とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第23話〜空飛ぶ密室 工藤新一最初の事件・後編〜

新一はこの事件を解決するため、まず最初に凶器探しを始めることにした。その為、目暮にとある提案をする。

 

「なに!?調べ直せだと?あの容疑者7人の身体検査と手荷物のチェックを……もう一度やり直せっていうのかね?新一くん」

 

その目暮の言葉に、新一は頷く。現状、凶器は機内のどこにもみつかっていない状態を考えると、犯人が隠し持っている可能性があるということを伝えれば、目暮も理解はするが、困り顔。しかし容疑者全員にそれを頼むことはしてくれた。勿論、警察からの要求に、容疑者達は反抗せず、自身の鞄を差し出した。其処で一番最初に見られる事になったのは千鶴の荷物。中身はパスポート、財布、ハンカチ、化粧道具、ティッシュ、搭乗券、サングラス、カメラ、手帳、ボールペンなど。これらを見て、高木は凶器と言える様な物はないと判断するが、其処に新一が待ったをかける。

 

「そのボールペン、中身は調べたんですか?」

 

「ああ、勿論調べたよ」

 

「では次、天野さん」

 

「は、はい」

 

そして彼女が見せた鞄の中は、パスポート、財布、ハンカチ、カメラ、ニット帽、搭乗券、化粧道具、ソーイングセット、酔い止め薬。

 

「刃物と言えるのはソーイングセットの小さな鋏と針ぐらいですが、こんなものであんな殺し方はまず無理ですね」

 

高木の判断に目暮は否定せず、次に鵜飼を呼ぶ。彼の手荷物の中はパスポート、搭乗券、財布、ハンカチ、髭剃りタオル、シェイビングクリームのみ。それらを見て、直ぐに問題ないと判断した目暮が次に雪男を指名する。そこで彼は頷き、リュックを差し出す。その中身は、パスポート、財布、ハンカチ、ティッシュ、手帳、ボールペン、文庫本1冊、医学書1冊、眼鏡ケース、搭乗券、携帯電話、腕時計、風邪薬、解熱剤、公演チケット。

 

「……あれ?このチケット……あのピアニストの梨華さんの公演チケット!?」

 

高木がチケットを見て動揺したように叫べば、それに雪男は苦笑いで頷く。

 

「その人は僕達の姉なんですよ。……まあ其れはともかく、僕の荷物に問題点はないですか?」

 

「ボールペンの方はどうですか?」

 

「同じく調べたよ」

 

「眼鏡ケースの中身は?」

 

「眼鏡が入ったままだったよ」

 

「あ、僕のは所謂、伊達眼鏡ってヤツだから、僕自身は目は悪くないよ」

 

「では次、雪菜さん」

 

「はーい!」

 

雪菜が笑顔でピンクの猫リュックを差し出す。それに少し動揺する高木だが、すぐに顔を引き締めてバッグを受け取り、中身を見る。その中には、パスポート、財布、ハンカチ、ティッシュ、搭乗券、カメラ、携帯電話、ゲーム機、公演チケット。

 

「特に不自然なものはないな……ええっと、次はエドワードさん」

 

そこでエドワードを見れば、既に新一が話しかけていた。

 

We'll check your belongings,just in case.(念の為、貴方の所持物をチェックします。)

 

「Well,it appears you have to.」

 

「いいそうです」

 

それを聞き、高木が近付く。それ見てエドワードが鞄を渡し、背中を向けた高木の後に着いていく。そんな彼を見送る新一だが、前を通り過ぎていくとき、とある事に気付いた。それは、エドワードのコロンの匂いが、手のふきんからはしないこと。

 

(変だな……首の周りはコロンの匂いがかなりキツかったのに……手にはつけてないのかな?)

 

そんな間にもエドワードの鞄は開かれ、中身が見られる。その中身は、パスポート、財布、ハンカチ、搭乗券、タオル、新聞、文庫本2冊眼鏡ケース、ソーイングセット、アメリカナショナルバンクの小切手帳のみ。そこで目暮がその小切手帳の事を聞こうとしたが、しかし日本語は通じない事を思い出し、英語で聞こうとしたが出来ず、困り顔を浮かべる。そこで新一が代わりに英語で聞くことにする。

 

Mr. Edward, I'd like to ask you a few questions.(エドワードさん、貴方に2、3質問します。) About the check book in your brief case.(貴方の持つ小切手についてです。)

 

「Yes,my child.I was to buy some art objects.At the auction in Japan,but nothing caught my eyes.」

 

「日本で競売されていた美術品を買うつもりだったけど、気に入ったものがなくてやめたそうです」

 

その新一の訳を聞き、目暮は納得する。そこで最後の鷺沼の鞄を見るため、指定しようとしたとき、鷺沼が自身の鞄を床に置く。それを受け取り、鞄の中身を見れば、中にはパスポート、財布、ハンカチ、カメラ、ネガ、腕時計、煙草、ライター、搭乗券、酔い止め薬が入っていた。その中に入っていた酔い止め薬は三種類ほどあり、それを目暮は手に持ち、鷺沼に質問する。

 

「薬がかなり多いようですな?」

 

「乗り物には弱くってね。千鶴やつぐみからも貰ってたんだ。な?」

 

「ええ」

 

鷺沼からの言葉に、千鶴が同意を示す。その反応を見た後、新一は彼が持っていたネガに興味を示す。

 

「このネガ、ちょっと見てもいいですか?」

 

「あ、ああ……」

 

新一が高木から許可を貰い、ネガを見る。それに気付いた鷺沼の目が見開かれ、止めようとするがもう遅い。

 

「……この写真の人、アメリカの上院議員のディクソンさんですね?」

 

「あ、本当だ!女性と一緒に写ってる」

 

「あれ?確か、被害者の人が持ってたネガも同じじゃなかったかな?」

 

「ええ。それ、大鷹くんが撮った写真と同じよ!」

 

それを聞き、目暮が一気に鷺沼を疑う。鷺沼がそれを持っているということは、犯人なのではと目暮からの疑いの目に気付いた鷺沼が、それは正真正銘、自身のネガだと主張する。彼は、大鷹と共にホテルで張り込み、撮ったのだと言う。本人は、大鷹のよりは出来が悪いものの、ロスに行って一緒に売り込むつもりだったのだと、弱気な態度で主張する。

 

「第一、疑うんなら凶器が出てきてからにして欲しいね!」

 

鷺沼がそこで怒りを露わにすれば、それに気付いた高木が疑いの目から一転して、宥めにかかる。鷺沼からの苦情は、身体検査を終えてから幾らでも聞くとも言う。その間、エドワードの隣にいた雪男はまた咳き込み、それを心配する雪菜。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん……うーん、時間が経って、慣れたと思ったんだけど……ケホッ、ケホッ」

 

その一言を耳にした新一が、雪男に近付き、エドワードから軽く離す。その気遣いに、雪男は笑みを浮かべて新一を見上げる。

 

「ありがとう、僕を気遣ってくれて」

 

「いえ。貴方が咳き込んでいた理由は、彼のコロンだったようですね」

 

「うん、まあね。ちょっと、コロンがキツくて……隣の席の時は途中から慣れた……というより、少し鼻をやられたんだけどね」

 

その雪男が困り顔を浮かべる。勿論、その時点で隣の席に雪菜と席を後退すれば良いだろうと言われればそれまでなのだが、雪男は酔っている訳でもないのにと考え、席替えの考えを無意識になくしていた。それを見た後、新一はその場から離れ、考える。今、彼は大鷹の席までやって来ていた。

 

(搭乗券の座席番号からすると、その後ろが鷺沼さんで、その前がエドワードさん。右隣が天野さんで、その前に雪男さん。天野さんの隣に立川さん、前に雪菜さん。そして、通路を挟んで左隣が鵜飼さんだったな)

 

そこで彼は視線を動かし、鷺沼の隣の席である物を見つける。それを手に取り、見れば、それはネガの切り端だった。

 

(どうしてこんなものが鷺沼さんの隣の席に?)

 

そこで蘭が新一に近付き、身体検査が終わった事を報告してくれる。勿論、凶器はなかったとも伝えられる。

 

「ほら見ろ!凶器なんて出てこねーじゃねえか!!」

 

「2度も裸にしたりして!!」

 

「もう勘弁して下さい!!」

 

「うん、もう僕も勘弁して欲しいな……精神的に疲れたよ」

 

鷺沼達が苦情を言う隣で、雪男も疲れたように溜息を吐く。そんな彼らの苦情を聞いた高木は、目暮に判断を仰ぐ。その間、目暮は考えていた。凶器の在り処を。

 

「ふむ……探せる場所は全て探したし……」

 

「いや、まだ残ってますよ」

 

そこで新一がそう言い、目暮が後ろを振り返れば、彼はその探せる場所を言う。

 

「殺された大鷹さんの手荷物の中ですよ」

 

それは確かに考えがいかなかったらしく、目暮が天野に許可を取り、大鷹の手荷物をチェックしにかかる。しかし、上の荷物入れの中には大鷹の荷物だけでなく、他の荷物も入っており、高木がどれが大鷹のかと聞けば、天野が右手を伸ばして大鷹の荷物である黒いバッグの奥の鞄を取ろうとする。しかしその時、彼女の目が少し開かれ、手を引っ込める。そんな天野を見て、どうかしたのかと高木が聞けば、天野は大鷹が少し前に妙な事を言っていたのを思い出したと言う。

 

「妙な、こと?」

 

「一週間程前に、スタジオに置き忘れた彼のバックが、刃物でズタズタにされてたんです。だから、これは旅行の為に新しく買ったバックなんです」

 

そう言って、彼女は左手を伸ばして白いバックを取り出し、目暮に渡す。それを聞いた目暮は、それがネガを狙った誰かがやったのではないかと推測する。それを後ろで見ていた新一の目が、少し細まった事に、気付かないまま、荷物検査は続行される。

 

「パスポート、カメラ、フィルム、サングラスに煙草三箱、財布、タオル、雑誌が2冊に搭乗券と、腕時計……」

 

「凶器になりそうなものはないようだが……」

 

そこで目暮が新一にジト目を向ければ、新一も信じられない様子が表情に出ていた。その間、高木がパスポートの中身を確認した時、その名前の見て、高木は天野達に問い掛ける。

 

「大鷹さんって、三年前に日売新聞の報道写真大賞を取った、あの?」

 

「ええ、そうよ。その大鷹和洋よ」

 

「やっぱりそうか……」

 

「なんだね?高木くん」

 

「ああ、ほら、火事で逃げ遅れた母親が、救助に来た梯子車の消防車に娘を差し出している、あの写真ですよ」

 

「ああ……」

 

目暮はその時の事を思い出したが、鵜飼はそんな事はどうでもいいと一蹴し、自分達の容疑は晴れたのか晴れてないのかをハッキリさせて欲しいと千鶴が言う。勿論、時間的に現場に行ったのは7人だけだと新一が証言した事を伝えれば、全員が一斉に新一を見る。

 

「ふん!どうせ探偵気取りのその坊やが、寝惚けて2、3人見逃したんだろ。立派に御本を読んでてお勉強なさっているみたいだが、これは本物の殺人だ。小説とは訳が違う。子供は大人しく、席に戻って寝んねしてな」

 

鷺沼のその言葉に、新一は何も返さないが、その隣にいた蘭がムッとした顔をし、新一に言い返すように言う。しかし、それを新一は聞いていない。

 

(なんなんだ?この事件。凶器が出て来なければ、皆んなの証言も一本筋が通らねー……)

 

そんな新一の葛藤など知らない鵜飼達。鵜飼が鷺沼に白状したらどうかと詰め寄る。勿論、何のことか分からない鷺沼が聞き返せば、鵜飼は鷺沼が犯人なのだろうと言う。勿論、鷺沼がそれを否定しようとするが、鵜飼は止まらない。

 

「この中で、明らかに嘘を吐いてるのは、貴方だけなんですよ!」

 

鵜飼はそこで天野を指差しながら、彼女が薬を頼み、大鷹が寝ている時、鷺沼はいなかったと叫ぶ。それに鷺沼は出鱈目を言うなと怒るが、鵜飼は出鱈目ではないと言う。鵜飼はそこで彼と一緒に見たという茶髪のスチュワーデスさんを指差す。それを聞いた新一の目が見開かれる。そこで目暮が裏付けを取る為にそのスチュワーデスに審議を聞けば、それに肯定が返される。その見たと言うタイミングは、鵜飼が機内を歩き回っていた際、彼を呼び止めた時、彼から禁煙席で煙草を吸っている大鷹を注意してくれと頼まれたと証言する。そこで彼女に鷺沼がいたかどうかを聞けば、彼女はいなかったと言う。その言葉を聞いた鷺沼が、彼女に詰め寄る。

 

「おいこらっ!あんたまで何言ってんだ!!」

 

そこで今度は目暮が天野に薬を持っていったスチュワーデスに声を掛け、鷺沼が寝てた筈だと言うが、彼女は覚えていないと言う。そこで新一が薬を持って行ったスチュワーデスに話しかける。

 

「あの、もしかして薬を持って行った時……」

 

そこで耳打ちをすれば、女性はその言葉に驚き、しかし直ぐに笑顔を浮かべて肯定する。が、勘違いだったとも言う。しかしそれを聞いた新一は確信する。

 

(やっぱりそうか!間違いない。犯人はあの人だ!そうすれば犯人以外の皆んなの証言も、座席にあったネガの切れ端も、トイレの不可解な血痕も、何故か濡れていた被害者のポケットも、全て辻褄が合う)

 

しかしそこで別の疑問が浮かぶ。何故犯人は、凶器を捨てなかったのか、と。が、そこで考えが変わる。『捨てなかった』のではなく、『捨てられなかった』のだと。捨てられないということは、捨てて仕舞えば持ち主が分かってしまうものだと考えることが出来る。

 

(待てよ!そう言えば、あの人あの時……)

 

「ほらっ!新一、目暮警部が呼んでるわよ?」

 

そこで新一の腕を蘭が引き、新一の意識が現実に戻される。なぜ呼ばれたのかわからない新一が不思議そうな顔を浮かべれば、蘭から呼ばれた理由が話される。曰く、機内を回って他に前のトイレに行った人物がいないか、見て回って欲しいのだと言う。そこで新一は蘭に問いかける。

 

「そんな事より蘭、お前、高校生になったんだよな?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「ならさ、ちょっと聞くけどさ……」

 

そこで新一が蘭に耳打ちをする。その新一の言葉を聞いていくうちに、蘭の顔は赤くなり、最後まで聞いた時点で彼女の顔は真っ赤になっていた。

 

「な、なな、なっ!」

 

「ほら、早く教えろよ!聞いてるこっちも恥ずかしいんだからよっ!」

 

そう小声で言う新一は、確かに言葉通り顔が赤くなっており、蘭は仕方なさそうに小声で伝える。

 

「ええ、そうよ。大抵のやつはみんなそうなってるわよ」

 

「なるほど、そういうことか……」

 

そこで何かを分かったらしい新一を見て、蘭が動揺した様に何に納得したのかと聞けば、新一は気障な笑みを浮かべて容疑者達を見る。

 

「やっと分かったんだよ……被害者の息の根を止めた、犯人の切り札がな」

 

その間にもどんどんと鷺沼への疑心が深まっていき、目暮も鷺沼が一番怪しいと言い、鷺沼がどんどんと追い込まれていく。そこで新一が反論する。

 

「それは違いますよ、目暮警部」

 

全員が新一へと顔を向ければ、彼は気障な笑みを浮かべ、鷺沼は犯人ではないと言う。その新一の言葉に目暮が目を見開いて驚くが、新一は言葉を止めない。新一は、鷺沼は現場には行ってないため、犯行の可能性は0だと告げる。その新一の言葉に目暮が戸惑い、鷺沼は思わぬ所からの援軍に有難がる。

 

「ほー?これは有り難い。なんてったって俺は、事件とは無関係なんだからな」

 

しかし、その鷺沼の言葉を新一は否定する。

 

「いえ、関係なくはありませんよ。鷺沼さん、貴方はまんまと利用されたんだ」

 

その言葉に、鷺沼の顔が青褪め、他の容疑者達に顔を向ける。

 

「その6人の中で、唯一、偽りの証言をしている犯人にね」

 

新一の言葉を受け、高木が今度は千鶴の言葉が嘘なのではと疑う。それに千鶴が反論しようとするが、それは新一が代わりに否定する。

 

「その時、本当に中に人がいたんですよ。被害者と一緒に……エドワードさん、貴方がね!」

 

そこで新一がエドワードの名を呼び、全員が一番後ろにいたエドワードを振り返る。名指しをされたエドワードといえば、動揺を露わにしていた。

 

「お、おい、本当かね?」

 

目暮が信じられないと言ったように聞けば、新一は例のネガを探すために、大鷹のポケットに手を突っ込んだ際、自身の手に着いていたコロンがポケットに付着したことに気づき、だからこそ慌てて手を洗い、ハンカチを水で浸し、その匂いを拭い取ったのだという。また、その証拠として手首にコロンは付いてないと言えば、そこで雪菜が無遠慮にエドワードの手を嗅ぐ。それに気付いた雪男が慌てるが嗅いだ後ではもう遅い。

 

「あ!本当だ!変な匂いがしないよ!!」

 

「ゆ、雪菜!そんな事したら迷惑だよ!!あと、それは失礼だからね!?」

 

「?何怒ってるの?雪男」

 

雪男の注意に、雪菜は理解出来ずに首を傾げる。

 

「そ、そんなことはなんの証拠にもならんよ!第一、彼に聞くには英語でないと……」

 

「いや、彼は日本語を話せます」

 

その新一の確信したような様子を見て、エドワードは観念した様子で、話し出す。

 

「そう、そのboyの言う通りだよ」

 

エドワードが日本語を話せば、全員が驚いた様子を見せる。

 

「……すごい。外人さんが日本語を覚えるのは難しいって、よく言われるのに、すごく流暢に話せてる!」

 

唯一、雪男のみ、ズレた点で目を輝かせ、感心する様子を見せていた。そんな雪男にエドワードは苦笑いを浮かべる。

 

「当然ですよ。彼はあのネガを、あのナショナルバンクの小切手で買い取ろうとしていたんですから」

 

「買い取る?」

 

「そうだよ。scandalの当事者であるDickson上院議員に頼まれてね」

 

その言葉を聞いた鷺沼が、エドワードの胸倉を掴む。

 

「じゃああんたか!!大鷹を殺ったのは!!」

 

「いや、犯人は彼じゃない。何故なら、彼がトイレに行った時、大鷹さんはもう既に亡くなっていたんですから」

 

その新一の言葉に、全員が驚愕する。

 

「ですよね?エドワードさん」

 

新一がエドワードを見てそう聞けば、エドワードは一瞬だけ間を空け、同意する。彼が言うには、和洋がトイレに行った時、これは取引のチャンスだと思い、トイレに行ったのだと言う。しかし、ノックしても返事はなく、鍵を開けて中に入れば、亡くなっていたと言う。その時、ネガは手に入れていないとも言う。

 

「じゃあ、私のノックに応えたのは……」

 

「私だ」

 

そこで鷺沼が騙されるなと目暮に言う。新一と口裏を合わせているだけだとも言うが、それにとんでもないと否定する新一。彼は壁には血痕が飛び散っていたにも関わらず、背中には血が付着していないことを言う。それを言われれば、雪男も理解する。

 

「なるほど。それはつまり、時間が経って、別の誰かが遺体を移動させた事の証拠っていう事だね。常温だと人の血は15分から30分……いや、付着してる量から考えてー」

 

「雪男、思考が変な方向に飛んでるから帰ってきてよ〜!」

 

そこで雪菜が雪男の肩を思いっきり揺らしたため、雪男の意識が戻ってくる。それを見て、新一が説明を続ける。

 

「遺体を発見したのに誰にも話さず、遺体を動かす理由は、例のネガを探していたとしか考えられません。しかもネガが見つからず、ズボンのポケットの中まで探して……そんな事をするのは、被害者の前に座っていて、被害者の様子がわからなかった、エドワードさんだけです!」

 

「し、しかし、それなら雪男さんたちも……」

 

目暮がそこでそう問えば、新一は首を横に振る。

 

「彼らは本当に偶然にも、彼の隣に座っただけでしょう。その証拠に、雪男さんは一度、後ろの座席に顔を出したと言っている。見ようと思えば様子を伺えたんです。それも彼は医者で、日本人。エドワードさんとは違い、同じ日本人である彼なら、医者である事を話せばそこまで警戒される事もない。まあ、ネガの話を持ち出せば、さすがに怪しまれて記憶されていたでしょうが」

 

そこで雪菜に視線が集まるが、雪菜は首を傾げる。

 

「?」

 

「あーっと、雪菜……さっきから名前が出てるDickson上院議員って、分かる?」

 

そこで雪男が雪菜に少々呆れ混じりに聞けば、彼女は首を傾げる。

 

「有名人なのは理解したよ?」

 

「あ、うん。もうそれでいいよ」

 

「まあ、彼女はあの通り、全く興味さえないようですし、問題はないと思いますよ。それに、彼女の場合だと、ポケットを洗う理由はない」

 

「じゃあ誰なんだね!犯人は!!」

 

「エドワードさんと、その時、外でノックした立川さんは除外する。となると、残るは鵜飼さんと天野さん、雪男さんと雪菜さんの4人」

 

そこで名前が出された雪男は緊張した様子で新一を見据え、雪菜は首を傾げる。天野、鵜飼もまた、雪男と同じように緊張した様子で新一の言葉を聞いている。そこで新一はといえば、席にいなかった鷺沼の事を証言した鵜飼の証言。鵜飼はその証言が出て、間違い無いと断言する。そんな鵜飼に鷺沼は呆れた様子で寝ていたと証言する。容疑が晴れた彼は心の余裕を得た為、もう怒る様子はなかった。

 

「その通り、鷺沼さんは自分の席で寝ていましたよ」

 

その新一の言葉にも大きく頷く鷺沼だが、次の言葉で彼の目が見開かれる。

 

「犯人にニット帽を被せられ、アイマスクをされてね!」

 

「な、なんだと……?」

 

「もしかしてその格好って……」

 

「そうです。それは大鷹さんが寝た時の格好。犯人は大鷹さんを殺害後、自分の席に戻らず、鷺沼さんの隣に座り、彼に大鷹さんの格好をさせ、スチュワーデスを呼んだ。あたかもまだ大鷹さんが生きてるかの様に見せかける為に!」

 

「そ、それって……」

 

「……まさか……」

 

鷺沼、千鶴、雪男が信じられないと言った様子でゆっくりと後ろを見る。

 

「そう、大鷹さんを殺害し、鷺沼さんを利用した犯人はー天野つぐみさん!貴方です!!」

 

「おい冗談だろ!?」

 

「つ、つぐみ!」

 

2人が天野を見るが、彼女は答えない。

 

「ーちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

そこで雪男が混乱した様子ながらも、新一に反論する。

 

「だって、彼女は大鷹さん……いや、そうじゃなくとも、立川さんの隣に座ってたんだよ!?僕はその姿を見てる!そもそも、彼女がいなかったら立川さんが気付くはず……」

 

そこで雪男が千鶴を見れば、千鶴は顔を俯かせる。

 

「……その時、私も寝てて、アイマスクを着けてたのよ」

 

「そ、そんな……」

 

雪男が更に目を見開き、天野を見る。そこで新一が説明を始める。

 

「まあ、スチュワーデスが見間違えるのも仕方ない。機内は暗かったし、毛布から出ていたのは鼻から上だけ。つぐみさんは、スチュワーデスが薬を取りに行っている間に本当の自分の席に戻り、大袈裟な嘔吐で立川さんを起こした。しかも有難いことにもう1人、証言者として医者の雪男さんまで釣れた。そして、自分の横に大鷹さんがいない事を確認させて、大鷹さんがトイレに立った時間を、立川さんとスチュワーデスさん、そして雪男さんに確認させ、錯覚させたんです」

 

「じ、じゃあ私が見た座席は……」

 

「たまたま空いていた、鷺沼さんの座席の後ろです」

 

「だが、鷺沼さんの隣の席が空いていないと、このトリックは使えんぞ」

 

「チケットを余分にとって、キャンセルすれば、余分な席は出来ますし、鷺沼さんがつぐみさんに貰った酔い止め薬が睡眠薬なら、ちょっとやそっとじゃ起きませんよ。ニットの帽子は、彼女の荷物の中に入っていましたし、大鷹さんは寝る時、アイマスクを着ける癖を知っていれば、なんの問題もありません」

 

「……あ、待って!その時、スチュワーデスさんに立川さんがいない事を聞かれでもしたら……」

 

「自分の毛布を荷物で膨らませでもすれば、カモフラージュ出来ますよ。例のネガは、ソーイングセットの鋏で切り刻んで、トイレに流したんでしょう。ネガ絡みに見せかけて、自分達に疑いの目を向けさせないために」

 

そう説明されれば、どんどん天野の容疑が濃くなっていく。雪男も、残った疑問が凶器のみの為、庇うことはしない。

 

「その時、つぐみさんに着いたネガの切れ端は、彼女が座った鷺沼さんの横の席に落ちていますよ」

 

新一がそう説明すれば、目暮が高木に調べるよう指示を出す。

 

「つまり、彼女の犯行はこうです。立川さんが寝入るのを待ち、大鷹さんに話があると言い先にトイレに行かせ、麻酔薬を染み込ませた瓶詰めのハンカチと凶器を持って彼の待つトイレに向かう。そして彼がドアを開けた所でハンカチを押し当て気を失わせ、頸髄を凶器で刺す。後はネガを切り刻んでトイレに流し、外から鍵を掛けてさっきのトリックを実行すれば、彼女がトイレから戻った時、大鷹さんはまだ生きていたことになり、アリバイが成立する」

 

「し、しかし、トイレに行った誰かに現場から出てくるのをもし見られでもしたら……」

 

その目暮の最もな疑問に、新一は犯行の時、鍵を掛けなかったのだろうと言う。そうすれば、誰かが開けようとしても、中は狭くて、ドアを抑えれば開けられず、中に人がいる事を理解すれば別のトイレを使うだろうと説明する。そこで遂に千鶴が我慢の限界に達し、叫ぶ。

 

「ちょっと待ちなさいよ!そこまで言うんならあるんでしょうね!!つぐみがやったっていう証拠が!!」

 

「凶器も証拠も、ちゃんとありますよ。彼女はまだ、それを身につけているはずです」

 

新一がそこで天野を見れば、彼女は顔を俯かせていた。そんな新一の言葉に、鷺沼が嘲笑する。

 

「はあっ!?何言ってんだ!?つぐみは2度も身体検査を受けてんだぜ!?」

 

「それは調べられても怪しまれず、搭乗口の金属探知機も掻い潜れる……女性特有の代物」

 

「じょ、女性特有の……」

 

「バーカ、そんな都合の良いもの、あるわけないだろ?」

 

「……え、気付いてないんですか?」

 

そこで雪男が別の意味で鷺沼を驚いた様な表情でみる。彼はもう、気付いてしまった。そんなもの、彼の知識の中では一つしかない。

 

「ま、まさか、つぐみ……貴女」

 

「それはつぐみさん……貴女が胸に着けている下着の、右胸のワイヤーですよ!」

 

その言葉を聞いた鷺沼が、少々の焦りと呆れた笑顔を新一に向ける。

 

「は、女がそんなもので人を殺害出来るかよ!」

 

「ううん。ワイヤーの先を尖らせて後頭部に刺し、全体重を掛けて、頸椎の骨と骨の間に5、6cm食い込ませれば、先端が到達して、犯行は女性にも可能になるよ」

 

「大鷹さんの首筋には、何か引っかいたような跡があった。アレは尖らせていない方の先端がずれた跡。つぐみさんはその凶器を捨てずに身に付けていたのは、現場からワイヤーが発見されれば、片方だけワイヤーの入っていない下着を身に付けている女性が犯人だと、暴露てしまうからですよ」

 

そこで静かに天野を見つめる目暮と新一を見て、鷺沼が天野の疑いを晴らす為、もう一度彼女が身体検査を受ければ良いのだろうと提案すれば、それは天野に駄目だと言われる。それも、今度調べられれば分かってしまうとも言う。その言葉は、彼女が犯行を認めたも同然の言葉。

 

「つ、つぐみ……」

 

「そう、私が和洋を……三年前、彼が日売テレビの報道大賞を撮ったあの写真の所為でね」

 

「何言ってんのよ!?あの写真が切っ掛けで貴女たち付き合ったんでしょう!?」

 

「そうよ。あの写真があったから、彼に興味を持ったのよ。兄の命を奪った火事の怖さ、悲惨さ、辛さを写真で……こんなに表現できる人がいるんだって……」

 

「だったら!何故?」

 

千鶴が天野の肩を掴み、理由を問い詰める。その問いに、彼女は怖い顔で告げる。

 

「あの火事の日、彼の撮った写真が、アレだけじゃなかったのよ……彼の部屋からいっぱい出てきたのよ!兄が住んでいたマンションから煙が上がる瞬間や、その前の平凡なマンションから全景を撮った写真が何十枚もね!!」

 

「ま、まさか、大鷹くん……」

 

「……うそ、でしょ?」

 

そこまで言われれば理解出来てしまう。そう、被害者である大鷹が、自身で火を点けただろうことが。

 

「い、いや、でも、偶然の可能性も……」

 

「彼に聞いたら得意げに言ったわ。『良い瞬間ってのは、待ってても来ねーんだよ。自分で作りだすんだよ』ってね」

 

そこで遂に彼女は泣き出してしまう。

 

「……でも、悔しいな。凶器の隠し場所、結構自信あったのに……」

 

「貴方が伸ばした手ですよ」

 

それは大鷹の手荷物を検査しようとした時の話。確かに彼女は一度、右手を伸ばしたがそれをすぐに引っ込め、少し話したのち、今度は左手を伸ばした。それが新一が確信した瞬間だと言う。

 

「違ったワイヤーの先がズレて剥き出しになり、それが肌に触れて、思わず躊躇したんじゃないかって……」

 

「……た、たったそれだけの事で……」

 

その天野の驚いた様な表情を見て、新一は得意げな顔で言う。

 

「見逃しやすい細かな点こそ、何よりも重要なんです。あの時の貴方の何気ない仕草が、僕の目には、異様な行動として焼き付いただけの事ですよ」

 

その言葉に、彼女は観念したように微笑を浮かべ、背を向ける。その説明を受けた高木が、手のことに気付いていたかを目暮に小声で聞けば、彼も気付かなかったと言う。そこで高木は天野の元へと向かう。

 

「所で警部、どうしてロスへ?」

 

そこで新一が目暮にそう問えば、彼は国際手配の日本人をロス市警に引き取りに行くのだと言う。蘭はそこで、新一から聞かれた事を思い出し、理解する。そう、あの時、彼女は確かに、新一から聞かれたのだ。あの時ー。

 

「『オメーのブラジャーを見せてくれ。ワイヤーってのが入ってるだろ』?普通、女の子に聞くぅ?」

 

現在、沖縄に向けて飛行機が旅立った時間。蘭の寝言は大声で周囲に聞かれていた。勿論、隣にいたコナン、その後ろにいた咲も、子供達も、小五郎も聞いている。

 

(おいおい、まさか蘭、あの時の事件の事を……)

 

「おい蘭!!それはどう言うこった!!やっぱり彼奴に妙な事されたのか!?」

 

小五郎がそこで蘭の肩を揺らし、問い詰める。勿論、それで飛行機内の客全員は気付き、何事かと席を立ち、視線を向けてくる。

 

「何の夢を見てるんでしょうね?」

 

「俺なんてうな重食い過ぎた夢だったぜ?」

 

(ははは、これは確実に哀に報告しよう。暫く、このネタで揶揄えるな)

 

「お客様!?当機は間も無く着陸態勢に入りますので、お願いですから席に……!」

 

「馬鹿野郎!娘の一大事にジッとしてられっか!!」

 

そこでようやく彼女は欠伸をしながら目を覚まし、事態はさらに悪化したのだった。」




因みに、雪男くんの中で印象に残ったのは、エドワードさんです。この時点で、彼は日本語を流暢に話せる外人とあったのはエドワードさんが初めてですし、コロンでの被害も実は一番被っていたため、案外、記憶に残りました。

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