雪「…(虫の息)」
ご愛読感謝です。嬉しい事にこの前またチラホラとランキングに浮上したみたいです。伸びるタイミングはよく分からないもんですね(笑)
それは例えるなら、蟻にミサイルを打ち込むようなもの。
それは、面白くない。確かに暴れるのは好きだ、だが、破壊の限りを尽くすのは何か違う。暴れて壊し尽くして、残ったのは虚しさだけ。
誰も私の隣に立てない。
誰も私を受け止められない。
萃香は数少ない理解者だが、萃香も萃香で私と同じ葛藤を抱えてる。それ故の理解者。それは、傷の舐め合いでしかない。
私は私と対等な奴を探していた。私の本気を受け止めてくれる奴を。
なぁ、お前はどうなんだ?雪、お前は、お前なら…私の本気を――
三歩必殺、その三歩目。一歩目と二歩目は敵を必ず仕留めるための言わば下準備に過ぎない。三歩目を確実に繰り出すための前座。その前座は軽く流されたが、問題はない。前座なくとも雪は絶対に避けないから。
ならばこの三歩目を、渾身の一撃を繰り出すのみ。
「あァァァぁぁぁぁァ"ァ"ァ"ッ!」
鬼が吠える。それだけで衝撃波が辺りを襲い、地に波状の亀裂が走りめくれ上がって礫となって辺りを襲う。
それだけで出鱈目な破壊そのものであるが、これは只の咆哮である。本命の拳を繰り出すための気合入れ、それだけでしかない。
拳を握りギリギリと力を込めて腰だめに引き付ける。
全ては渾身の一撃を繰り出すため。その準備は整った。
さぁ、止めれるもんなら止めてみな…!いや、私を受け止めてくれよ…ッ!
「―――ッ!!!!」
声にならないような絶叫と共に引き金は引かれた。腰だめに引き付けた拳が力を解放し、目につく一切合切全てを吹き飛ばす――
はずだった。
「――あ…?くそ、動かねぇ…」
力の解放は許されなかった。勇儀の懐に潜り込んだ雪の細い掌によって。
「…」
「…打ち始めを押さえるなんて、お前以外に出来ないよ。雪」
やった事は単純明解、拳を放つ前に押さえる。打ち始めなら力が乗る前なので未然に攻撃を防げる。
しかし、言うは易く行うは難し。
例えるなら、ただの人間が大砲の発射口に入って玉を直接手で押さえているようなものだ。そんな事をやったらまず原型は残らないだろう。
力のある妖怪であったとしても、仮に完璧に打ち始めを押さえられたしても、勇儀の拳は止まらない。そこにどんな障害物があったとしても粉砕するまで止まらない。
それを成せたのは、偏に雪の流れを操る程度の能力故にである。咆哮の衝撃をいなして急接近し発射される前に拳を押さえて力を分散させて最後には静止させる。この一連の動作を天狗の誇る速さによって行うのだ。
「…っ」
しかし、それを成した雪は力尽きたように地面に崩れ落ちた。浅く速い呼吸を繰り返し元々白い肌は更に青白く変わっていた。
「…天晴見事、とでも言えばいいのか。私の負けだ。」
死に体の雪を見降ろして、未だ健在の勇儀は負けを宣言した。側から見れば、鳩尾に風穴が開いているが最後までしっかりとその二本足で立っている勇儀が勝者と見るだろう。
生殺与奪の権利を持っているのは明らかに勇儀だ。
しかし、勇儀は勝ちを宣言しない。拳を振り下ろせば、雪を殺す事は容易い。でも、そうじゃないだろう。無抵抗の相手を嬲っても意味がない。しかしそれ以上に自分の全力を完璧に封じられたのだ。
それは、勝てなかった事に対する悔しさ。自分の全力を受け止めた雪に対する尊敬の念。その二つがごちゃ混ぜになって盛大に讃える事は出来なかったが、山神雪という妖怪を心より尊敬した。
「…勇儀」
少し離れた位置で観戦していた萃香がいつの間にか背後にいた。私は振り返らずに答えた。
「萃香、見てたか。私は、私は見つけたぞ。全力をぶつけられる相手が。どうだ、羨ましいだろ?」
負けて悔しいはずなのに、自慢したくて仕方がない。私と対等の存在、やっと見つけた。私の全力に耐える者が。誇らしい、この山神雪という存在が誇らしい。
「あぁ、そうだなクソったれ。こんなの魅せられちゃあ羨ましくてお前をぶん殴りたくて仕方がねぇよ」
放ったらかしにされた萃香は恨み節全開で小言を口にするが、それが余計に自分の自慢する雪を持ち上げる事になり、それが愉快で笑いを抑えられなかった。
「はっはっはっ、すまん。だが見ての通り雪があの調子じゃあ今日は無理だな」
「〜っ!早い者勝ちなんて無視しときゃよかった!!」
「そんな事したら許さねえからな」
「それはこっちの台詞だよ、私と雪が喧嘩するときお前邪魔すんなよ」
「それは分からないな」
嘘はつけないからな、私は雪が喧嘩しているところを見たら自分を抑えられる自信がない。前以て言っておこう、分からない。つまりは高確率で手を出すと。
「この野郎…!」
その意図を即座に理解した萃香は反発し、わなわなと震えて勇儀を睨みつけた。
宥めるのが先決なのだろうが、今は楽しくて笑いが止まらない。それが益々萃香の機嫌を悪くしているとしても笑いが止まらない。
「…ぅぐっ…!私は…」
一頻り笑った頃に、雪は目を覚ました。しかし、重症のためか指一本動かせないようだった。
「お、雪が目ー覚ましたか」
「大丈夫か?」
「…痛い」
唯一動く目で非難を訴えられる。
「それはすまん、だが後悔はしてない」
「…謝罪の、気持ちが…あるなら…今日は帰れ」
おそらく喋るのも辛いのだろう。途切れ途切れになりつつもそう言い切った。
「あいよ、勝者の命令には逆らわないよ。萃香、帰るよ」
「えぇ〜、いいのかい?攫っちまおうよ。勇儀がやらないなら私が――」
「やめろ、私の顔に泥を塗るつもりか?」
「ちぇ〜分かったよ」
「あー、体中痛え。最高に楽しかったよ!」
「またやろうなー」
「二度としない…ッ!」
歯を食いしばってまで言われるたぁ、喧嘩の機会は中々巡ってこないかねぇ…。ま、喧嘩だけが全てじゃねぇ。
萃香が先に帰ったのを見てから雪の側にしゃがみ込み耳元に口を寄せる。
「今度はゆったりと酒でも酌み交わそう」
「喧嘩、しないなら…構わな、い。」
「そいつは嬉しいねぇ…約束だぞ?」
「…」
「無言は了承と取るよ。最高に美味い酒持ってくから期待しときな!」
恐らく過去最大級に、今の私は機嫌がいい。酒飲んで騒ぐだけでも楽しかったが、今日、世界が色づき始めた。そんな気がした。
あぁ、萃香の手前 敗者の矜持なんざ語っちまったが…良い女だお前はよぅ…攫っちまいてぇなぁ…。だが、まぁ…酒の約束が出来たし。良しとするかぁ。
柄にもなく鼻歌混じりに酒杯を傾け、私は帰路に着いた。
▽
気づいたら体中痛くて動けない、加えて鬼との喧嘩が終わってた件。それに断る間も無く酒の約束をつけられた件。
――全く身に覚えがないんだが、本当に最後の記憶は腹パンされて死ぬほど痛かったという惨めな記憶しかない。それに酒の約束に関しては、痛みを我慢してる間に勝手に決められてるし…
一体どういう事なの…?
「…動けな、い…」
ピクリとも動かないし、痛くて仕方がない。例えるなら巨大な岩に圧殺され続けているような感覚。凄まじく痛いです。気絶しそう。
「天魔様…」
視界にどこからか現れた風さんが映る。
何だそのご無事ですかみたいな
「風さ、ん…」
「…これはマズイな、全身の骨が砕けておる…早急に治療せねば…!救護班!担架の用意だッ!」
うせやろ、全身骨折ってマジ?あの鬼マジでふざけんなよ。よく全身の骨折った相手と酒酌み交わそうだなんて考えるな。鬼畜生じゃねぇか。
などと悪態吐いてる間にパパッと担架に乗せられた。
「風さん…」
「傷に響きます、ご安静を…」
何で近くにいながら助太刀しなかったの?とか色々言いたいことはあるけど今は痛すぎて気絶しそうだから勘弁しといてやろう。
「あぁ…」
少しイラっとしつつも風さんの声で安心した私は再び深い微睡みに落ちる。そして意識が落ちるその間際、私こと山神雪は、もう!絶対!二度と!鬼とは喧嘩しない!と固く誓うのであった。
そして傷が完治して治った頃、漸く自由に歩けるようになった私が表舞台に姿を現したら、物凄い支持率が上がってたというか、リスペクトされまくりで大いに驚いた。
え?私なんかしたっけ?
雪「鬼にバキバキにしばかれて惨めな感じになってたはずなのに、目が覚めたら鬼の好感度が爆上がりで戸惑ってる。加えて山のみんなの好感度も上がってて謎」
妖怪の山's「鬼と互角に渡り合える天魔様すげぇ!マジリスペクト」
雪「…謎」