とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第11話〜14番目の標的・4〜

彰達は現在、レストラン内から外には出ておらず、全員で同じテーブルに座って待機していた。此処から出ようとしていないのではない、『出れない』のだ。旭の遺体発見後、扉が電子ロックされていて開かないことに白鳥が気づき、目暮が外に応援を呼ぼうとしたが圏外。レストランに設置されていた電話は切られ、非常口からの脱出を試みたが、そこはセメントで固められていたと小五郎が証言し、既にレストラン内は犯人からしたら袋の鼠。簡単に獲物を狩れる状態となっていた。

 

勿論、この出れない状態というのは精神的に追い詰められる。それが一番に爆発したのは仁科だった。

 

「あんたの所為だ!!あんたの所為で関係ない私達まで!!」

 

その仁科の批判に続くように奈々も声をあげる。

 

「そうよ!!どうしてくれんのよ!!」

 

その批判に小五郎は反論出来ずに顔を俯かせる。確かに始まりは己であり、今も己が原因である事は確かなのだと、小五郎は思っているからだ。

 

「村上が順番を変えてなかったってことは……次に狙われるのは奈々ちゃん?君だってことだ」

 

そんな宍戸に奈々は怒りで顔をしかめて少しだけ声にもそれを滲ませて返す。

 

「やめてよ!なんでその名前も知らない男に狙われなきゃいけないの!?」

 

「でも気になることあるんでしょ?」

 

コナンのその声に奈々が顔を向け意外そうな顔をするが、それは彰も気になっていたことだ。関係ないことかもしれないが今は聞いて損することはない。

 

「だってさっき、『その人、8日前に出所したんだよね?』って……」

 

「だ、だから関係ないって……」

 

明らかに焦るその奈々の姿に彰は目を細める。

 

「いや、今それを関係ないと断じるのはあんたじゃない。俺たち警察だ。……だから、話してくれないか?」

 

彰のその言葉に奈々はもう逃げることは出来ないと観念したのか、顔を少し俯かせながら答える。

 

「……三ヶ月前、車を運転してる時に携帯を使って話してて、その時、目の前が赤だって気付いてブレーキを踏んだの。けど、それが遅かったみたいでカーブしながら真ん中で車が止まっちゃって。丁度その時にバイクが来たの。そのバイクと接触はしなかったけど事故ってて、バイクから倒れた人もフラフラしてて……怖くなってその場を逃げたんです」

 

「バイクの型は?オフロードじゃなかった?」

 

そのコナンの問いに奈々は普通のバイクだったと答える。その話に小五郎は今回の事件とは無関係だと断じた。それよりも脱出する事を優先させようと言う。それは確かに一番の優先事項であり、先輩にあたる目暮がそうしようと言うのならば、彰は反論する事はない。コナン以外の男衆全員で館内全てを回っての出口探しが始まった。そう、つまりレストラン内でテーブルに残ったのは蘭とコナン、奈々だけである。そしてそれは、犯人にとって絶好の機会だ。

 

「みんな遅いわね……出口見つかんないのかしら?」

 

「大丈夫です。きっと直ぐに見つけて戻って来ます」

 

蘭のその皆んなを信頼した言葉を背中にコナンは出口を探しに行こうと、手に持っていた缶ジュースを床に置き走り出したその瞬間、目の前に人の足が。目の前に立ち、コナンの行動を阻止したのはおなじみ蘭ちゃん。彼女は仁王立ちしてコナンを見ていた。

 

「ここにいなさいって言われたでしょ!全く、好奇心旺盛なんだから!」

 

「あっ!だってぇ!」

 

その瞬間、館内全ての電気が落ちる。それに気付き、彰は直ぐにこれが只の停電ではないと直感し、レストランへと走り出す。

 

レストラン内ではこの停電はと少しだけ混乱しており、それは奈々も同じである。だから奈々は気付かない。

 

ーーー彼女の指に塗られたマニキュアが光っている事に。

 

「なにっ!?どうしたの?なんで電気が……」

 

(夜光塗料ーー!)

 

奈々はそんなパニックの中、自分の顔の真横を『何か』が通った事に直ぐに気付く。何か通ったのかは暗くて分からない。そう、だからこそ、それをどう頭の中で想像したかは分からなくはない。そしてその後に響くガラスが割れた音が、更に奈々を追い詰める。

 

「アァーーー!助けてーーー!」

 

奈々は恐怖でパニックに陥り、その場から逃げ出す。その奈々に蘭は動かないように叫び、コナンがこの停電の狙いがなんなのかを理解するがもう遅い。その場に奈々の悲鳴が木霊したのだから。

 

「なに?何がおきたの?」

 

「奈々さん?」

 

コナンが床にいる奈々に声を掛けたその時、缶が蹴られた音が聞こえた。どうやら犯人が走って逃げた時、其処に缶がある事に気付かず、倒したようだ。

 

「奈々さん!!無事か!?」

 

そこに彰が到着すると同時に電気が回復する。どうやら誰かがブレーカーを上げてくれたらしい。そしてその場に照らされて現れたのは、背中から短剣を深く刺されて亡くなった奈々の遺体。

 

「なっ!?」

 

「奈々さん!!」

 

「キャーーーー!!」

 

その蘭の叫びを聞きつけ、全員が走って戻って来た。戻って来て直ぐに目に入る奈々の遺体に全員目を見開き、仁科は顔を俯かせる。白鳥が奈々に思わず奈々に声をかけた時、そこに目暮が割り入り、直ぐに小五郎と共に奈々と、その奈々の生死の判別をしている彰に近付く。

 

「彰くん」

 

「……ダメです。もう死んでます」

 

そこで気づく。ーーー『スペードの7』と『ジョーカー』に。

 

「村上です。村上がいるんです!この建物の中にっ!」

 

そこで小五郎がもう一度調べに走り、白鳥が一人では危険だからと後をついて行く。その間、宍戸は自分のカメラで奈々の遺体の写真を撮っており、それを目暮が止めに入った。しかしそれは『現場写真』を撮っておく必要があると言い、それに反論出来なかった目暮が、出れた後、写真の提出をするように言う。その間、彰は今の奈々の遺体をジッと見ていた。それは、彼の中の違和感の所為だ。

 

(おかしい。あのディーラーの写真の時、村上はトランプを左手で配っていたから奴は『左利き』だ。しかし、この遺体……短剣が刺さっているのは彼女の右肩。ここに左利きの奴が刺すなら、まず彼女を右手で掴むところから始まる。そうじゃなくとも、左利きの奴が背中に刺すとして、一番刺しやすいのは左肩の方だ。なのになぜーーー)

 

「それにしても、村上の奴は真っ暗な中、一体どうやって……」

 

(そうだ。その問題も……)

 

「夜光塗料だよ。奈々さんの手の爪が光ってたんだ!」

 

「なにっ!?」

 

その話を聞いた目暮と彰が二人して奈々の爪を見る。そう、彼女に贈られたマニキュアには夜光塗料が入れられていたのだ。

 

「普通、夜光塗料なんてマニキュアに入れていても、真っ暗闇にしない限り入ってるなんて気付きませんからね……」

 

そこで後ろの方で足音が聞こえ、振り向くがその場に誰もいない。しかし次に向かい側から足音が聞こえ、誰が移動したのだと視線を移せば、コナンが奈々の爪を見ていた。それに彰は気付き、コナンに近付く。

 

「おい、子供があまり見ていいものじゃないぞ」

 

「あ!警部さん!奈々さんの左手の爪が一つだけ変だよ?」

 

「……これ、付け爪だったのか。そして何かの拍子に取れたと考えるなら、取れたのは抵抗した瞬間か、もしくは何かに触ったか……」

 

そうしてキョロキョロと周りを見て、目暮の隣に落ちているのに気づいた。

 

「警部、すみませんがその隣に落ちているものを拾っていただけませんか?」

 

「ん?隣?」

 

目暮がそうして自身の隣を探し、右側に落ちている物に気付き、ハンカチで拾う。

 

「これは?」

 

「付け爪ですよ。本人の爪とはまた別のもので、そこに柄とかを描いて接着剤で付けて楽しむものです。うちの妹の梨華が楽しんでやってましたよ」

 

「ほー?しかし事件とは関係なさそうだな」

 

それに彰は眉をしかめる。果たしてそれは本当に関係ないものなのだろうかと考えたからだ。その時、コナンまた何かに気付き、素手で遺体の服を捲るのを見て、彰は慌て出す。

 

「おい!遺体に素手で触るんじゃない!!」

 

「あっ、ごめんなさい……でもこれ見て!」

 

そうして見えたのは、奈々の身体に着いた左手で掴まれた跡。跡が残るほどに強く掴まれたようだが、これに更に眉を潜める。

 

「……おかしい」

 

「ん?どうしたのかね?彰くん」

 

「……警部。一つ変なこと尋ねてもいいですか?」

 

「とりあえず言ってみてくれ」

 

「村上は両利きだったとか……ないですか?」

 

「儂が知ってる限り、そんな事はなかったが……」

 

それを聞き、頭を悩ませる彰。そう、つまりそこから導き出される答えは、そもそもの前提条件である『村上が犯人』という説がひっくり返ることになるのだ。

 

(……いや待て。それはまだ早計すぎる。この奈々さん……いや、館内で起こってる事件は村上の事件を模倣してるだけの可能性も……)

 

彰がそこで頭を悩ましているとき、小五郎達が戻って来た。

 

「警部、ダメでした。村上はどこにも……」

 

「もうここから逃げ出してるんじゃないでしょうか……」

 

「ソンなハズはない!出口がナイんだから!」

 

「きっとまだ何処かに潜んでんだよ!」

 

その言葉を彰は疑い始めていた。果たして本当に、そもそも最初から、村上はいたのだろうか、と。

 

(俺達は村上の『幻影』を追ってるだけの可能性もある。そもそも犯人が、村上という隠れ蓑を使っているだけの可能性だってある……どうする。どうすれば……)

 

そこで彰はコナンを見る。そう、彼は犯人の姿を見ているのだ。顔こそ分からないが、利き腕は知っているはず。

 

「……コナンくん、ちょっと」

 

彰に名前を呼ばれ、コナンは彰に近付いた。そこで彰はコナンに小声ながら疑問をぶつける。

 

「阿笠博士を襲った犯人の利き腕はどっちか、分かるか?」

 

その質問にコナンは目を見開く。そう、彼は今、コナンと同じ考えに辿り着こうとしているのだ。それにコナンはニヤリと笑い、答える。

 

「……右利きだったよ」

 

それに頭を抱える彰。これでそもそもの前提条件がひっくり返ったのだ。

 

「……これは警部に言わないと」

 

「あ、待って彰さん!」

 

目暮に伝えようとした彰にコナンは少し焦ったように待ったをかける。それに彰は顔を顰めた。事件解決はさっさとしなければならない。それにコナンは理由を小声で告げる。

 

「ここで犯人は別だと言っちゃうと、本当の犯人が焦ってこの建物ごと爆破させる可能性があるんだ。だから、慎重に行動して欲しいんだ」

 

それに彰は反論出来ない。確かに、爆弾がある可能性だってある。ここで爆破されようものなら、全員一緒にお陀仏だ。水が入ってくるのだから溺死で死ぬかもしれない。最悪それで死なずに全員息を吸える程度の天井との隙間を確保できていたとしても、時間が経つにつれて体温は落ちていく。そして最終的には死あるのみ。

 

そこまで考えて、彰はコナンの言葉に従う事にした。確かに此処で犯人に勝手な方法を起こされるのも困る。ならば次に狙われる可能性のある宍戸を守っておく方がいいだろう。が、そこでまた彰は疑問を浮かばせる。

 

(待てよ?そもそもなんで海中レストランなんだ?ただ殺すだけならこんな場所を選ばずとも、それこそ上の会場でもいいんだ。こんな水だらけの場所じゃ、最悪犯人も共倒れ……)

 

そこまで考えてハッと気付いた。そう、此処には水が苦手な仁科がいるのだ。

 

(……まさか)

 

そこで頭を軽く横に振り、考えを消す。そうと決めるには早計だと思ったのだ。

 

そして、目暮に考えを伝えさせるのを遅らせたコナンはと言えば、犯人を突き止めるための証拠探しを始める事にした。そう、奈々の事件の時、犯人はコナンが置いた缶を蹴飛ばしたのだ。直ぐにその缶を見にコナンが動く。缶の方は中身が溢れていた。

 

(俺が床に置いたとき、半分ほど残っていたのは間違いない。そのジュース缶を蹴ったとしたら……中身が飛び散って染みがついてるはずだ!犯人のズボンに!!)

 

そしてコナンが四人のズボンの裾を確認し始めれば、直ぐに見つかった。しかしその人はコナンにとっては信じられない人だった。

 

(この人がっ!?でもどうして……)

 

そこで小五郎が沢木に声を掛けた。それは、巻き込んでしまったことを謝るものだった。

 

「申し訳ない沢木さん。俺のせいで旭さんが殺されて、店も任せるどころの話じゃなくなって……」

 

「いえ、どうせ断るつもりでしたから」

 

それに小五郎は驚いた表情を浮かべる。小五郎は沢木のソムリエとしての誇りも、実力も知っている。なのに何故なのだと思ったのだ。それに沢木も気付き、苦笑しながらも答える。

 

「自分の店も今勤めてる店も辞めて、田舎に帰る事にしたんです。私、一人息子ですから、両親の面倒を見ないといけないんですよ」

 

そこで目暮は下手に動かない方がいいと告げる。確かに一人行動をしようとすれば、また奈々のような事が起こる可能性もあるのだ。

 

「特に宍戸さん」

 

「分かってますよ。次に狙われるのは俺ってんでしょ?精々、殺されないように気をつけますよ」

 

その宍戸の余裕な声色と態度に、彰は小さく溜息をつく。彼からしたらもっと危機感を持ってもらいたいのだ。

 

「警部サン!ボクはゼッタイに死にません!!ゼッタイに生きて帰ってミセマス!」

 

そこでコナンは一つの可能性を思いつく。その可能性が当たるかどうかを試す為、まずコナンが用意するのはミネラルウォーターだった。そしてそれを人数分用意した時、次に目を向けたのは調味料棚。

 

全員分のミネラルウォーターを入れ終わった後、それをレストランの方へと持っていけば、小五郎が何をしてるんだと聞いてきた。それにもともと用意していた答えを伝える。

 

「皆んな喉乾いただろうと思って!」

 

「馬鹿野郎!勝手に動き回るんじゃねえ!村上はどこにも隠れてるか分かんねえんだぞ!」

 

「でも僕の名前に数字は入ってないから!」

 

「たくっ」

 

「まあまあ毛利さん。今後は俺が付いて行くんで、今回は勘弁してあげてください。それに実際、彼に数字は入ってませんし」

 

彰のそのフォローの言葉に小五郎は仕方なさそうに頷く。刑事である彰が一緒なら、安心して任せる事ができるのだ。

 

そこでコナンは小五郎にもミネラルウォーターを渡し、彰にも手渡す。沢木にも手渡した時、宍戸から声がかかり、全員にミネラルウォーターが回り、飲み始めた。

 

「ふぅ!日本の水はホントに美味しいデス!」

 

「あぁっ!美味え!!」

 

そこでコナンはニヤリと笑う。そう、彼の中の『可能性』が『確信』に変わった瞬間だ。

 

(でも証拠がない)

 

そこでコナンはある物を思い出す。

 

(アレはどこだ?)

 

そこで奈々の周りを探し、少し離れた場所も探すが見当たらない。そしてそれを理解すれば、さらに彼は笑顔を浮かべる。これで犯人特定の必要条件は揃ったのだ。

 

その瞬間、館内が爆発音と揺れを起こし、電気が消える。勿論、揺れて仕舞えば全員バランスを崩す。

 

「なんだ今のは!?」

 

「どこかで爆発があったようです!」

 

「白鳥くん!宍戸さんだ!宍戸さんを守れ!」

 

その目暮の指示を受け、白鳥は直ぐに宍戸を暗闇の中、声をあげながら探しだす。

 

「宍戸さん!どこです宍戸さん!!」

 

その時、宍戸はライターを点けて場所を教えれば、白鳥は直ぐにその蓋を閉じる。

 

「死にたいんですか!」

 

彰はコナンを探し始める。先ほど、小五郎と約束したのだ。自分がコナンを見ておくと。

 

(くそ!どこだ、コナンくん!!)

 

「コナンくん!どこだっ!」

 

「彰さん!!僕はここだよ!!」

 

その声が聞こえたのは右の方へと向かえば、奈々の遺体の近くに移動してくれたようで、ようやく位置を掴めた。

 

「良かった……無事か?怖くないか?」

 

「ううん!僕は大丈夫だよ!」

 

その間、仁科は恐怖から顔を強張らせ、後ろに下がった時、車に背中が当たり、其処に手を添えながらも自身を安心させる為の言葉を紡ぐ。

 

「はははっ。私は2番だから狙われるのはずっと先だ!」

 

フォードは仁科とは違い、周りを警戒する。彼もまた狙われるのは先だが、それでも油断しないだけ仁科とは違う。

 

沢木はその場に尻餅をついていたが、其処に目が慣れたらしい小五郎が声を掛ける。

 

「沢木さん、怪我は?」

 

「い、いえ。私はまた狙われるんでしょうか?」

 

「そ、それは……」

 

その時、少しだけレストラン内が明るくなる。それは非常灯だった。

 

「おっ?ありがたい!非常灯だ!」

 

そう目暮が有難がっていた時、犯人が手元のボタンを押す。その瞬間、水槽内に仕掛けられていた爆弾が全て爆発。その爆風に煽られそうになりながらも彰がコナンに覆いかぶさる。コナンへの被害を最小限、上手くいけば全て回避させるために。しかしそう上手くもいかない。水槽から爆破されたのだ。水槽ガラスも割れたのだからその水はレストランに勢いよく流れ込んでくる。

 

「た、助けてくれ!私は泳げない……」

 

仁科は車に捕まっていたが、そのまま彼は水に飲み込まれる。それは全員同じで、コナンを抱えていた彰もコナンを抱えたまま水に飲み込まれる。

 

「わわっ!」

 

「くっ!」

 

そしてフォードも、宍戸も、沢木も飲み込まれた。同じく飲み込まれていた小五郎は、泳げずジタバタしている仁科を見つけ、彼を回収し、水面へと移動させる。

 

「大丈夫ですか!さあ、捕まって!」

 

その小五郎の指示で壁に手を捕まらせる仁科。そこからそんなに離れていないところでコナンと彰は浮上し、息を吸う。

 

「はぁっ!」

 

「はぁ!……コナンくん、大丈夫か?水を飲んでたりは?」

 

「大丈夫!」

 

そこに宍戸も浮上してきた。

 

「小僧、よく生きてたな!」

 

その言葉にコナンは不機嫌そうに顔を逸らし、彰は苦笑い。

 

「あんた、こんな中でもそのままとか、ある意味尊敬するわ」

 

それに宍戸が大笑いした時、フォードと沢木、目暮と白鳥が浮上した。しかし、コナンはそこで気づく。蘭だけがいない事に。

 

(蘭?どこだ?蘭!……まさかっ!)

 

そこでコナンの元にペットボトルが近づく。しかしこのままでは彰は離してくれないだろう。しかし彰はタイミングよく離れてくれた。沢木の方へと行ってくれたのだ。

 

「沢木さん!平気ですか?」

 

「え、ええ……」

 

「フォードさんは?」

 

「ボクも心配ありまセン!」

 

その間にコナンはペットボトルをつかみ、その中に入っていた水を全て出し、そして今度は親指で抑えて水の中に潜る。それに小五郎が気付く。

 

「こらコナン!どこに行く!」

 

コナンはと言えば、水の中で蘭を探し辺りを見渡す。そして彼女を見つけたが、その場所は車のすぐ側。どうやら流された時、車の下に足を挟んでしまい、動けなくなったようだ。其処でなんとか引き抜こうとしていたが遂に息が続かなくなったようで意識が飛びかけた瞬間、コナンがペットボトルを彼女の口に当てて息をさせる。そのお陰で彼女は呼吸が出来るようなった。お陰で意識も戻り、其処で見えたのは新一の姿。

 

『蘭、もう大丈夫だ。落ち着いて』

 

(し、新一……)

 

蘭が目を瞬く。しかしその姿は消え、コナンの姿が現れた。

 

(コナンくん!)

 

蘭は声を出していないはずだが、コナンはどうやら言いたいことを理解したらしい。一つ頷くと、彼は小さな体ながら車を持ち上げようとする。しかしやはり無理だであった。

 

(無理か……そうだ!伸縮サスペンダー……)

 

彼は上着を脱ぎ、自分が付けている博士の発明品を使うために移動しようとしたが、それは出来なかった。

 

何故なら彼もまた蘭と同じ様に、車のタイヤの隙間に足が引っかかったのだ。

 

(しまった!?足が引っかかった!)

 

彼は其処で焦り、なんとか足を引き抜こうとするが抜けず、遂に息が続かなくなり、全ての息を吐き出してしまい、今度はコナンの意識が飛びかける。直ぐにコナンは口を塞ぐ様に手で覆うがその行動は遅く、意識を飛ばした。その時、そのコナンの腕を蘭が引き、彼の顔を両手で掴むと、そのまま唇を合わせる。そのまま彼に自身の酸素を分け与えたとき、コナンの意識が戻る。そこで蘭が自分に何をしているのかを理解した瞬間、蘭が顔を離し、儚く笑うとそのまま意識が飛んでしまった。このままでは彼女は溺死してしまう。

 

コナンはそれだけはさせまいと足を引き抜くためにもう片足で車を壁にし、強く足を引っ張る。そうすれば何とか足を引き抜くことができ、直ぐに行動を始める。

 

まずサスペンダーの片方の先端を車の先端に引っ掛け、それを伸ばして上へと泳ぎ、柱に回して今度はサスペンダーの反対に手を伸ばす。しかしそれがうまく掴めずに苦戦したとき、別の手がその片方を掴み、コナンに渡す。どうやら彰が気付き、泳いで助けに来たらしい。コナンはそれを有り難く受け取り、シートベルトをつける様な要領で付け、ボタンを押す。すると車体が持ち上がり、蘭の体が浮かび上がる。其処で彰がコナンを抱え、蘭は泳いで助けに来た小五郎が抱え、直ぐに浮上する。

 

「はぁあ!……毛利さん!蘭さん!」

 

「ぷはぁ!蘭!!おい蘭!!しっかりしろ!!!」

 

そこで蘭が水を吐き出し、意識を取り戻す。

 

「お、お父さん……?」

 

「コナンに、感謝するんだな」

 

その小五郎の言葉に小さく蘭は頷き、グッタリした様子のままコナンに顔を向ける。

 

「ありがとう、コナンくん……」

 

「えっ、あっ……いや……」

 

そこでコナンが顔を真っ赤に染め、水の中に顔を隠す。

 

その間、彰は少し悔しそうに顔を歪める。彼は蘭がいないことに直ぐに気づけず、コナンに全てさせてしまったことへの負い目を感じているのだ。しかし、その反省は後回しだと意識を切り替えることにした様で、表情が真剣なものに変わる。

 

そのとき、目暮が脇腹を抑え、呻きだす。どうやら彼の傷が開いてしまった様子だ。その様子を白鳥が心配そうに見つめたとき、沢木が何かに気づいた様に声を上げた。

 

「アレを見てください!」

 

彼がそう言って指差したのは海上の一部に浮かぶ5枚のトランプ。『スペードの6〜2』だった。

 

「つまり、ここで一気に片付けるつもりだったんだな」

 

「くそっ!巫山戯んな!!」

 

「デモ!このままだといずれそうなりマス!!出口がナイのデスから!!」

 

「出口ならあるよ!!」

 

コナンがそこで声を上げ、小五郎と彰が驚いた表情を向ける。

 

「なにっ!?」

 

「ほらっ!爆破された窓ガラス!!」

 

「なるほど、彼処から逆に海に出れば!!」

 

そこで仁科が声を震わせながら反対する。

 

「む、無理です!!私はもう……」

 

「弱音を吐くんじゃねえ!!俺が連れてってやるよ!!」

 

その宍戸の男前発言に、彰はこんな危機的状況のさなか、確実に瑠璃が狂喜乱舞していたなと思い浮かび、苦笑を滲ませた。瑠璃の思考は少しだけ乙女であり、好みのタイプが宍戸の様な余裕ある大人なのだ。

 

「じゃあコナンくんは俺が……」

 

「僕一人で大丈夫だよ!」

 

「お前は俺が連れてってやる……もうひと頑張りできるな?」

 

小五郎が既にグッタリしている蘭にそう声を掛ければ、蘭は弱々しく頷く。警部は白鳥が支える事が決まり、沢木が先導することになり、全員でその後を追っていく。

 

「行くぞ!!息を大きく吸い込め!!」

 

小五郎のその言葉に従い、蘭は息を吸い込み、小五郎に支えられる形で潜って行く。

 

「しっかり握って!!話すんじゃねえぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

宍戸の言葉に仁科が声を震わせながら答え、潜り、フォードも後を追って潜る。その宍戸を見て、やはりあの人は瑠璃が惚れるタイプだと再度思うと、コナンに声をかける。

 

「本当に一人で行けるか?」

 

「うん!」

 

「……わかった。なら、ちゃんとついてくるんだぞ!」

 

それにコナンは頷き、それを見た彰は先に潜っていく。コナンはその間に浮かんでいたカードを集めてズボンの尻ポケットに入れると潜って行く。そして全員の後を追い、穴を抜け、海上へと出て行く。

 

地上では沢木が先に上がり、次に脱出した目暮と白鳥のうち、傷が開いた目暮を引き上げ連れて行く。そして白鳥は今度は小五郎と蘭を引き上げようとしたが、小五郎から蘭を頼まれ、蘭を横抱きにして助ける。外は既に日が落ち始め、空が紫色に染まり始めていた。

 

「……助かったんですね、私達」

 

「ええ、もう大丈夫ですよ」

 

白鳥は蘭を近くのベンチに座らせた時、脱出してきたはずの宍戸が仁科の名を呼ぶ声が聞こえ、全員がそちらに振り向く。どうやら仁科は水を大量に飲み込んでしまった様で、息をしていなかった。其処に沢木が人工呼吸のために近づく。彼はライフセーバーの資格を持っているらしい。それにコナンが小五郎の声を使って待ったをかけた。

 

「待ってください!人工呼吸は彰刑事、貴方がやりなさい!」

 

全員がそれに驚きの表情で小五郎を見る。彰もジッと見ていたが、彼は何も言ってないという。しかしコナンは急かす。

 

「早くしろ彰!!」

 

「……わかった」

 

彰は少しだけ訝しげにするが、文句は言わずに人工呼吸を始めた。

 

小五郎は自分の声での指示に首を傾げるが、突如として首にチクリとする痛みと強い眠気が襲い、彼はベンチに座り、眠る。そう、それは『眠りの小五郎』と言われる所以の一つである体制だ。

 

「毛利くん?」

 

「警部殿、今度の一連の事件、犯人は村上丈ではありません!」

 

「なんだって!?」

 

「なぜなら、阿笠博士を撃った犯人も、奈々さんを殺した犯人も、右利きだったからです!」

 

「右利き!?」

 

白鳥が驚いたその時、彰が人工呼吸をしていた仁科が息を吹き返した。

 

「大丈夫か?……もう助かったから安心してくれ」

 

その仁科に沢木は静かな、なんの感情も映していない視線を向ける。それでもコナンの推理は止まらない。

 

「犯人は恐らく、仮出所した村上と何処かで会い、10年前、私に肩を撃たれた事や、彼が元トランプ賭博のディーラーで『ジョーカー』の仇名があったことを聞き、利用しようと考えたんです」

 

「利用……?」

 

「はい。犯人は、自分が殺したいと思っている相手と自分自身の名前に数字が入っていることに気付きました。そこで、この名前の数字とトランプを組み合わせ、自分の犯行を村上の犯行に置き換えられると考えたのです」

 

そう、それはつまり、目暮、英理、博士を狙ったのは小五郎への復讐だと思わせる為のカモフラージュだったと、目暮は気付いた。

 

「そうです」

 

「なら、犯人が本当に殺したかった相手は……」

 

「旭さんと奈々さんの二人です。それに辻さん。彼の場合、目薬をすり替えるという死ぬ確率の高いやり方を選んだ点から考えて、まず間違いないでしょう」

 

そこで目暮が犯人は誰かと急かせば、コナンはこの場にいると答える。それに彰以外の全員が驚く。彼もそこまでは分かったのだ。しかし、それ以後が分からない。

 

「そういやあんた、奈々ちゃんに恥をかかされたっけ」

 

宍戸がそう言って仁科に疑いの目を向ければ、仁科は慌てて否定を返す。それにコナンも同意する。寧ろ仁科は『殺される側』だと。

 

「犯人は海中レストランを爆破させる事で、泳げない貴方を溺れ死させようとしたんです……ところで彰刑事」

 

そこで急に自分に話を振られ、キョトン顔になる彰だったが、仁科に人工呼吸する際、まず何をやったかと問われ、それに首を傾げた。しかしその瞬間、とある考えが頭を瞬時に駆け、瞠目しながらも答える。

 

「……頭を後ろに反らせ、首を持ち上げ、軌道を確保する事から始めた」

 

「では、軌道を確保せず、人工呼吸をするフリをして鼻と口を塞げば、どうなりますか?」

 

「……それは」

 

「死ぬに決まってるでしょ!?そんな事をしたら……」

 

そこで白鳥は彰と同じことに気づく。そこまで言われたら、もう誰を犯人だと言ってるかなど、分かりやすいのだ。

 

「そうです!旭さんと奈々さんを殺害し、辻さんと仁科さんを殺そうとした犯人、それは沢木公平さん!貴方だ!」

 

その場の全員が驚きの顔で沢木をみる。それは沢木も同じであり、反論を返す。

 

「も、毛利さん!!私だってボウガンで狙われたじゃないですか!!」

 

「アレはあんたが前以て仕掛けておいたものです。昨夜、このアクア・クリスタルで旭さんを殺害した後でね!!」

 

フォードと宍戸はそこでテーブルの下に落ちていた置き手紙も、電話してきた秘書も、全部公平なのだと気付いた。そしてそれは、奈々に贈られた夜光塗料入りのマニキュアもだ。

 

「動機は?動機はなんなんだ!?」

 

「恐らく、味覚障害に関係が……」

 

それにフォードはよく分からない様子で宍戸に顔を向ける。

 

「味覚……ショウガイ??」

 

「食べ物や飲み物の味がわからなくなるアレだろ?」

 

「はい。彼はその味覚障害にかかっているんです」

 

その言葉に皆んな驚きでまた沢木に視線を向ける。しかし今度は沢木は驚かず、顔をうつむかせていた。反論も否定もしない。つまりそれはーーー肯定。

 

「味覚障害は、精神的ストレスや頭部外傷が原因となる事があるそうです」

 

「……なるほど。奈々さんの車と接触しかけたバイクの人間は、あんただったわけか」

 

「ちょちょちょちょっと待ってくれ!!君は味覚障害と言うが、彼は奈々さんの持ってきたワインの銘柄を当てたじゃないか!!」

 

「それは経験の差だと思いますよ、警部……そうだろう?毛利さん」

 

それにコナンは肯定を返す。

 

「ええ。彰刑事の言う通り、彼はワインの色と香りだけで当ててしまったんです」

 

「そんな事が……」

 

「沢木さんは残された視覚と嗅覚だけを頼りにその後もソムリエを続けていました。だがそれは、完璧なソムリエでありたいという沢木さんの『美学』に反する事だった。だから沢木さんはソムリエの仕事を捨て、田舎に帰る事にした。その前に、奈々さんを含む、自分を味覚障害に陥れた者たちへの復讐をしてね!!」

 

その復讐へと行動を移したのは、相当の悔しさからだろう。それも、彼がレストランを開くときの為にずっと大事に取っておいた宝物のワインを割ってしまうぐらいには。そうコナンが説明すれば、目暮も納得する。

 

「それじゃあ、あの床についていた傷は……しかし、どうして君はそんな事まで分かったんだ?」

 

それは彰も気になる事で真剣に聞いていれば、それは沢木が調味料の味見をしていたからだと言う。

 

「調味料……」

 

「彼が味見していたのはチリパウダー」

 

「唐辛子の粉……なるほど。ソムリエの様に舌を使う人が、味見する物ではないな」

 

「ええ、そのような刺激物は味見しないでしょう。彼が味覚障害にかかっていることは、私がコナンに持って来させた、ミネラルウォーターで確かめる事ができました」

 

「ミネラルウォーター?」

 

それに沢木は疑問を抱いた様子。なぜならただの水だと思っていたものだ。疑問も抱くだろう。しかし、それがコナンには決定だとなった。

 

「コナンが貴方に渡したグラスにだけ、塩が入っていたんです」

 

それに沢木はフッと笑う。

 

「それを私は、気付かずに飲んでしまったのか。確かに私は味覚障害にかかっています。でも、だからと言って、私が奈々さんを殺した証拠にはならないでしょう?」

 

それにコナンはもう一つの決定打を出すことにした。

 

「証拠ならあります。貴方の上着、左右どちらかのポケットに」

 

それを言われ、彼は上着のポケットを探り出す。そして沢木は右のポケットに何か入っていることに気づき、取り出してしまう。そう、それが犯人を示す証拠であるとも知らずに。

 

取り出されたのは奈々が猫の悪戯描きをしたコルク。

 

「奈々さんが殺される直前まで手にしていたコルク、何故貴方のポケットにあったんです?」

 

沢木はそれを強く握り締める。そこからは強い怒りが感じ取れた。

 

「それは、貴方に後ろから刺された奈々さんが、振り返りしがみついたその時、コルクがポケットに入り込んだのです」

 

「なるほど。あの床に落ちていた付け爪はその時に……」

 

「ええ、剥がれたのでしょう。ソムリエの貴方が、ワインのコルクで証明されるなんて、皮肉なもんですな!更にもう一つ!恐らく、貴方のポケットの中に、まだ眠っているはずだ!」

 

そう言って投げ渡されたのはあの5枚のトランプのカード。それを見つめる沢木の目は、すでに冷めていた。

 

「その柄と同じ、使い残した『スペードのA』が……工藤新一のカードがね!!」

 

その言葉に、沢木はもう言い逃れはできないと理解していたからこそ、素直にウラ技の胸ポケットからカードを取り出す。そう、それは『スペードA』だ。

 

それを沢木は静かに蘭に投げ、そのカードは蘭の腕に当たるとベンチに落ちてしまった。それに気付いた蘭も、焦点の合わない視線を向け、それが新一のカードだと気付いた。

 

「毛利さん、全て貴方がおっしゃった通りだ。私は三ヶ月前、帰る途中に彼女の車と接触しそうになって転倒した。それから暫くして、突然味が分からなくなった。医者からストレスが原因の可能性もあると言われた。絶望した私はもはやソムリエである事を諦め、事故の原因を作った小山内奈々、ストレスの原因となっている旭、辻、仁科への復讐を決意した」

 

「……奈々さんはまだ分かる。接触事故を起こしかけたんだから……けど、他3人はなんでだ?何が理由でストレスを抱えた?」

 

彰が至極冷静に問いかければ、沢木は怒りを声に滲ませながら答える。

 

「旭は、ワインブームに目を付け、莫大な財力にモノを言わせ、海外の希少ワインを買い漁っていた。その癖管理は不十分」

 

それに彰は眉を顰める。彰の父親はそんな物には興味はないため、例えそんなブームが来ようが全く顔を向けることはない。それが会社を大きくするために必要な事ならば違うが、その時にはキチンとどう管理し、どう扱えば良いかを研究し、勉強してから扱うのだ。それを考えれば、まだ父親はマシだったのだろうと思ってしまった。

 

「仁科!お前はグルメを気取って知ったか振りの本を書き、ワインについての間違った知識を読者に植え付けた!!」

 

その怒りを向けられた仁科は目を丸くする。彼からしたら『そんなこと』で命を狙われたのかと思っても仕方ない。

 

「そして辻弘樹!奴は私はソムリエの誇りを穢した!!……四ヶ月前、私は奴が自宅で開いたパーティーに出席した。そこで奴はソムリエのバッチだといって豚のバッチを付け、タストヴァンだと言ってお玉を私に掛けた。それに周りは大笑いだ!!」

 

「そんなことで辻さんを殺そうとしたのか……」

 

目暮があり得ないと目を見開き沢木をみる。それに沢木が遂に激昂し、叫ぶ。

 

「そんな事だと!?貴様らにあの時の私の気持ちは分かるまい!!私が天職として目指したソムリエの品格、名誉、プライド!!その全てをあの男は、汚い足で踏み躙ったんだ!!」

 

「……村上丈を殺したのかね?」

 

その問いに沢木はニヤリと笑う。

 

「ああ。村上とは彼奴が仮出所した時に偶然、毛利探偵事務所の前であった」

 

それは小五郎が昼から麻雀に行ってた時間だ。

 

「私は上手い事村上を利用出来ないかと思い、毛利さんの知り合いだと言って誘った。村上は、事件当時こそ毛利さんを恨んだが、今はただあの時の事を謝りたくて会いに来たと言った。その時だよ、トランプの数字を使って自分の犯罪をカモフラージュしようと思いついたのは。酔い潰れた村上を殺すのは簡単だった」

 

「それじゃあ、毛利さんや目暮警部にはなんの恨みもなかったのか!!」

 

その白鳥の問いに、沢木はその通りだと笑う。そしてそれはつまり、宍戸もフォードも関係なかったという事だ。この二人を読んだのは、足りない『4』と『6』を揃えるため。

 

「『5』と『3』の毛利さんと白鳥さんは、私が旭さんに呼ばれた事を話せば、当然付いてくると思っていた。……本当は『1』の工藤新一も来る事を期待していたんだが……それは残念ながら叶わなかった」

 

実は揃っているが、やはり誰も気づかない。誰も想像だにしない。かの高校生探偵が、小学生になっているなど、思いつくわけもない。

 

「関係ない人まで死ぬとは、考えなかったのかね!!」

 

「海中レストランを爆破したのは、ただ仁科を殺すためだ。他の連中は死のうが生きようがどうでも良かった」

 

その心理はわからなくもないものだ。自身とは何の接点もない者に、何かを思えと言われてもせめて同情だけだろう。しかしそれは被害者側であった場合。犯罪でそれを肯定してはいけない。

 

「あとは此処が崩れ落ちて、村上の行方は掴めずで迷宮入りになるはずだった」

 

(『此処が崩れ落ちて』?……!まさか!!)

 

「沢木さん、もう逃げ場所はない。観念するんですな」

 

「「白鳥刑事!!沢木さんを取りおさえるんだ!!」」

 

その二人の言葉に白鳥と目暮が驚きで目を見開いた瞬間、沢木は手に持っていたスイッチを押した。その瞬間、アクア・クリスタルの脚となる柱が爆破し、地面が揺れ、水飛沫が上がる。コナンも其れによろけてベンチから落ち、寝ていた小五郎も地面に崩れ落ち、その衝撃で目を覚ます。

 

「な、なんだ!?」

 

沢木はそこでナイフを取り出し、蘭へと走り出す。それにコナンが気付き走るが、子供の足では届かない。沢木の方が一歩早く辿り着き、蘭の腕を掴み、連れていく。

 

「しまった!?」

 

そこでその場は一時止まる。何故なら彼を捕まえ、その首にナイフを向けているのだ。

 

一人この状況についていけてない小五郎は目を見張る。

 

「はっ?なんで沢木さんが蘭を?」

 

「何を言っとるんだ!!君が奴の犯行を暴いたんじゃないか!!」

 

「は?私が?」

 

そんな様子に沢木は笑い、全員に動かないように指示する。勿論、動けば蘭の命はない。いつもなら大人しくしない蘭も、しかし先程で疲れ切ってしまっている為に得意の空手も出来ない。その間にも爆破は進む。海中レストランは沈み、モノレールの所も瓦礫となり、そのまま海へと落ちてしまう。そして仁科達がいる所も崩れだし、急いで小五郎達がいる方へと避難する。その先ほどまでいた場所は、そのまま海に飲み込まれてしまった。

 

「くそっ!さっきの爆発で建物全体のバランスが崩れてる!!」

 

その時、沢木と蘭がいないことに気づき、小五郎が辺りを探す。それよりもコナンが早く見つけた。既に沢木達は建物内へと向かう階段を登っていた。

 

「どこにいくつもりだ!!」

 

「きっと建物内にあるヘリポートへ向かうつもりなんだ!!ここからの脱出用に、秘書の名前を使って呼んであったんだよ!!」

 

「そうはさせるか!!」

 

小五郎がそこで跡を追うために走り出す。それに待てと声を掛ける目暮だが、それで止まるはずはない。自分の大事な娘が命の危機に陥っているのだから。そしてそれはコナンとなった新一も同じだ。目暮の声を無視し、走って後を追う。仕方なく残った仁科達に避難するように声を掛ける目暮。

 

「私は泳げないんだ!!」

 

「心配すんな!板切れでも探してしっかり岸まで連れてってやるよ!!」

 

それを聞き、目暮は彰と白鳥に声をかけ、後を追い始める。

 

誇りを穢されたソムリエとの鬼ごっこの始まりの合図は、既に落とされたのだった。


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