とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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そう言えば、前話で咲さんのトラウマスイッチの話をしましたが、もしかしたら、あの米花シティホテルの件でおかしいと感じる方もいるかもしれませんので、その話は…あとがきで少し説明します。

それでは!どうぞ!!


第27話〜命懸けの復活 第三の選択〜

静かな夜の病室。銃で撃たれて入院しているコナンの部屋では、その静寂が崩されかけていた。

 

元黒の組織の研究者をしていた女ー哀によって、銃口を向けられているために。

 

「は、灰原…!」

 

コナンの驚愕の表情に、彼女はフッと笑う。

 

「悪いわね。どうやら私の中には、まだ冷たい黒い血が流れていたみたいだわ」

 

「何ッ!?」

 

「あら、分からないの?…私と優の正体が、バレたのよ」

 

彼女は『誰に』とは言わなかった。しかし、伝わってしまうーー『黒の組織(奴ら)』だ。奴らに、バレてしまったのだ。

キッカケは、奴らと遭遇した、杯戸シティホテルでの一件。予想外だった。ピスコの他にもう1人ーー仲間がいた事に。

 

「その仲間の証言で、私達が薬で幼児化した可能性があると組織は疑い始め、今朝、彼等に私達の居場所が突き止められたって訳」

 

しかし彼女は生きていた。それは、取引を持ちかけられたからだという。組織に戻れば、裏切りは不問に付すと言ったらしい。理由は、彼女が逃げて滞っている薬ー『APTX4869』。その研究を、一刻も早く進めたい。それだけのために。

 

「優も、組織に戻って、一生働き続ければ殺さないと言われ、承諾したわ」

 

それを聞き、コナンはフッと笑う。

 

「それで、組織の存在を知っている俺を、殺しに来たってわけか」

 

「ええ。それが、私達を受け入れる為の、彼等が出した条件。優がやると言っていたけど、折角だから、私が送ってあげようと思ってね。ああ、貴方の両親も、大阪の少年探偵も、明日には消されるそうよーーごめんなさいね?優は家族と子供達が、私は博士が、人質に取られてるの。今の私達には、彼等を助けるだけで精一杯。でも感謝してよ?貴方が両親や友達の死に顔を見ないようにーー真っ先に逝かせてあげるんだから」

 

そして哀はその小さな指で重いトリガーを引きーー『バキュン』と共に、コナンの眼の前で、赤い薔薇達が咲きほこった。

 

「へっ…?」

 

コナンはこの唐突な事態を飲み込めずにいる。自分は撃たれたはず。しかし、何処にも風穴は空かず、そもそも撃った筈のその銃口からは薔薇が咲くだけ。銃弾など出る隙もない。つまりこれはイタズラグッズの拳銃。

 

「ーーだったら、どうする?」

 

哀が楽しそうに問いかければ、コナンは心底意味が分からないと言った表情をする。それに目を背けて、オモチャの拳銃から薔薇の花束を彼女は抜く。

 

「あの会場に、奴らの仲間がいたとしたら。そして、私達の居所が突き止められ、博士達が人質に取られたとしたらーー私は、今言った行動を取るわよ」

 

そう言いながら、薔薇を近くの花瓶に刺す。

 

「…まあ、そうなったら彼等は、私達や、私達に関わった全てを抹殺する方が高いけど」

 

「おい、お前一体、何を言いに…」

 

「貴方に釘を刺しに来たのよ」

 

その哀の言葉に、コナンは理解出来ていない。なぜ、彼女が彼に釘を刺さなければいけないのか、を。

 

「感情に流されて、貴方が彼女に組織の事を漏らせばーー彼女は間違いなく、組織が消去する標的の1人にされる、てね」

 

哀が言う『彼女』など、1人しかいない。蘭だ。哀は十中八九、彼女がコナンの正体に勘付いている事、今回ばかりは誤魔化しきれないと考えたコナンが、薬や組織の事を全て打ち明けて、楽になろうとしている事、その2つを言われたコナンの目が見開かれる。事実だった。

 

「…何を驚いてるの?こんな事、見舞いに来て貴方の顔を見れば、一目瞭然よ。私が分かるんだから、彼女も気づいているでしょうね。『そろそろ、話してくれるかしら?』…なんて、思ってるかもしれないわよ?」

 

「おいおい…」

 

「貴方の選択肢は3つ」

 

哀はそこで指を3本立てた。

 

「1つ目は、このまま彼女に何も話さず、冷酷に接し続ける。2つ目は、組織に正体がバレる訳がないとタカを括って、彼女に真相を話す」

 

話すたびに1本、2本と再度立てていく。

 

「3つ目は…」

 

そして最後の指が、立ったーー。

 

 

 

 

 

帝丹高校文化祭当日。ライブ等で盛り上がっている学園内で、一際行列が並んでいる体育館では、蘭達のクラスの演し物である演劇『シャッフル・ロマンス』が開催されようとしていた。

 

裏にて既に準備を始めている蘭だったか、園子に呼ばれて客席を段幕の隙間から覗き見れば、全ての席に人が座っていた。それを見て緊張が込み上がる蘭。

 

「ちょっと、嘘でしょ!?なんでこんなにお客さんいるの!?次ウチの劇なのに…」

 

「それだけ前評判が高いのよ!!なんたって、あのロミジュリを凌ぐ超ラブロマンスって銘打っちゃったもんね!!」

 

2人が頬を赤く染めながらそう話していれば、後ろから声が掛けられる。そこで後ろを振り向いてみれば、和葉がいた。

 

「やっぱり来てもーてん!平次は迷惑かけるから行くなー言うとったけど…」

 

「じゃあ服部くん、来てないんだ…」

 

「なーんだ、密かに狙ってたのに…」

 

それに和葉の表情が硬くなる。それを見て慌てて蘭が冗談だと言う。

 

「園子は別の色黒の男の人に夢中なんだから!」

 

それに園子の顔が赤くなる。その彼と会ったのもまた事件に関係した時だが、今は関係ない。園子は揶揄い混じりで声を掛けてくる蘭に澄まし顔。

 

「悪かったわね…色黒好きで」

 

「ほんで、工藤くんはどこにおんの?…呼んでんねんやろ?」

 

和葉のその問いに、蘭は呼んでないという。そんな彼女に、園子が昔の友人や近所の知り合いを呼んでいるのに、なぜ彼を呼ばないのかと言う。そんな彼女達に割って入るのは、舞台裏まで入れてもらったらしい、マスクを付けたコナンだった。

 

「そっか、呼んだの、僕だけじゃなかったんだね、蘭姉ちゃん」

 

そのコナンの登場に、蘭が喜ぶ。そんなコナンの頭をわしゃわしゃと掻き回すのは、迎えに行っていた小五郎だった。

 

「まだ風邪が治ってねぇから、今日はウチで寝てろって言ったのに約束したから絶対行くって聞かなくてよ」

 

「どう?風邪、大丈夫?」

 

「平気だよ」

 

「無理しなくていいのよ?」

 

そんな蘭の心配そうな顔を、冷静な眼差しで返すコナン。そんな蘭を、後ろから騎士の代役である『新出 智明』が声を掛ける。どうやら最後のセリフのキッカケを話し合いたいらしい。そんな彼を初めて見た和葉。

 

「おっとこ前やなぁ!ひょっとして、蘭ちゃんの相手役?」

 

「そう!あの二人、お似合いって感じでしょ?」

 

そんな二人を目を細めて静かに見つめた後、席で見ていると言って去っていくコナン。そんなコナンの声を聞き振り向いた蘭を振り向くことなく歩いて進む。そして小五郎も最後に上がるなよと揶揄い混じりの声で言い、和葉も頑張ってと蘭を笑顔で応援し、その後を追って行く。そんなコナンを寂しそうに見つめる蘭。しかし開演15分前となり、ドレスアップしなければならなくなった蘭は、悲しげに俯いた。

 

そうして暫くして、演劇が始まった。幕が開かれるとともに真っ先に姿を現したのは、城の中で祈るように手を組み目を瞑る、美しく着飾った蘭。桜と白が主な色のドレス。しかしそれは、とても蘭に似合っていた。

 

「『ああ!全知全能の神ゼウスよ!どうして貴方は、私にこんな仕打ちをなさるのです!?それとも望みもしないこの婚姻に、身を委ねよと申されるのですか!?』」

 

そこで顔を手で覆う彼女に、小五郎はご機嫌な様子。

 

「よっ!待ってました、大統領!!」

 

その大きな声にその周りの全員が振り向き、その全員にご機嫌な様子で、彼女が自身の娘だと自慢すれば、その場の全員が微笑ましい思いで笑いだす。和葉はそれに照れた様子を見せるが、コナンは何の反応もなく、静かに劇を見続けた。

 

場面は蘭が馬車に乗って移動する所。そこを、何処かの国の兵士が武器を持って現れた。そこで園子が出番だと新出を呼ぶ為に後ろを見れば、そこには予想外の人物がいたーー。

 

「『お、おのれ!何奴!?これをブリッヂ公国、ハート姫の馬車と知っての狼藉か!!』」

 

三人いる兵士役の男子生徒の一人が焦った様子を見せながら問えば、相手役の男子生徒三人が悪どい笑みを浮かべている。

 

「『元より承知の上よ!!』」

 

「『姫を亡き者にし、婚姻を壊せとのご命令だ!!』」

 

「『我ら帝国にとっちゃ、公国と王国には、今まで通りにいがみ合ってもらった方が、都合がいいって訳よ!』」

 

そんな三人を見て、正義感が強い和葉が握り拳を作って見ている。そしてその帝国の兵士の一人が問い掛けてきた公国側の兵士を斬りつけ倒し、馬車の扉を開けて無理やり外に引っ張り出して、蘭が悲鳴を上げたところで、ついに和葉の我慢が効かなくなった。演劇ということも忘れて勢いよく立ち上がり、叫ぶ。

 

「蘭ちゃん!!空手や空手ェ!!そんな連中、いてもうたってぇ!!!」

 

客席側が和葉の様子に驚いたその瞬間、パッと一箇所がライトアップし、そこに黒い鴉の羽が1枚、2枚と降り始める。それに兵士と姫が驚き体が動きを止めた。1人の兵士が何かに気付いたように見上げた、その瞬間、上から漆黒の騎士が現れ、その兵士を斬り捨てた。

 

「『こ、黒衣の騎士ッ!!』」

 

その登場に和葉がヒートアップし、コナンは腕を組んで退屈そうに見つめている。

帝国の兵士達は慌てて逃げ出した。

 

「『1度ならず2度迄も、私をお助けになる貴方は、一体誰なのです!?』」

 

それに答えを返さない騎士。

 

「『ああ、黒衣を纏った名も無き騎士殿!!私の願いを叶えて頂けるのなら、どうかその漆黒の仮面をお取りになって、素顔を私に!!』」

 

その騎士はゆっくりと振り返りーー蘭の両腕を、つかんだ。

勿論、今のシーンで覚えてる限りそんな動きはない。蘭は驚き、何も出来ないままに、そのまま騎士に抱き締められた。それに蘭は頬を少し赤らめて、照れた様子を見せた。

 

一緒に練習していた小五郎も覚えている。この場面にこんなシーンは存在しない。驚きで口をあんぐりとあけ、和葉は蘭を褒め称え、コナンは目を細めてそのシーンを見つめていた。

 

勿論、こんなシーンではないので、蘭は焦りながらも耳元で先生を呼び、台本と違うと言う。しかし騎士は何も答えない。

 

「あ、あの野郎!!嫁入り前の娘になんて事を!!?」

 

小五郎が怒りを露わにし、騎士を睨み付け、立ち上がって乗り込もうとした。しかし、それを和葉が素早く腕を強く捕まえて、邪魔したらいけない事、今は良いシーンだから余計にダメな事を注意する。そんな2人を冷たい目で見ていたコナンの隣に、青い帽子を深々と被った男性が、腕を組んで座った。それに驚いたのはコナンだ。その髪型は、どう見ても『彼』だった。『彼』は不敵な笑みを浮かべて壇上を見つめている。

 

「…園子ー!こっからどうすれば良いの?」

 

蘭が小声で幕袖にいる園子に問えば、彼女はスケッチブックを掲げて見せた。そこには『そのまま続けて』の文字。

 

「『そのまま続けて』って、大丈夫?」

 

蘭の問いかけに、園子はどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、力強く頷く。周りの他のクラスメイトの女子も、どこかニヤニヤしていた。

 

「…『貴方はもしや、スペード!!昔、我が父に眉間を斬られ、庭から追い出された貴方が、トランプ王国の王子だったとは!!』」

 

蘭はとにかく進めようと、本来は騎士が仮面を取った後で言うはずだったであろう台詞を続けた。

 

「『幼き日のあの約束を、まだお忘れでなければ、どうか…どうか私の唇に、その証を!』」

 

「うわぁ!?バカァ!!なんて事言うんだお前は蘭!!」

 

そこで互いに唇を寄せーー。

 

 

 

「キャーーーーーー!!!」

 

 

 

その瞬間に体育館に木霊する悲鳴に2人は動きを止め、小五郎と和葉は後ろを振り返り、コナンと男も視線を後ろへと向ける。

 

名も無き騎士は壇上で素早く蘭を後ろへと隠し、盾となるように立つ。

 

悲鳴が木霊した場所には、空の紙コップが落ちーー眼鏡の男が、倒れていた。

 

 

 

 

 

演劇は中止となり、警察が到着し、現場保存が完成。目暮と共に、彰と瑠璃、松田、伊達達もやって来た。

 

「亡くなったのは『蒲田 耕平』さん、27歳。米花総合病院勤務の医師だったようです」

 

瑠璃が目暮達に説明し、目暮が、彼と共に来ていたらしい同じ病院勤務の三人ー警備員の『三谷 陽太』看護師の『野田 夢美』事務員の『鴻上 舞衣』に間違い無いかと問いかければ、茶髪の女性ー夢美が肯定する。

 

「劇を見ている最中に、倒れられたとのことですが…」

 

「なんか、急に苦しみだしたと思ったら、すぐ、崩れるように倒れてしまいました…」

 

「…いま、高木…ああ、あの刑事のそばに落ちてる紙コップの中の飲み物を、仏さんが飲んでから倒れたんじゃないのか?」

 

伊達が夢美に問いかけるが、夢美は曖昧な返事を返す。彼女は劇に見入っていて、見ていなかったらしい。

 

「へぇ、それはさぞや素敵な話だったんだろうな…ラブロマンスってあるが」

 

「松田、気持ちは分かる。俺達じゃ見れない話だ」

 

「え、面白いじゃん、恋愛系ドラマ。ラブロマンスも最高だよ?女心がキュンキュンするよ?」

 

「「キュンキュン…」」

 

瑠璃の言葉に、彰と松田の顔が引き攣る。

 

「お前、その言葉…その歳で恥ずかしいだろ」

 

「うっさいですよ松田さん!!私だって女ですからね!?」

 

「…ゴホン、高木、中身は?」

 

伊達が話を戻すように咳払いをし、高木に中身を聞けば、やり取りを見て苦笑いをしていた高木がハッとし、殆ど残ってないと答える。それを聞き、目暮が夢美に何時頃に蒲田が倒れたのかを聞けば、夢美が腕時計を見る。

 

「えっと、劇が始まったのが2時過ぎたから…」

 

「ーー午後2時40分頃だと思いますけど…」

 

そこで代わりに時刻を答える声に、その方向へと顔を向ければ、どう考えても主役らしい姿をしている蘭がいた。

 

「ら、蘭くん!?」

 

「わぁ!蘭ちゃん…素敵!!」

 

「あ、ありがとうございます、瑠璃刑事…丁度、悲鳴が聞こえたのは、劇の中盤の見せ場のシーンでしたので…ねえ、先生!そうでしたよね?」

 

蘭が後ろにいた騎士に問いかけるが、彼は答えない。そんな彼の様子を不思議に思う蘭。

 

「そうか!この学園祭、蘭さんの高校だったんですね!!」

 

「という事は、まさかあの男も…!?」

 

そこで目暮が右へと目を向けた時、上着を着ながら此方へと歩いてくる小五郎がいた。彼は目暮に目を向けられて、キョトン顔。

 

「誰か、お探しですか?警部殿」

 

「お前だよ、お前」

 

目暮が何処か呆れたような顔をして小五郎を見る。事件現場に小五郎がいるのが多過ぎるのだ。

 

(疫病神め。とうとう娘の学校にも不幸な事件を呼び込んだか…)

 

(警部、考えが顔に出てます…)

 

(うわぁ…警部、面白い顔してるぅ)

 

目暮の考えが表情からダダ漏れで、彰と瑠璃が其々そう思い、伊達も松田も、呆れたように溜息をつくだけ。

 

「で?当然、遺体には誰も近付けてはおらんだろうな?」

 

目暮が小五郎に問い掛ければ、彼は誇らしげな顔をする。

 

「勿論です、警部殿!現場保存は捜査の基本中の基本です!!この検屍官さんが触るまでは、誰も、近付いておりません!!」

 

そう言って、小五郎は眼鏡をかけた男の検屍官を指す。彼は高木の隣でずっと遺体を観察していた。

 

「死因は、分かりましたか?」

 

「え、毒殺以外にあるの?」

 

瑠璃が驚いたように彰と松田、伊達に小声で問いかける。見た限り、刺し傷もない、絞殺痕もない、かといって打撃痕もない。その他でここまで綺麗な遺体を作り出す方法があるのか、瑠璃の知識には毒殺以外にはなかった。

 

「…殺しだと断定された訳じゃねぇからな?」

 

「あっ、そっか。そう言えばそうだった」

 

松田が溜息を吐きながら言えば、それに納得した瑠璃。彼女は無意識に殺人だと決めつけてしまっていた。

 

「まあ、これは間違いなくーー」

 

「はい、恐らくこれはーー」

 

「青酸カリや」

 

松田が其処で言葉を続け、検屍官も答えようとした時、そこで大阪独特の方言が聞こえ、驚いて顔を遺体のすぐそばに顔をむけた。其処にはいつの間にか、青いキャップを被った男がいた。

 

「多分、この兄ちゃん、青酸カリ飲んで死んだんやろな」

 

「え、え?どなたです??」

 

「それ俺たちが聞きてぇよ」

 

瑠璃の頭にハテナが3つ浮かび、松田も頭が痛むのか、手で押さえて重い溜息を吐く。伊達と彰は苦笑いで、目暮に叱られている小五郎を見ていた。

 

「うーん、でもこの声、どっかで聞いたような…」

 

瑠璃が其処で記憶を遡っている間に、話が進む。彼は、見たら死に方が分かると言った。何故なら、死んだら人は血の気が引くが、唇の色も爪の色も、紫色に変色しないどころかピンク色になっていると話す。

 

「こら、青酸カリで死んだ証拠やで」

 

「ああ、青酸カリは他の毒と違い、飲んだら細胞中の電子伝達系がやられて、血液の酸素が使われないまま、逆に血色が良くなる…物知りじゃねえか、坊主」

 

松田がニヤリと笑いながら男に近付き、男も褒められた為か何処か誇らしげな顔を口元に浮かべた。しかし、松田はそんな彼にーー拳骨を入れた。

 

「っ〜!!痛いやないか!?何すんねん!?」

 

「バカが!!部外者が何当然のように現場に入ってやがる!!」

 

「いや、松田刑事、もしかしたらこの男、詳しくここまで話せるんだ、蒲田さんの近くにいた可能性がーー」

 

「あーっ!!」

 

そこで瑠璃が大きな声を上げた。それにその場の全員が驚き、瑠璃を見れば、彼女はどこか嬉しそうに声をあげる。

 

「思い出した!!その声、服部くんだよね!?」

 

それにギクリと身体が固まったのはーー白い肌をした帽子の男。

 

「は、はぁ??は、服部くん??ちゃうちゃう!!俺はーー」

 

「大阪から遊びに来て、蘭ちゃんたちの劇を見に来たの?いやぁ、それにしても久しぶりだよね!!ホームズの時の事件以来だよ!!…でもなんで肌が白いの??」

 

「せやから、俺は…!!」

 

「あれ?あの時はシャイな子に見えなかったけど、意外と恥ずかしがり屋だった??」

 

「話し聞けやボケェ!!」

 

遂に瑠璃にそう怒鳴ってしまう男。瑠璃は何故、自分が怒られたのか分からずキョトン顔。彰と松田、そして伊達は、2人のやりとりに笑いを堪えるので必死だった。

 

「ひぃ、ヒィ…はぁ、苦しいぃ…!」

 

「ははっ!アンタ、諦めた方がいいぞ?そいつが言ったんだ、間違いはないだろうさ」

 

「は、はぁ?何言っとんのや?アンタら…」

 

「はははっ!!そいつは、瑠璃は、絶対に忘れないーー『完全記憶能力』の持ち主だぜ?」

 

松田がニヤリと気障に笑って伝えれば、男はそれを思い出す。そう、ホームズの事件の時にも彼女は自身で言っていたではないか。『完全記憶能力』ー見たこと聞いたこと、それら全てを忘れることはないと。

 

しかし、ここで認めるわけにはいかない男。そう、彼にはやらなければいけない役割がーー。

 

「何してんの?平次?」

 

そこで帽子が取られて視界が広がった。その広がった先に現れたのはーー幼馴染の和葉だった。

 

(か、和葉…!?お前、来るなっちゅうたのに!!)

 

「顔にパウダーつけて、髪型変えて…ここで歌舞伎でもやんの?」

 

そう言いながら和葉が白い頬をなぞれば、その下から日に焼けたような黒い肌が現れた。

 

「ち、ち、ちゃうわい!!俺は平次やのうて、工藤新一や!!」

 

しかしその瞬間、彼に詰め寄り、目暮と小五郎が怒鳴る。

 

「お前どんな冗談だっつってんだよ!!!」

 

そこで彼は遂に諦めたのか、セットしたらしい髪をくしゃくしゃにして戻し、白い肌も拭いて、顔の辺りだけ色黒に戻った彼は、苦しい言い訳を始める。

 

「じ、冗談や冗談!!いやぁ、工藤の姿をして皆を驚かせようと思ったんやけど、アカンな!やっぱりバレてしもうたかぁ!!」

 

そんな彼に小五郎も目暮も呆れたような目を向ける。

 

「たくっ、なんなんだお前はぁ…」

 

「馬鹿をやるのは毛利1人で十分だっつぅの…」

 

その目暮の本音に小五郎が目暮に顔を向ければ、目暮は冗談だと言う。

 

(くそぅ…工藤のフリして、客席のちっちゃい工藤と一緒におるんを、あの姉ちゃんに見せて疑いを晴らしちゃろっちゅう巧妙な俺の計画が、和葉とあの刑事の姉ちゃんの所為で、さっぱりわやや…)

 

そこで目暮が咳払いし、平次に話しかける。

 

「ゴホン!…と、兎に角だ!!服部くん、君は一体、どこに座っていたんだ?まさか、本当に蒲田さんの隣にいたのかい?」

 

「ちゃうちゃう!俺の席は蒲田さんとは、通路で分けられた横のブロックの最前列や!」

 

「ん?横のブロックの最前列…」

 

そこは小五郎達が座っていた列だが、小五郎には記憶がない。

 

「そうや!おっちゃんの3つ奥に座ったっとったんやで?」

 

平次がニヤニヤと笑って小五郎を見るが、しかしやはり記憶になかった。目暮にも確認を取られるが、劇に夢中になっていて誰が近くに座っていたか覚えてないと素直に言えば、目暮が呆れたような眼差しを向ける。

 

「…誰か、証明できるような奴は近くにいなかったか?」

 

松田が話が進まないと思い、問いかければ、彼はコナンへと顔を向ける。

 

「くどっ…こっ、コナンくんの隣に、ちゃーんと座っとったで?」

 

平次がそう最初にどもりながらも話し、蘭も確認をとれば、コナンも頷く。

 

そんな平次を、彰が訝しげに見ているのに、彼は気付かなかった。

 

「それで、無くなった飲み物は、蒲田さんが自分で買って来たのかね?」

 

目暮がそこで漸く、夢美達に問い掛ければ、夢美が否定し、黄色のパーカーを着た舞衣が、演劇部がしていた模擬店で、4人分の飲み物を買ったという。その後、彼女は水色の半袖の服を着た三谷に飲み物を渡し、彼女トイレに行ったと三谷に確認し、彼も頷いた。

 

「じゃあ、三谷さん。貴方が飲み物を亡くなった蒲田さんに渡したんですか?」

 

「い、いえ…みんなに配ってくれって渡されて…」

 

 

 

ーー劇が始まる前。

 

『ちょっとトイレに行ってくるから、これ配ってて』

 

舞衣が買った飲み物を三谷に渡し、彼女はトイレに行くという。そんな彼女に夢美が腕時計で時刻を確認し、急いだ方が良いと伝え、舞衣もまた時刻を確認し、急いでトイレへ。その間に三谷が飲み物を確認する。

 

『ええっと、舞衣がアイスコーヒーで…』

 

『私、オレンジ』

 

夢美の言葉に三谷がオレンジを渡すと共にアイスコーヒーも渡す。

 

『耕平はアイスコーヒーだったよね?』

 

『あ、ああ…』

 

そう言って、耕平が受け取ったーー。

 

 

 

「ーーーだから、蒲田に直接、手渡したのは彼女ですよ…」

 

そう言って夢美へと視線を向ければ、夢美が機嫌を損ねた様子を三谷に向ける。

 

「何よそれ!?蒲田くんのアイスコーヒーを選んだのは、三谷くんでしょ!?」

 

そう言って争いそうな2人に、焦ったように高木が声を掛ける。

 

「あ、あのっ!失礼ですが、蒲田さんと、貴方方三人のご関係をお聞かせください…」

 

「私達、この高校の卒業生で、4人とも演劇部だったんです。偶然、今の職場も一緒で、学園祭の劇を4人で見に来るのが、毎年恒例になってました」

 

舞衣がそう答え、三谷が蒲田がこんな事になると思わなかったと呟き、夢美が、彼の学説が認められるかもしれないと喜んでいたと、悲しそうに言う。

 

「しかし、舞衣さん。なんで貴方1人で4人分の飲み物を買って来たんです?1人で4つも持つのは大変でしょうに…」

 

その小五郎の問いに、彼女は、売店が混んでいたため、三谷達には先に座って席を取ってもらっていたと言う。その際、途中で蒲田が来て手伝ってくれると言い、それを彼女は了承したのだが…。

 

「蒲田くん、急に青い顔をして、席に戻っちゃったんです…」

 

「青い顔?」

 

「何か、あったのか?」

 

小五郎が首を傾げ、松田が問い掛ければ、予想もしない所から答えが返される。

 

「きっと、売り子の中に私がいたからじゃないでしょうか?」

 

「あらっ、『彩子』ちゃん!?」

 

夢美が驚いたように振り返れば、其処には眼鏡を掛けた女子生徒『蜷川 彩子』がいた。

 

「貴方もこの学校の生徒だったの?」

 

「そっかぁ!どっかで見た顔だと思ったら!」

 

夢美と舞衣の驚いた様子に、目暮が知り合いかと聞けば、彼女達の職場である病院に勤めている、院長の娘だと言う。それを聞き、小五郎が4人分のカップに飲み物を入れたのが彩子かと聞けば、それを彼女は肯定する。それはつまり、彼女もまた、青酸カリを入れる事が出来た人物という事である。

 

それで容疑者が出揃ったと平次が言うと、舞衣が慌てた様に問いかける。

 

「ちょ、ちょっと!?私は蒲田くんと同じ、アイスコーヒーだったのよ!?私が彼の方に毒を入れたのなら、誤って自分が飲まない様に、直接、彼に渡すわよ!!」

 

それは確かに正論。しかし、方法がないわけではない。

 

「…両方入れて、飲まなかったとか?」

 

瑠璃のその呟きを拾った舞衣が反論する。

 

「全部飲んだわよ!」

 

「自分のはトイレに捨てちゃったんじゃないですか?」

 

「いや小五郎さん。彼女は飲み物を置いてトイレに行ったんですよ?流石に飲み物も一緒に持って行ったら、他の3人も疑うんじゃないですか?」

 

小五郎の言葉に彰が自身の考えを伝え、他の2人を見る。それに夢美も三谷も頷くのを見て、それが事実だと受け止めた。次に三谷を見れば、彼は配っただけで、毒を入れるタイミングはなかったと言い、夢美もまた同じ状況であったと声を上げる。しかし目暮が、蓋を開けて中身の確認ぐらいした筈だと言えば、蓋に中身の内容が書いてあって、開けなくても分かったと言う。しかも、アイスコーヒーにはミルクとガムシロップも乗っていたことも伝えられる。ならばと小五郎は元々、毒入りのガムシロップかミルクを持っておき、それをすり替えればどうだと言う。しかしそうなれば、飲んですぐに死ぬ事になると夢美が反論。なぜなら、青酸カリは『即効性』の毒だ。間違っても『遅効性』ではない。

 

となると、その推理の矛盾は1つ。

 

「…そうなると、蒲田さんは殆ど飲んでますから、ガムシロップとかには入ってなかったんじゃないですか?」

 

瑠璃の追い討ちの様な言葉に、小五郎はうっと呻く。

しかし、ここまでくると、殺人のトリックが分からない。それでも、分かることは1つだけ。

 

「ーー犯人は、あんたら4人の中に、おるっちゅうことやな!」

 

その平次の言葉に、4人は一気に警戒心を上げた。

 

それらのやり取りを、珍しく静観していたコナンもまたーー見つめていた。




『わや』…意味:滅茶苦茶になる、滅茶苦茶になった等の意味を持つ方言。

因みに、関西特有かと思えば、北海道の方などでも使われているみたいなので、結構広く使われてるみたいですね、この方言。

そして、平次君はアニメよりもちょっと早く正体がバレるという…本来は帽子を外して自身を『工藤新一』と偽って蘭さんに近付き、そこで和葉さんにバレるのですが、まあ和葉さんにバレなくとも、あの場の全員にバレてそうですね!だって普通に大阪弁で話してましたし!



…さて、咲さんのトラウマスイッチですが、前回の説明の通り、そこは間違いはありません。しかし、実は似た様な場面が一度だけ、前にありました。そう、米花シティホテルの、あのジンとの対峙ですね。

屋上まで逃げて、優(咲)が一度庇った後、今度は志保(哀)が庇い、それをジンは容赦なく撃ちました。あの場面でも蘇ってもおかしくないと思うでしょうが、ちょっとした違いがあります。

1つ目。この時、記憶の蓋は完全に閉まっていたこと。この蓋がほんの少し開いたのは、瞳の中の暗殺者編です。哀さんが、『燕』さんの事を問い掛けた時です。

勿論、これだけでも、スイッチが押されて仕舞えば発狂するのですが、明確な違いは2つ目。

2つ目。哀さんが気を失わなかった事。ジンは志保さんに『生還方法』を聞くためにも、急所を外していました。勿論、彼女は風邪をひいていて、しかもお酒を飲んだ後でもあるのでダル重状態。しかしそれでも緊張感からか、意識は保っていました。
煙突から落ちた後でも、ギリギリ彼女は意識を保ち続けていました。車の中でも、彼女は横になって寝ていただけ。それは咲も理解していたため、蓋が開かれる事はありませんでした。なんでしたら、出血量的にも致死量ではないと、無意識に判断しています。砂嵐の様なものも、頭の中に浮かんでいません。

もし、あの場面で彼女が意識を失ってしまっていたらーー砂嵐どころか一直線でトラウマスイッチがONとなっていました。

実にヤバイ線引きです。発狂してたら彼女はジンに無情にも撃たれて死亡。今の所まで生きてなかったでしょう。いやぁ、危ない危ない!

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