第20話〜上野発北斗星3号・前編〜
某日、コナン、蘭、小五郎は、とある事件にて知り合った人物から、寝台特急『北斗星』のチケットをもらい、北海道へと向かっていた。上野から乗ったその特急だが、現在は夕方に差し掛かっていた。そんな中、列車内でその人物からチケットとともに送られてきた手紙を蘭が音読してくれるのを、コナン達は黙って聞いていた。
「『拝啓、毛利小五郎様、そして蘭さん、コナンくん、お元気ですか?お約束していた北斗星のチケット、なんとか取ることが出来ました。皆さんが御出でになるのを、武さん共々、とても楽しみにしております。では、積もる話はこちらに着いてからにして、まずは豪華列車の旅を満喫してください。 旗本夏江』……だってさ!」
「夏江さんって確か、豪華客船の事件の時の……」
それは、コナン達が旗本島に観光に行った時のこと。アクシデントが起こり、急遽、旗本グループの豪華客船に乗せてもらった際に起こった事件だ。豪華客船内で2人の人物が殺されてしまったが犯人は既に捕まり、旗本島で結婚式を挙げた夏江と武はその後、旗本家を出て、北海道の牧場で生活をしている。
「懐かしいな〜」
凄惨な事件ではあったが、蘭達はそこで出会った2人と仲良くなったのだ。2人とはその後、会えなかったことを考えると懐かしくもなるだろう。
「ま!自慢するわけじゃないが、この北斗星のロイヤルルームで旅が出来るのは、一重に、この眠りの小五郎が事件を解決したお陰って訳よ!」
「はいはい。感謝してまーす」
「うん!分かればよろしい!」
その小五郎の満足げな顔を見て、コナンは半眼で呆れ顔。なぜならこの言葉、列車に乗って7度目だからだ。
「ねえ、それより私、お腹空いちゃった」
蘭の言葉に小五郎は腕時計で時刻を確認した。この特急では、夕食も予約制なのだが、その予約までも夏江がしてくれていた。それを有り難く思いながら食堂車へと向かうために扉を横にスライドさせ、廊下に出るのもほぼ同タイミングで、丁度そこを通っていたらしい男とぶつかってしまった。その男は少しふらついた後、すぐに振り向き、怒鳴ってくる。
「馬鹿野郎!何処に目ん玉つけてるんだ!」
その男はハンチング帽を被り、サングラスを掛け、どうやらマスクも付けていたようで、怪しさ満点の姿だったが、現在はマスクのみ怒鳴るために外されている。が、男は小五郎を見て驚愕した様子を見せる。
「お、オメーは……」
「は?」
「なになに?どうしたの?」
蘭が小五郎に何があったのか聞くが、小五郎にも分からない。そんな時、男がゴホゴホと咳き込み、マスクを付けて退散していった。男が三3つほど先の部屋に入っていくのを見届けた後、小五郎がご飯のことを持ちだし、そこですぐに夕食をとりに歩き出した。その食堂車へと辿り着いた時、蘭がとある席の女性を見て声をあげる。
「あっ。ねえ、お父さん、コナンくん。あそこにいるの、瑠璃刑事じゃない?」
「ああ?」
小五郎とコナンが蘭の指差す、入って5つ程先の右側のテーブルに、瑠璃がオレンジの変形Vネックワンピースを着て、長い黒髪をポニーテールにして座っていた。どうやら今から夕食らしく、食事が出てくるまでの間、外の景色を堪能しているらしい。頬づえを着いて外を見ている。しかしコナンはそんな瑠璃の姿を見て違和感を持つ。
(あれ?なんか、雰囲気が違う?)
コナンがそんな疑問を浮かべている間に、蘭と小五郎が瑠璃の方へと近づいた。
「瑠璃刑事、こんにちは!」
「……?」
名前を呼ばれた筈の彼女は、しかし不思議そうな顔で蘭を見つめていた。
「こんばんは、瑠璃刑事。なにか、事件でもあったんすか?」
小五郎が瑠璃にそう聞いた時、彼女は目を見開いて、その後にクスリと笑った。
「あら、ごめんなさい。私、『瑠璃』じゃないわよ?」
「「……え?」」
彼女の言葉を、瞬時には理解出来なかった2人。そしてその言葉を聞いたコナンは、妙に納得してしまった。
「お姉さん……もしかして、瑠璃刑事のお姉さん?」
コナンのその子供らしい態度に、女性は面白そうにクスクスと笑いながら頷いた。
「ええ、そうよ坊や。私は『北星 梨華』。あの子の双子の姉よ」
「「ええええええ!?」」
その言葉に、小五郎と蘭が驚愕の声をあげる。この声の意味は、そっくりの造形の事もあるが、その『名前』についても2人はよく知っていた。
「り、梨華さんって、あの梨華さんですか!?世界的ピアニストの梨華さんですか!?」
「あら、そこまで言われてるの?まあ、アメリカの方でよく演奏はしているけれど……それに、私、貴女と以前会ってるわよ?」
「ええっ!?」
蘭が驚きの声をあげ、コナンも流石にその言葉に吃驚している。どこで会ってるのかと考えた時、蘭が答えた。
「あの、もしかして森谷邸でのあのガーデンパーティーでお会いしたのって……」
「ええ。あの時は瑠璃じゃなくて私だったわ」
「す、すみません!私てっきり瑠璃刑事だとばかり……」
「ふふ、良いわよ謝らなくて。小さな時から言われ慣れてるもの。ちょっと髪型と服装変えただけで、修斗以外、見分け付かなかったしね」
彼女がクスクスと笑いながら言えば、蘭はホッと息を吐く。怒らせてない事が分かって安心したのだ。そんな蘭を梨華は見つめ、少し意味深に笑い、口にする。
「まあ、貴女と会ったのは、あの時が初めてではないけれど、ね」
「……え?」
その言葉に、蘭は目を少しだけ見開き、首を傾げる。彼女の記憶の中に、森谷邸以外で梨華と会った記憶はない。可能性としてホームズフリークの事件の時かと考えたが、しかしあの時は警察手帳も出して身分を証明していたので本物で間違いないと理解する。蘭が首を傾げていた時、コナンはじっと梨華を見つめていた。コナンもそれは記憶しているのだ。ただし、彼女と会ったのは『工藤新一』としてだが。
「まあ、思い出さなくて良いわよ。無理に思い出す必要性はないしね」
「で、でも……」
「それで?貴女達はご飯を食べに来たんでしょ?席に座らなくても良いの?」
梨華がそこで夕食の事を持ち出せば、小五郎のお腹が鳴った。その音を鳴らした小五郎は蘭に早く座るよう急かし、蘭も梨華に申し訳なさそうに頭を一度下げた後、何かを思いついたように笑顔で提案する。
「そうだわ!梨華さん、夕食をご一緒しても良いですか?私、梨華さんの話、聞いてみたいです!」
その言葉を聞いた梨華は一瞬だけ目を見開いた後、笑顔で頷き、席を立った。その後、小五郎達の夕食が運ばれ、フランス料理を食べ終えた後、飲み物を飲みながら余韻に浸っていた。
「いや〜、食った食った!」
「美味しかったね」
「うん!」
「そうね。とても美味しかったわ」
「飯は美味いし、部屋はゴージャス。言うことなしだな」
小五郎が満足そうにそう感想を言ったその時、
「なんなんだ、あの小さな部屋は!」
そんな怒鳴り声が小五郎の背後の席から聞こえた。そちらに目をやれば、席に座っている男が立っている眼鏡の男性に怒りをぶつけていた。
「ロイヤルルームを確保しろと言っただろ!」
「す、すみません。ですがオーナー。一週間前に北斗星に乗りたいと言われましても、人気列車でして……。個室が人数分取れただけでも幸運だったかと」
必死でそう説明する眼鏡の男性『加越 利則』に対して、不満さを隠しもしないちょび髭の男『出雲 啓太郎』は鼻を鳴らす。
「ふん。この儂が、お前と同じクラスの部屋だとはな。妻なんぞ、こんな部屋で旅行しているのを見られたくないと言って、部屋に篭ってしまったぞ」
「ですから、飛行機になさればと……」
「うるさい!儂はこの列車で、明日のオークションに行きたかったんだよ!」
そこまでずっと黙ってやり取りを見ていた小五郎が啓太郎に声を掛ける。
「あの〜」
「ん?」
「私と、どっかで会ってませんか?」
その言葉に、利則が何かに気付いたように言う。
「きっと、テレビか新聞でしょう。うちの宝石店がこの間、強盗に入られて、オーナーは取材を受けていましたから」
それで納得する小五郎。実は目の前にいる啓太郎は、1人で強盗犯を追い払った事でニュースに取り上げられていたのだ。しかしその話を知らないコナンと梨華。
「ねえ、そんな事件、あったっけ?」
「ほら。コナン君達がキャンプに行ってた日の夕方よ」
「ふん、私が防犯ベルを鳴らしたら、逃げ出していきおっただけの話」
「あら、日本ではそんな事があったのね。私、一昨日帰って来たばかりだから知らなかったわ」
それに驚く蘭。しかし逆にコナンは疑問を抱く。
「ならどうしてこの列車のチケットが取れたの?」
それに梨華は楽しそうに笑って語る。
「ふふ、実はね、修斗に頼んだの。北海道の観光に行きたかったのもあって、チケットを取って置いてって。そしたら、この列車のチケットを取ってくれたのよ。『一応は有名人だから、人とあまり会わないだろう寝台特急の方がいいだろ?』ってね。それもとっても疲れた顔で、もうその顔がとても面白くて面白くて」
その梨華の言葉を聞き、コナンは納得するとともに修斗に対して同情心を抱く。
(はは、絶対にあの人、げっそり顔で言ってたんだろうな。そしてこの人、結構なサディストだなおい)
そこで話は少し戻り、利則が啓太郎に、街の人はその勇敢さに驚いていたと伝えた。その時、別の席から不満そうな声が挙げられる。
「ふん、あれしきの事で。じゃがいい宣伝にはなったじゃろう?」
その不満を言ってのけたのは、古糸市市長『石鎚 晃重』。晃重は啓太郎を見ながら嫌味を言う。
「今度の市長選の宣伝にのぉ。全く、上手くやったもんじゃい」
啓太郎は驚きからなぜ晃重がここにいるのかと問う。彼もここで会うとは思っていなかったのだ。晃重の方はといえば、休暇を取り、北海道の方へと行こうとしていたらしい。どうやら偶然、タイミングが重なってしまっただけのようだ。
「で、上手くやったとは?」
小五郎のその疑問は他3人の疑問でもあり、耳を澄ませて3人も聞いている。
「ただの噂ですよ。あの強盗騒ぎは、オーナーが今度の市長選の投票の為の人気取りの為のヤラセじゃないかって言う、根も葉もないデマですよ」
「じゃが、火の無いところに煙は立たないと言うしの」
「おいおい。でもあの時、防犯カメラに映っていたのは、確か、前科のあるプロの強盗犯。幾ら何でもヤラセってことは……」
「じゃから怪しいんじゃ」
小五郎の言葉を晃重が割って入る。曰く、そんな強盗犯が下調べもせずに入って来て、ますます防犯ベルを鳴らされて、何も取らずに逃げるとは思えない、と。それは確かに怪しいと梨華も思うほどだ。
「しかし、それだけでオーナーを疑うのは……」
「それだけじゃない。犯人が、奇妙な言葉を言い残して言ったのを、店員達が聞いておったそうじゃないか」
「奇妙な言葉?」
そこで首を傾げる梨華。小五郎がその代弁をし、聞けば、晃重は神妙な顔をして言う。
「強盗の男は、逃げる前に苦々しくこう口走ったそうじゃ。『話が違う』とな」
それが事実かどうか、小五郎が利則に聞けば、彼は肯定する。どうやら彼も犯人がその言葉を呟いていたのを聞いたらしい。コナンはその話を聞いていて、ふとデジャブを感じた。前にも同じ事件があった筈だと、コナンは蘭に聞く。
「ねえ。前にもこんな事件、あったよね?」
しかしそれに蘭は首を傾げるだけ。肯定しなかった。
「大体なんなんだ、あんたは」
そこで遂に啓太郎が苛立ちから小五郎にそう問えば、小五郎は目をパチクリさせる。
「あれ?私をご存知ない。……実は私、何を隠そう」
「毛利小五郎!」
そこで彼の名前が呼ばれ、せっかく彼がカッコ良く決めようとした所を邪魔した人物を振り返り、ジト目で見やれば、相手は嬉しそうに笑顔で小五郎を見ていた。
「ですよね!!」
「はい……」
小五郎がそう返せば、相手の男性『青葉 徹』は更に嬉しそうな反応を示した。
「わぁ!感激だ!こんな所で名探偵の毛利小五郎さんに会えるなんて!それに、お隣にいるのは世界的ピアニストの北星梨華さんですよね!?」
そこで何故か梨華にも振られ、話を聞いていただけの梨華は突如として呼ばれた自分の名前にビクリと一瞬体を震わせ、笑顔を浮かべて頷いた。それでさらにテンションが上がったらしい彼は、2人にあとで一緒に写真を撮って欲しいと頼んできた。それに困ったような反応を示す小五郎と、了承を出す梨華。先程の三人は小五郎の名前に反応を示した。
「毛利……」
「小五郎……」
「ほう?」
しかしそこで反応を示したのは彼らだけではなかった。
「ほーんと、偶然って怖いわね」
入り口の方から女性の声が聞こえ、そちらに全員が顔を向ければ、緑と白が主なファッションで、黒いサングラスを掛けた女性が其処に立って小五郎達を見ていた。そこにボーイがやって来た。彼女は夕食の予約をしていたらしく、名前を『明智 文代』と言うらしい。ボーイが席へと案内しようとすれば、彼女は断りを入れて夕食をキャンセルさせてもらうと言って去って行ってしまった。その去り際、「楽しい旅になりそうね」と言い残していったのだった。
その後、梨華は小五郎達と共にロイヤルルームの方へと戻る事にした。そこでもコナンが小五郎に前にも同じ事件があった筈だと何度も言い、小五郎は知らないと返していた。途中で梨華は部屋に戻ってしまったが、そのやり取りは彼らの部屋に着くまで続けられていた。小五郎は最近、似たようなサスペンスドラマでも見たのではないかと言うが、コナンは納得しない。
(いや、最近じゃない。もっと昔、俺が餓鬼の頃に確か……)
そのまま夜は更けていく。蘭とコナンは外の景色を楽しんでおり、小五郎が眠ってしまっても、外を見続けていた。
「ねえ見て見て!青函トンネルに入ったわよ!」
その蘭の声で小五郎は目を開けてしまった。
「おいおい、お前らまだ起きてんのか?……オイ、もう4時だぞ。いい加減に寝たらどうだ」
その小五郎の言葉は最もなものだが、コナンの耳には入っていない。彼はずっと考え続けていた。
(くそっ、思い出せねー。俺はどこかで遭遇した筈なんだ。アレと同じ事件……どこかで……)
その時、彼の頭の中でフッと浮かんだのは、文字と彼の父親『工藤 優作』の声だった。
ー銃声と悲鳴がトンネル内の轟音をかき消した……
(……ぇ?なんだ、今の?)
『キャーーー!』
その瞬間、女性の叫び声が上がり、コナン達が反応する。
「何!?今の悲鳴!?」
コナンがすぐさま扉をスライドさせ、廊下を見る。その廊下の先には梨華も顔を出していた。どうやら彼女も叫び声が聞こえたようで、心配で顔を出したようだ。
「その前に、妙な音がしなかったか?」
「きっと銃声だよ」
小五郎の耳に入った音はコナンには聞こえなかったようで、彼は推測で、しかし確信を持って言えば、小五郎はコナンに目を向ける。
「きっと誰かが拳銃で射殺したんだ!」
「バーロー。んなこと行って見なきゃ分かんねえだろ」
その言葉は確かにその通りで、コナンは確かにと肯定しながら、なぜ自分が確信を持ってそう言えたのか疑問に思った。その時、またもや文字と優作の声が頭に浮かんだ。
ーその男は、飢えた獣のごとく闇の通路を駆け抜け……
(は、まただ!くそっ!何なんださっきから!?)
コナンが考え込みそうになったその瞬間、小五郎達の目の前をコートを着た誰かが走り抜けて行った。
「お、おいあんた!」
「毛利さん、今の人は!?」
「い、いや、私にもさっぱり……」
梨華が小五郎達の元に近付いて聞けば、小五郎も分からないと返す。その時、車両の扉が開かれ、その向こうから車掌らしき男が、先ほど駆け抜けて行った男を指差し、叫ぶ。
「人殺しだ!!」
「え!?」
「その男は拳銃で人をっ!!」
その言葉に梨華は眉を顰め、小五郎は男の方に直ぐに顔を向けた。
「何だと!?」
男に顔を向けた時には、既に彼は別の部屋の扉を開けており、そこで拳銃を3発ほど中に撃ち込んでいた。それに驚愕していれば、今度は小五郎達に拳銃を向けてきて、2発ほど撃ち込んでくる。小五郎とコナンが両腕で顔を隠したが当たることはなく、その腕を解いた時には、既に男の影は何処にもなく、撃ち込まれていた部屋の扉が閉まられる。それにコナンが驚いた。またデジャブを感じたのだ。
ーだが、男の姿はもうそこにはなく……
「野郎、逃がすか!」
小五郎とコナンが走ってその部屋の扉を開けば、その向こうの部屋は、窓が割られ、男の姿は何処にもなかった。
「くそっ、遅かったか……」
「……風と、列車音がけたたましいメロディーを奏でていた」
コナンのその呟きを小五郎は拾うことはなく、直ぐに車掌に列車を止めて警察を呼ぶように指示する。その声は、コナンからどんどん遠くなっていった。
(そうか……小説だ!これ、あの小説の筋書きとソックリだ!昔、父さんが書いた、あの幻の小説と!)
その後、列車は止められ、北海道警察がやって来た。
「え〜、被害者が携帯していた免許証及び名刺によりますと、殺害されたのは東京都古糸市在住の出雲啓太郎氏、56歳。大手の宝石店のオーナーみたいですね」
「銃殺か」
「ええ。目撃者の話ですと、犯人は被害者の背後から突然発砲したようですけど……」
「ああ、見りゃ分かるよ。で、その後、犯人は?」
刑事の1人が目撃者の夫婦らしき2人に問いかければ、彼らは進行方向とは逆側の車両を指差した。
「あ、慌てて向こうに逃げて行きましたよ 」
「直ぐに車掌さん達が後を追ったんですけど……」
「しかし、車掌達は敢え無く振り切られ、犯人は私の部屋の前を通り過ぎ、自分の部屋の窓ガラスを拳銃の弾で割り、そこから外へ逃げたって訳ですよ」
其処までの説明を最後に小五郎がすると、刑事の1人が何なんだと小五郎に問いかける。それに小五郎が目をパチクリさせる。
「あれ?私をご存知ない」
しかし、もう1人の、少しだけ髭が生えた刑事は誰なのか、理解したらしい。
「ああ。あんた、何処かで見た顔だと思ったが、『眠りの小五郎』……名探偵の毛利小五郎か」
その言葉に、少しだけ肌が他の人より黒い刑事が驚き、小五郎は自信満々な顔。小五郎からしたら嬉しい噂だと思っているのだが、何時もとは訳が違う。
「行く先々で不幸な事件を巻き起こすっていう、あの呪われた……」
その噂に小五郎は呆れ顔。流石にここまで酷い噂は彼だって聞いたことがない。そして、その噂しか知らない刑事達はといえば、少々懐疑的な目で小五郎を見る。
「それで?犯人が逃げるのを見たのは、あんた1人か?」
「いや、4人ですよ。私と、私の隣にいるピアニストの梨華さん、この私の娘の蘭と、後もう1人……」
そこで蘭と小五郎、梨華がコナンの姿を探すが、その姿は何処にもない。
「あれ!?あの餓鬼いねーぞ!?」
「え!?さっきまでいたのに!」
「何処にいったのかしら?さっきまでここにいたから、迷子になるなんて事はないはずなのだけど……」
「たく、何処行きやがった!」
「コナンくーん!」
そのコナンはといえば、列車内に備え付けられていた公衆電話から、ある人物に電話をかけていた。
(そっくり同じだ。強盗犯の不可解な言動、そして、その後に起こる列車での射殺事件。何もかもが、あの話とシンクロしてる。俺が餓鬼の頃、読ませてもらった、未だ発表されていない父さんのあの話の筋書きと!)
彼が現在電話している相手、それは彼自身の父親である優作だ。彼の父親、そして母親は彼が子供になっていることを知っているため、変声機を使う事はない。しかし、それ以前の問題が発生していた。未だ、優作と連絡がつかないのだ。
(くそっ。俺が餓鬼の頃の事だから話はうろ覚え。父さんに聞けば何か分かると思ったのに、こんな時に何処いってやがんだ!)
そんなことを考えていれば、見覚えのある緑色のスカートが目に入った。それは、あの食堂車で見たサングラスの女性だった。彼女はコナンが入っている公衆電話の扉のノブに手を掛け、見下ろしていた。その女性を見て、コナンは少しだけ驚きの声をあげた。その瞬間、蘭がやって来る。
「あー!コナンくん、こんな所にいた!ダメじゃないウロチョロしちゃ!!」
女性が扉を開けば、そこからコナンが出てきて蘭に捕まる。蘭は扉を開けてくれた女性に、邪魔をしてしまったことに対しての謝罪をし、刑事が読んでいることを伝えてコナンの手を引っ張って行く。その後、コナンもあっ待ったの現場検証が始まったが、どうも刑事達が小五郎に懐疑的な様子で、話が一向に進まない。
「だからー!言ってるでしょ!?犯人はこうやって走ってきて、自分の部屋のドアを開けて、拳銃を発砲し、窓ガラスを割ったのち、私に向けて2発撃った隙に、窓から列車の外に逃げたって」
彼はそこまでを実践し、拳銃の時も手でその形を作って動きを見せ、説明している。しかし刑事達は納得しない。
「だがあんた、窓から犯人が逃げるの目撃したわけじゃないんだろ?」
それは確かにそうであり、逃げる様子など、誰も見ていない。
「それに犯人が拳銃を部屋に放り出して逃げるか?普通」
部屋の中にいた鑑識の男性が撮っていたのは、犯人が放り投げたと思われる拳銃。それを刑事は手に取りながら言葉をぶつける。
「車内で撃ったのは6発。弾はまだ残ってる様だし……ひょっとしたら、発砲されてあんたが腰を抜かしてる隙に、どこか別の部屋に逃げ込んだのかもしれんな」
その言葉に流石に反対意見をする小五郎。
「んな馬鹿な!犯人は私がこの部屋に駆けつける直前に、ドアを閉めたんですよ」
「そう見えただけなんじゃないのか?」
どうも信用されていない小五郎の言葉の数々。刑事は刑事で自分の考えを述べた。
「通路は暗く電気は落とされていた様だし、発砲されあんたは興奮していたみたいだし……」
「おいおい、刑事さん」
「悪いけれど、ドアが閉められたのは本当よ?」
そこで梨華が割って入る。彼女は探偵ごっこをするつもりはないが、流石にここまで来ると彼女も腹が立ったらしい。小五郎の意見だけ無視されるならまだ彼女も気にせずいられただろうが、その意見の中には自分の目も入っている。無下にされては腹も立つだろう。
「確かに私達は窓から犯人が逃げたのは見ていない。だから逃げたと確信持っては言えないけれど、毛利さん達が部屋に入る直前にドアが閉められたのは本当のこと。悪いけど、私、拳銃で撃たれたぐらいで興奮することなんて、もうないから。アメリカじゃ正直、拳銃自体は人1人が一丁持ってても不思議じゃないからね。アメリカじゃ護身用だもの」
梨華の言葉は、彼女自身の体験もある。そもそも、彼女は一度、アメリカで拳銃を向けられたことがある。撃たれたこともある。結果は誤射して彼女から外れた。相手は残念ながら彼女のストーカーだったが、正直、そんな体験をすれば心も強くなる。しかもアメリカで拳銃での死亡事件は多い。動揺はあまりしないと彼女は言えた。
「あと、彰……私の兄弟から聞いた話だと、この人、元刑事らしいから、拳銃ぐらいじゃ腰抜けないんじゃない?」
梨華のその言葉を聞き、刑事の方が小五郎を見れば、小五郎も頷いた。
「……そうかい」
そこまでの会話を聞いたコナンは、両方の意見を肯定していた。梨華と同じように、扉の事も本当で、刑事の言う事も分かると考えているのだ。
(……それに)
コナンがそこで視線をやったのは、扉の鍵。
(ドアを閉めた時、なんで犯人は鍵を閉めなかったんだ?鍵を掛けた方が確実に時間を稼げたのに……。それに、もっとも大きな謎は、この事件がなぜ、あの小説と同じ筋書きなのかということだ)
刑事はそこで、誰かの部屋に逃げ込んでいる可能性を考えて、部屋を1つずつ調べていくことを決めた。そこでまずはその部屋の隣である『B個室7』の扉をノックするが、なんの反応もなし。
「あれ?いないのかな?」
そこでもう一度ノックすれば、勢いよく扉が開き、不機嫌そうな女性が出てきた。
「煩いわね!今何時だと思ってるのよ!!」
「すんません、北海道警の『西村』です。この列車内でちょっとした事件がありましてね?」
「事件?」
そこで出てきた女性『出雲 梓』は不審そうな目を向ける。警察手帳は見せられても、今までの騒ぎをどうやら知らないらしい。そんな彼女を見て、騒ぎに気付かなかったのかと小五郎が聞けば、ぐっすり寝ていて知らないと言う。そこで刑事達の声が聞こえていたらしい加越が眠たげな声を出しながら梓の隣の部屋から顔を出す。そこで小五郎が事件のことを言う。
「拳銃で射殺されたんですよ。この列車のロビーで、宝石店オーナーの出雲啓太郎さんがね」
その言葉に2人は驚愕する。信じられないと言った様子で梓が小五郎に掴み掛かり、どうしてと問いかける。そんな彼女に部屋を見せてもらうと断り、入っていく西村刑事。そこでベッドの下の大きな荷物に気づき、彼女に開けてもいいかと問えば、問題ないと返ってくる。
「それより、誰が主人を!?」
「それを今、調べてるところなんですよ……ん?」
そこで出されたのは、ショットガン。それに西村が驚いた様子を見せるが、梓は、それが趣味のクレー射撃用のものだと言う。どうやら北海道でやろうと思って持ってきたものらしい。使われたかどうか判断するために少し嗅いだ西村だが、どうやら硝煙の匂いはしなかったらしく、誰もいないと判断して、その隣の加越の部屋に入る。加越の部屋は二階、梓達の部屋の上にあり、部屋の中をサッと見るが人影はない。そこで部屋の中にあった細長くも大きな荷物に目を止めた。
「なんですか?その荷物は」
「ああ、釣り道具ですよ。オーナーは奥さんと違って、ルアーフィッシングが趣味で、いつも私が道具を……」
それに納得し、その真向かいの部屋の扉をノックする。そこで加越からその部屋はオーナーの部屋だと説明が入った。そこで扉を開けて中を見るが、不審者はいなかった。その次に階段を挟んだ隣の部屋をノックするが、反応はない。それに苛立った様子の西村が強く扉を叩き、警察だと叫んだ時、扉がようやく開かれる。そこには、ヘッドフォンをつけている青葉がいた。
「なんすか?」
彼がヘッドフォンを取りながら聞けば、西村が警察手帳を出す。部屋の中を見せて欲しいと彼が頼めば、青葉は許可を出した。部屋の中を見れば、すぐに目につくのがベッドの上の物体。西村がそれは何かと聞けば、竹刀だと返ってきた。青葉曰く、壊れ掛けていたから直したらしい。どうやら翌日に札幌で剣道の試合があるらしい。そこで遂に捜査員を総動員して全ての部屋を調べろと指示を出す。その時、怒鳴り声が上げられた。
「なんじゃ!騒々しい……すっかり酔いが覚めてしまったわい」
その声の主は石鎚で、彼の顔は少々赤い。言葉通り、酒を飲んでいたようだ。そこで西村が部屋がどこかと聞き、彼から二階だと回答を得られれば、石鎚に断りを入れて部屋の中を見る。その時、部屋の隅に立てかけられている荷物を発見し、中を見たが、それがただのゴルフバックだと分かった。そこで石鎚がいい加減にしないと警察を呼ぶと言うが、西村は自分が警察だと言った。西村はそこで部屋から出て行き、目撃者2人は怪しい人物はいたかと問いかけてくる。それに対して苛立ったように、「早く見つかれば警察はいらない」と返せば、男性の方から怪しい女性がロビーカーにずっといたと証言される。
「女?」
「ええ。ずっとロビーにいて、殺された人をチラチラ見てたみたい」
「それは私のことかしら?」
そこで明智がやって来て、目撃者にそう質問してきた。目撃者2人は急なことに驚きつつ、振り返って肯定した。その言葉に西村が眉を顰めたのを見て、明智は言う。
「あの時、ロビーを離れたのは、トイレに立ったから。あの男性を見ていたのは、葉巻の匂いが気になっただけのこと」
「失礼ですが、あんたの部屋は?」
「ここですわ」
そう言って彼女は自身の部屋を開き、刑事を招く。刑事は部屋の中を除けば、荷物一つない部屋に疑問を抱く。
「荷物はそのショルダーバック一つですか?」
「ええ。ちょっと乗馬をしに北海道に行くだけですから」
その言葉を聞いていたコナンは疑問に思う。
(乗馬……?)
そこで女性に問いかける。
「あ!僕、それ見たことあるよ?お馬さんに乗る時、ヘルメット被ったり、ナントカっていう変わったズボンを履くんだよね!」
「キュロットのこと?ちゃんと履くわよ?」
「へ〜!ちゃんとやってんだ!すご〜い!」
「それくらい当たり前よ、坊や!」
「じゃあ、ボロの始末とかも自分でするの?」
「ええ。古くなったら自分で買い換えるわよ。手袋や長靴もね」
そこで車窓から、他の乗客が騒ぎ始めていることが伝えられ、そろそろ駅の方に向かわせたいと伝えられる。しかし刑事達は部屋を全て調べるまで動かすなと言う。確かに、窓から捨てられてはたまったものではないだろう。
「それならさっさとトンネル内を探した方がいいんじゃ……」
「ふん、そんな事、もうやらせてるよ」
そこで別の警官がやってきた。どうやらトンネル内に何かを見つけたらしい。
「トンネル内で、男の遺体が……」
その報告は、小五郎達を驚愕させた。そしてその見つかった遺体の説明が始まる。
「どうやら、頭を強く打ったみたいですね」
「窓から出る時、落ち方が悪かったんだろう……馬鹿な奴だ。あんたらが見たのはこの男か?」
そこで目撃者に聞けば、多分そうだと返される。そこで男のちょび髭が少々浮いていることに気づき、西村がそれを手に取り、引っ張った。それはとても簡単に剥がれる。どうやらつけ髭だった様だ。そこでサングラスと帽子を取り覗いた時、西村の目が開かれる。
「こ、こいつは!?『浅間 安治』!」
「おいおい、浅間安治っていや、この前の……」
「ああ、東京の宝石店を襲って何も取らずに逃げたプロの強盗犯だ。昔は3人組で動いていた様だが、仲間の1人が薬物中毒で死んでから音沙汰なし。久し振りに仕事してドジリやがったと思ったら、まさかこんな所で会えるとはな」
「待って下さい!列車内で殺されたのは確かこの前、浅間に強盗に入られた宝石店のオーナーですよ!」
「なに!?」
そこで全てが繋がった。小五郎が何か臭うというが刑事達は取り敢えずは容疑者確保として扱い、車掌に言って、通常運転に戻すよう伝えろと部下に言い、その後、列車は動き出した。そして朝日が昇った時刻、明智は何処かに電話を掛けたが、相手に繋がらず、彼女は溜息をつく。そんなとき、彼女の部屋がノックされ、彼女は扉を開いた。その時、声が下の方から掛けられる。
「ねえねえ!」
「あら、坊や!お姉さんに御用?」
「うん!ちょっと感心しちゃってさ!」
コナンはそこまで無邪気な子供を演じ、続いて気障な笑みを浮かべる。
「上手く化けたもんだなって思ってね」
その言葉に明智は驚く。しかしそんなこと気にせず、コナンは続ける。
「乗馬するなんて話は真っ赤な嘘。本当は何か別の目的があってこの列車に乗り込んだんだろ?」
その言葉に女性は焦る。
「な、なに言ってるの?坊や。お姉さんは、本当にお馬さんに乗るために……」
「バーロー。俺がさっき言った『ボロ』ってのは馬糞の事だよ」
その言葉に女性は固まる。そう、カマを掛けられたのだ。
「んなことも知らねー奴が、乗馬なんてやってるわけねーよな?」
コナンはそこで得意げに首を少し傾けて見上げる。
「ーーーさあ、正体をバラしなよ」
そこで女性は観念した様子でコナンを見る。
「もうネタは上がったんだぜ?……オバさん?」
その一言に、彼女はクイッと軽く口角を上げた。
私、動物の専門学校に行っていたので漸く知ったのですが、初めてみた当初は『ボロ』がなんなのかよく分かっておらず、そのまま素直に信じましたよ。今、再度アニメを見てコナンくんから『ボロ』の言葉を出された瞬間、すぐに馬糞の事だと分かりましたが……乗馬してたらすぐに分かる話なんですね、これ。