長期間更新なかったのに誤字報告や感想を下さった方、感謝の言葉しかないのです。
――私はとことん悪運が強いのだとそう思わずにはいられない。
ニコニコと私を見下ろすガタイの良い鬼の登場に心が折れそうな私こと山神雪です。泣きそう。
「萃香が暴れて随分と大事になっているようじゃないか、雪?」
何が“大変な事になってるようじゃないか”だよ!主にお前らのせいだからな!!
「そうだ…これだから鬼は厄介この上ない。」
「まぁまぁ、萃香の奴を責めないでくれよ?恣意的な行動なのは否定しないが、何百年と待ち続けてやっとこさチャンスが巡って来たんだ。張り切ってしまうのはしょうがないだろ」
え、いや…何その超理論。意味わかんないですけど…。人の嫌がることをするなって偉大な教えを知らないの?
待ちきれなくて襲いかかるとか蛮族のソレじゃないですかやだー。このSTR極振りの脳筋共めが…
「私は無益な争いを好まない。勇儀達はそれを知っていたはずだ。それ故に私から遠ざけられたのだと」
「はぁ…そりゃあ、なぁ。でもさ、雪が争いが嫌いって主張するのとアタシら鬼が喧嘩が好きだと主張することに違いはないだろ?どっちもどっち、主義主張の押し付け合いだろ?それに喧嘩はもはや鬼の根底に在る。それを止めろっていうのは酷な話。禁酒と同じくらい辛いねぇ…」
だからさぁ…その脳筋理論のゴリ押しやめてほしいんですけど。『お前は握り拳が嫌いでも私は好き。だから殴らせて♡』って事でしょう?
「それはおか――」
「雪、言葉に気をつけろ。お前は鬼を否定するという事がどういう事か、分からんはずもないだろう」
「…」
え?何この空気?なんで私が悪いみたいになってんの?私はただ平和に過ごそうとしただけで何で責められてるの…?
「もはや万人に忘れ去られたらしい私らにも矜持はある。私はお前との約定があるが故に襲いはしないが、萃香は特にその縛りはない。お前の都合なんざ鼻で笑って突っぱねるだろうさ」
というか勇儀さんや、何しに地上に出てきたのさ。萃香の肩を持つためだけに出て来たわけではないよネ?
「…勇儀、お前は何をしに来た?」
「お前を地底に
勇儀は無骨な指で私の顎を撫で上げて顔を近づけて視線を合わせさせた。めっちゃ顔近いし突然の事に不覚にもドキドキしたけど呼気が酒臭くて一瞬で冷めた。
まぁ、そうでなくとも答え当然決まっている。
「断る」
「相変わらずつれないねぇ…」
勇儀は“残念だ”と一言吐き棄て顔を離すと手にした大盃を傾けてグイッと酒を煽った。
しかし、それだけだ。勇儀は酒を煽るだけで襲いかかっては来なかった。
内心何かされるとビクビクしていた私は構えながら勇儀に問いかける
「お前は襲ってこないのか?」
「お望みなら」
大盃越しにギラリとした眼光が私を貫いた。め、めめめ滅相もないですーーー!!!
「私が望むのは平穏だ」
大慌てで否定すると、勇儀は尊大に手を私に差し出してこう言った。
「――なら地底に来るといい。私の周囲は常に騒がしいが、地底の外れは怨霊が漂ってるだけで静かなもんだ。お前の新居も私が建ててやろう。お前の言う平穏ってのもそこにあるかもだぞ」
「旧地獄か…」
張り手が飛んでくると思ったら旧地獄へのお誘いを貰っちゃいました。旧地獄と言えばヤバイ奴らの巣窟だって聞いたけど。
それに怨霊ってなんか不穏なワードが飛び出たんですけど…。大丈夫なの?地獄の怨霊とか凄く危なくない?
「怨霊も地霊殿の奴がどうにかしてくれる。少し暑いってのを我慢すれば快適に暮らせるさ」
「…」
何故わかったし…お前はエスパーか。いやそれよりもそれってかなりの好条件じゃない?外れっていうのがどれくらい離れてるかにもよるけどそれなりに平穏な生活を送れるのでは…?
「悪い話じゃあないだろう?なんなら私がお前の住居の付近に近づくなって言い含めてやってもいい。私の言いつけに逆らえる奴は旧都にはいないよ?」
勇儀の一声とあらば旧地獄の危険な妖怪達も寄り付かないと言う。聞けば聞くほど美味しい話…なのか?今の所デメリットは少し暑いっていうのしか提示されてないし…。
「――ちょっと!!黙って聞いてれば何都合の良いことばかり言ってるのよ!!」
「あ?なんだいお前さんは?今は私と雪で話してるんだ、口挟むんじゃないよ」
「ひ…!?そ、そう睨んだって…むむむ無駄なんだからね!?というか雪がそんな与太話に騙されるわけないでしょ!!」
「んんん"っ…そ、そうだな」
えっ?なんか騙されてたの?!よく分からずにノリで肯定しちゃったけど…。
チラリと勇儀さんの様子を伺ってみると手で顔を覆って『あーあー』と苛立ったご様子。図星だったのか…
「…はぁ…お前、死ぬか?」
指の隙間から勇儀の目がはたてを射抜く。瞬間、殺意の嵐がはたてに浴びせられる。そしてはたて1人に向けられたというのに殺意の余波は雪にも飛来する。
「ひっ……!」
勇んでいたはたては一転腰を抜かして戦々恐々と勇儀を見上げた。
そして雪はちびりかけていた。普段なら鉄の仮面と鉄の肉体に感謝しているところだが今はそんな余裕は一切なかった。
勇儀ははたてを殺すつもりだからである。自分が狙われるなら逃げられるので構わないが親しい人物が狙われるのは雪は良しと出来なかった。
「やめろ、彼女に手を出すな。」
凛とした声で勇儀を制する。その裏腹、雪は家族を守らならければという使命感と鬼と向かい合ってしまったという後悔に駆られていた。
はたてには心配と期待の目を、勇儀には好機と言わんばかりに歪んだ目を向けられる。
「――それは出来ない相談だな。そいつは鬼である私の言葉を遮った、それを看過したら鬼が廃る。」
この時雪は悟る。勇儀との戦いが避けられぬ事を。というか、コイツこの展開を狙ってただろ、と。
「そいつが大事なら守ってみせなよ」
うわっ…私の悪運強すぎぃ…。死にたい。いや死にたくない。マジで勘弁…してくれませんよね!分かってました!!!
迫り来る鬼、後ろには腰を抜かしたはたてが居て逃げられぬ状況。雪は初めて勇儀と戦った状況と似てるなぁと他人事のように考えながら勇儀に殴られた。
当然のように能力の防御を突き破ってくる拳に苦悶の表情を隠しきれない。
勇儀は私のその表情を見てより一層攻撃の苛烈が増して行く。お前ドSかよ!?と突っ込む暇もない息もつかせぬ攻めに雪は態勢を崩して後ろに倒れこむ。
それを勇儀が見逃すはずもなく、あっさりとマウントを取られる。足でがっしりと体を押さえつけられて抜け出せない。唯一自由のあった右手も攻撃に転じる前に勇儀の手に捕まり完全に拘束される。必死に膝蹴りをしても勇儀は一切揺るがず、手詰まりである。
「くっ…!?」
「最初からこうすれば良かった。雪、お前と私には言葉なんていらないのさ。そうだろ?」
酷く興奮し眼孔が開き切った勇儀に話が通じる様子はもうない。天高く掲げられた岩のような握り拳を振り降ろされた。
▽
紅白の巫女と鬼が交錯する。もはや何度目の斬り合いか分からない程鬼退治は長引いていた。しかし両者余力を残した状況。未だに終わりは見えず。
「はぁっ!」
「ふん」
霊夢の霊力を込めた幣を虫を払うように弾いて萃香が攻撃に転じる。霊夢の背後を突く形で実体化して殴りぬけるも霊夢はそれを見る事なく回避する。霊夢は背中に目がついてるのかと、魔理沙はげんなりとした様子で突っ込んだ。
この死闘をずっと見ていた魔理沙は観戦に徹する事を決める。理由は簡単、この勝負に水を差すような真似を嫌ったから。加えて足の負傷で気をとられるようであれば、この戦いに参加すれば命は保証されないからだ。
「あー、どっちも殺る気満々だ。迂闊に首突っ込んだら死んじまうな」
戦闘の被害に巻き込まれないギリギリの範囲を箒でフワフワと飛び観戦していると視界の隅によく知った顔が映った。
「はぁー!やっと追いつきました〜」
額の汗を拭う早苗は少し窶れて見えた。取り敢えず達成感に包まれている友人に声をかける。
「お、早苗も異変解決に来てたのか?」
「えぇ、先程まで霊夢さんと一緒に行動してたんですけど、遠目に見えた魔理沙さんの弾幕見てから鬼の形相で飛んで行ってしまったので大変でしたよ」
「そ、そうか…」
そんなに根に持つ事もないだろ…。あの拳骨もマジで痛かったし…
「それにしても…激闘ですね。それと対峙する霊夢さんはさながら桃太郎です。いやーカッコいいですねぇ」
早苗は目をキラキラと輝かせて鬼退治を眺めていた。
おかしいな、コイツならそういうのには目がないはずだ。私も負けませんよ!なんて言って突っ込むと思っていたのだがアテが外れたぜ。
「伝説の鬼退治だ、お前も挑戦したらどうだ?」
「霊夢さんに余計な真似と口は控えろとのお達しで…」
翳りのある表情で話す早苗を見て察した。
「弾幕ごっこで負けたか。」
「えぇ。本当であれば鬼退治を成し遂げ信仰を集めたいものですが…。まぁ、道中で小鬼を退治しましたけど」
「小鬼?」
「はい。霊夢さんを追いかけていたら妹紅さんに押し付けられまして…大変でした」
「その妹紅はどうしたんだ?」
「何やらやる事があると小鬼に殺到されてる私を置いて何処かに行ってしまいました。」
「やる事、か…」
――この異変、ここが佳境じゃないな…。
これ以上にないと思える程苛烈な鬼退治を前にして、そうじゃないと魔理沙の勘が告げる。その勘は正しく、異変は激化する事になる。
萃香VS霊夢、勇儀VS雪の同時進行、戦闘の二極化。
幻想郷のピンチ(物理)
ちなみに雪と勇儀の約定。「勇儀から戦闘を仕掛けない。雪が良いと言ったときはOK。」
勇儀はこれの裏を突き、はたてを狙って雪が戦闘せざるを得ない状況を作り出した。鬼的にはこの約定は破っていない。破っていないといったらいない