とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第20話〜上野発北斗星3号・後編〜

太陽がゆっくりと顔を出し始め、空が青に染まり始めた時刻。コナンと明智は対峙、現在、明智に対して正体を表す様に言うコナンの言葉に、彼女は口角を上げて微笑む。そこに悔しげな表情はない。

 

「ふっ。なーんだ、やっぱり暴露ちゃってたのか」

 

明智はそう言いながらサングラスを外す。その下からは、コナンがよく知る、自身の母親『工藤 有希子』が現れた。

 

「流石、新ちゃんね」

 

その褒め言葉に、彼は呆れた様に笑う。

 

「ハッ、赤の他人なら兎も角、口紅と髪型変えたぐらいじゃ、息子の目は誤魔化せねーよ」

 

「あら、結構大変だったのよ?この髪型にセットし直すの」

 

そんな彼女の苦労話など二の次にして、彼は変装して乗り込んできた理由を問いただす。それに彼女は、自分は日本で有名人だから変装ぐらいすると言う。それに肩を落とすコナン。

 

「何年前の話だよ……」

 

「うるさいわね!」

 

彼女は少し恥ずかしそうにしながらコナンにそう言った後、顔を反らしながら続ける。

 

「この列車に乗ったのは、ロスで日本の新聞の、ある記事を読んだからよ。宝石店で強盗犯が奇妙な言葉を残して、何も取らずに逃走するっていう、妙な記事をね」

 

それに真剣な顔を向けるコナン。どうやら、彼の考え通りらしい。

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「ええ。優作も言ってたわ。プロの強盗犯のお粗末な犯行、そして、犯人が現場で口走った、『話が違う』という謎の言葉も、みーんな10年前に自分が書いた推理小説の冒頭にそっくりだって。まあ、小説で襲われたのは、宝石店じゃなくて、大きな古美術店だったけど」

 

「それで?どうしたんだよ?その後」

 

「勿論、その宝石店に電話したわよ。『そこのオーナー、長いトンネルに入る長距離列車に乗る予定はありませんか?』って。そうすると、古美術店のオーナーが列車内で射殺される筋書きだったから。そしたら、6日後に北斗星に乗るって言うじゃない」

 

「なんで止めなかったんだよ!?」

 

その息子の怒りは正当で、それに対し有希子は、まさかトイレに立っている間に殺人事件が起きるなんて思っていなかったと答える。確かに、そんな自分が立っている間にタイミングよく起こるなど、誰が想像出来ようか。

 

「だったらせめて俺に相談しろよ!!」

 

「だって、新ちゃんいつも蘭ちゃんと一緒だったし……」

 

確かに、そこで列車内では『明智』を名乗っている彼女が、面識もないはずなコナンに声を掛ければ、一緒にいた蘭に不審がられてしまうだろう。どころか、自分も一緒にとなりかねない。そこまで理解すればさすがにコナンも声をかけろとは言えなくなった。

 

「にしても、何かやりようがあんだろ……」

 

コナンがやりようのない怒りを全てぶつけない様にそう言えば、有希子は悲しそうな顔でコナンに心境を暴露する。

 

「じゃあなーに?あの人が殺されたのって、やっぱり私のせい!?」

 

ここまで言われれば誰でも同じ心境にもなるだろう。それも、事件が起こると知っていた上、自分が見ていれば防げただろう事件が、トイレに立って目を離した瞬間、起こったのだ。自分を責めるなと言うのが難しい。それを理解しているコナンも、そこまでは言ってないと母親に言う。

 

「……で?その大迷惑な小説を書いた当の本人は、何処にいるんだよ?」

 

コナンがそう聞けば、一つ前の北斗星で、もう札幌に行ってる筈だという。曰く、宝石店に電話した時、一日三本出ている北斗星の誰に乗るかまで教えてくれなかったらしく、彼と別れて乗ったらしい。

 

「優作が北斗星1号、私がこの北斗星3号、残りの北斗星5号は、朝トンネルを抜けるから、まずないだろうって」

 

「なるほど?夜だど都合の良いトリックって訳か……それで?どんなトリックなんだよ」

 

コナンが有希子に種明かしを求めれば、有希子は目をパチクリ。

 

「え?」

 

「父さんに聞いてきたんだろ?」

 

「そ、それが……」

 

寝台特急が別の列車と連結し、走り出す。しかしそれよりも、コナンは別のことに驚きが隠せない。

 

「なに!?トリックを忘れちまっただと!!?」

 

「何しろ、書いたのは10年前だし、盗られた小説は、まだ前半しか書いてないものだったからって……」

 

「『盗られた』って?」

 

コナンは知らなかった事実が有希子の口から出され、説明を求める。有希子の話では、その原稿を預かった編集部の人が、銀行強盗に巻き込まれてしまい、鞄ごと強盗犯に盗られてしまったのだと言う。

 

「お、おい、もしかしてその強盗って……」

 

「ええ、そうよ。強盗は3人組で、そのボスの名前は『浅間安治』。さっきトンネル内で遺体で見つかった男よ」

 

しかしそこで疑問が生じる。なぜその小説を奪った強盗犯のリーダーが、小説通りに殺されなければならなかったのか、ということ。それを有希子に聞き、有希子も何故なのかと考えようとした時、蘭がコナンを呼んだ。それに直ぐに反応した有希子がまずサングラスをかけ直し、コナンが慌てて振り返り、蘭を見る。

 

「ら、らら蘭姉ちゃん……」

 

「なにやってるのよ、こんな所で?」

 

「あ、あのこのオバさんとね……!?」

 

そこで彼女は素早く彼の斜め後ろにかがみ、背中を強く抓る。もちろん、背中での出来事のために蘭からは見えない。

 

「オネーさんとお話ししてたのよねー?」

 

有希子が圧力を掛けてそう言えば、コナンも痛みに耐えながら引きつった笑顔で頷く。それに蘭は取り敢えず納得し、ロビー・カーに行こうと誘う。それにコナンが何故なのかと行った表情で見返せば、小五郎が推理ショーを始めるのだと言う。蘭が去って行ったのを見計らい、有希子はコナンを揶揄う。

 

「あら、先越されちゃったわね」

 

しかしコナンは半眼で呆れ顔。

 

「だと良いんだけどよぉ……」

 

そのまま有希子と共にロビー・カーに行けば、西村が小五郎に文句を言っていた。

 

「推理ショーってね、あんた、犯人はトンネル内で遺体で発見された、あの浅間安治じゃないってのか?」

 

その刑事の言葉は梨華の内心の代弁でもある。事件は全て解決したのだと、彼女は安心していたのだ。そして当の小五郎はと言えば、犯人は浅間安治であると言う。それに西野はさらに疑問を持つ。

 

「じゃあなにを推理するって言うんだ、あんた」

 

「動機ですよ」

 

「動機?」

 

「ああ。それを解く鍵は、浅間が出雲さんの宝石店を襲った時に口走ったという、『話が違う』という一言。このままでは、訳のわからん事件だが、それが、浅間さんと出雲さんの狂言強盗だったとしたら、全て辻褄が合う」

 

「なに!?」

 

小五郎の言葉に、話を聞いていたほとんど全員が驚く。しかしそれを気にせず、小五郎は説明を始める。

 

「まず出雲さんがワザと宝石を取らせ、その宝石を再び自分の元に戻してもらう代わりに、宝石に掛けてあった多額の保険金を、山分けするという美味しい話を浅間に持ちかけていたんでしょうな」

 

「しかし、強盗に入られた時、出雲さんは防犯ベルを鳴らして、追っ払ったそうじゃないですか!」

 

「……もしかして、最初から宝石なんて取らせる気なんてなかったんじゃないかしら?」

 

西村の隣の刑事の疑問に、梨華がそう言えば、それに小五郎が肯定する。

 

「ええ、そうです。アレは、強盗犯を見事捕まえる事によって、次の市長選での自分の人気を上げようという罠だったんです。だが、不運にも浅間に逃げられ、仕返しを恐れていた出雲さんの元に、浅間からの電話が入った。『俺が指定する北斗星に乗れ。そこで再び、警察抜きで取引しようじゃないか』ってね。こうして呼び出された出雲さんは、浅間に撃たれ、列車の窓から逃げようとした浅間は、落ちて死んでしまったというわけですよ」

 

「そういえば、オーナーが北斗星に乗ると言い出したのは、あの強盗事件の後でしたよね?奥さん」

 

小五郎の推理を聞いた後、加越が梓に思い出したようにそう聞けば、梓もそれに同意する。どうやら元は飛行機の予定だったらしいが、それを急に変更したらしい。

 

「でも、出雲さんは何処で浅間なんかと知り合ったんだ?」

 

西村の相棒が疑問を言う。この推理は、まず2人が『知り合い』であることが前提のため、その疑問が浮かんだのだろう。その刑事に徹が言う。

 

「きっとアレじゃないっすか?ほら、前に新聞沙汰になりましたよね?出雲さんが、薬物の密売をしてるって!」

 

その言葉を聞けば梓も黙ってはいられない。

 

「そんな疑い、もうとっくに晴れてるわよ!」

 

「だが、探偵さんによれば、腹黒い事をしておったのは確かなようじゃ」

 

晃重の言葉が梓の背中から掛けられ、其方に顔を向ける梓の顔は、恐ろしい。それに気付かないのか、はたまた気づいていてなお素知らぬふりをしているのか、晃重は止まらない。

 

「そんな男が次の市長にならないだけでも良しとするか」

 

その最後の言葉を聞き、梓の怒りが爆発する。

 

「目の前に私がいながらよくそんな言葉を言えるわね!?」

 

「まあまあ、奥さん!」

 

怒っている梓を止める加越。そんな2人をチラッと見た後、コナンは考え込む。

 

(確かに、ただの事件ならオッチャンの推理通りだ。しかし、この事件は明らかに父さんの小説の筋書き通り……)

 

そこでコナンは刑事に話し掛けることにした。

 

「ねえ、刑事さん!その強盗犯って、昔は3人組だったんだよね?」

 

「ああ」

 

「全員、名前わかってたの?」

 

「いや。ボスの浅間と死んだ女の名前は割り出したんだけど、残りの1人はまだなんだ。でも、この前、宝石店を襲ったのは浅間1人だったし、きっともう1人の仲間は悪い事をするのをやめちゃったんだよ」

 

「ふーん」

 

「……例えそうでも、一応犯罪はしていたのだから、野放しにするわけにはいかないんじゃない?」

 

そこで梨華が刑事に話しかけ、刑事はそれに頷き、絶対に捕まえると言ってみせた。そんな2人のやり取りを見ないまま、コナンは他の4人に視線を向ける。

 

(ってことは、この4人の中に強盗犯の残りの1人、つまり、父さんのあの小説を読んだ奴がいるって訳だ)

 

そこでコナンはまず、全員の部屋割りを考えた。運良く、被疑者達の部屋は集まっていた。晃重が集団の中で一番左の二階部屋、浅間がその右隣の一階、梓がその隣部屋で、加越がその上の二階、啓太郎がその反対部屋で、最後の徹がその隣の一階。誰にも気付かれずに部屋から部屋へ移動する方法があればと、コナンはそこまで考えて一つ案が浮かぶ。それは、道具を使うこと。全員の持ち物は、梓がクレー射撃用のショットガン、加越は啓太郎のツアーフィッシング用の釣り道具、徹は剣道の防具と竹刀、晃重はゴルフ道具一式。

 

(そうか!浅間の遺体を窓から捨てたのは、出雲さんを殺害しに行く前だったとしたら……あの道具を使えば、俺達を錯覚する事が出来るんじゃ!)

 

そこまで考えたとき、刑事が西村の名を呼ぶ。其方の話に耳を傾けて聞けば、どうやら現場からの連絡で、浅間が列車からトンネル内に落ちた時間が分かったのだと報告される。

 

「列車のスピードと遺体の位置を計算した所、大体、午前4時10分頃。目撃者の証言による、犯人が部屋に逃げ込んだ時間とほぼ一致しました」

 

その報告に、コナンの眉間に皺が寄る。

 

(馬鹿な!?じゃあやっぱり、犯人はあんな短時間で遺体を窓から落とし、部屋から姿を消したってのか!?不可能だ!!人間にそんな芸当ができる訳ねえ!!一体、どんなトリックを使ったんだ……父さん!)

 

コナンが考えていた時、2つの情報が刑事からもたらされる。

 

「そういえば、割れたガラスの破片、まだ見つからないそうです」

 

「ぇ」

 

「ちゃんと探せと言っとけ!」

 

「それと、遺体のズボンのベルトの穴に変なものが付いていたらしいんですよ」

 

「……変なもの?」

 

「ええ。クシャクシャになったビニールテープの切れ端が」

 

そこでコナンの頭に一つの推測が導き出される。

 

(待てよ?もしもあの形状の物体が、彼処に……)

 

そこで彼は走り出す。その背中を見つめる母親に気付かないまま、彼はその場所に向けて走り出す。

 

(彼処にあったとしたら!)

 

彼はそこで、一つの部屋の前にやって来た。そこの入り口にある引っ掛ける部分を見て、コナンは目的のものを見つけた。

 

(あった!あったぞ!!犯人はこれを利用したんだ!恐らく、犯人はあの人。あの人が出雲さんを殺害し、浅間を犯人に仕立て上げたんだ!この北斗星の構造と、青函トンネルを巧みに使って!)

 

そこで扉が開かれる音が聞こえる。

 

「ちょっと新ちゃん!どうしたのよ急に!」

 

どうやら急に出て行ったコナンを見て、慌てて有希子が追って来たらしい。そんな有希子に彼は気障な笑みを向ける。

 

「読めちまったんだよ。何もかも」

 

「えっ?」

 

「父さんが小説に書いた、下らねートリックがな」

 

 

 

 

 

ー黒縁の眼鏡の青年は、勝ち誇ったかの様に一笑した……

 

 

 

 

 

「ーーーえっ」

 

コナンはそこで又もや頭に浮かんだ小説の一文に目を見開き、部屋の中に目を向ける。そんな事など知らない有希子は、優秀な頭脳を持つ息子に感心する。

 

「へ〜!凄いじゃない!これであの高慢ちきな優作の鼻っ柱、へし折れちゃうわね!」

 

「あ、ああ……」

 

コナンは有希子の言葉に釈然としないものの返した。しかし直ぐに有希子に質問する。

 

「な、なあ?あの小説に、眼鏡を掛けた若い男なんて出てたっけ?」

 

それに有希子は苦笑気味に言う。

 

「うーん、いたいた。探偵気取りの嫌な男。確か調子に乗りすぎて……」

 

その後の言葉は、コナンの耳に入ることはない。彼はその後の言葉を聞かずとも、頭に浮かんだのだから。

 

 

 

 

 

ーその推理力故に、自らが命を落とす羽目になるとも知らずに……

 

 

 

 

 

(おいおい……それって、まさか……)

 

コナンの額に、一筋の汗が流れた。そんなコナンの様子に気づき、有希子がコナンにどうしたのかと聞いてきた。それにコナンは、先ほどの一節のこと、可能性の話をすれば、彼女はコナンを安心させようとしてくれた。

 

「馬鹿ね。考え過ぎよ、新ちゃん。いくら優作の小説通り事件が起こってるからって、新ちゃんが殺される訳ないじゃない。だって、あの小説で殺されたのは、証拠がないから犯人に鎌かけて、逆に殺られちゃう馬鹿な男。新ちゃんと全然違うじゃない!」

 

有希子がそう否定するが、コナンはそれに少々呆れた様に返す。

 

「別に殺されるなんて思っちゃいねーけど、状況は結構似てるんだ」

 

「え?」

 

「……証拠がねーんだよ。あの部屋から消えたトリックと、それを実行出来た犯人は分かってるんだけど、その人物を犯人だと断定する証拠はまだ出ていない」

 

「それじゃあ、捕まえられないじゃない!」

 

確かに、この状況は小説と似ており、有希子の言葉通り、このままでは犯人に逃げられてしまう状況だ。

 

「多分証拠は、まだその人物の荷物に残ってると思うんだけど、浅間安治が犯人だとされてる今の状況じゃ、荷物の中を見せろなんて、言えねーしな」

 

コナンの手詰まりな状況を有希子は察し、微笑む。

 

「それなら、一つ方法があるじゃない!」

 

「え?」

 

「このまま小説の筋書き通りに事を運ぶのよ」

 

その後、コナンは変装した有希子と共にロビーカーに戻ると、有希子が全員の前で言ってのけた。

 

「刑事さん、実はね?私、浅間の部屋の前で、妙な物を見たの」

 

「なに?本当かい?あんた」

 

「ええ。アレは確か、事件が起こる少し前……そう!青函トンネルに入る直前だったかしら?その浅間っていう人の部屋の前で、何か奇妙な長ーい……」

 

「長い……なんなんだ?」

 

そこで彼女は思い出す様に考え込む仕草をし、申し訳なさそうな顔をする。

 

「忘れちゃいましたわ!」

 

そんな彼女に刑事は呆れ顔。

 

「あんたね……」

 

「でもご心配なく。きっとそのうち思い出せると思いますわ!……ね?誰かさん?」

 

彼女は鎌をかける様にして犯人に視線だけ向けてそう言うが、その人物が反応した様子はない。その後、そのまま札幌駅に到着し、彼女とコナンはその駅で作戦をもう一度、話し合う。

 

「いい?新ちゃん。私、適当にウロついてるから、見失わないでね?」

 

「ああ。奴が近付いたら麻酔銃で眠らせてやるよ」

 

「なんかワクワクしちゃうわね!」

 

彼女がワクワクした様子を見せれば、コナンは呆れ顔。

 

「あんたな〜……」

 

「コナンくーん?」

 

そこで蘭に呼ばれたコナンは後ろを振り向く。それとほぼ同時に、有希子はサングラスをかけ直す。

 

「……じゃあね。頼りにしてるわよ?」

 

彼女はそう言って、赤紅を付けた唇で彼の頬にキスを送る。それに迷惑そうな表情のコナン。彼女が離れるのを見届けながら付けられただろうキスマークを赤い長袖で拭い、近付いてきた蘭に顔を向ける。

 

「もう!なにしてるの?コナンくん!ほら、行くよ!夏江さん達、迎えにきてると思うから!」

 

そこで彼はズボンのポケットを探る振りをし、子供らしい声を出す。

 

「あれれ〜?僕、列車の中に忘れものしちゃったみたいだ!」

 

「え?」

 

「車掌さんに言って探してもらうから、先に改札出ててよ!」

 

そこで彼は走り出す。蘭の制止を振り切って。そして暫くして立ち止まり、彼の母親を探す。

 

(えっと、母さん、母さんは……あっ!いたいた)

 

彼の母親はまだ無傷で、コナンとは別のホームにいた。その事に対して少々悪態を頭の中で吐く。

 

(たくっ、なんで別のホームにいるんだよ。ウロウロしすぎだっつの!)

 

そこで彼女がいるホームへと向かおうとしたその瞬間、コナンの目が見開かれる。なぜなら、彼の母親のその背後にーーー犯人が立っていたのだから。

 

(ま、まずいっ!!)

 

「母さん!後ろ!!」

 

コナンが必死に彼女に声を掛けるが、その言葉は丁度、コナンの目の前を電車が通った事によって遮られ、打ち消された。

 

「くそっ!!」

 

彼はそこで急いで走り、向かう。そんなコナンの様子に気付かないかない有希子。

 

「もう、新ちゃん、なんでまだあんな所にいるのよ。ちゃんと守ってくれるんじゃなかったの?」

 

有希子の事情など知らない犯人はニヤリと笑う。状況はすべて、犯人にとって好都合なのだから。

 

『まもなく、7番線に新千歳空港行き電車が参ります……』

 

有希子がコナンの姿を探すその背後に、ユックリと、足音を立てずに這い寄る。

 

 

 

 

 

ー罪人は、音も無く若き探偵の背後に忍び寄り、血塗られた両手で、その無防備な背を軽く突き……

 

 

 

 

 

犯人は、両手を前に出し、彼女の無防備な背に向ける。小説通り、あの探偵と同じ末路に、合わせるために。

 

 

 

 

 

ープラットホームを血に染めた……

 

 

 

 

そして、彼女は抵抗なくホームから落ちるーーー筈だった。

 

犯人が押し出そうとした瞬間、その手を隣の人に掴まれる。それに犯人は驚き、彼女は後ろに視線を向ける。その隣の人物は、口を開いた。

 

「……少々歯切れは悪いが、この辺りで筆を止めましょう。これ以上続けるのは、余りにも無意味だ」

 

有希子の目に映したその人物は……優作だった。

 

「あなた……どうして?」

 

「さっき此処に到着した西村刑事に事情を聞き、全てを確認して此処に駆けつけたんだよ。列車内で宝石店オーナーを殺害し、強盗犯の浅間をその犯人に見せかけて殺害したのは……」

 

優作は視線を鋭くし、犯人の名を告げる。

 

「ーーー加越さん、貴方しかいないとね?」

 

加越の目は見開かれたまま、優作に視線が向けられている。そんなやりとりを聞いていた電車に乗り込む客は、しかし事情は知らないために、3人を不思議そうに見ながら乗り込んでいく。

 

加越はシラを切る事にした。

 

「な、何を馬鹿な。犯人は、その浅間っていう男ですよ。オーナーを撃ち殺す所も、窓から逃げ出す所も目撃されてますし……」

 

「目撃された浅間の姿は、貴方の変装でしょう。元々彼は、逃亡中の強盗犯。顔を隠している人物になりすます事ほど、容易な事はありませんからね」

 

「じゃあ、列車の外に逃げたのはどう説明するんです?私はずっと列車の中にいましたよ」

 

「アレは貴方がそう見せかけただけのこと。その、貴方の後ろにおいてある釣り道具を使ってね」

 

優作がそこで視線を向けたのは、加越の後ろの柱に立てかけられて置かれている釣り道具。彼は犯人を追い詰めるために、トリックの解説を始めた。

 

「予め浅間を部屋で撲殺した貴方は、遺体のズボンの後ろのベルトの穴に釣り糸を通し、ガラスを割った窓から外にぶら下げ、その意図の両端を貴方の部屋まで引っ張って行き、片方を何処かに結わえつけ、もう片方をリールに固定すれば、準備は完了。後は、ロビーカーでオーナーを射殺した後、浅間の部屋に行き、窓に向かって発砲。そして毛利探偵達に威嚇射撃をし、彼等が怯んだ隙に階段の隙間に身を隠し、リールに付けていない方の釣り糸を切って素早く巻き取れば、浅間の遺体は列車の外にズレ落ち、犯人が部屋に逃げ込んだ時間と、遺体がトンネル内に落ちた時間が一致し、まんまと浅間を犯人に仕立て上げる事が出来るという訳ですよ」

 

「し、しかし、毛利探偵と梨華さんは部屋に駆けつける直前に部屋のドアが閉まるのを見たんですよ?」

 

「おっと失礼、言い忘れてました」

 

加越の言葉に優作が態とらしくそう言い退け、ドアが閉まるトリックの解説を加えた。

 

「ドアの所に鍵状の金具が付いていたでしょう?ドアの内側に別の釣り糸を付けたビニールテープを貼り、その意図を金具に引っ掛けて切る方の糸に結んでおけば、糸を切った時、遺体の重みでドアに付けられていた糸が引かれ、流石にテープは剥がれるが、その反動でドアが勝手に閉まるという仕掛け。その証拠に、遺体を釣っていたベルトの穴に、ビニールテープが付いていたそうです」

 

「で、でも、そのトリックなら私じゃなくても……」

 

「あれれ〜?」

 

そこで子供の声が聞こえ、後ろに振り向けば、コナンが加越の荷物を勝手に開けて彼のカバンの中身を出していた。その中身とはーーーコート。

 

「オジさんのカバンの中に、あの悪い人の服が入ってるよ?あー!サングラスと帽子もある!どうしてだろ?」

 

「ぼ、坊や!!」

 

加越がコナンを叱りつけるように名前を呼ぶが、もう遅い。

 

「申し訳ないが加越さん。このトリックの最大の欠点は、変装に使った物を処分出来ないこと。荷物を調べられたら、言い逃れが出来ないことなんですよ」

 

作者のその言葉が、加越にとっては決定打となった。作者だからこそ、そのトリックも、トリックの欠点も、全て理解出来ているのだから。

 

「……小説通り事を運ぼうなんて、虫が良すぎるか。私の好きな作家の未発表作品だから、上手くいくと思ったんだが……」

 

加越は気付かない。その作者が、今、目の前にいることに。

 

「これはあくまで、私の想像ですが、動機は昔、薬物で死んだ強盗仲間の女性の復讐の為……ですか?ターゲットは、その薬物を裏で捌いていた出雲オーナーと、恐らくその女性に薬の味を覚えさせた強盗団のボスである浅間安治。そして、昔偶然にも手に入れた小説が、余りにも自分の境遇と似ていることに気付き、その小説通りに殺人を実行する事を決意した」

 

「……貴方、一体?」

 

加越の目が見開かれる。強盗団の裏で起こったことまでなら見透されるのも分かるのだろうが、なぜ未発表作の筈の内容を知っているのか、それを加越は言葉に乗せて問えば、優作は優しげな顔を浮かべる。

 

「申し遅れました。工藤優作……あの三文小説の作者ですよ」

 

その言葉で、更に加越の目が見開かれる。今、目の前に彼の好きな作家がいるのだから、この反応は当たり前だ。

 

「あ、あ……そんな!?」

 

「もしも」

 

優作は一度そこで途切れさせ、加越に近付く。

 

「もしも貴方が、私の小説に少しでも感銘を受けられたのなら、自首する事をオススメしたい。あの小説の犯人は、ラストで全ての罪を悔いて、警察に出頭する予定でしたから」

 

「……はい」

 

優作のその言葉に、彼は頷く。彼は最後に項垂れてしまったが、しかしそのまま、警察へと罪を告白したのだった。

 

その後、コナンは新千歳空港にやって来た。今日、彼の両親はその空港から日本を飛び出るのだ。

 

「あら新ちゃん!見送りに来てくれたの?」

 

「いーや?一言父さんに言いに来たんだよ」

 

その言葉に優作がコナンの目を見つめれば、コナンは得意げに言う。

 

「父さんが考えたトリック、みーんな解いちまったってな」

 

「ん?」

 

「そうそう!実の息子に解かれちゃうなんて、世界屈指の推理小説家の看板を下ろせば〜?」

 

有希子が面白がって優作にそう言えば、優作は少々申し訳なさそうな微笑を浮かべる。

 

「あー、すまんすまん!アレはフェイクだよ!読者を騙す罠だ」

 

「え?」

 

「原稿は途中までだったから、彼が勘違いして使ったんだろう。確か、変装道具も全てなくなるトリックにした筈だからな」

 

その言葉に、コナンはジト目。彼からしたら後付けの言葉で、出任せ言ってるのではと疑っているのだ。

 

「でも運命よね!私の大ピンチに間一髪で駆け付けてくれるんだもの〜!」

 

「間一髪?」

 

有希子の言葉に優作は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「いや、俺は2分ぐらい前からずっとお前の側にいたが?」

 

「えぇ?じゃあなーに?私が突き飛ばされる寸前まで、黙って見てたって訳?」

 

「おお。あの人が犯人だという確証が欲しかったし、それに何たってトリックの舞台は青函トンネル……黙って静観(・・)してたと言う訳さ!」

 

優作は何が面白かったのか大笑い。しかし2人の間には、極寒の風が吹き荒ぶ。

 

「……寒いわね」

 

「……ああ。北海道だからな」

 

この2人の反応に気付かないまま、優作は高笑いを続けたのだった。


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