とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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はい、今回は前回出てきたオリキャラが主なお話です。もう題名に+αって付けるべきかもしれない……

それでは!どうぞ!


第10話〜誘拐現場特定事件〜

あの怪盗キッドが黒真珠を盗んでから日にちが経ち、現在は月曜日の早朝。時刻が5時ちょうどとなるその瞬間、少女の目はいつも覚める。いや、彼女ーーー咲はいつも其処まで眠れない。むしろ今回は彼女を匿っている修斗にお礼を言いたいほどだと彼女は思っている。

 

(眠る前、私が寝るまで手を握ってくれていた兄さん……一番、私が頼りに出来、唯一私の『正体』を知っている……兄さん)

 

そんな兄は起きた時にはいつもいなくなっている。彼女が熟睡して少し経つと自身の部屋に戻っているのだから当たり前だ。咲も理解している。けれど、今はそんな兄の温もりが恋しくなるほどの夢を見てしまった彼女。

 

(……逃れることなんて出来やしないのに……私は、この手で……)

 

今の彼女の目に見える手はーーー赤かった。

 

***

 

修斗の計らいで帝丹小学校の一学年に転校することになった咲。そしてそこの担任である小林先生の紹介で教室に入る。

 

「それでは皆さん。今日から皆んなの仲間になる月泉さんです」

 

「月泉咲です。よろしく」

 

咲は黒いロングジャケットを羽織り、黒く長い髪をポニーテールにし、黒ハイネックと黒一色の姿をした出で立ちで頭を下げた。これが大人なら不審者と間違えられてもおかしくないだろう。

 

その挨拶の後、彼女はコナンの隣の席に座り、コナンに軽く会釈をした。それにコナンも会釈を返すが、その時点で彼女は窓の外を眺めていた。それにコナンは乾いた笑顔を浮かべる。

 

(ハハッ、愛想がねーやつ)

 

そして1時間目、2時間目と滞りなく授業を終え中休みに入る。すると途端に彼女の席に男女問わずに子供がわらわらと集まって来た。

 

「ねえ、どこから来たの?」

 

「どこに住んでるの?」

 

「前の学校ってどんな感じなんだ?」

 

その殆ど同時に声に出された質問に咲は笑顔で答えていく。しかしそれら全て『事前に』用意していたものだ。

 

「前は西多摩市の小学校に通ってた。だから以前住んでたのは西多摩市。前の学校ではとてもいっぱい友達が作れてたんだ。だから、仲良くしてほしいな」

 

彼女はニコッと笑えば、子供達は嬉しそうにキャッキャと騒ぐ。しかし隣にいたコナンには、それら全てが嘘くさく聞こえた。

 

(子供なんだからあんな流暢に答えれるはずがない。しかも動揺一つしない。……慣れてるのか?それとも……)

 

そこまで考えて、彼はあり得ないと考えてしまった。

 

(ははっ、ねーな。修斗のヤローの家が複雑なのはこちとら知ってんだ。こいつの家も複雑なんだろうな)

 

そこで別の子供が後ろから髪の毛に触ろうとした。そして、それに触れた瞬間、彼女は背筋がゾワリと粟立つ。

 

「っ!?」

 

直ぐに後ろを振り向けば、後ろにいた少女が驚いたような表情を浮かべていた。

 

「あ、えっと……」

 

「……どうしたの?」

 

「あ、髪の毛、弄ろうと……私、髪の毛結んだりするの、好きだから……」

 

「……そっか」

 

そこで彼女はホッと一息吐き出すと、謝罪する。

 

「……ごめん。私、あまり人に髪とか肌とか、触られるのがダメなの」

 

「あ、ご、ごめんね!!」

 

「ううん、でも、触る時には言ってくれると助かるな」

 

「う、うん!」

 

そんな咲の様子は明らかに違った。先程までの余裕のありそうな作り笑いは消え去り、困ったような笑顔を浮かべていた。それを見逃すコナンではないが、それもやはり彼女の親戚筋である北星家の複雑さが原因なのかもしれないという結論に至ってしまった。それだけ北星家が複雑であるのが、今回は隠れ蓑として役立ってくれたのだった。

 

そしてまた時間が経ち、給食の時間となった。もちろん、その時間になったなら近くの席の人と班を作るのだが、彼女の周りにはコナンの他に元太、歩美、光彦がいた。そう、この時間は食べながら彼らの自己紹介を聞く時間となった。そしてその話の中には、彼らが結成した『少年探偵団』という小学生らしい集まりの話もあった。

 

「少年探偵団?って、あのホームズの話にも出てくる?」

 

「え、咲ちゃんホームズ知ってるの!?」

 

そこでコナンの目が輝く。シャーロキアンが見つかったと喜んだのだ。勿論、彼女は苦笑いながらコクリと頷く。コナンほどではないが彼女もホームズシリーズは好きなのだ。

 

「そうなの!それで私達、実はいくつか事件も解決してるのよ!」

 

「そうなの?すごいね!でも、危ないよ?」

 

「全然平気だぜ!むしろ俺らがとっちめてやってるんだぜ!」

 

「へ〜」

 

咲はそれを楽しそうに聞くフリをして、内心で悩む。このままこの子供達が死体や事件に首を突っ込み続け、それがいつかは日常となり、本当に危険になった時でさえ慢心して後悔してしまうとかがくるのではないかと考えたのだ。

 

(なら自分がその危険から守ればいい。……大丈夫、今更自分の死なんて怖くない)

 

その時、一瞬だけだったが、あの場所で唯一自分の心の拠り所となってくれた金髪褐色の青年を思い出したが、それを頭から追い出した。自分の居場所はもうあの場所ではない。抜け出した時、泣いて彼に謝ってしまった事だけが心残りだとは思っている咲。

 

(あの時、私は泣きながら謝って、その後に携帯を破壊し、拳銃と共に海に投げ入れてしまったが……もしや、アレは彼を困らせてしまったのではないだろうか……)

 

そう考えていた所為か、返答が止まっていたらしい。彼女の名前を呼ばれ、ハッと意識を戻し、笑顔で謝った。それに笑顔で許してくれる彼らの笑顔は、彼女に癒しをもたらしてくれた。彼女の溢れたコップの水が少しだけ減ったのを、彼女はまだ、自覚しない。

 

***

 

漸く全ての授業が終わり、帰ろうとしたが、其処にコナンを退けた少年探偵団一行がやって来た。光彦だけ手にレシーバーを持っていたが。

 

「?どうしたの?それ」

 

「これの話はコナンくんも仲間に入れてから話します!さあ、行きましょう!」

 

それを合図に彼らは走り去っていく。それに溜め息を一つ吐くと、咲はゆっくりと歩いてその集団に近づく。どうやらちょうど、レシーバーの調整をしているらしい。

 

「おい、ちょっと見ろよ!これ『ワイダバイダレバーシ』だってよ!」

 

「違いますよ元太くん!『ワイドバンドレシーバー』って言うんですよ!」

 

「同じようなもんじゃねえかよ。で、なんだっけ?」

 

「強力なラジオみたいなものですよ。これでタクシー無線とか、コードレス電話の会話とか、偶然聞こえたりするんですよ!」

 

それを聞いて彼女は溜め息をまた吐かざるおえない。それは殆ど盗聴と変わらない犯罪の一種である。もうこの歳でそんな犯罪を覚えたかと悲しむべきか呆れるべきか、彼女には判断しずらかった。何より、彼女の『特技』がそれに近いものなのだ。彼女としては余計な『雑音』が増えたと疲れしか覚えない。

 

その間にレシーバーから音が漏れだす。確かにタクシーの無線や間違い電話が流れ出したが、そのノイズが彼女には余計に酷く聞こえ、耳を塞ぎたくなった。

 

「わぁ!スゲーなー!」

 

「でも、人の家を盗み聞きするなんて悪い事なんじゃない?『盗聴』って言うのよ?そういうの」

 

「聞くだけなら誰にも迷惑はかかりませんよ!」

 

そう自信を持っていう光彦だが、咲としては一つ言ってやりたい。

 

「聞く内容によっては人の迷惑になるし、本当に罪になるから注意してね?」

 

やんわりと注意すると、それに光彦は固まった。誰しも『罪になる』と言われたら怖いものだ。そしてそんな事を注意しない大人組の一人であるコナンは、この日は実は蘭が空手の大会でやる気が入っており、その応援に行かなければ彼女からの後ろ回し蹴りが飛んでくることを理解し、急いでいるのだ。だからこそ、此処で冷や汗をかいているのだが四人はそれに気付かない。

 

「よーっし!歌手の『奈室 奈美恵』の電話聞こうぜ!」

 

「えっ!奈室奈美恵ってこの近所に住んでるんですか?」

 

元太の言葉に光彦が反応し、嬉しそうな声を上げるが、しかし元太は近所にいるかなど知らない。だから分からないという反応を示せば、光彦は残念そうにする。

 

「じゃあ無理ですよ。このレシーバーは半径1km圏内に偶然入った電波しか受信出来ないんですよ」

 

「なーんだ、つまんねーの」

 

本当につまんなそうにする元太に咲は苦笑い。どれだけその歌手の声を聞きたかったのだと声を大にして言いたかったが、いま自分は子供だと考えることで自制した。

 

「だから、聞く相手を選べないんです。いいですか?こうやってダイヤルを回しながらーーー」

 

そう説明しながらダイヤルを回せば、少しして電波を受信した。

 

「ほうら、入った!」

 

そう言って喜んだ瞬間、今度はそれが青褪めるような内容が聞こえてきた。

 

『お前の娘は預かった』

 

『なんだって!?』

 

「!?」

 

それにその場の全員が目を見開く。当たり前だ、ただの電話かと思いきやまさかの脅迫電話が聞こえてきたのだから驚くなと言う方がまず無理だ。驚かせたくなかったら最初に注意をしてほしい。『いまから誘拐の連絡をしますよ』と。

 

「今なんて?」

 

「シッ!」

 

コナンが静かにするように指示し、その場が静寂に包まれる。其処で咲は集中するために目を瞑り、視覚情報をシャットダウンする。こうする事で、彼女の『力』が従前に発揮されるのだ。

 

(余分な『雑音』も聞こえるけど、今は気にしてられない!)

 

『お前の娘を誘拐したって言ってるんだよ。サツに知らせたら娘を殺す!』

 

「脅迫電話だー!!」

 

それに歩美が叫ぶが、その声は集中していた咲にはスピーカーで叫んだような声に聞こえ、思わず耳を塞ぐ。しかしこの時点で彼女は取れるだけの情報を『耳』から得ていた。あの電話で確かに奥の方から子供が小さく怖がっているような声と風の音が聞こえたのだ。つまり、相手は外にいるらしいことが分かった。

 

(さて、伝えても良いが……修斗から『目立ち過ぎるな』と忠告を受けてるしな……)

 

そう、伝える事は簡単だ。彼女の特技を伝えれば良いだけなのだから。しかし、それで目立てば目立つだけ、彼女の存在は露見する。彼女の『力』はそう世の中にあるものではない。奴らにバレたら芋蔓式だろう。それで自分だけが命の危機になるならそれは寧ろ願ったりかなったりなのだが、周りを巻き込むわけにはいかない。

 

「どうしよう、コナンくん……」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「本当に誘拐事件だったらどうすんだよ!」

 

「もし本当に誘拐事件が起こってたとしても!今の情報だけじゃ、そのワイドバンドレシーバーが受信出来る、半径1km圏内のどこかで誘拐が起こってるとしか分かんないだろ!」

 

(……ふむ。ニュースになりそうな時にはなんとか説得して伏せてもらうか)

 

そこで咲は覚悟を決めた。これで伏せてもらえなかったら周りの命運は周りの運に任せることにしたのだ。

 

「誘拐自体は本当みたいだったよ。女の子の声がかすかに聞こえたから」

 

「えっ」

 

少年探偵団の四人がほぼ同時に咲に視線を向ける。それに咲は耳を指差しながら説明する。

 

「私、聴覚がすごく良いの。しかもそれは集中すれば集中するだけ鋭くなる。さっきの受信の時も視覚情報をシャットアウトして耳にだけ集中させて聞いてた。だから、まず間違いない」

 

「……証拠は?」

 

「中休みの時の質問。殆ど同時に質問してたのを聞き分けたでしょ?それが証拠」

 

「取り敢えず、待ちましょう。また電話が入るかもしれません」

 

その光彦の言葉にコナンは困った表情を浮かべる。彼としては早く試合会場に行きたいのだから。しかし、直ぐには行かれない事情も出来てしまった。ーーー咲の存在だ。

 

(こいつ、本当に小学生なのか?修斗の家が複雑だから此処まで大人びたのか、それとも……)

 

「よーし!久々に少年探偵団、捜査開始だ!」

 

その元太の言葉に光彦と歩美は元気に『オー!』と言うが、咲は目をパチクリさせる。

 

「……えっと、なら私はいない方がいい?」

 

「ううん!咲ちゃんも手伝って欲しいの!そして、少年探偵団の仲間に入ろうよ!」

 

その歩美からの誘いに更に目をパチクリさせる咲。そうして少し逡巡したのち、困った笑顔を浮かべながらコクリと小さく頷く。その横で何か考えていたらしいコナンが頭を抱え、そろりそろりとその輪の中から出て行こうとした時、タイミング悪く歩美が待ったをかけた。それでコナンは出て行けなくなってしまった。そんなコナンの様子に歩美と共に首を傾げる咲だが、タイミング良く電波をまた傍受した。

 

『どうやらサツには知らせなかったようだな』

 

『パパー!』

 

其処で少女の父親を呼ぶ悲鳴に近い声が聞こえ、その場の全員がまた顔を蒼褪めさせる。そう、咲の言った事は本当だったのだから。

 

『順子をどうするつもりだ!要求も私に出来る事だったらなんでもする!だから、順子は!』

 

その父親の確かに娘を心配する声に、咲は胸が痛んだ。自分も『優』だった時、母が自分が誘拐された時、相当心配していたと修斗から聞いていたからだ。修斗達が探しながらも生存を殆ど諦めていた時でさえ、母親は諦めなかったのだと、聞いていたからだ。そんな父親の叫びを聞き、咲は誘拐犯に怒りしか湧かなかった。いや、まだこういう連絡があるだけマシなのだ。なにも連絡無く、突然として会えなくなるよりは遥かにマシなのだ。

 

『じゃあコードレス電話を持ったままベランダに出てもらおうか』

 

その時に確かにガララッと扉を開く音が聞こえ、次に誘拐犯の指示はその辺りに立っておくようにという指示と、もう一つ。衛星アンテナが邪魔だから退けるようにという指示だった。それに黙って指示を聞いたらしく、取り外す音が聞こえてきた。

 

「なにさせてるんだ?」

 

「犯人が何処かでこの人を見ているんだ」

 

「ベランダに出させたのは恐らく犯人からよく見えるようにさせるため」

 

そこで犯人の高笑いが聞こえ、サツに知らせるなと再三の忠告をした後自分からよく見えてる、少しでもおかしな事をしようものならその場で娘を殺すとドスの効いた声が聞こえてきた。そう、脅迫犯は本気なのだ。

 

「こ、殺すだってよ!」

 

「ど、どうしましょう!警察に知らせた方が……」

 

その光彦の言葉にコナンがまた静かにするように指示する。そう、まだ傍受は終わっていない。

 

『わ、分かった!なんでも言うことを聞く。何が望みなんだ?お金か?お金が欲しいのか?』

 

その時、コナンと咲の耳に電車の音が聞こえてきた。それで二人して目をパチクリさせる。その間にも話は進む。

 

『ハハッ!まあそう慌てるな。暫くそのままで待ってな』

 

そこで電話が切れてしまった。それに慌てるその場の五人。もう既に周りには誰もいない。だからこそ、咲にはよく聞こえ方しまっていたのだが、音だけで場所特定をするはまずこの周辺の地図が必要だ。しかしそんなもの、彼女にはない。一度見てしまえば彼女がしていた『罪』の為に伸ばされた記憶力で覚える事は可能だが、必要ないと思っていた為に見ていなかったのだ。

 

「ど、どうしましょう?」

 

「や、やっぱり警察?」

 

「信じてくれるか……?」

 

確かに、子供5人が言ったところで悪戯と一蹴されてしまう可能性はある。勿論、瑠璃と彰が刑事なのは知っている為、咲から進言すれば二人は信じてくれるだろう。しかし、二人だけでは無理なのだ。

 

「どこかの『順子』ちゃんが誘拐されたとしか分からない今じゃ、無理だな」

 

「電話も切れちゃってるし……」

 

そこで4人が顔を俯かせた時、コナンから自分達でやろうとの言葉が出てきた。それに咲は目を見開く。修斗からは彼の力は聞いていたが、それを信じ切れるかと言われても、実力を見た事ない彼女では無理だった。そう、だからーーー。

 

「警察に行って余計な時間を食ってる暇はない!」

 

ーーーこれは彼の『力』を測るチャンスなのだ。

 

「ようし!皆んなで犯人を見つけるぞ!」

 

『オー!』

 

その子供3人の声を聞きながら、咲はコナンをジッと見つめていた。

 

「ああっ!なんの手掛かりもないのにどうやって探せばいいんですか?」

 

「いえ、手がかりはもう掴めてる。あとは地図でもあれば……」

 

咲がそう呟いた時、コナンが自分のランドセルから算数ノートを取り出した。それに咲は首を傾げ、元太はこんな時に何故それをと責める。それは全員一致の気持ちで代弁だったが、しかしそのノートはコナンによれば阿笠博士の発明品であるらしい。その名を『ノート型電子マップ』。

 

「阿笠博士?」

 

「ああっ!コナン君の親戚で、発明家のオジさんね!」

 

それに咲は感心するような返事を返しながら電子マップを見た。

 

「今俺達がいる学校はここ。そのレシーバーが受信出来るのは半径1km」

 

それを打ち込むと範囲が赤い円となってその画面に出てきた。

 

「この範囲以内に被害者の家があるんだ。そして微かに聞こえてきた雑音……」

 

「アレは電車の音だった」

 

「ああ。恐らく被害者は線路沿いに住んでる」

 

2人のこの会話に子供3人は意味がわからないと首を傾げ、肩を竦めるが、2人は気付かない。

 

「この辺りで走ってる鉄道はただ一つ。米花線だ!」

 

そこまで答えが出ればあとはそこまで行くだけ。全力で走って米花線まで辿り着けば、全員ヘトヘト状態。咲もどうやら子供体力になっている事に今、ようやく気付き、愕然となる。

 

(そんな……これじゃあ私、守ると決めたものすら守れないんじゃ……!)

 

「せ、線路まで来たぜ……。これからどうすんだよ?」

 

「レシーバーの受信範囲内を走ってる線路はこれだけ。つまり、この600m走ってる線路沿いに被害者はいる」

 

「あとは、衛星アンテナが取り外されていた事から南向きにベランダがある部屋が被害者の部屋。そのアンテナがなく、コードレス携帯を握った人を探せばいいけど……」

 

「ようし!南か西にベランダがある家が……」

 

「被害者の家って事ですね!」

 

そう言ってやる気を出す元太と光彦。しかし、その衛星アンテナは周りにそこら中あった。しかも元太達がいる現在地よりも更に先にもある。これでは絞り込めない。

 

「そ、そんな……」

 

そこで咲は集中する事にした。彼女が拾える『音』は人の聴覚の限界、約4mまでは聞こえるのだ。勿論、全てが全て聞こえるわけではない。離れれば離れるだけ、拾えるものは少なく、小さくなる。声も小さければ更に聞こえない。ただ彼女の聴覚が一般よりも鋭いだけなのだ。勿論、周りが雑音だらけであれば更に少なくなってしまう。

 

そしてこの時にはなんの音も聞こえなかった。そう、犯人の声も、被害者の声もだ。

 

(ああ、もうっ!)

 

そんな時、またレシーバーが受信した。それも誘拐犯のだ。

 

『サツには連絡しなかったようだな』

 

『じ、順子は無事なのか?』

 

『フハハハッ!それはお前の心掛け次第だな』

 

その言葉に咲か唇をギリッと噛み締める。今ここで怒鳴ってはいけないと理解しているからだ。

 

『あんたさっき『なんでもする』って言ったよな?それじゃあまず、裸になってもらおうか』

 

『えっ』

 

『裸だ!服を脱ぐんだよ!』

 

それに光彦が顔を赤らめる。しかし想像してみよう。女性にそれを言うならまだ紳士達が沸くだろう。しかし電話の相手も、それを受け取って命令されている方も男性だ。男性の裸を見て誰が喜ぶのは一部だけだろう。

 

「分かった!近くに風呂屋があってそこに行かせる気なんだ」

 

「そんな」

 

そんな会話の間にも布ズレの音を拾っている咲は顔を掌で覆う。そう、聞こえる音からの情報は人の想像を掻き立てる。咲も例外ではない。想像したくないのに想像してしまうのは、彼女が変態だからではない。布ズレの音だけではどの服を脱いだかなど分からないのだから。

 

(いや、せめて下は死守したはず!そうよ、受けてる方は父親なんだから!そんな一歩間違えば警察に御用されるような姿はしないはず!そう、だから砦は脱いでない!!)

 

咲か漸くその結論に当たった時にはだいぶ話が進んでいたようで、今は裸の男が大声で手を振るように指示したらしい。相手は脅迫犯の言葉からセーラー服の女性にそれをしていたらしい。そして最後に冷たく暫くそうしてろと指示を出し、脅迫犯は電話を切った。

 

「ワイドバンドレシーバーから聞こえて来た女子高生の声はかなりの人数だった。……咲、人数は分かるか?」

 

「ごめん……その、別の想像してて、あの……ごめん、思い出させないで黒歴史だから」

 

コナンが咲にした質問は、しかし彼女の想像をもう一度思い出させてしまい、そんな想像をした事が更に彼女の心にダメージを与え、すでにノックアウト寸前。黒歴史入りする記憶となった。勿論、嘗てそう言う仕事も任されたことはあるが、アレはそこに発展する前に終えていたのだから見たことすらない。残念ながら彼女の恥じらいはぬぐい去ることなく健在だ。

 

「ご、ごめん……お、おそらく、マンションの前の道はどこかの女子高の通学路……。600m範囲内にある女子高は清純女子学園と米花女子高校か」

 

「きっと誘拐犯はいつも女子高生に馬鹿にされてる奴だな。そう、女子高の先生だ」

 

「学校の先生がそんなことするわけないでしょう!」

 

(特殊な趣味がない限りはね)

 

「高校は分かったが、制服までは分からないな……」

 

コナンの呟きを歩美は拾い、清純女子の制服を思い出す。

 

「清純女子の制服はブレザー、米花女子はセーラー服よ」

 

「え、なんで!?」

 

「だって私、高校生になったらセーラー服着るのが夢だったんだけど、最近はブレザーにルーズソックスも良いかなって思っててどっちにしようか悩んでるの!……コナンくんはどっちが良いと思う?」

 

その歩美の問いにコナンは両方似合うんじゃないかと愛想笑いを浮かべて答え、そしてすぐに米花女子高校を打ち込み、捜査する範囲が更に300m程に絞れた。そしてコナンが走り出し、それを咲達も追う。そして範囲内に入れば、あとは周りをキョロキョロしながら裸で手を振ってる男性かもしくはセーラー服の女子高生を探すだけだ。

 

「でも、両方いないな……」

 

咲がそう呟いた時、また電波を傍受した。そして今度の指示は手を振るのではなく歌を歌えとの指示だった。それも近所中に聞こえるような大声で、らしい。そして犯人の合図で被害者は『鳩ぽっぽ』を歌い出す。咲はそれを聞きながら耳をすますがそんな歌は聞こえない。その時、トランシーバーから何かガツンガツンと大きな叩くような音が聞こえた。それを聞き、咲がそれはなんなのかを理解した。

 

「……パイルドライバーの音」

 

「!そうか、この音はパイルドライバーの音!」

 

「パイルドライバー?」

 

「工事現場でガツンガツンと大きな釘を打つ機械ですね!」

 

「しかしこの近くで工事現場を探すには……」

 

そこで元太が見つめていた先にトラックを見つけた。そう、それについて行けば工事現場に辿り着ける。そしてその後を追って辿り着いた工事現場で、更に半径150mに絞り込むことが出来た。

 

「ん〜、聞こえないな……咲はどうだ?」

 

「だめ。すぐそこの工事の音が邪魔で音が拾えない」

 

「うーん、半径が絞れてもまだまだ150mありますからね……」

 

「何か決定的なことがないと……」

 

と、またタイミング良く傍受した。そう、それは犯人の笑いから始まった。

 

『はははっ。みっともないよな親って奴は。子供のためにはなんでもするんだよなっ!!』

 

そこで犯人の声から憎悪が滲み出ていることに咲は気付く。そう、彼は被害者を憎んでいるのだ。しかも、同じ親として何でもするという気持ちがわかるとまで犯人は言い出した。

 

『俺も同じ親だったからな』

 

(親『だった』……つまり、犯人の子供は、もう……)

 

『1年前、屋上からの幼女転落事故、あんたが管理人をしていたマンションから落ちたんだから覚えているだろ?あの時、死んだのは俺の娘だっ!!』

 

『ぁっ、富所さん?貴方、富所さん?』

 

『そうだ。あんたに娘を殺された富所だ』

 

『そんな!アレは事故で……!』

 

そこで犯人が激昂する。被害者が嘗て管理していたマンションは普段は屋上の鍵が閉まっていたのにも関わらず、しかし転落した時には鍵が開いていたらしい。

 

『あの鍵は誰かのイタズラか、何かの拍子で壊れて閉まったんだ!!』

 

『一週間も前にな!!なのにお前はどうして放っておいた!!』

 

『彼処に上がる人はいないと……』

 

『それで『つい』か?ふざけるなっ!!あんたにも俺と同じ悲しみを味あわせてやる!!全く同じ悲しみをな!!』

 

『順子……順子をどうするつもりだ!!』

 

「や、やばいよ!」

 

「早くなんとかしなきゃ!」

 

そう、もうそろそろ危ないのだ。これでは順子の命もそうだが、何よりこの怒りよう。次に指示するとしたら『自殺』だろうと咲は考えついた。

 

と、そんな時、踏切の音が聞こえてきた。それも大きな音で。

 

「ああもううるさいな!踏切の音!!聞こえないじゃない!!」

 

そこでコナンはあることに気付くと光彦からレシーバーを借り、走り出す。そして踏切前に辿り着けば、丁度の棒が下に降り、電車が近付いてくる。それを見てレシーバーを耳に当て、電車が通る時間をコナンは時計を見ながら確認。そして棒が上がるその時まで時間を確認し、8秒を数えた時、レシーバーの方から電車の音が聞こえ出した。それで既に近くにいた咲は気付く。電車が通るタイミングで方向と場所を特定したのだ、と。

 

(こいつ、本当に小学生か……?まさか、私と同じ……)

 

そんなこと考えている間にコナンだけ走って行き、それに気付き、すぐにその後を追って走り出す。

 

「どうしてこっちだって分かんだよ!」

 

「電車の音だ!今通った電車の音が、8.2秒後にレシーバーから聞こえてきた!この米花線は時速約100kmで走る!1秒間では約27.8m進むんだ!レシーバーに電車の音が聞こえたのは踏切を過ぎて8.2秒後。つまり、被害者の位置は27.8m×8.2秒の場所だ!そしてそれは……ここだ!」

 

そう言って辿り着いたのはマンション住宅街。そこで全員がキョロキョロと見渡し出す。そう、衛星アンテナがなく、ベランダが西か南向きの建物を探せばいい。そしてそのマンションは、丁度目の前にあった。そしてそこには確かに、裸の男がコードレス携帯を持ってベランダに立っていた。

 

「あの人が被害者……!」

 

「あとは誘拐犯の居場所だけ……」

 

そこで咲は考える。相手に『同じ気持ち』を味あわせるため、同じ『悲しみ』を味あわせるなら、どうすべきか。そう、あの時聞こえたのは子供の声だけじゃない。風の音も聞こえたのだ。ならばこのベランダが見えるほどの高さで、風が聞こえるほど外な場所で、犯人の子供は屋上で死亡した。なら答えは一つだ。

 

「……マンションかビルの屋上。でもここはそれが多過ぎる!」

 

「くっそ!」

 

2人が焦り始めた時、またレシーバーから声が聞こえ出す。それは初めて、被害者からの声だった。

 

『なんでも言うことを聞く!だから娘の命、命だけは助けてくれ!』

 

『なんでもか?』

 

『ああっ!』

 

(まずいっ!!)

 

そう、彼女の予想はここで大当たりすることとなる。

 

『ようし、その言葉を待っていた。台所に行って包丁を持ってこい』

 

『包丁っ、分かった……持ってきた』

 

『よし、これが最後の要求だ。……その包丁で自分の喉を突き刺せ。そうすればお前の娘を離してやる』

 

『そ、そんなこと、出来るわけない!』

 

『ほー?自分の娘がどうなってもいいんだな?』

 

早く見つけなければと思えば思うほど、視野は狭くなる。あたりにはタイヤを作る工場の旗もヒラヒラとはためいているが、そんな所にはいないと知っているため除外する。そんなことをしている間に被害者は自殺を決意し、それを犯人に『分かった』と返した。

 

『だがその前に、最期に順子と話をさせてくれ!』

 

『いいだろう』

 

そこで順子が泣き叫びながら父親を呼び、父親もまた心配そうに声を掛ける。

 

『大丈夫か?もうすこしの辛抱だからな!』

 

『パパッ!早く帰りたい!!変な匂いがするの!順子が嫌いなゴムの匂い!』

 

その言葉でコナンと咲は気付く。そう、タイヤ工場のある方角はわかった。そして旗がはためいているが、その方向は風下。そしてその先にあるマンションは一棟だけ。

 

「あのマンションの屋上だ!」

 

「っ!?なんで……」

 

「犯人は『全く同じ悲しみを味あわせてやる』と言った。つまり、犯人の娘が死んだ死因と同じものを味合わせようとしている!そう考えるなもう屋上しかない!これ以上論争している場合じゃない!」

 

「っ!光彦と歩美は警察に連絡してくれ!」

 

そのコナンの指示を受け、歩美と光彦が離れ、咲はコナンの後を追う。その後を元太も追っていく。マンションに着いたがエレベーターなど待ってる余裕はない。そのまま階段を駆け上がる。その間、何度も被害者が抵抗する声と犯人の脅迫する声が聞こえてきだが、今は無視した。そして屋上の扉を勢いよく開いた時、犯人が振り返る。ダークグリーンのパーカーを羽織った男だ。

 

「だ、誰だお前はっ!」

 

「江戸川コナン、探偵だ!」

 

そこでコナンはキック力増強シューズを使い、そして手に持っていたレシーバーをサッカーボール代わりにして蹴る。その威力は豪速球で、そのまま犯人の頬に直撃。コナンが順子の縄を解いている間に咲が携帯を手に取る。

 

『順子っ!許してくれ!!』

 

「順子ちゃんのお父さん!もう安心していい!犯人はもう取り押さえた!だから自殺はしなくていい!!」

 

「パパッ!順子は大丈夫!助けてもらったから!」

 

『順子!!本当に助かったんだね!……良かった。本当によかった!』

 

そこで漸く元太も合流。犯人が倒れている理由を『驚いて倒れた』と誤魔化した。

 

そしてそこから少し時間が経ち、警察が到着。光彦のレシーバーは壊れ、それに悲しむ光彦に謝るコナン。そのすぐ近くでは瑠璃と彰が話を受けてやって来ていた。危ないことをした咲を叱るために。

 

「咲っ!お前、何危ないことしてるんだ!!」

 

「そうだよ!今回はうまく言ったからって次もうまくいくわけじゃないんだからね!!」

 

「……すみません」

 

その謝罪を聞き、彰と瑠璃はそこで怒りを収めた。

 

「……咲、触れてもいいか?」

 

「っ……大丈夫。服越しだから、まだ……」

 

「……ああ、もう、本当によかった!」

 

瑠璃がそこで咲を優しく抱きしめる。それに目をパチクリさせる咲。そして彰が咲の頭を撫でる。

 

「全く。怪我はするなは無理だろうけど、今後、無茶はするなよ?」

 

「……善処する」

 

「おーい、約束してくれー」

 

3人はそこで一度互いに目を合わし、苦笑しあったのだった。


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