですぐに返すと言う。そんな彼らを見つめる警部達。

 

「…あの、新一くんが帰ってきたのはいいんだけど、今私、すごく混乱してる」

 

「ああ、分かるぞ。俺も混乱してる」

 

「だよね?ーー目の前でイチャイチャのラブラブを見せられて、彼氏いない歴イコール年齢のオバさんは、もうどんな反応すればいいのか…」

 

「そういう混乱じゃねえよ!!?」

 

瑠璃の見当はずれの混乱に、彰は盛大にツッコミを入れる。いままで散々生死不明で、偶に事件現場にいた目暮に電話をかけて、そこから推理を説明することはあっても、こんな事はなかった。彰達が出会ったことが無かっただけで、行方不明になる前はよくあったが、これは唐突過ぎた。

 

「く、工藤くん…久し振りに帰って来たところ悪いんだが、亡くなった蒲田さんのカップからも、他の3人のカップからも、毒物は検出されてはおらんのだよ」

 

そう、それも、蒲田の中身はほぼカラの状態。これで何処に毒があったのかは、分からない。

 

「こりゃどう見ても…」

 

それに『新一』は自信満々な笑みを浮かべて説明しだす。

 

「確かに一見、蒲田さんが自分で毒を飲んだ自殺のように見えますが、『ある物』を使えば、この殺人は可能になるんですよ」

 

「『ある物』?」

 

「そう、トリックの初歩の初歩ーー氷を利用すればね」

 

それに目暮と小五郎が驚く。勿論、瑠璃も驚いた。そんな事、思い付いていなかったのだから。

 

「…松田さん達、可能性には気付いてました?」

 

瑠璃がそこで松田達を伺いみれば、頷く彰、松田、そして伊達。だが、彼らも『証拠』で躓いた。だからこそ、その『証拠』を、『新一』はどうやって示すのか、彼らは興味を持った。

 

「利用された毒は、冷水に溶けにくい青酸カリ。氷に穴を開け、その中心部に青酸カリを仕込み、細かい氷で栓をして、再び凍らせたものを蒲田さんのカップに入れれば、毒が溶け出すまでの間に、蒲田さんは中身を殆ど飲み干せるという訳ですよ」

 

「しかしそれでも、彼のカップには溶け出した毒が残る筈じゃ…」

 

「…そういえば、蒲田さんのカップの蓋、開いてたよな?」

 

松田がそう零せば、それに『新一』は頷く。

 

「ええ。では松田刑事、何故だかお答え頂けますか?」

 

『新一』は得意げに松田に問い掛ける。そんな彼を見て、松田もフッと笑った。

 

「ああ、そんなもの、たった一つ…氷を食べるため」

 

その答えに目暮は目を見開く。

 

「た、食べた?」

 

「あ、そうか!?ほら、警部も残った氷をガリガリ食べるじゃないですか!」

 

その高木からの指摘に、目暮も漸くその様子を思い浮かべて、理解した。そしてその癖を理解していれば、確実に彼を毒殺出来る。しかも、その方法であれば、カップに毒は残らない。

 

そこまで聞いていた小五郎は、何処か疲れたような、もしくは呆れたような、そんな様子で『新一』に犯人は誰だと問い掛ける。それに『新一』は、カップを手渡しただけの三谷と夢美は無理だと言って除外する。彩子は氷を入れる事はできると言う。しかし彼女は、蒲田の頼んだアイスコーヒーをワザとコーラに変えたと証言した。返品の可能性のあるものに、毒など入れる訳がない。しかも、もう1人、同じ『アイスコーヒー』を頼んだ人物がいるのに、確実に蒲田を毒殺するなど不可能。何故なら、当たる可能性は半々。そんな博打は恐ろし過ぎてできる訳がない。そこまで言えば、もう犯人は残り1人にしか出来ない。

 

「そ、それじゃあ…」

 

「ええ。蒲田さんを毒殺したのは、飲み物を買い、皆さんの席に運んだーー鴻上舞衣さん、貴方しか考えられません」

 

その言葉に、関係者全員が舞衣に目を向ければ、舞衣は目を見開いて固まっていた。そんな彼女の名を、信じられないと言った様子の三谷が呼ぶ。しかし、反応は返ってこなかった。

 

「飲み物を買った貴方は、模擬店のテーブルで、ミルクとガムシロップを入れるフリをして、毒入りの氷を入れる事ができます」

 

「ちょっと待ってよ!?」

 

『新一』の説明に待ったをかける夢美。彼女は、ミルクもガムシロップも入れてない事を指摘する。それに三谷も同意し、蒲田のも同様だという。しかしそれは、毒入り氷を入れた後に、中身がコーラだと気付いたからだと、『新一』は言う。ミルクもガムシロップも入れてしまっては、蒲田が食べないかもしれないからと。

 

「…うん、不味そう」

 

どうやら想像してしまったらしい瑠璃が、不味いものでも食べたような、そんな顔で同意する。それを見て『新一』は苦笑い。彼女には何も言わず、トリックの説明を続ける。

 

「飲み物を皆さんの席へ、劇が始まる直前に持って行ったのは、返品させないようにするため。中身が違うことに気付いても、館内が暗くなってしまえば、取り替えに行くのは面倒になってしまいますからね」

 

「…ん?でもちょっと待って、新一君。ならその毒入りの氷は、どうやって持ち歩いて、どこに隠してたの?」

 

瑠璃の問いに、『新一』は高木が外に出ている間に、トイレの前のゴミ箱で見つけたと言って、ポケットから、ピンク色のビニール製のがま口財布を取り出した。

 

「…え、って事は、新一君、まさか…」

 

「瑠璃刑事、入ってませんから。トイレの前のゴミ箱で見つけたって言ったんですから、入ってる訳ないじゃないですか!?」

 

瑠璃が言いかけた事を『新一』は察知し、先回りして再度告げる。それにホッとする彼女に、どうもペースを崩されていつものような感じで推理が出来ない『新一』。彼は知っている。彼女の『力』は有り難いと共に、彼女の性格でいつも調子を崩されてしまう事を。

 

その間に目暮は鑑識に渡すように高木に指示し、高木は『新一』から財布を受け取った。

 

「コホンッ…この財布の中に、毒入りの氷を小さなドライアイスと一緒に入れておけば、長時間、氷を溶かさずに持ち運べます。つまり鴻上さん。貴方は毒の氷を入れた飲み物を、他の飲み物と一緒に三谷さんに渡したあとトイレに行き、ドライアイスをトイレに流し、財布をゴミ箱に捨てたんです」

 

ここまで説明し、舞衣に説明した内容に間違いがあるかどうかを、自信満々なその笑顔のまま問えば、彼女は否定しなかった。しかし、肯定もしなかった。彼女は問う。自身もまた、蒲田と同じアイスコーヒーを頼んだのだと。三谷がどちらのアイスコーヒーを選ぶかわからないのに、毒なんて入れられない、と。

 

「それとも、私が50%の確率に賭けたっていうなら、彩子ちゃんだって…」

 

その言葉に『新一』は、ふっと笑う。

 

「いや、100%ですよ…そうですよね?瑠璃刑事」

 

「…へ?」

 

『新一』に急に振られた瑠璃は、素っ頓狂な声をあげる。なぜ自身が名指しされたのか、彼女は理解出来ていない。そんな彼女に苦笑しながら話す。

 

「瑠璃刑事、貴方は初めの方に言いましたよね?…それが、正解ですよ」

 

「初めの…?」

 

そこで瑠璃は記憶を探る。探って探って、あっと声を出す。

 

「もしかして、両方に入れたっていう…あれ、正解だったの!?」

 

「すげぇ…やっぱりお前、野性の勘もってるだろ」

 

「だから私、野生動物じゃないですってばー!!」

 

「ば、馬鹿な!?彼女は自分の飲み物を、全て飲み干しているんだぞ!?」

 

瑠璃と松田が言い合いを傍目に、目暮は『新一』にそう指摘すれば、氷が溶ける前に急いで飲んでしまえば済むことだと言う。それに目暮が、それならそのコップから毒物の反応が出るはずだと言う。しかし、実際は彼女のコップからそんなものは一切出ていない。

 

「それを避けるために、無理に氷を出そうとすれば、周りの客に不審がられて…」

 

「彼女も蒲田さんのように、氷を食べるフリをして、毒入りの氷を口に含んだとしたら?」

 

それに驚く目暮。それを尻目に彼は続ける。

 

「そう、彼女はその後、氷を掌に出して、コッソリとある場所に隠したんです」

 

そこで彼は少し付けられていたポケットを探り、先程、平次から借りた10円玉を取り出し、指の上に乗せる。

 

「それは恐らく…」

 

そこで彼は指で10円玉を弾いた。

 

それは見事な曲線を描き、目暮達の頭上よりも上で描きーー平次が掴んでいた、舞衣の服のフードの中に、見事に入った。

 

「おお!ナイスシュート!」

 

「言ってる場合か!!毒入り氷を食べるのは危険だが、真ん中に入れてたんだろ?これで、あの10円玉の錆が取れてたらーー」

 

「取れとるで〜」

 

彰が瑠璃に注意した瞬間、平次がそこから10円玉を取り出す。伊達が確認に行けば、確かに一切、錆が付いていない、まるで新品の様な10円玉がそこにあった。

 

「確かに…こりゃ、青酸カリに触れて、酸化還元反応起こった証拠だな。…しっかし、坊主。お前さん、よく分かったな?フードの中に毒入りの氷を隠したなんて…」

 

伊達の言葉に『新一』が答えようとする。しかし、それを遮る声が1つーー舞衣だ。

 

「雨が降ったから…。外は雨が降ってるのに、さっき刑事さんを蒲田くんの車に案内する時に、フードを被らなかったのを見て、不審に思ったんでしょう?」

 

それに新一は頷く。もし被ってしまえば、溶け出した青酸カリを頭に被ってしまうのを避けたのだろう。そう、彼は思ったのだと言う。それを聞いて瑠璃は記憶を探り、確かに彼女は雨の中、フードを被っていなかったと、窓から見えた光景を思い出して、納得した。

 

「そ、それじゃあやっぱり、舞衣が蒲田を…」

 

「ええ、そう…私が彼を毒殺したのよーー医者の風上にも置けない、あの男をね」

 

「風上にも置けないって、一体どう言うこと…?」

 

夢美のその問いかけに、舞衣は語る。蒲田が今度の学会で発表しようとしていた学説。だが、その学説を覆してしまうような例外的な患者がいたという。しかし、その患者は病状が悪化し、亡くなったと語る。まるで『例外は存在しない』かのように。

 

「…じゃ、まさか、蒲田くん…」

 

夢美は信じられないと言った様子で、弱々しい声で言う。否定して欲しい気持ちは、真実によって打ち砕かれる。

 

「ええ。彼はその患者さんに間違った薬を投与し、病気の進行を早めて殺してしまったの…自分の下らない学説を守るためにね」

 

彼女の言葉に、その場がシーンと静まった。彼女はその怒りを一度なんとか沈め、それをどこで知ったのか、話しだす。

 

「…その話を彼から聞いたのは、先週、彩子ちゃんから婚約を解消されて、自棄酒を飲んでいた彼に付き合ってあげてた時。彼、後悔するどころか、苦々しげにこう吐き捨てたわ。『人間の命さえも自由にできるこの俺が、十代の小娘1人に振り回されるとは、全く馬鹿げた世の中だ』って」

 

「「はぁ??」」

 

夢美が信じられないと言った声を上げる前に、彰と瑠璃のドスの聞いた声が体育館に響いた。彼等は身近にいるのだ。家族にいるのだ。患者のことを真摯に思い、怪我をすれば同じように痛い思いを持っているかのように、一見無表情だが、悲しく顔を歪ませる、頭の良く、兄妹の中で一番優しい、弟。

 

「え、嘘でしょ?なんでそんな奴が医者になってるの?」

 

「これはもう、医師連盟に抗議を…」

 

「しなくていいしなくていい」

 

「もう奴さんは亡くなってんだから、意味ねぇぞ?とにかく落ち着け??家族に医者がいるからって気持ち傾けてたら刑事やってらんねえぞ?」

 

彰と瑠璃の怒りを納めに掛かる伊達と松田。そんな二人の刑事を見て、舞衣は少しくすりと笑う。まるで、自身は間違った行為はしていなかったと、そう思いたいように。

 

「…そこの刑事さん2人は分かってくれるかしら?彼のような医者が人の命を扱うことの方が、馬鹿げてるってこと」

 

その舞衣の言葉に、しかし2人は互いに顔を見合わせた後、舞衣に顔を向けて横に首を振る。

 

「確かに、蒲田さんの様な人が医者なのは、馬鹿げてますし、信用ならない医者であると言えます。…けど、それと殺しを許すかどうかは別です」

 

「えっ?」

 

「そもそも、事務員だとしても、人の命を救う病院勤めの貴方が、どうしてその方法しか考えつかなかったのか…俺達は、それが一番、悲しいですよ」

 

その2人の言葉と表情に、舞衣は少し悲しそうな表情を浮かべる。

 

「…ダッシュボードに入っていた青酸カリ。アレは、アンタがやったのかい?」

 

伊達がそんな舞衣に問い掛ければ、彼女は肯定する。免許証を隠して、不穏な行動を取らせたのもそうだと言う。そこで舞衣は『新一』に顔を向けた。

 

「ラッキーだったわね、探偵くん。雨が降ってくれて。アレがなければ、私が犯人だと言う証拠は得られなかったんじゃない?」

 

舞衣の言葉に、『新一』は否定する。フードの件が無かったとしても、舞衣の衣服のチェックは警察に願い出ていたと言う。未使用のミルクとガムシロップを所持している時点で、犯人は舞衣だと睨んでいた、と。

 

それに驚くのは舞衣だ。それの何がおかしいのか、彼女には分からない。

 

「貴方、トイレから帰ってきた時、『劇はもう始まっていた』と言ってたましたよね?劇が始まり、暗くなった館内で、カップの蓋を開けても、アイスコーヒーのコーラの違いなんて見分けられません。だから確信したんです。貴方は事前に蓋を開けて、中身が違っているのを知っていたんだとね」

 

それに舞衣は完全に諦め、『新一』の事を、OGとして誇りにさせて貰うと伝えて、高木と共に警視庁へと向かっていく。他の関係者3人もまた、調書のために、伊達達と共に移動していった。それを見送ってから、和葉は平次をからかい始める。

 

「なんか今日の平次、手品師の助手みたいやったね?」

 

「しゃーないやろー?ここは東京やねんから、工藤に花持たせたらな」

 

目暮はそこで『新一』を振り返り、嬉しそうに褒め称えだす。

 

「いやー!相変わらず頼もしいね、君は!」

 

「いえいえ!」

 

小五郎がそこでまだ自身の域には達していないと言うが、それを目暮は無視して、被疑者の事情聴取に久し振りに立ち会わないかと言えば、彼は遠慮する。彼にはまだ、野暮用が残っていると言い、蘭へと視線を流す。その蘭は、まだ信じきれないと言う様に、目をパチクリとさせていた。それと共に、『新一』は小声で目暮に『お願い』をする。今回の件で、新一が推理した事は内密にしてほしい、と。

 

「それは構わんが、最近謙虚だな、君は。いくぞー、毛利くん」

 

そうして沈んだ声のまま、目暮は小五郎を呼んで、事件の聴取へと向かう。そんな彼らを見送り、平次は『新一』へと話し掛けた。

 

「なあ工藤。なんで事情聴取に立ち会いへんねや?」

 

それに『新一』は、どこか苦しそうな様子を隠しながら、答える。

 

「ふっ、悪りぃな。トリックなんて、所詮、人間が考えだしたパズル。頭を捻れば、いつかは論理的な答えを…導き出せるとっ!!」

 

その瞬間、息を詰めた『新一』に、どうしたのかと問い掛ける平次。しかし、それを無視して続ける『新一』。

 

「…情けねぇが、人が人を殺した理由だけは、どんなに説明されても、分からねえんだ…理解は出来ても、納得できねえんだ……ま、まったく………」

 

その瞬間、胸を押さえたまま、『新一』は前に倒れだし、漸く様子がおかしい事に気付いた蘭が、ハッとする。しかし彼は、咄嗟に右手を床につけて倒れるのを阻止。しかし、苦しみは収まらない。荒い息が落ち着かない。全身から吹き出す汗が、止まらない。

 

(…ヤベェ、もう来やがった!!折角、元の体に戻ったっていうのに…!!上手くいきそうだったのに!!)

 

そう、それはあの日の哀との会話での事。3つ目の選択肢。それはーー解毒剤の試作品を試す事だった。

 

どうやら彼女、あの白乾児の成分を参考にして調合し、APTX4869の解毒剤を作っていたらしい。勿論、まだ誰も試していない、本当に、正真正銘の試作品。失敗していれば、死ぬ恐れのあるもの。それを彼女は、試すかどうかをコナンにーー新一に、問いかけた。結果としてそれは上手くいった。彼は今回、この様にして戻ってきたのだから。

 

「…新一?新一、どうしたの?新一…大丈夫?苦しいの?」

 

(蘭…ダメだ…こんな所でコナンに戻ったら、蘭に俺の正体が…)

 

しかし、そんな精神論で体の激痛、苦痛が治るわけもない。なんとか移動しようにも、もう既に、彼の体は彼の意思で動けるほど、正常ではなかった。彼はそのまま、ゆっくりとーー倒れた。

 

「工藤ッ!!」

 

「新一…新一!…新一ぃぃぃい!!」

 

 

 

 

 

暫くして、『彼』は薄っすらと目を開く。意識が戻り、微かに見える景色と薬の匂い。それで保健室であると理解し、自身が運ばれたことも分かった。段々と目の前の景色も鮮明になってきた。彼の前には青褪めた様子の蘭。心配そうな平次と和葉がいた。

 

(…まぁ当たり前か。目の前で人間が縮んだん…)

 

しかしそこで『彼』が手を目の前に出せばーーその掌は、小学生のような小さなものではなかった。

 

「…あれ?」

 

新一がそれに驚いているのを気にせず、3人は彼が目覚めた事に安堵の様子を浮かべている。

 

 

 

 

 

そうーーー彼は、『戻らなかった』のだ。




今回、途中途中であんなにシリアス壊すつもりはなかったんです…瑠璃さんが、瑠璃さんがいけないんです!!なんとかシリアスで続けようとしてるのに、何故か瑠璃さんがそれを壊しにかかるから!!メチャクチャフリーダムに動こうとして、それ以外の行動を頭の中に浮かばせないから!!!(床ダン)

因みに、新一が出てる間、鉤括弧を付けているのは、蘭さんはきっとその間はまだ現実を受け止めれていないだろうと思った為です。蘭さんの心情で付けてる感じですね。

兄妹のあの2人が怒ったのは、雪男くんが凄く真面目にしているからこそ、彼の夢である医者の品位を落とすような言動をする蒲田さんが許せなかっただけであって、決して殺陣を許しているわけではありません。復讐だろうとそこを彼らが許す訳ではありません。

まあ、『精神』が壊れるような復讐なら、命が取られるわけではないから、そこまでされる様な相手が悪いよね、な感じです。勿論、両方の意見を聞いた上でですが。話せないほど精神が壊れている場合は、彼らもそうは思いませんよ?勿論。キチンと意見は聞きます。

それでは!

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