とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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今回は哀ちゃん登場!私、哀ちゃんも大好きなので書けて嬉しいです!

*この話はアニメでも結構長かったので、大学教授殺人事件からは後編とさせていただきます。


第15話〜黒の組織から来た女 大学教授殺人事件・前編〜

この日の帝丹小1年B組では、とある噂でみんな持ちきりだった。

 

「ねえ!今日、ここクラスに転校生が来るんだって!」

 

「本当かよ?」

 

「ふーん、転校生なんて咲さん以来ですね!」

 

「どんな子かな?」

 

「かわい子だったらいいな〜!」

 

「いえいえ。男でも女でも、まずは性格が一番ですよ!」

 

「ねえコナンくん!咲ちゃん!」

 

そこで歩美に二人の名を呼ばれ、二人は顔を上げる。歩美は二人に転校生はどんな子かという質問をしてきた。それにコナンはガリ勉タイプのムッツリ君かもという予想に咲は苦笑い。子供で既にムッツリというのは如何なものかと思ったが、それを口にはしない。歩美は次に先に顔を向け、咲は予想出来ないが女の子なら嬉しいとだけ返しておいた。

 

「歩美、職員室でその子見なかったのか?」

 

元太のその質問に歩美は顔は見てないが名前なら聞いたらしい。苗字は『灰原』らしい。

 

(灰原、か……変わった名前だな)

 

「変わった名前だな。でも、コナンよりマシだな」

 

その元太の言葉にコナンは少し拗ねた顔を向ける。そこで扉に手をかける音が聞こえ、そちらに顔を向ける。そして扉が開いた先にいたのはーーー。

 

(……え)

 

咲はその時点で目を見開いた。どうにも見知った顔がそこにいるからだ。まだ組織にいて『先生』がいた頃、本当に何度かだけだが顔は見たことがある。あの頃はまだ直接的にあの薬の開発に携わっていたわけではないが、既にその頃からその天才的な能力は開花しており、先生を経由して顔合わせをしたことがある程度だったが、それでも咲は覚えていた。あの『SHERRY(シェリー)』の顔を。

 

(……どうして彼女が?……それとも他人の空似?)

 

咲のその様子にコナンは気付き、話しかける。

 

「おい、どうした?咲。知り合いか?」

 

「……え、あっ、えっと……似てるだけかも……」

 

(彼女の名前は『灰原』ではない。けど、もし私と同じく体が小さくなってしまったのなら……)

 

そこで咲は灰原と目があった。その瞬間、灰原の目が丸くなり、しかしそれはすぐに平常に戻ってしまった。しかしそれを見逃す咲ではない。つまり、彼女は他人の空似ではなく、本人なのだ。

 

(……だが、なぜシェリーが?)

 

「はーい!皆んな!席について!」

 

彼女はそこでもっと彼女本人だという証拠を掴みたくて、耳を澄ました。彼女の特技は『聴力が鋭い』ことだが、それを使ってもう1つ彼女には出来ることがある。

 

「はい!今日から皆んなと勉強することになった『灰原 哀』さんです!皆んな、仲良くしてあげてね!」

 

それに元気な返事を返す子供組。そこで灰原の席を決めようとした時、元太が隣が空いてると言い、そこに向かって歩き出す哀。その足音を咲は聞いている。そして覚えてる限りで『シェリー』の足音を思い出す。そう、彼女は人がたてる『足音』でも人を判別することが出来るのだ。そしてその結果、彼女の中で間違いなく、子供の頃に会った頃と同じ足音だと判断を下した。

 

(なんで……)

 

しかし元太が開けた席を通り過ぎ、彼女は江戸川の隣に座った。それは奇しくも彼女の前の席だ。

 

「よろしく」

 

「あ、ああ……」

 

(なんでなんだ……シェリー)

 

そこで授業が始まった。授業の間、咲はその内容を聞いてはいたが、やはり頭の中では哀の事を考えていた。

 

(彼女が私を見つけて驚いた表情をしたという事は、取り敢えず組織に体が小さくなった事はバレていないということ。けれど、なぜ彼女が……姉が亡くなったからというのが一番しっくりくる理由だな)

 

咲は姉の明美とは今は抜けてしまった黒髪ロン毛のスナイパー経由で会ったことがある。以降、彼女は積極的に話しかけてきてくれたのだが、それでも彼女の中で心の拠り所になる事はなかった。なぜなら明美を見て、その後ろに『先生』を思い出してしまうからだ。だから、彼女からは明美に進んで会いに行く事はなかった。しかし、この前の新聞で彼女が死んだ事を知った時、珍しく大泣きしてしまったのを彼女は覚えている。

 

学校の授業が終わり、咲は帰ろうとしていた。しかしそこで歩美が一緒に帰ろうと誘い、そして哀にも一緒に帰ろうと誘っていた。しかし哀は歩美を一見したあと、そのまま歩いて行ってしまう。

 

「ほっとけよ、あんなツンツン女」

 

「でも……」

 

それでも仲良くしたいからか光彦が話しかける。家は何処なのかと聞くが無言。歩美が送っていてあげると言えば、彼女は立ち止まる。

 

「米花町2丁目22番地。そこが今、私が住んでいる場所」

 

その場所にコナンは反応する。何故ならその住所はコナンの家の近所なのだ。しかしその近くに新しくできたアパートやマンションはない。そして『灰原』と名前の表札もなかったとコナンは記憶している。そんなコナンの様子に哀は笑顔を向け、コナンは目をパチクリさせる。そんな一時停止してしまったコナンに元太は哀が好きなのかと囃し立ててくるが、コナンは絶対に違うと断言する。そんな哀の様子を咲はジッと観察していた。

 

そして昇降口に辿り着く頃、少年探偵団の事を話せば、哀は反応する。

 

「少年探偵団?貴方達が?」

 

「ええ。皆んなから依頼される難事件を解明する為に日夜、奮闘してるんです!」

 

「灰原さんも一緒にしようよ!」

 

灰原は靴を地面に下ろし、コナンと咲を見る。

 

「江戸川くんと……」

 

「……月泉咲だ」

 

「月泉さんも入ってるの?」

 

それに元太はコナンの頭に手を置き、彼を揺らしながら子分のようなものだと言う。

 

「依頼の受付は、元太くんの下駄箱よ!」

 

歩美が笑顔でそう教える。そこに依頼書を投函する事になっており、元太は先生には内緒だと言った。しかし残念ながらそれは暴露ている。

 

「毎日毎日スゲーんだぜ?謎を抱えた奴らの手紙がドサーッと……」

 

そう言って下駄箱を開ける元太。しかし其処には彼の靴しか置かれていない。

 

「あれ、入ってない……はははっ!いつもはもっと入ってるんだけどよ、今日はたまたま!」

 

(ははっ、いつも入ってねーじゃねえか)

 

そこでコナンは早く帰って公園でサッカーでもやろうと彼らを誘う。それに歩美達は直ぐに出る準備をする。元太もまた急いで靴を履こうとしたが、そこで右の靴の中に違和感を覚え、中を見てみればその中に依頼書が入っていた。

 

「あったー!依頼書だ!!」

 

「え?」

 

「本当!?」

 

その紙を広げて読めば、依頼人は放課後、1年A組で少年探偵団を待っているらしい。それを聞き、直ぐに移動の準備を始める四人。歩美だけはそこで一度立ち止まり、振り向く。

 

「ほらっ!灰原さんと咲ちゃんも早く早く!」

 

それに二人は頷き、後について行く。そこで咲は小声で灰原と会話をしてみることにした。

 

「……お前、シェリーだろ?」

 

「あら、なら貴方はやっぱり?」

 

「ああ、お前の考えてる通りのコードネームだ。しかし……もう私には関係ないんだ」

 

「……貴方、その罪から本当に逃れられると思ってるの?」

 

「……いや」

 

そこで初めて咲は憂いの目をし、顔を俯かせた。それを哀はジッと見て、一言だけ言葉を投げかける。

 

「……貴方の『先生』のこと、私は悪いと思ってるの」

 

「いや、あれはお前のせいではない。アレは全部……」

 

「……行きましょう。怪しまれても困るもの」

 

「……そうだな」

 

そして約束のクラスに辿り着き依頼内容を聞けば、どうやら消えたお兄さんを探して欲しいらしい。それを元太は誘拐かと疑うが、光彦は前にも似たような事件があったと思い出す。それは猫探しの話で、元太はそのお兄さんがまさか猫じゃないかと聞く。しかし猫ではなく10歳上のお兄さんらしい。そのお兄さんは一週間前の夕方、少し友達の家に行ってくると言って出て行ったきり帰ってこないらしい。

 

「警察の人も探してるけど、全然見つからなくて……君達ならなんとかしてくれるって思ったから……」

 

それが真剣なものだと理解し、脅迫電話などは掛かってこなかったのかと光彦は問い掛ける。しかしそんなものは来てないと言う。

 

「ただの家出じゃねえのか?」

 

「兄ちゃんが家出なんてするわけないよ!!だって、だって……だって、お兄ちゃんと僕、仲が良いんだよ?」

 

その返答に少年探偵団4人はポカーンとなる。

 

「しかし、お兄さんにも都合っていうものがあるのかもしれませんしね……」

 

それを聞いて依頼人の少年は反論出来ずに口籠る。そんな少年の様子を見て、コナンは取り敢えず家に行ってみようと提案する。

 

「え?」

 

「話はそれからだ」

 

「……ありがとう」

 

そこまで様子を見ていて少年探偵団の男3人が出て行き、歩美は哀の手を握ると声をかけてから引っ張って行く。その後に続いて咲も後をついて行く。そんな彼女の様子を見て、哀は歩美に聞くことにした。

 

「ねえ。どうして彼女の手は取らなかったの?」

 

「え?」

 

それに歩美は少しキョトン顔になるが、眉を下げて答える。

 

「……咲ちゃん、人に触れられるのが苦手みたいなの。黙って握っちゃうと払われちゃうの」

 

「そう……」

 

それに哀は特に驚いた様子はない。彼女に会った時はまだ問題なく触れていたのが、暫く経って彼女と会った時、彼女に触れれば彼女にその手を払われてしまったことがあるのだ。その後、彼女からは謝罪をもらい、理由も聞いている。だからこそ、哀はそこまで驚きはしない。

 

少年の家に辿り着けば、家の前にパトカーが一台止まっていた。その家が少年の家と説明された時、小学生3人は本物のパトカーを目にしてはしゃぐ。

 

「スゲー!」

 

「これ、パトカーのスタンダードですよ!でもやっぱりパトカー用にしっかり改造してありますね!」

 

「そうなのか?無線装置ってどれだ?」

 

「助手席にあるやつですよ!」

 

「アレでうな重の出前頼めるかなー!」

 

そんな子供達のはしゃぎ様にコナンと咲は呆れ顔。その時、家の玄関から扉が開く音が聞こえた。そしてそこから男の人の声と「署に連絡を」という言葉が聞こえたことから警察の人が出て来た様だ。開けたのはこの家の人だろう。

 

「ご苦労様でした」

 

その女性の声から開けたのは母親の方だと察した咲。そして警察が出て来た所で元太と光彦が敬礼し、子供達が家に入る。

 

「あら『俊也』。お友達?」

 

それに俊也は頷き、子供3人が母親に挨拶する。それを受けて母親は子供達を中に入れてくれた。

 

「俊也、何か出そうか?」

 

「あ、構わないでください。すぐお暇しますので」

 

コナンのその言葉に母親の顔色は晴れないまま、キッチンにいると言葉を残し去って行く。

 

「ああ、ごめん。母さん、今お兄ちゃんのことで頭がいっぱいなんだ」

 

その様子を咲はジッと見ている。自分の時も母親はこんな感じだったのだろうか、と考えていたのだ。

 

俊也の案内でお兄さんの部屋に入り、捜査を始めることにした。その部屋の中はとても綺麗に整頓されており、この中で手掛かりを探す為に4人はランドセルを下ろし、捜査開始。咲も捜査を始めるが、チラチラと哀の様子を伺う。それに気付いた哀は手を軽く振り、気にしなくてもいいと返す。その考えを正しく読み取ることが出来た咲は1つ頷き、手掛かり探しに集中し始めた。その時、光彦達が声を上げ、何を見つけたのかと見れば靴を発見していた。それも超プレミアム価格のエアシューズだ。

 

(オメー等、なんか勘違いしてねえか?)

 

コナンは取り敢えず、あまり引っ掻き回すなよと注意すれば、でもこれでライド物に詳しいと分かったと光彦が言う。そうなのかと俊也に確認して見たが、それは分からないと答えられ、その靴は俊也も貰っていると言えば大人しく靴を直し始めた。そんな2人の様子に哀はクスリと笑う。その哀に気付き俊也と咲が顔を向ければ、彼女は肩を竦めて視線を戻す。その視線の先にいたのはコナンだ。それから暫く探し続けたが何も見つからない。

 

「おいコナン、こんな所探し続けても何もわかんねーよ。なあ、やっぱり家出なんじゃねーか?」

 

「いや、それはないな」

 

そう言って勉強机の引き出しから出したのは財布。それを俊也に確認すればお兄さんの物らしい。

 

「なるほど。家出するのに財布を持たずに出るのはおかしいな」

 

「じ、じゃあお兄ちゃんは……」

 

「事故か、あるいは何かの事件に巻き込まれているか……」

 

歩美はその間も手掛かりを探し続け、ベッドの下にキャンバスを見つけた。それを取り出し、歩美は1つの絵を持つ。

 

「あはは!何これ!変な絵!」

 

しかしコナンと咲、哀は気づく。それがピカソの絵であることを。

 

「誰よこの変な絵描いたの!」

 

「……ピカソ」

 

哀の呟きを拾った歩美は哀に顔を向けた。その時に光彦が元太と歩美の間から顔を出し、感嘆の声をあげる。

 

「うわぁ!本当にピカソの『泣く女』の模写ですよ!」

 

「ゴッホ、モネ、ゴーギャン、ユトリロ」

 

「どれもこれもソックリです!」

 

「それ、みんなお兄ちゃんが描いたんだ。お兄ちゃん、高校の美術部で人の真似して描くの上手かったから」

 

それで元太が誘拐されて絵を描かされてるんじゃと可能性を声に出す。それに咲は否定出来ない。それほどまでの模写の上手さなのだ。プロの鑑定人でも呼ばない限り、見分けがつかない程に。しかしその可能性はコナンに否定される。

 

「確かにデッサンはしっかりしてるが、色遣いやタッチはまだまだ甘い。贋作の域には入ってないさ。それに、金目当ての誘拐もないな」

 

「そうだな。それをするなら高校生の男より……私たちみたいな小さな子供の方が攫いやすい。抱え上げれば抵抗なんて出来ないんだからな」

 

その感情を込めた言葉にコナンは疑問に思うが頷く。しかし咲が小さく体を震わせていたことには気付かないまま話を続ける。

 

「それより気になるのはこの絵だ」

 

「あれ?この人どっかで……」

 

その絵に描かれていたのは日本人なら誰もが一度は見たことある髭を生やし、スーツを着た七三分けの男『夏目漱石』だ。

 

「うん、お兄ちゃん、漱石の大ファンなんだ。その絵気に入ってて、街の展覧会に出したくらい」

 

それに感心の声をあげる歩美。

 

「でも、写真の真似だから、展覧会に来た人はみんな文句ばっかり吐けてたよ。褒めてたのは変な女の人ぐらい」

 

「変な女?」

 

それに俊也は広いふちの帽子を被った、上から下まで真っ黒な女の人だと答え、それにコナンは反応する。

 

「おい、いつだ!いつ会ったんだ、その女と!?」

 

「と、10日くらい前だよ?」

 

「女の他に、黒服の男はいなかったか?」

 

ここまでくればコナンが必死になる理由を察し、漸くコナンも同じく小さくなった者だと理解した咲。横目で哀を見れば、哀は小さくクスリと笑い、頷く。

 

「いたよ、2人」

 

(まさか……)

 

そんなコナンの様子を心配する歩美。しかしコナンは気付かない。今、コナンの頭の中にはあの黒ずくめの二人組が頭の中に浮かんでいるのだ。

 

「おいっ!この近くでお兄さんが行きそうな場所に案内してくれっ!」

 

「え?」

 

「財布も通学用の定期も机の中。自転車も玄関にあった。お兄さんはこの近くに呼び出されて連れ去られた可能性が高い!」

 

そこで漸く光彦は理解する。そう、この近くを調べれば、何か分かるかもしれないのだ。そこでコナンは俊也の腕を引き、駆け出す。その後を歩美達も追いかけ、咲と哀だけはその後ろ姿をジッと見つめ、歩いて追い始める。俊也の案内でまず来たのはカフェ『サンバ』。一週間前の夕方に黒ずくめの女かお兄さんが来たかを聞けば、来てないんじゃないかとコップを拭きながら答えられる。その人はずっとお店にもいたらしく、証拠としては申し分ない。次に案内されたのはゲームセンター。しかしその中にもおらず、次はデパート。案内所の女性に聞いてみたがやはり知らないと首を振られる。そして黒猫がいた路地裏、公園に行くもやはり情報はない。そして画材店にも訪れたがやはり情報はなかった。そう、一週間前の夕方、お兄さんを見かけた人は誰もいなかった。しかしこれはとっくに警察もやっていることである。ーーーそう、コナンは焦っていたのだ。

 

(手がかりはないのか?なにか、もっと別の……なにか)

 

そこで歩美がコンビニに寄りたいという。流石に走り回って皆んな喉が渇いたのだ。そして冷房が効いたコンビニに入れば、コナンの後ろの方からタバコを買う人が1人。銘柄は『セブンマインド』。それに気付きコナンがその男に顔を向けた。その男は千円札を使ってタバコを一つ買い終え、そのまま出て行く。少し暗めの服を着た男だった。

 

「どうしたの?コナンくん」

 

「千円札でタバコ一個。妙だな……」

 

「小銭がなかったんじゃねえの?」

 

その元太の最もな答えに千円持ってるなら店の前の自販機で買えると言う。そう、態々レジに並んで買う必要はないのだ。

 

「きっと欲しいタバコが売り切れだったんですよ」

 

その光彦の言葉にしかし納得せず、コナンはレジの女性に先ほど男性が使った千円札を見せて欲しいと頼む。それに目をパチクリさせる女性にコナンは必死な形相でもう一度頼むと強引にレジの中の札を取る。そしてその札を一枚取り電気に透かしてみる。しかしその札に透かしはなかった。

 

「やっぱり、今の男……」

 

「もうっ!なんなのこの子!」

 

レジの女性は怒っていたが、それにコナンは気付かない。コナンの様子がおかしい事に気付き、光彦が代表で聞けばそれに返答をせず、女性に謝る事はせず、しかし警察に連絡するように言う。

 

「それ偽札だよ」

 

それにレジの女性は驚き、コナンを止めようとしたがもう出た後。歩美達も慌てて追いかける。コナンはその間に先ほどの男を見つけ、尾行を開始する。この男についていけば、もしかしたら彼が求めた黒ずくめの2人がいるかもしれないのだ。

 

コナンに歩美達は大きな声で名前を呼ぶ。しかしコナンはそれに返答せずに尾行に集中している。しかしそんなの関係なしに大きめの声でコナンに問いかけ続ける。

 

「なんだよ?さっきコンビニで言ってた偽札って」

 

そこでコナンは静かにするように人差し指を立て、男の様子を伺う。

 

「あの男、千円札を使ってタバコを買ってただろ?店の前に自販機があるのに態々レジに並んで。つまり、あの男は機械に通さない千円札を使いたかったんだよ。人間の目なら欺きやすい、偽札をな」

 

「で、でもそれ、お兄ちゃんがいなくなったのと全然関係ないじゃない」

 

その俊也の言葉にコナンは関係大有りだと言う。そう、お兄さんが買いた絵の中には、ある人物の肖像画もあった。そう、夏目漱石だ。

 

「そういえば、千円札は夏目漱石!」

 

「じ、じゃあ、お兄ちゃんは……」

 

「もしかしたら、画力に目を付けられ、何処かで監禁され、偽札造りを手伝わされてるかもしれないな」

 

そこでコナンは口をそのまま滑らせてしまう。そう、自分の体を小さくしたあの黒ずくめの、と。

 

「体を小さく……?」

 

それでコナンはハッと我に返り、コナンは嘘だと歩美達に言う。歩美達を揶揄っただけだと。しかし頭の中では歩美達の心配をするばかり。

 

(弱ったな。こんな危険な事件にこいつらを関わらせられねーし、このままだとあの男を見失っちまうし……)

 

そこでコナンは発信機を男に貼り付けるために走り出し、コナンは男に声をかける。

 

「お兄さーん!落し物だよ!……この千円札、お兄さんのでしょ?」

 

男はそれに焦り顔を浮かべ、コナンから千円札を奪い取る。そこで歩美達が合流し、男は走り去る。コナンはそこで男がお金を落としたからそれを渡すために追いかけていたのだと言う。それに元太達は簡単に騙されてくれた。

 

「でもどうすんだ?お兄さん探し」

 

「もう日も暮れちゃったし……」

 

「また改めて探すしかないですね」

 

そこでコナンが光彦達に俊也の家からランドセルを取りに戻るように言い、コナンは寄るところがあると言って手を振って去っていく。それをジッと見ていた咲と哀。子供達が俊也の家に戻ろうとするが、その2人だけはその場に立ち止まったまま。

 

「咲ちゃん、灰原さん!置いて行っちゃうよ?」

 

コナンはと言えば千円札に貼り付けていた発信機で男の後を追う。そして辿り着いたのは米花駅の売店。そこで止まったままという事はつまり、発信機付きの千円札を使ってその売店で缶コーヒーを買ってしまったのだ。

 

「無愛想だし、千円札に変なシール付いてたし、変な男だったよ」

 

「その男の人、どっちに行ったか分からない?」

 

コナンが売店のおばさんに聞けば、おばさんは売店のすぐ近くの公衆電話を使っていたと言う。それにコナンは驚きで声を漏らす。

 

「電話機の上に小銭積み上げて、それが全部なくなるまで暫く電話してたよ。10分くらいだったね……」

 

「ねえ、もしかしてコーヒーのお釣り、100円玉と10円玉にしてくれって言われなかった?」

 

しかし売店でちょうど100円を切らしてしまっていたようで、500円玉を混ぜて890円渡したらしい。

 

(あの男がコンビニでもらったお釣りは770円。500円玉1枚と100円玉2枚と50円玉1枚に10円玉2枚。売店のお釣り890円を合わせると、電話で使えたのは、100円玉5枚と10円玉11枚、610円)

 

男が元々小銭をいくらか持っていた可能性も入れると、それ以上はあったのだろう。

 

(約10分で610円以上……長距離電話?)

 

そこでコナンは電車に乗ってどこか遠くに行ってしまった可能性を考えた。しかし、公衆電話から携帯電話に掛けても距離は縮む。まだそちらの可能性もあるとコナンが考えたとき、清掃のおじいさんが黒い帽子の男の知り合いかとこえをかけてきた。それにコナンは少しぎこちなく頷けば、清掃員の男はコナンにその男に渡すように言って50円玉を手渡した。

 

「50円玉?」

 

「あの男、慌ててたから券売機から出たお釣りの50円玉を取り損ねたんじゃ」

 

コナンはどこの券売機かと聞けば、東都線の券売機だと答えられる。さらにどのボタンを押したか分かるかと問えば、流石に分からなかったらしいが500円玉を一つ入れてお釣りがジャラジャラ出て来たのは見えたらしい。しかしその時は男の足元にあったゴミが気になって其処までは見ていなかったらしい。其処まで聞いてコナンは男を追いかけると言ってその場を離れる。そこでコナンはジャラジャラという表現から小銭3枚以上だと考え、500円玉を入れ、50円玉を含むお釣り3枚以上出てくる駅はと見て、ふっと笑う。

 

(500円−320円で答えは100円玉1枚に50円玉1枚、10円玉3枚の計5枚。お釣り180円が出てくる大渡間駅!)

 

そのまま大渡間駅に辿り着いたが、しかしそこから情報が全く取れない。黒い帽子の男を覚えている人がいなかったのだ。

 

(これからどうする?奴らの目的は偽札造り……取り敢えず、不動産屋でも当たってみるのが筋か)

 

そこでコナンは根岸不動産を訪れ、倉庫か何かないかと聞けば、不動産で働いてる男が訝しげにデータの本を開きながらコナンを見る。

 

「倉庫?」

 

「うん。人目につかない、町外れの何をやっても怪しまれない倉庫を誰かに貸してない?」

 

それに男は最近、倉庫は誰も貸してないと言う。もしかしたら何年も前の可能性もあるとコナンが言えば、男は本を閉じ、コナンの頭に手を置き、叱る。

 

「たくっ、仕事の邪魔だ。早く友達連れて帰んな」

 

「友達……?」

 

そこで男が店の入り口を指差す。コナンもそれに習って後ろを振り向けば、其処には別れた筈の俊也と探偵団一行がいた。小学生3人は窓に顔を貼り付けてコナンをジト目で見ている。

 

「お、オメー等……」

 

そこで全員店の中に入ってきた。

 

「いつもいつも同じ手に乗るかよ!」

 

「抜け駆けは君の得意技ですからね!」

 

「な、どうしてここが?」

 

そこで光彦が哀と咲に言われてコナンの後を付けてきたのだと言う。

 

「コナンくんは私達を追っ払って1人で追跡する筈だからって!」

 

コナンはそれで哀と咲に感心したような声を心の中で呟く。その間に俊也は不動産の男に小説家の人は住んでないかと聞けば、コナンはなんだそれはと俊也に問いかける。それに俊也は兄がいなくなった後、一度だけ家に電話してきていたらしい。

 

「なにっ!?」

 

「そう言うことは早く言えっての!!」

 

「電話とったのはうちのお婆ちゃんなんだけど、耳が遠いし、お兄ちゃん早口で何言ってるか分かんなくって……ちゃんと聞き取れたのは『漱石みたいな人達と一緒にいる』って言葉だけだったって」

 

「漱石みたいな……人達といる?」

 

コナンはそこで漱石のあの絵を思い浮かべ、漱石という単語を頭の中で繰り返す。

 

「その事、警察の人達に言ったんですか?」

 

「言ったよ!でも、いくら探してもそんな人いないから……お婆ちゃんの聞き間違いか悪戯電話だったんじゃないかって」

 

「でもお兄さんって漱石って人のファンなんでしょ?」

 

「だったら心配いらねえんじゃねえの?」

 

「でも、お兄ちゃんの声震えてて、途中で電話切られちゃったってお婆ちゃんが……」

 

それでコナンは犯人の目を盗んで電話を掛けたが、しかし見つかって切られてしまったのだと理解した。

 

「そういえば、漱石似の男ならこの近くに住んでるぞ」

 

そこで男がそう言えば子供達が反応する。その男は本屋で働いており、あだ名は『千円札』。少年探偵団はその人だと喜び場所を聞き出す。更に連れて言ってくれと頼むが男は断る。しかもやめた方がいいとまで言う。それに疑問を持つ子供達。そして本屋に行き話を聞けば、怒鳴られてしまった。

 

「ふざけるな!!誰が千円札だ!!大人をからかうな!!!」

 

そこで追い出されてしまった。そして大人しくしていた哀と咲は男の悲しみの声を聞いてしまう。

 

「誰が千円札だ。俺はそんな安っぽくねえぞ……なんで漱石は一万円札じゃねえんだ……」

 

(悲しみの理由はそこでいいのか?)

 

咲の感想は口に出されることはなく、追い出された少年探偵団と集合する。光彦と元太は怪しいと言うが、コナンは無関係だと言う。本の倉庫も調べたが偽札を刷る印刷機もなかったと言う。そこで不動産の男から駅前の新聞社が新しい印刷機を入れていたと語る。それにコナンは反応する。

 

「新聞社?」

 

「ほら、交番の横にあるビルの三階にある新聞社だよ。あそこも、2年前にうちが扱った物件さ」

 

「その人達ってどんな人達だった?」

 

そこで男は少しキョトン顔になるが、いつも黒いふちの広い帽子を被った女社長がやってる小さな新聞社らしい。それにコナンと俊也は反応するが、男は刷ってるのは偽札ではなくこの街の情報誌だと言う。しかも幾ら何でも交番の横では刷らないだろうとも言う。それに咲は反応し、考える。

 

(犯罪をするには、まず相手の盲点を突く所が一番大切だ。ならむしろ可能性が高いのはそこじゃないか?)

 

そんな咲に気付いたのは哀のみ。不動産の男はもう夜になっているから探偵ごっこはやめて早く帰れと言って去って行く。

 

「ねえ、その新聞社ってもしかして……」

 

「でも、漱石とはなんの関係も……」

 

「『石に口漱ぎ 流れに 枕す』……漱石がその名の由来にした有名な古事だ。意味は『偏屈』。普通、水の中で口を漱ぎ、石を枕にするだろ?それを逆にするってことは相当な変わり者ってわけさ」

 

「なるほど。普通、偽札を作るなら人目を避けて街外れにしたくなるが、敢えて人目のある駅前の、しかも交番横にその拠点を置いたわけか」

 

「ああ。一見、偏屈な変わり者の行為に見えるが、警察の盲点を着くにはこれ以上の位置どりはない。俊也くんのおにいさんは、きっとこの事を伝えたかったんだ」

 

「じゃあお兄ちゃんは……」

 

それにコナンはニヤリと笑う。コナンの推理通りであれば、お兄さんは新聞社の中にいると言う。その事を交番の警官に言うが、警官は大笑い。子供達の面白い嘘だと信じていないのだ。歩美達がいくら必死で訴えても態度は変わらない。そこでコナンは別の手段を取ることにした。そこでまず歩美達にそこから絶対に動くなと言い、離れた位置にある公衆電話から警視庁の目暮に新一の声で連絡をする。

 

「それと、突入する時は気をつけてください。犯人は人質を取る可能性がありますので」

 

コナンはそこで電話を切る。

 

(黒ずくめの女か……)

 

そこでコナンはあの時、殺されてしまった黒ずくめの仲間だった女、雅美を思い出す。そして子供達はといえばコナンを置いて先に新聞社に突入していた。

 

「ダメよ元太くん!コナンくんが動くなって言ってたでしょ!?」

 

「うるせえな!なんか証拠見つけなきゃあの警官が信じてくれねーんだよ!」

 

そこで元太と光彦の2人は走り、扉の前で聞き耳を立てる。しかし音がせずに扉をそのまま開けてしまった。

 

「アレ?だーれもいねーな」

 

「偽札なんて何処にもありませんね」

 

そんな2人を見て咲は溜息を吐く。哀は元太達の後ろに置いてあった道具を手に取ったていた。

 

「多種類の画溶液……試したのね」

 

「試し?……ああ、あの」

 

その時、咲の耳には誰かが叩かれる音と倒れる音が入ってきた。その音が聞こえた隣の部屋の話を聞くために集中しだした。

 

『勘弁してくれよ、姉御!』

 

『言ったはずだろ。アレは透かしの入ってない試作品。使うなって』

 

『あ、あまりにも出来が良かったから……』

 

そのあんまりな理由に溜息を吐きかけたが、それをぐっとこらえて耳を澄まし続ける。

 

『今に嫌になる程使わせてあげるよ。……こんな出来損ないの夏目漱石なんかより、数段上の福沢諭吉をね。それより、ちゃんと買ってきたんだろうね?指定した画溶液』

 

そこで哀が咲の様子に気付き、邪魔にならないように音を立てないように気をつけながら辺りを見渡す。

 

『ああ、買ってきた。いろいろ試してみたけど、透かしにはこれが一番!』

 

『……ん?おいおい!隣の部屋に誰かいるぞ!』

 

そこで咲は気付かれたことに気付き、声をかける。

 

「おい!気付かれたぞ!!」

 

その咲の言葉に少年探偵団3人は驚きの声をあげる。

 

「げ、元太くん!戻ろうよ!」

 

そんな時、光彦が偽札の透かしを見つけてしまった。しかしそれには両目が入っていない。

 

「おかしいですね、これ、両目が入っていませんよ?」

 

そこで咲は遂に舌打ち。彼女はもう逃げれないことを理解したのだ。気配の位置だけで。

 

「達磨と一緒さ」

 

そこで隣の部屋の扉が開き、銃を構えた女とあのコンビニにいた男が現れた。

 

「願いが叶ったら両目を入れるのさ。そこの偽札が上手にできたらね」

 

「な、なんだよ、お前達……」

 

そこで女は兄弟の感動の対面をさせる為に俊也の兄の姿を見せた。しかし彼は縄でグルグル巻きにされてしまっていた。

 

「俊也!!」

 

「あっ!お兄ちゃん!」

 

「馬鹿!近寄るな!!」

 

そこで咲が俊也を止めるが彼は止まらない。そして兄の元まで走り、そのまま右腕を骨折した男に捕まえられてしまった。

 

「おい、やめろよ!お前ら!」

 

そこで歩美がコナンに連絡をしようとしたがそこであのコンビニの男が歩美を捕まえる。歩美をなんとか解放させようと元太と光彦が抵抗し、歩美が暴れる。しかし女が静かにしろと言い、拳銃で脅しをかける。

 

「子供達に手を出すな!!出ないと俺はもう貴方達に手は……」

 

「安心しな。あんたの弟は一番最後まで取っといてやるよ。……そこのカチューシャの女の子をこっちに連れてきな」

 

そこで歩美を女の元に持っていく男。俊也の兄は何をする気だと叫ぶが、チンタラしている兄の作業を早めてやるのだと言い、1人ずつ死んでいけばやる気になるんじゃないかとも言う。

 

(……尖ったものを持っておけば良かったな)

 

咲は密かに周りを観察するが、何処にもペンや尖った鉛筆というものが見当たらない。これは相当なピンチだと理解した。

 

「コナンくん助けて!」

 

歩美のその叫びに、女は可笑しそうに笑う。

 

「コナン?ああ、廊下のところをウロついていた子供ならもう死んでるよ」

 

その言葉に探偵団の全員が驚きの表情を浮かべる。あのコナンが、死んだのだと聞いたのだから当たり前だ。しかし光彦だけは信じない。出入り口が一つしかないのにいつ殺すことが出来たのかと聞けば、監視カメラで全て丸見えだったとも言う。それは勿論、部屋の外の階段もだ。

 

「まあ、そこの子供が私達が気付いたことに気付かれたのは予想外だったが」

 

「……」

 

「でも知らなかっただろ?坊や達を逃さないように非常階段から犬山をここの入り口に周りこませた所で眼鏡の坊やがノコノコやって来ちまったから殺っちまったのさ」

 

それを聞き、遂に恐怖で涙を浮かべた歩美に拳銃を向ける。そんな歩美を慰める言葉をかけるが、しかしすぐにコナンの元へ連れて行ってあげると言ってのけた。

 

「バイバイ、お嬢ちゃん」

 

そこで女の手に勢いよく何かが当たる。女は慌ててその当てた犯人が入り口前に顔を向ければ、扉はユックリと開いた。そこから姿を現したのはーーーコナン。

 

「達磨と一緒だと?笑わせんな。福沢諭吉の左目がないのは彼を掘っていた彫り師が怪我をしちまっただけのこと」

 

「なに?」

 

「ほら、そこの腕を釣った白髭の男。そのおっさんだろ?本当の彫り師。完成間際に彫り師が怪我しちまったから、慌てて俊也くんのお兄さんを代役に立てたんだ。展覧会で彼の画力に目をつけ、彼を上手く呼び出し、ここに監禁してね。プリンターの横にある画溶液や机の上にある磁性鉄粉が入った容器。こんな物まで用意してあるってことは、今度は機械も通す気だな?偽札識別器をクリアし、見た目にも判りづらい偽札を、銀行、ゲーセン、パチンコ屋などの両替機で大漁に現金に換え、暴露る頃にはどこか遠くにトンズラしてるって寸法だ。……そうだろ?黒い帽子のお姉さん?」

 

「誰……誰だよ、あんた!!」

 

女の声にコナンは応え、姿を表す。

 

「江戸川コナン……探偵さ」

 

そのコナンの姿に哀と咲以外が安心したような笑顔を浮かべる。しかし、女は信じられない様子だ。

 

「馬鹿な!?お前はさっき犬山が……!!」

 

「へ〜。この太ったオッさん、犬山って言うんだ」

 

そう言って彼が引き倒した男は何の抵抗もなく倒れた。よく見れば彼はグッスリと眠っている。

 

「悪いけど、麻酔銃で眠ってもらったよ」

 

「ま、麻酔銃?」

 

女が戸惑うのも無理はない。子供の姿のコナンが銃を持ったとも思えない。その前に、そもそもそんな銃をどこで調達し、一体今はどこにあるのか、その物が見えないのだから。

 

「ああ、そうそう。さっきお姉さんにぶつけたのは犬山さんの拳銃だよ。蹴って命中させたんだ」

 

その拳銃は咲が回収した。しかしもうすでに使い物にならない様子で、咲は内心で舌打ちした。そして哀と視線を合わせ、小さく頷く。此処からは彼女に任せることにした。彼女の考えを全て理解しているわけではない咲だが、彼女のしたいようにさせる事にしたのだ。

 

「蹴った?」

 

「ああ。この、キック力増強シューズでな!!」

 

コナンは喋りながらセットしてい缶を二つとも蹴り飛ばす。そのコントロールはとても素晴らしいもので、二つとも男2人の顔に見事命中した。女はそれを見て拳銃を拾おうとしたが、それを先に取った者がいたーーー哀だ。

 

哀はそのまま拳銃を女に向けて両手で構え、戸惑いなく撃つ。その弾は黒い帽子の女の真横を通り、窓を割る。さすがにそんな目に会えば女は腰を抜かしてへたりこむ。勿論、それを見ていた少年探偵団も同じ。へたり込みはしないが信じられないものを見たような目で哀を見ている。

 

「は、灰原、さん?」

 

コナンは口元を引きつらせながら哀の名を呼ぶ。しかし彼女は全く動揺しない顔のままだ。

 

「すっげー……すっげーぜ灰原!」

 

「凄すぎます!」

 

「本物の銃なんて初めて見た!」

 

(むしろ見慣れちゃいけないものなんだが……)

 

咲は耳を塞いでいた手を離し、静かに哀を見据える。何はともあれ事件は解決。少年探偵団は喜び、その時か下にいた警官達も駆けつけ、中の様子に驚いた表情をしている。そんな警官に元太は笑顔で敬礼する。

 

「お疲れ様です!事件は解決しました!」

 

「これが証拠の偽札です!」

 

光彦がそう言って見せた偽札の紙に警官達は信じられないといった目を向ける。そして攫われていた俊也の兄も紹介し、そこまで言われれば警官達もあの話が『本当』の事だったのだと信じるほかなかった。

 

『少年探偵団に任せればこの通り!事件は即解決!』

 

「な!コナン!」

 

元太がそこでコナンに振り、コナンもぎこちなく頷く。

 

この20分後、犯人は全員捕まり、俊也の兄は解放された。そしてコナンは黒帽子の女に『バックにある組織』の事を洗いざらい吐くんだと言うが、女は全く身に覚えがないらしい。コナンが『ジン』や『ウォッカ』と言ったコードネームがついてるんだろと問うが女は随分前にお酒とは縁を切ったと言う。それに戸惑うコナン。

 

「おいおい、何を言っとるのかねコナンくん?この連中は偽札造りの常習犯『銀ギツネ』多少整形しとるが、この女ボスの顔は忘れんよ」

 

そこで更に拳銃所持に発砲と罪が重なり、当分は刑務所行きだと言えば、女は撃ったのは私じゃないと言う。それは確かに真実で、撃ったのは哀だ。それに目暮は目を見開き、哀になんて危ない真似をしたんだと怒鳴る。その哀の近くにいた咲はモロにそれが耳に響き、耳を抑えて踞る。哀はと言えば涙を目に浮かべて言い訳を始める。

 

「だ、だって……だって!うわぁーん!」

 

その哀の姿に目暮は自分が悪かったと謝り、コナンは疑問に思ってた事を解消させた。そして咲はと言えばそこに来ていた彰に肩を叩かれ、顔を上げて会話をしていた。

 

「咲、大丈夫か?」

 

「あ、ああ……大丈夫」

 

「そうか。それで、すまんが咲。今日、屋敷には俺達、帰れそうになくてな。雪男は寝当直で帰ってこれないし、修斗は会社でまだ仕事があって帰れそうにないと言ってたし、梨華は雪菜を連れて温泉旅行に行ってて屋敷には俺達、誰もいないんだ。……だから、何処か友達の家に泊まってきてもいいぞ?家に帰っても1人で寂しいだろうしな」

 

それを咲は聞き、哀に目を向け、頷く。

 

「……なら、なんとか相談してみる」

 

「無理だと言われたら連絡してくれ。送るぐらいならできるからな」

 

それに咲は頷き、立ち上がる。そして咲はコナンと哀と共に帰り道を歩いていた。哀は未だに泣いている。それをコナンは慰めていた。

 

「おい、もう泣くなよ。君ん家、この近くだろ?」

 

それに哀は答えない。咲も話しかける様子はない。それにコナンは嫌そうな顔をする。それも仕方ない事だろう。黒の組織の女かと思えば勘違いで、今隣には泣いてる女の子。彼にとっては何故お守りをしないといけないのかと思っているのだ。咲に任せれば良いかとも考えたが、咲から話しかける様子は全くないため期待は出来ない。そして道の途中でコナンは止まり、哀にあとは1人で帰れるかどうかを聞き、コナンはその場を去ろうとする。そこで哀は泣き真似をやめ、コナンに向かって一言。

 

「『APTX(アポトキシン)4869』」

 

「ん?」

 

「これ、なんだか分かる?……貴方が飲まされた薬の名称よ」

 

それにコナンは子供の演技をすることにした。この時、コナンは子供の嘘だと思ったからだ。

 

「な、何言ってんだよ。俺はそんな変な薬なんて……」

 

「あら。薬品名は間違ってないはずよ。……組織に命じられて、私が作った薬だもの」

 

「そ、組織?作った?……はは、まさか、子供の君に何が……」

 

「貴方と一緒よ。私も飲んだのよ。……細胞の自己破壊プログラムの偶発的な作用で神経組織を除いた骨格、筋肉、内臓、体毛。それら全ての細胞が幼児期の頃まで後退化する……神秘的な毒薬をね」

 

「灰原、お前まさか……」

 

「灰原じゃないわ」

 

コナンは目を見開き聞いている。この時、コナンの中で咲の存在はもうすでに忘れ去られていた。別段、彼女が聞いても問題はない話ではある。そもそも彼女は哀と同じ組織にいたのだから。

 

「シェリー……これが私のコードネームよ。……どう?驚いた?……工藤新一くん?」

 

コナンはすでにそれが本当だという事を確信してしまった。何故なら、彼女はコナンの正体に気付いているのだから。

 

「じゃあ、お前はあの黒の組織の仲間!?」

 

「驚いてる暇なんてないわよ?ノロマな探偵さん」

 

コナンは鋭く哀を睨む。そんなコナンの様子を楽しみながら哀は語る。

 

「言ったでしょ?今私が住んでるのは米花町2丁目22番地」

 

その場所をコナンは察してしまった。そう、其処にはあの阿笠博士の家があるのだ。そして哀は其処に追い打ちをかける。

 

「そう、貴方の本当の家の隣。……どこだか分かるわよね?」

 

そこでコナンは急いで博士の家に電話をかける。しかし連絡が取れない。

 

「おい、博士!おい!出ろよ!!」

 

「無駄よ。何度掛けても話し中。受話器が外れたまま。彼は取ることが出来ないのよ。なぜなら……もうこの世にいないんだもの」

 

「て、テメー!!博士に何をしたんだ!!」

 

「ふふ、博士がいなくなったら、やっぱり困る?その小さな電話も、キック力増強シューズも、みーんな博士が作ってくれたものなんでしょ?博士の協力があるから、その体で少年探偵をやっていられる。……つまり、今の工藤新一にとってのライフラインは、阿笠博士ってわけよね」

 

それにコナンは既に新一の顔のまま怒りを哀にぶつけ続ける。

 

「だから殺したっていうのか!!」

 

「さあ?どうかしら?……気になるなら、博士の家に行ってみれば?」

 

コナンはそこで走り出す。それを哀は笑顔で見送る。そしてコナンの姿が見えなくなり、遠ざかった頃を見計らって、咲は哀に言う。

 

「……悪い楽しみ方を覚えてるな、お前。どこでそんな楽しみ方覚えた?」

 

「あら。私は最初からこんな感じよ?それにしても工藤くん、貴方のこと完璧に忘れ去ってたわね」

 

「まあ冷静さを欠いてたしな。まあ、途中から気配を消させてもらったのもあるが」

 

「消さなくても良かったのよ?」

 

「それだとお前が楽しめないだろ?」

 

そこで2人してクスクス笑い、ゆっくり阿笠邸に向かう。

 

「ああ、そうだシェリー」

 

「今は灰原よ」

 

「そうだったな。灰原、悪いが泊まらせてくれないか交渉を手伝ってくれないか?北星家の屋敷に今回、あの兄妹がいなくてな」

 

「いいわよ。……貴方への罪滅ぼしにも協力させてもらうわ」

 

「……だから、『先生』の件はお前が罪の意識を持たなくてもいいんだ。……アレは、私が悪いんだから」

 

そんな会話をしているうちに阿笠邸にたどり着く。そして阿笠邸の扉を哀が開いた。

 

「ただいま」

 

「お邪魔します」

 

コナンはその2人ぶんの声に驚き、玄関を見る。するとそこには哀と咲がいた。そこで先程まで実は咲がずっといたことを思い出し、更にコナンは焦る。しかし隣の博士は和かな笑顔を向けていた。

 

「おかえり、哀くん。それから……咲くん?どうして君が?」

 

「すみません。今日1日だけでいいのでここに泊まらせてもらう事って出来ませんか?ダメなら屋敷に帰るから」

 

「彼女の家、今日は兄妹が誰一人いないそうなのよ」

 

「そうか。勿論良いぞ。それで、どうじゃった?学校は」

 

「結構楽しめたわ」

 

そこでコナンは嵌められたと思い、焦って損した思いさえ抱く。

 

「まあまあ、儂の番地を知らなかった新一も迂闊じゃった訳じゃし」

 

「知る訳ねえだろ!?隣の博士ん家に物送ったことなんてねえんだから!!年賀状も手渡しだったし……そんなことより、なんなんだよ!あの灰原って子」

 

「アレ?彼女に聞いておらんのか?……彼女は……」

 

しかしそこで咲の存在を思い出し口を閉じる博士。それに気付き、咲は仕方なさそうに溜息を吐き、席を立つ。

 

「……仕方ない。一度外に出てこよう。着替えとかもお願いしないといけないしな」

 

咲はそこで携帯を持って外に出る。そこで漸く博士は話を始めた。

 

「彼女は黒の組織の男の仲間で、君と同じ薬を飲んで小さくなったって……」

 

「え?」

 

「変じゃな〜。自分で言うから君には黙っててくれと言っておったのに」

 

それにコナンは焦る。しかしその理由に博士は気付かない。

 

「ああ!『灰原哀』という名前なら、女探偵の名前をもじって儂と彼女の二人で考えたんじゃ!灰原の灰は『コーデリア・グレイ』のグレイ、哀は『V.Iウォーショースキー』の『I』。儂は哀愁の『哀』より愛情の『愛』の方が可愛いと勧めたんじゃが……」

 

コナンはそこで大声を出して止める。

 

「なんで黒ずくめの女が博士の家に!」

 

「……拾ってくれたのよ。……雨の中、貴方の家の前で、私が倒れていたのをその博士がね」

 

「……俺の家の前だと?」

 

「貴方知ってた?組織は貴方の家に二度ほど調査員を派遣してたのよ。あの薬を飲んだ人間の中て、貴方の死亡だけが確認されてなかったからね。当然、その調査に薬の提案者である私も同行したわ。でも、家の中は埃だらけで誰も住んでる形跡はなく、一度目はそれでお開きになった。……二度目の調査はその一ヶ月後。相変わらず埃だらけでどこにも変わった様子はなく、私も、貴方は死亡したものだと思い始めた。その時よ。洋服ダンスの奇妙な変化に気付いて鳥肌が立ったのは。失くなっていたのよ。一ヶ月前にはあった筈の、貴方の子供の頃の服がごっそり」

 

その事実にコナンは顔を蒼褪めさせ、唾を一つ飲み込む。

 

「動物実験の段階で一匹だけ死なずに幼児化したマウスがいたから、この仮説は容易に立てられたわ。『工藤新一は、APTX4869を投与され、幼児化した可能性がある』ってね」

 

コナンは体を震わせた。組織に、自身が小さくなった事を知られていると思ったからだ。しかしそれは哀に否定される。

 

「感謝して。貴方のデータは死亡確認に書き換えてあげたから」

 

それにコナンは顔を上げる。その顔を見ないまま、哀は話し続ける。

 

「非常に興味深い素材だから生かしてあげたのよ。組織に報告したら、私の手元に来る前に殺される可能性があるからね」

 

そのデータを書き換えたのが組織を裏切った哀だと暴露た場合、また疑われる可能性は残っているとも哀は付け加えた。それにコナンは信じられないと言った目で哀を見る。

 

「う、裏切っただと?」

 

「そうよ。試作段階のあの薬を勝手に人間に投与したことも、組織に嫌気がさした理由の一つだけど、もっとも大きな原因は、私の姉」

 

「姉?」

 

「……殺されたのよ。組織の仲間の手に掛かってね。何度問い質しても組織はその理由を教えてくれなかった。そして、その正式な回答を得られるまで、私は薬の研究を中断するという対抗手段を取った。当然、組織に刃向かった私は、研究所のある個室に拘束され、処分を上が決定するまで待たされる羽目になった。どうせ殺されるならとその時に飲んだのが隠し持っていたAPTX4869。幸運にも、死のうと思って飲んだ薬は、私の体を幼児化させ、手枷から私を解放し、小さなダストシュートから脱出させてくれたのよ。……まあ、私とは逆に、死のうと思って飲んだのに、不幸にも小さくなった子もいるようだったけど」

 

最後の哀の言葉にコナンはさらに目を見開く。しかしそれを気にせず哀は続ける。

 

「どこにも行く宛のなかった私の唯一の頼りは……工藤新一。貴方だけ。私と同じ状況に陥った貴方なら、きっと私の事を理解してくれると思ったから」

 

コナンはその話を聞き、しかし彼の中での怒りは収まらない。その感情のままに彼女に叫ぶ。

 

「ふざけるな!!人間を殺す薬を作ってたやつを、どう理解しろってんだ!!」

 

そこで博士が止めに入る。そしてその声が聞こえたようで、流石に咲も入ってきた。

 

「おい、何事だ?」

 

「さ、咲くん!いや、これは……」

 

しかし今のコナンには咲の声さえ、聞こえない。そのまま叫び続ける。

 

「分かってんのか、テメー!!お前が作った毒薬の所為で、一体何人の人間が!!」

 

そこで咲は今、何の内容で彼が怒りに我を忘れているのかを理解した。だからこそ、止めることはしない。それは実際に事実であり、哀側の事情は咲も詳しく知るところではなかったのだ。だから、これはそれを知るチャンスでもあった。しかし、彼女から出た言葉はとても意外なものだった。

 

「仕方ないじゃない。毒なんて作ってるつもり……なかったもの」

 

そこでコナンが哀に更に怒鳴りかけたが、それを博士が上手くなだめた。しかも組織から抜け出したのは薬の考案者である研究者本人。解毒剤をすぐに作れると思いそう言ったが、その期待は破られる。

 

「薬のデータは全て研究所内。あんな膨大なデータ、一々覚えてないわよ」

 

それにコナンは悔しがり、研究所の場所を教えろと叫ぶが、既に3日前の夕刊にその研究所が炎上したと書かれており、何にも残っちゃいないという。それに二人は驚くが、哀と咲は当然というふうに顔色を変えない。

 

「私の口から研究所の場所が暴露るのを恐れて、組織が先に手を打ったのよ。この分じゃ、私が関わった他の施設も潰されてるわね」

 

「じゃあお前、もしかして……」

 

「ええ。組織は私を血眼になって探してるでしょうね……私がこんな体になっているとも知らずに」

 

そこで哀はコナンの方へと顔を向ける。

 

「でも、そのまま組織が暗殺のために使い続けたら、いずれ私達のように幼児化する人間が出ないとも限らない。そうなると、私や……」

 

そこで哀は咲に視線を向ける。その視線を追ってコナン達も見ればそこには咲がいた。そこで慌て出す二人だが咲はそれを知らぬふりして哀に頷きを返した。それを見て哀は言葉を続けた。

 

「私や、彼女の幼児期の顔を知っている組織が、私を見つけ出すのは必須」

 

それで二人は驚きの顔を咲に向けるが、咲はそれから顔を背けてしまった。

 

「どうする?厄介者の私を此処から追い出す?高校生探偵の工藤新一くん?」

 

それにコナンは彼女と、そして咲を見据える。その目に対して哀は背けることはないが、咲は背け続けた。咲は今、コナンの目を見るのが、怖いのだ。

 

「どうする?毒薬を作り、殺人に加担し、組織に追われてる。貴方にとっては極めて危険な憎むべき相手。貴方の身近に置いておく理由は、どこにもないわね」

 

そこでコナンは呆れたような顔で返す。

 

「バーロー。お前のことが暴露たら組織に俺のことが暴露るのも時間の問題。阿笠博士には悪いが、嫌でも此処で小学生してもらうぜ。下手に外を出歩かれる方が迷惑だ」

 

「あーら、優しいのね」

 

「それよりもだ」

 

そこで次にコナンが視線を向けたのは、咲。

 

「オメーも小さくなった組織の人間ってのは、本当か?」

 

「……ああ。組織にいた頃はコードネーム『KATS(カッツ)』。ドイツ語で猫と呼ばれていた」

 

「カッツ?」

 

「知らないか?『Zeller Sckwarze Katz(ツェラー・シュヴァルツ・カッツ)』というドイツ酒。私のコードネームはそこからだな」

 

「彼女は4歳の時に組織の構成員だった処分対象の男に殺されかけ、その男をジンが撃ち殺し、そのまま組織に連れ帰られた経歴の持ち主よ」

 

それに溜息をつき、付け足しを行う。

 

「……『組織の為に働き続ける』か『組織に役立つための人体実験者(モルモット)』になるかの選択肢しかなかったがな。それに、あの大男のこと。『先生』に聞いて見たら、あの男、組織の構成員を何十人と殺していたんだろ?殺しを楽しみにした特殊な嗜好持ち。しかも馬鹿なことにミスを何度も犯す始末。いらない駒は捨てられて当然だな」

 

「……まさか、お前も研究員じゃ……」

 

「いや、違う。……私は組織では『殺し屋』をしていた」

 

それにコナンは目を見開く。そのコナンの目を見て、咲は語り続ける。

 

「4歳から組織に誘拐され、『先生』から勉学を教わり、組織の為に役立てるかを見る為にジンからまず人を殺す所から教えられた。……あそこで殺さなかったら今頃、私は人体実験者だ」

 

「テメー!」

 

そこでまたコナンは激昂。しかしこればかりはどうしようもない。彼女も生きる為だったのだ。それはコナンも理解しているが、しかしそれでもどうしようもない怒りがふつふつと湧き上がり続ける。

 

「お前、それを悪いと、本気で思ってんのか?」

 

「……ああ」

 

それは本当の彼女の気持ち。彼女の『罪』。

 

「小さな頃は、私は生きる為に、殺すことに躊躇を持たない為に……罪の意識なら目を逸らし、蓋をしていた。だが……限界がきたんだ。だから、私は自ら薬を飲んで死ぬつもりだったんだ。……死んだ後でもいい。せめて、母の元に帰りたかったんだ。……罪で汚れた私ではなく、死んで全てなくなった綺麗な私のまま、会いたかったんだ」

 

しかし、彼女のその願いは叶わず、薬を飲み、体が縮み、その後に修斗に発見され、戻ってきた。それが彼女の現状なのだ。

 

「……本当に、死ななかったのが残念だ」

 

その一言を聞いた途端、コナンはその胸ぐらを掴んだ。

 

「ふざけんな!!罪も償わないまま死なせるか!!」

 

「こ、これ、新一!」

 

「……」

 

「絶対に組織を壊滅させて、オメーにも罪を償わせてやる!!絶対にだ!!!」

 

その言葉に、咲は苦笑い。確かにそれで彼女の罪はいつか現実的な方ではなくなるかもしれない。しかし、彼女の中では一生残るのだ。コナンはそれと向き合えという。それが……もう彼女には限界なのだ。

 

(……けれど、自分では死ねない。せめてあの姉との約束だけでも……)

 

「それより、君の親の身の安全の方が……」

 

「そうだ。それ、お前のこと、修斗は知ってて家に置いてんのか?」

 

その質問に、咲はまた苦笑で返す。

 

「ああ。そもそも、小さくなった私を拾ったのは修斗だ。……組織に先に遺体を見つけさせない為に、最後の仕事の後に携帯を拳銃で壊し、車や人通りが多い通りの近くの路地裏に移動し、そこで薬を飲んだ。そして死んだと思った私だが、子供の姿に困惑している間に修斗が私に気付いた、というわけだ。だから彼は知ってる……何より、彼は私の兄だ」

 

それにコナンは目を見開く。コナンはまだ修斗の家族構成を全て聞いたことはない。複雑な家庭であることは知っていてもだ。

 

「……今はそんなことは後回しだ。それより、シェリーの両親は……」

 

「心配ないわ。私の家も組織の一員。私が生まれてすぐ、事故で死んだらしいから。……貴方は『先生』から聞いてるでしょ?」

 

「なあ、その先生って……」

 

コナンが咲はそこで顔を背ける。

 

「……すまないが、まだ、言う勇気はない……」

 

「思い出させない方がいいわよ。……過呼吸を起こすから」

 

その哀の言葉にコナンは咲を一見し、仕方なさそうに頷いた。

 

「……ともかく、シェリーの家族は」

 

「滅多に会えない姉と、私の二人だけだったわ。組織の命令で、アメリカに留学していた私とは違って、姉は普通に日本で生活してたから。監視付きだったけどね。……そう、姉は私を組織から抜けさせる為に、組織の仕事に手を染めるまでは、普通の学校に通い、普通の友達を作って、普通に旅行して……」

 

そこで哀は一つ思い出した。そう、その姉が殺される数年前に、哀の姉が旅行の写真を入れたフロッピーを2、3枚送ってきたらしい。それを研究所で一通り見て、それをすぐに送り返したらしい。しかし、その後に薬のデータを入れたフロッピーが紛失したという。

 

「随分探したけど見つからなくって……」

 

「なるほど。お姉さんに送り返したフロッピーの中に、あの薬のデータが混ざっている可能性があるって訳か」

 

「それじゃあ、君のお姉さんが住んでいた場所を探せば……」

 

「無駄ね。姉の住んでいたマンションは、姉の死と同時に組織が引き払ったから、何もかも処分されてるはずよ」

 

しかし、フロッピーを入れたのは、一緒に旅行に行った大学の先生と言っていたらしい。もしかしたら、その先生が持っているかもしれないという考えにたどり着いた。

 

「その先生って誰か知らないか?」

 

「……南洋大学教授の『広田 正巳』」

 

その名前にコナンは反応した。そう、あの亡くなった彼女と同じ名前の人間なのだ。

 

「でも、どこに住んでるかまでは……」

 

「んなこと、大学に問い合わせればすぐに分かるけど……」

 

そこで博士はすぐに大学に電話をかけてみた。そして相手の男に旅行のフロッピーのことを尋ねれば誰だと問われ、哀の姉である『宮野明美』の名前を出せば、対応が柔らかくなった。

 

『ああ、明美くんの知り合いか。教え子と行ったあの旅行の写真のフロッピーなら、ちゃんと返してもらったよ。妙なフロッピーも混ざってあったようだが』

 

「妙なフロッピー?」

 

それで3人は確信する。それで間違いないと。

 

「そのフロッピー、これから取りに伺ってもよろしいでしょうか?」

 

『ああ、構わんよ。この後、2、3人客が来る予定だが、その後でよければ』

 

そして三時間後にそのお宅を訪ねると約束し、コナンは毛利家に博士の家に泊まると連絡した。その子供のフリをするコナンを見て咲は苦笑い。哀はそれとは反対にクスリと笑う。

 

「あら、子供のフリが上手いのね」

 

「ああ。嘘泣きするオメー程じゃねえけどな」

 

その後、博士の車であるビートルに乗る。そこでコナンは哀に気を許すなよと博士に注意を促す。彼がそういう理由は、本当の名前も、年齢も、組織が何を目的に動いているのかも教えないからだという。

 

「もしかしたら、あいつが言ったことは俺達をはめる為の嘘だったという可能性もある」

 

「そんな子には見えんがのぉ……」

 

その会話はずっと咲に聞こえており、彼女は両耳を塞いだ。彼女は組織にいた時、それなりに彼女とは交流を持っていたのだ。本心全てを暴露するほどの関係ではなかったが、居心地は良かったのだ。だからこそ、聞いていられなかった。

 

そして広田家にたどり着き、家に声を掛ける。家の中に入れば奥さん現れ、上がるように言われる。それに従い家の中にあげてもらった。

 

「客人は帰られたんですか?」

 

「ええ!主人の教え子が何人か入れ違いに来てたみたいですけど……」

 

そこで正巳がいるらしい部屋を奥さんがノックし呼びかける。しかし扉から出て来る様子はない。

 

「変ね、中で何かしてるのかしら?鍵なんか掛けて……」

 

コナンはそこで視線を上に上げる。天井は付近に窓がいくつかあるのを見つけるとそこに向けて思いっきりジャンプし、そこを開けようとしたが開けることが出来なかった。しかし中を見てみれば、血を流して倒れている人を発見する。

 

すぐに床に着地し、奥さんに部屋の合鍵はないかと聞くと、奥さんは戸惑いながらもそんなものないと答える。そこでこの部屋の扉をぶち破ることを決め、博士に手伝うよう伝える。それに博士は戸惑いを浮かべたがコナンから急かされ、ぶち破り作業を手伝い始めた。奥さんがそんな二人を焦った顔で止めに入るがもう遅い。扉を強引にぶち破った先には、教授である正巳が本棚の下敷きとなっている光景が目に入って来たのだった。




取り敢えず、先生のことはまだ語りませんが、そのことで少々、哀ちゃんは咲に対して申し訳ないという思いを持っています。しかし、実際、彼が死んだのはなにも哀ちゃんの所為ではないと作者の私からも言っておきます。

そして、咲のコードネーム。実はカッツではなくその前のシュヴァルツにしようかとも悩んだのですが(シュヴァルツ=黒)、咲の特徴の耳の良さを考えたらカッツかなと思い、こちらにしました。このシュヴァルツ・カッツ、そのまま直訳すれば『黒猫』。このワインのことを詳しく書くと少々長くなるので短く話せば、19世紀、ドイツのとある村で作られた白ワインの樽に黒猫が座り、それが一番美味しかったことからこの名前の白ワインがつけられたそうです。

それから大男はジンに撃ち殺されたと書きましたが、射殺された時に吹き出す血、果たして誰にかかったんでしょうね?

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