それでは!どうぞ!
瑠璃が書類仕事を終えて一息つくために休憩所まで行けば、そこには既に松田と彰の親友の一人、『伊達 航』がいた。
実は彼、一年前の2月7日、寝当直だった雪男の迎えに来ていた梨華が道の途中で彼ともう一人の後輩刑事『高木 渉』を見かけ、車から一度降りて声をかけた時、彼が手帳を落としてしまった。そしてそれを拾おうとしたのを梨華が後ろから腕を引き、事故は回避されている経歴がある。ただしこの時、代わりに梨華の愛車であったオレンジのRX-7は廃車となり、人の命と引き換えとなった愛車を見て、梨華が怒りに打ち震えていたのはその場の二人しか知らない事実である。そしてその後に居眠り運転した犯人に対して連続ビンタをかました後、背中からヒールで容赦ない蹴りを入れていたのもこの二人しか知らない事実である。その後に小さく「鞭があれば……」と言っていたのもやはり二人しか聞いてないことである。
「よっ!瑠璃、お疲れさん!」
「あ、伊達さん!お疲れ様です!いや〜、書類仕事って本当に大変ですね〜。弟の雪男が伊達眼鏡してる理由がよく分かる気がします」
「そういえば、お前さんの弟は医者だったな」
「一番体が弱い子ですけどね。その次が『勇気』かな〜」
「……おい、誰だそいつ。聞いたことねえぞ」
その名前に松田が訝しげに聞けば、瑠璃がハッとした顔をして、苦笑を浮かべる。
「あ〜……私達は確かに『六兄妹』って言ってますけど、本当はもっといるんですよ。ただ、屋敷に住んでないだけで」
「ん?なんでだ?」
伊達が不思議そうに首を傾げたら苦笑いのまま答える瑠璃。
「屋敷にいないのは本人が断ったからか、もしくはあの父親が拒否したか、ですね。私達は拒否する間も無く養子として引き取られましたけど、雪男と雪菜以降は選ぶ権利がありましたから。で、勇気の場合はあの子自身からの拒否でした。まあだから、未だにうちは『六兄妹』なんですけどね。しかも話も合いますし。兄妹仲も、他兄妹と比べて凄く良好ですしね」
瑠璃がそこで話を終わらせるためにニコッと笑って微糖の缶コーヒーを三本買った後、それを二人にも渡した。
「はいこれ、口止め料」
「……口止め料?」
「まあ形だけですけどね。この事、人に話さないで欲しくて。気分のいい話でもないですし」
そう言って笑う瑠璃の顔を二人は見つめ、松田が溜息を吐いたあと、頭をワシャワシャと強く撫で始めた。
「ちょっ!?せ、折角梳かした髪の毛が〜!!」
「どうせ机に戻りゃ櫛あんだろ。それよりもだ」
松田がそこで撫でるのをやめ、ポンポンと頭を優しく撫でられ、それに少しドキッとする瑠璃に気付かず、松田が言う。
「お前やその兄貴の彰が言うなって言うなら言わねえさ。というかそういう分別ぐらいつく。俺達をもっと信じろ。安心して背中任せられるぐらいにな」
その言葉を聞いた瑠璃が目を見開き、松田を少し見つめたあと、瑠璃がポツリという。
「これが……真性の女誑しかッ!」
「おう今そんな空気じゃなかっただろ。何言ってんだお前」
軽い頭痛がしたのか頭を抑える松田に伊達が肩をポンッと叩く。
「諦めろ、これが瑠璃の奴の性格だって知ってただろ」
それを聞き、一つ溜息を吐く松田を見てクスリと笑う瑠璃。そんな三人に目暮が近付く。
「おお!三人ともここにいたのかね!」
「ん?どうしたんだ目暮警部」
代表して松田が目暮に問えば、事件が発生したらしい。
「は〜……本当になんで米花町ってこんなに事件発生率が高いんですかね?」
「知るわけないだろ。オラ、現場に着いたんだから降りるぞ」
「はーい」
瑠璃の運転でやって来たのはとあるマンションの下。どうやら『自殺』案件らしい。
「はぁ……自殺案件はあまりしたくないんですがね」
「諦めろ。刑事になった以上、トラウマ有無なんて関係ないぜ?」
「知ってます。刑事成り立ての頃は一々トラウマが掘り返されてましたが、今はトラウマ掘り返されても問題なくなりましたから」
瑠璃はそう言って転落死した死体を見た。その目を見て松田は気付く。いつもの温かみのある目の色が全て消え失せていることに。それに松田が溜息を吐く。別に松田としてはそこまで追い込まれろと言ったつもりはないのだから。そんな松田を見て、瑠璃を見た伊達がその様子に気づき、瑠璃の背中を叩く。
「わっ!?」
「よしっ!いっちょやるか瑠璃!」
「ちょ、なんですか!?確かに今から仕事しようとしてましたけど!」
「まあそうだけどな?この案件すぐに片付けて今日は飲み明かすぞ!俺が奢ってやる!」
「え、マジですか!?松田さん!!今日は伊達さんが飲み代を奢ってくれるそうですよ!!」
「おうそうか。こりゃ萩原に彰の奴も呼ばねえとな」
「おい待て。その2人も呼んだら流石に……」
「男に二言は?」
「……だー!分かった!奢ってやる!!」
「まあ、折角ナタリーさんと幸せ結婚生活真っ只中の人に奢らせるのも悪いですし、折半にしましょう、松田さん」
「しょうがねえな。そうしてやるか」
奢りの話が出た時は意地の悪い笑みを浮かべていた瑠璃と松田だが、最後の最後にはいつもの笑顔を浮かべて伊達の肩を叩く。瑠璃はそのやり取りで肩を力を抜き、息を吐き出す。
「……よしっ!もう大丈夫です!さ、やりましょう!お酒のために!」
「そのためにやる気を出すのもいいが、早くしてくれんかね?」
瑠璃が一人やる気を出してそう言えば、目暮がジト目で三人を見ていた。それに気付いた瑠璃は咳払い一つし遺体に近付く。遺体は部屋着姿の若く綺麗な女性だった。それでも転落死ということで一瞬、脳裏に友人だった和樹の『地面に落ちた瞬間』の映像が再生されたが、それを首を左右に振ることで消そうとする。彼女にとっては意味ないことだが、しかし一時的に思い出さずにすむのだ。効果はある。
「それで被害者は?」
「ああ、『蝶野 いづみ』さん。25才。……『花岡』さん、貴方のデザイン事務所に所属するイラストレーターで間違いありませんな?」
「はい……まだ新人でしたがセンスのある良い子でしたが、さっきの電話で『私には才能がない。行き詰まったから死ぬ』と言って、次の瞬間にはベランダから……」
そう顎に髭が生えた男性『花岡 兼人』が悲しそうに目を伏せて言えば、今度は毛利一家に視線を移す目暮。
「そこを皆さんが目撃したというわけですな」
蘭がそれに肯定を返す。その間、松田が遺体をジッと見ているのを見て、瑠璃が近づく。
「……やっぱり、おかしいですよね?この遺体」
「なんだ、やっぱり気付いたか」
「ええまあ。だって、コンタクトレンズが右目からズレてますし」
そう、瑠璃と松田が気付いたのはズレたコンタクトレンズ。しかも遺体の側には落下した時にも着けていただろう眼鏡。レンズが壊れて放り出されているのがその証拠だ。
「普通、コンタクトレンズ着けた上で眼鏡掛ける人なんていませんよね?」
「相当なおっちょこちょいじゃない限りな。ならなんでこの人はつけてたのか……答えは簡単だ」
「誰かが『自殺』に見せかけるためにしたトリック。つまり、これは『他殺』」
「ああ、そして犯人はあの中にいるわけだ」
松田と瑠璃がそう言って視線を向けたのはイラスト会社だった。
「毛利一家が犯人かと言われたら、まあまず可能性低いですよね。知り合いではなかったみたいですし」
「ああ。寧ろ可能性を考えるならあそこのイラスト会社の連中だ。さーて、嘘吐きはどいつかね?絶対に暴いてやんぞ、瑠璃」
「はいっ!」
「ということで伊達、お前も協力しろよ」
松田がそう声を掛ければ、伊達は笑顔を浮かべて是を返した。
「さて、じゃあ……警部、自殺と断定するには早いんじゃないですか?」
「ん?というと?」
松田の言葉に目暮が反応する。その近くでは小五郎も訝しげながら松田を見ており、遺体の近くにいたコナンは値踏みをする様に松田を見ていた。月影島でも見たことがある彼の実力を、もう一度測るために。
「この遺体、そこに眼鏡が飛ばされてる事からまあ、俺達が駆けつける前には眼鏡を掛けてたことはわかる。けど、この遺体の女性の右目、コンタクトレンズがズレてるのが確認出来たんだ」
その言葉に小五郎と目暮が遺体の右目を注目すれば、確かにコンタクトレンズがズレていた。
「ふむ、それがなにか?」
「おかしいと思いません?コンタクトレンズを使用しているのに眼鏡を掛けるなんて、普通はしませんよ」
瑠璃の言葉に小五郎と目暮は納得する。しかしそこに花岡が待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。探偵さん、貴方も見ていたでしょう、蝶野くんが飛び降りるのを。あの時、ベランダには彼女以外誰もいなかったんですよ?」
その言葉に瑠璃が蘭に顔を向けると、蘭は頷いた。
「はい、確かに誰もいませんでした」
「とりあえず、奴さんの部屋にいくぞ」
伊達の言葉を聞き入れ、目暮と小五郎の後をついて行く三人。蝶野の部屋へとつき、目暮がドアノブに手を掛けてみればドアはそのままなんの抵抗もなく開いた。
「お?なんだ、鍵が閉まってないじゃないか」
「つまり、被害者が開けっ放しにしたか、誰かが外に出たか……」
そこで目暮の後を追って歩き出した時、瑠璃が何かを蹴飛ばした。
「ん?」
「どうした?瑠璃」
伊達が瑠璃の方へと振り返れば、彼女は真ん中辺りが見事に曲がった小さいものを手に取り、マジマジと見ていた。
「……釘?」
「何でこんな所に……」
そこで急に入ってきたコナンの声に一瞬だけコナンと視線が合った。そして少しの間を開けて驚きの声をあげた。
「こ、コナンくん!?なんでここに!?」
「あ、あはは……」
「このガキ!!」
そこで直ぐに小五郎がコナンの頭に拳骨を入れ、蘭にコナンを預けてそのまま部屋へと入って行く。瑠璃はそんなコナンに労わるような視線を向けた後、その後に続いて入っていった。
「彼女が飛び降りたのはここか……」
「スリッパに携帯電話に、割れた植木鉢か……」
松田が考え込むその横には、また蘭から離れたコナンがいた。そんなコナンを発見した瑠璃は苦笑しながらも見て見ぬ振りを決めた。
(まあコナンくんだしいっか……)
そんなことを考えているとは知らないコナンはあることに気づく。割れた植木鉢の破片が排水口の方へと続いていたのだ。その中を見るためにコナンが覗こうとすると蘭にサスペンダーを持たれてしまい見ることは叶わなかった。しかしそれに伊達が気付き、排水口の中を見てみた。
「……ん?なんだこれ」
「どうした?伊達」
「いや、これ見てみろよ」
松田と近くにいた目暮が伊達に近づけば、植木鉢の破片とそれに巻かれた釣り糸が伊達の手にあった。
「なんでこんなもんが……おい、ちょっと待て。まさか……」
「瑠璃!ちょっと来い!!あと伊達はそれ引っ張れるだけ引っ張れ!!」
瑠璃が松田の声を聞き、急いでベランダまでやって来てみれば排水口の近くでは何かを引っ張り出している伊達の姿と、その近くで立って何かを考えている様子の松田の姿があった。
「どうしました?松田さん」
「ああ。お前、確か玄関先で釘拾ってたよな。見せろ」
「はい、コレです」
そういって彼女が白手袋を嵌めたまま見せたのは真ん中辺りが見事に曲がったあの釘だった。
「よし、後は伊達の奴が全部取り出しゃ……」
「おい!引っ張り出してやったぞ!」
「おし、それ見せろ」
すると、終わりのあたりに見えたのは外蓋と中蓋、そしてコンタクトレンズの保存液。
「瑠璃、今直ぐ冷蔵庫の中を見ろ!伊達は被害者が飛び降りた時間に誰か来てないか調べろ!」
「「了解!」」
その指示に従い瑠璃は冷蔵庫の中をチェックし、伊達は誰か来ていないか、何か残ってないかを調べ始め、そして松田はベッド付近に落ちていたマニキュアを見つけた。
「……これは?」
それに蘭が気付き声をあげる。
「あ、それ!今日発売のマニキュアだったと思います。確か、変わった色が出るって人気で……」
「変わった色ね。このダークピンクがそんなに良いもんなのか」
松田はそう言いながらベッドのシーツを見てみれば、シーツに一部だけだがマニキュアが染み付いていた。
「ほー?ここにも染み付いてやがる」
「松田さん!やっぱりコンタクトレンズの保存液はなかったです!」
「そうか。ところで瑠璃、お前に一つ聞きたい」
「?なんですか?」
瑠璃が首を傾げれば、松田がマニキュアを見せた。
「……え、松田さんにそんなご趣味が」
「いま巫山戯てる場合じゃねえのは知ってんな?」
「アッハイ。因みに被害者の手先爪先にそんな色は塗られてませんでしたよ」
「この変わった色をつけてたのは……おじさんぐらいだよね?」
コナンが挑戦的な笑みを浮かべて花岡を見れば、花岡は焦りの顔を浮かべる。
「へ〜?それは本当ですか?」
「やっ、偶然同じ色の絵の具が付いてただけですよ。今朝までアトリエで仕事をしていましたから!」
「ふーん?……あ、松田さん。ちょっと」
瑠璃がそれに納得はしないものの返事をし、松田を部屋の隅の方へと呼ぶ。それに松田は反応し移動する。
「おう、なんだ?」
「これ、見て欲しいんですが」
そうして瑠璃が渡したのは『花岡兼人の世界』と題名がつけられた本。中身は彼の作品集だった。
「これがなんだ?」
「よーく見て欲しいんです。作者のサインの下」
それを言われ、一枚一枚確認すれば、確かに違いがあった。
「なんだ?この蝶のマークは。あるやつとないやつがあるな」
「それ、会社の人に聞いたら被害者である蝶野さんのサインだそうですよ?……自分の名前の『蝶』をモチーフにしたね」
「つまりそれが入ってるいくつかの作品は……」
「彼女が描いた作品、という事になりますね」
「おい、ここに来たやつが分かったぜ」
そう言って近づいて来たのは伊達。その手には何かの紙が持たれていた。
「それは?」
「荷物の預かり証だ。つまり、バイク便の人が来たって事になる」
「あとはそいつが来た時間だが……」
「コレばっかりは本人から聞かないとですね」
「それよりも、面白いもんが書かれてるぜ……ほら」
その言葉を聞き、その紙を見た二人。その紙の依頼主は『花岡』となっていた。
「……これ、警部に話してこい」
「先に話したさ。で、今はそのバイク便の奴が来てる。話聞くなら今だぜ」
それを聞き直ぐに玄関先へと行けば、どうやらきっかり6時半に来た時、ドアを開けようとすれば勢いよく開いたらしい話をしていた。それもちょっと開けただけなのに勝手に、である。
「彼女が開けたんじゃないか?」
「僕もそう思ったんですけど誰もいませんでした」
「なに?」
「そのあと、奥の方で壊れるような音がしました」
それを聞き、松田は自身の推理が当たっている事を理解した。そしてバイク便のお兄さんがいなくなった時、目暮に声を掛けた。
「警部、犯人が分かりました」
「なにっ!?本当かね松田くん!!」
「ええ、本当ですよ……犯人はあんただ、花岡さん」
松田がサングラス越しで視線を花岡に向ければ、分かりやすく焦った様子の花岡がいた。しかしそれを聞いて目暮と小五郎が訝しみだした。
「松田くん、彼は事件の時、離れたところにいたんだぞ?そんな彼が出来るわけ……」
「いや、これは誰でも出来る事だ。まあまず実践してやる。……伊達、頼みたいものがある」
「おう任せろ。なにが欲しいかは理解してるからな!」
伊達はそう答えると素早く外へと走っていく。そして瑠璃は冷蔵庫の方へと向かい、醤油差しを松田に渡す。
「あとはあのベッドの布団を丸めてベルトで締めときます。それから植木鉢の準備も」
「ああ、頼む」
その数分後、伊達が丈夫な釣り糸を買って帰って来た為、早速トリックの説明がされ始めた。
まず、ベランダの手すりから玄関の戸口までの距離を往復するぐらいの長さを測る。これは瑠璃と伊達が手伝いとしてやり、瑠璃が用意した被害者代わりの布団のベルトに輪の片方を通し、その先を手すりへ持って行き、ベランダに置かれていた植木鉢に掛ける。そしてその植木鉢が落ちないように糸を引きながら玄関まで行き、一度糸の先をインターホンへと引っ掛ける。そして布団をそのままベランダへと糸を使ってスライドさせ、外へとぶら下げる。
「事件時には被害者にはシーツを被せて隠れさせてはいただろうが……どうだ?覚えはないか?」
松田が蘭達に向けて聞けば、蘭は何か思い出したように頷く。
「はい、ありました!雨がふってたのにシーツが干されてておかしいなって、コナンくんも言ってて」
それにコナンが子供らしく笑顔を浮かべて頷けば、続きを説明しだす松田。
「あとはこのまま部屋へ出て、インターホンに掛けてあった糸を釘に掛け直し、ドアの外で糸が釘で止まるようにしておけばこのトリックは完成だ」
「なるほど、こうしておけば誰かがドアを開ければ糸が外れて被害者は勝手に落ちるという寸法か」
「ああ。勿論、ドアの開け役はあのバイク便だ。それもあんたが頼んだな」
「時間さえ指定してしまえば都合のいい時にドアを開けてくれますからね」
そんな松田と瑠璃の言葉に花岡は冷や汗をかきながらも頬を引きつらせたまま笑う。
「ふっ、面白い。だがこの方法じゃ、どっかに釣り糸が残るはずだ。だがそんなものどこにもないじゃないか」
「それも簡単だ。余った糸と、この醤油差しを使えばな」
そう言って見せながら松田は説明する。
余った釣り糸を植木鉢と被害者の間に結びつけ、その糸を排水口の外蓋、中蓋と通し、醤油差しを結びつける。
「あとはこの醤油差しから順に入れるだけだ。まあこの醤油差しはただの重しだ。つまり、使うならなんでもいいんだ」
「実は冷蔵庫の中を調べてみたのですが、中にはコンタクトレンズの保存液がありませんでした。つまり、事件の時に使われていた重さはそれです」
「じゃあ結果発表だ……伊達!」
その声が届き、伊達が扉をちょっと開けばいい、勢いよく扉が開き、そのまま糸はベランダへと向かい、布団が地面へと落ち、植木鉢もベランダに落ちた。そして糸の方はそのまま排水口内へと引っ張られていく。途中で割れた植木鉢の破片も共に引っ張りながら。
「ちなみに保存液は既に回収してるから支持しなくていい」
「見つけてくれた伊達さんに感謝ですね!」
「おー、綺麗な子から褒められて俺、嬉しいわー」
伊達が玄関から帰って来て、瑠璃の言葉を聞きそう返した。それに瑠璃はニコッと笑う。
「ありがとうございます伊達さん!ちなみに奥さんには内緒ですよ?あ、こちらは彰に内緒にしておきます。確実に伊達さんが揶揄われますから」
「そうしてくれ」
「ふんっ!馬鹿馬鹿しい!私は彼女が落ちる直前まで電話していたんだぞ!彼女から掛かってきた電話でな!ここのベランダにあった携帯電話でリダイアルしてみろ!事務所にーーー」
「繋がるだろうな。あんたは今のトリックを仕掛け終えたあと、あんた本人が事務所にその携帯電話でかけたはずだからな。そして、あんたの部下が聞いた声は、多分あんたのアトリエの留守電に入ってた被害者のメッセージの一部。あんたは此処から事務所に行く前にアトリエに寄り、メッセージの一部を持ち出した。そして事務所に着いたあんたはどこか一人になれる空間……そうだな、例えて言うならトイレとかな。そこで携帯を使い事務所に電話した。あんたの部下からあんたに代わったあとは、一芝居打って此処のベランダにその場の全員を注目させたんだろ?彼女が投身自殺でもしたかのように見せかけるために」
「凶器は、投身自殺に見せかけたかったならおそらく撲殺です」
「それが出来るものを探したら、机の下にあったぞ?灰皿が。調べりゃルミノール反応が出るだろうよ」
「そこまで言うならあるんだろうな?私が彼女を殺したという証拠が」
伊達がそう言うが、花岡はそれでも足掻く。そんな証拠などあるわけないと花岡は信じきっていた。
「あるわけないよな?なぜなら私は今日初めてここに来たんだから」
「そうだな……ならあんたに一つだけ頼みたいことがある」
「なんだ?」
「今あんたが履いてるその靴下、両方脱いでくれ」
「……はあ?」
その頼みに花岡は意味がわからないという顔をする。しかし彼がそんな顔をしたくなる気持ちもわからないでもない。誰も予想などつかないだろう。目の前のいい歳した大人からそんな、意味もない様な願いをされるなど。
「く、靴下を脱げばいいのか?」
「ああ、その後、足を隠さずに我々に見せて欲しいんだ。堂々とな」
松田がニヤリと笑いながら言う。それに疑問を抱きながらも靴下を脱げば、花岡はあることに気づいた。そう、彼の足の親指の爪に、ダークピンクの蝶が描かれていたのだ。
「わー!これなにー?」
そこにコナンが子供らしく無邪気に追求して来た。
「こ、これは……!」
「それは、死んだ蝶野さんのサインなんじゃ!!」
「ああ、予測通りだ」
「あのシーツのシミの位置ですね。けど彼女にはそれが塗られてなかった。しかもコナンくんの指摘では貴方は同じ色を着けてたらしいですね?」
「なら答えてもらおうか。あのマニキュアは今日新発売のものだ。あんたはその色のサインを、いつ、どこで、誰にされたんだ?」
伊達の追求に花岡は答えない。いや、答えれない。今、ここで彼は『犯罪者』とレッテルを貼られ、罪が曝け出されたのだから。しかも近くには信じられないと言う部下二人もいる。
「殺人の動機は……絵ですよね?貴方の画集、拝見させていただきました。その中に蝶野さんのサインが入っているものがありましたから間違いないでしょう」
それに目を見開く花岡。しかし言葉は続けられる。
「つまり、被害者があんたの絵のタッチを真似して描いた作品を、あんたの作品として出したって事になるわけだ。そしてその事で言い争いに……」
「ああ、あんたの言う通りだ!」
そこで花岡が立ち上がり、松田を見据える。彼が殺したのはついカッとなって、手が出てしまったらしい。
「……しかし、理由はそれだけじゃないかもしれない。私は怖かったんだ、彼女の若い才能が。最初は素直で可愛かったんだ。まるで花の周りに舞う蝶の様に。……しかし、次第に花を独占し、蜜を吸い過ぎて花を枯らし始めた。……だから、羽をもいでやったんです!もう、飛べないように……」
その言葉を聞き、瑠璃は目を伏せた。そんな若い才能の持ち主が、一人消えてしまったのだからーーー。