とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第19話〜世紀末の魔術師・5〜

部屋から出ていった人物を追って行くコナン。その人物はコナンに気付いているようで、走っている道中で隠し持っていた手榴弾を持ち、その安全装置を口で取り外し、道中の石壁に置き、走り去る。そんな物が置かれていることなどつゆ知らないコナンは道なりを走っているちょうどその時、手榴弾が爆発し、目の前の石壁が崩れた。その際、顔を塞ぐようにして腕を前に出しながらそこを走り抜けた。怪我は一つも出来ていない。しかし走り抜けてすぐ、彼の足が何かに引っかかり、大きくよろけ、尻から地面とぶつかる。それに痛がる様子を見せながらも、何に躓いたのかを確認した。時計型の懐中電灯の灯りが照らす先にあった物体はーーー右目が撃たれた将一の遺体。

 

「っ!乾さん……くそっ」

 

いつもならすぐ様確認する所だが、今はそんな場合ではないと割り切り、彼は将一の遺体を後にする。そして走り抜け、螺旋階段を上っている時、あの地下への入り口が閉まる音が耳に入る。走りを止めずに入り口へとやって来たが、ちょうどその瞬間、完全に閉まりきってしまった。

 

「しまった!」

 

閉められてしまったことを確認したコナンだが、悔しがってる暇は作らない。すぐ様、地下通路に探りを入れ始めた。

 

「きっと、中から開けるスイッチがあるはずだ……っ!」

 

その時、彼の灯りに照らされて露わにされた石壁の中の一つに、他と違う形の壁があった。それに気付き、其処を手で押せば、閉められていた床扉が音を立てて開き始めた。

 

***

 

暗闇の中、ある人影はどこから手に入れたのか灯油を城中にばら撒き始めた。その灯油の中身は丁度、騎士の間で空となり、それを投げ捨て、マッチを使って火を灯し、ニッコリと微笑みながら火を投下する。マッチの火はそのまま灯油と接触し、火は城中へと走り始めた。それを見届ければあとは逃げるだけとばかりに人影は走り出した。ーーーしかし、そう簡単には逃げられない。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

その人物の耳に入って来たのは、かの有名な探偵であり、犯人が敬愛する人物を侮辱した張本人、毛利小五郎の声。

 

「テメーだけ逃げようったってそうは問屋が卸さねーぜ!」

 

犯人は直ぐ様身を隠し、持っていた拳銃を手に持つ。そうして声の主を射殺するために、足跡を極力消しながら走れば、今度は刑事の白鳥の声が響き渡る。

 

「あんたの正体は分かっている。中国人の振りをしているが、実はロシア人。そう……怪僧ラスプーチンの末裔、青蘭さん」

 

犯人ーーー青蘭は自身を当てられ、その身をユックリと露わにした。彼女はただただ、微笑むだけだった。

 

***

 

小五郎達がコナン達の跡を追ったとき、道中が瓦礫しており、行けなくなっていた。その事に文句を言う小五郎。

 

「なんなんだこりゃ。道が塞がれてる……」

 

「この瓦礫からして、どうやら爆破されたみたいだな……まあ、幸い血がないことから、コナンとか白鳥さんとかが押しつぶされてはいない様だ」

 

修斗のその冷静な言葉に、蘭は安堵する。しかし子供達は逆に絶望した。

 

「ええ!?それじゃあ俺たち、出られないのか!?」

 

「……いや待て。お前達、何処から来たんだ?」

 

咲が哀達に視線を向ければ、哀がその言葉ですぐに理解する。もう一つ、この場から逃げることが出来る道がある事を。

 

「皆んな、私について来て」

 

哀の言葉に子供達は驚き、小五郎も訝しげな反応を向ける。

 

「なにっ!?」

 

しかし、そんな反応に少々苛立ったらしい哀が語彙を強めた。

 

「いいからっ!付いて来なさいって言ってんのよ!!」

 

「は、はい……」

 

その強気な態度と物合わせぬ態度に、小五郎は何も言えずに従う姿勢を見せた。

 

***

 

火が燃え盛る騎士の間を、ユックリと声の人物を探して歩く青蘭。その手に拳銃を持ち、警戒する様に見渡していると、その背後を走る気配を察知し、背後に向けて1発、2発と撃ち込むが、それらが当たった様子はない。

 

「ふんっ!最初は気付かなかったよ」

 

「その声は寒川!?」

 

青蘭は驚愕の表情を浮かべる。当たり前だ。なぜなら彼は、青蘭があの船で東京に帰るその夜に、右目を射抜いたのだから。その死体も確認済みの上で、何故か寒川の声が響く事に、驚かない者など誰もいない。

 

「浦思青蘭の中国名、『プース・チンラン』を並び替えると、ラスプーチンになるなんて事はな……」

 

「お、お前は……お前は私が殺したはず!?」

 

青蘭のその背後で、また何かの動く気配を感じ、其方に2発また撃ち込むが、どうやら騎士の甲冑が倒れただけの様だった。しかし、それを倒した人物がいる事を理解し、すぐ様その甲冑の裏に拳銃を向けるが誰もおらず、青蘭が覗き込んだ反対の通路を誰かが走る音が耳に入り、其方に一発撃ち込む。しかしやはり当たっていない様で、射殺する為にまた探し歩けば、またもや白鳥の声が響き渡った。

 

「ロマノフ王朝の財宝は、本来、皇帝一家と繋がりの深いラスプーチンの物になるはずだった。そう考えたあんたは、先祖に成り替わり、財宝の全てを手に入れようと考えた」

 

そこで一度声が止み、今度はまた、ありえない人物の声が響き渡った。

 

「必要に右目を狙うのも、惨殺された先祖の無念を晴らす為だろ?」

 

「い、乾……」

 

かの人物は、洞窟内で既に射殺した。彼女はそれを目の前で見た為に理解していた。知っていた。しかし、何故かその声が響き渡っている。その理解の範疇を超えた出来事に、青蘭が目を見開き驚愕していれば、背後にまた足音が聞こえた。しかしそれは走り去る音ではなく、ゆっくりと、歩く音。その足音が止まると同時に後ろに拳銃を向ければ、其処には両手をポケットに入れ、気障に笑い立つコナンのみ。それが信じられずに当たりの気配を探すが、見つからない。

 

「僕1人だよ」

 

コナンのみその言葉に、ありえないと反応する青蘭。今の今までコナンの声は聞こえなかった。信じろと言うのが難しい。しかし、そんな青蘭にコナンが蝶ネクタイを見せつけ、種明かしをする。

 

「これ。蝶ネクタイ型変声機って言ってね、色々な人の声が出せるんだ」

 

「っ!お、お前一体ッ!?」

 

その青蘭の言葉に、フッと笑みを浮かべるコナン。

 

「江戸川コナン……探偵さ」

 

その言葉に、青蘭は警戒を示す。普段であれば彼女も信じずにいただろう。ただの子供のごっこ遊びも片付けただろう。しかし、現状は『普通』ではない。現に、目の前の子供は変声機を使い、青蘭を翻弄し、青蘭の正体を当ててみせたのだ。

 

「寒川さんを殺害したのは、あんたの正体が暴露そうになったからだ。寒川さんは、人の部屋を訪問しては、ビデオカメラで撮っていたからね。とっさのことで裏返すのを忘れた写真……それは、恋人なんかじゃなく、『グリゴリー・ラスプーチン』の写真だった。『グリゴリー』の英語の頭文字は『G』だか、ロシア語では『Г』。だから、貴市さんの部屋にあった『ゲー・ラスプーチン』の写真のサインを見ても直ぐには繋がらなかった」

 

そこで思い出されたのは、船の青蘭の部屋であの時に見た写真立て。写真自体は見ることが叶わなかったが、その裏に英語でラスプーチンの名前が書かれていた。その次に思い出されたのが貴市の部屋。そこには勿論、ロシア語でサインが書かれていた。

 

「寒川さんに写真をビデオに撮られたと思ったあんたは、彼を殺害しに行った。……そうだろ?青蘭さん?ーーーいや、スコーピオン!」

 

そのコナンの言葉に、青蘭は悪い笑顔を浮かべる。

 

「ふっ。よく分かったね、坊や」

 

「乾さんを殺したのは、その銃に、サイレンサーを付けているところでも見られたってとこかな?」

 

その言葉に、青蘭はさらに笑みを深める。まるでコナンを、嘲笑うかのように。

 

「おやおや、まるで見ていたようじゃないかい」

 

「……でも、オッチャンを狙ったのは、ラスプーチンの悪口を言ったからだ」

 

ラスプーチンの悪口……それは、彼を『世紀の大悪党』と言ったこと。それは、先祖であるラスプーチンを侮辱する言葉。青蘭には許すことなど出来ない言葉だった。

 

「……そして、蘭の命までも狙った」

 

「お喋りはそのぐらいにしな。可哀想だけど、あんたにも死んでもらうよ」

 

青蘭は無情にもその拳銃をコナンに向ける。しかしコナンの余裕は崩れない。

 

「その銃、ワルサーPPK/Sだね。マガジンに込められる弾の数は、8発。乾さんとオッチャン、蘭に1発ずつ。今ここで5発撃ったから、弾はもう残ってないよ」

 

そのコナンの知識に青蘭が感心した様子を見せたが、しかし直ぐに妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ふっ。いい事を教えてあげる。予め、銃に装填した状態で8発入りマガジンをセットすれば、9発になるのよ。……つまり、この銃にはもう一発弾が残ってるってこと」

 

その説明の間にも城は崩れてゆき、コナンと青蘭の間にも焼けた天井が落ち始める。周りも燃え盛り、一見すれば逃げる道さえない。逃げ道など無いも同然で、コナンはただなんの抵抗もなく殺される他ない状況。そんな中であるはずなのに、コナンに怖がるそぶりはない。

 

「……じゃあ撃てよ」

 

コナンのその挑発するような言葉に、意外そうな顔をする青蘭。ここまで謎を解き明かし、大人顔負けの頭脳で青蘭を追い詰め、銃の知識を披露しようと、青蘭にとってはなんの力もないただの子供。そんな言葉が、青蘭を挑発する言葉を投げかける。彼女からしたら、馬鹿な行動だ。

 

「本当に弾が残ってんならな」

 

「……」

 

その挑発に、青蘭はコナンを嘲笑い、コナンに照準を向ける。その銃の赤い照準は、炎の中でも焦ることなくユックリと、体に沿うように登る。その赤い照準は、彼女の祖先と同じ、右目に辿り着く。その瞬間、フッと笑った。

 

「……馬鹿な坊や」

 

青蘭はそのまま抵抗さえなく、引き金を引く。そのまま真っ直ぐ弾はコナンの右目に吸い込まれ、当たったと思われたその瞬間ーーー眼鏡のレンズに、阻まれた。

 

「どうしてっ!?」

 

その青蘭の問いに答える事なく、コナンはキック力増強シューズを回す。それが青白く光ったのとほぼ同時に青蘭が拳銃の弾を装填する。コナンが近くにあった甲冑の兜を蹴ろうとした時、青蘭はその拳銃を向けた。どう考えても、青蘭の方が早くコナンに傷を付けることが出来る。コナンもそれは覚悟の上。しかし、その予想は裏切られ、青蘭が拳銃を構えたその瞬間、何かが当たり、手から弾かれる。

 

「あっ!?」

 

そんな予想外な事が起ころうと、コナンは止まらない。そのまま兜を蹴り飛ばし、見事狙い通りに青蘭の腹部に撃ち込まれ、強い衝撃を受けた青蘭はそのまま後ろに飛ばされ、背中から床と激突し、そのまま意識が飛んでしまった。そんな青蘭に、コナンは近づき、眼鏡を外す。

 

「生憎だったな、スコーピオン。この眼鏡は博士に頼んで、特別製の硬質ガラスに変えてあったんだ」

 

「ーーーコナンくん!」

 

そこに丁度良いタイミングでやって来た白鳥。彼はコナンに駆け寄って来た。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、う、うんまあ……」

 

コナンは直ぐに眼鏡をかけ直した。が、直ぐに青蘭の銃を弾き飛ばした何かーーートランプに視線を向けた。そのトランプは生憎と燃えてしまっていた。

 

「……」

 

「さあ、ここから脱出するんだ」

 

白鳥が青蘭を横抱きにし、歩き始める。しかし、考え事をしていたコナンはそれに気付かない。

 

「ーーーコナンくん!!」

 

白鳥がもう一度コナンの名を呼び、そこで漸く白鳥が脱出するために歩いていた事を知ったその瞬間、白鳥とコナンの間に燃えた木材が降り注ぐ。そうしてコナンと白鳥は分かれてしまい、騎士の間は炎に飲み込まれてしまった。

 

小五郎達は、哀達が入って来た入り口から、博士が用意してくれた梯子を使って登り、脱出した。そこはどうやら塔の様で、全員が其処に立つには少々狭かった。入り口として使われた大穴がなければ余裕があっただろう。最後にセルゲイが梯子を使って脱出して来た時には、小五郎は脱出出来たことに安堵し、床に座り込んでいた。

 

「た、助かった……」

 

しかし、外を見ていた光彦が叫ぶ。

 

「た、大変です!!お城が燃えています!!!」

 

『え!?』

 

全員が直ぐにその塔から走り出て、城を見上げる。そこは既に炎に飲み込まれており、誰も入る事ができない状態となっていた。

 

「おいおい……マジかよ」

 

「っ、コナンくん……」

 

修斗が痛ましそうに見上げ、歩美が心配そうにコナンの名を呟く。ーーー彼はまだ、あの中にいるのだ。

 

(……新一)

 

「……」

 

蘭と哀が、心配そうに城を見上げる。咲もまた、痛ましそうに見上げていた。彼はもう、助からないとさえ考えていた。子供達もまた、必死に彼の名を呼ぶ。

 

「「コナンくーん!!」」

 

「コナーン!!」

 

「なんだよ……うるせえな」

 

そこであり得ない、しかしとても聞き覚えのある声が辺りに響き渡り、その声の主がいる右側を見れば、コナンは博士の車に背を凭れさせ、立っていた。その手にはエッグまである。

 

「コナンくん!!」

 

彼はよく見れば所々黒く汚れている。どうやら服は少々焦げ、顔は灰で汚れたようだ。

 

「このエッグ、白鳥刑事がスコーピオンから取り返してくれたよ」

 

コナンの報告に、小五郎の眼が見開かれる。

 

「白鳥が!?で、スコーピオンはどうした?」

 

「逮捕して車で連行していったよ。スコーピオンの青蘭さんを」

 

その名前に、小五郎とセルゲイが驚く。

 

「なにっ!?」

 

「青蘭さんがスコーピオン!?」

 

そんな2人の事など気にせず、コナンはエッグを夏美に手渡す。

 

「はい。これを渡してくれって」

 

「あ、ありがとう」

 

夏美が嬉しそうに感謝をしますのとは逆に、小五郎は青蘭がスコーピオンだったという事実に気分が下がったようだ。

 

「あの美しい青蘭さんがスコーピオンだったなんて……」

 

「悲しむとこはそこでいいのか、あんた」

 

そんな修斗のことなど気にせず、小五郎は意識を切り替えて夏美に近づき、申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「夏美さん……申し訳ありませんな。こんなことになってしまって」

 

「いえ。お城は燃えましたけど、私には、曽祖父が作った大事なエッグが残ってます。それに地下は、無事だと思いますし……」

 

夏美は確かに、大事そうな目でエッグを見る。その言葉は、確かに夏美の本心だ。その夏美の言葉に、沢辺は微笑みを浮かべる。

 

「はい。落ち着きましたら曽祖母様のご遺骨を、貴市様と一緒のお墓に、埋葬致しましょう」

 

それを聞き、今度は別の事に小五郎の思考は移るーーーいまだ行方知らずのキッドの事だ。

 

「とうとう現れなかったか、キッドの奴……」

 

その言葉に、修斗が一瞬ピクリと反応し、小五郎を見る。彼がそんな修斗に気付いた様子はなかったが、目敏いコナンは気付いた。

 

「やっぱり、死んじゃったのかな……」

 

「いや、奴は生きてるよ」

 

そのコナンの言葉に、歩美はコナンに顔を向ける。その彼の顔は、確信したような笑みを浮かべていた。そんなコナンを、ジッと見つめる蘭にーーー彼は気付かないままだった。

 

それから直ぐには消防車は城に到着し、消化活動がされ始め、その間に一行は自宅へと戻る事となった。普通なら聴取をする所なのだが、時間も時間であり、聴取は後日となったのだ。

 

そして時間は少し達、外で雨が降り始めた。毛利探偵事務所の電気はつけられたまま、開かれた窓の近くに、蘭は鳩をその腕に抱きしめ、撫でていた。彼女はずっと待っていた。考えて考えてーーー出た考えの答え合わせをするために。

 

そこで事務所の扉が開き、コナンが入って来た。

 

「オジさん、もう寝ちゃったよ?疲れてたみたいだね」

 

コナンのその子供らしい態度と言葉に、いつもなら蘭は笑顔を向ける所だが、今の彼女にその余裕はない。沈んだままの彼女は小さく反応を示すだけ。

 

「うん……仕方ないよ。大変だったもん」

 

そのまま彼女は鳩を籠に戻してやり、窓の外の雨を見つめる。その彼女の様子に流石におかしいと思ったらしい。コナンは彼女の名前を呼ぶ。

 

「蘭姉ちゃん……?」

 

「……ありがとう、お城で助けてくれて。あの時のコナンくん、カッコ良かったよ……まるで新一みたいで」

 

彼女は笑顔でコナンの方へと向き直る。しかしコナンから見て彼女の笑顔は、どこか痛々しかった。その痛々しさは、彼女の目に涙が浮かんだ事でより助長された。

 

「……」

 

「……まるで、新一みたいで……」

 

遂に彼女の目から涙が零れだす。その涙は止まる様子を見せない。

 

(……蘭?)

 

雨は降る勢いを、増した。

 

「でも、別人なんでしょ?……そうなんだよね?」

 

彼女は否定して欲しくて、尋ねる。しかしコナンは直ぐに否定は出来なかった。彼女から、目が離せなかった。

 

「……コナンくん?」

 

彼女は問い掛ける。コナンもまた、彼女の複雑な心境を感じ取ることが出来、誤魔化しなど出来ないことを、理解した。ーーー遂に限界が、訪れたのだ。

 

それを理解すれば、コナンからフッと、笑みが零れた。

 

(……限界だな)

 

「……あ、あのさ……蘭」

 

彼女の目が、見開かれる。コナンはその反応に気付きながらも、止まらない。その目に掛けた偽りの仮面を、外した。

 

「実は、俺……本当は……」

 

しかし見上げた瞬間、気付いた。彼女はーーーコナンを見ていなかった。

 

その視線は既にコナンを超えた先、事務所の入り口の方へと、向けられていた。

 

「……新一」

 

その呟きを聞き取ったコナンが直ぐに入り口の方へと顔を向ければ、そこには確かに、雨でびしょ濡れとなった姿の工藤新一が立っていた。

 

その姿を信じられないと言った目で見る蘭。

 

「……本当に新一なの?」

 

「なんだよその言い草は。オメーが事件に巻き込まれたって言うから様子を見に来てやったってのによ」

 

新一は蘭の問いに呆れた様子を見せる。しかしコナンは驚愕で目を見開かせたまま、新一を見る。何故なら彼は知っているからだ。己が本物の『工藤新一』であることを。しかしそれを知らない蘭は直ぐに新一に駆け寄り、怒鳴りつける。

 

「バカッ!どうしてたのよ!?連絡もしないでっ!!」

 

「わりーわりー、事件ばっかでさ。今夜もまた直ぐに、出掛けなきゃなんねーんだ」

 

彼はそう蘭に伝えるが、蘭は彼の肩が濡れていることに気づいた。

 

「待ってて!今は拭く物持ってくるからっ!!」

 

彼女は直ぐに自宅の方へと階段を駆け上がっていく。それを見送った新一はフッと安心したように笑い、事務所から出ていった。そのまま雨の中を歩いて去ろうとした。しかし、その背中に声を掛ける1人の子供。

 

「ーーーまてよ、怪盗キッド」

 

そのコナンの呼びかけに、新一に変装していたキッドは応じ、その場で歩みを止めた。

 

「まんまと騙されたぜ。まさかあの白鳥刑事に化けて船に乗ってくるなんてな」

 

そこで彼はピィーッと口笛を吹く。それが合図だったようで、事務所で療養していた白鳩が、キッドの肩へと捕まった。

 

「お前、知ってたんだろ?船の中で何か起こることを」

 

コナンの問いに、キッドは道路を鳩を出しながらユックリと歩きつつ、答える。

 

「確信はなかったけどな。一応、船の無線電話は盗聴させてもらってたぜ」

 

「もう一つ。お前がエッグを盗もうとしたのは、本来の持ち主である夏美さんに返す為だった。お前は、あのエッグを作ったのが香坂貴市さんで、『世紀末の魔術師』と呼ばれていた事を知っていた。だから、あの予告状に使ったんだ」

 

「ほう?他に何か気付いたことは?」

 

彼は掌を握ってパーにすると鳩を出し、その鳩達は彼の体に高まっていく。既に彼の肩は白で覆われ始めていた。そんな状態の怪盗キッドの言葉に、コナンは気障な笑みを浮かべる。

 

「……夏美さん曾お祖母さんが、ニコライ皇帝の三女『マリア』だったってことか?」

 

その言葉に、鳩を出していたキッドの動きが止まる。彼は無言でコナンに視線を向けてきた。

 

「マリアの遺体は見つかっていない。それは、銃殺される前、貴市さんに助けられ日本へ逃れたから。2人の間には愛が芽生え、赤ちゃんが産まれた。……しかし、その直後に彼女は亡くなった。貴市さんは、ロシアの革命軍からマリアの遺体を守る為に、彼女が持ってきた宝石を売って城を建てた。だが、ロシア風の城ではなく、ドイツ風の城にしたのは、彼女の母親のアレクサンドラ皇后がドイツ人だったから。……こうして、マリアの遺体はエッグと共に秘密の地下室に埋葬された。そしてもう一個のエッグには城の手掛かりを残した。……子孫が見つけてくれる事を願ってな」

 

そこまでコナンは説明し、フッと肩の力を抜いた。

 

「……まあ、こう考えたら全ての謎が解ける」

 

キッドはそんなコナンに微笑みを向けた。

 

「君に一つ助言させてもらうぜ。ーーー世の中には謎のままにしといた方がいい事もあるってな」

 

キッドはそうコナンに助言し、鳩を二羽出した。それにコナンもフッと笑った。

 

「確かに、この謎は謎のままにしといた方が良いのかもしれねーな」

 

その間にもキッドの手以外からも鳩が集まり、彼の体中に鳩が捕まる。既に彼は白一色に染まっていた。

 

「じゃあこの謎は解けるかな?名探偵」

 

キッドはコナンに挑戦的な目を向けて、問いかける。

 

「何故俺が『工藤新一』の姿で現れ、厄介な敵な君を助けたのか?」

 

「ーーー新一!」

 

そこで蘭が駆け下りてくる声が聞こえ、彼女が降り切ったその瞬間、キッドは指を鳴らし、その場から、鳩が去ると共にーーー姿を消した。

 

白鳩は雨の中を飛び去っていく。毛利探偵事務所の前の道路には、白鳩の羽が大量に舞い落ちてくる。その中の一つを、コナンは掴んだ。

 

(バーロー。んなもん、謎でもなんでもねーよ。お前が俺を助けたのは、此奴を手当てしたお礼……だろ?)

 

そのコナンの答えに正解を出すものはーーーいなかった。

 

蘭は辺りを探したが、新一の姿は何処にもなかった。そこで彼女は、新一と最後に会っていたコナンに何故止めなかったのかと聞いた。コナンはその問いに、新一がまた来ると答えてしまった。その返しに少々ムッとした表情を浮かべた蘭はコナンから顔を離し、何かを心に決めた。

 

「いいわ。今度会った時には……」

 

彼女はそこで、彼を拭くために用意したタオルを上に投げた。それはヒラヒラと舞い降りてきたが、蘭の目の前まで来た時、彼女は右手でまずタオルに手刀を入れ、次に落ちて来た手拭いに上から瓦割りの要領で手刀を入れる。それを見た新一本人は、体を震わせた。

 

「……こうしてやるんだから」

 

そこで蘭のその言葉を聞き、コナンは諦めたような顔を浮かべて、一つの決意を決めた。

 

(ハハッ、当分元には戻らねーな……)

 

彼が元に戻るのは、当分先になった瞬間だった。


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