じゃあ誰が解決するのかーーーまあ、お楽しみに!
それでは!どうぞ!
美術館での殺人事件から数日が経ったこの日の夜、彰はこの日、自身の愛車であるシルバーの日産スカイランのセダンに乗り、埼玉県の祭りにやって来た。勿論、一人ではない。
「久しぶりに二人での旅行はどうだ?修斗」
「正直、女性成分が欲しい。この際、妹でもいいから」
「無理だろ。瑠璃は能力の関係か呼び出され、梨華は折角帰ってきたというのに日本公演で全国回ってるし、雪男は仕事、雪菜に関しては俺達よりも雪男の方が色々な面で詳しいからってことで近くにいさせるために連れてこなかったし……」
「ちっくしょう。男二人で祭りを楽しまなきゃいけないとか、なんて寂しい祭りの夜だ……」
「うっせぇ諦めろ。そもそも雪菜に関してはお前の判断だろ。後悔しても遅いわ」
彰が片手で運転しながら左の助手席に座ってる修斗の頭に容赦無くチョップをかます。大の男、それも二人して180cm前半の高身長だ。仲の良さがよく分かる。
「で?修斗。お前、黒色が好きだからって、こんな祭りの夜でも黒着てくるとはどういう了見だこら。せめてもうちょっとなんとかしてこい」
彰の今の服装は白のTシャツに青いデニムジャケットを着ているが、修斗はグレーに近い黒のTシャツの上に濃い黒のジージャンを着ている、とても黒一色な出で立ちである。
「黒好きなんだから仕方ないだろ。というか、俺、なぜか黒以外似合わないんだよな〜」
「それだとお前とほとんど同じ顔の俺も黒しか似合わないことになるが?」
「兄貴はなんだろうな?……ダンディ?」
「ほお?ナヨナヨしてるってか」
「それ外国での意味。日本だととても男前って意味だろ。てか分かってんのに何ボケてんだ」
「こういう会話が楽しくてつい。ほら、着いたぞ」
そうして着いた祭りの会場には既に沢山の観光客や見物客がおり、子供などいたらすぐに迷子になってもおかしくないほどだと二人は思った。
「……修斗の判断、間違ってなかったな。此処に雪菜連れて着たら確実に迷子確定だ」
「雪男みたいな専門家でありしっかり者がそばにいたら大丈夫だったんだがな。……仕方ない。ナンパでもするか?」
「お前、好きなやついるのにそんなことするのか……」
「俺のは一目惚れだし、もう八年以上会ってないし、会ったのだってイギリスで、しかもたった一回、怪我してた所を助けただけだぞ?あのあとお礼言われたけどもすぐ出て行ったし……」
「難しいやつに惚れたな〜、お前も」
「ああ、難しいし……裏の仕事してるみたいだし、な」
最後の言葉に関しては、修斗は彰に聞こえないように呟いた。それは狙い通り、彰は周り喧騒の所為で聞こえず、首を傾げていたが、それに修斗は笑って流した。
(正直、あんな薄暗い路地で、しかも横腹から血を流して座り込んでる奴とかそんなもんだろ……ああ、けど、あの青と白色……だったのか?あのオッドアイの目と外見は本当に綺麗だったな……同年代っぽいし、今頃あいつ、何してんだろうな……)
そんな考え方をしながら歩いていると、前を歩いていた彰の歩みが止まる。それに訝しげな表情を浮かべて前を見れば、今は有名人となった『眠りの小五郎』こと毛利小五郎がいた。
「おっと。偶然の出会いか……兄貴、挨拶してこいよ」
「まあ、そうだな……修斗はそこで待ってろ」
彰がそう行って声をかけ去っていく後ろ姿をポケットに手を突っ込んで見ていれば、一言二言話したあと、何故かこちらに顔を向け、手をチョイチョイと動かしだす。
「……はぁ」
ため息を一つ吐き、近くによれば、小学生の子供が目を見開き、警戒の色を前面に出した。
そして、それを出された張本人である修斗は、その子供をジッと見つめていた。
「それにしても、偶然ですね!彰さんは兄弟で一緒に?」
「ええ、そうです。あ、あいつの自己紹介がまだでしたね……おい、修斗」
「ああ、してなかったな。俺は北星 修斗。兄弟間だと次男にあたる。よろしく」
そう言って自己紹介をすれば、蘭達も自己紹介を返す。子供ーコナンはあいも変わらず警戒をしているが、そんな事など御構い無しに、蘭は彰を誘い、名物の『天下一』の火をともに身始めた。
「あっ!点いた点いた!最後の一の文字が!」
「おぉ!」
それに彰達も視線を向けると、確かに一の文字が見えていた。
「ほぉ?これが天下一夜祭りの名物か……」
「ああやって三つの山に、それぞれ『天』『下』『一』の文字を灯し、今年の天下一の豊作を願う、それがこの『天下一夜祭り』……らしいが、これ、どう考えても京都のだい「それ以上はいけないぞ修斗。大人の事情を考えてやれ」……俺達も大人だけどな」
そんな二人のやりとりに近くで可愛らしいウサギの風船を持ったまま会話を聞いていたコナンは、呆れたのか苦笑いを浮かべていた。
「それにしても、悪くないな。偶に旅館に泊まって祭りに来るのも」
「そういえば、彰さん達はどうやって来たの?旅館に泊まったりするの?」
「いや、俺達は日帰りさ。祭りが終わったあと、俺が車を飛ばして帰るのさ」
「まったく、兄貴の祭り好きには正直、呆れ返る……」
「いいじゃないか祭り。楽しいだろ?」
「まあ、楽しいけどな?正直、女性成分が真面目に欲しい……まあ、今は可愛らしいお嬢さんがいるからいいけど」
「えっ!?」
修斗の何気ない一言に蘭は少し頬を赤く染め、それに気づいた小五郎とコナンが修斗を睨めば、修斗もまたそれに気づき、溜息をつく。
「はぁ、別に深い意味はないからな?それに、俺にはちゃんと別に好きな奴がいるし……」
「えっ!?それは一体……」
そこまで会話をした所で声が掛かり、全員がそちらを見れば、汗をかいた顔が焼けた男がカメラを持って近づいて来た。
「すみません、一枚撮っていただけませんか?」
「あ、はい。いいですよ」
男が時計があったらしい部分だけ焼けてない左手で使い切りカメラを持ち、それを渡しながら言うと、蘭が使い切りカメラを受け取り、撮る方向の指示を受けていた。
「…………」
「?どうした?修斗」
「……いや。あの人も、兄貴と同じくらいの祭り好きなのかなと思っただけさ」
そんな会話をしているうちに、写真は撮り終わっており、何故か頼んだ側からの話が始まっていた。それはこの浅黒い肌の人が、地方の祭りを題材にした気候物を手がけていること、今撮ってもらったのが資料の題材となるものであること、この二つの話がされた。
「やっぱり、あんたそういう職に就いてたのか……」
「おや?一目でわかったのですか?」
「ああ」
修斗の言葉に彰以外の全員が目を丸くし驚いた。そして、それはコナンも同じで、すぐにコナンは修斗の裾を引っ張った。
「ねぇねぇ!なんでこの人が作家さんだってわかったの!?」
「ちょっと、コナンくん!すみません……」
「いや、気にしてない。あと、別に作家だと断定してたわけじゃない。漫画を描いたり、文字を書いたり、その辺だろうなと当たりをつけただけさ」
「じゃあなんでそう思ったの?」
それを聞かれ、修斗は男の手を見ながら答える。
「ペンだこ」
「……は?」
「あんたの手にペンだこが出来てた。ということは長い時間、ペンを握っている証だ。正直、浅黒いのは旅行かもしくは日焼けサロンか迷ったけど……まあ、そういうことだ。間違えてる可能性もあって黙ってはいたが」
「……凄いな、君は。鋭い観察眼を持っているみたいだね」
「……褒めてくれてありがとう。正直、俺としてはいらんものだがな」
男の発言に修斗は溜息を一つ吐きながら答える。
「……で?資料集めならそれだけじゃ足りないんじゃないか?」
「え?あ、ああ、そうですね……っと、そうだ。その前に……」
そう言って男が上着の中を探り、取り出したのは一冊の本。題名には『オーストラリア紀行』と書かれている。
「……『笹井 宣一』」
「昔は『今井 智一』というペンネームで小説を書いていたんですが……」
その名前に蘭は大喜び。大声を出せば周りの人が注目し、それに恥ずかしくなったのか顔を少し紅く染めて、本で顔を隠しながら自身が中学の時に沢山読んだことを伝える。
「でも変だな。その名前は『今竹 智』がデビュー当時使っていた……」
「今竹とは古い友人なんです。昔、二人で組んで書いていたんですよ」
「え!?あの今竹智さんと!?」
「今日も二人でこっちに来たんです。彼が直本賞を受賞したお祝いに今晩呑み明かそうと……」
「……汗かくぐらい暑いなら、上着脱ぎません?」
修斗が笹井の顔を見ながらそう問えば、少し困ったような顔をする笹井。と、そこで視線が右を向き、今度は飴細工の店の前で写真を願い出た。
その様子を、修斗は冷たい目で見つめていた。
「……お前、あの人が気になるのか?」
そんな修斗に声をかける彰。こういう時の修斗は、何かを考えているか、もしくは相手の様子に疑問に思ったか、そのどちらかであると知っている。
「……いや、なんでも。あの人が何企んだようと、関係しないなら問題ないだろ」
「なんだ。あの人が何か企んでると思うのは一体どこから思ったんだ?」
彰がそう問えば、修斗は笹井の様子を見ながら答える。
「……あの人が暑いのにあれを脱がないのは資料だけじゃない。正直、資料を取りたいだけならそれこそ暑いのを我慢して着てるのさえどうでもいいはずだ」
「サマにはなってるけどな」
「ああ、悔しいことにな」
そこだけ修斗が彰の意見に同調するように頷くと、続きを話す。
「あの人、俺が少し職業の件で当てた時、俺の事を鋭いと褒めつつ、最初になんの警戒もしてなかったにもかかわらず突然として警戒をしだした。勿論、秘密にしたいことがあるからなんだろうけど……」
「それが良くないものの可能性もあるってことか」
「正直、本気で考えすぎであって欲しいところだけど、あの人、俺達に声をかける前、汗を拭いながらもすごく嬉しそうな顔をした。そのあと、写真を撮った時もそんな顔だった」
「ああ、だからお前、あの時、俺と同じくらいの祭り好きだって言ったのか」
「そういうことだ……ああ、本当に、嫌な予感しかしない」
修斗が頭を抱えたその瞬間、頭が少しだけモジャモジャした男が笹井の後ろに立ち、そして名前を聞いたあと、警察手帳を出した時点で、さらに修斗は頭を抱えたのだった。
***
祭り会場で横溝という刑事が告げたのは、笹井とともに来たという今竹が、銃で撃たれて死亡し、その犯人が笹井だと容疑を向け、やって来たらしい。その話を受け、そのまま帰りたかった修斗だが、彰も警察関係者。手伝えることは手伝いたいとの言葉を受け、仕方なしに現場まで付いてくると、確かに人が倒れて死んでいた。
「ということで修斗。手伝え」
「はぁ?なんで……」
「早く帰りたくないか?」
「…………」
彰の一言に修斗は溜息をつき、ホテルの扉に背を預け、腕を組み、その状態で荒らされた部屋の惨状をサッと見渡しながら話を聞いていた。
「凶器は拳銃。犯行時刻は夜の8時2、3分過ぎ。犯人はその直後、逃げ去った若い男……間違いありませんな?」
そう言って横溝刑事が問いかけたのは、髪が少し少なめな白髪のおじいさんだった。そのおじいさんはテレビでちょうど祭りの中継が始まったからだから間違いないと肯定を返す。それを聞きながら修斗が見ていたのは、白いものを口につけ、バスローブを着た被害者の近くにいる小五郎とコナンの二人。特にコナンの方を見ていた。
(犯行時刻が8時少し経った時。その直後に犯人が飛び出したなら、まず間違いなく物取りじゃない。物取りだったなら、もっと長時間かけなきゃこんな、服とか全て飛び出した様な状態にならない。つまり、これは殺される前に荒されたと考えるべきだ。そして、あの被害者)
そうしてみるのは死んだ被害者の口元、そしてその奥に飛ばされた歯ブラシの二点。
(アレから察するに、歯磨きをしていた時に殺された事になる。もし別の犯人がいたとして、その犯人が外から堂々と客としてきたなら、普通は歯磨きなんて途中で終わらせてからまねきいれるだろう。というかそれがマナーだ。つまり、そんな姿を見せてもいいほどの間柄と考えるべきだ。となると、犯人はーーー)
修斗はそれを頭の中で素早く考え、笹井を見る。ここまでの間、約5秒。
(後は決定的な証拠が欲しいところだが……さて、この人が突きつけてくるアリバイの中にあることを願う限りだ)
そう考えて、ようやく一息ついた頃、横溝刑事が小五郎に注意をしようとし、しかし小五郎が有名なあの『眠りの小五郎』だと分かると、横溝刑事は尊敬する様な眼差しで見つめ、反対に笹井はまるで『しまった!?』とでも言いたげな焦った顔を浮かべる。勿論、それは修斗も気付いている。
(……そういえば、あのコナンって子供。アレが彰が言ってた子供だろうが……あのあと、調べて見たらハッキングしたりしてみたが、『江戸川コナン』なんて戸籍の子供はいなかった。突然として現れた子供。そしてあの顔立ち。写真だけでしかみてないが、あの工藤新一と同じ。ちょうど、メガネを掛けたらあんな顔になるだろうな……まあ、こんだけあれば、突きつけたら白状するだろうけど……まあ、今はいいや)
修斗がそこまで考えている間に、小五郎が何故か物取りの犯行だと断然しており、その発言を聞いた修斗と彰は頭を抱える。
「しかし、毛利さん。こうも考えられませんか?これは物取りの犯行に見せかけた殺人で、犯人はこの部屋で被害者と一緒に泊まっているーーー」
そこで横溝刑事が笹井に顔を向ければ、笹井は迷惑そうな顔を浮かべて反対意見を述べる。
「おいおい、冗談じゃない。犯行は8時ごろだったんだろ?だったら私にはちゃんとアリバイがある。同じ時刻にあの天下一夜祭りに行っていたんだから」
横溝刑事がそれを聞き、あり得ないような顔色を浮かべるが、笹井の言葉は止まらない。
「そこで毛利さん達と会ったんだよ……そうですよね?」
そこまで修斗は横目で見ていたが、少しだけ口を開く。
「けど、俺たちとあんたが会ったのは祭りの後半部分。しかもあの一の文字が点火されていた時だ。しかもあんた、俺が見た限り、結構焦ってたよな?」
「なに?それは本当ですか?」
横溝刑事が修斗の言葉を聞き、そう笹井に問えば、笹井は少し焦った様子を見せる。が、修斗は一瞬ながら気づいた。
ーーー笹井からほんの一瞬だけ、憎悪の目を向けられたことに。
(…………)
「そ、それは君の見間違えじゃないかい?私は最初からいたんだよ。嘘だと思うんなら、これを現像してみればいい」
笹井がそう言って取り出したのは使い切りカメラ。あの祭りでも使われていたカメラである。
「これに私のアリバイが写っているはずだ」
横溝刑事がそれを受け取り、部下に指示を出す横で、修斗は静かに目を瞑って、その部下が戻ってくるのを待っていた。
「全く、彼の言葉なんかに振り回されるなんて……小五郎さんからの言葉なら兎も角、彼はその手で有名なわけじゃないんですから。子供の戯言です」
「いや、俺もう28……」
「精神的なと言いたい皮肉じゃないか?」
「皮肉には皮肉で返してやるべきか?」
「やめておけ、拗れるぞ」
修斗が彰と会話をしていると、そこで部下が数枚の写真を持って帰ってきた。それを全員で見てみると、そこで蘭がある写真に気づき、少しだけ嬉しそうに見せつけた。その写真には、コナンが持つピンクのうさぎの耳が写り込んでおり、それは確かに蘭が撮ったことの証となるものだ。
「ああ、そうそう。ちょうど一の文字が点火された時に笹井さんと会ったんです」
修斗がそこに混ざり、写真をサラッと見ている中でも話は進む。
「しかし、一の文字が点火されるのは8時40分過ぎだ。犯行時刻は8時2、3分。車を飛ばせば40分でホテルから祭りの会場まで行けると思うが……」
そこで小五郎がとある写真を見て何かに気付いたのか横溝刑事に疑問を投げかける。
「横溝刑事、最初の天の文字はどのくらい燃え続けるのですか?」
「大体そう、8時25分くらいまでですが……」
それを聞き、小五郎が見せた写真は、ちょうど『天』の文字をバックに写真に写っている笹井の姿。しかも右手のピース付き。
「これは彼が遅くとも8時25分前に祭りの会場にいたことを示しています。犯行時刻は8時ごろ。どんなに飛ばしても8時25分にはーーー」
「いや、犯人はその人だ」
小五郎の言葉を遮るように出されたその言葉は、その場の全員に注目の視線を貰うには十分なほどのものだった。
「どうしてそう思うのかね?ーーー修斗さん」
横溝刑事が修斗にそう問いかければ、修斗は既に部屋の壁に背を預け、また腕を組んだ状態で目を瞑っていた。その目を片目だけ開け、修斗は写真を見る。
「その写真……本当に、今日、撮ったんだな?」
そう言って笹井に問いかければ、笹井は遂に怒りを表に出し、叫ぶ。
「だから!そうだと言っているだろ!!君がどれだけ勘が鋭くとも、時間を操ることなどーーー」
「あんた、出来てるじゃないか。時間を操ることが」
「……はぁ?」
そこで横溝刑事が素っ頓狂な声を上げるが、修斗はその顔を見て笑みを浮かべる。
「ああ、失礼。少々言葉が足らなかったですね。彼は時間を操ることが出来るのですよ。といっても、彼だけしか出来ない事じゃない。俺達全員、やろうと思えばできる事だ」
「と、言うと?」
修斗はそこで初めて小五郎の近くまで歩き、その写真を受け取ると、話し始めた。
「まあ、まず、この現状だが……これだけ物が溢れてんのは、あんたが物取りの犯行に見せるためだ。現に、犯行があった時間からすぐに若い男が出てくるところが目撃されている。そんな短時間じゃ物取りはできない。何より、その人の口には歯磨き粉が付いてて、その先には歯ブラシが落ちてる」
その説明で全員が一度、遺体の様子と歯ブラシを見たのを確認した修斗は話を続ける。
「その状態で来客があったとして、歯ブラシを咥えたまま扉を開くなんてことは普通はない。というか、マナー違反だ。大人の恥だな。となると、被害者は歯を磨いている時に殺されたことになる。そんなこと出来るのは、相当な間柄……あんたしかいないよな?笹井先生?」
修斗がそこで冷たい目で笹井をみれば、それはさらに笹井を怒らせる材料にしかならなかったようで、遂には胸ぐらを掴まれ、怒鳴られる。
「だから!私には犯行は不可能だ!君が今持っているその写真がその証拠。これが私があの祭りにいたと証明するーーー」
「あんた、去年も来てたんだろ?それも、同じ服装で」
「……はっ?」
そこで笹井は驚いた顔を見せるが、修斗はその間に冷静に笹井の手を服から外させ、続ける。
「これ、あんたが去年、もしくはそれよりも前に撮ったものだったんだろ?そこで一度止めて、そして今年、またこれを使った」
「そ、そんな証拠、どこにあるというんだね!?私を馬鹿にするのも……」
「あんたさ、確か、今日、時計を忘れたんだよな?」
修斗がそう問えば、ほんの少しだけ冷静になった笹井が頷く。それを修斗は見て、トドメを刺しに行く。
「あんたの左手首、そこにあんたは時計をつけてたんだろ?だけど、この写真を見てみれば……あんたの手首が全て日で焼かれてる。おかしいよな?それとも、腕時計の部分だけ日で焼けた部分を治したとか?もしそうなら、是非教えてもらいたいな……どうやって戻したのか」
修斗の言葉、それは決定的な証拠であり、何より言い逃れなどできない証拠である。笹井先生もそれを理解し、負けを認めた。
「……負けたぜ、小僧。一年前、私は今竹を抹殺することを決意した。奴に変わって文芸の頂点に立つためにな。……そう、一年前。文芸時代、メインは私の作品でいくことに決まっていたんだ。だが編集部はギリギリになって持ち込まれた今竹の企画に飛びついた。今竹の方が名が通っていたからな。……私にとっちゃ、あの連載は作家生命をかけた最後の作品だったんだ……。なのにあいつは!そんな俺を嘲笑うかのように横取りしやがったんだ!」
そこで壁にまた背を預け、腕を組んで静かに聞いていた修斗が溜息をつく。
「はぁ……そんなことで……」
「そんなことだと!?」
修斗のその言葉は笹井を激昂させるには十分だった。
「お前みたいな奴には分からないだろうが!俺にとって、その作品は本当に大切なものだったんだ!それを横取りされた気持ちなど、お前には分からんだろうな!」
「…………」
修斗はその言葉に何も言わなかった。笹井はそんな修斗の様子に少し鼻で笑った後、諦めた様子で手錠を嵌められ、部屋から出ていく。その最後に、蘭に声を掛けた。
「お嬢さん、今竹がこの前、直本賞を受賞したあの作品……あれは昔、私と今竹が組んで書いてた頃に二人で考えた話だったんだ」
その言葉の最後に、笹井は「誰も信じちゃくれない」と言って、出て行ってしまった。
***
修斗と彰がホテルから出て車で帰ろうと歩いていた時、その背中に幼い声を掛けられた。
「ねぇ、修斗さん」
「……兄貴、先に行っててくれ」
「……分かった」
彰は修斗の言葉に深くは聞かず、車を取りに行く。そして修斗はそこで漸く振り向き、コナンに向き直る。
「それで?坊主。俺に何の用だ?」
「修斗さんは、いつからあの人を疑ってたの?……あの頭の回転なの速さ、少し異常だと思う」
「……異常、ね」
その言葉に修斗は自嘲の笑みを浮かべる。
「疑うも何も、最初は事件が起こっていたことなんて知らなかったからな……正直、どこでと言われたら、まあ……最初からと答えておこうか」
「さ、最初から?」
コナンが驚いたように目を見開けば、修斗はポケットに手を突っ込みながら答える。
「ああ、最初から。あの人と会った時からだ。ただ、最初は結構焦ってる様子に、ただの祭り好きで、もうそろそろ終わるから焦っていたんだと思ったが……」
「実際はそうじゃなかった」
「ああ。現に、俺にあのペンだこの事を指摘された後、あの人は俺を警戒しだした。それだけで終わってくれるなら良かったが、それで終わらず、結果は事件が発生していた」
「…………」
「あの人、本当に最初からおかしかった。あの上着も、暑いなら脱げばいいものを、そうしなかったのは……」
「……あそこにいたという証拠のため?」
「ああ。まあ、俺がそう考えてるだけで、あの人の考えてる事を完璧にあてることなんて、世の中の誰も出来やしないがな」
「……そうだね」
コナンはその答えに満足したのか、そこで漸く離れようとした。その時、
「……ああ、そうだ坊主ーーーいや、工藤新一」
「!?」
その名前にコナンは慌てて修斗を振り向けば、修斗は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ふーん、やっぱりそうなのか」
「な、なんのこと?僕、わかんない……」
「焦ったように子供の真似をするのは、お前が隠し事をする時、それも自身の正体を隠すための仮面」
「!!?」
「それに、俺があそこで推理しなきゃ、お前がやってたんだろ?」
「ど、どうやって?」
そこで修斗はコナンに近付き、その腕時計を掴む。
「わっ!?な、何!?」
「睡眠針を仕込ませるなら、こういう腕時計」
「っ!?」
「そして、声に関してはお前が今身につけてるその蝶ネクタイ……違うか?」
その修斗の追求にコナンは焦り始める。正直、ここまで最速でバレたことなど、彼の中では一度もなかった。そもそもどこからミスをしたのかも分からない。どこから修斗に、目の前にいる男にヒントを与えてしまっていたのかも分からない。それほどまでに、今のコナンから見た修斗は、すでに敵わない相手となっていた。
「それに、工藤新一が消えたのとほぼ同時に『江戸川コナン』という分かりやすく偽名と捉えられても仕方ない、戸籍情報すらない存在が現れたら、こっちとしても疑いたくなる」
「なっ!?こ、戸籍なんてどうやって!?」
「さあな?教えてやんねぇよ」
修斗がそこで腕時計から手を離すと、目を合わせる。
「正直、お前がどうして小学生に逆戻りしてるかなんて、俺には考えても分からんことだが……だがここまで考えて、お前が工藤新一である事は間違いないと思っている。もし違うってんなら、どうして戸籍情報がないのか、教えて欲しいんだが?」
修斗がコナンの目を見てそう問えば、一瞬の間が開き、コナンが口を開く。
「……そうだよ。俺が工藤新一だ。……にしても、本当によくわかったな。戸籍情報はハッキングか何かしたのか?」
「何だ、簡単に認めたな。戸籍情報の件は……どう思うあはお前に任せるわ。取り敢えず、俺はもう帰んないといけないしな」
そこで漸くコナンに背を向けて歩き出す修斗。コナンはその背中に声をかける。
「今度は、絶対に負けねぇからな!」
修斗はそれには答えず、後ろ手に手を振って去って行ったのだった。