とある六兄妹と名探偵の話   作:ルミナス

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主人公六人の情報で一つ忘れていたことがあったのでご報告をさせていただきます。

私は今回、この六人にモデルとなるキャラをつける事はしません。ですので身長はどんな服装かだけを出して、あとは皆様の好きな容姿を思い浮かべて頂けたら幸いなのですが、この六人、長男と次男、長女と次女、三男と三女の組み合わせで顔が違います。全員似たり寄ったりの顔の造形ではありません。理由は進むにつれて分かるとは思いますが、結構複雑な家庭であるとはご理解頂けますようお願い申し上げます。

それでは!どうぞ!


日常編
第7話〜ホームズ・フリーク殺人事件・前編〜


とある休日の日、瑠璃がいつの間にか勝手に応募していたツアーに当たり、それの付き添いとして修斗、雪男の三人で参加することとなった。そう、其処までは修斗もまだ許容出来た上、瑠璃が折角だから気分転換にと呼んでくれたのだ。この日に休みを取れるように調整もした。お陰で父親にも文句を言われず、修斗としても万々歳。そんな上機嫌だったのが今や急降下していた。なぜなら、このツアーに毛利一家が参加していたからだ。

 

(いや、少し考えたら可能性はあっただろ……あの坊主は生粋のシャーロキアンだ。応募しないわけがない……ああ、また死神が事件を呼び込んでくるのか……)

 

一番後ろの窓側に座っていた修斗が片手で額を抑えるようにして項垂れるその横で、雪男はそんな兄の様子に首を傾げていた。傍目から見れば、170cmの兄を不可思議そうに見る150cm前半の小中学生に見える少女。しかし顔だけ女顔でも性別上は男性で、胸もない。そもそも彼には双子の妹がいるのだ。彼女に似ても仕方ない事だろう。

 

周りはそんな彼らを気にすることなく、話が続けられている。

 

「おお、『緋色の研究』ですか!それは、ホームズが初登場する記念すべき第1作ですからな!」

 

「自分は『赤毛連盟』が好きなんですが……」

 

「ハイハイハーイ!僕『四つの署名』!!」

 

まずちょび髭の生えた男性『藤沢 俊明』がオカッパの女性『清水 奈々子』に聞けば、彼女は『緋色の研究』が好きと答え、その隣にいた白いシャツを着た男性『川津 郁夫』は『赤毛連盟』が好きだと身を乗り出して言う。そしてコナンが元気よく手を挙げて答えるのを、修斗は聞いていた。

 

「?修斗、今のって全部シャーロックホームズシリーズの話なの?」

 

「お前、これホームズのツアーだからな?話題がホームズなのは当たり前だからな?と言うか、パラパラとでも読んでこなかったのか?」

 

「まあ覚えるけどさ?『覚える』のと『理解する』のは違うからね?覚えた内容言ったって、その中身の感情とかを言えるわけじゃないからね?文章そのまま言えるだけだからね?」

 

「分かってる分かってる。つまり読んでないんだな?」

 

「私は本読むより身体動かしたい!」

 

「ああ、そういえば姉さん、インドア派じゃなくてアウトドア派だもんね」

 

瑠璃が何故か胸を張ってそう言えば、雪男は少し呆れたような表情でそう返す。そんな三人に声を掛けるコナン。

 

「ねえねえ!三人はホームズのどの話が好き?」

 

「へっ?」

 

瑠璃がキョトン顔でコナンを見る。気付けば先程まで話していた他三人も瑠璃達を見ていた。しかし先程までの和気藹々とした雰囲気はなく、どこか見定める様な雰囲気だった。

 

「あ〜っと……ごめんなさい。このツアーには私が応募したんだけど、目的が気分転換のつもりだったし、当たるとも思ってなかったから読んでなくて……あ!でも、修斗と雪男なら読んでるんじゃないかな?」

 

瑠璃のその言葉に、瑠璃の隣に座っている二人組を見る。それに修斗は頬杖を着きながら溜息を吐き出し、雪男は苦笑いを浮かべてる。

 

「僕、どちらかと言えば江戸川乱歩が好きだから……」

 

「俺もどちらかと言えば江戸川乱歩だが、あえて言うなら『踊る人形』だな」

 

「ほー?そこの彼は一応は読まれているようですな」

 

そこでここまで修斗と何度か対話をし、彼の推理を聞いてきたコナンはなんとなく、修斗の好むものが分かった気がした。そしてそれを確かめるために口を開く。

 

「もしかして修斗兄ちゃんって、パズルとかクイズとか暗号とか、そういうのを解いたりするのが好きなの?」

 

「?……ああ、そう言えば確かに。暇潰しにすることっていえば読書とか以外だとそういうのが多いな……」

 

「そう言えばそうだね。もうそれが日常生活にも組み込まれてて不思議に思ってなかったよ」

 

「あー、確かに……違和感なかったわ」

 

そんな三人の様子を見ているコナンの横で、小五郎は蘭に愚痴を言う。

 

「俺はこいつらと三日間も一緒に過ごさないといけないのかよ?」

 

それを蘭の反対の席に座っていたそばかすが特徴的なポニーテールの女性『岩井 仁美』が笑顔で「この方達だけではない」と言う。曰く、もう一台の車で別のツアー客をペンションに連れて行っているらしい。それにつまらなそうな表情を浮かべる小五郎に、コナンは嬉しそうな表情で「楽しいからいいじゃない」と言う。しかし小五郎に拳骨を一つ落とされてしまっていたが、それを外の景色を見ていた修斗が気付くことはなかった。

 

***

 

連れてこられた場所は峠の様な場所に建てられたペンション。名前は『マイクロフト』というらしい。

 

「『マイクロフト』って何?」

 

「主人公ホームズの兄で、立ち位置的には下級役人だがその実、政策を調整したりする重要なポストに就いてる人物。ホームズからは『活動的であれば私よりも優秀な探偵になれたであろう』とまで言わせるほど頭脳が優れた人であり、政府そのものとまで言われた人だ」

 

「へ〜」

 

修斗からのその説明に瑠璃はそう返事を返した。ちゃんと理解できたかと言われたら本人は自信がないと答えた事だろう。

 

そんな説明がされている間に、ペンションのオーナーでありツアーの主催者『金谷 裕之』がホームズのコスプレ衣装を身に纏いやって来た。

 

「やぁ皆様!このペンション『マイクロフト』にようこそおいでくださいました!私がこのツアーを企画したここのオーナーの金谷でございます。今日、お集まりの皆様は私が厳選したいずれ劣らぬシャーロキアンの方々……」

 

「ふんっ。本当に厳選したのかね?ホームズの『ホ』の字も知らないど素人が混ざってる様だが?」

 

「まあ!本当にそんな方が?」

 

藤沢のキツイその言葉に少しだけポッチャリめの女性『戸田 マリア』が信じられないと言った風に言えば、それを川津が小五郎に視線を向けて誰のことかを示すと、小五郎は耐え切れなくなったのか帰ろうとする。それを金谷が止まる姿を見て、瑠璃は首を傾げる。

 

「このツアーに応募したのは小五郎さんじゃないのかな?」

 

「ちげーよ。あの坊主だ」

 

「へ?コナンくんが?……今時の小学一年生って、難しい漢字も読めるんだね」

 

(まあ中身と外見が合致してないしな)

 

瑠璃の感想に修斗が内心でそう思っていれば、雪男が瑠璃に疑問を投げかけてくる。

 

「ねえ、瑠璃姉さん。瑠璃姉さんはホームズの本を読んでなかったのに、どうして当選出来たの?」

 

「どうせ兄貴にでも手伝ってもらったんだろ……兄貴はホームズシリーズ好きだしな」

 

そんな噂をしているからか、警視庁にて彰がクシャミをしていたことなどこの三人は知らない。

 

「修斗のが正解。だから本当は私じゃなくて此処には彰が付き添いでくるはずだったんだけど、少し前に別件で手を離せなくなっちゃったから急遽私が」

 

「よく許してもらえたね」

 

「ほら、この前の爆弾テロ事件。あれで全ての休日パーになっちゃったから目暮警部が休日をくれたの」

 

「まあ、お前にしては頑張ってたしな……」

 

修斗のその素直な褒め言葉に瑠璃はドヤ顔を浮かべる。

 

「おうその顔やめーや」

 

それに修斗が軽くチョップを入れれば、瑠璃は頭を抑える。

 

「いたーい!」

 

「力全く入れてねーだろ!嘘言うな!」

 

そんな兄と姉の戯れあいに雪男は楽しそうに笑うだけ。止めようとしない。そんな三人を他所に既に金谷から小五郎が誰なのかという説明をしようとした時、そこに割って入り説明をしたのは眼鏡の青年。隣には彼女らしき女性が立っていた。眼鏡の男性『戸叶 研人』がひと通り説明をし、小五郎がドヤ顔を浮かべた時、こんどは反対に見下す様な態度で説明する。

 

「確かに優れた頭脳をお持ちの様だが、シャーロックと肩を並べるなんてとんでもない!」

 

それに同意を示す彼女の『大木 綾子』。

 

「そうそう。実際に勝負すれば貴方はホームズの足元にも及ばないわよ」

 

その言葉に小五郎は怒りを露わにするが、それをコナンは意地の悪い笑顔を浮かべて見たあと、間に入る。

 

「まあまあ、相手はホームズなんだから仕方ないよ!」

 

しかしその言葉は火に油。小五郎の怒りに触れ、怒られてしまった。

 

「うるせぇ!紙の上の人間に負けてたまるか!」

 

しかしその言葉で今度はその場の全てのシャーロキアンを怒らせてしまった。そんな様子を見ていた修斗は頭を抱えた。

 

(おいおい……更に油注いで火どころか炎にしてどうすんだよ……この場に消化するための水なんてねーんだぞ)

 

そんな修斗の心配を知らぬ小五郎はコナンに拳骨を一つ落とし、八つ当たりしていた。しかし確かにコナンがツアーに応募したため、原因ではあるのだ。そして蘭が心配そうにコナンの名を呼べば、それに反応するシャーロキアン四人組。その中にカップルはいなかった。しかしそれを気にしないでコナンをチヤホヤしまくり、コナンもその名前を自慢し、それを絶賛するシャーロキアン。しかし修斗は知っている。その名が偽名であり、その名付け親はコナン自身であることを。

 

そんなコナンを見ている時、蘭が小五郎と話していて、コナンが新一と似ていると話していた。その新一の特徴を話している時、割って入る者が一人。聞き覚えのない声に修斗が首を傾げてそちらを見れば、つばが付いた帽子を深めに被り、目元を隠す様にして現れた顔黒の青年。その青年を見て瑠璃は「あっ」と声を出す。それもそのはず、彼女は彼を一度見ているのだ。それも、爆弾テロ事件が起きる前、とある外交官の屋敷で起こった殺人事件で。そこで現れた工藤新一と推理対決をしたその青年を。

 

「音痴やがサッカーの腕は超高校級、そして先日の俺との勝負を勝ち逃げしよった、工藤新一のことやろ?」

 

「あっ!『服部』くん!」

 

その名前にコナンは反応した。そして蘭がいる方へと顔を向ければ、確かにそこには西の探偵『服部 平次』が立っていた。

 

「貴方もホームズファンだったの?」

 

「ちゃうちゃう。このツアーに応募したんは工藤に会えるかもしれんと思うたからや。それに俺はコナン・ドイルよりエラリー・クイーンの方が……」

 

そこでまたシャーロキアン五人からの責める様な視線に平次は急いで訂正する。

 

「けど一番はドイルかな」

 

その言葉にシャーロキアン五人は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

「……あれ、僕達は江戸川乱歩が好きって言った時、あんな反応だったっけ?」

 

「お前は小学生に見えるからまだ許されてたんだろ。けど俺は結構キツイ視線と反応もらってたからな?まあ無視したけど」

 

その修斗からの『小学生』という言葉に、雪男はガックリと肩を落とす。

 

「……僕、もう25なのに……」

 

「諦めろ。それが定めだ」

 

「DNAの関係かな?なら諦める他ないのかな……」

 

雪男がそこで遂に明後日の方へと視線を向けた。それに同情したのか頭を優しく撫でる修斗。

 

「元気出せって。牛乳飲めばなんとかなる」

 

「それデマだから。それだけじゃダメだから……というか、知ってて言ってるよね?」

 

「当たり前だろ」

 

「少しぐらい慰めて」

 

そこでオーナーが空気を変えるために手を2、3度叩き、もう夜遅いからと休みを取り、明日の朝9時に朝食、13時に昼食、20時に夕食、その後に毎年恒例となっているらしい超難問推理クイズを行うと予定を話しだす。

 

「そしてそして、そのクイズで見事満点を取られた方には、なんとシャーロック・ホームズがこの世に生を受けたコナン・ドイルの出世作『緋色の研究』初版本を進呈しましょう!」

 

それに嬉しそうな反応を示すシャーロキアン達。しかし話はまだ終わっていない。

 

「しかし、その前にどれほど皆さんがホームズに心酔なさっているかという証を見せてもらいます」

 

「証?」

 

金谷の言葉に綾子が疑問を返せば、金谷の指示の下、岩井が紙の束を配っていく。

 

「今、メイドが皆様にお配りしているのは、ホームズカルトテスト1000問」

 

「1000問!?」

 

「それを提出する期限は明日の夕食まで。それで990点以上を取られた方のみ、夕食後の難問クイズに参加してもらいます。念の為に、携帯電話とホームズ関係の書物をお持ちの方は今すぐメイドにお渡しください」

 

その指示に従い、瑠璃達も入れようとするが、困ったのはもう一つの仕事用の携帯電話。

 

「どうする?」

 

「隠し持っていても無駄ですぞ。ペンションの至る所に設置してある防犯カメラとこの盗聴器が貴方を見張っていますからね。不正が分かれば問答無用で出て行ってもらいます」

 

「あの、これ仕事用なんだけど、ダメかな?」

 

「駄目です」

 

「諦めろ。目暮警部や病院関係者には此処に来ること言ってるんだろ?なら要請があってもすぐに来られないことは理解してるはずだ」

 

「……はーい」

 

修斗の言葉に若干納得はしないものの携帯を袋に入れた。その間に小五郎が自分も受けないとダメかと質問すると、小五郎達は特別で、講演でもしてくれたなら良いらしい。

 

「ねえ!僕も990点以上取ればクイズに参加して良いの?」

 

コナンのその子供らしい無邪気な質問に、オーナーは戸惑いながらも是を示した。それに笑みを浮かべるコナン。そんなコナンを一目見た後、修斗が全員の様子をサッと見て、とある人を見た時、溜息を吐いた。

 

***

 

それから時間が過ぎていく。瑠璃は本をそもそも読んでいないため諦めようとしたが、修斗が全部解いた答案を見せた。それに瑠璃と雪男が驚き、追い出されると言おうとしたが、修斗からはアレはハリボテだと説明された。勿論、こういうものを見抜く目は修斗の方が鋭い。だからこそ二人はそれを信じ、修斗の答案を丸写しした。

 

「いや〜、私これで追い出されずにすむよ!」

 

「それは僕もだよ。江戸川乱歩の方が僕は自信あるんだけどな〜……」

 

「このツアー行く前に読んでなかったか?復習として」

 

「読んだけど、あまり自信はないかな……」

 

「そういう修斗はどうなの?私が言えることでもないけどさ」

 

「時折読み返して読んでたりしてたしな。どこぞのシャーロキアンみたいに一字一句読めるとまでは言わないけど、大丈夫だと確信はしてる」

 

「へ〜」

 

「それに……」

 

「?」

 

そこで言葉を切った修斗に首を傾げる瑠璃と雪男。しかしそんなことを気にせずに窓の外を見ながら二人に聞こえない声量で呟く。

 

「もう、意味をなさないだろうしな」

 

そして三人は一度眠り、朝食の時間に起きて食堂へと来てみれば、オーナー以外の全員が揃っていた。そのオーナーを待つが幾ら待てども来る気配がない。遂に全員が我慢出来なくなり、朝食を食べ、昼食も食べ、そして夕食まで時間が経ってしまった。しかしその間にオーナーは一度として姿を表さなかった。

 

「ふぃ〜、食った食った」

 

「それにしても全然姿を見せないなオーナー」

 

藤沢が心配そうに言えば、遂に我慢出来なくなった綾子が岩井に声を掛ける。

 

「早くオーナーを呼んで、テストの採点を始めて頂戴よ!」

 

それに岩井が困った顔で答える。

 

「でも、私は旦那様がおいでになるまで、お客様をもてなすよう言われてますので」

 

そんな様子を見ていた平次が残念そうな顔をしていた。元々、彼の目的は工藤新一を探すこと。その彼がいないならもう用はないのだ。そんな平次の様子を修斗はチラリと見てからコナンを見る。実は彼が探す工藤はもう既にいるのだが、子供の姿であると誰も想像さえしないだろう。ならば彼が残念がるのも仕方ないというものだ。

 

そこから更に時間が経ち、遂に深夜0時を過ぎてしまった。そこで藤沢が堪え切れなくなり、勢いよく立ち上がる。

 

「くそっ!もう我慢ならん!部屋で休ませてもらう!」

 

「お客様!」

 

「やっぱりあの噂は本当だったのね」

 

「噂?」

 

戸田の言葉に瑠璃が不思議そうに問い返せば、戸田は答える。

 

「クイズの商品に初版本なんて真っ赤な嘘。毎回難癖吐けて全問正解者を出さずに、結局はあの本を自慢するだけのツアー」

 

「……う、うわぁ」

 

それに瑠璃が引く様子を見せるが戸田には関係ない。彼女もそこで立ち上がり部屋に戻って行く。それを機に他のツアー客も部屋へと戻って行く。そこで小五郎も戻って行き、瑠璃と雪男も立ち上がり、部屋へと戻ろうとする。それに修斗も続いて立ち上がり、部屋に戻って行く。最後にとある人物に視線を向けたのには誰も気付くことはなかった。こうして部屋に残されたのはコナン、蘭、平次、研人に綾子、そして岩井だけとなった。そこから少しして服部にも限界がくる。彼は欠伸をし、眼に浮かぶ涙を拭いた。綾子も研人に部屋に戻ろうと言えば、研人は彼女に待ったをかける。

 

「こういうのは先に動いた方の負けーーー」

 

そこで彼は外に視線を向けた。するとその外では不自然に勝手に動く車が見えた。その車は彼らツアー客が乗って来た車だ。そして運転席にはホームズのコスプレをしたオーナーが乗っていた。

 

「ほら、やっと始まるのさ。推理クイズがね」

 

「さすが研人」

 

カップルの二人がいちゃつきながらそう言うが、しかし様子がおかしい事に気付く。車が止まる様子がないのだ。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「そっちは崖……」

 

その言葉に平次とコナンが反応し、すぐに行動に出る。

 

平次が窓を開け、そこから二人は外へと飛び出てスリッパのまま車を追う。その車は少しの段差を超えるとスピードを上げた。

 

「あかん、スピードを上げよった!」

 

しかしそれでも追いつかないスピードではない。二人はすぐに運転席まで辿り着き並走する。

 

「おいオッサン、何しとんのや。はよ止めな落ちてまうで!」

 

平次がこちらに気付いて貰うために窓を叩くが反応がない。コナンはその小さな体を使って車にのサイドミラーに飛びつき、中を見る。そこで車の画面に毛布が掛けられている事を知る。それと共にエンジン音とも違うシューッという何かの音にも気付いた。しかしそこでタイムアップ。車は止まらずに崖下へダイブ。運良くコナンは直前で手を離していた為、それに巻き込まれることはなかったが、車は爆発。確実にオーナーは死んだことだろう。その騒ぎに全員が気付き、外へと飛び出てことの詳細を平次から聞けば、藤沢が目を見開く。

 

「何、オーナーが死んだ!?」

 

「ああ、そうや。たった今、俺の目の前で車ごと落ちよった」

 

「そんな!?どうして旦那様が……!」

 

それに小五郎は欠伸をしながら答える。

 

「自殺だよ、自殺。きっとホームズの初版本を持っていかれるのが惜しくなったんだろ……」

 

そんな小五郎の適当な推理に研人が意見する。

 

「いや、これはひょっとしたら他殺かもしれませんよ」

 

「えっ!?」

 

「オーナーを予め眠らせたか殺したかして車のシートに座らせ、ギアをドライブに入れれば車は自動的に発進する」

 

そして研人は車のガレージを指差しながら推理を続ける。

 

「犯人がその作業をしたのはおそらくあのガレージの中」

 

「じゃあ、もしかしたら私達の中に犯人が……」

 

「ま、そういう事になりますね」

 

それに平次は疑問をぶつける。

 

「せやけど、あの車、途中でスピード上げよったで」

 

「えっ!?」

 

「それに、車の中でしてた風の出るような妙な音、アレはエンジン音とは違うてたで」

 

それに川津が反応する。

 

「ああ、それならきっとクーラーの音だよ。スイッチが入ったままになっていて、エンジンを掛けた時に勝手に動いたんだよ」

 

「なら研人さんの言った事は間違いではないと思うぞ」

 

そこでイキナリ修斗の声が入って来て、全員が彼に視線を向ける。昨日から彼は特別目立つような事はなかった。だから全員、そこまで期待してはいなかった。そう、コナンと瑠璃達以外は。

 

「なら、あんたはどうやって生きてへん人間がスピードを上げたんか、説明出来るんか?」

 

平次が無理だろと言いたげな表情を浮かべて修斗を見れば、修斗は溜息をつく。

 

「あくまでまだ推測の域だが、これが一番確率として高いだろ。そして、これがもし当たれば、この場の誰でも出来る事になる」

 

それに全員が驚愕の顔を浮かべるが、それに構わず修斗は続ける。

 

「流石にいつ金谷さんを犯人が殺したかまでは定かじゃないが、予想としては俺達と別れた最初の夜の頃だろうな。そこでオーナーを車まで移動し、彼をそこに乗せてブレーキを踏ませた状態で足に重りを乗せて固定させる。そこから半日経てば死後硬直をし、重りを退けてもそのまま。エンジンを掛けてギアをドライブに入れてもブレーキを踏んだままになり止まったままとなる。そして犯人は俺達が夕食で集まる前にガレージを開け、硬直が解けてブレーキを踏んでいる足が緩み車が動き出すのをリビングで待って入れば良いだけだ」

 

「そっか!あとはリビングで待ってようが部屋で寝ようが、オーナーが自殺しちゃうもんね!」

 

瑠璃のその言葉に修斗は頷く。この時点で、全員が修斗をあり得ないものを見たような目で見ている事など、修斗は理解していた。

 

「せ、せやけど、死後硬直は死んだから40時間経たないと解けんで!」

 

「けど、外気温が高ければ?」

 

「……ま、まさか、あのクーラー」

 

「ああ。死体の周りの温度が35度くらいになったら硬直の進行と柔らかくなるスピードは徐々に上がり、24時間から30時間で硬直は解け始める。そして、オーナーが姿を消したのが昨日……いやもう深夜回ってるし一昨日か。一昨日の夜、俺達と別れてすぐと仮定すれば、さっき車が動き出してもおかしくはないだろ?」

 

「で、でもそれならクーラーが……」

 

「それがもしクーラーじゃないとしたら?」

 

「じゃああんたはなんやと考えたんや!」

 

平次のその最もな疑問に修斗は冷静なまま答える。

 

「クーラーじゃなくて、ヒーターだ。……全員、地面を見ろ」

 

そこで全員が地面を見たのを確認して修斗が続ける。

 

「もしクーラーだった場合、フロントタイヤの隙間から水滴が落ちてるはず。けど、周りを確認して見たがそんなもの見つからない……水滴があったなら俺はここで謝る。どうだ?」

 

その修斗の言葉に全員が真剣に地面を観察するが、水滴などどこにも落ちていない。

 

「な、ない……」

 

「スピードが上がったのはブレーキペダルからズレたんだろ。そこの段差でな」

 

そう言って指を指したのは、確かに丁度スピードが上がった段差のあたりだった。

 

「なら、あのシーツは中のパネルを見られたくなかったから……」

 

「まあ、お前が何を見たから知らんが、そうだろうな。まあ……ここまであくまで俺の予想だ。証拠なんて、水滴がない事以外もう絶対に見つからない」

 

その推理に全員が呆然とする。そう、彼のこの推理が一番理に適っているのだ。

 

「そうだな。車が爆発して死体は回収不可能。警察に連絡して、待つしかありませんな……」

 

小五郎の言葉に一番最初に意識を戻した川津が携帯を取り上げられたことを言うと、岩井がオーナーの部屋にあると言う。

 

「なら、取り敢えず見張りとして一緒について行ってもいい?何もしないとは思うけど一応」

 

「見張り?ふんっ、君は警察気取りかい?」

 

研人が瑠璃を見ながらそう言えば、瑠璃はムッと眉間に皺を寄せ、胸ポケットから警察手帳を取り出し、それを見せる。

 

「そうですけど?本物の警察ですが何か?」

 

「なっ!?」

 

「まあでも、応援は確かに必要ではありますけどね?私一人じゃ現場保存も難しいですし……」

 

「取り敢えず、瑠璃姉さんは仁美さんについて行ってあげて」

 

雪男が拗ねた瑠璃にそう声をかけ、瑠璃はそれに同意を示し、仁美についていく。そんなやり取りの間、コナンはもう一度タイヤ痕の周りを探る。それは平次も同様だった。しかしその行動理由はそれぞれ違う。コナンは最終確認のため、平次は探偵でもない修斗の言葉が信じられず、自分のやり方で探るため。そんな二人は探している時に頭をぶつけてしまい、蘭が平次に何をしているのかと聞けば、クーラーだった場合の可能性を考えて探していだと言う。

 

「やのにまたこのガキが……!」

 

そこで平次は違和感を持つ。そう、外交官殺人事件の時でもコナンと頭をぶつけ合ってしまっていたのだ。それも今と同じように、証拠を探していた時だ。

 

「暗くてよく見えないね」

 

コナンがそんな平次にそう声を掛け、平次はそれに戸惑いながらそう返答すれば、後ろで灯りが灯される。その正体を確かめるために後ろを振り返れば、綾子がライターを灯してくれていた。

 

「これでどう?お若い探偵さんたち」

 

「あ、どうも……」

 

「おおきに」

 

二人は綾子にお礼を言い、タイヤ痕の周りを少し探った後、少しして瑠璃達が戻ってきた。しかしそれは、最悪の連絡だった。

 

「た、大変!!携帯が壊されてる!!」

 

「なんだと!?」

 

それに全員が反応し、急いでオーナーの部屋へと行けば、確かに袋の中が出され、粉々に壊されていた。

 

「ほ、本当に壊されてる……」

 

「誰がこんな事を……」

 

そこで岩井があることに気付く。

 

「初版本もなくなってます!!」

 

それに全員が金庫の中身を見れば、確かに初版本がなくなっていた。

 

「くそぅっ!我慢ならん!!もう一台の車で脱出して、」

 

「無駄や」

 

藤沢がそう焦りを浮かばせながら言えば、それを先に確認していたらしい平次が伝える。

 

「ガレージに残されてた車は燃料タンクに穴を開けられて、ガソリンが流れ出とったわ。オマケにバッテリーも上がっとるし、もう動かへんで!あの車!」

 

それに蘭は不安そうな顔をするが、その隣にいた研人は楽しそうに笑う。

 

「ふふふっ、やはりオーナーは誰かに殺されたようですね、探偵さん」

 

研人が小五郎を見ながらそう言えば、小五郎は分が悪くなり、顔を逸らす。

 

「となると、あの車のトリックは修斗さんが言ったのが近いんやろうな」

 

そう言いながら道が開けられた真ん中を通り、全員の視線を自身に向けながら言葉を続ける平次。

 

「せやけど、俺らをここに閉じ込めたっちゅうことはや。犯人はまだ続けるつもりやで!この殺人劇をな!」

 

その言葉で全員が息を飲む。そう、今自分の隣にいる人が犯人かもしれないのだ。気が気ではない想いだろう。

 

「とにかく、犯人はこの中にいるんだ。ちゃんと調べればすぐに割り出せる」

 

「なら、今の所怪しいのは貴方じゃないか?修斗さん」

 

研人のその言葉に全員が修斗を見る。勿論、瑠璃と雪男、コナンはあり得ないと分かっているが、他はそう信じきれないだろう。特に知り合ったばかりの面々の方が多いのだ。信用もなければ信頼もない関係だ。

 

「貴方、あの車のトリックをすぐに言い当てたじゃないか。あれは、本当は自分がしたからじゃないか?」

 

研人のその責めるような言葉に、修斗は壁に背を預け、腕を組んでいるその状態のまま、ため息を吐く。

 

「……確かに、一番俺が怪しいんだろうな。それは認める。けど、それは安易な考えだ。そして俺にはアリバイがある」

 

「というと?」

 

「俺はそこの瑠璃と雪男と共にずっと行動していた。つまり、二人が俺の証言者だ。そこにもしオーナーが加わっていて、俺の知り合いでも仲がいいわけでもない相手と一緒に離れでもしたら、二人は不審がる……だろ?」

 

修斗の言葉に二人は頷く。

 

「私達、兄妹だからよく分かるよ。もし修斗が今日会ったばかりのあのオーナーさんと一緒にいようものなら、流石におかしいと思うもん」

 

「右に同じく」

 

それで修斗のアリバイは取り敢えず成立した。勿論、この兄妹が共謀していないことが前提の話だと念を押されている。と、そこで川津が防犯カメラを見ようと提案するが、岩井からアレはハリボテだと説明される。曰く、この時期だけに付けられる物らしい。そこで綾子が平次に近付き、水滴の件を確認する。しかしそれはやはりなかったと伝えられた。そこで綾子は何かの確信を得たらしい。急にその場で大声を出して笑い出した。

 

「あ、綾子……?」

 

研人が綾子のその様子を心配してどうしたのかと声を掛ければ、綾子は自信満々な笑みで答える。

 

「私、分かっちゃったんですもの、この事件の犯人。……それを決定づける証拠もね」

 

そこで修斗以外の全員が目を見張る。

 

『な、なんだって!?』

 

「……」

 

「十分間猶予をあげる。私の口から名前を言われたくなかったらその前に名乗り出るのね」

 

そう言ってタバコを吸いながら歩き出す。その途中、修斗のところで一度立ち止まり、何かを耳に紡ぐとまた歩き出す。

 

「お、おい綾子。どこに行くんだ?」

 

「トイレよ」

 

「馬鹿!今一人になったら犯人に……」

 

「あら?貴方が守ってくれるんでしょう?」

 

綾子はそのまま不敵な笑顔で出て行き、彼氏である研人がその背を追って行く。

 

「名探偵も形無しですな」

 

藤沢のその言葉に小五郎は不機嫌になる。

 

「どうせハッタリだ」

 

その小五郎の言葉をコナンが否定する。

 

「いや、あの人、僕達が知らない何かをきっと掴んでるんだ!」

 

「ああ、そうやろな」

 

そこでまたコナンと平次の意見が被る。と、そこで蘭が零す。

 

「そういえば綾子さん、昼間ちょっと変だったわよ?」

 

それに反応する探偵二人。それに構わず蘭は続ける。

 

「今日の昼食の後、部屋に戻る途中で綾子さんを見つけたんだけど、彼女、私を見て紙のような何かを慌てて後ろに隠したのよ。でも多分あれって、昨夜配られたホームズのテストだと思うんだけど……」

 

「「テスト?」」

 

それに周りも反応する。

 

「まさか……」

 

「カンニング」

 

「たくっ、なんちゅう女だ……」

 

そんな全員の反応を修斗は聞き流し、外を見やる。

 

(……多分、彼女はもう)

 

修斗はもっぱらこの事件を解決するつもりはない。彼の中にはコナン達のような好奇心はないのだ。事件を解いた時のスッキリするような感覚も、彼の中では浮かばない。だからこそ、彼女の言葉には従えなかった。

 

(……『貴方も犯人、分かってるんでしょ?』か……ああ、当たりだよ。本当にすごい女性だよ)

 

そんな中、扉を開けて研人が戻って来た。そんな研人に詰め寄る三人。

 

「オイ、誰なんだね犯人は!」

 

「こっそり聞いたんでしょ!?」

 

「教えてくださいよ!!」

 

そんな三人の気迫に押された様子の研人だが、しっかり伝える。

 

「それは、いくら研人でも教えられないってトイレに閉じこもっちゃって」

 

「くそっ。焦らしよってあの女……」

 

そんな様子を見ていた服部は岩井に質問をする。

 

「なあ、メイドはん。確かお昼を食べなかったんは、綾子さんの他にもおったよな?」

 

「ええ。戸叶研人さんと清水奈々子さんの二人よ」

 

それを聞いて平次は思考する。今回の事件の事を。

 

(カンニングと疑われる行動をしてたっちゅうことは、綾子さんは最初から知ってたわけか。あの防犯カメラがハリボテやっちゅうことを)

 

そこでコナンが研人に声を掛ける。

 

「ねえお兄ちゃん。お昼に綾子さん、お兄ちゃんの部屋に来なかった?」

 

「いや?昼は部屋でテストの答案の残りをやってたけど、誰も来なかったよ?」

 

「ふーん……」

 

その答えに二人の思考は合致する。綾子は誰かの部屋で見たのだと。それも事件に関係する重大な何かを。そこで蘭から綾子を心配する言葉が投げ掛けられ、藤沢が自分の腕時計を確認する。

 

「そ、そういえば……」

 

「アレから、もう20分以上経ってる」

 

そこで小五郎がとある可能性を頭に浮かべた。それも、最悪な方の可能性を。その可能性はあり得ないと、その思考を消したいがためにトイレへと小五郎、川津、藤沢、そして探偵二人に瑠璃が確認へ向かう。

 

「綾子さん!綾子さん!!」

 

そしてその可能性は、消された。

 

「なによ騒々しい」

 

彼女は怪我一つなくトイレから出て来たのだ。それに小五郎は内心で安堵し、綾子を心配したと伝えた。

 

「そ、それで、そろそろ犯人は誰か教えて欲しいんだが……」

 

「ああ、アレね。アレ、私の間違いだったみたい。……ごめんなさいね」

 

綾子はそう謝り、その場から離れていく。小五郎は「やっぱりハッタリだったか」というが、平次とコナンは彼女へ違和感を持つ。

 

(なんでいきなり態度を翻したんや)

 

(くっそ、こっちは分からねえことだらけだってのに!)

 

それからコナンと平次を除いた人がオーナーの部屋へと戻り、その場で全員待機となった。瑠璃は綾子について行ったが、雪男は修斗の隣に待機していた。なぜなら修斗の顔色が現在、とても悪く、彼がいつ倒れてもいいように雪男がいるのだ。

 

「……修斗兄さん、休んだほうがいいんじゃない?」

 

「……いや、いい」

 

「兄さん、実はずっと頭を休まずに回転させてるでしょ。証拠に眉間にしわ寄ってる」

 

「……」

 

その言葉に修斗は息を吐き出し、観念したように小声で懺悔する。

 

「……雪男」

 

「?なに?」

 

「……ごめん」

 

「……え?」

 

その謝る理由に雪男は心当たりがない。彼が首を傾げた時、扉が開く。其方に目をやれば平次とコナンが入って来た。

 

「あれ、綾子さんと瑠璃さんは?」

 

コナンがそう問えば、それに小五郎が答える。

 

「あの女なら散歩に出て行ったよ。瑠璃さんはその護衛だ」

 

「止めたんだけど、もう殺人は起こらないわよって」

 

「それでも瑠璃姉さんが頑なに譲らなくって、だから瑠璃姉さんが護衛なんだよ」

 

「まあ、容疑者は全員この部屋の中だし……」

 

「ジッとしてればなにも起きんよ」

 

その藤沢の言葉がフラグだったかのように爆発音が響く。それを聞くと、修斗が飛び出た。

 

「修斗兄さん!?」

 

その後を追う雪男だが、彼の足が早すぎて追いつけなかった。そんな彼を追い越し、小五郎達もガレージ前まで行くと、燃え盛るガレージがそこには見えた。そしてその近くでは爆風で飛ばされたらしい、尻餅をついた瑠璃を修斗が介抱していた。

 

「おい瑠璃、大丈夫か?気をしっかり持て!!」

 

そんな二人に近寄り、雪男は瑠璃の状態を確認する。

 

「……見た限りは軽い火傷だけだね。……運が良かったよ。一歩間違えたらあの爆発に巻き込まれて……」

 

「……ぁ、わ、私、わたし!」

 

そこで瑠璃はハッと思い出し、修斗に縋るように服を掴む。

 

「修斗!綾子さんが……綾子さんが車の中に!!」

 

「……やっぱり」

 

修斗はそれを聞き、予想が当たってしまったことに泣きたくなった。どれだけ頭が良かろうと、どれだけ頭が回ろうと、こういう時ばかり彼の選択肢に最善の答えは提示されない。なら最初から彼が推理して謎を解けばいいと返されるだろうが、すでに選択した後の後悔では遅い。

 

「まさか綾子さん、あの中に!?」

 

「あ、綾子……綾子ォ!」

 

「馬鹿野郎!今入ったら焼け死ぬだけだ!……誰か!消火器だ!」

 

その言葉に岩井が反応し、蘭と共に消火器を取りに行く。そして藤沢はそんな燃え盛る炎を早く消火するように頼む。一見すればその言葉は綾子を心配してのものだろうが、その次に続く言葉でそうじゃないことが判明する。

 

「頼む!あの中にはあの本が……!」

 

その藤沢の言葉に反応する探偵二人と予想が的中したのか悔しそうに顔を歪める修斗。

 

その後、消火された後に綾子を探せば藤沢が見つけた。車の中で、焼けた姿のまま。

 

「綾子……綾子ォォオ!」

 

その叫びを聞き、雪男は目をつぶり彼女に黙祷を捧げる。そして目を開き、小五郎達に近付く。

 

「皆さん、そこを退いてください。後は僕の仕事です」

 

「あ?テメーみたいなガキに何ができるってんだ!」

 

小五郎がそう怒鳴りつける。彼からみたら確かに雪男は小中学生にしか見えないのだ。しかし、彼の実年齢は25歳。して彼は瑠璃と同じように胸ポケットから免許を取り出す。しかしそれは警察の証ではなく、『医師免許』。

 

「……なっ!?お前、まさか……」

 

「はい。専門は精神科だけど、総合的に出来るようにしてる。検死だって学んでる……だから、ここは僕の出番だ」

 

「……ああ、分かった。頼む」

 

そこまで言われては小五郎も引き下がる。そして雪男はもう一度黙祷し、焼死体を調べ始め、そしてやはりそれが綾子さんだと断定した。

 

「あの焼死体の服装、そして体型からして綾子さんで間違いないと思われます」

 

雪男が手につけていた白手袋を外しながら言えば、蘭が悲しそうに目を伏せる。

 

「さっきまで元気だったのに……」

 

「そうね……。そういえば彼女、犯人が分かったとか」

 

そう戸田が言えば、岩井が反応する。

 

「じゃあ、犯人が口封じの為に彼女を……」

 

「でも、容疑者となる私達は全員オーナーの部屋にいたと思うんですけど」

 

「じゃあ誰が……」

 

そこで川津が、実は車に乗っていたのは事態ではなく人形だったのではと言い、これをオーナーがしたのではと言い出した。勿論、それはないと修斗も理解しているが、どうやらずっと頭を回転させていた所為か、さっきからしていた軽い頭痛が強さを増してくる。しかし彼は今はまだそれを出すべきではないと、耐える。そんな間に探偵二人が車に乗っていたのが人形ではなく、オーナー本人だったと言った。

 

「だったら!誰がこんなことしたって言うんだ!!」

 

研人がそう涙と憎悪を目に浮かばせながら叫ぶ。そしてそれを探偵二人にぶつけ始めた。そして小五郎がこの中に犯人はいないとハッキリしたと言い、屋敷の中で夜が明けるのを待つ事となった。そしてそれに続こうと修斗も歩き出した時、雪男がそんな修斗を止めた。

 

「兄さん、ストップ」

 

「……?」

 

修斗は平気そうな顔で雪男を見れば、雪男は顔を険しくさせて修斗を見ていた。

 

「……なんだよ」

 

「僕からのストップだ。……この意味、分かるよね?」

 

「……ドクター・ストップってか。洒落になってねえな」

 

「洒落じゃないからね。……いつもの兄さんなら、僕も気付かなかっただろうけど、そろそろそこまで頭が回らなくなってきたんでしょ?返答が雑だ」

 

「…………」

 

「いつもの兄さんなら空気を読んで真面目な顔をしてるだろ。けど、今の兄さんは安心させる為なんだろうけど笑ってる。浮かべる表情の選択を間違ったね」

 

そこで遂に修斗は諦めた。そう、彼はもう、限界だった。

 

「……悪い、こんな時に……もう、頭が回らん」

 

そこまで言って、彼は壁に背をもたらせて座り込む。それに気づいた瑠璃と平次、コナンが近づいて来る。

 

「修斗!?」

 

「修斗兄ちゃん!?どうしたの!!」

 

「おいあんた!どないしたん!!」

 

そんな声がどんどんと遠ざかっていくのを感じながら、修斗は意識を飛ばした。

 

「……寝てる?」

 

「いや、意識が飛んだんだよ。……頭が回りすぎる人も考えものだね」

 

雪男のその言葉にコナンと平次が首を傾げれば、雪男は修斗をジト目で見ながら話し出す。

 

「いつもなら兄さんもずっと考えず、所々でセーブして休息を取ってるんだ。けど、今回はずっと頭を回しっぱなしにしてたみたい。……いや、この程度だけだったんなら倒れなかったんだろうけど、僕達に怪我や被害が出ないよう、どう行動するかまで考えてたみたいだよ。だよね?瑠璃姉さん」

 

それに瑠璃は頷く。

 

「う、うん……私があの爆発の被害に遭わなかったのも、そのお陰。修斗が言ってたんだよ。『綾子さんにライターを使わないように言え。そして探し物を始めたならガレージから離れとけ』って」

 

その言葉にコナンは驚かないが、平次は驚きで目を見開き、修斗を見る。そう、彼はここまで予想がついていたのだと理解したのだ。

 

「……ここまで、こいつは理解しとったんやな……」

 

「だろうね。じゃないと、姉さんにそう言う意味がわからない」

 

その雪男の冷静な声に、平次が怒鳴りつける。

 

「ならなんでもっと最善な行動が出来んなや!俺らにもっと注意することもできた筈や!いや、ここまで分かってるんやったら犯人さえ分かってたんやろな!!ならあの場でズバッと言ってしまえばよかったんや!!」

 

平次のその言葉は勿論正論だ。雪男にも瑠璃にも反論出来ない。しかし、コナンは違う。彼から先日、聞いていたのだ。

 

「たぶん、証拠がなかったんだ」

 

「……は?」

 

「修斗兄ちゃん、相手の目と顔を見たら犯人が分かる、みたいな事をこの前言ってたんだ。けど、それだけだと証拠にはならない。そして今回も何も言わなかったなら、修斗兄ちゃんは証拠を見つけきれなかったんじゃないかな?」

 

「……あの時の話で多分、証拠が『何か』は分かったと思う。けど、それはあくまで兄さんの予想であり、出せと言われても断定してない曖昧なものを言うわけにもいかない。……兄さんが何も言わなかった今回の理由は、多分これだよ」

 

それを聞き平次は悔しそうな顔をした後、修斗を見る。

 

「……よう分かった。なら、気ぃ失ったこの兄ちゃんの分まで、俺がその証拠を断定したる!」

 

そう決め、修斗を平次が担ぐと、リビングへと移動する。

 

「それにしても、どうして爆発したんだろ……」

 

「まさか、時限式の発火装置が中に……?」

 

「いや、そんなもんなかったで」

 

「じゃあ、どうやって犯人は火を……」

 

そこまで考えた時、ふっと二人は思いつき、同時に瑠璃を見る。そんな二人の反応にビクッと震えた瑠璃。

 

「なあ、姉ちゃん」

 

「な、何かな?二人とも」

 

「どうして修斗兄ちゃんは綾子さんに『ライター』を使うなって言ったのか、聞いてない?」

 

コナンの質問に瑠璃はすぐに答える。

 

「ああ、それ私も気になって聞いたんだよね。そしたら、ガレージに残された車はガソリンが漏れ出してるだろ?って額に手を当てて言ってたよ。それで記憶遡ったら、確かに平次くんが言ってたんだよね。『燃料タンクに穴開けられてガソリンが漏れ出してる』って」

 

その言葉にコナンはジト目で平次を見る。その平次は視線を逸らした。

 

「けど、それが……」

 

そこでようやく理解した。自動発火装置の仕掛けを。

 

「……この兄ちゃん、マジで凄いな。ここまで頭回って、その上あんたら二人の身の安全まで考えとったら、そら頭も疲れるわな」

 

その平次の言葉に雪男と瑠璃は苦笑い。そしてそのままリビングへと入り、瑠璃が用意したベッドのシーツと枕で簡易布団を作る頃には外で雨が降り出していた。

 

「酷い雨……これじゃ外に出られないね」

 

その言葉に戸田も同意する。小五郎はそんな外を見ながら徹夜で眠く、その上腹も減ったといえば、岩井が簡単なものを用意してくれると言ってくれた。それに手伝うと言う蘭と瑠璃、川津、研人。

 

「でも、本当に犯人がオーナーなら、なんで死んだフリまでして綾子さんを殺したりしたのかしら」

 

その言葉に藤沢が机を叩き、怖い顔で話す。

 

「オーナーは楽しんでるんだこの殺人を……。見てみろ!このカードを!」

 

そう言って彼が見せたのは一枚の白いカード。内容は『あの本が欲しければ明朝5時にガレージに来い。車の後部座席の下に置いておく』と書かれていた。

 

「確か、ガレージから火が出たのは4時半過ぎだったな……」

 

「後部座席言うたら、綾子さんの死体があったとこやんな……」

 

そんな二人を見て、コナンは藤沢に一番の疑問を投げかける。

 

「ねえ、このカード、どこでもらったの?」

 

「昨夜、食事から帰ったらドアの間に挟んであったんだよ」

 

それを聞き、小五郎は顔色を明るくする。

 

「そうか!分かったぞ!」

 

その顔を見て平次は顔を険しくして止める。

 

「おいオッサン。何度も言うてるけどな、オーナーは確かに死んだんやで!」

 

「ふんっ。ガキが見たことを信用出来るか」

 

「なんやと!?」

 

そんな言い合いの間にコナンは考える。そう、綾子の死体の位置から考えて、綾子もまた本が目当てでガレージに行った事になる。

 

「大体、あんたみたいな探偵がいるから、迷宮入りの事件がぎょうさんあるんや「失礼ね!」」

 

平次がそう小五郎を責め立てていた時、冷たい飲み物を持ってきた四人が帰ってきた。その先頭にいた蘭が平次を怒る。

 

「お父さんならいつもちゃんと事件を解いてるわよ!いつも推理する時眠ったようなポーズを取るから『眠りの小五郎』って恐れられてるんだから!……ね?お父さん!」

 

そんなやりとりの間、雪男は修斗の様子をみていた。まだ修斗は頭を休めるための睡眠を取っている。

 

「……どう?一回でも起きた?」

 

「ううん、全く」

 

そんな会話をしている時、急にペンションの電気が落ちた。

 

「え、停電?」

 

「まさか雷で?」

 

「違います!ヒューズが飛んだだけです!」

 

瑠璃と蘭の言葉に岩井がそう答える。そしてそんな岩井に小五郎がブレイカーを早く上がるように指示を出す。そして藤沢が持っていたライターに火をつけた時、二人はその藤沢の背後にアイスピックを持つ人を見た。そしてその人物がアイスピックを投げた時、二人が藤沢を倒す。その時、藤沢の腕にアイスピックが刺さり、痛みで藤沢が叫んだ。その少し後、ガラスが割れる音が聞こえ、瑠璃がそちらを気にした時、電気が点灯された。そこから瑠璃が推測したのは、犯人がそこから逃げ出したという推理ではなく、誰かが窓を割ったという考えだ。

 

(一体誰なの?……この中に犯人がいるのは間違いない。なら、一体誰なの!?)

 

瑠璃がそう考えていたため気付かなかった。探偵二人が確信を得たようにニヤリと不敵な笑みを浮かべている事に気付かなかった。




一番の長文となった気がする今日のこの話……私も修斗くんと同じで頭が疲れた。

実は今回、修斗くんの行動と考え、言動を考えるのに苦労しました。彼は最初から犯人が分かってる前提でいつも進めてるのですが、彼が予想しておらず、かつ断定もしてない証拠が何かを考え、それを頭に入れた上で彼はこの時、どう動くのかを頭の中で何度も考えたのですがどれも当てはまらず、一番しっくりきたのが今回書いた話となりました。まあ、修斗くんも苦労しましたが、瑠璃さんにも苦労しました。けど、一番は修斗くんです。

そして最終的に頭を休まずフル回転させ続けた代償にぶっ倒れて頂きました。まあ、本当に頭の回転が速く、頭も良い方がずっとフルで休まず回転させ続けたらどうなるか、私の予想でのこれですから、実際はどうなるかは分かりません。けど、コナンくんたち見てると不思議と平気そうに見えるのは何故でしょうね?

それでは!さようなら〜!

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