第1話〜プロローグ&美術館オーナー殺人事件前〜
2月14日、世間で言うところのバレンタインデーであるこの日。例え、そんな特別な日であろうと、警察に休みはない。
「ふぁ〜……警察って本当に忙しい……」
「そんなの覚悟の上だったろ?」
そんな会話を警視庁内の廊下で歩きながらしているのは、黒髪を伸ばして薄茶色のスーツを着た身長160cm前半の欠伸をこぼす女性と、欠伸をした女性に呆れたような視線を向ける、同じく黒髪でグレーのスーツを着た180cm前半の男性。そんな2人の後ろから足音が聞こえ後ろを振り向けば、茶色のスーツと帽子を被ったとても見覚えがあるぽっちゃり体型の男性が来ていた。
「あれ?目暮警部。先程、事件が起こったからと外に出たのではありませんでしたっけ?」
黒髪の女性がそう聞けば、目暮警部は目の前の二人に気づき、笑顔を浮かべて答える。
「おお!『
「へ?早くないですか?何が起こったんですか?」
瑠璃は目暮警部の返答に目を丸くして返せば、目暮警部の方は少しだけ呆れたように返す。
「いやな?事件現場に毛利の娘さんが来ててな」
「毛利さんの娘というと……蘭さん、だったか」
「そうだ。その娘さんが来ているからと毛利も来てな、時間をそう掛けずに解決してくれたんだ」
「へ〜?毛利さん、案外、切れ者だったんだ……能ある鷹は爪を隠すタイプの人だったんですね」
「…………」
瑠璃は目暮警部の話にそう返し、彰の方は何かを考え込んでいる様子だったが、目暮はそれに少し苦笑をこぼした。
「いやはや、現役時代を知っているからこそだろうが、探偵になってからの彼奴はどうもその能力が発揮されていなかったみたいでな〜。徐々にその頃の力が戻っているのかもしれんな」
「……目暮警部は、毛利さんの実力を認めてるんですね」
彰が笑みを口元に浮かべてそう問えば目暮もまた頷き、その場を去っていく。瑠璃達もその後を追うようにして仕事場に戻りながら、彰は毛利の事を考える。
(いままでは全く有名にもならない程度の事件解決数だったのが、ここ最近で数が上がった……何がキッカケだ?)
彰は考えるだけ考えるが、しかしヒントの数が少なく、結局は分からずじまいでその日は終わった。
***
あの日から時間が経ち、瑠璃と彰の二人が一緒の休日を取れた日、もうすぐ閉館をすると噂の米花美術館へと足を運んでいた。
「他のみんなは残念だったね……特に『
「ああ。雪男はこういうの、好きだからな……」
「『
「まあ、一番は読書やヴァイオリンだろうが……」
そんな二人が話しながら見ているのは、天使の絵が描かれた展示物。実際、天使の輪があるのだから、強ち二人は間違っていないだろう。
「しかし、天使ね〜……」
「展示物に文句やケチをつけるのは悪い客だぞ」
「少しぐらいいいじゃん!」
「そもそも、お前がここに行こう!って言ったから来たんだ。俺に文句を言う権利はあれど、お前にはないぞ」
「ケチ〜!」
「というか、こういうのは兄である俺とじゃなくて、彼氏でも作って行けよ。ほら、『松田』とか……」
「いやいや、松田さん休み取れてないじゃん。今日、あの人休みじゃないじゃん」
「……」
瑠璃のその一言に彰は頭を抱え、同期の松田に心底、同情を覚えた。
「……俺とかも鈍感だが、お前も鈍感だよな……」
「人の気持ちに対してかな?その発言は」
そう楽しげに話していれば、別の話し声が聞こえ、そちらを見れば、ちょび髭が生えた男性と、メガネの子供と、美術館の雰囲気とあった大人しめな服を着た少女がそこにいた。その少女は、その隣にいる白髪で長く白い立派なヒゲを持った初老と男と話している。初老の男性は少女に「ごゆっくり」と声をかけた後、反対の方へと視線を向ければ、そこには作品の絵を手袋もつけずに素手で触る、世間のマナーさえ守っていない男がいた。
その男を見た途端、初老の男性の目が開き、怒鳴る。
「『
「あ、あぁ……すみません」
『窪田』と呼ばれた男は自身の両掌に視線を向ける。初老の男は窪田に少し詰め寄り注意をした後、また別の男に目を向けた。
「君はもういい。『
「はい」
『飯島』と呼ばれた男性は、作業が終わっていたのかすぐに仕事を始め、逆に窪田はというと、離れながら舌打ちを1つしていた。
「うわ、ガラ悪っ」
「……美術品への愛情のカケラもない人間が、ここで働く理由は……」
「……証拠探す?探しちゃう?」
「いや、アルバイトとかの可能性もあるからやめておこう。被害届も出てなかったはずだ」
「まあ、私もその資料は見てないし……出てたら捜査してるでしょ」
そんな二人が話している間にまた別の人物が初老の男に声をかけていた。
「ふっ、相変わらず寂しい入りだな」
「おや、『
「あと10日もすればここも閉鎖だ。それまでシッカリ頼むぞ」
そこで『真中』と呼ばれたオーナーは、悪い顔を見せた。
「このカビの生えたガラクタ共の世話をな」
そこで瑠璃が堪え切れなくなり、間に割って入ろうとしたのを彰が肩を掴んで止める。
「……彰、この肩を掴んでる手を離して」
「お前が説教もせず、蹴りもいれないと言うならな」
「…………」
「アレはここの問題だ。俺達が出るべきじゃない」
「……私達なら簡単に終わる話でも?」
「それは『家』の力だろ?そんなことしてみろ……『修斗』への負担が増えるだけだ」
『修斗』という名を出されると、瑠璃の耳がピクリと動いた。それを見た彰が手を離すと、瑠璃は息を一つ吐き出し、事の成り行きを見ることにした。とはいえ、既にオーナーらしい男は何かを持っている眼鏡の男と別の場所におり、今は少女が初老の男に声を掛けていた。
「この美術館、無くなっちゃうんですか?」
「ええ。前のオーナーの会社が倒産して、あの真中オーナーに売ったんです」
「前のオーナーはここを続ける約束で売ったんです。それを、あいつは……買った途端、ここをホテルにすると言いだしたんです」
流石にその発言は聞き逃せなかったようで、彰は瑠璃とアイコンタクトを取ると、少女達に近寄り、話しかけた。
「それ、口約束でしたか?あと、書類にサインとかしましたか?」
「……?貴方達は?」
「失礼。俺達、こういう者です」
彰がそう言って取り出すと、瑠璃もそれに習いある物を取り出す。そしてそれを見せると、その場の全員が驚いた表情を浮かべた。
「け、警察の方ですか!?」
「あ、事件があったわけじゃないですよ?俺達、休暇で此処に来てて……」
「これ、私達の身分証明の1つだしね〜」
そう言いつつ、警察手帳を手荷物の鞄に戻せば、「で?」ともう一度聞き返す。
「結局、口約束でしたか?」
「ええ、そうですね……書類で契約はしましたが、大事にする、というのは確かに口での約束で……」
「……ボイスレコーダーとかは……」
「ありません」
「だよなぁ……」
そこで彰は溜息をつく。書類の方に書いておけば、契約違反で訴訟が出来る。勿論、口約束でもアリではあるのだが、それを実証出来るかどうかが問題である。訴訟する側が『ある』と言えど、相手がシラを切り、その上で証拠もなければ実証は不可能に近い。
「状況証拠じゃどうにも出来ないし、かと言って物的証拠が書面上のみ。それだって、その約束は書かれてなかったみたいだから……」
「ねえ?なんで書かれてないと思ったの?」
そこで下の方から声が掛けられ、誰かと彰が目を向ければ、眼鏡の子供がいた。
「ちょっと、『コナン』くん!……すみません、うちのコナンくんが……」
「いや、気にしてないから謝らなくていい。で、そう思った理由だったな」
それにコナンが頷けば、彰は少し苦笑を浮かばせる。
「そもそも、そういう約束が書面に書かれていたら、契約違反として訴訟可能だ。元オーナーの人は倒産したから無理だっただろうけど……そこの2人は違う」
そこで彰は、初老の男性と飯島に柔らかな笑みを向ける。
「そこの2人は、本当に此処や美術品を大事にしてるのが分かる。だからこそ、契約違反をしていた場合、見逃さずに訴訟しているだろうと思っただけさ……間違ってたらすみません」
彰がそこで頭を下げれば、2人は慌てたように許す声をあげる。
そんな話をしていた横で『ガンッ』と物が落ちる音が聞こえて目を向ければ、窪田が銀色の甲冑の頭を落としたようで、音の原因はそれだと簡単に推理することが出来た。
これはまたこの初老の男が怒るなと彰と瑠璃は思い、初老の男に目を向けてみれば怒る様子を見せていなかった。それに少し驚いた彰とは違い、瑠璃はその後の真中と窪田のやり取りを見ていた。
「君は確か窪田くんだったな。君の噂は聞いてるよ。早めに金の算段をしておくんだな……ハッハッハ!」
真中が笑いながら去れば、窪田は怒りをぶつけるように今度は拾った頭を乱暴に投げ捨てた。が、それを見ていたにも関わらず、怒りを見せる様子を見せない初老の男は「ではみなさんごゆっくり」と声を掛けて、飯島と共に行ってしまった。
「……で?結局、あの初老の方は誰?」
「あ、そういえば刑事さんは聞いてませんでしたね。あの人は落合さんといって、此処の館長さんなんですよ」
「なるほど、あの人が……どうりでさっきは怒ったり、あの真中って人にあんなこと言われる訳だ。立場が立場だからか」
「正直、館長さんももうお爺さんだし、ストレス溜めさせないようにしろよ、周り……おじいさんはストレスに弱いんだぞ」
その瑠璃と彰の呟きに、コナンは乾いた笑いを漏らした。
そう、この日が初めて、二人がこの『コナン』と呼ばれる少年と出会った、初日の話である──。