東方白天狗   作:汎用うさぎ

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酒、酔い、絡み。


4.ヤツメウナギと雀酒

「――というわけだが、後で店に顔を出すと約束しておきながら運営のトラブルで反故にしてしまってな。」

 

「いやいや、あの騒ぎですもの。仕方ありませんよ。それに、今こうして約束を果たしてくれましたよ」

 

「今の今まで忘れていたので何とも言えないがな…、妹紅のお陰だ。ありがとう」

 

「私もただの思いつきで誘っただけだし、偶然だって偶然。でも悪い気分じゃないね」

 

「ふふっ、よし!それじゃあお二人共、今日はサービスしちゃいますよ〜!」

 

「それじゃあ私は雀酒だったか、それが気になる。一杯もらえるか?」

 

「あ、私も同じやつを頼む」

 

「はーい、雀酒ですね」

 

 ミスティアが酒を取りに屋台の裏へと回って行ったのを横目に妹紅は雪へ問いかけた。

 

「そういえば、運営のトラブルって何があったんだ?」

 

「…加減の知らない鬼共が暴れてな」

 

「鬼?」

 

「腕っ節の恐ろしく強い戦闘狂だ」

 

 パワハラ、アルハラ、セクハラ、エトセトラ。

 

 私史上最強最悪のゴリラ。レベルを上げて物理で殴ろうがモットー。気に入ったとか言って攫って食べちゃおう(意味深)とか口説いて来る。

 

『どうせ地底に潜るんなら、攫ってしっぽりヤるのもいいよな。』

 

――とにかく色んな意味で危険な奴ら。

 

「あぁ…」

 

妹紅は遠い目をする雪を見て全てを悟ったように目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なるほど、取材協力感謝します。」

 

 羽根ペンを走らせたノートをパタリと閉じると射命丸文は黒い羽を広げて空へと飛翔する。

 

「まさか本当に人里に降り立っていたとは…。これは不味いですね。こと人里に限ってデカい顔をして来るあの方が認知していない筈がない。」

 

 文は人里全体を俯瞰して白色を探す。雪様は冬でなければ一目瞭然すぐ分かる。しかし屋根などの影の下までは目視出来ないため成果はない。

 

「いると確信していたのなら椛を連れてきたのに…。それにしても同行者があの竹林の案内人とは、一体何の縁があったのでしょう。記者として非常に気になるとこですが 悠長な事言ってる場合じゃないですね…!」

 

「…居ない。やはり地道に聞き込みしますか。大天狗様の勅命とあれば適当な仕事をする訳にもいきませんし、それに雪様の事なら尚のこと…」

 

「こんな話題を記事に出来ないなんて、だから実りのない仕事は…。」

 

 ブツブツと愚痴を零しながら文は人里に再び降り立って聞き込みを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うむうむ、なるほど美味い。頗る気分が良い、もう一杯貰えるか?」

 

 私はまだまだ飲み足りんぞー!酒だー!酒持ってこーい!鬼との飲み比べ勝負の範疇に持ってける私を酔わせたきゃ、この数倍は持ってこいってんだ!

 

「ミスティア〜私は酒に加えて焼き鳥も追加だ〜!まだまだ飲めるし食えるぞ〜!」

 

 おっと、妹紅さん悪酔いしてないか?目の焦点がフラフラしてるけど。

 

「かしこまりました〜。って妹紅さん飲み過ぎじゃないですかー?酔いが回り過ぎですよ?」

 

 だよね、私もそう思う。

 

「まだまだ序の口だ!私が一体何年酒飲んでると思ってるんだ?飲むペースは弁えてるよ」

 

「そういえばそうですね。妹紅さんに限っては余計なお世話でしたね」

 

 なになに?私気になる。2人で私は分かってますよーって雰囲気耐えられないからね?おせーておせーて!

 

「…妹紅は何か特別なのか?」

 

「お?そういえば言ってなかったな。聞いて驚け…私は不死身なんだ、冗談抜きで」

 

 へぇ、そうなんだ。それなら安心…か?にしても不老不死ねぇ、だから浮浪を不老不死と間違えたのかね。

 

「ほう、そうか」

 

「…淡白な反応だな、なんかこうないのか?」

 

 ジト目で見られても困るがね。私ら妖怪って長寿だからそういうの気にしないんだよね。

 

「特にない、妖怪にとって不死か定命かなど瑣末な事。それに、妹紅は妹紅だ。不死だからといって避ける必要もあるまい」

 

「…ありがとな、そんな風に言われたのお前で2人目だ」

 

「大切な人か?」

 

「あぁ、とっても。飯を食えだの早寝早起きを心がけろだとかお前はオカンかって感じで…本当に私には過ぎた友人だよ」

 

 うわー、これは可愛い。こりゃ本人がいたら喜ぶなー。

 

「顔、ニヤついてるぞ?」

 

「なっ、人の顔見て笑うなよ」

 

 うわ、耳まで真っ赤。なんというか妹紅は こう、揶揄いがいがあるというか。弄られて真価を発揮するというか。ともかく可愛い。

 

「ふふっ、可愛いやつだな妹紅は」

 

「〜〜っ!!ミスティア!酒はまだか!」

 

「あー、照れてますね〜。そんな可愛い妹紅さんのお待ちのお酒ですよー?」

 

「くっ、こいつら…」

 

 赤面して睨まれても此方が萌え死ぬだけだから、是非もないよね!

 

「妹紅はいい酒の肴になる。…いや、誰かと共に酒を飲む語り合う、其れだけで酒の味はこうも変わるものか。」

 

「…いきなりしんみりしやがって、私の憤りは何処へ飛ばせばいいんだ?」

 

「酒にぶつけるといい」

 

 私も天魔時代はそうしてた。酒風呂に浸かるような勢いで飲んでた。

 

「…そうするよ!」

 

 妹紅はそう吐き捨てると酒瓶を抱えるようにカウンターの端へと移動して瓶で直に酒をゴクゴクと飲み始めた。やけ酒の極みである。

 

「あはは…いじけちゃいましたね。と、お持たせしました、雀酒です」

 

「ふむ、そっとしておくのも一興だが、あの調子で飲むと二日酔いは免れんな。酔いつぶれる前に止めなくては」

 

 こうしている間に妹紅は常人では急性アルコール中毒で死に至る量の酒を摂取し続けており、実際は二日酔いでは生温い。

 

「そうですね、取り敢えず妹紅さんの分のお酒は下げておきますね」

 

 ミスティアは妹紅が手を着けていない酒瓶を素早く回収して片づけに裏へと回って行った

 

「おいちょっと待てェ!?何勝手に話進めてんのら!?私のお酒ェ…」

 

「諦めろ妹紅、酒は程々に飲むべきだ。二日酔いなど目も当てられんからな」

 

「…嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌らァ〜!まだ飲むの〜!」

 

 椅子から転げ落ちるのも気にせず空いた酒瓶を抱いてゴロゴロとのたうち回る妹紅。

これには雪とミスティアも目を点にして困惑した。

 

「駄々こねる子供みたいです…。こんな妹紅さんは初めて見ますね。なんか少し可愛いかも」

 

 うーん、酔うと呂律が回らず駄々っ子になるとか誰得?私得です。

 

「然り。だが、しまったな…こういう時はどうすればいいのか分からない」

 

「保護者が来れば良いんですけどねぇ」

 

 ミスティアが頰に手を当てて呟いた。

 

「保護者?保護者がいるのか?」

 

「保護者というよりオカン…。いやまぁ、彼女の肉親でも身内でもないですけど。彼女がさっき喋ってた大事な人のことです」

 

「その人はこの近くにいるのか?」

 

「えぇ、人里に寄り添い暮らすお方ですので。この時間だと寺子屋も終わってるはずですので、警邏に出てると思います。案外この近くにいたり――」

 

「――見知った屋台から見知った声が聞こえると思えば、何をしているんだ妹紅…」

 

丁度ミスティアが「その辺とかに〜」と指を指した先に件の人物が現れた。鬼の貌を浮かべながら妹紅の側に歩み寄る。

 

「け、慧音…!?こ、これはそにょ…」

 

 先程まで絡み酒と泣上戸はどこへやら、妹紅は大量の冷や汗を流して振り返る。

 慧音と呼ばれた蒼い髪の女性はニコリと冷たい笑みを浮かべて妹紅を見下ろしている。

 

「酒に飲まれて人に迷惑をかけるなど…言語道断!」

 

 妹紅が弁明を切り出すより早く慧音が動いた。妹紅の頭をがっしりと掴み自分の胸元まで引っ張り上げると振りかぶった頭を一気に振り下ろした。ガツンと大凡の頭突きからは考えられないような衝突音がやけに響いた。

 

「きゅぅ…」

 

 慧音が頭を離すと妹紅は重力に従ってドサっと力なく地面に吸い込まれていった。

 慧音は手をパンパンと叩いて大きく一息つくとミスティアの方へと向き直った。

 

「慧音先生!噂をすれば何とやら、大活躍です。」

 

「なに、大した事はないさ。それしても妹紅がこんなに酔いつぶれるとは…何かあったのか?」

 

「えーとですね、私達が妹紅さんを揶揄ったら予想以上に拗ねちゃってやけ酒に至りました」

 

「私達…?他に誰が?」

 

「ほう、そのように事を収めるべきであったか。勉強になった」

 

「…初めて見る顔だ、名前をお聞きしてもよろしいか?」

 

「そう遜る必要はない、私は山神雪だ。今は家出中でな、箱入り娘な私を案内してもらっていた」

 

「山神…雪、ふむ。どこかで聞いたような…。まぁいい、私はそこの酔っ払いの友人で上白沢慧音という。迷惑をかけたようですまない」

 

「迷惑ではないさ、妹紅のおかげでこの屋台にありつけた。」

 

「そうか、それは良かった」

 

「…ぐっぅ、頭が痛ぃ…ガンガンするぅ」

 

「自業自得だ、水でも飲んで酔いを覚ませ。」

 

「うぅ…、雪ぃ慧音が意地悪だぁ〜」

 

「よしよし、落ち着いて水を飲むといい」

 

「…」

 

「あら?どうしたんです慧音先生?もしかしてぇ、嫉妬ですか?」

 

「なっ!そんなわけないだろう!誰も立場を取られたなんて考えてはいない!!」

 

「…私はそこまで言及したつもりはなかったのですが」

 

「はっ!?」

 

「慧音先生も一杯どうです?この辺りを回ってるのなら警邏もほぼ終わったようなものでしょう?」

 

「確かに警邏は終わったが…」

 

「それなら共に語ろうではないか、この通り妹紅も慧音殿に居てもらいたいようだ」

 

「けーねも一緒に飲も〜」

 

「そ、そうか?ならばこのお猪口を受け取らぬわけにはいかないな」

 

「聞くところ慧音殿は寺子屋の教鞭を執っているようだが」

 

 妹紅を挟んで隣に座り、受け取ったお猪口に口をつけてコクコクと嚥下する慧音に尋ねる。

 

 ミスティアの発言から察するに、慧音さんは先生!名探偵雪ちゃんはまるっとお見通しよ!どーなんだい?

 

「…ん、あぁそうだ。最初は大人ばかりだったが最近は子供達も増えてきてな。生活に必要な読み書きや計算を教えている」

 

「ほぅ、そうすると慧音殿は博識であるようだな」

 

「教える側であればこそだ。私も最初から読み書きや計算が出来たわけではないさ」

 

 慧音が2、3口で飲み干し、空いたお猪口にお酒を注いでいく。

 

「なるほど、慧音殿は努力家だったか。」

 

「ふむ…努力家か、私もその言葉は嫌いではない」

 

「と言うと?」

 

「最近は里の者は滅多に口にしないが、私が寺子屋の先生であることが不安であったり不適切だと批評されてな。その悪印象を払拭するために色々と努力したものだ。そのおかげで今の私がある。

つまりだな、私は結果が全てではないと思うのだ。結果までに辿り着くための過程や苦労が重要なんだと私は考えている」

 

「結果は後から付随するもの、その過程に目を向けろということか。なるほど、是正に然り。良い教訓だと思うぞ」

 

「そ、そうか?我ながら堅苦しいと思ったのだが。中々に雪殿は分かる人のようだな!!」

 

「け、慧音殿?」

 

「まったく寺子屋の生徒も巫女も魔法使いもメイドも妖怪共も分かっておらんのだ!!私の教えを聞き流して好き勝手に暴れまわるから…」ブツブツ…

 

 目のハイライトが消え、独り言のように呟き始めた慧音。いつの間にか自分でお猪口に酒を注いではお猪口を煽っているため、愚痴の酷さが段々とグレードアップしていく。

 

「もしや、慧音殿下戸か?」

 

「わ、私も慧音先生が酒を飲むのを初めて見るので分かりませんが恐らく…。完全に酔って愚痴をこぼしてますね」

 

「慧音はとびっきりの下戸ら、一口でべろべろなのら!」

 

 慧音と話してる間に寝ていた妹紅がガバッと起き上がり一言叫ぶと再び頭を突っ伏して眠りに落ちた。愚痴る慧音と寝落ちする妹紅。

 

「これは…」

 

「あはは…」

 

((どうしようこの2人!!))

 

 奇しくも、いや必然的と言うべきか、雪とミスティアは同じ感想を抱いたのであった。

 

「――あら、お困りのようでしたら手をお貸ししましょうか?」

 

「…お前は」

 

この胡散臭い声と気配は…一体何雲紫さんなんだ!?

 




一体何雲紫さんなんでしょう。

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