とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第4話〜ピアノソナタ「月光」殺人事件・後編〜

「被害者は死に至ってから数分しか経っていないと思われます」

 

検死をしていた成美からのその言葉を聞きながら犯行現場を見渡している松田と、その隣で成美を観察している瑠璃。成美を観察する理由は、疑惑が晴れていないこの現状で、彼女が何かしないように見張る為である。

 

(まあ、何かするとも思えないけどね……時間とかズラされでもしたらこっちとしてはたまんないけど)

 

「ふむ、確かにこのテープも頭には5分30秒ほどの空白がある……」

 

と、そこで鑑識の一人が被害者が座っていた椅子を退けると、そこに血の楽譜を見つけ、それを目暮に報告すると、そちらに松田と瑠璃も移動する。

 

「これも、被害者のダイイングメッセージか……」

 

「いや、違うと思いますよ?」

 

瑠璃のその一言に松田以外がそちらを向いたので、瑠璃が続けようとすると、その下の方から続きの言葉が紡がれる。

 

「これだけのモノを自分の血で書く時間と体力があるなら助けを呼んでるよ……」

 

そう言いながらメモを取るその姿は、瑠璃からしたら異様であり、目を見開き見ていると、小五郎がコナンの頭を殴った。

 

「うわっ、痛そう……」

 

と、そんなことを言ってる暇もなくなった。

 

なぜなら、殴られた反動で体が傾き、支えることもできずに証拠である血の譜面の上に転けてしまったからだ。

 

『うわぁぁあ!?』

 

「っち!大事な証拠品に……」

 

その場の全員の絶叫と松田の舌打ち混じりの言葉を流しながら小五郎はコナンを持ち上げる。しかし、血の譜面はどこも掠れた様子はなく、それにホッとする一同。

 

「とにかく、お前は邪魔だ。外に出てろ」

 

小五郎の言葉にコナンは不満そうな顔をするが、それに瑠璃は苦笑し、コナンの手を掴む。

 

「探偵ごっこも良いけど、お仕事の邪魔しちゃダメだよ?……取り敢えず、外に出よっか」

 

「……はーい」

 

コナンは不満そうな顔を隠さず、しかし手をしっかり繋ぐ。それを瑠璃は確認すると、松田に視線を一瞬向ける。それに松田は頷くと、松田も立ち上がる。

 

「警部、俺も一緒に連れて行くことにします」

 

「おお、頼んだよ。松田くん、瑠璃くん」

 

その言葉を聞いたあと、コナンを連れて共に部屋を出たあと、松田と瑠璃は一度顔を見合わせた。

 

「さて、外に出ましたし……」

 

「連絡は来てんのか?」

 

「さあ?それを今から確認しないと……」

 

それにコナンが首を傾げたその時、携帯が鳴り出した。

 

「あ、ちょうど来たかも……もしもし?」

 

瑠璃がそれに出れば、相手は少し溜息を吐いた。

 

『……こっちは公演終えて疲れて寝てんのに、メールを送って来た馬鹿は貴方で合ってる?』

 

「ちょ、馬鹿って酷くない!?」

 

『酷くないわよ。大体、あの譜面は何よ。見た限り音楽になりもしないじゃない。私を馬鹿にしてるなら帰った時にお灸を据えるわよ?』

 

「やめてください『梨華』様。私、貴方の双子の妹。拷問とかマジ勘弁して……」

 

その瑠璃から出た『拷問』という言葉にコナンが一瞬反応を示すが、反対に松田はいつも通りかとタバコを吸い始めるが、それは瑠璃からの無言の視線で制される。

 

「と、とにかく、プロのピアニストである梨華からの意見を聞きたくって……」

 

『ふーん?……取り敢えず、詳しく話してみなさい。どこまで力になれるか分からないけど、協力はしてあげるから』

 

その言葉を受け、話せる範囲で事件の概要を話し、使われた音楽が『月光』であり、現在は第2楽章まで流れたことを話すと、梨華から重い溜息を吐かれた。

 

『……なるほど。そういう事情ね』

 

「そうなんだ……どう?意見とかもらえないかな?」

 

瑠璃のその言葉のあと、少しの間が空き、少しして布ズレの音と少しの元音、その後にキィッと扉が開く音が聞こえ、梨華がピアノの部屋へと移動したことを理解した。

 

『……取り敢えず、事件はあと一回、起こると考えるべきね』

 

「あと一回?……え、それって、まさか……」

 

瑠璃の言葉にコナンが引き継ぐように答える。

 

「月光は第3楽章まである……つまり、そこまであると考えるのが妥当ってことか……」

 

『?瑠璃、彰の他に誰かいるの?』

 

梨華の不思議そうな声に瑠璃は彰は隣にいない事、今は彰の同期であり友人の松田と、子供が一人いることを話すと、また呆れたような反応が返ってくる。

 

『はぁ……なんだ貴方、子供を関わらせてるのよ』

 

「ごもっとも……。けど、その子が結構鋭いからさ〜……」

 

『……修斗並みに?』

 

「えっ?……それはどうだろう?」

 

瑠璃はそこで悩み始めてしまい、それに松田が呆れたような溜息をつくと、無言でその携帯を奪い、勝手に会話を始める。

 

「あっ、ちょっ!?」

 

「仲の良い姉妹の話もまだ聞いていたいところだが、話が進まないんでね。勝手に変わらせてもらったぜ。問題ないよな?」

 

それに少しの間を空けて『問題ない』と返答が返り、梨華は続ける。

 

『取り敢えず、多分、そっちの事件はあと一回起こると考えても良いと思うわ。まあ、その時に月光が使われるかは謎だけど……』

 

「それで?あの譜面は?」

 

『そこまではまだ分からないわね……』

 

電話の向こうからその言葉とともにピアノの音が聞こえ出した為、試しに弾いているのだと理解する。

 

『……けど不思議な音ね、これ。音楽になってないんだもの』

 

「そうだな。音楽に……なって……」

 

そこで松田が不自然にも言葉を止めたのを見て、瑠璃は首を傾げる。

 

「?松田さん?」

 

「……言葉」

 

「……え?」

 

「……あの譜面は……犯人からの言葉だ」

 

その松田の言葉にコナンと瑠璃が驚きの表情を浮かべ、電話相手の梨華は何かを理解したように『なるほど』と呟くと、一音ずつゆっくりと弾きだす。

 

『この譜面は犯人から被害者、もしくは容疑者への言葉で、それを伝える為の暗号だったわけね。なら、多分アルファベットね。しかも、鍵盤の左から右へA〜Zという感じで読めばいいのだから……』

 

「『分かっているな 次は お前の番だ』」

 

コナンの言葉に梨華は感心したような声を出した。

 

『あら?子供の方が瑠璃よりも素早く理解してるじゃない。瑠璃も負けてられないわね?』

 

「ちょっと!?聞こえてるからね!?」

 

『近くにいるのを知ってて言ってるのよ。あと、もう私に用事はないわね?悪いけどもう切るわよ?Bye.』

 

梨華はそう言葉にするとブチっと容赦無く切った。

 

***

 

「……さて」

 

アメリカ最大の都市、ニューヨークにてマンションを一部屋借りている女性はピアノを優しく撫でると「Thanks.」と言い、グランドピアノが置かれた一室から出て行く。その際、近くに置かれた写真立てを手に取り、一撫でする。

 

「……今日も頑張ってくるわね。『和樹』」

 

そう一言呟くと着替えを行い、部屋から出る。すると、その前にある一台の車を見つけると、一つ溜息をつく。それは、黒いシボレーだった。

 

「……今日も来たの?『赤井』」

 

「ああ」

 

「飽きないものね。私は何度も貴方を振ってる筈だけど?」

 

「ふっ。此方に振り向いてくれるまで続けるつもりだ」

 

「……それなら過去の女性とより戻しなさいよ」

 

梨華の何気ない一言に赤井は一人の女性を思い浮かべ、目を潰るのだった。

 

***

 

電話の後、直ぐに下へと降り、容疑者が全員いることを確認する。そして、松田と瑠璃は一人の男、西本を見る。

 

「……多分、次殺されるとしたらあの人、ですよね?」

 

「だろうな。本人もそれに気づいてるんだろうな。怯えてやがるからな」

 

「なら、私が護衛しましょうか?」

 

「出来んのか?」

 

松田の意地の悪い顔に、瑠璃もニヤリと悪どい笑みを浮かべる。

 

「やってやりますよ。背後からの襲撃の時は、容赦無く蹴り入れてやります」

 

「おお、怖いね。過剰防衛にだけはすんなよ」

 

「善処しまーす」

 

瑠璃の言葉に呆れたような顔を浮かべるコナンと、クックッと笑う松田。そこに漸く目暮と小五郎がやって来て、話をしだす。

 

「えー殺害した後、ベートーベンのピアノソナタの『月光』という曲がかかっていた点や、その他の手口からみて、第1の事件の被害者の『川島 英夫』さん、第二の事件の被害者の黒岩さんを殺害したのは同一犯だと思われる。そして、かかっていたテープの空白から黒岩さんが殺されたのは、発見される数分前の6時30分程度。つまりその時間、役場内にいた貴方たちの中にいるという事だ」

 

その言葉に、全員が驚きと不安そうな顔を浮かべる。

 

「毛利くん達を除けば、第一発見者の西本健さん。先ほど検死をしてくださった浅井成実さん。殺されたの黒岩村長の秘書、『平田 和明』さん。殺された黒岩村長の娘、黒岩令子さんと婚約者の『村沢 周一』さん。そして、村長選に立候補した『清水 正人』さん」

 

「ちょっと待ってよ!?どうして私まで容疑者なの!?私は6時20分頃からずーっと取り調べ受けてたのよ!?」

 

目暮の説明に令子がヒステリックに叫べば、それに小五郎もタジタジながらも同意見であると言葉にした。

 

「まあ、検視した彼女の時間が誤魔化されてなければねー?」

 

しかし、瑠璃のその言葉に令子は瑠璃を睨みつけながらまた叫ぶ。

 

「なら一番怪しいのは、そこの先生じゃないの!?どちらにしろ、私は犯人じゃないことになるわ!!」

 

その言葉に瑠璃は苦笑する。

 

「まあ、そうだけどね?共謀してってこともあるから……まあ可能性低すぎだけど」

 

瑠璃の最後の言葉はしかし彼女には届かず、さらにヒステリックに叫び続けた。これには瑠璃も言葉を間違えたと理解し、直ぐに頭を下げれば、令子はそれで少しだけだが怒りを鎮めた。

 

「まあ、だから……まだ浅井先生は安心しないでくださいね?容疑者なのを自覚した上で、今後行動してください」

 

瑠璃は笑顔を浮かべて浅井を見れば、浅井は顔を引き締めて頷く。

 

「なら、容疑者は令子さんを退けて五人となるわけか……」

 

そこに平田が近づき、目暮に話しかける。

 

「あのぉ、私も6時過ぎからずっとこのフロアにいたのですが……」

 

「どなたか証人は?」

 

その言葉に平田が他の人の方へと向けば、清水は6時半頃にトイレに行っていて見ていないと言った。

 

「ところで西本さん」

 

そこで目暮が西本へと話しかければ、分かりやすく怖がり過ぎな反応を示した。そんな西本に、目暮が詰め寄る。

 

「貴方が黒岩さんの第一発見者ですな。あんな所で何をやっていたんですか?」

 

それに西本は黒岩村長に呼び出されたと答えるが、しかし小五郎は不審そうな目で見ながら逆に西本が黒岩市長を呼び出したのではないかという。勿論、否定を返すが、そこで令子が清水が犯人だと指をさして言う。

 

「村長選に立候補した川島とパパがいなくなれば村長の椅子はこの男、清水に転がり込むって寸法よ!」

 

そこで令子と清水の論争が始まるのを見て、瑠璃はため息を一つ吐くと、あの譜面の言葉を口から紡ぐことにした。

 

「『分かっているな 次は お前の番だ』」

 

その言葉に全員が瑠璃へと視線を向ければ、にっこりと笑う。

 

「あの譜面ですよ。今のは川島さんの所に書かれていたものですね。あ、コナンくんに教えてもらいましたよ?譜面の方は」

 

「そ、そうじゃなくてだな!?あの暗号が解けたのか!?」

 

その目暮の言葉に瑠璃は頷くと、説明を松田に任せた。それに気づいた松田はため息一つ吐くと、話し出す。

 

「ああ。アレは、ピアノの鍵盤の左端からアルファベットを当てはめて、メッセージに相当する音を譜面に書き記しただけだ」

 

「それを踏まえて川島さんが殺された現場にあった譜面を読むと、『WAKATTERUNA TSUGIHA OMAENOBANDA』……ね?」

 

「すごいコナンくん!」

 

「ううん、僕は先にヒントを貰ってたから……瑠璃さんのお姉さんから」

 

そこでコナンが瑠璃を見上げれば、目暮が瑠璃に視線を向ける。

 

「ほー?それはいつ電話したのかね?」

 

「あ、えっと……先にあの譜面だけ写真とメッセージ付きで送って、放送室を出た後に連絡が……あ!でも、それだけしか言ってませんからね!?確かに概要ちょこっとだけ話しましたけど、全ては話してませんからね!?ちゃんとボカしましたから!」

 

瑠璃の言葉に目暮はもうため息だけ吐いた。

 

「……で?それを当てはめるとしたら、あの放送室の譜面はどうなるんだ?」

 

それに関しては松田が答える。

 

「アレはこうなるんだ。『業火の怨念 此処に腹せり』……業火と言われりゃ、一つ繋がりのある事件がある」

 

「ご、業火の怨念と言えば……」

 

「十二年前、焼身自殺をしたあのピアニスト……」

 

その一言に、西本は狂ったように笑いだす。

 

「は、はは……奴だ……麻生圭二は生きてたんだぁ!」

 

「生きとりゃせんよ」

 

西本の言葉にそう否定を入れたのは、島にたった一人だけいる駐在所の警察官、『長島 雄一』だった。

 

「焼け跡から見つかった骨の歯型も一致したし、間違いないでしょう。ただ、何もかも焼けちまって、残ったのは耐火金庫に残っていた楽譜だけじゃったのぉ」

 

その一言に全員からの驚きの視線が集まる。

 

代表して小五郎が楽譜の在処を聞けば、公民館の倉庫にあると言う。しかし、そこの鍵は派出所にあると言えば、急いで取って来いと目暮からの激励が飛ぶ。

 

長島が急いで向かえば、それにコナンも続く。勿論、蘭が呼び止めるが、それでは止まらない。

 

「……大丈夫かなー?」

 

「大丈夫だろ。犯人の狙いは寧ろ、この中の誰かなんだ。今は放っても大丈夫だろ。変質者が出ない限りは」

 

「ですね……ん?」

 

瑠璃がそこで浅井の顔色が悪いことに気づき、近づく。

 

「成実さん、大丈夫ですか?」

 

瑠璃が声をかければ少しだけビクリと揺らし、笑顔を向ける。

 

「はい、大丈夫です……ありがとう」

 

それに瑠璃はホッと息を吐き離れた。

 

「……で、西本さんはと……って、みなさんなんで帰ろうとしてるんです!?」

 

瑠璃がビックリして声をかければ、小五郎が続ける。

 

「あのなぁ?あの譜面には『恨み此処に腹せり』って書いてあったんだろ?なら、もう事件は起きねえよ」

 

瑠璃は松田を見れば、松田は呆れたように肩をすくめてため息をついていた。その声に全員が帰ろうと歩き始めたため、そこで瑠璃が西本の腕を掴む。

 

「西本さん!」

 

「ひっ!?」

 

西本はそれについにパニックになり、腕を振りほどいて逃げ出した。

 

「あっ!西本さん!!待って!」

 

瑠璃が急いで西本を追いかけ、もう一度その腕を掴んで声を掛ける。

 

「西本さん!落ち着いて!私です。刑事の北星です!」

 

「ひいっ!殺される……次は俺が殺されるっ!」

 

「……ええい、落ち着け!」

 

そこでついにキレた瑠璃が顔を強引に振り向かせ、思いっきり叩いた。

 

「っ!?」

 

「……落ち着きました?私が誰か、分かりますか?」

 

そこで落ち着いて声をかければ、西本は頷く。

 

「良かったです。パニックが起こっていたみたいで、すみませんが叩かせてもらいました。痛い思いさせちゃってすみませんでした」

 

そこで頭を下げると、西本は何も言わずに立ち上がる。

 

「…………」

 

「とりあえず、一人にならないようにしないと……貴方のその反応から、殺される覚えはあるんですよね?なら、私が護衛でつきますから」

 

「……ああ」

 

そこで西本は自身の家へと帰ろうと足を向け、瑠璃もそれについて歩く。そうして家の前まで着くと、キチンと忠告をする。

 

「いいですか?誰か来ても開けないこと。私や松田さんみたいな刑事さんの時だけ開けてください。それと、一人にならないようにお願いします。私も近くにいますから……これ、私の携帯番号です。何かあったらこれに連絡お願いします」

 

そう言って、瑠璃は自身の名刺の裏に携帯番号を書き、渡すと、扉が閉まるまで見た。そして、近くの電柱に背を預け、息を吐く。

 

「はぁ……」

 

そんな瑠璃の頬に、冷たいものが当たり、驚きの声を上げた。

 

「ひゃっ!?」

 

「なーにこれぐらいで疲れてんだ。ほら、奢りだ」

 

「ま、松田さん!?……あ、コーヒー。ありがとうございます」

 

「おう。ありがたく受け取っとけ」

 

その一言におずおずとだがそれを受け取ると、少しだけ嬉しそうに笑う。そしてそれを飲みながら西本の部屋を見ながら呟くように言う。

 

「……犯人はどうしてこんなことするんだろう……」

 

「……あ?」

 

松田が瑠璃に顔を向ければ、瑠璃は少しだけ困った顔を浮かべた。

 

「いえ、あの西本って人があれだけ怖がるって言うことは、あの人にもそれだけの理由があると言うことですよね?けど、聞いた限りだと、麻生さんは死に、彼を狙う人はいないとも思える。その中で、いま殺人を起こしてる犯人は、何が目的で、何を思って殺人をしてるんでしょうね?」

 

瑠璃のその言葉は、少しだけ、羨ましいと言う感情を持って言った言葉だ。

 

瑠璃自身、人である。勿論、人に対していくらでもそう思い、それを頭の中でしたことはある。けれどそれを実行に起こそうとしたことは一度としてない。しかし、たった一人だけ。瑠璃でさえ許せない相手というものはいるのだ。けれど、それをしては人として、表に出て歩けないことも知っている。だからこそ、何が理由でそんな枷が外れたのか。何が理由で殺そうと考えたのか……瑠璃としては気になるのだ。

 

「……同情でもしたか?犯人に」

 

「いえ、それはありません。……けど、少し、ほんの少しだけ……羨ましいとか、思っちゃいました」

 

「……」

 

「そんな風に思って、そうして行動できる所。私にはまだちゃんと『大切』だと思える枷があるから行動に起こすつもりはありませんけど、もし犯人が、それを無くしちゃった人なら……まあ、どちらにしろ捕まえないといけないですがね」

 

瑠璃がそこで缶コーヒーを飲み干すと、近くのゴミ箱に投げた。しかし、それは惜しくも入らなかった。

 

「あ!」

 

「おお、惜しかったな〜」

 

「くっ!」

 

少し悔しそうな顔をしながら缶コーヒーを取った時、松田の携帯に電話が入る。それは、目暮からの電話だった。

 

「松田です」

 

「松田くん。近くに瑠璃くんはいるかね?」

 

「ああ、瑠璃の奴なら缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れて、外してますよ」

 

その報告に目暮から呆れたような笑いが漏れたが、しかし気を引き締めて報告がされる。

 

「公民館で傷害事件が起きた。すぐに来てくれ」

 

「了解」

 

松田はそこで切り、瑠璃を呼ぶ。そして先ほどの連絡をそのまま伝えると、それに瑠璃は頷き、西本を呼びに行き、共に公民館まで行くこととなった。

 

***

 

傷害事件の被害者は村沢だった。彼は誰かに殴られ、現在はピアノの部屋で成実の手当てを受けている。その村沢を襲撃した者は、しかし部屋が暗かったのもあって、コナンにも分からなかった。その報告がされているすぐ隣の部屋の倉庫では、駐在所では見つからなかった麻生圭二の楽譜が長島の手で探されていた。

 

「まだ見つからんのですか?麻生氏の楽譜は」

 

「何しろ十二年前のことだからどこに置いたか……」

 

それを聞き、目暮はため息をつくと、松田と瑠璃がいる被害者の部屋へと移動した。それと同時にコナン達も移動すれば、やはり村沢はまだ目覚めず、その側で令子は心配そうに村沢を見つめていた。

 

「所で黒岩令子さん。村沢さんはここでこんな時間に何をしていたんです?」

 

「知らないわよ!そんなこと……」

 

そこでコナンが何かに気づき、拾い上げる。瑠璃もそれを目に入れた時、それが梨華も持っているものであると気付いた。

 

(あれって……ピアノのチューニングハンマー?)

 

それはすぐに令子へと奪われていたが、彼女からそれは村沢が大切にしていたものだと伝えられた。

 

「……多分、あの人、梨華と同じだ」

 

「……ピアニストってことか?」

 

瑠璃のつぶやくような言葉に松田が反応し聞かれれば、それに瑠璃は頷きを返す。そこで目暮が一度容疑者全員を役場に集まるように他の警官に言えば、村沢を担架に乗せ、歩き出す。

 

瑠璃と松田もその後に続こうとしたが、蘭がそこでコナンに気付き、声を掛ける。それで一度と歩きを止め、互いに見合うと、瑠璃はそのまま西本を連れて役所へ、松田はコナンの方へと向かって行った。

 

「おい坊主、なにしてんだ?」

 

松田が声を掛ければ、コナンは村沢を襲った怪しい人物が、ピアノの下を漁っていたと言う。と、そこでピアノの板の一部が外れ、その隠し扉の中を蘭が面白がって手を入れる。しかし松田はそれを見ずに、むしろその下に落ちていた白い粉を見る。

 

それを指で救い、少しだけ舐める。勿論、危ない行動だと分かっていたの行動だ。そしてそれで、それが麻薬であると理解した。

 

「……おいおい。誰だ?こんな所で麻薬なんざ隠してる馬鹿な野郎は……」

 

松田はそれを理解した途端、眉を寄せて呟いた。

 

***

 

目暮が容疑者全員が集まったことを知り、もう一度、村沢の傷害事件と共に二件の事件の話し合いが行われた。今現在、アリバイが証明されているのは令子のみ。川島の時間から考えて成実も外すべきかと目暮が悩んでいたが、しかし同一犯に見せかけた別人の可能性もあると瑠璃から言われ、その可能性は確かに捨てきれず、令子のみ外されることとなった。

 

「……」

 

「?松田さん?眉寄せてどうしたんですか?」

 

瑠璃が眉を寄せて考え込んでいる松田に問いかければ、松田は眉を寄せたまま答える。

 

「なーんか引っかかるんだ、この事件。あの血の譜面を見てから、ずっと何か……」

 

「あの譜面ですか?ふむ……」

 

瑠璃がそこで記憶を遡ろうとした時、鑑識の人から写真が焼きあがったとの報告が入り、その写真を松田と何故かコナンも見て、となる赤い光に気づく。

 

「……おい、瑠璃。ちょっとこっち来い」

 

「?なんですか?」

 

呼ばれた瑠璃は何事かと少し早歩きで近寄れば、二枚の写真を見せられる。

 

「これとこれの違い、さすがに分かるよな?」

 

「馬鹿にしてます?リバースボタンがついてるかついてないかの違いじゃないですか」

 

「え?リバースボタン……」

 

「……おい。それは本当か?」

 

コナンと松田の声に瑠璃は首を傾げながら頷く。

 

「?ええ。そこのボタンならリバースボタンですよ。あそこが現場になった後、ちゃんと見ましたし。一瞬さえあれば私は容易に覚えれますから。しかも忘れませんし……」

 

「んなこと知ってる。……ああ、そう言うことか。つまり、そういう……」

 

「??」

 

「あとは、村沢さんの事件と、犯人だけど……」

 

三人がそんな話をしている時、平田が飲み物を買いたいと目暮に話をし出した。その時、コナンは平田が左手を汚しているのを目ざとく見つけた。そして、平田の後を追っていく。松田もその後を追っていったが、瑠璃からしたらハテナばかりの行動で、一人首を傾げていたのだった。

 

***

 

それから暫くした後、コナンと松田がイキナリ走って戻ってきた。それに驚いた瑠璃だが、キチンと目にはコナンが抱える分厚い紙を見ていた。そして、そこまで見ればそれが麻生が残した楽譜である事を理解できる。

 

「あ、見つかったんだ……って、そうじゃない!?まさか、分かったの!?」

 

瑠璃は二人を追って走りだそうか迷ったが……あとは二人に任す事にした。

 

(きっと、私に出る出番はもうない。あとは、あのキレ者二人に任せるべきだ……)

 

そしてまた少しすると、松田だけが戻ってきた。

 

「あれ?松田さん。コナンくんは?」

 

「ああ。あの餓鬼は毛利のオッサンに任せた。……目暮警部」

 

松田がそこまで瑠璃と会話し、目暮に声をかけたその時、放送が流れ出した。

 

『分かりました、警部殿』

 

「へ?」

 

『この島で起きた事件の殆どがね』

 

「え、お父さん……放送室に?」

 

「あ?放送室にはあの餓鬼がまだいるんだぞ?何考えてんだあのオッサンは」

 

「毛利さんがいる事を許したとか……?」

 

そんな会話は勿論、毛利ーーーを演じてるコナンには届かない。一方通行の会話は続く。

 

『まず、ピアノの部屋で村沢さんを殴り倒した人物……それは平田さん。貴方です』

 

それに松田以外の全員が反応し、平田へと顔を向ける。コナンの推理では、平田の左手の傷は村沢を襲った際、逃げる時に突き破った窓の破片によるもの。その前の日の不審な人物、つまり、目暮達が来る前にピアノの部屋へと訪れていたらしい。そして、平田があの部屋でしていたのは、亡くなった川島との麻薬の取引であった。

 

「あの部屋にそんなものあったんですね……」

 

「ああ。ピアノのちょうど真下に落ちてやがった」

 

「へ〜……舐めてませんよね?」

 

「…………」

 

松田から返答がないのを見て、瑠璃は理解しジト目で見る。

 

「今後、安易に舐めないでくださいね?」

 

「んなもん言われなくっても分かってる」

 

そんな会話の間も説明は続く。平田は外国から買い付けた麻薬をピアノの隠し扉を利用して代金と品物の受け渡しをしていた。それに川島は『彼ら』と口にしながらようやく合点がいったような反応をする。彼がいう『彼ら』という言葉に、西本は反応する。この『彼ら』というものに示されるのは、西本と殺された三人、そして麻生も入っている。

 

『平田さんが「呪いのピアノ」と言って村人を遠ざけていたのも、取引に邪魔が入らないようにするためです。村沢さんを殴って逃げたのは、残っていた麻薬を回収している所を見られたからでしょう』

 

そこまで解説された時、平田が膝をついた。

 

「ということは、麻薬の取引で揉めて、それで川島氏をーーー」

 

「ち、違う!」

 

平田の否定とともに、コナンが演じてる毛利からも『無関係』と断言される。

 

「ええ?」

 

『彼が犯人ならピアノの部屋を殺人現場にしませんよ。なにしろ、麻薬が残っている部屋ですからね』

 

そして次に、村沢の話へと変わる。村沢もまた犯人ではないと断言された。なぜ彼ではないのか。それは、第2の事件に鍵があった。

 

『黒岩さんが殺されたのは。遺体発見の数分前ということ』

 

「なら、西本さんか?」

 

そこで今度は西本へと視線が向けられるが、西本は必死で首を横に振る。

 

『いいえ、警部。思い出していただきたい。あの時、他の暗号の上にコナンが倒れたのに暗号は消えなかった。それも、完全記憶能力者である瑠璃さんの断言の元です』

 

それに瑠璃はもう一度力強く頷くと、話が続けられる。

 

『常温だと、人間の血液は乾くまでに15分から30分掛かる。だが、あの血の暗号は乾ききっていた。彼は数分前に殺されたはずなのに……』

 

つまり、それは犯人のトリックによって操作された偽りの死亡推定時刻。

 

「しかし、テープの頭には5分30秒の頭の空白があったはずだ!」

 

『リバースですよ。曲の入っていないテープの裏面から再生し、リバースによって30分以上伸ばしたんです』

 

そこで写真を見るように促され、目暮達が写真を見ると、黒岩さんの写真が二枚。片方は黒岩の首元で光る赤いランプが目に入るが、もう片方にはその赤いランプはなかった。それは犯人が警察の目を盗んでボタンを解除した証拠であった。

 

「しかし、あの時死体に近づけたのは……」

 

『そうです。警察以外で警察に近づけたのも、死亡推定時刻を偽れたのも……あの時、検死をした成実先生、貴方しかいないんですよ』

 

それにその場の全員が驚きの表情で成実を見る。

 

「……あれ?案外、私の言葉って当たってた?」

 

「野生の感かよ凄いな」

 

「それ褒めてないですよね?馬鹿にしてますよね?」

 

「してないしてない」

 

瑠璃と松田の会話は常の通りだが、二人は油断なく成実を見ている。そんな二人を気にせず、蘭が嘘だと詰め寄るが、コナンの説明は続く。

 

『第一の事件で溺死させた川島さんをピアノの部屋に運んだのは、検死官を本土へ帰すため。検死の死亡解剖は此処では出来ませんからね。 そして、テープの頭に空白を作り、曲を流したのは犯行時刻を錯覚させる第2の事件のための伏線。こうして、黒岩さんの死亡推定時刻を偽り、自分のアリバイを作った。本来、此処で第三の事件を起こすつもりだったのでしょうが、それは瑠璃刑事が常に西本さんへと張り付き、さらに松田刑事がいて出来なかったのでしょう』

 

「しかし、毛利くん。君は先ほど、犯人は男性だと……」

 

『殺人の動機は十二年前に遡る』

 

その言葉に瑠璃は気になったのか、放送に耳を傾ける。

 

『ピアニスト、麻生圭二と家族が殺された事件』

 

それに目暮は驚いたように繰り返したが、真相解明はそのまま続けられる。

 

『川島さん、黒岩さん、西本さん、そして前村長の『亀山 勇』さんにね』

 

そこで西本の名が呼ばれ、全員が西本に顔を向ければ、西本の顔色は真っ青となっていた。

 

『麻生さんの海外公演を利用して、麻薬を買い付け捌いていたんです。ところが、麻生さんがもう協力しないと言い出した。秘密が外に漏れるのを恐れた四人は、彼を家族共々家に閉じ込め火を放った』

 

そこでついに西本が膝から崩れ落ち、奇声を放つ。

 

『この事は、全て焼け跡から見つかった暗号の楽譜に書いてあります。麻生さんが息子に向けて書いた告発文にね』

 

「息子……」

 

『彼には、東京の病院に入院していた息子がいたんですよ。「せいじ」という名の』

 

そこで誰もがようやく理解をする。いや、そこまで思い至ったのだ。

 

この「せいじ」を漢字にすれば、「成実」となることを。

 

『「浅井」という名も恐らく、彼の引き取り主の苗字でしょう』

 

「……全ては、父親の敵討ち……」

 

瑠璃がそう呟くと、そこで松田がハッとし、周りを見る。

 

「おい目暮のオッサン!犯人がいねーぞ!」

 

「なにぃ!?」

 

そこで全員で探し始めると、すぐに見つかったーーー麻生家が燃えた時と同じ、炎で燃える公民館。そこが彼が中にいるのだと教えてくれた。

 

「そんな!?これじゃ、中に入らない!」

 

「ちっ!俺達が入れるほどの穴も見つからねえ!」

 

「でも、コナンくんがさっき中に!」

 

「そんな、コナンくん!?」

 

蘭がそこで炎の中へと入ろうとするのを瑠璃と松田が必死で止めたその時、二階の窓が勢いよく割れ、コナンが転がってきた。

 

「コナンくん!?」

 

「くそっ!」

 

「おい餓鬼!」

 

コナンがまた入ろうとした時、松田が止めた。それを必死で止め、自身が行くといい、しかしそれを瑠璃が必死に止めていると、ピアノの音が聞こえてきた。

 

「……これ……」

 

「ああ、暗号だ。……あの犯人が、この炎の中で弾いてるんだ」

 

その後、公民館は焼けてしまった。

 

村沢に関しては、ピアニスト、麻生圭二に憧れ、あのピアノを調律していたらしい。そう、平田に殴られた日も……。

 

西本に関しては、本人が自供したため逮捕された。

 

「……」

 

「……おい、瑠璃」

 

「……え?」

 

松田が瑠璃を呼び、そこで漸く瑠璃が反応を返したが、それに松田はタバコを吸いながら瑠璃を見据える。

 

「……犯人の気持ち、理解出来たか?」

 

その言葉に一瞬キョトンとした瑠璃だが、すぐに苦笑する。

 

「……あの時の言葉、覚えてたんですか?」

 

「まあな。なかなかに興味深かったもんでね……で?」

 

松田の追求に、瑠璃は頬杖をつき、海を見据えながら答える。

 

「……よく分かりましたよ。きっと、私も、私以外のあの五人が殺されたら……私も、きっと敵討ちに動いちゃいますから。勿論、他の五人がそれを望んでいなくとも、ね」

 

「……そうか。まあ、彰の野郎はそう簡単に殺されねえだろ。むしろ相手が心配になる」

 

「あ、それは分かります。犯人を半殺しにしそうで逆に心配になります」

 

それに松田はくつくつと笑う。

 

「……それにしても、あの暗号」

 

「……ああ。犯人が最後に残したアレか」

 

「……『ありがとう 小さな探偵さん』かぁ……」

 

「……あの餓鬼、確かに鋭かった上に、最後の最後に……」

 

「……あの子、何者なんでしょうね?」

 

「さぁな」

 

瑠璃と松田は最後に互いの顔を見て、微笑み合ったのだった。


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