東方白天狗   作:汎用うさぎ

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ブラックな環境で働く天狗の失踪劇が今始まる。


1.山神雪という天狗

――昔々、妖怪の山なる天狗達の住処に季節外れの雪が降った。雲一つない青天からどこからともなく落ちる雪は大天狗の掌に収まり生を受けた。

 

 その日妖怪の山の上空にて一匹の天狗が生まれた。生まれたというよりかは発生したが正しいのだろうか。

何もない青天に妖気が渦巻き、その中心から彼女は生まれ落ちたのだ。

 それを受け止めるは警邏中であった大天狗。彼は掌に落ちた一粒の雪のような彼女をこう呼んだという。白天狗、山神雪と――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天魔様、白狼天狗より異常なしとの事です」

 

「ご苦労、書類を置いたら下がってよい」

 

「はっ」

 

 妖怪の山の谷間に建つ天狗の屋敷の最上階、下層は白狼天狗、上層に上がれば上がるほど位の高い天狗という いかにも天狗社会の上下関係を示す建造物だ。

 

 その最上階であるから即ちこの部屋は天狗の頂点である天魔の部屋。

 この部屋に入室出来る天狗は極僅かであり、白狼天狗などの下級天狗が入れる事は先ずあり得ない。

 現在も高位の烏天狗が業務連絡のためだけに此処にやってくる。下っ端の仕事に聞こえるかもしれないが、この天狗社会ではこの上なく光栄な事であるのだ。

 報告している烏天狗も喜色満面で、胸に抱えた分厚い報告書を、都市ビルのように高く積み重なった書類の山の上に器用に崩さないように積み重ねて部屋を出ていった。

 

「…ふぅ」

 

 烏天狗が深々と礼をして退出し重厚な扉が閉じられた。

 この格式高い部屋の主である天魔、山神雪は積み重なる報告書や部下の始末書を下から上までゆっくりと見上げる。

 

 大きな机の上に所狭しと積み重なる紙のタワー。紙束一つ取って目を通すと文字がギュウギュウ詰めに敷き詰められた気合いの入った報告書が何枚も重なっている。

 

 部下から厚い尊敬と畏怖を集める存在である天魔ではあるが、この報告書の山を前にして天魔の表情は固く、少しの疲労感が滲んでいた。

 

 自身以外誰も居なくなった部屋で、天魔は机にパタリと突っ伏して身体を預けると大きく溜息を吐いた。

 

(――はぁぁぁ…私の人生って、一生このままデスクワークに追われる毎日なの?いつかは仕事が減るだろうって思い続けてもう1000年が経った。未だにそれは変わらない…。自分を結構我慢強い方だと自負するがもうそろそろ限界。癒しの“い”の字もない。ここが地獄か?)

 

 天高く聳え立つ書類のように積もりに積もった不平不満を心の中にブチまけた。

 

 実際、過剰表現ではなく毎日この様に日の殆どをデスクワークに追われる天魔、自由な時間はごく僅かであり他の者が天魔の職につけば数週間もしないうちに辞職するだろう。それほどに天魔という職はハードである。

 まだまだ報告書は積み重なっているが、確実に今日中に見ないといけない資料や報告書には目を通した。

 幸いにして今日はいつもより少し早く片付けられたので一休みに渓流にでも行こうかと思案する。

 

(今日はいい天気だから、川に足を入れて涼んだら気持ちがいいんだろうなぁ。これまで真面目にやって来たし、今日ぐらい羽目を外したっていいよね!)

 

 気分転換にいざゆかんと腰をあげようとした瞬間、丁寧なノックが響いて扉が開かれた。

 

「天魔様、河童からの研究報告書と山伏天狗から経費割増の申請書、それから烏天狗共の新聞の発行許可の受諾をお願いします」

 

 上がりかけた腰をスルスルと下げ椅子に深く腰をかけた。

 入って来たのは大天狗。この妖怪の山においては中間管理職のような位置付けではあるが、天魔に次ぐ最高位の存在である。

 私の育て親でもあり、職務を除けば共に酒を楽しむ仲である。が、今はタイミングが悪い。とても悪い。

 

「…」

 

 細やかな休息の時間が奪われた雪はそれはもう生気の無い様子で虚空を見つめた。

 

「て、天魔様?どうかなさいましたか!?目が死んでおりますぞ?!」

 

初めて見る天魔の様子に大天狗は目を点にして驚き、必死に問いただそうと口を開くが。

 

「…ぅ…り」

 

「…は?今なんと仰りましーー」

 

「もう無理!耐えられない!私の事は探さないで!」

 

 我慢に我慢を重ねて約1000年、我慢しているのが馬鹿らしくなってきた。いや、馬鹿だ。

 こんなブラックな役職やってられっか!!!!!こんなバカみてーな役職なんざ知らねぇ!!!

 

 こんな時の為に用意していた『辞表』を机に忍ばせたのでもはや憂いはない。

 1000年程溜め込んだ不満を一気に爆発させた天魔は困惑した表情の大天狗を無視して窓辺から飛んで逃走した。

 

「………はっ!?」

 

 時間にして3秒、大天狗は事態を飲み込むのにかかった時間だ。その3秒で天魔は空の彼方へ飛んで消えていった。

 

 そして、数刻の間をもってして漸く我に帰る大天狗。

 

「な、なっ!?天魔様ァァァァ!?いったい何処へ!?」

 

 遅れて呼び返そうとするももう遅い。天魔は帰って来ず、来たのは大天狗の驚愕の声に何事かと集まってきた烏天狗だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ、これが自由!なんて素晴らしいんだ!」

 

 妖怪の山がどんどん遠ざかって小さくなっていく。向かう先も決めずに自由気ままに空を飛ぶ。

 天魔という職業柄ゆえに妖怪の山から出た事は滅多になかった。地図と睨めっこしただけの地理に疎い雪は実際に景色を見て回るのが楽しくて仕方がなかった。

 

「…うん?あれは…もしかして…ッ!?人里!?」

 

 あれが…噂に聞く伝説の…ッ!人里に相違ないのでは!?

 

 あれ程の集落は天狗の里の他にないはずだ。天狗が人里に現れたら混乱するだろうと翼を畳んで服の中に仕舞う。

 まぁ、文のような例外もいるのだろうけど。少し背中が窮屈だけど違和感はないはず。気分は秘境を探検する冒険家。雪は意気揚々と人里の少し前に降り立った。

 

――妖怪の山の天魔逃走のせいで育て親の大天狗が大混乱に陥っているなどまるで知らずに。

 

 

 

 

 

 

 人里の入口に足を運びつつ髪を梳いたり、着物の着付けなど身嗜みを確認する。

 

「…大丈夫だよね?私変なところないよね…」

 

 首を動かして自分の姿を見るがいつも通りの自分の姿なので多分変なところは無い。妖怪の山の皆も私の容姿について乏しめる事もなかった。

 

 よし…行くぞ…行くんだ山神雪…。大丈夫だ…お前なら出来る…完璧なる人里デビューが…ッ!!

 

 いざ人里に出陣だと足を踏み出す、と。

 

「おい、こんな所で何してるんだアンタ」

 

 んわひぃっ↑!?だ、誰ぇっ!?

 

 変な声を出さなかった私を褒めてほしい。内心で情けない悲鳴を上げているが何とか外面には出さないように努めたのだ。

 しかし、急に背後から声を掛けられて驚いた雪は咄嗟に返事するなどという芸当が出来ず声を失ってしまった。

 

「……………私の事か?」

 

 少し間を置いて返事するも不意を突かれたせいか部下の天狗と話す要領となってしまった。

 内心、上から目線ですみませんと謝り続ける雪。今更弁明するのも何か恥ずかしい。その上、人と対話するときどんな風に話すのか分からないのだ。

 

「…あぁ。いや、見ない顔だから気になっただけだ。その姿から察するに人間じゃあないだろう?アンタ何の妖怪だ?」

 

 ふと我に返って相手の様子を見ると、目に飛び込んでくるのは白と赤。真っ白で長い髪に白いシャツ、赤いもんぺ。

 特に白い髪には私と同じだから少し親近感が湧いた。

 

「私は…そうだな、浮浪の天狗だ。」

 

 先ほど妖怪の山から家出したので、後は私の自由よ。…ふふふ、今の私は自由に飢えた一匹狼さ!

 

「不老?寿命がないのか?」

 

 心の中でずっこける。彼女と私の間で微妙なニュアンスの違いが発生してる。

 

「その不老ではない、私も年は取る」

 

 そう、天狗といえども年を取るのだ。生まれたばかりの私はちんちくりんの童子だったけど今は女性の中では身長は高い方だ。

 

「ふーん、あっそう。じゃあ妖怪の山には住んでないのか?」

 

「あぁ」

 

 今はね、と心の中でボソッと呟く。

 

「随分風変わりな天狗だな。翼はどうした」

 

「翼は人里では目立つと思って畳んでいる。お前も中々風変わりだと思うが、人里はお前のような奴がいっぱい居るのか?」

 

「…私のような奴はそうそういないね。というか、見たところアンタはブン屋の様な新聞記者でもないだろ?はぐれ天狗が人里に何の用だ?」

 

 はぐれ天狗…間違ってはいないが思わずムッと顔を顰めそうになる。上に立つ者は自分の感情を悟られてはいけないという自分に課した鉄則を思い出し、表情筋を固める。

 

「気になったから寄っただけだ、他意はない」

 

 仏頂面で言い放ったせいか少女が訝し気に見つめてくる。だが少し目を合わせると顔を背けて人里へ歩き出した。

 

「他意はない…ねぇ。まぁ、いいや。何か仕出かすようには見えないし。どうせだし私が人里を案内するよ。監視もできるしさ。で、アンタ名前は?」

 

 案内してくれると言うので頭の後ろで腕を組んで歩いていく少女の後ろについて行く。

 

「雪、山神雪だ」

 

「見た目のまんまだね。いいじゃない、シンプルな名前で」

 

 雪のように白いからと言って大天狗が私を見つけた時から名付けてたらしいこの名前は私も気に入ってる。嫌いじゃない。

 

「お前の名は?」

 

「ん?私?私は藤原妹紅。上でも下でも好きな方で読んでいいよ。私は、雪って呼ぶからさ。」

 

 これは…ッ!?まさか、世に言う友達というやつか!?部下や同僚以外初めての関係…友達というやつではないのか!?

 あたい知ってる!!自己紹介して名前で呼び合ったらすなわち友達だって!!

 あ、やばいニヤつく。頬が緩む。

 

「ふふっ、では案内しかと任せたぞ妹紅。」

 

「…へぇ、雪って笑えるんだ。全然顔の表情変わらないからロボットか何かだと思ってたんだけど。」

 

 妹紅の何気ない一言でピシッと音を立てて私の顔の表情筋が凝り固まる。

 

「…私は絡繰の類ではない。」

 

 悪気はなさそうだが…やめろ妹紅、その口撃は私に効く(致命傷)

 

 私のトラウマワードの上位に来る単語だ。

 これまで経験で語ると、部下と晩酌した際になるのだが、酔った部下がポロっと零したのだ。

 

『ーー天魔様っていつも無表情で河童の作る機械かなんかと勘違いしそうですよ。』

 

『ゥ゛っ…(静かに吐血)』

 

『そうですねぇ…。折角綺麗なお顔をしているのだからもっと笑えばーーって天魔様?いったい何処へ…?』

 

 これを聞いた私は外の空気を吸いに行くと一言いい残して廊下で涙を流したのだ。

 それなら笑えばいいじゃんと思う方が居るかもしれないので予め言っておく。

 

 長年の癖というのだろうか、もはや私の表情筋はちょっとやそっとの事では微動だにしないほど凝り固まっているのだ。

 私の表情を歪めたければ鬼でも連れてこい。めっちゃ嫌そうな顔をしてやるから。

 つまり、それほどの出来事がなければそう易々と動かない表情筋が私のコンプレックスなのだ。

 

「いやいや、本当に機械みたいだって。河童の発明品とか言われた信じちゃいそうなレベルで」

 

 コフッ…(吐血

 

 私のトラウマをグリグリと抉ってくる妹紅の口撃で私のライフはゴリゴリ削られる。

 

 妖怪の山でさえ、こんな傷口に塩を塗り込んで揉み込むような事言ってくる奴はいなかった。

 なんなんだこのモンペ妖怪。私のライフはもうゼロよ!!もう既に泣きそうだよ!!

 

「………そうか」

 

 あ、涙がちょちょぎれてきた。今の私に擬音を付けるなら“どよ〜ん”だ。

 横目でこちらを見た妹紅は私の様子に驚いたのか二度見してきた。

 

「え、いや…真に受けるなよ。冗談だって」

 

 果たして今のは本当に冗談だったのだろうか。

 

 こいつの人となりから察するに、揶揄では無く本心だったように思えるのだが。

 まぁ、それを抜きにしてもだ、部下との会話しかない私には冗談は通じないものと思ってほしい。

 

「…揶揄うのはやめてくれ、人と話すのは慣れてないんだ」

 

 そう言うと妹紅はキョトンとして見つめた後にクスッと笑った。

 

「揶揄ったわけじゃないよ。ただ意外だったし、笑った顔が綺麗だから勿体無いと思っただけさ」

 

 真っ直ぐ見つめながら言うもんだから此方が恥ずかしくなった。ポリポリと頬をかき斜め上に視線を泳がした。

 でも…笑顔が綺麗、か。そんな風に言われたのは初めてだ。

 

「…そうか、ありがとう」

 

「!そうそう、いい顔してるよ。人里に行ったら何もせずとも人が寄ってくるよ。」

 

 人の良い笑顔で妹紅が私の手を引いて先を歩く。さっき会ったばかりの関係だが嫌悪感は皆無で心地よさが心に溢れる。

 

「ここから先は人里だよ。先ずは私行きつけのお店があるんだ、そこに行こう」

 

「あぁ、楽しみにしてるよ」

 

 2人は笑顔で人里へ踏み込んだ。

 

 

 




主人公は公私の区別が曖昧で口調もあやふやです。不器用可愛い。
主人公の容姿は真っ白で目が碧眼です。

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