とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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第7話〜ホームズ・フリーク殺人事件・後編〜

雪男が藤沢の手当を始めている時、また話し合いが行われていた。それは勿論、犯人として実は生きていたオーナーが前提の話し合いだ。

 

「死んだと見せかけたオーナーはここのペンションの何処かに潜み、ガレージで綾子さんを焼き殺し、そしてアイスピックで藤沢さんを襲い、急いで窓を割って外へ逃げたんだ」

 

「くそっ!なぜオーナーは儂の命を……」

 

「……手当は終わり。けど、帰れたら掛り切りの病院に診てもらった方が早いね。もしかしたらその頃には傷ふさがってるかもしれないけど」

 

「ああ、ありがとう坊や」

 

「……僕もう25歳。さっきも医師免許見せたんだから大人だって分かるでしょ」

 

「ああ、すまんな。どうにもその……君の見た目が……」

 

「……自覚はしてるから傷口に塩塗らないで」

 

雪男が肩を落とす。そこでふっと瑠璃が藤沢に話を聞き出した。

 

「オーナーに襲われるような恨みとかないんですか?」

 

「ないな……こっちはオーナーが出す本にも協力してやったというのに」

 

その言葉に今度は小五郎が反応する。

 

「オーナーの?」

 

「オーナーが去年自費出版したホームズの本だよ。題名は確か『アイリーン・アドラーの嘲笑』」

 

「……え〜っと、誰か、『アイリーン・アドラー』が誰かを説明してほしいな?」

 

瑠璃が困ったように笑えば、雪男がそれに溜息を吐く。

 

「シャーロック・ホームズシリーズに出てくる架空の人物で、アメリカ生まれのオペラ歌手。女山師、ただ一人名探偵を出し抜いた女性と評される人だよ」

 

「へ〜」

 

瑠璃が雪男の説明を聞くとそんな風に返した。理解はしていない彼女だが、記憶には一生残るのだ。忘れる事はない。

 

「蘭、瑠璃刑事、窓から投げたオーナーを追うぞ」

 

小五郎が娘の蘭と瑠璃にそう声をかければ、蘭はそれに返事を返し、瑠璃も渋々といった様子で頷く。別に言うことを聞きたくない訳ではないのだが、彼女の中で一番信用度が高いのは修斗だ。彼がオーナーは死んでいると言っているのだ。なら死んだ証拠を探すべきだと考えたのだ。しかしそんな三人に待ったをかけたのは平次だ。

 

「無駄や、やめとき。なんぼ外を探したかて犯人は見つからへんで」

 

「なんだと!?」

 

小五郎が文句を言おうとしたが、平次は椅子を指差しながら無駄だと言った理由を話し出す。

 

「狭いところに不自然に入っとるやろ?」

 

その指差した椅子は確かに、誰かが適当に入れたような印象を受ける入れ方をされており、それ以外の椅子はきっちりと入れられているのが余計にそう思わせる。

 

「犯人が窓を破った後、慌ててここに押し込んだ証拠や」

 

「あ、本当だ!ガラスの破片が刺さってる!」

 

そう言ってコナンが子供らしい口調で言いながら見たのは椅子の脚。それも背凭れ側の方のだ。

 

「つまり、犯人はこれを持って窓を割った。まあ平次くんが言った通りの事をしたことになるね」

 

瑠璃が顎に手を当てながらそう言えば、平次が頷く。

 

「しかしそれは犯人が椅子を使ったのが分かっただけで……」

 

「小五郎さん、犯人は窓を割って逃げなきゃいけない立場だったのに、悠長にも椅子を戻すような心理的余裕はないと思いますよ?」

 

瑠璃がそう言えば小五郎はぐうの音も出ない。これが平次が言ったならまだ文句も出ようが、相手は刑事であり大人である瑠璃だ。何も言えない。

 

「それに、多分犯人は椅子を素手で持った筈や。指紋を消そうにも時間がなくてそのままの筈や。せやから犯人は椅子を使うたことを分からせんように机に戻した。そして電気がついた後、皆んなの目を盗んで指紋を拭き取るためにな」

 

「で、電気が点いた時?」

 

「ちょ、ちょっと。その時部屋にいたのは私達……」

 

「そうや。これで分かったやろ?オーナーが犯人やないってことが。そして、犯人がこの中におるっちゅうことがな!!」

 

それに全員がまた緊張感を持つ。犯人がいる以上、気を抜くことはできないのだ。

 

「メイドさん、確かあなた『ヒューズが飛んだ』とか言ってましたな」

 

「あ、はい!コーヒーメーカーのコンセントを入れようとしたらバシッと……」

 

それを確認するために倒れている修斗以外の全員でキッチンまで行けば、確かにコンセントの周りが黒く焦げていた。

 

「コンセントに細い針金を巻いてたんや。誰かがこれを差し込んだら勝手にショートするようにな」

 

「けど、そんな針金を犯人はどこで……」

 

瑠璃がそこまで言葉にして記憶を掘り返した。そう、あったのだ。針金はすぐ近くに。

 

「あっ!コーヒーの包みのタグ!」

 

直ぐに後ろを振り向けば、それを丁度コナンが触っていた。

 

「そうそうこれ!コナンくん、見つけたの?偉いね〜!」

 

そう言って瑠璃がコナンの頭を撫でれば、コナンは嬉しそうに笑う。しかし内心としては子供扱いされたことに複雑な気持ちを抱いていた。なぜなら彼は本当は高校生なのだ。素直に褒められて嬉しいものの、子供扱いは嬉しくないだろう。

 

「ふむ、確かに太さも長さも丁度いいな……」

 

「包みを開けたんは?」

 

「それは戸叶さんと川津さんの二人だよ」

 

瑠璃がそう答えれば、二人は焦りを顔に表す。と、そこで小五郎が自信満々な笑顔を浮かべて笑いだす。

 

「ふっふっふ、これでハッキリしましたな。犯人は川津さん、貴方だということがね!」

 

それに川津は焦り始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!あの時、キッチンに来たのは四人……」

 

「バーロー!その四人には第一の事件の時のアリバイが……」

 

「いや、アレ修斗の推理で誰でも出来るって分かりましたよね?」

 

瑠璃がジト目で言えば、小五郎はうっと気まずそうに視線を逸らす。

 

「まあでも、確かに川津さんにも出来ないことではないとはご理解下さいね?なにせあのパックから針金を取り外し、コンセントに巻けばいいだけの話です。そして誰かがこのコーヒーメーカーを刺すまで待てばいい。それだけなんですから。……まあだから、彼女を殺されて傷心中である貴方にも出来るってことですから、安心しないようにお願いします、戸叶さん」

 

その瑠璃の疑うような視線を向けられ、そんな言葉を投げかけられた戸叶が怒る。

 

「なっ!?僕がどうして彼女を殺さないといけないんだ!!」

 

「彼女、あの時犯人が分かったと言ってましたけど、それで口封じの為に殺した……とか、まあ理由はそれなりにありますからね」

 

「貴方、刑事だからってなんでも許されると思うなよ!!」

 

戸叶がそこで瑠璃の胸倉を掴もうとしたのを小五郎が阻止した。

 

「落ち着いて下さい戸叶さん!瑠璃刑事も、あまり煽らないように!」

 

「え、煽ったつもり全くない……」

 

「疑うのが刑事の仕事だろうけど、無闇矢鱈にそんな事を言わないほうがいいよ。口は災いの元って言うし」

 

小五郎からそんな注意を受け、瑠璃は呆然。しかし雪男からの反論の余地もない言葉に、瑠璃は居心地の悪さを感じた。

 

「……すみません。流石に口が過ぎました。言っていいことと悪いこともありましたね」

 

「ふんっ、全くだ!」

 

戸叶に頭を下げて謝罪をする瑠璃に、戸叶はそんな対応を返す。これで彼の怒りが収まったわけではないのだ。それを瑠璃も理解している。

 

「所で、藤沢さんが襲われて、それを守った時から平次さん、何か気になってることでもあるの?」

 

雪男が唐突に平次にそう聞けば、平次が目を見開いて雪男を見る。

 

「え?」

 

「だって、ずっと浮かない顔をして考えているみたいだから。僕の専門は精神科だよ?あまり舐めない方がいい」

 

そう言う雪男に平次は何か気になるのか眉間に皺を寄せたまま答える。

 

「ああ、そうや。あの時から何かがずっと気になって……」

 

「ああ、第一の事件や第二の事件の時とは違って、藤沢さんが襲われた第三の事件ではあからさまに証拠を残してる」

 

その平次の言葉に続くようにコナンがそう言い始め、雪男と平次がコナンを見る。

 

「もしかして、この事件は犯人にとって予定外……」

 

そこでハッと気付く表情をした。そう、既に全員がコナンに注目していたのだ。

 

「こ、コナンくん……」

 

「で、でも僕子供だから全然分かんないや……」

 

「き、気にしないで下さい!この子、探偵ごっこが好きなだけなんです!」

 

それに気付くと直ぐに取り繕ったように子供の演技をするコナン。そして蘭はそんなコナンに気付かずにコナンを連れて離れた。その一連の様子を見ていた雪男は首を傾げた。

 

(いまさっきのは確実にコナンくんの本当の顔だった。声だって真剣だったし、むしろさっきの方が演技の要素が強かった……どういうこと?)

 

そこまで考えて雪男はあることを思いついた。

 

(……そっか。子供っぽく見られたくないのか!そっかそっか)

 

そう、彼はそれが答えだと勝手に思い込んでしまった。そしてそれが間違いであることに気づかない。

 

(うん、なら今度から子供のように扱わないであげた方が良いかな?怒っちゃったらお菓子で釣らない方が良いかも?)

 

もうそんな風に考えているなど、瑠璃以外分からない。そして瑠璃は瑠璃でそんな雪男に苦笑いを浮かべているが何も言わない。彼女もまた、コナンは子供だと思っているのだから否定することはない。もしこの場に唯一正体を知っている修斗がいたら思わず溜息を零していた事だろうがそんな彼は倒れているのでいない。これでコナンの正体が疑われることはなかったーーーそんな訳ない。この中で唯一、平次だけは疑っているのだから。

 

(おかしい。このガキ、ごっつおかしい。此奴がやってるのは『探偵ごっこ』やない。立派な推理や。声や体は違ごうてるけどまるであの工藤のようや……)

 

そこであの外交官での工藤新一を思い出した平次。そう、彼があの事件に来た時、コナンは何処かに消えていた。そして新一が消えた時、今度はコナンが現れた。そこまできたら平次の中で疑いが強くなる。

 

(此奴まさか、ほんまのほんまは……)

 

そして全員がリビングへと移ると戸田が話し出す。

 

「でも変じゃありません?探偵さん。犯人が本当に川津さんなら、第二の事件の時、どうやってガレージに火をつけたって言うの?」

 

「そ、そうですよ!」

 

「いや、第二の事件のトリックならもう解けとる」

 

平次のその言葉に全員が平次を見た。

 

「本当にあのトリックが解けたの!?」

 

「ああ。しかも、一番に解いてたんはそこで気を失っとる兄さんや」

 

その言葉に全員が修斗に目を向ける。しかし彼が目を覚ます様子も気配も一切ない。相当疲れている様子だ。

 

「ならもしかして彼、犯人も……」

 

「分かってるんだろうね。けど、証拠までは断定しきれてなかったみたい」

 

そこで瑠璃がフォローを入れる。もし此処で彼女がフォローを入れなければ、一斉に何も言わずに犯人を野放しにしたも同然の彼はこの場の全員から責められていただろう。

 

「それにしても、死体を移動した人は誰なんだろうね?まさか死体に歩かせたわけでもあるまいし……」

 

「そんな超怪奇現象あってたまる、か……」

 

そこで二人はハッと思いつく。そう、彼らはそこで漸く思いついた。そして何より、綾子の行動を思い返し、漸く辿り着いた。この事件の真相に。

 

(もし彼女があの人の部屋で何かを見たのなら……)

 

(そうか……!)

 

「分かりました犯人の正体が!」

 

そこで考えに耽っていた二人は小五郎のそんな声に意識を戻す。そして小五郎が指を指して犯人扱いしたのは、占い師の戸田だった。しかも小五郎は彼女が催眠術を使ったのだと言いだし、これには平次も呆れ顔。

 

(阿保……)

 

(ああ、早く麻酔銃で眠らせてー……)

 

コナンもそう思うが動かない。そう、コナンは平次を気にしているのだ。推理中、平次に見られる可能性を。なぜなら今日、再開してからずっと彼に疑われているのだ。気にもなるだろう。

 

「ねえ、もう事件分かってるんだよね?なら犯人ももう分かってるんだよね?ね?」

 

そうコナンが子供らしく聞けば、平次はコナンの顔をジッと見た後、笑みを浮かべる。

 

「サッパリ分からんわ俺。阿保やからね」

 

そう知らないフリをし、コナンも此処までくれば彼の思惑など分かってしまう。

 

(くそ、此奴分かってんのに俺に推理させる気だな……?よし、それなら……)

 

そう言ってコナンはトイレに行くと言い、その後に平次もついて行く。しかし扉を開けて左右を確認するがコナンが見つからない。

 

「あれ?おらんな……」

 

左右を確認しながら扉を閉める。その開けていた扉側に隠れていたコナンがそんな平次の首目掛けて『時計型麻酔銃』を撃つ。

 

この麻酔銃、作ったのは工藤新一の家でよく変な発明をしている自称天才発明家、『阿笠博士』の発明である。しかし実際、彼はこの時計型麻酔銃の他に『蝶ネクタイ型変声機』、『ターボエンジン付きスケボー』なども発明していることから、自称ではなく本当の天才であり才能がある事が伺える。

 

そして眠らされた平次はそのまま扉を背に預けた状態になり、コナンは気付かれないように扉を少しだけ開けて平次の声を出し、推理を始めた。

 

「茶番は終わりやオッサン」

 

「なんだ?」

 

「俺もたった今分かってしもた、んでんがな」

 

「でんがな……?」

 

その口調に瑠璃が首を傾げる。彼はそんな口調をしていただろうかと疑問に思うが、残念ながら関西人ではない彼女では、どんな方言が使われているのかを知らないので確かめるすべはない。疑問に思ったまま取り敢えず彼の推理を聞くことにした。

 

「そう、このペンションで三つの事件を起こした張本人は、貴方だ!」

 

そう言ってコナンが平次の腕を動かし、指差したのは小五郎。

 

「え、俺!?」

 

「ちゃいまんがな!オッサンの後ろで冷や汗流してる、戸叶さん、貴方や!」

 

それに全員が戸叶に顔を向けると、確かに彼は冷や汗を流していた。そんな彼は戸惑ったように否定を返す。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!僕は、オーナーが動き出す何時間も前からこのリビングにいたじゃないか!」

 

「いや、それ誰でも出来るって証明されてましたよね?これ何度目ですか?」

 

瑠璃がジト目で戸叶を見ている間に小五郎が平次の頭を殴る。

 

「ちょっ、ちょっとお父さん!」

 

「舐めんなよ急に変な関西弁使いやがって!」

 

「……なんの騒ぎだ?」

 

そこで漸く修斗が起きたのか、ゆっくりと頭を抑えながらも起き上がる。

 

「あ!修斗!起きて大丈夫なの?」

 

「ああ、平気だ……まだ上手く頭が回らんがな……」

 

「頭の使いすぎによるものだろうね。これに懲りたら、もうずっと頭を回し続けるんじゃなくて、所々でセーブする事だよ」

 

「ああ、悪い……で、今何が起きてるんだ?」

 

修斗が状況を知るために雪男に聞けば、雪男に溜息を吐かれた。

 

「折角注意したのに……今、『眠りの小五郎』ならぬ『眠りの平次』が事件の詳細を話し始めてるよ」

 

「……そうか」

 

「そもそも、まだ寝ていた方がいい。あまりにも寝てる時間が短すぎ」

 

「仕方ないだろ、夢の中で黒い影に追われ続けたら起きるわ」

 

「……それにしては随分冷静に」

 

「そりゃ、夢だとは分かってたしな」

 

「……あっそう」

 

雪男がそこでまた溜息を吐く。そんな夢を見たら眠る気にもならない修斗は大人しく推理を聞くことにしたらしい。今は頭も働かない状態なのだからそうする他ないのだ。

 

「第一の事件、本当は戸叶さんは事件を見ている立場にいることで自分には無理だと思わせたかったんやろうけど、それはそこの今起きた兄さんに解かれて失敗してしもうたんや。そして第二の事件、貴方は彼女にこう言ったんやろ?『ガレージの車の後部座席の下にホームズの初版本を隠してある』ってね!」

 

その言葉に研人が反応するが、小五郎がそれがどうしたと言いたげな顔をする。

 

「忘れたんか?あの時、ガレージの車はガソリン漏れしてた上にバッテリーが上がってたんやで?」

 

そのイントネーションの違いに思わず眉を寄せた修斗に周りは気付かず、推理は続けられる。

 

「本を探そうと思っても室内ランプは点灯不能で後部座席の下は真っ暗や。オッサンならどうする?」

 

小五郎はそう聞かれ、真っ暗じゃしょうがないからとライターか何かでと言い、そこで気づく。彼女が本を探すためにライターを点けたことを。

 

「やっぱり修斗、そこまで辿り着いてたんだね」

 

「ああ……そうだったか……」

 

瑠璃がそう修斗に話しかければ、少し記憶が混乱しているのか髪をガシガシと掻きながら思い出そうとする修斗。どうやらライターの話をしていた時点でギリギリだったらしい。

 

「その火が、ガソリンが漏れた所に引火した」

 

「じゃあ、火を点けたのは彼女自身?」

 

小五郎のその言葉に岩井が信じられないように言う。しかし川津は納得していない様子で、彼女が第一の事件の大事な証人なんだろ?と言う。しかしそれをコナンは否定するように言う。

 

「証人は偶然にも他に四人もおったんや。彼女一人生かしておく必要はない」

 

「でも!綾子さんは戸叶さんの恋人なんでしょ?なのにどうして……」

 

「……見破られたからだろ」

 

修斗がそこで呟くように言う。その言葉に全員が顔を向け、雪男はジト目で彼を見れば、修斗は少し困ったように視線を逸らす。

 

「そろそろ平気だっての」

 

「もう一度ドクター・ストップ入れてあげようか?」

 

「やめてくれ。これくらいなら平気だ……。で、彼女が見破ったのは、第一の事件のトリック。これは俺も説明したな。そしてもう一つ、戸叶さんが犯人だと言う証拠もだ」

 

「そうや。皆んなも覚えとるやろ。綾子さんが突然、犯人がわかったと言い出した。それを聞いて焦った戸叶さんがトイレにいく彼女について行くフリをしてガレージの罠に嵌めたんや」

 

「そういえば、彼女と二人きりになれたのは戸叶さんだけ」

 

「だから彼女、トイレの後に態度を翻したのね!」

 

川津と戸田がそう言い出し、どんどん研人が犯人であると色濃くなってきた。

 

「でも、よく分かったわね、あんなガレージのトリックを」

 

「いや、あのガレージのトリックは、もともとある人物のために用意されていた罠。犯人にとって幸運だったのは、その人物と同じでライターを持っていたこと。そう、ガレージに張られていた罠は、本当は藤沢さんを殺すための罠やったんや!」

 

その言葉に藤沢の顔が青ざめる。それもそうだろう、一歩間違えればあのガレージの罠で自身が死んでいたのだから。

 

「藤沢さんの扉の間に挟まっていたあのカード、アレで藤沢さんをガレージに誘き寄せて殺すつもりだったんや!せやけど予定が狂って藤沢さんを殺すための罠を綾子さんに使うてしまった。咄嗟に思いついたコンセントの仕掛けで停電させ、アイスピックで藤沢さんを襲ったんや!」

 

「……そんな事が起こってたのか?」

 

「うん、あんたが寝てる間にね」

 

瑠璃のその肯定の言葉に修斗は何も言わなかった。彼は実は密かに覚悟していた部分があったのだ。研人に自分が犯人まで見破っているとバレていた場合、殺される覚悟を。それも気を失う前にだ。しかしどうやら彼はそこまでには至っていなかったらしい。今回は運が味方をしたようだ。

 

「そうか、だからあの事件だけあんなに証拠が残っていたのか……」

 

「あのコンセントの仕掛けはあの時、キッチンに行った戸叶さんなら十分に出来る。つまり、第一、第二、第三の事件共通して犯行にが可能だったのは戸叶さんだけしか……」

 

「だったら見せてみろよ、証拠をよ。そこまで言うならちゃーんと証拠があるんだろうな」

 

戸叶がそこで平次を見下すように見ながら言った。それは修斗が予想だけしか出来ず、断定しきれていないものだどう出るのかと修斗が見ているその扉の向こうでは、コナンがニヤッと笑う。

 

「あれ、知りまへんでした?綾子さんは見たんやで?昨日の昼間、貴方の部屋で、あるものを」

 

「彼奴が何を見ていようが何も話せない体に……」

 

「第1問、ホームズの利き腕は?」

 

平次の急なクイズに戸叶は戸惑う。しかしそのクイズは止まらない。

 

「第2問、ワトソン博士の妻の名前は?」

 

「なんだなんだイキナリ?」

 

「……イキナリ、ね」

 

そこで修斗がフッと笑う。その言葉に気付き戸叶が修斗を見やれば、修斗は可笑しそうに笑いながら言う。

 

「あんた、本当にこれが何か、分からないのか?」

 

「だから……」

 

「もう自分で答えを言ってるようなものだぞ?『自分が犯人です』って」

 

「……は?」

 

「瑠璃」

 

そこで瑠璃にバトンタッチをする事にしたらしい修斗が名を呼べば、瑠璃が続ける。

 

「これ、一昨日オーナーの金谷さんから渡された、ホームズカルトテストの問題です。私、記憶してますから。『完全記憶能力』持ちの私を舐めないでほしい」

 

その言葉に研人は更に冷や汗をかく。

 

「私はこの能力を持ってるから忘れることは出来ないけど、貴方はそうじゃなくともホームズファンだ。なら、やった筈ですよね?この問題を」

 

瑠璃がニヤリと笑って言えば、平次の声が聞こえてきた。

 

「では、第241問、暗号『踊る人形』を使って犯人に出した手紙の内容は?」

 

それに彼は焦った様子を見せながらも答える。

 

「ああ、その問題なら良く覚えているさ。答えは『come here at once』。すぐ来いだ」

 

「……バーカ」

 

修斗がボソリと呟いた。そう、この時点で瑠璃は更に意地の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「戸叶さん、残念ながらそんな問題はありません」

 

「……えっ」

 

「『踊る人形』であった問題は、作品中に出て来た踊る人形を全て書き記せ、ですよ」

 

瑠璃が一歩戸叶に寄る。それに反応して戸叶は一歩下がった。

 

「そうや、アレは忘れようとしても忘れられない超難問。それを覚えてないというのはちょっとおかしいとちゃいまんが?」

 

「そ、それはっ!」

 

「あの日、綾子さんが貴方の部屋に行ったのはテストの答えをカンニングするため。だが、貴方は部屋にいなかった。恐らくオーナーの死後硬直の具合を調べるためにガレージに行ったんやろ」

 

「じゃあ、綾子さんが見たものって……」

 

蘭が気落ちした声でそう零すと、それに反応し答えるコナン。

 

「そうや、綾子さんが見たんは何にも書かれてない白紙の答案用紙」

 

それに戸叶は蒼かった顔が更に青くなる。もう見てもいられないほどだ。

 

「なぜ答案用紙に書かなかったのか。それは書いても無駄やから。つまり、貴方は知ってたんや!テストを採点するオーナーがもうこの世にはいないということをな!それがデタラメやと言うんなら貴方の答案用紙を見せてくれへんか?今すぐに!」

 

その言葉が決め手となり、戸叶は膝をついた。

 

「くっ、くそっ……」

 

「貴様っ!」

 

そんな戸叶の胸倉を掴んだのは怒りに震えている藤沢。彼は戸叶になぜ自分とオーナーの命を狙ったのかと問えば、それをコナンが平次の声で代わりに答える。

 

「『アイリーン・アドラーの嘲笑』。動機は恐らく、藤沢さんとオーナーが協力して出したって言うあの本や」

 

「な、なんだと!?」

 

「……なんだそれ」

 

その言葉に藤沢が反応するが、そんな話は意識を飛ばしていて聞いていなかった修斗には全く分からない話だ。それを見て瑠璃が答える。

 

「なんか、金谷さんが自費で出した本らしくて、それに藤沢さんも協力してたみたい」

 

「ふーん……」

 

修斗はそんな反応を返す。今深く考えようにもうまく回らない頭では良い答えは出ないし、頭痛が増すだけだと理解しているため、考えるのをやめていた。

 

「アイリーンって、話の中でホームズを出し抜いたって言う女優の?」

 

蘭が岩井にそう聞けば、岩井はそれに頷くが、金谷はそれは殆どホームズの推理ミスだと言っていたらしい。

 

「そうか、その本でホームズが馬鹿にされたと思った彼は……」

 

川津がそう言うが、しかし研人はその逆だと答えた。

 

「アイリーンはシャーロックが認めた唯一の女性。その彼女がシャーロックを嘲笑うなんて、僕には考えられない」

 

そこで藤沢は手を離したが、既に力が抜けていたらしい研人は四つん這い状態になり、涙を目に浮かべて感情を言葉にして爆発させた。

 

「許せなかったんだ……絶対に。絶対に!」

 

それを見た後、瑠璃は彼に近寄る。

 

「……後は麓に帰った後、署で聞きますから」

 

それを見た後、修斗は一息吐いて、背を伸ばすようにして腕を伸ばした後、立ち上がる。

 

「悪い、ちょっと顔を洗ってくる」

 

「うん、分かった。足元覚束ないようだったら病院に行くのを進めさせてもらうからね」

 

「そこまでじゃないから安心しろ」

 

そう言って扉に近寄った時、ちょうど平次が起きた様子で欠伸をしていた。そんな平次に蘭が褒めながら近寄る。

 

「すごいね服部くん!流石、西の名探偵だね!」

 

「はっ?」

 

それを遠目から見ていた修斗は、後ろにどうせいるだろうコナンの様子を想像してプッと吹き出す。そして平次は一瞬だけキョトン顔を浮かべると笑顔になる。

 

「当たり前やがな!これくらいの事件、俺にかかったら朝飯前でんがな!」

 

その口調で修斗は気付いた。そう、平次がさっきコナンがしていた推理の間、起きていた事に。

 

(あー……本当に頭回ってないな……)

 

そして蘭がコナンを探し始め、コナンが平次の背後にある扉から出てきた時、平次がコナンを呼び止める。そして、鋭い一言をぶつけた。

 

「おいーーーお前、工藤やろ」

 

「ぇっ……な、何言ってんだよ、僕は子供だよ?子供」

 

その苦し紛れの演技に、修斗は頭痛がしたのか頭を抑えた。

 

「……兄さん?頭痛いなら」

 

「いや平気だ。ちょっと見てられないものを見ただけだから」

 

「??」

 

その間、コナンは平次に責められ、蝶ネクタイの裏を見られ、しかも使っていたのを横目で見たことまで言われてはもう出し抜けない。どの辺りかと問えばどうやら小五郎から殴られたあたりらしい。

 

「言葉遣いは妙ちくりんやったけどな、あの口調と論理の組み立ては、工藤新一そのものや!」

 

「や、やだな!僕子供だよ?」

 

(おうそこまで俺の時に否定してなかっただろ)

 

修斗が息を吐き出そうとしたのをぐっと堪えた。正直、今ここで息を吐き出すと、それと共に大声で笑いだしそうなのを自身で理解していたのだ。

 

「ほう、さよけ」

 

そんな修斗の様子を知らず、平次はジト目でコナンを見た後、蘭がいる方へと歩きだし、声を掛けた。

 

「なあなあ!聞いてくれへんか!ごっつ面白い話があんねん!聞きたいやろー?あんなー!」

 

「ちょっと待ったー!」

 

そこでコナンが平次に近づいて行くのを見送った後、部屋から出る。そして暫く歩いて部屋から離れた辺りで、我慢の限界がきた。

 

「アッハハハハ!なんだよアレ!もうコントだろアハハハハ!!」

 

そんな笑い声は暫く続いたが、彼のそんな笑い声は聞いたものは、運良くいなかったのだった。

 

そして翌朝、バスに乗って麓まで帰る道の中、小さくなった理由を平次に聞かせ、そしてその後に眠らされた返しに些細な復讐を受けているのを後ろから見ていた修斗はまた笑いそうになり、腹筋を使って堪えたのだった。


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