雪「わーたーしーがーなーにーをーしーたーー!(気絶)」
萃香「お?なんや捕まえる手間省けたやん」
角女の注意を引いてるうちに雪が離脱する。そういう手筈だった。鬼を挑発し注意を引くところまでは良かった。問題は雪が離脱のために空を飛んで行くのを見て成功を確信した瞬間である。
突如として極太のレーザーが霧を吹き飛ばすのみならずそのまま雪を飲み込んでいったのである。
「ゆ、雪ぃぃぃぃぃぃ!?」
今のはあの白黒だよな!?余計な事をぉぉぉぉぉ!!
「好機到来だな…」
その様子を見ていた角女は驚くどころか占めたと言わんばかりに口角を吊り上げ霧状になって雪の消えた方へと向かう。
「あっ、てめぇやらせるか!!」
「当たらないよ〜」
炎の弾幕を張るも悉く霧散して実態を捉える事が出来ない。
「くっ、この野郎…!ちっ、私が先に!」
恐らく物理的な攻撃は不可能、結界や神術の類でないと有効打にならない。火を起こす妖術は得意だが、そちらには造詣が深くはない。
ここで張り合うのは得策ではない。先に雪の身柄を確保するのが先決だ!
「競争かい?乗った!妨害もありだよな」
萃香は一瞬実体を現したかと思うとポンと立ち上がる煙から小鬼を大量に発生させ妹紅へと殺到させる。一体一体が
「お前ズルいぞ!!」
「鬼に吐く言葉かそれ?」
「くそが!」
「口が悪いな人間。ま、そこで小鬼と戯れてろや」
実体化を解き、再び霧散した萃香は人里の外へと消えて行く。
「待ちやがれ!!」
小鬼を捌きながら叫んだその声は既に萃香には届いていなかった。
▽
「――え?私が悪いのか?」
「指示したのは私だけど!!悪いか悪くないかと言ったら悪くないけど!状況は最悪だって言ってるの!!」
「そうか、ならいいや。んで、今どういう状況?」
「魔理沙、雪を吹き飛ばす、鬼、雪狙ってる、私達、阻止」
「なんでカタコトなんだ……まぁいいや、天魔は雪って言うのか。そいつを萃香から守ればいいんだな?」
「えぇそうよ!ただ様子を見るにあの鬼弾幕ごっこに応じる様子はないから貴女は援護に回ってて」
それは私なりに非力な人間を気遣ったつもりだった。鬼の起こす衝撃のみで死にかねない人間を守るための忠告のつもりだった。
「あ?私を侮辱してるのか?」
飄々としていた魔理沙の雰囲気がガラリと変わる。帽子のツバを押さえる手の隙間から見える目は恐ろしく冷めていた。
「違うわよ!人間なんかが鬼の攻撃に巻き込まれたらそれだけで死ぬのよ!」
「それが舐めてるって言ってるんだ。私がどうしようと私の勝手だぜ」
うぅ、何言っても聞かなそうな目をしてる…!はぁ…
「…死んでも知らないからね!」
「へっ、滾るぜ」
「はたて様、北西の方角に天魔様が倒れているのを発見しました。」
「でかしたわよ椛!」
「それと同時に萃香殿もそちらに向かっているのを捉えました」
倒れてるって事は意識がないって事で間違いないはず…!それを私達より先にあの鬼が見つけてしまったら…
「まずい…!急ぐわよ!!」
「あぁ!」
▽
「はー、こんなとこまでぶっ飛ばされたのか。防御が間に合ってないなんてらしくないな」
人里から遠く離れた平地にポツリと雪は倒れていた。目立った外傷はないが、意識はないようだ。
この場で直ぐに戦えない事をつまらなく思うのと同時に萃香はニヤリと口角を吊り上げた。
「まぁ、いいか。取り敢えず今はあの人間に邪魔される前にズラかるとしよう。」
思考を共有している小鬼からはまだ足止め出来ていると伝わってくるので急ぐ必要はないが、のんびりとやっていると他の邪魔が入りかねない。萃香は倒れる雪に手を伸ばし――
「その子から離れなさい!!」
少し高い怒声と共に飛来した鎌鼬が伸ばした腕を切り落とす。ボトリと腕が落ちるが霧状に変わり萃香に纏わり付き、再び萃香の腕が再生する。
「ぅおっと…新手かい。もう散々だ、邪魔すんなよ」
倒れた雪を回収して距離を取っているはたてを睨みつける。邪魔ばかり入って萃香の機嫌は最悪だった。
「雪をどうするつもり!?」
「そりゃ攫ってどうしようと鬼の勝手だろう。鴉天狗」
「絶対に雪は渡さないんだから!」
「大人しく渡せ、殺されたいのか?」
鬼の四天王、伊吹萃香の重圧が張り詰める。周囲の重力が強くなったような感覚と鋭い悪寒がはたてを襲い、激しく警鐘を鳴らす。目の前の鬼の言う通りにしろと。
生きてきた中で最も死に近づいているのは間違いない。いや、もう既に自分は死線を跨いでいるのだと理解する。
ここで大人しく引けば生き残れるだろう、逆に抵抗すれば殺されるのは間違いない。忘れ去られた強大な妖怪、鬼。忘れられて衰退する他の妖怪とは格が違う。人々の畏れという信仰を失ってもなおも健在。
自分のような天狗では絶対に敵わない。敵対すれば死ぬ。それでも――
「い、嫌よっ!」
姫海棠はたては死を選ぶ。惰性の生を捨て、死の果てに雪を救えるのならと死線に踏み込んだ。
「久方ぶりに肝の座った天狗だな、いつもなら酒でも酌み交わしたいなんて思うだろうが、今は踏み潰したい気分だよ」
待っていたのは鬼の獰猛な殺意の嵐。物理的な接触はないにもかかわらず体が退いてしまう。
「ひっ…!!」
「もう後悔しても遅いからな。死ね」
天高く掲げられた萃香の巨大化された手が振り下ろされる。一刻も早く逃げなくてはならないのに、逃げたくて仕方がないのに、足が竦んで動けなかった。
――あ、終わった私の妖生。さようなら雪…じゃなくて!!動け動け動け動け動けってば私の足!!
必死に動けと念じても、震える足はそれに応えない。それどころか震えを増していく。
走馬灯のようにスローモーションで迫り来る萃香の拳の他に、キラキラとした輝きが目に入る。
「“彗星『ブレイジングスター』”」
はたての横スレスレを魔理沙が
「ちっ、今度はお前か…魔理沙!」
「へっ、霊夢が忙しい間に何こそこそやってんだ?
「人間風情が!鬼を馬鹿にするとどうなるか教え――」
魔理沙の方へ手をかざして小鬼を生み出そうとした瞬間、萃香の声は途切れた。喉元に刺さった無骨な剣によって。
しかし萃香はなんて事もないと剣を鷲掴みにして引き抜いた。剣の持ち主である椛は即座に手放し距離を取り、予備の剣を手に取り構えた。
「白狼天狗か…お前ら天狗はいつからそんな肝玉が太くなったんだ?仮にも大昔の上司の喉仏掻っ切るたぁ、お前ら死ぬ覚悟出来てんだろうな?」
「私が忠誠を誓うのは決してお前ら鬼ではない。雪様を始めとする今の妖怪の山を統べる天狗のみだ」
「よ、よく言ったわ椛!昔の事を引き合いに出さないで欲しいわ!お、大人しく隠居してよね!」
椛の背中に隠れながら啖呵を切るはたて。ビシッと指差したはずの腕はプルプルと震えている。完全にビビってはいるが、その目は抵抗の意思をなくしてはいない。
「…上等だテメェら。五臓六腑引き摺り出して酒の肴にしてやるよ」
ここまでくると、萃香のストレスは臨界点を突破し苛立ちを超えて嗤いへと変わる。おおよそ人が見たら気絶するであろう迫力の笑みである。
「おいおい、私を忘れてもらっちゃあ困るぜ」
「鬼を馬鹿にした奴を忘れる訳がないだろ?例えそれがブンブン飛び回る蠅でもな、必ず潰すって決めてんだ。全員纏めて潰してやるよ」
瓢箪を傾け酒を煽り、栓をして腰に下げる。その直後である。萃香は山に肩を並べるほどに巨大化した。人里という縛りがなくなった今、この平地がどうなろうと知ったことではないし、好きに暴れられるという事だろう。
そして、手のひらを広げて地面へと叩きつける。乱気流が発生し辺りの風を乱して飛行に影響を与える。
しかしはたてや椛、魔理沙は持ち前のテクニックですり抜けて躱す。そして、躱した手が地面へと叩きつけられた瞬間ドシンと鈍い破壊音を響かせ地鳴りを起こす。平地の地形が隆起し地層が大きく露出する。
「で、でかぁぁぁぁぁ!?ちょ、ちょっと出鱈目すぎるでしょ!!」
「虚仮威しだ、動きは鈍い。そんな大振りの攻撃が当たるかってんだ!」
「そいつはどうかな!」
遥か上空の萃香の口から声が届いたのと同時に先程とは比べものにならない程の速さで手が振るわれる。その所為で乱気流は苛烈を極める激しさとなっていく。
「ちっ、さっきのは本気じゃなかったのか!うわっとと…!」
「うわっ…危なっ!魔理沙!大丈夫?!」
「あぁ、問題ないぜ!」
「私達は風に乗るのに慣れてるからいいけど、貴方本当に大丈夫?」
「ばっか、こういうのは自前のプレイヤースキルでなんとかするもんなんだぜ!」
「要するにゴリ押しね…ある意味尊敬するわ」
「それ程でもない」
「褒めてないんだけど…」
「そうかい、ところで天狗。お前、天魔はどうした?さっきまで背負ってただろ?」
「へ?雪ならここにいる……いない。いないィッ!?」
「はたて様!!先程の攻撃を避けた拍子に風で…」
椛の指差す先には風に流されて飛ばされる雪の姿が。
「あ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!雪ィィィィィィッ!?」
「おい!敵から目を離すな!!」
「へ?」
「馬鹿が」
魔理沙の声で我に返ったがもう遅い。巨大化した萃香とは別に、普通の大きさの萃香がはたての目と鼻の先に迫っていた。
「ひっ…!?」
肉薄する萃香に対して何の策も練られぬまま、はたては逃れられぬ拳から目を晒すようにギュっと目を閉じる。
「はたて様…!!ぐぅっ!?」
拳の衝撃は信頼する部下の声が攫っていった。萃香とはたてに割り込むようにしてはたてを押し飛ばし、椛が萃香の拳を剣の腹で受ける。
しかし剣は気休め程度にしか盾の役割をせずに砕かれ、その上萃香の拳は椛の腹を貫くに留まらず山の麓に吹き飛ばす。
「ちっ、犬畜生め。」
「椛ィッ!!」
「今は萃香に集中しろ!!気を抜くとあいつの二の舞だぞ!!」
鮮血を撒き散らして墜落する椛を追いかけようとして魔理沙に服の袖を掴まれる。
私の所為で椛が攻撃を受けたのだ、今すぐにでも駆け寄って治療なり医者へ運ぶなりしてやりたい。いやしなくてはならない。
だが、魔理沙の言う通り。あの鬼はそんなこと許すはずがない。椛に駆け寄った私共々潰しにかかるに違いない。
「くっ…!!」
あまりの力の差に歯噛みをして後悔する。鬼という存在の本気を舐めてかかった事。鬼がどれほど強大な妖怪だったかは人伝てに聞いた事しかなかった。本気を出したとしても、人間はともかく私と椛なら何とかなるだろうなんて甘い考えだった。
雪を救えるのは私だけだと、私なら出来ると、どこか全能感のようなものをこの身に抱いた所為で、雪は再び鬼の危機に晒され椛は命に関わるような重症を負って生死不明。
歯軋り、わなわなと体を震わせるだけ。自分は鬼の一挙一動に怯えるだけで何も出来ない。目の前が真っ暗になっていく。
「お前、期待外れにも程がある。天狗よぉ、お前ら今も昔も変わらず小心者だ。ま、雪だけは違うがな。あぁ、そうだ。天狗、雪を諦めて帰りな。そしたら見逃してやる。瀕死の犬っころもな。ただし、これ以上邪魔するってんなら悉く皆殺しだ」
自分の前方直ぐ近くから鬼の声が聞こえて顔を上げると萃香は失望した表情でそう言った。お前らは殺す価値もないと、小物根性よろしく腹を見せろと。
少し前の私なら即座に反駁したかもしれない。しかし、自分の愚行に気づいた今、天秤は大きく揺れ動いた。雪を差し出せば、自分と椛は助かると。普段なら鼻で笑ってお断りだと言える交換条件に、私は即答出来ない。
「ぇ…それは、その…」
「なぁに、私は嘘をつかん。命は保証してやる。」
鬼は嘘を嫌悪する。自らも制約のように虚言を吐く事を許さない。そして、他者の嘘にも敏感だ。その鬼が、そう言ったのだ。
私は、私と椛は絶対助かるんだ。だが、雪は助からない。
なにを悩んでいるんだ私は…!!椛は絶対生きてる!雪も絶対に助かる!ならNOだ!相手にNOと言ってやれ!NOよ!言うのよ私!
「憔悴してるな天狗。脂汗が止まらない。喉を鳴らす音が此処まで聞こえたぞ。どうした、邪魔はしないと一言だ。それだけでお前らは助かるんだぞ?」
一言、で助かる?
「――本当に、邪魔はしないと言えば。見逃してくれるの…?」
「あぁ、鬼は嘘をつかん。だから一言――」
「でも断るわ」
「あ?」
「聞こえなかった?答えはNOよ!雪を差し出すくらいなら私死んでもいいわ!」
いっ、言っちゃったーー!!死んだ。絶対に私死ぬ!!
「ガッツ見せたな。でも膝が笑ってるぜ。」
いつの間にか傍らでサムズアップしている魔理沙。
「言わなくてもいい事言わない!!」
そして、肝心の鬼の方を見れば少し俯き体を震わせていた。
やばい絶対に怒ってる!絶対に怒ってる!!
「…くくく、ははははは!正直見直したぞ天狗。だから、お前は念入りに潰してやるよ!!」
わ、笑ってる……怒ってないけど、これはこれはこれでヤバい!!?
「やめてください死んでしまいます」
「嫌なこった!!」
なんか凄い笑顔になってるぅぅぅぅぅぅ!?凄い良い笑顔で私を撲殺しようとしないで!!何その新手の怪談!!怖すぎて震えが止まらないんですけどぉ!!新聞の一面飾れるわ!
あ、良いかもしれない。
ワンパートで二回も覚悟を決める へたれはたてちゃんの回。そして乱雑に戦線から退場させられる雪はどうなるのか。
ということで14話です。投稿遅くてすみませぬ。