東方白天狗   作:汎用うさぎ

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上の暴挙に胃を痛める中間管理職の図


2.大天狗忙殺される。

 天魔が天狗屋敷の最上階から飛び逃げて行った。この一大事は極一部の天狗のみに伝えられ触れ回るのは厳禁とされた。

 仮にこの事が妖怪の山に知れたとしたら一瞬でパニックに陥る。それ程までに天魔の影響力はこの山において強い。

 この一大事を押し隠したのは妖怪の山の2番頭、大天狗だった。

 

 その大天狗は今、果てしなく困窮していた。

 

 それは天魔が残した一通の手紙が問題だった。

 天魔の逃亡後、大天狗が天魔の書斎にポツリと置かれた自身に宛てられた手紙を発見し、内容を5回ほど読み直し、卒倒した。

 

【この妖怪の山の天魔たる儂、山神雪は天魔の全権を大天狗、山神風に委任する。

 

追記:私のことは探さないで下さい。私はもう天魔という職務は耐えられません。私を労わる心があるのなら、探さないで下さい】

 

 大天狗が生きてきた数千年の中で一番の衝撃、それがこの一通の手紙であった。

 まず、天魔を自分に委任するという点、これは2番頭である自分に委任されるのはおかしくない。ただこれは雪が健在の限りはあり得ないと考えていた。

 だが、これはまだ目が飛び出るほどで卒倒するほどまでの驚愕はなかった。問題は追記。

 

――天魔という職務に耐えられない。

 

 大天狗が雪と会って、雪が天魔になってから1000年が経つ。だが雪が職務を苦行に感じている様子は感じられず、誇りを持って天魔として上に立っているのだと思っていた。

 

 だが、彼女が残した手紙を見れば自分が間違っていたのだという事実が重くのしかかる。

 妖怪の山の全権を彼女が行使し管理していた。それがどれ程の事か顧みずに自分や妖怪の山の者達は期待だけを向けていた。

 

 明らかに妖怪の山全体の過失だ。

 

 彼女が自ら失脚を望むのも仕方のない事だった。むしろよく1000年も耐える事が出来たと称賛する他ない。

 

「…どこへ行かれたのか、捜索に駆り出せる天狗も極僅か、捜索すら儘ならぬとは…歯痒いものよ」

 

 大天狗は天魔を委任されたが、それを受諾するつもりは毛頭ない。妖怪の山の頭領は山神雪の他にあり得ない。

 

 彼女がいる限り、自分のような存在は相応しくないのは自分が一番弁えている。

 

 だから、ここは一刻も早く雪を見つけて説得し、今後の役割や業務の分担を一緒に考えなければならない。

 しかし、この事実を知っている天狗は私を含め一部の烏天狗、小天狗にのみ。総勢10名にも満たない。それ故に調査の進捗は著しくなく大天狗はこの事態に困窮していた。天魔不在の代償が早速出始めているからだ。更に言えば古参の偏屈な天狗共が不在を知れば何を仕出かすか分かったものではない。

 妖怪の山は天魔が居なくては回らない、天魔という風がなければ淀むばかりなのだ。

 

「…大天狗様、魔法の森の捜索が終了しました。ですが…」

 

 フワリと大天狗の書斎に風が吹き抜けた。

 

 窓辺を見ると数少ない捜索隊の1人である烏天狗がこうべを垂れていた。

 

「よい、皆まで言うな。ご苦労だった射命丸。面を上げよ」

 

 射命丸もとい射命丸文は大天狗が足の速さを見込んで捜索隊に任命した。普段の勤務態度は悪いが口が堅く古参故に交流も多く、多少目を瞑れば最も信頼できる部下の1人だった。また、雪との仲も良好のため彼女ならばと思ったのだが、結果は著しくないようだった。

 

「…大天狗様、天魔様が向かった先は分からないのですか?」

 

「儂にも皆目見当も付かんのだ。飛び出した方角は南西。魔法の森だと思ったのだが…。いないとなると無縁塚もあり得るかもしれん。他の天狗には博麗神社と迷いの竹林、紅魔館付近、太陽の畑、無縁塚へ向かわせたのだが」

 

「…大天狗様これはないとは思いますが、人里の捜索もしようと思います」

 

「…もう人里の他に当てはない。あの方は良くも悪くも目立つ、逃げ隠れる場合に人里へ向かうとは思えないが、希望は其処だけしかもうない。頼んだぞ」

 

 文が一番早く戻ってきたため、他の場所の捜索状況は未だ分からないが結果がどう出るか分からない以上藁にも縋る思いで捜索範囲を広げる他方針はない。

 

「承知しました」

 

 事態の重大さ故に文には普段の勤務態度の悪さは鳴りを潜め、巫山戯る事なく疾風となって窓から飛び出して行った。

 

(この事態が明るみに出たら間違いなくあの妖怪賢者が仕掛けて来るのは明白…、混乱に陥った妖怪の山の掌握とまではいかずとも何かしらの形で干渉してくるに違いない。それだけじゃない、老害天狗共も此処ぞとばかりに出しゃばるのも目に見えとる…)

 

「…くっ、胃が…。胃薬は何処だったか」

 

 手紙の内容を完全に理解しきった時から此処に至るまでずっと胃がキリキリと音を立てる。常に内蔵を殴打されてるような激痛が大天狗を襲う。

 

「儂が…儂らが悪かった。だから戻ってきてくだされ…天魔様…ッ!ぐぅ…胃が痛む…」

 

 大天狗の悲痛な叫びは部屋に木霊するが誰の耳に届く事なく消えていった。




妖怪の山は雪の手によって治められていた、よって統治者がいなくなったら…後は分かるな?

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