コナン達が沢木を追って屋内へと入るが、既にその姿は見当たらない。それに焦る小五郎は一度立ち止まり辺りを見渡す。
「どっちだぁ!!」
「階段の上だよ!!」
走りながら答えるコナンの言葉で小五郎はエレベーターが目的だと気付き、その後を追って行く。しかし一足遅く、沢木は蘭を連れてエレベーターに乗り、扉は閉じられる。建物が小さく揺れ、瓦礫も所々落ちてくる中、コナンは閉じた事に気付くともう一つのエレベーターへと走り、小五郎は閉じられた方のエレベーターを確認する。その後に来た刑事組は小五郎に声を掛けてからもう一つの方のエレベーターへと走る。
コナンは4人を急かす声を掛け、全員が乗り終えると扉を閉じる。向かうは最上階。ヘリポートへ到着している沢木の所だ。
「警部、脇腹の怪我は?」
「こんなもん、蘭くんが傷付くことに比べたらどうってことないさ」
「分かりました」
その問いかけを聞き、白鳥と彰が銃の準備をしだす。それを小五郎は静かに見つめ、警部に問い掛ける。
「警部殿。白鳥刑事と彰刑事、銃の腕前は?」
「白鳥くんは儂と同じでからきし駄目だ。彰くんは上手い方だが、本人は苦手としている」
そんな声を聞き流しながら淡々と準備して行く。正直、彰としてはやはり銃より剣道や武道の方が自信があり、銃はレベルで言えば上の下。剣道と武道が上の上。銃の腕前は警察学校時代、絡んでた友人で一番上手かった相手に教えてもらったからこそ此処まで出来るようになっただけなのだ。
(降谷の奴、今どこにいやがる……くっそ、こういう銃を扱うのはお前とか松田とかが適任なのにっ!)
その間にも建物は崩れて行く。建物に付けられていた太いロープが繋がれた部分も取れ、ヘリポートに到着し、今まさに降り立とうとしていたヘリもそれに気づき、直ぐに避けたために死亡は回避された。
「い、一体、どうなってるんだ?」
ヘリの操縦者が混乱するのも無理はない。彼はただ、巻き込まれたも同然であり、今まさに犯人が強制的に共謀犯にしようとしている相手でもあるのだ。
操縦者はそこで建物から出て来た人間2人に気付く。しかしそれは助けを求める様子の人間ではなく、1人がもう1人の女性に首を回し、ほとんど引きずるようにして歩いているのだ。それも男の方はナイフさえ持っている。これはどういうことかと操縦者は目を見開く。しかし男はそんなもの待っていられない。ナイフを下に向けながら着陸する様に怒鳴りつける。
「な、なんだあの男?どうしてナイフなんか……」
その間にも建物は崩れて行く。今度はまた6本ほどのロープを止めていた部分が壊れ、そのロープは勢いよく振りかぶり、窓を叩き割る。その場に窓ガラスがばら撒かれるが、それが全て収まったタイミングでエレベーターが到着し、小五郎達が外に出る。
「くっそ!なんでこのエレベーターは屋上に行かねえんだ!!」
そんな小五郎の叫びは誰も答えることは出来ない。全員焦っているのだから仕方ない。そのまま動きを止めたエスカレーターを駆け上り、屋上へと辿り着いた。
「ラーーーーーン!!!」
その小五郎の叫びで沢木は気付き、蘭にナイフを向けながら振り向く。
「来るなぁ!!来るとこの子の命はないぞ!!」
「やめろ!!沢木さん!!」
「蘭さんを離せ!!離さないと撃つぞぉ!!」
白鳥が少し腕を震わせながらも両手で銃を構え、彰も銃を静かに向ける。その様子を見て悪い笑顔を浮かべて蘭を前に出す沢木。
「面白い!!撃てるものなら撃ってみろ!!!」
その様子に彰は舌打ちしたくなった。このままでは沢木は蘭と逃げてしまうか、もしくは全員共倒れだ。どちらにしろ、蘭は抵抗出来ずに溺れ死ぬ事になるかもしれない。いや、そうじゃなくとも沢木に殺されてしまうかもしれない。
(どうする?白鳥に撃たせるのはまず駄目だ。照準がまず合ってない。かといって俺が撃てば蘭さんが……くっそ!!何か良い手はないのか!!)
彰が眉間にしわを寄せ、頭をフル回転させるが良い案は出てこない。そこでふっと、あの小五郎の話が浮かんだが、それを彰は自分には無理だと判断した。
(出来ないこともない。けどそれはうまく当たればの話。俺はそんな綺麗に狙えるほどの自信は全くない。なら小五郎さんに渡す?いや、今彼は一般人。そんなことさせられない)
そこで目暮が脇腹を抑えながら2人に撃つのを止めるよう止めるが、そこで呻き声を上げ、座り込む。
「あっ!?警部、大丈夫ですか!?」
「ヘリコプターで逃げても無駄だぞ!!蘭くんを離すんだ!!」
それに沢木は煩い!と黙るように言う。そして、トンデモナイことを言う。
「この子を連れて辻を殺しに行く!」
「辻さんを!?彼は全米オープンに出られないんだ!!それで良いじゃないか!!」
「駄目だ。奴を殺して俺も死ぬ。この女も道連れだ!ハハハハハッ!アハハハハッ!」
そんな沢木のイカれた様子に小五郎は顔を青ざめる。彼にとっては見知った相手だ。こんな沢木の様子など、彼は見たこともなければ見たくもなかった。
(新一、助けて……新一)
蘭は沢木に捕まった状態のまま、新一のカードを胸の前で握る。この時、コナンも内心で焦っていた。このまま行けば、蘭は殺されてしまうのだ。早く助けなければと焦るそんな時、建物が大きく揺れた。そこで全員がバランスを少し崩し、子供であるコナンは転がってしまう。
(やばいぞっ!?このままだと蘭を助けるどころか皆んなお陀仏だ!!)
その時、沢木はニヤリと笑う。
「……拳銃を寄越せ」
「なっ!?」
「なにっ!?」
「刺すぞ!!」
そう言いながら蘭を捕まえる腕を強め、ナイフも向ける。それに苦しそうにもがく蘭を見て、小五郎は覚悟を決める。そこで小五郎はまず白鳥に小声で交渉を始めた。
「おい白鳥、俺に拳銃を寄越せ」
「へっ?」
「寄越せって言ってるんだ」
小五郎は自信がある笑顔を浮かべているが、それが白鳥には怒りしか覚えない。
「冗談じゃない!貴方なんかに渡せませんよ!!」
そんな様子に沢木が急かす。そこで蘭の首にナイフの先だけ当て、その首から血が一滴流れてしまう。そんな様子に白鳥は慌て、拳銃を渡すことを決意。暴発しないようにセーフティーを掛け、投げ渡す。しかしそれは沢木の所まで届かず、それに舌打ちをする。その拳銃を取ろうと歩き出した時、白鳥と彰、小五郎が構えるのに気付く。そこでニヤリと笑い、安全策を取ることにした。
「坊主、お前がもってこい」
その指示に全員が目を見開く。しかし沢木から蘭が死んでも良いのかと叫ばれる。それでも目暮は決断できないでいた。
「駄目だ!!子供にそんな危ない真似は……」
しかしコナンは静かに拳銃の所まで歩き出し、それに目暮が焦って止めようとするが遅い。コナンが後一歩で拳銃前にたどり着くと言う時、また建物が揺れ、コナンがバランスを取らずに地面に手をき、落ちないようにした。すでに地面は斜めに傾き出していた。
「さあ!早くもってこい!!」
「だ、ダメッ!!コナンくん、渡しちゃ……渡しちゃ、ダメッ」
その声が聞こえ、コナンは悔しそうに歯噛みしながらも拳銃を右手で手に取る。それに沢木が優越感を顔に浮かべ、コナンに良い子だと褒めながらも持ってくるように言う。その時、コナンにはこの状況が、過去の小五郎と同じ状況と被って見えた。
「さあ早く!!」
沢木が笑顔でナイフを持つ手を差し出した時、コナンの頭の中で点と線が繋がった。
「早く持ってこいって言ってんだ!!」
(そうか……そうだったのか……。だから、おっちゃん)
沢木は急かし、他がコナンを止める声は、今この時、コナンには聞こえない。彼は理解した。そして決意する。小五郎と同じ『選択』を。
コナンは小さなその両手で拳銃を構え、向ける。その時、蘭にはその姿が新一に見えた。それに蘭は安心したように小さく笑う。それは同時に新一が自身に拳銃を向けたも同じではあるが、彼女は心の底から新一を信じている。。
(し、新一……)
ーーー自分を助けてくれると。
しかしそこで撃鉄を引いたのを見て彼女は目を見開く。蘭もまた、過去の映像と被ったのだ。そしてその弾が発射され、蘭は過去の英理と同じように、太ももを弾が擦り、血を少し巻き上げた。その瞬間、蘭も、周りも理解する。あの小五郎の行動の意味を。
「くっそぉ!!」
蘭が立てない状態となってしまい、沢木は焦ってヘリを見上げる。蘭に立つように指示するが、もう彼女に立つような力は残されていない。そこで沢木は蘭を連れて行くことを諦め、蘭を解放する。その瞬間、小五郎はニヤリと笑い、沢木へと向かって走る。それに沢木も気づき、ナイフを刺そうとしたがそれを小五郎は避け、そのまま彼の腕を掴み、一本背負いを決めた。その間にも蘭はどんどんと海へと真っ逆さまに落ちようとしていたが、それはコナンが走り寄り止めようとする。最初こそなかなか止まらなかったが、暫くして漸く止まってくれた。それに安堵のため息を吐くコナンと小五郎。
(危なかったな、蘭……)
「そ、そうか!だからあの時、毛利さんは撃ったんだ。犯人を逮捕する為じゃなく、人質を助ける為に!」
「ああ、足を撃たれた人質は、逃走する犯人にとって、只の足手纏いにしかならんからな」
それはすべて、英理を助ける為にやったこと。それを蘭は漸く理解した。
(お母さんを助けるために……これが真実だったのね)
蘭は安心したように笑いながら、父に横抱きにされた状態で彼の首に腕を回し、抱き締める。その間にコナンはヘリを安全に降ろす様に指示し、彰は沢木に近づき、その腕を左手を掴む。
「沢木公平。殺人容疑および障害拉致の現行犯で、逮捕する!!」
そして彼に手錠を掛けた時、また建物が大きく揺れた。そのまま建物がどんどんと左に傾き、沢木は倒れてしまった為に更に勢いよく海へと向かう。それは彰もまた同じで、沢木が遂に落ちるといった瞬間、彼の腕を彰は右手で掴み、左腕は近くにあった柱に捕まり、耐えた。
「くっ!!」
「離せ!!死なせろ!!」
そこでもう一本の腕が足された。それは小五郎の腕だった。
「……死なせやしねえ。テメェに、自分の犯した罪の重さを分からせてやる!!」
「そうだ。お前には必ず、罪を償ってもらう!!」
そのまま沢木は救出され、ヘリに共に乗せられる。そしてヘリが離れたタイミングで、アクア・クリスタルは全壊。跡形もなく崩れ去った。それを海で木片に掴まって見ていた宍戸達は警視庁のボートで救出された。そしてそれをヘリから見ていた彰は口元をヒクつかせる。一歩遅ければ全員それに巻き込まれていたのだと思うとゾッとするものだ。
「いやー、危機一髪だったな」
「オジさん、ヘリコプター恐怖症、治ったみたいだね!!」
そのコナンの一言に一瞬、小五郎はキョトンとなるが、どうやらすぐに気づいてしまった様で顔を青ざめさせ、叫ぶ。
「ウワァァ!降ろしてくれーーー!」
そしてヘリから降り立った時、彰は瑠璃に抱きつかれたら
「おわっ!?」
「ウワァァ!彰!!無事!?大丈夫!?本当に生身!?幽霊じゃない!?」
「心配してくれんのは有難いが、人を幽霊に仕立て上げんな」
心配してくれた瑠璃に感謝しつつ、彼女の頭に軽くチョップを入れる。それに瑠璃が頭を抑えた時、彼女の後ろからもう1人、見覚えのある黒一色の服を着た男が、上着の両ポケットに手を入れたまま近づいてきた。
「……なんだ。兄貴、無事そうじゃないか」
「お前は寧ろ心配しろ」
「怪我の一つでもこさえてきたらしてやる」
「はぁ、本当に生意気に育ってくれやがって……」
「それはどうも」
そこで修斗はコナンの存在に気付き視線を向ければ、コナンが拳銃を白鳥に渡しているのを目撃した。
「……兄貴、今なら言い訳、聞いてやる」
「は?何が?」
「あの坊主がなんで拳銃持って、しかも笑顔で渡してんだ?」
「ああ……それは……」
彰が悔しそうに顔を歪ませ、それで全てを察した修斗が顔を手で押さえて溜息をつく。
「気が付いたら飛び出しちゃって、僕ビックリしちゃった!」
「たくっ、たまたま蘭さんの脚を掠めたから良かったものの、一つ間違ったら大変な事になってたんだよ?」
それにコナンは反省の言葉を返すが、彼の中に失敗するという心配は一欠片もなかった。
(本当は、ハワイの別荘に行った時、あっちの射撃場で親父に教わってよく撃ってたなんて……言えねえよな)
しかし、蘭には痛い思いをさせてしまったと反省はしているコナン。そこで漸く修斗に気づき、笑顔を浮かべて近付いてくる。
「修斗にいちゃん!」
「あ〜……兄貴、目暮刑事に付いてかなくていいのか?」
「そうだな……ちゃんと休養する様にだけ言ってくるか」
「あ!なら私も!!いつも頑張ってくれてる警部に一言激励を!!」
そう言って離れていく2人を見送り、コナンに顔を向けた。
「で?俺に何の用だ?言っとくが今回に限っては俺はなんも知らなかったから、何処からとか言われてもなんも答えれないからな」
「ああ、それは理解してるさ。そっちじゃなくて……咲の方だ」
それに修斗は明らかに警戒の色を強めた。
「……前にも言ったろ?咲は親戚筋の子供で、ご両親は……」
「それ、本当に本当のことか?」
「……それを本当かどうか、調べるのはお前だろ?名探偵」
修斗は隠す気なくそう言えば、コナンはそれで今の状態では修斗はそれ以上の事を言うつもりないのだと悟り、また学校で会った時、咲に聞くことを決めた。その間の小五郎と蘭は、2人で会話をしていた。
「ねえ、新一でも撃ったと思う?」
「さあな。俺ぐらいの腕があれば撃ったかもな」
「私もそう思う……ね?新一」
そう言って彼女が声を掛けたのは『スペードのA』。それが何かと小五郎は目を丸くしながら問いかけた。
「新一のカード、『スペードのA』よ。私ずっと握りしめてたんだ。……もしかしたら、新一が守ってくれたのかもね」
それを聞いていたコナンは嬉しそうに笑う。
(バーロー。Aに助けられたのは、俺の方……)
そこでクシャミをしたコナンに修斗はギョッとし、コナンの姿を見て、それから崩壊したアクア・クリスタルがあった所を見た。その時、彼が上着を着ていないのが気になり、何故だと首を傾げたが、博士の道具の一つである伸縮サスペンダーの事をこの時はまだ知らなかった修斗では真実には辿り着けなかった。しかし大体理解はした様で、コナンの方に手を置いた。それにコナンは首を傾げて見上げると、ニヤッと笑う修斗がそこにいた。
「まあ何があったかは全く知らんし、予想しか出来んが……いい事あって良かったな」
その揶揄いの言葉にコナンは顔を赤くし、軽く修斗の足を蹴ったのだった。
後日、コナンと蘭は退院した英理の家に赴き、あの村上の事件のことを聞いた。するとどうやら彼女は小五郎の意図を理解していたらしい。
「これでも一応、夫婦ですからね。ま、夫が妻の命を守るのは当然のことだけど」
「じゃあなんでお母さん出てっちゃったの?」
てっきり理解しておらず、それで揉めたと思った蘭がそう問えば、一気に不機嫌な顔になる英理。
「……あの人、あの日の夜、私の料理を不味いと言って食べなかったのよ」
「はっ?」
「足が痛いのに、感謝を込めて無理して作ったのに……それをあの男、『バーロー!こんなモン作るくらいならさっさと寝てろ!!』って……。これが別居の真相。ああっ!思い出すだけでも頭にくるわ!!あの鈍感親父」
その真相に蘭は呆れてしまった。これでは当分、仲直りは無理だとコナンも蘭も悟ったのだ。
「そう言えばお母さんの料理って……」
そう、実は英理の料理はとても不味いのだ。それを思い出したコナン。遂には肩をガックリと落としたのだった。