とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第11話〜14番目の標的・2〜

英理が倒れたと連絡を受け、警察病院から急いで東都大学病院へと移動したコナン達。英理の治療をした医者に安否の確認をすれば、すぐに胃の洗浄をしたからと命に別状はないと伝えられ安堵する。

 

「やはり毒物でしたか」

 

白鳥が聞けば肯定される。それも農薬系統のものらしい。と、そので手術室からストラッチャーに横たわった英理が出て来て、蘭が心配そうな声ながら駆け寄った。その後を小五郎も追い、近くには寄らないが蘭の後ろから心配そうに見ていた。

 

「お母さん!……お母さん」

 

「蘭……」

 

「英理」

 

「貴方、来てくれたの?」

 

「大丈夫?叔母さん」

 

「コナンくんも……ありがとう、大丈夫よ」

 

英理の声に覇気はなく、顔も辛そうなままだが、しかし笑顔は浮かんでいる。安心させるための笑顔ではあるが、それでもそれは少しの安心をもたらしてくれるものだ。

 

「問題はないとは思いますが、今日は大事をとって一日入院した方がいいでしょう」

 

医者のその言葉に反論するものはいない。小五郎は医者に英理を頼むと、そのまま英理は病室へと運ばれていった。

 

「それにしても警部に続いて英理まで……これは偶然なのか?」

 

「所で、チョコレートを食べた途端、倒れたのか?」

 

彰が他の刑事にそう尋ねれば、それに調べてくれた刑事が頷く。

 

「ええ、事務所の郵便受けに入ってたそうです」

 

そう伝えられながら出されたのは『ZIGOBA』のリボンと包み紙、そして一本の白い花。

 

「『ZIGOBA』だ!それに、紙製の花……」

 

「じゃあ、同じ犯人……」

 

ここでふと、彰もコナンと同じく何かを思い出しかけた。そう、これを何処かで見かけたことがあるのだ。

 

(どこだ?……俺はこれを、どこで見た?)

 

そしてそこで一度解散となるが、彰はまだ捜査があるため帰ることも休憩も取れない。だからこそ、彼は携帯で写真を撮り、それを瑠璃宛にメールで送った。彼女がもしそれを見たことがあるなら、確実に答えてくれるからだ。

 

「頼む、見ててくれよ……瑠璃」

 

その瑠璃はといえば、そのメールにすぐに気付き、添付されていた写真を見て、眉を顰める。

 

「これ……」

 

「あん?瑠璃、どうした」

 

松田が瑠璃の様子に気付き近づけば、彼女は素早くメールを打ち、彰に返信していた。そしてそこで漸く松田の質問に答える。

 

「今、彰達が警部の事件と小五郎さんの奥様である英理さんの事件を追ってるの、知ってますよね?」

 

「ああ……なるほど。その資料の中で、彰にとって見覚えのあるものがあったからお前の記憶に頼ったのか」

 

「そういうことです。……それに、今回見せてもらった写真は、誰でも見たことありますよ」

 

それに首を傾げる松田に証拠品の西洋の紙短剣と白い造花の写真を見せれば、彼も眉を顰めた。

 

「……おいそれ」

 

「ね?誰でも見たことあるでしょう?だって誰でも一度は遊んだことがあるものですからね」

 

***

 

その頃、コナンは阿笠邸に戻っていた。理由は彼が持つスケボーの調整だ。そこで事件のことを話し、ヒントとなる何かを探すコナン。彼は些細な会話の中からでもヒントを見つけ、そして事件の真相に辿り着く。今回はそれと共に事件の整理もしているのだ。

 

「でも、どうしてアレだけ慎重な人が毒入りチョコレートなんか……」

 

「ああ、この前の食事の時にオッチャン、蘭の母さんの怒らせちゃって、そのお詫びだと勘違いしたらしいんだ」

 

「なるほど……ほれ、修理終わったぞ」

 

そんなタイミングで、阿笠邸の中で何かが割れる音が響く。それは地下にいても同じことで、コナンと博士が急いで一階の玄関まで行けば、玄関扉のガラス部分が石を投げ入れられて粉々になっていた。

 

「誰じゃ!!こんな悪戯したのは!!」

 

これには流石に怒りを覚えた博士が犯人を突き止めようと扉を開く。その時、コナンはその身長の低さのおかげで犯人が見えたーーーバイクに乗り、ヘルメットを被って顔を隠し、右手でクロスボウを構えるその姿が。

 

「博士、開けちゃダメだ!」

 

「えっ?」

 

その注意をするのは遅かった。すでに扉を開いてしまい、思わず手を離した博士は背中を向け、犯人はそんな博士に容赦なくボーガンを撃ち込む。そのボーガンは真っ直ぐ博士のお尻に撃ち込まれ、博士は痛みとその衝撃で倒れてしまった。

 

「博士!」

 

コナンが心配そうに声をかければ、犯人はバイクに手をかけ逃げようとする。その後で博士も気付き、コナンに追うように言う。

 

「で、でも……」

 

「追え、新一!追うんだ!!」

 

その言葉に背中を押され、コナンは外に走り出る。そしてスケボーに乗り、そのまま猛スピードでバイクの後を追い始める。バイクとスケボーの鬼ごっこの始まりである。

 

まずバイクは角を曲がり、その後を追ってコナンも曲がれば、すぐに居場所が分からなくなってしまう。何故なら其処は左右で道が別れてしまっているからだ。

 

(どっちだ?どっちへ行った?……左なら歩美や元太達の家の方か)

 

其処まで考えてコナンは探偵団バッチを使い元太達に連絡を入れる。それは勿論、咲にも届く。彼女はこういう昼間の時間、公園でボーッと空を眺めたり、近くに湖でもあればそれを眺めたりしている。そしてこの時も彼女は米花駅広場でそんなことをしており、そしてそれが今回は素早く動ける結果となった。

 

「黒のオフロードバイク?……こっちにはまだ来てないな」

 

そしてその連絡の向こうでは、光彦と元太が目的のバイクを見つけていた。すぐにそれを元太が報告し、コナンはやはり左だったかと笑う。そして今度は歩美がそのバイクを見つけ、コナンに報告。コナンはそれを聞き、先回りとばかりに商店街を猛スピードを出すスケボーを使って通る。それを見たお客さん達は慌てて避けるが、今のコナンにはそれは目に入っていない。そして抜けた先でそのバイクを見つけた時、バイクは信号止めをくらっていた。しかし乗っていた人は辺りを見渡し、その場でカーブ。そして人道へと移動し、エンジンを入れた状態のまま歩道橋の階段を登りだす。そしてそのまま反対の人道へと道を変えるが、コナンはその後を追う。流石にこの時までスケボーには乗らない。

 

(逃がさねえ!絶対に逃がさねえぞ!!)

 

その時、階段をその勢いのまま降りていたバイクが階段を登っていたお婆さんの隣を過ぎた。そのお婆さんはどうやらその時の風の所為でバランスが崩れ、階段を踏み外し、転落しかけていた。それに気付いたコナンはスケボーを放り投げ、お婆さんの背中を抑え、落ちないように助けた。

 

「大丈夫?お婆さん」

 

「どうもありがとう」

 

そこでコナンがバイクを探すが、やはりもう消えていた。そこで咲がコナンに気付いた様で、歩道橋に近づいて来た。

 

「コナン!」

 

「咲!バイクの奴は?」

 

「真っ直ぐ走って行ったが、そのあとは……すまない。車と電車の音でかき消された」

 

「そうか……仕方ねえ。一度、戻ることにする」

 

「待て。……何があったのか、説明してくれないか?役に立てることがあるなら、役に立ちたい」

 

その言葉にコナンは眉を顰める。彼からしたら咲は大人びた雰囲気を持つが何も知らない子供。危険な目に遭わせたくないのが心境だ。そして咲からしても同じ見解だ。コナンは少し頭のいい子供でしかない。これ以上、危ない目に遭わせたくないという想いがあるのだ。

 

「……取り敢えず、博士の所に行こう」

 

「……分かった」

 

咲は其処でコナンの背に抱きつく様にしてスケボーに乗せてもらう。本当はそれも嫌がったのだが、今回は覚悟を決めたらしい。そして阿笠邸へと着いた時、コナンはその門の前であるものを見つけた。それは8の字に見えなくもない紙。そこでコナンはそれをどこで見たのかを確信する。その間、咲は博士の容態を知り、直ぐに病院に電話していたのだった。

 

そしてその病院に博士は運ばれ、ネタばらしをしようとしたコナンだが、その謎は既に解明されていた。曰く、目暮の下の名前が『十三』だから『スペードのK』、英理は上の名前が『(Queen)』だから『スペードのQ』、そして博士は『士』の文字が『十と一』を組み合わせたものだから『スペードのJ』だとせつめいされた。

 

「え、トランプだって分かってたの?いつから?」

 

「連絡が来たのはお前達と別れた後、少し経った時だな。まあ、答えを言ってくれたのは瑠璃だが」

 

(なるほど。瑠璃さんは完全記憶能力持ってるから、聞けば直ぐに思い出してくれるのか……)

 

「でもなんでトランプ?それもスペードなのかしら」

 

蘭のその最もな疑問に白鳥が答える。

 

「スペードには『死』の意味があるんです。同じ様にハートには『愛』、ダイヤには『お金』、クラブには『幸福』の意味があります」

 

「まあそれも俗説だ。正直色々ありすぎるが……まあ、今回は白鳥警部が言った方の意味合いが強いだろう」

 

「じゃあ、犯人はトランプになぞらえて名前に数字が入ってる13〜1までの人物を襲おうとしているのか」

 

「それも……小五郎のおじさんに関係のある人をね」

 

それに小五郎が反応し、コナンを見やる。それは彰も推測していたことではあったので驚くことはなかった。一見して見ても分かる。今の所、全て小五郎の関係者ばかりが狙われているのだから。

 

「しかし、一体誰が……」

 

「唯一の手掛かりであるバイクのナンバーは、盗難車でした」

 

その時、部屋の扉が開かれ、いつもの姿の警部が入って来た。それに彰は目を丸くし、警部を見る。

 

「け、警部?どうして此処に……」

 

「いや、英理さんに続いて阿笠博士まで狙われたと聞いてな」

 

「しかし、傷口はまだ治ってないんですよ?」

 

「ちゃーんと縫ってあるから大丈夫だ」

 

目暮がそう笑って何も問題なさそうに言うから、彰はそれこそ呆れた様に溜息を吐きながらも何も言えないのだった。しかし、目暮はそこで直ぐに切り替え、真剣な眼差しで小五郎を見据える。

 

「それで、話は聞いたよ。犯人は恐らく、『村上 丈』だ」

 

「村上丈……!」

 

その名前には彰も聞き覚えがある。一週間前、彼は刑務所から仮出所しているのだから。しかし詳細までは知らない。それは白鳥も同じだった様で、彼が質問すれば、カード賭博のディーラーで、10年前に殺人事件を起こし、そして仮出所したと話された。

 

「カード賭博のディーラーって?」

 

「トランプの札を配る人の事だ」

 

咲がそう答えれば、理解した様で蘭はそれに一つ頷く。それを見た後、目暮が話を続けるために写真を取り出した。それは、村上がちょうどディーラーの仕事をのため、左手でトランプを配っている写真だった。

 

「これが件の村上丈だ」

 

それをコナンも移動して目線を上げて見る。今回に関しては咲は見ない。守る為なら動く彼女でも、大人の刑事がいるのだから問題ないと判断した。それに、無闇矢鱈に突っ込んでいけば、彰にも迷惑が掛かると理解しているのだ。

 

「村上か……確かにあいつなら、俺に恨みを抱いてもおかしくない」

 

その小五郎の言葉にコナンが不思議そうに首を傾げて聞けば、小五郎が村上を逮捕したからだと返される。

 

「そんなっ!刑事が犯人を逮捕するのはあたりまえじゃない!」

 

「そりゃ、そうなんだが……」

 

そこで白鳥がその時の事を思い出した様で口に出す。

 

「その話なら私も聞いたことがあります。確か村上は所轄署に連行された後で……」

 

「白鳥くん!その話はもういい」

 

そこで目暮が白鳥に怒りを表し、話を止める。それに白鳥は瞠目する。それは彰も同じだった。目暮のそんな様子を、彼は初めて見たのだから。

 

(……一体、事件の時、何があったんだ?捕まえた刑事が犯人に逆恨みされる事自体は珍しくもない話だが、これはそういう事じゃなさそうな雰囲気だな)

 

「しかし、村上丈はなぜこの俺を真っ先に狙わないんだ?俺に恨みがあるなら直接……」

 

「『復讐する相手を苦しませる1番の手は、その相手の大切な存在を手にかけること』」

 

その彰の言葉に全員が彰に視線を向ける。それに慌てる事なく、彰は続ける。

 

「これは俺の弟の受け売りです。彼奴は、一番効果的な方法は本人を直接手にかけることではなく、その周りから手をかけ、精神的に追い込むことが一番の復讐だと言ってました。だから多分、村上もその言葉通りの行動をしているのではないかと」

 

「……そうだな。毛利くん、君を苦しめる為だろう。縄でジワジワと首を絞める様にな」

 

それに小五郎は顔を顰める。そしてその顔を見て彰は修斗の言いたい事をようやく理解した。なるほど、その表情を復讐者が見れば苦しんでいると理解し、高笑いしたくなるだろう。

 

「ねえ!オジさんの知り合いに『10』の付いた人はいないの?」

 

それに小五郎がコナンの方へと顔を向ける。そう、これはどう考えても連続殺人。つまり、次は名前に『10』が付く人が狙われるのだ。

 

「次に襲われるのは、その人かもしれないよ?」

 

それを言われ小五郎は考える。

 

「『10』か……『10』……っ!十和子さん!」

 

そこで夜の時間を狙い、銀座のクラブへと向かう。咲に関しては後で彰が家に送る為に一緒について来てもらっている。そしてクラブへと入れば、クラブのママである十和子が現れた。どうやら扉が開く音を聞き、出迎えに来たらしい。

 

「あらっ!毛利先生!」

 

「十和子さん!無事だったんですね!」

 

その小五郎の様子に十和子は困惑。その様子に彰は安堵した後、白鳥と蘭、コナン、咲と共に車に戻る。そして家まで送ってもらっている途中で、蘭から病院で白鳥が言いかけたことは何かと聞かれ、白鳥は調べれば分かることだがと前置きをしてから話しだす。

 

「これは先輩の刑事から聞いたんです。……10年前、所轄署の刑事だった毛利さんは本庁の目暮警部と……その頃はまだ警部補だったかな。兎に角、2人で殺人犯の村上を逮捕したんです。所轄署に連行して調書を取っている途中で村上が『トイレに行きたい』と言い出した。毛利さんと警部は係りの警官に村上をトイレに連れて行くよう命じて、取調室の前で一服したんだ。……そこへ蘭くんのお母さんが君を連れて毛利さんの着替えを持ってやって来た。その時、事件は起こった。村上はトイレの中で警官の一瞬の隙をついて拳銃を奪ったんだ」

 

「……思い出した」

 

そこで蘭がそう小さく呟き、その呟きを拾った4人は蘭の方へと視線を向ける。其処には嫌な汗を掻いている蘭がいた。

 

「私、その時……」

 

其処で蘭が思い出した。

 

ーーー放り出された着替えと弁当、そして父の腕で移動させられ、その後に父親が拳銃を村上に向ける姿。そしてその先には母である英理を人質にしている村上の姿。

 

『っ!?』

 

『車を用意しろ!この女と、地獄の果てまでランデブーだ!!』

 

『っ!!お母さん!』

 

蘭が母に走り寄ろうとする。

 

『蘭!来ちゃダメ!!』

 

しかし英理がそう叫び、歩みを止めさせる。その先に目暮が蘭を抱えて離れる。その時、拳銃の発砲音が響く。

 

その音を聞き、目暮と蘭が振り向き見たのは血を床に撒き散らしながら倒れる母。その倒れた母を見る村上。そしてその村上に対して発砲する父。

 

その球は村上の肩に当たり、村上もその場に倒れたーーー。

 

小五郎もその当時の事をクラブ内で煙草を吸いながら思い出していた。そんな時、目暮から声が掛かり、意識を現代に戻した。

 

「どうしたのかね?毛利くん」

 

「なんでもありませんよ!警部殿!」

 

そしてその話を聞いたコナンは驚きの表情を浮かべる。

 

「それじゃあ、オジさんがオバさんを撃ったの?」

 

「私、今の今まで忘れてた……」

 

「蘭さんにとっては、思い出したくない出来事だったんですよ」

 

しかし、其処で疑問が残る。そう、なぜ小五郎は英理を撃ったのか、だ。その疑問に白鳥は自身の考えを述べる。

 

「よほど自分の腕に自信があったんでしょうね。人質を避けて犯人を撃ち抜く自信が。だが、球は逸れて君のお母さんに」

 

其処でまた太ももにその弾が通る瞬間が頭の中で再生されたのだが、それに気付かず話を続ける白鳥。

 

「当時、警察署内部でも人質に構わず撃ったことが随分問題になったようでね。確かそのすぐ後だよ。お父さんが刑事を辞めたのは」

 

その会話の間、彰はそれを自分に置き換えて考えていた。彼もまた、銃の腕にはそれなりに自信がある。しかし、そんな場面で人質に当たらないという自信など、自分に持てるだろうかと考えた。しかし、答えは『持てない』だった。

 

(当たらないようにしたければまず犯人の眉間を撃ち抜かないといけない。しかし、それは刑事としてはアウトだ。だからと言ってそれ以外を狙えば、何かの拍子で英理さんみたいになり兼ねない……)

 

そこで彰は考えを変えることにした。小五郎が『ワザと』英理に当たるよう撃った場合だ。これならまだ考えにも納得が行くが、その狙いはなんなのか。

 

(……太もも……足に撃ったのは、犯人にとっての足手まといにさせる為?)

 

しかし、果たしてそう簡単にうまくいくものなのかと考えた。これもまた、何かの拍子で……そう、例えば撃った時、自分を覆い隠すように動かされて仕舞えばかすり傷どころではなくなる。

 

(……駄目だ。まず俺じゃそんな自信は持てん。……まだ格闘技や木刀使った方が自信持てるぞ)

 

そして咲はといえば、やはり同じ結論に至っていた。しかも彰とは違い、まず間違いないという自信さえある。

 

(『裏』だったらそんな『肉盾』を出されようと、何のためらいもなく撃つだろう。しかしこれは『表』の話。そして撃ったのは銃の扱いに自信がある者だ。そしてそんな場面で1番の最善策は……やはりその方法しかないだろう)

 

そして毛利一家を送り届けた後、今度は咲を送り届けることとなった。そして屋敷へとたどり着いた時、白鳥がポツリと屋敷を見ながら漏らす。

 

「……とても大きな館ですね」

 

「ああ。確か修斗の話だと、東京ドーム五個分、あるかないかってぐらいの大きさらしい……何でそんな金の使い方したのかは俺も知らん」

 

その会話の間に咲は車から降り、頭を下げると門の中へと入って行った。それを見届け、クラブに戻っていく刑事2人を視界の端に入れ、館へとまた一歩足を進めた。そしてそのまま書斎へと移動する。彼女を匿ってくれる彼はそこにいるだろうという予想での行動だったが、それは大当たりした。書斎に一つしかない窓の近くに椅子を置き、月明かりに照らされながら本を読んでいた。題名は『孤島の鬼』とあった。

 

「……ん?帰って来たのか」

 

そこで修斗が咲に気付き、本を閉じると立ち上がる。そして彼女に近付き、頭に触れる寸前で彼女に伺いを立てるような視線を向け、彼女はそれに頷くと頭を撫で始めた。

 

「おかえり」

 

「……た、ただいま」

 

まだ彼女はその言葉に慣れていないようで、修斗は少し困ったような、それでも嬉しそうな、何とも複雑な表情を浮かべた。

 

「夕食はちゃんと用意されてる。食べるか?」

 

「……ありがとう。頂こう」

 

その返事を聞き、修斗は移動していく。そして咲も書斎の扉を閉める時、フッと考える。

 

(果たして今の私が、かの父親のように大切な者を傷付けると分かった上で、撃てるだろうか)

 

そこで考えたのはまずあの金髪褐色の青年。しかしそもそも彼が人質に取られるとしたら、それは彼なりの作戦だからと考えて終わってしまうだろう。修斗で考えても彼一人で対処できると考えた時、次に思い浮かんだのはもう何年も会ってない、写真と修斗を通して送られてくるビデオレターだけでしか顔が見れない母だった。

 

(……果たして私は、あの人や小さな頃、仲が良かった姉の『霞』が人質に取られた時、同じ事が出来るだろうか……)

 

その答えはこの日、結局出ることはなかった。


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