とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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まさかの2連続で恋物語になるとは思いませんでしたよ。
いえ、本当は園子の夏のお話にしようと思ってたんですが、絡ませる事が不可能と判断したのでこうなりました。


第22話〜本庁の刑事恋物語2・前編〜

橙色の光が、廃ビルの窓から差し込み、2人の影を伸ばす。その光景はどこか神秘を醸し出しているが、重要な話し合いをしている2人には関係のない事。

 

「ーーー間違いないわ。彼女は貴方の正体に、薄々勘付いてる。これ以上、彼女を欺き通すのは、無意味よ。傷付けるだけだわ」

 

2人のうちの1人ーーー哀が、相手であるコナンに言う。コナンはその哀の言葉に驚愕する。その額には、一筋の汗が流れた。

 

「ど、どうしてそんな事、お前が俺に?」

 

「あら?悪の心を見抜く貴方の正義の目にも、女心は分からないのね」

 

哀が不敵な笑みを浮かべてコナンを見つめる。そのコナンは、哀が何を言いたいのか、理解しかねているのが目に見えてわかる。

 

「女心?」

 

コナンの呟きに、哀は真正面からコナンの瞳と自身の目を絡ませ、真実を告げる。

 

「ーーー貴方を愛してしまったのよ。最初に出会った時から」

 

彼女はフッと笑みを深める。その言葉を受けたコナンの目が、さらに見開かれた。

 

「気付いてなかったのね?」

 

コナンは、その口を閉じる事は、出来なかった。

 

 

 

 

 

「ーーー仮面ヤイバーさん?」

 

 

 

 

 

「カット!カット!」

 

光彦の声がそう響き渡った瞬間、コナンは表情筋を動かす力を抜いた。既に彼の目は半目。横目で後ろにいる光彦達を観やった。

 

「ダメですよコナンくん!もっと驚いてくれなくちゃ!」

 

現在、夕方のこの時間、廃ビルにて行われていたのは、哀とコナンの密会ではなく、演技の練習だ。近々、コナン達の学校で学芸会が行われるため、現在、その練習の真っ只中なのだ。監督は光彦だ。

 

「このシーンは、悪の組織を裏切った女スパイから、仮面ヤイバーが愛の告白を受ける衝撃的な場面なんですから!」

 

光彦がコナン達に詰め寄るその後ろで、密かに隠れて笑いを堪える声がコナンの耳には入っていた。勿論、笑っているのは咲だ。

 

「たくっ、これって学芸会の出しもんなんだろ?だったらもっと普通の劇にしようぜ?桃太郎とか一寸法師とかよ」

 

「おいおい、そんな、普通の劇だと、面白く、ないじゃ、ないか」

 

既に腹を抱えて笑いを堪えている咲が涙を拭いながらも体を震わせて言えば、コナンは明から様な不満顔を浮かべる。

 

「それに、あんなリアリティのない御伽噺なんて、出来ませんよ」

 

(仮面ヤイバーも似たようなもんだろうが)

 

「俺なんてジャガイモ魔人で我慢してんだぞ!文句言うなよな!」

 

「そうですよ!折角、気分を盛り上げるために、この廃ビルに潜り込んだんですから!」

 

「だったら刑事ものにしようぜ!」

 

コナンが丁度その言葉を言った時、咲の耳に、足音が聞こえてきた。それは最初こそ覚えのない足音だったのだが、直ぐにもう1人分、今度は聞き覚えのある足音が耳に入った。

 

(確かこの足音、佐藤とかいう刑事の……)

 

「ほら、良くあんだろ?廃ビルに逃げ込んだ犯人と、ドンパチやる話!」

 

その瞬間、タイミング良く佐藤の声が響く。

 

「待てーーー!」

 

その聞き覚えのある声が響き渡り、子供達全員が後ろの扉へと目を向ければ、足音が徐々に近付いてきた。そして数分遅れて扉が開き、手錠が両手に掛けられた髭の男が入って来た。その男は焦ったような様子で、子供達が思わずその男が走れるように道を開けたその瞬間、銃を構える音とともに、佐藤の声が響く。

 

「止まれ!!両手を上げて、その場から動くな!!」

 

男が佐藤の方へと恐る恐る視線を、顔を動かした時、佐藤に気付いた歩美が佐藤の名を呼ぶ。それに男がまず反応し、名を呼ばれた佐藤が、なぜ歩美達がこの場にいるのか分からず困惑顔を浮かべた。その瞬間、男が好機と見て、動く。

 

「歩美!!」

 

コナンが叫ぶがもう遅い。歩美は男に拘束され、抱え上げられる。

 

「このっ!!」

 

「うわぁっ!」

 

「「歩美/歩美ちゃん!!」」

 

元太達が歩美の名を呼び、咲の目が瞬間的に獲物を見据える猫の目となり、反対に佐藤は悔しそうに唇を噛む。

 

「来るな……来るなよ!」

 

男はそこで一度、後ろを確認し、直ぐに後ろの階段へと、歩美を抱えて走り出す。それを見て、コナン、咲、佐藤が走り出す。男との追いかけっこが始まり、何段もの階段を駆け上る。その最中、歩美は何度も離すように泣き叫び、懇願するが男は中々離さない。しかし、駆け上り始めて暫くすると、男は駆け登るのをやめ、丁寧に歩美を踊り場で降ろした。それに逆に驚くのは歩美だ。まさか、本当に離してくれるなどと考えも予想もしなかったのだ。

 

「ごめんお嬢ちゃん、怖い思いさせちゃって」

 

男は歩美の拘束を解いたあと、最後にもう一度謝罪をし、そのまま歩美を置いてけぼりにまた駆け登っていく。それを歩美は涙を目に浮かべた状態で見送った。それから少ししてコナン達がその階に到達する。

 

「歩美!!」

 

「歩美、無事か!!?」

 

コナンと咲が歩美に駆け寄る。その後に続いて拳銃を持ったままの佐藤が男の行方を聞けば、歩美から屋上に行ったと告げられる。そこでそのままコナン達は駆け上る。本来なら此処で止まる咲も、止まらず登る。制裁をするつもりはないが、しかしどうせ全員上がるだろうと予想したがための行動だ。

 

そのまま屋上に到達。佐藤が拳銃を構えるようにして壁に身を隠し、屋上を観察すれば、男が鉄の梯子を使って反対の建物へと移動していく姿を捉えた。それに驚く佐藤。こんな行動をされるなどと予想を付けるのが難しい。男は一度息を整えた様子があったが、佐藤の存在に気づくと直ぐに渡ってしまい、鉄の梯子を地上へと落としてしまった。これでは直ぐに反対の建物へと移るのは不可能。佐藤達は、男が扉へと消えていくその背を見送る事となってしまった。が、佐藤は諦めない。左右に視線を移し、何かないかと伺えば、近くに少し上だけ外れた管。その佐藤の様子に気付き、其方を見た咲は、佐藤が何をしようとしているのか、予想が付いてしまった。

 

「おい、素人がそれをするのは……」

 

しかし、咲の言葉で止まる佐藤ではない。佐藤は覚悟を決め、管へと駆けていく。そして途中で軽く跳躍。その間に拳銃を口に咥え、両手で管を掴む。これが子供ならそこまで大した事はなかっただろうが、大人の体重を支え切る事は不可能で、雨樋の留め具が一つ壊れてしまった。しかし、それだけでは届かない。次に佐藤は片手で掴んだ状態になり、もう片手で拳銃を掴み直し、留め具を二つ、撃ち壊す。お陰でそのまま佐藤が重りとなり、隣の建物の扉へと降り立つ。それを見ていた子供達全員絶句。元太が素直に賞賛するのみ。

 

「佐藤さん!」

 

そこで高木が登場し、歩美が振り返る間に佐藤が鍵を撃ち壊した。そして中へと侵入しようとする佐藤に、高木が声を掛けた。

 

「佐藤さん!!」

 

「高木くん!貴方は下から回って!」

 

「あ、はいっ!」

 

そこで素直に高木が下から回ろうとしたその時、コナンが待ったを掛けた。

 

「ねえ!何があったの!?」

 

高木が説明に困り、取り敢えず後を追いながら説明することを決め、全員が高木の後を追おうとする中、哀が振り返る。

 

「咲!貴方も行くわよ!!」

 

「……いや、私が先に行く」

 

「え?」

 

哀が咲の言っている意味を理解出来ずに問い返したその時、咲は行動に出る。まず、佐藤と同じように雨樋に捕まったが、やはり小学一年生の体重ではあまり曲がらない。

 

「ちょっと!?咲!!」

 

そこで哀が叫んでしまい、コナンが戻ってきた。

 

「何やってんだ咲!!」

 

「何って、此処から行こうとしてるんだが?」

 

「危ねーだろうが!!今直ぐ戻ってこい!!落ちたらどうすんだ!!!」

 

コナンがそう叫ぶが、咲はそれに耳を貸すことなく、両手で掴んだその状態で、壁を思い切り蹴った。そうすれば流石に傾き、支える部分が徐々に、ユックリと、佐藤の時とは比べ物にならないほど遅いが傾きだした。しかし、それは扉方面とは反対に右斜めに倒れて行く。今、咲が右側にいるためだ。そのまま傾いて行くが、やはり限界はあるもので、斜め45度辺りになった時に止まってしまった。が、其処で今度はその小さな体を使って逆上がりを始める。勿論、一回では終わらず、何度も、何度も回転し、勢いがついた辺りで両手を離し、ジャンプする。そしてその小さな両手を伸ばし、反対側の手摺をギリギリで掴んだ。

 

(ふぅ……やっぱり、大人の時のように上手くはいかないな)

 

そのまま咲は体を上げ、佐藤と同じ扉から入っていってしまった。

 

それを見届けていたコナンと哀は、既に顔色が青褪めていた。

 

「……おい、彼奴、組織の時、何やってたんだ?」

 

「……さあ、私も詳しくは……けれど、良く壁を蹴って登ったり、ビルからビルへと飛び移ったり……今思えば、これってパルクールよね」

 

「彼奴、そんなもん習得してたのかよ!?」

 

そこで後ろからコナン達を呼ぶ声が聞こえ、渋々ながらもコナン達はその場を後にし、高木達を追う。そして追いつき、事情を聞けば、連行中の犯人に逃げられたのだと説明される。それに驚きの声を上げる5人の子供達に高木の眉が下がる。

 

「そうなんだよ!本庁に連行する途中で、バイクとトラックの接触事故があって、気を取られてる内に、僕の隣にいた被疑者がいなくなっていたんだよ!大人しい男で、まさか逃げるとは思わなかったから……」

 

「ドジっ!」

 

「逃げられたら、始末書だけじゃ済まないんじゃないですか?」

 

歩美、光彦の言葉が高木を追い詰め、彼は嘆きの声を上げる。

 

その頃、咲はといえば、ビルの中を悠々と歩いていた。彼女の耳に音さえ入れば、大体の位置が掴めるのだから焦る必要はないのだ。

 

(気になることもあるし、衝動に任せてあんな行動したが……これは帰ったら説教物だな)

 

咲が先の未来を思い、重い溜息を吐いたその瞬間、何かが勢い良く壊れる音が聞こえてきた。

 

(これは……こっちか)

 

そうして左を曲がった時、トイレの扉が目に入った。

 

(まあ、あの逃走した奴の性別が男なんだから……)

 

そう考えてなんの躊躇もなく男子トイレに入れば、何故か男と共に手錠に掛けられ、しかも男の腕がトイレの水道管の後ろを通ってしまっているがために逃げられなくなってしまっている佐藤がいた。

 

「……佐藤刑事?これは?」

 

「あ、えっと……咲ちゃん、だったわよ?貴方、どうして此処に?」

 

「貴方の後を追って此処に来たんだ」

 

「ちょっと!?それ、危ないじゃない!!怪我はしてない?」

 

「怪我はしてないが、現状、一番心配するべきは貴方の今後じゃないか?その状態のままだと、このビルから出る事も出来ないぞ」

 

その言葉に佐藤が言葉を詰まらせ、天を仰いだその時、男が何かを呟く。勿論、それは咲の耳に入った。

 

「……貴方は、無実の罪で捕まってるのか?」

 

「……え、咲、ちゃん?」

 

佐藤が咲の言葉に目を見開いたその時、男が叫ぶ。

 

「私は無実なんです!殺しなんかやってないんですよ!!刑事さん!!」

 

「……え?」

 

「……殺し?」

 

咲が眉を顰める。咲は事情を知らない為、仕方のないことではある。そんな時、今度は高木の声が聞こえてきた。

 

「……高木刑事が来たな」

 

「え、本当に?」

 

「ああ。多分、すぐ近く……今、哀とコナンがなぜ美術館のはずなのに絵がないのかという話をしているな」

 

「こ、コナン君達も来たの!?……貴方、本当に耳が良いのね」

 

佐藤が感心したところで、彼女はすぐに切り替えて、高木を呼ぶ。彼女がもう一度呼べば、少しして高木が入ってきた。彼が恐る恐るな様子で入って来て、佐藤はトイレの扉から上半身を出し、左手で高木を呼ぶ。高木からは男子トイレなのに何をしているのかと叱られたが、彼女は気にしない。

 

「それで、あの被疑者は?」

 

「その被疑者なら、佐藤刑事と繋がれてるぞ」

 

そこで咲がトイレから出て来て話せば、高木の目が見開く。まさか子供がいると思っていなかった様子で、咲はこの瞬間、コナンが説明していなかったことを悟った。

 

「って、本当ですか!?」

 

そこで高木は本題と咲の言葉を思い出し、佐藤に聞けば、佐藤は苦笑いで頷く。

 

「実はちょっと、ドジっちゃって」

 

そう言って彼女は被疑者と繋がれた手錠を示すように上下に動かす。

 

「何してるんですか!手錠は被疑者の両腕に掛けるのが常識でしょ……」

 

「もう逃さないようにって、思わず自分の手に掛けちゃったのよ」

 

「鍵は?」

 

「失くしちゃったみたい」

 

「おいおい……」

 

咲も其処まで聞いていなかった為に、頭を抱える。まさか、失くしてるなどと思わなかったのだ。

 

「一課の皆んなに知られたら恥ずかしいから、こっそり合鍵取ってきてくれる?」

 

「こっそりなんて無理ですよ。被疑者に逃げられて大騒ぎになってるんですから……」

 

「なんなら、私が瑠璃か彰に連絡してやろうか?」

 

其処で咲が黒の薄いロングカーディガンのポケットから携帯電話を出せば、佐藤が首を横に振る。

 

「それに、元はと言えば、高木くんが被疑者から目を離したから逃げられたのよ」

 

そこで彼女が意地の悪い笑みで高木を見れば、彼の額に冷や汗が流れる。

 

「は、はい、そうでした……」

 

「じゃ、よろしくね!高木くん!」

 

佐藤は其処で高木の背中を押し、高木は仕方なさそうな顔をする。

 

「私じゃない」

 

そのタイミングで、被疑者の男がもう一度、誤解だと言う。それに耳を傾ける3人。

 

「犯人は私じゃない!何故だか分からないけど、朝起きたら『村西』さんが死んでたんだ!」

 

「……さっきからこの調子なのよ」

 

佐藤が呆れたような笑みを浮かべる。その反対に咲は、ジッと男を見ていた。

 

「本当です!信じて下さい!!」

 

「あのですね、『東田』さん。亡くなっていたのは、貴方と同じマンションに住み、職場の上司でもある『村西 真美』さんで、現場は彼女の部屋のバスルーム。彼女の絞殺遺体が発見された時、貴方は、彼女のベッドで酔っ払って寝ていたじゃないですか!入り口の扉の鍵も、チェーンロックまで掛かっていて、部屋は密室。オマケに、その扉の鍵やチェーンロック、彼女の首に巻きついていたビデオコードにも貴方の指紋が残っていました。その上、貴方は仕事上でよく彼女とぶつかっていて、その日も飲み屋で『あの女にガツンと言ってやる!』と友人に息巻いて帰ったそうじゃないですか。貴方が酔って彼女の部屋へ行き、口論になって殺してしまったとしか思えないでしょ」

 

「鍵を掛けたのは、彼女を逃さないようにする為。そして殺害後、酔い潰れてそのまま彼女のベッドに寝ちゃったって訳よね」

 

其処まで聞いていた咲は、犯人視点から考えようとするが、どうにも『酔っ払った犯人視点』というのが想像出来ず、首を傾げるのみ。正常な状態であれば、まだ出来たことだろう。

 

「でも私には、全く覚えがないんです」

 

「だから、それは貴方が泥酔していたからで……」

 

「確かに私は、私の仕事に事あるごとに難癖を付ける彼女を、恨んでいました。でも、殺したい程憎んではいなかった!!」

 

その東田の言葉は、咲から見て、本心のように感じた。裏にいた為、ある程度の嘘や偽りは判断することが出来るようになっている。

 

「じゃあなんで、逃げたりしたのよ」

 

「……警察に追われたから、とか?」

 

咲が予想を言えば、東田は首を横に振り、答える。

 

「……行かなきゃいけない所があるんです」

 

「何処よ、それ」

 

佐藤は少々、迷惑そうに眉を顰めれば、逆に彼は懇願するように言う。

 

「シカゴにいる娘から……離婚した妻に引き取られた娘から、結婚式の招待状が届いたんですよ!17年間、ずっと恨まれていると思っていた娘から……これには私が行かなくてどうするんですか!!」

 

東田が涙を目に浮かべて、その心を訴える。その訴えを聞いた佐藤、高木は互いの顔を見合う。そんな2人に、東田は本当の事だと訴える。その際、部屋に行けばその手紙も、同封された航空券もある筈だと言う。それを言われて戸惑う高木。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「そのオジさん、悪い人じゃないよ!!」

 

そこで別の所から訴える声が聞こえ、その人物へと目を移す。その訴えをするのは、歩美。

 

「だって、そのオジさん、歩美を離してくれたし、その時、『ゴメンよ』って言ってくれたもん!本当に悪い人なら、そんなことしないもん!!」

 

その歩美の訴えに、高木は困ったような表情を浮かべる。逆にそれを聞いていた佐藤は、東田に問い掛ける。

 

「ねえ。その便、明日のいつ?」

 

「成田に、12時30分ですけど……」

 

「さ、佐藤さん……」

 

佐藤の様子に気付いた高木が名を呼んだその瞬間、佐藤が真剣な様子で彼に、言うことをよく聞くように言う。それは至極単純、明日の昼、つまり、その航空の便に間に合うように、真犯人を挙げるように言ったのだ。勿論、それに驚かないわけもなく、高木は困惑する。

 

「ぼ、僕がですか?」

 

「ええ、そうよ。それまで私はこの人を、見張っててあげるから。どうせこれじゃ、動けないしね」

 

「じ、じゃあ、鍵を取って来ますから、この人を一旦、本庁に連れて行ってそれから2人で……」

 

「それだと、この人の乗る航空の便に間に合わないんじゃないか?」

 

そこで咲が高木を見上げて口を挟む。高木が咲を見れば、彼女の目が細まる。

 

「それとも、すでに時刻は夜である現在から、明日の昼までの短時間で、真犯人を挙げる自信でもあるのか?」

 

「それに、鍵を取りに帰っている所を上司にでも見られたら、コッテリ絞られて、始末書書かされてるうちに、フライト時間が過ぎてしまうのがオチよ。いい?私達は現在、被疑者追跡中。そう見せかけて、貴方が単独で真犯人を見つける……これしかないわ。検察庁へ送検される前なら、容疑が晴れた被疑者を、警察だけの判断で、直ぐに送致前釈放出来るしね」

 

佐藤のこの説得を聞いても、高木は納得せず、動こうとしない。そこで、佐藤が新たなタイムリミットを告げる。

 

「タイムリミットは、この美術館が開館する、明日の午前10時頃。このトイレに客が入って来たら、どの道、警察に通報されてしまうから」

 

そこで佐藤は東田に顔を向け、それまでは、東田を信じると告げた。その言葉に、東田は涙を浮かべて礼を言う。

 

「で、でも、僕1人じゃ……」

 

「あら、1人じゃないでしょ?」

 

佐藤が高木に言う。その意味を理解出来なかった高木が不思議そうにすれば、佐藤が下に顔を向ける。

 

「彼らは、やる気満々みたいよ」

 

「え?」

 

そこで高木も背後の腰より下辺りに視線を向ければ、そこには確かに、やる気に満ち溢れた眼をしている子供達6人がいた。その後、もう一度、佐藤から状況の整理がされ、コナン達は裏の非常階段から降りていた。その途中、佐藤からの応援の言葉を貰っていた高木がダラシない顔をして元太に急かされたり、その後に落ち込んだり、佐藤の後を追って無茶な事をした咲を哀が叱ったりする光景があったが、そのまま進もうとした。しかし、その途中でヘルメットと工事の服を着た男性が登ってきた。

 

「こらっ!お前達、何してるんだ!?」

 

急に現れ、怒られた事に全員に緊張が走る。代表として大人の高木が交渉に入るために前に出た。

 

「ここの下に書いてあったろ!『立ち入り禁止』って!」

 

「ああ、緊急事態だったので……」

 

「そうですよ!皆んなで犯人を追ってたんです!」

 

光彦の言葉を聞いた男は、怪訝そうな眼を隠しもしない。

 

「なにが犯人だ。刑事じゃあるめーしよ」

 

「ああ、僕はこう見えて警視庁の……」

 

高木がそこで警察手帳を出そうとしたが、その瞬間、別れる前に佐藤から言われた一言が頭の中で蘇る。

 

『勿論、逃走中の被疑者であるこの人と、刑事の私がここにいる事を悟られたらアウト。娘さんの結婚式に間に合う為にも、貴方が単独で密かに捜査するのよ』

 

それを思い出せば、高木には警察手帳を出せなくなり、刑事『ごっこ』をしていると認めてしまう事となった。勿論、『ごっこ』ではないのだが、それを目の前の男は知らない。そのまま男に小言を言われつつ、下まで連行され、外へと追い出された。そして捜査開始となる筈の所が、しかし、とある居酒屋の目の前の裏路地に隠れる羽目となっていた。なぜなれ、パトカーがサイレンを鳴らしながら過ぎて行くのが見えたからだ。そうして出るに出れなくなり、ついに5台目のパトカーが過ぎ、元太がなぜパトカーが通っているのかと聞き、帽子を新たに買って被っている高木が自分達と被疑者を探しているからだと説明した、その瞬間、高木の肩が叩かれる。

 

「たーかーぎー!」

 

「うわっ!?」

 

高木が思わずと言った声を上げ、コナン達が素早く後ろを見れば、其処には松田、伊達、瑠璃が立っていた。

 

「だ、伊達さん!!それに、松田刑事、瑠璃刑事も!?なんで此処に……」

 

それに瑠璃は苦笑いで言う。

 

「いや〜、この事件、松田さんが詳細を見た時からおかしいって言ってて、それで被疑者逃亡からの高木さん達からの連絡がないわで、てんやわんや。私達は一塁の望みを掛けて、被疑者が行ったというあの居酒屋を張り込んでたら、高木さん達が見えたので……」

 

「来たって訳だ」

 

瑠璃と松田の説明に、早くも暴露たと顔を青褪めさせる高木に、伊達が背中を叩く。

 

「安心しろ、高木!目暮警部達には連絡しねーよ!」

 

「え、どうして?」

 

コナンが純粋な疑問をぶつければ、それに松田が煙草を咥え、説明する。

 

「なに、此処に高木がいるのに佐藤の奴がいねーって事は、別の所に張り込みか、動けないかって所だろ?被疑者はそんな武闘派には写真見ただけじゃ見えねーし、なら彼奴がドジって動けなくなったって所か。張り込みはお前が餓鬼連れてる時点で排除だ」

 

その言葉に高木に冷や汗が流れる。何処まで見透かされているのか、分からないからだ。

 

「それに、被疑者の野郎がいないなら、再捜査のチャンスだ。って事で、まずは目の前の居酒屋で事情聴取でも取ろうかって考えた時……そこの眼鏡の餓鬼が見えたんだ」

 

そこで指名されたコナンが眼を見開き、自身に指を指す。

 

「ぼ、僕?」

 

「ああ。お前、あの毛利探偵の所の餓鬼だろ?しかも、あの探偵よりも数段、頭のキレる餓鬼だ。そんな餓鬼が、なんの理由もなしに隠れるような様子で裏路地から居酒屋を見てる訳ないと思ってな、裏から回ったって訳だ」

 

そこで瑠璃が咲に目線を移せば、咲は居心地の悪そうに視線を逸らす。

 

「それにしても……咲、あんた、こんな時間まで……修斗に連絡は?」

 

「……」

 

「あ、してないんだね。……仕方ない、やっておいてあげようではないか!この瑠璃様が!」

 

「変に威張ってんじゃねーよ」

 

瑠璃が胸を前に出し、ドヤ顔を浮かべれば、その直後に松田からの容赦無いチョップが入る。彼女はそこで蹲り、頭を抑えるが、全員見て見ぬ振りをすることに決めた。

 

「取り敢えずだ。お前さんも俺達と同じ目的だろ?なら、此処にお前さん達はいなかったって報告しておいてやるよ」

 

「代わりに、ちゃんと事情聴取して情報を搾り取ってこい」

 

伊達と松田は高木にそう告げると、松田が瑠璃を立たせ、3人は歩いて去って行った。

 

「……伊達さん」

 

「……兎に角、まずはあの店で。東田さんが事件の直前に立ち寄ったという、あの居酒屋からだね」

 

コナン達は、パトカーが来ないことを確認して、居酒屋『やまさん』に入り、事情聴取を始めた。

 

「ーーーええ、べろんべろんに酔っ払って、『今日こそはあの女にガツンと言ってやる』って。でもまさか、あの東田さんがあんな事するなんてね……」

 

「ねえ、その人、1人で帰ったの?」

 

コナンの問いに、女将は、一緒に来たらしい『北川』という人物に連れられて、2人で帰ったらしい。

 

「ほら、あの人」

 

そう女将が視線で示した人物は、テーブル席に1人で座り、新聞を読んでいた。頭を坊ちゃん刈りにしており、ちょび髭を生やし、煙草を吸っている。

 

「東田さんと同じ会社に勤めてるのよ」

 

「じゃあ、彼ですね。遺体の第1発見者の北川さんというのは……」

 

「第1発見者?」

 

その言葉にコナンが思わずと言った様子で問いかければ、高木が頷く。

 

「事件の翌日、東田さんと村西さんが出社しないので、管理人さんに部屋の鍵を開けてもらって、そこで遺体を発見したそうだよ」

 

そこで北川が席から立ち上がり、勘定を机の上に置いた事を女将に告げ、出て行こうとする。そこで高木が北川の名を呼ぶが止まらず、追い掛けるようにして外に出て、もう一度名を呼び、警察の者だと伝えれば、彼は全て話したと告げる。

 

「上司が友人に殺されて、酷くショックを受けているんです。暫く、そっとしておいてくださいよ」

 

そう言われてしまえば、高木も強くは言えず、困り顔。

 

「そうだよな〜。あの人は既に、警察で事情聴取されてるし、此処の居酒屋の女将さんだって、何度も……」

 

高木がそこで戻れば、子供達が女将に事情を聞いていた。

 

「そうよ!村西さんは東京スピリッツのファンで、東田さんはアンチスピリッツ!」

 

『へ〜!』

 

そこで高木が割って入り、女将に頭を下げる。その時、子供達から親に連絡した後の申し出を受け、高木は心の底から泣きたくなった。このままでは、明日の朝までに真犯人を探しだせる訳ないと、思ったのだ。そこでコナンが博士に連絡を入れ、全員が博士の家に泊まっていることにして欲しいと頼み、博士はそれを了承する。

 

『明日は待ちに待った日曜日!親御さん達には皆んなで明日のイベントに行くからと伝えておくよ!』

 

「イベント?なんだよ、それ」

 

『ワシの発明が遂に町のためになる日が来たんじゃよ!名付けて『トロピカルレインボー』!破裂したら七色に光るんじゃ!用が済んだら君らも見に来てくれよ!』

 

「あ、ああ……」

 

そこでコナンは電話を切る。高木が博士の反応を伺えば、コナンは頷いた。

 

「なんか明日、杯戸町で花火のイベントがあるって燃えてたよ」

 

「花火そんなイベント、あったかな?」

 

高木は記憶を探ってみるが、幾ら探しても覚えがない。そんな高木に、コナンは次に事件のあった村西さんの部屋を指定し、高木に連れられ、事件現場へと向かった。

 

「また刑事さんかい?昼間来てた刑事さん達が帰ったばかりだっていうのに」

 

「ああ、いえ、調べ残した事がありまして……」

 

そこで管理人が子供達の事を聞いてきた為、光彦、歩美が誤魔化しにかかる。

 

「生活科見学ですよ!」

 

「刑事さん達の仕事を調べて、学校で発表するの!」

 

そんな子供の様子に管理人も笑顔を浮かべた。そこで高木が扉を開け、後で鍵を管理人室に持って行くと話している間に子供達は部屋に入り、捜査を始めた。勿論、指紋を付けないために、白手袋をはめて。その際、最後に入ってきた高木にベタベタと触るなと怒られたが、高木が帽子を買ったところでその手袋を買った事を説明し、問題は解決された。

 

一方の松田達はと言えば……。

 

「……いや〜、妄想逞しい事で」

 

「まあ、佐藤とお前さんは、中々大事に扱われてるからな〜」

 

「彼奴ら、なんでそんなに女に困ってんだろうな?」

 

3人共、車の無線から聞こえてきた目暮の連絡に呆れた様子を浮かべた。その連絡の内容が、『佐藤と高木が被疑者に襲われた』と流れてきて、数分もしないうちに近くにいた別の警官、刑事達が一斉にやる気を出して捜索し始めたのだから、呆れるのも仕方ない。

 

「あのやる気を普段からも出して欲しいところですよね〜」

 

「そうだな。そうすりゃ、事件解決なんてすぐ出来んだろうに」

 

「まあ、佐藤のヤローと瑠璃が関係すれば、出すだろうよ、やる気」

 

松田が遂に車の背もたれに沈んでしまい、瑠璃と伊達は苦笑いを浮かべていた。

 

そんな事が起こっているとは艶も知らないコナン達は、高木に帰ろうと急かされている。彼は、鑑識の人達も入った為、塵一つ残ってないから、証拠品も何も見つからないと言う。しかし、コナンはそれを聞いていない。

 

「おかしいのは次の4点。一つ目は、布団、シーツ、枕と、その横のカーテンの色。台所用品や食器や他の内装も、ぜんぶべーじゅに統一してあるのに、なぜかベッドとカーテンの色はグレーになってる」

 

「そ、そんな、偶々だよ」

 

高木はコナンにそう言うが、光彦がそれに、ベージュ色のそれらはクローゼットの奥にしまってある事を告げる。その隣にいた歩美も、女将さんから聞いた情報の一つ、村西はベージュの色が大好きだった事を告げた。それを告げられれば、高木にも違和感が芽生える。

 

「あと、スピリッツとサボテンが好きだって言ってたぞ!」

 

「それから、東田さんはAV機器に詳しくて、風呂嫌い!」

 

「酔って寝たら中々起きなくて、よく会社に遅刻してたんだって!」

 

「そ、そんなこと、事情聴取の時には言ってなかった筈……」

 

高木がそこで自身の手帳を巡り、探すが、どこにも書かれていない。

 

「警察の人に事情聴取をされる時には、事件とは無関係な事を話すと怒られるんじゃないかっていう心理が働いて、構えて答えてしまう事だってある。ああ見えて、あの女将さん、萎縮してたんだと思うよ?」

 

「い、委縮?」

 

「二つ目は、何故か剥がされているベッド脇のカレンダー」

 

コナンが其処で手に持ったカレンダーをベッド脇の壁に近付く。その壁の一部のみ、真っ白になっていた。そこにカレンダーを翳せば、丁度ピッタリ一致した。因みに、カレンダーはクローゼットに戻されており、そこには東京スピリッツが写されていた。

 

「きっと、今チームが調子を落としているから、剥がしちゃったんだよ」

 

「ん?そうなのか?」

 

サッカーに興味がない咲が首を傾げるが、それに答える者はいない。

 

「でもほら見てよ!」

 

コナンはそこでカレンダーを高木に見せながら、一番下の12月まで捲る。その12月には、ギッシリと予定が書かれている。それを説明すれば、高木もまた一つ、違和感を覚えた。

 

「3つ目は、微妙にズラした痕がある家具類」

 

「それは鑑識さんも言ってたよ。模様替えしたんだろうって」

 

「でも、タンスを動かす時、こんな大切な物を落として、下に挟んじゃったのに気付かないなんて、変じゃない?」

 

コナンがそう言って見せるのは少し形が変形しているマッチ箱。それの何が大切なのか、高木には分からない。マッチを手に取れば、コナンに開けるように言われ、指示通りにマッチを開けてみる。その中には、マッチ数本と白い紙が入っており、その紙を開いてみれば、そこには村西の婚姻届が入っていた。それで結婚するつもりがあった事を理解するが、その相手の名前が書かれておらず、しかし印鑑は押されていた。

 

「4つ目はサボテン。事件の日は朝から横殴りの雨が降っていたのに、サボテン好きの彼女が、ベランダに出したままにするかしら」

 

哀がベランダを見ながら説明すれば、高木もベランダに体を出し、観察する。

 

「つまり、彼女以外の『誰か』が、何かの目的で色々な物を移動させたって事だよね?」

 

コナンが高木に気障な笑みを向けて言えば、高木は目を2、3度瞬きする。その時、子供達の声がベランダから響いた。

 

「あ!これですね!事件の日の夕方、女将さんが彼女にプレゼントした『キンシャチサボテン』!」

 

「だが、棘が折れてる。可哀想……」

 

「だから、それがなんなんだよ!」

 

高木が遂に叫ぶ。彼には、理解出来ていなかった。

 

「被疑者の東田さんは、遺体発見時にこの部屋のベッドで、自分の家にいるみたいにデーンと寝ていたんだよ?凶器のビデオコードだけじゃなく、入り口のドアの鍵や、チェーンロックからも、東田さんの、指紋……が……」

 

その瞬間、高木の頭に電撃が走る。彼は、理解してしまった。思い付いてしまった。

 

「ま、まさか……まさか、この部屋!?」

 

「じゃあ、行ってみる?」

 

コナンがそこで高木に声を掛ける。高木は目を見張ったまま、コナンを見た。彼の目は、信じられないと言った眼を、している。

 

「あの人の部屋も、このマンションなんでしょ?」

 

「……うん、行ってみよう」

 

高木は理解し、だからこそ行動に出る。

 

ーーー真相を、知る為に。




咲さん、実はパルクールしてました。因みに、独学です。まあ、子供になってしまった為、思うような動きは出来てないようですがね。

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