もしかしたら、6、7話まで引き延ばされるかもしれませんが、ご容赦下さい。
それでは!どうぞ!
佐藤と蘭が、風戸が務める米花病院に運ばれ、彰達もまた、そのまま後をついて来た。そこで佐藤はそのまま緊急手術が始まった。その手術室前の廊下には、先ほどトイレに集まった全員がいる。勿論、身体検査などは既に行われ済みの状態だ。
「担当医師の話だと、佐藤刑事に撃たれた銃弾は、心臓近くで止まっていたそうです。ですから、助かるのは五分五分。助かったとしても、暫くの間は生死を彷徨う事になると思います」
「そうか……ありがとう、雪男君」
「いえ。僕は止血をしただけですから。……もしかしたら、出血量が多くて輸血が必要になるかもしれません。今のうちに、佐藤刑事と同じ血液型の人を探したほうがいいかと」
「分かった」
そこまで話した雪男が次に見るのは、手術室前の長椅子に座った修斗と咲、その膝を枕に横になって気持ちよさそうに眠っている雪菜だった。
「……雪菜、寝ちゃった?」
「ああ。パーティーではしゃいだんだろ。今はスヤスヤと寝てる」
「咲ちゃんも、疲れてたら寝ていいからね?」
「気遣いはありがたいが、私は平気だ」
「……雪菜さんはその、本当に、感情が……」
三人の会話を聞いていたらしい高木刑事が言いにくそうに問えば、修斗は頷いた。
「はい。全くって程でもない……筈」
「雪菜は僕達の表情とかを見て、その場その場で『真似』をしてる部分があるから……」
「……これでも長い間、教えてきたんだけどな。『感情』を教えるのは難しい」
「でも、最近は『喜』の部分は生まれつつあるみたいだよ。前、僕の勤めてる病院に来てもらった時、最近の出来事とか聞いてたら、笑顔を浮かべてたから。まあ、本人無自覚で、それを指摘しても首を捻ってたけど」
「そうか。まあ、それでも感情が少しでも生まれつつあるなら……って、そんな事はこっちの事情だから関係ないとして、事件の方の進行状況はどうなってるんですか?」
修斗のその疑問はコナン達も気になっていた事で、高木に問えば、高木は答える。
「パーティー会場にいた子供以外のお客さん全員に身体検査などをして、硝煙反応を探してます」
「そんな事はどうでもいいです。犯人の目星は?」
「テメー!!どうでもいいたぁどういう了見だ!!こっちは真剣なんだぞ!!!」
修斗のその一蹴する言葉に、小五郎が噛み付く。小五郎からすれば、この事件に娘の蘭が関わってしまったのだから、なんとしても犯人を捕まえると意気込んでいるのだ。それを理解した上で、修斗は真剣な目で伝える。
「硝煙反応なんて出るわけないですよ。そんなもの残してパーティー会場に戻ってたら、後々こうやって調べられるときに自ら『犯人』だと名乗るようなものです。それなら自ら自白するなり、逃げる事をやめて自殺するなりするでしょう。死ぬ気も捕まる気もない人間なら、確実な手を考えます。拳銃を使う上で一番の問題は硝煙反応。拳銃もろとも残して行っているので指紋もですが、こちらはどうせ手袋なりして指紋はない。音の方はサイレンサーで解決されてます」
「じゃあ、修斗兄ちゃんはどうやって硝煙反応の問題を解決するの?」
そこでコナンが真剣な顔で問えば、今度はコナンの顔を見ながら答える。
「パーティー会場に入る前、皆んな一様に荷物は預けるだろ?そこで、大抵の人間は見かけてる筈だぞ?忘れ物の傘を」
「君、まさか、それで硝煙反応を消したとでもいうのかね?」
目暮がジト目で問えば、それに頷く修斗。
「ええ。傘を開き、それを片手で持ち、その傘に手が入るぐらいの穴を空けておけば、そこからもう片方の手を通し、拳銃で撃つ。暗闇の中で撃てないだろうと思うでしょうが、それは現場にあった懐中電灯で問題は解決されます。トイレの下の物置棚の扉、アレが開いていたということは、そこに付けっ放しで置かれた懐中電灯があり、蘭さんがそれを見つけ、現場を照らしてしまった。そんな所でしょう。付けっ放しだと思ったのは、暗い中で明かりを点けていないと、真っ暗闇じゃ誰も見つけることが叶わないからです」
「まっ、待ってくれ!どうしてそこで蘭さんだと断定出来るんだね!?佐藤くんの可能性も……」
「低いです。佐藤刑事は優秀な人です。現場にいたのが刑事2人なら、場合によっては迷ったでしょうが、その場にいたのは刑事と一般人。佐藤刑事なら、何が起こったのかを確認するため、蘭さんにはその場を動かないように言い含め、自身が行こうとするでしょう。真っ暗闇の中、前を見ることに集中すれば、下を見ることはない筈です。特に、トイレにそんな非常灯代わりになるものがあるとは誰も思ってない状態。そうなれば、自身の目を頼りに暗闇の中を進もうと考える。そうして懐中電灯は蘭さんによって見つけられ、佐藤刑事の姿は光に照らされ露わになる。そうなれば犯人としては狙いなど定めやすい。あとは先ほどの説明通りにすれば、そこでばら撒かれる硝煙は傘で防がれ、自身の体には1つもつかない。手の方は先ほども言った通り、手袋をしていれば、後は廃棄して終わり。証拠は1つも残らなくなる。ホテル側だって、ゴミはそのまま残しておけませんから、中身まで探らない。廃棄しなくとも、なんらかの言い訳を使えば証拠として扱われない。最悪、トイレにでも流してしまえばいい。……まあ、どうやら2つ、証拠を残してしまったようですが」
「?修斗兄ちゃん、それってどういうーーー」
そこで病院通路の自動ドアが開き、バタバタと走る音が聞こえてきた。その音の方へと全員が振り向けば、慌てた様子の園子がやって来た。
「?園子姉ちゃん、どうしーーー」
「おじさま!大変!!蘭が……!意識は戻ったけど、様子がおかしいんです!!!」
「なにっ!?」
「兎に角、来てください!!」
園子の言葉に殆どの人間が驚きを露わにする中、眠っていた雪菜は目を擦りながら首を傾げ、修斗は溜息を吐きながら座っていた椅子から雪菜の頭を起こし、立ち上がった。その隣には、咲が観察するように修斗を見上げている。それに気づき、修斗は少し困ったような顔をすると、頭を優しく撫でた。
そのまま全員が隣の病棟まで足を運び、蘭がいる病室へと焦ったように入れば、どこかボーッとした様子の蘭と、その背中を支えている妃がいた。
「蘭ッ!!……姉、ちゃん?」
「お、おい!どうしたんだ!!蘭!!」
「この子、私達の事ばかりか……自分の名前すら思い出せないの」
その妃の言葉に信じられないという様子を露わにしたコナンだが、一塁の望みをかけて、声を発する。
「蘭……姉、ちゃん?」
しかし、その望みはーーー叶わない。
「……坊や、誰?」
その言葉を聞いた瞬間、コナンは絶望し、声を発する事が出来なかった。
「う、嘘だろッ!?俺は毛利小五郎!!お前の父親だ!!!」
「すみません……」
「そんな……」
「ーーーやっぱりな」
そこで修斗の声が耳に入ってきた。どうやら修斗、咲、雪菜だけ歩いて来たようで、遅い到着ながらも全員を見渡しただけで現状を把握したらしく、修斗は咲と雪菜を自身から離しながらそう言葉を発した。それに反応したのは、小五郎だ。
「……なんだと?テメーッ!!やっぱりなって、どういう事だッ!!!」
「おじさま、落ち着いて!!!」
「オッチャン!!」
小五郎は修斗の胸倉を掴み、壁に勢いよく叩き付ける。その勢いが強すぎたのか、彼は一瞬、息を吐き出せず、苦しそうな顔をした。しかし答える責任はあると考えたのか、そのままで続ける。
「貴方みたいな元刑事や、そこの弁護士さん、医師、現職刑事と違って、彼女はただ武道の心得があるだけの女性。武道の心得があったって、目の前で今まで話していた人が拳銃で撃たれて瀕死状態で倒れ、その血を見る。その上、懐中電灯を取ったのは彼女だ。彼女ならこう考えるでしょう。『懐中電灯を見つけ、佐藤刑事を照らしてしまった、私のせい』と。自身のせいで、自身の目の前で、佐藤刑事が死にかける……そんな記憶から目を背けたくなるのは当たり前です。強烈なストレスがかかるのだって当たり前です。だから、彼女は記憶をなくした。……まあ、今はそれが幸いだと思いますが」
その言葉にさらに胸倉を掴む手が強くなり、気道がさらに強く押さえられ、苦しくなってくる。
「これの何処が幸いだと!?テメェに人の心はあるのか!!?俺達がどんな思いでここにいると思ってーーー」
「小五郎さん、落ち着いてください!!」
「これが落ち着いていられるかってんだ!!こいつを一発ぶん殴ってやる!!」
「だから落ち着いて!!!」
そこで漸く彰が小五郎を羽交い締めにして修斗から離した。そのお陰で修斗は気道を確保でき、少し咳き込んだだけで済んだ。
「……状況を考えて下さい。彼女は佐藤刑事の側にいた。そして、ライトを持っていたのも彼女ーーなら、記憶を失う前の彼女が、運良く犯人の顔を見ていないと、言えますか?」
その言葉で全員の顔が驚愕に染まる。そこまで考えが回らなかったのは、蘭の記憶が無くなったことへの衝撃が大きかった所為だろう。
「現に、彼女が持っていたはずのライトは、彼女の手から離れた場所に落ちていました。彼女の座っていた位置的に考えて、彼女が本来立っていた場所のそのまた後ろには、一つの銃痕。これらから見て、明らかに犯人は彼女も狙ったことが分かる。……つまり、犯人を見たであろう彼女が記憶を失ったと知れば、もしかしたら、彼女が狙われることはなくなるかも知れない」
その言葉に、一瞬ホッとする小五郎だが、そんな小五郎の安心を打ち崩すように、修斗は付け加える。
「……ですが、最後のは希望的観測。一生戻らないと思ってくれるなら僥倖ですが、ふとした瞬間に戻ると考えられれば、戻られる前に殺そうと考えて、行動してくるでしょう」
その言葉に顔を蒼褪めさせる小五郎と妃、泣きそうになる園子、そして、何かを決意するような目のコナン。そこでまた扉が開き、足音が聞こえてくる。その足音の一つに聞き覚えがあった咲が、声をあげる。
「白鳥警部?何処に行ってたんだ?」
そこで全員が扉へと目を向ければ、確かに白鳥警部が扉から入ってきていた。その後ろには、白衣姿の風戸もいる。
「風戸先生を呼んできてたんだよ。蘭さんの様子がおかしいと聞いてね」
「そうですか。それなら、お願いします」
「分かりました」
そのまま病室で診察が始まった。まず、彼女が本当に覚えてないかの確認がされ、その様子を見る。その後、常識的な質問を投げかけ、それに淀みなく答える。次にシャープペンシルを渡された時も、彼女は普通に押して、芯を出していた。
「……これで診察は終了です。お疲れ様でした。緊張してお疲れになったでしょう?今日はそのままお休みください。毛利さん達はこちらへ」
「分かりました」
「私と梨華は、雪菜と咲と病室の近くで待ってます。守りは必要でしょう?」
「それに、瑠璃以外は、蘭さんとはそんなに深く関わってないですから……さすがに、部は弁えさせて貰います」
「ああ、分かった」
そこで瑠璃たち4人と別れ、第4会議室へとやって来れば、風戸に椅子3脚に座るように促される。その椅子には小五郎達に座ってもらい、説明がされた。
「まず、診断から言いますと、逆行性健忘症でしょう」
「逆行健忘……?」
「突然の疾病や外傷によって、損傷が起こる前の記憶が思い出せなくなるっていうものですね」
壁に寄りかかって聞いていた修斗が代わりに説明すれば、それに風戸が頷く。
「はい。ただ、お嬢さんの場合、目の前で佐藤刑事が撃たれたのを見て、強い精神的ショックを受けたのだと考えられます」
「それで、娘の記憶は戻るんですか……?」
今この場にいる修斗以外の全員が気になっていた事を小五郎が聞けば、風戸は少し思案するような顔をする。
「今の段階ではなんとも言えません。ただ、日常生活に必要な知識の点では、障害はみられませんでした」
「それじゃあ、普通の生活は出来るんですね?」
「そうです。ですが、取り敢えず何日か入院して、様子を見てみましょう」
そう説明され、それを承諾する事にした小五郎達。その後、風戸が会議室から出ていくのを見届けると、それとほぼ同時に、席を外していた高木と千葉が戻ってきた。そこで、佐藤の手術が終わった事、心臓近くで止まっていた銃弾は取り出された事、しかしそれでも助かるのは微妙である事が伝えられる。それに心配、焦り、緊張、後悔の感情が入り混じった表情を浮かべる目暮と白鳥。後悔からか顔を俯かせる彰。悔しそうな顔の伊達。しかし、そんな事は小五郎には今、関係ない。小五郎はついに、叫ぶ。
「警部殿!!こんな事になっても、まだ話してくれないんすか!?」
その言葉に、目暮は黙ったまま小五郎を見返す。
「白鳥、彰警部、伊達警部!!お前達は知っているんだろ!?」
「……犯人は、我々の手で必ず逮捕します」
その言葉に、小五郎は悔しそうに机を殴る。
「ねえ、懐中電灯の方からは指紋は取れたの?」
コナンが千葉にそう聞けば、千葉はそれに肯定する。しかし、そこから取れたのは蘭の指紋のみだった事が告げられる。それに驚きはないコナン。これは彼にとっては、修斗の言葉が本当に正しい事なのか、自身でも確認しなければ納得しない為の、確認行為なのだから。
「ーーー全て、話そう」
そこで目暮が口を開き、そう言葉を紡ぐ。その言葉に驚いたのは、毛利一家。彼らは、諦めていたのだ。目暮達から、警察から、なんの真実も、この事件の裏にあるだろう『何か』も、伝えられる事なく、遠ざけられる事になるだろう、と。
「し、しかし、目暮警部!!それは……」
「なに、クビになったら毛利君の様に探偵事務所でも開けばいいさ」
「じゃあ、俺と伊達もクビになったら、目暮警部の探偵事務所で働くか」
「おう!それいいな!!」
「いや、兄貴の場合、親父にこき使われる未来しか見えないんだが……」
そこで壁に背を預けていた修斗が呆れ顔でそう言えば、彰はいかにも嫌そうな顔をする。彰だって、父親にこき使われるのは嫌なのだ。
「高木君、松田君は佐藤君に、千葉君は瑠璃君と共に蘭君に付いてくれ。何かあったら直ぐに報告するんだ」
「「「はい」」」
高木達はそこで返事を返して付いていく。松田の後ろには、萩原もついて行く。
「それから、修斗さん。すみませんが……」
「察してます。そのついでではありますが、俺も今日は疲れたので、梨華と雪菜、咲、雪男を連れて帰らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。長い時間、捕まえてしまってすみません」
「いえ、俺は別に平気ですよ。ここに来る前に親父には説明してましたから」
そうして宣言通り、修斗は会議室から雪男と共に出て行った。それを見送った後、彰達4人は小五郎達の正面に座り、話を始める。
「去年の夏、東都大学付属病院第一外科の医師『仁野 保』氏の遺体が、自宅のマンションから発見された」
目暮が説明し、その名前が出されたとほぼ同時に、白鳥が胸ポケットから仁野の写真が目の前に出される。紅のスーツを着て、眼鏡を掛けた自信満々な笑顔を男だ。
「捜査を担当したのは私の先輩で、私と同じ警視庁捜査一課の『友成』警部だった。彼の下に射殺された奈良沢刑事と芝刑事、そして佐藤君が着いたんだ」
「仁野さんはかなりの酒を飲んだ上、自分の手術用のメスで、右の頸動脈を切っていました。死因は失血死です」
「第一発見者は、隣町に住んでいてルポライターをしている、妹の『環』さん」
彰、目暮の説明の後、白鳥が出した写真に写っていた環という女性は、薄い赤色のジャケットを着て、少しこちらを睨む様な目で見ている焦げ茶色の髪をした女性だった。
その写真を見て、コナンは思い出す。その女性が会場に来ていた事を。
「オジさん、この人!」
「おっ、ホテルのパーティーで!……思い出したぞ!彼女、前に俺を訪ねて来たんだ!」
「え!?事務所に来たの!!?」
その言葉はその場に衝撃を与えた。コナンも驚きで声をあげ、彰と伊達もまた、驚愕の顔を浮かべるが、その目はまるで狩人の様に鋭く、何も取り逃がさないとばかりの緊張感を、その身に纏わせた。
「それで、彼女は君になにを!?」
目暮がそう真剣に問い返せば、小五郎は恥ずかしそうに顔を掻く。
「あ、それが……その時は強かに酔っていまして、彼女が何を話していたのか、ぜんっぜん覚えていないんです」
その言葉を聞き、妃もコナンも呆れ顔。彰でさえ、頭を抱えた。
「僕、この仁野って人の事件を覚えてるよ。亡くなる何日か前に、手術ミスを、患者さんの家族に訴えられてたよね?」
「ああ、そうだ。坊主、よく覚えてたな」
伊達がそう褒めれば、コナンは笑顔を浮かべる反面、内心では坊主ではないと文句を垂れる。しかし、子供になってしまった以上、避けては通れないのである。
「部屋のワープロにも、手術ミスを謝罪する遺書が残っていました。その為、友成警部は自殺の可能性が高いと判断しました」
「所が、妹の環さんが、自殺を否定したんです」
白鳥のその説明に、コナンは驚く。どう見ても自殺にしか思えない現状で、妹が否定したのだから。
「その嬢さんが言うには、兄の仁野は元々、患者の事なんて全く考えない最低の医者で、手術ミスを詫びて自殺することなんて、あり得ないんだとよ」
「しかも一週間ほど前に、ある倉庫の前で、保さんが紫色の髪をした若い男と口論しているのを見たらしい」
その『紫色の髪』という言葉に、コナンが反応する。何故なら、その髪色の持ち主を、今日、見ているのだから。
「友成警部は、念の為、佐藤、奈良沢、芝刑事を連れて、倉庫へ向かった。その日は特に暑い日で、気温は35℃を超えていたそうだーーー」
夏の暑さの中で捜査が始まり、まず、倉庫の鍵がかけられている事を奈良沢が確認し、友成がそれで張り込みを決行。芝を自身たちとは少し離れた場所に張り込ませ、他三人は木箱で姿が隠しやすい場所に姿を隠した。例え4人が隠れた場所が建物のお陰で出来た日陰であろうと、暑さは変わらない。友成が暑さから額に流れた汗をハンカチで拭ったその瞬間、胸に痛みが走る。
『グゥッ!!』
その呻き声を聞き、佐藤と奈良沢が後ろを振り返れば、友成が胸を押さえて蹲る瞬間を目撃してしまった。
『どうしたんです!?警部!!』
『心臓病の発作だ!!直ぐに救急車を!!』
奈良沢の指示で佐藤が救急車へと連絡をいれようとする。しかし、それに気付いた友成が、その腕を掴み、呼ぶなと言う。それに佐藤が困惑の声を上げれば、友成は、自身たちは張り込みちゅうなのだと言う。確かに、ここで救急車を呼んでしまえば、張り込み対象に気付かれてしまう。しかし、呼ばなければ、友成がどうなるかなど分かりきったことでもある。佐藤のその考えを理解しているからか、友成は胸を押さえながらも立ち上がり、タクシーを自身で捕まえて病院に行くため、張り込みを続けるように指示を出し、その場からフラフラと去って行く。
「だが、心配した佐藤君が暫くしてから見に行くと、友成警部は道路で胸を押さえて倒れていた。佐藤君は直ぐに友成警部を東都大学付属病院に運んだ。……しかし、友成警部は手術中に、息を引き取った」
「その後は、友成警部の急死もあって、仁野保氏の死は自殺と断定され、捜査はそのまま打ち切りとなりました」
「妹の環さんには、男のことは調べたが、事件とは無関係だったと、芝刑事が伝えました」
「そんな事があったんすか……」
「ところで、友成警部には『真』という一人息子がいるんだが……」
そこで白鳥警部が取り出した写真に写っていたのは、顔立ちが親の友成とよく似た青年だった。その青年を見たコナンはあっと声を上げ、パーティー会場にいた事、しかし、直ぐにいなくなってしまった事を伝えた。そこで、この真という青年が何と関係してくるのかを小五郎が問えば、目暮は暗い表情で伝える。
「ああ。通夜の席の事だ。彼は、奈良沢刑事達に、何故、救急車を呼ばなかったのかと、そうすれば、友成警部は助かったのではないかと、責めた」
「それに奈良沢刑事が話そうとしたが、それを遮るように、『父を殺したのは貴方達だ。僕は、貴方達を許さない』と激怒しました」
そこで一度、コナンがそろそろ喉の渇きを覚えたのではないかと心配した彰が目暮に飲み物でも買わないかと助言し、自動販売機がある所まで移動し、コナンにオレンジジュースを一つ、手渡した。
「その後、奈良沢、芝両刑事は所轄署に異動となった。所が最近になって、佐藤君が勤務時間外になって、何かを捜査しているのを、白鳥君と伊達君が気付いた」
「彼女は、奈良沢警部に頼まれて、芝刑事と三人で、一年前の事件を調べ直していました。ただ、佐藤さんは敏也君と仁野氏の関係は知らされていなかったようです」
そこでまた会議室に戻るために、エレベーターホールまで戻りはじめた。勿論、その道中でも話は終わらない。
「奈良沢刑事が射殺されたのは、それから間も無くの事だった」
「続けて芝刑事も射殺され、俺たちは一年前の事件に関係して狙われたんじゃないかと確信したんだ」
「例の警察手帳から、犯人が警察関係者だと推理し、刑事の息子である友成真を高木刑事、警視長の息子である敏也君を、私が調べることにしたんです」
そこでエレベーターが到着し、そのまま最上階まで移動する。
「私は犯人が、次は佐藤君を狙う可能性が高いと思い、彰君をガードにつけると言ったんだが……断られてしまった」
「じゃあ、警部殿が彼女に声を掛けたのも……」
「……そうだ」
そこで目暮が悔しそうに拳を握っているのを見たコナンは、その気持ちを汲み取り、真剣にこの事件と向き合う覚悟を決めた。そして小五郎はといえば、目暮に、この事件の犯人は敏也だと言った。その理由は、一年前の事件を奈良沢、芝、佐藤刑事が再捜査を始めた為、先手を打ったのだと自信満々に言う。しかし、目暮はそれに納得しない。勿論、消炎を付着させない方法を聞いてしまっている以上、そこで犯人ではないとも断言出来ないでいる。
「それよりも、友成真だ。彼は現在、行方が掴めん」
「それに、奈良沢、芝刑事が撃たれた日に、近くで目撃されていました。しかも、今日パーティー会場にいたとなると……」
「犯人が左利きっていうのは分かってるんだけどな〜」
コナンのその言葉に、白鳥は思い出す。真もまた、左利きである事を。それを聞き、目暮は白鳥に、真を指名手配するよう伝言を言付け、白鳥は直ぐに本庁へと戻っていく。それを見送った後、コナンは目暮に疑問を口にする。
「ねえ警部さん。仁野って人の頸動脈は、どう切られてたの?」
「どうって、右側を上から下へ真っ直ぐだよ」
「じゃあ、その事件が他殺だったら、その犯人は左利きかもしれないね」
「……確かに」
そのコナンの言葉に、彰、伊達は納得する。それに目暮と小五郎が訝しげな目を向ければ、彰が答える。
「考えみて下さい。もし他殺だった場合、この切り方なら、後ろから仁野氏を左腕で首を拘束し、首を切れば、返り血は浴びません。それ以外の方法での他殺で右の頸動脈を上から下に切ろうとすれば、返り血は浴びますし、綺麗に切れません」
「なるほど……いや、だが、友成真は仁野氏とは繋がりがない。もし、仁野氏が他殺だったならば、別に左利きの犯人がいるはずだ」
「おいおい、目暮警部。忘れちゃいませんか?あの敏也って小僧も左利きだ。パーティー会場で警部も見てたはずでしょう?左手でマッチに火を点けてるのを」
「もう一人いるわ。父親の小田切警視長。彼も左利きよ」
そしてもう一人、コナン、彰、伊達の頭に浮かんだ顔は、修斗だ。彼もまた、本来は左利きである。しかし、昔から父親から両利きの訓練をする様に言い含められていた為、彼自体は、右でも不自由なく使える。但し、無意識では左で使うことが多い事も、彰は知っている。
(まさか……いや、彼奴には仁野氏との繋がりは無いはずだ……だが)
「ーーーまだ一人、いるぞ」
そこで伊達が声をあげる。そこで全員の視線が伊達に向けられる。彰も、伊達が何を言おうとしているのかを察し、何も言えずにいた。彼が犯人では無いと信じたいが、繋がりがないという証拠もない。そして、彼もまたーーー警察関係者の家族である。
「北星修斗ーーー彼奴も、左利きだ」
***
その頃の修斗は、真っ暗な自室のベッドで、横になった状態で天井を仰いでいた。彼はずっと考えているーーー自身の、これからの行動を。
(今頃、伊達さんか兄貴辺りが、俺も左利きだって言って、容疑者入りされてるかもな……まあ、それはいい。俺が慎重に行動すればいいんだし……それに、俺が捕まる可能性は低い)
彼は確かに、仁野氏と一応は繋がっている。しかし、個人としての繋がりではなく、その病院のスポンサーとして入って欲しいためか、父親が呼ばれた際、付いて行ったことがあるのだ。その際、仁野に捕まり、父親をスポンサーとして自身につけてくれるよう、断れば、どうなっても知らないと、頼みという名の半ば脅しを掛けられたが、修斗はそれを断ったことがある。以後、ストーカーをされるわ、嫌がらせのように家の車のタイヤの空気が抜かれていたりなどという事があり、面倒になった修斗が、集めた証拠を手に脅しを掛けて以来、面と向かって会った事は一度もない。
(まあ、そんな事はどうでもいい……問題は、ここからだ。ーーー俺も、狙われることになるしな)
そう、彼は分かっている。自身が『犯人』が誰かを理解してしまったように、その『犯人』からも、勘付かれていることに。
(あの人は、彼女と共に俺も狙うだろうし……今更、演技しても、疑惑が晴れるなんて事はないだろう。一度できた疑惑の種を、摘み取ることなんて難しい)
彼が考える限りで自身が狙われるとすれば、それは朝、出勤のためにここから出る時か、会社に着いた時、そこから出る時、帰ってきた時、後は、修斗が雪菜や他の兄妹に誘われ、外に遊びに出るときぐらいだ。
(この家の外は、夜に監視カメラが作動する。中に入れば一日中、監視カメラが作動している。俺たちの家が金持ちだからこそ、監視カメラがあるだろうと、警戒してるだろうし……そこを考えると、やはり、俺がこの屋敷の敷地外から出た時ぐらいでないと、俺を殺そうとは出来ないだろう……さて、どうするかな)
修斗は考える。彼にとってみれば、犯人の銃の腕は、プロよりも劣ると理解している。そこまで高くはない、と。だからこそ、運転中は赤信号で止まらない限りは撃たれないだろうし、そもそも、そんな所で撃てば目撃者多数で即捕まるのは相手も分かっているため、実行される事はない。ならば、朝から家に来て、出勤する前に撃つかと考えれば、それも難しい。先程の通り、監視カメラを搭載されてると考えるだろうし、下調べして朝と昼は機能していないと理解しても、車は全て車庫にある。車庫は家の『中』として監視カメラが搭載され、機能もされているため、入った時点で警報が鳴り響き、家に雇われたガードマンが捕まえる事になる。会社での待ち伏せも難しい。彼処にも監視カメラが搭載されているのだから。変装は確実に相手は出来ない。マスクまでは用意出来ても、声までは変えられないと考える。佐藤刑事の時と同じ方法は論外。どうやって消炎反応を消したのか、それがバレてしまう可能性が高まるのだから。
(まあ、とっくに警察は知ってるが……俺が教えたし。……さて、俺が狙われるとしたら、後は俺が何処かに遊びに行く時ぐらいだろうな……スケジュールは把握出来るだろうし。……となると、警戒すべきは……)
そこまで考えて、手帳を再度確認する。そこには、数日後、梨華とトロピカルランドへと遊びに行く予定が入っていたーーー。
因みに、本文で仁野氏の時にはガードマンに捕まってないと表現させて頂いておりますが、北星家関係者以外であれば警報が鳴り響く様に設定されたのは、この仁野氏のストーカー事件後の事です。ガードマン事態はいましたが、父親と修斗から、被害が人以外の場合は捕まえなくてもいい、と言われていた為、飛んで来ませんでした。
このストーカー事件時、修斗が面倒臭がらずに即刻対処していれば、タイヤ代が量む事はなかったんですがね〜。