東方白天狗   作:汎用うさぎ

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前回のあらすじィ!

雪「変態ぶん殴ったら天魔になっていたでござる」

以上ゥッ!

今回は大天狗視点で話が進みます。


11.大天狗の想起

 1000年前のあの日、妖怪の山に季節外れの雪が降った。いや正確には雪ではなかったが、その雪に吸い寄せられるに大天狗は空を飛び、無骨な手のひらにその雪を受け止めた。

 

――軽い、少し力を込めるだけで砕けそうな儚さを持つその雪に、大天狗は妖怪の山の未来を予感した。己の手にすっぽりと納まる矮小な存在に計り知れない力を感じた。

 

 白い天狗…伝承では吉兆の存在と語られている。また、強い神通力を持つともされていたか…。

 

 この子ならば、今の妖怪の山を変えられると予感するほどに可能性を感じたのだ。

 

「お前は…雪だ。いや、儂の名もくれてやろう。お前は山神雪だ」

 

 手のひらでスヤスヤと眠る雪を零さぬようにゆっくりと山を下って行く。

 

 地に降り立ってから少し間を置いて、やんわりとした感触が大天狗の掌を動き回る。目を閉じたままの雪がしがみつくように大天狗の指を握りしめて周囲の景色を伺っていた。

 

「――気がついたか」

 

「…」

 

 雪は大天狗の鋭い眼光に怯まず、ただジッと見つめて何も言わなかった。言葉を解しているようではある。しかし、小さな口をパクパクとさせ黙している様子から生まれ落ちたばかりで戸惑っているようにも見えた。

 

「お前が空から落ちて来たところを保護させてもらった。そこらの野良妖怪の餌になる前にな。お前は名前があるのか?」

 

 真名があるのであれば、それを隠し、山神雪と名乗らせるつもりだった。あるいは、この子の意思を尊重するつもりでもあった。

 

 雪は少し悩んだように俯き、少し間を置いて大天狗の目を見つめた。

 

「…雪」

 

 奇しくも儂の考えた名と、雪が発した名は一致しており、どこか運命のような物を感じた。

 

「…雪、お前はどちらか選べ。野良妖怪に怯えながら生きるか、儂と来るか」

 

 雪の妖力につられてやってきた理性のない妖怪共を指で示すと、雪は其方を一瞥するとスッと儂の方を指指した。

 

「…ん」

 

「そうか…」

 

 この瞬間から、儂は雪を護り、この子が未来に成すであろう革命を助けると誓った。

 

 そうとなれば、儂は雪に教育を受けさせねばならん。積み重なった書物を蔵より引っ張り出さなくてはな…

 

――その日から、大天狗に後継ができた噂になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山の天辺に位置するその部屋に大天狗は訪れていた。そこは天魔と鬼などの強大な妖怪のみが入室が許される、天魔の部屋である。

 

「――大天狗、折り入っての話と聞いたが、何事ぞ?」

 

 部屋の畳にどっしりと腰を下ろす天魔の声に応じるように深く頭を下げてから頭を上げ声を発する。

 

 何が“何事ぞ?”だ。雪の評判を聞いて儂に圧力をかけてきた癖に…。

 

「謁見に承諾して頂き感謝の限り。天魔様に紹介したい者がおりまして参った所存」

 

「よかろう、儂の前に姿を見せる事を殊に許す。」

 

 天魔は顎から伸びる長い髭を撫でると面白いとばかりに大天狗に目配せする。

 

「感謝の極み。…雪、謁見の許可を拝受した。入れ」

 

「…」

 

 大天狗の声で雪が大天狗の横に歩み寄り腰を落として深々と頭を下げる。

 

「――ほう、そうかそうか。此奴がお前の後継と噂の…」

 

 天魔が好色の目で雪をジロジロと舐めるような視線を送る。それは大天狗にとっても不快あったが、当人の雪は更に不快に感じている事だろう。大天狗は視線を横にズラして雪を見やる。

 

 雪は目を閉じたまま静かにその視線を受け止めていた。大天狗は雪が無礼のない様子であった事に少しホッとしながら本題を切り出した。

 

「天魔様を欺く訳にはいきませぬので。ただ天魔様に顔を見せるのは自身の立場を弁えてからと思っておりました故に遅れました。天魔様を欺くおつもりは毛頭――」

 

「分かっておる、皆まで言うな。して、お前の名は?特別に発言を許可する。儂はお前の声が聞きたい」

 

 天魔の興味は大天狗の隣に座る雪に向けられていた。深く据えていた腰を浮かすほど雪の方へ身を乗り出して返答を催促した。

 

「大天狗様より山神雪の名を賜りました。」

 

「雪か…正に体が名を表すとはこの事よな、実に良いぞ。お主なら儂の寵愛を受けるに値するかもな…」

 

 雪の透き通るような声を味わうように天魔は何度も頷き、下衆な笑みを浮かべて雪へと躙り寄った。鼻が雪の艶やかな髪に触れるほど近づく。

 

 女性の尊厳を嘲笑うかのような天魔の行為に、雪が耐えられるだろうかとまたもや大天狗は冷や汗を流す。

 

「見に余る光栄故、恐れ多いと存じます」

 

 そんな心配を嘲笑うかのように、雪は静かに頭を下げて謝辞を述べた。

 

「ふむ、まぁ今はよかろう。山神雪、しかと覚えた。大天狗共々下がるといい」

 

 そんな雪の反応さえも面白いと笑い、天魔は乗り出した身を再び深く据えた。

 

「はっ」

 

 大天狗と雪は音を立てずに天魔の部屋から退室し、肩の荷を降ろした。

 

「――よく耐えた。儂は誇り思うぞ」

 

 大天狗は無礼な態度を取らずに完璧な謁見を成功させた雪を言葉少なに労う。

 

 頭を無骨な手で慎重に撫でる。少し前までは掌に乗せていたというのに、女性として立派に成長した雪はそれが仇となって天魔に目をつけられてしまった。懸念していた事ではあるが仕方のない事、出来る限り遠ざけたいとは思うが、天魔の命令には逆らえない。

 

 歯痒いものよ…

 

「…セクハラ親父キモ過ぎ…ワロエナイ…」

 

 ふと、手の下から雪の呟きが大天狗の耳に届く。

 

「うぬ?何か言ったか?」

 

 しかし極めて小さい呟き故に、大天狗は聞き取れずに雪に聞き返す。

 

「いや、何も…」

 

「…そうか」

 

 少しモヤモヤするものの、詰問するような事はせずに大天狗は雪の前を歩く。その三歩後ろを雪が追随するのを確認し、問題はないだろうと自分の部屋へと帰る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が大天狗に拾われて100年経った。雪は実力をメキメキと発達させ、もはや儂の計れる範疇を軽く超えていた。儂の後継、天魔のお気に入りとあって昇格に昇格を重ね、天魔の秘書のような地位にまで登りつめていた。

 

 故に、妖怪の山の実態を目の当たりにしたのだろう。妖怪の山の統治は統治と呼べるものではないと。

 

 天魔とは飾りに過ぎず、真の山の支配者は鬼など強大な妖怪達であり、弱肉強食が罷り通る、社会性などかなぐり捨てた酷いものであると。

 

 故に――

 

「雪?何をするつもりじゃ…!?」

 

 突如天魔の部屋より盛大な衝突音が聞こえて駆けつけてみたら、下克上を成すその瞬間であった。

 

「天魔、お前の時代は終わりだ…!」

 

「儂を、天魔を…妖怪の山を裏切るつもりかッ!おのれ…!儂は裏切り者に慈悲はないぞ…!」

 

 青筋を浮かべる天魔は扇子を横薙ぎに振り払う。災害のような大竜巻が発生し雪へと襲いかかる。

 

「黙れ…!セクハラ親父ィッ!!」

 

 激昂する雪の前には無力であったが。天魔は竜巻を起こす程度の能力を有していたが、雪の流れを操る程度の能力の下位互換に過ぎない。故に、竜巻の支配権を易々と奪われる。

 

「ぐっ!?ばっ、馬鹿な!?儂の竜巻が…!?」

 

「流れある物、全て私の味方。お前は私に勝てない…」

 

「ぬあぁぁぁぁぁ!?」

 

 自身の起こした竜巻に斬り刻まれ、天魔はあっさりと地に伏した。

 

「自らの所業を地獄で悔いるがいい…」

 

 こうなる事は必然であったか…。ところで“せくはら親父”とはどういう意味なんだろうか。姫海棠や射命丸あたりなら知っていそうだが…

 

 いや、そんな事を聞いてる暇もなかろう。下克上はここに成った。思考を弄ぶほどの暇はこれからあるまい。

 

 元より雪を天魔に、という声は既に多数上がっていた。反対するものは前天魔派だけだろう。それも全体に比べれば米粒程でしかない。

 

 儂は前天魔を妖怪の山より遠ざけ、前天魔派の制圧に乗り出すとしよう。

 

 これからは、雪、お前が天魔だ。儂はそれを支える影となろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が天魔になってから激動の日々だった。その中でも特に一大事だったのが――

 

「天魔様、鬼が面会を求めております。」

 

「儂が出向く。」

 

 天魔に就任してすぐに鬼が押しかけた。新しい天魔に釘を刺そうという意図が透けて見える行動だった。

 

「――お前が新しい天魔か?えらい上玉だな…俺の物になれば…」

 

 雪以外の天狗であれば屈していたであろう、鬼の襲来。雪は強者に媚び諂うなんてことは一切なく――

 

「失せろ」

 

「ひでぶっ!!」

 

「あべし!!」

 

「うわらば!」

 

 鬼の中でも下っ端といえる存在ではあったが、襲来する鬼を千切っては投げ千切っては投げ…

 

「へぇ…強いじゃないかあんた。名前は?」

 

 鬼の四天王を呼び寄せ――

 

「山神雪」

 

「アタシは鬼の四天王、力の勇儀。勇儀って呼んでくれ」

 

「私は伊吹萃香だ。さぁ、互いに名乗ったんだやるこたぁ一つだろ?」

 

「あぁ、気持ちのいい喧嘩をしよう!!」

 

「断る」

 

「そいつは無理な相談だなッ!」

 

「アタシらの昂りを発散させてくれよッ!」

 

 妖怪の山を震撼させる決闘を申し込まれた。地形を変えてしまうほど激しい戦闘の末――

 

「あー、体中痛え。最高に楽しかったよ!」

 

「またやろうなー!」

 

「2度としない…ッ!」

 

 ボロボロになりながらも鬼との殴り合いに応じ、引き分けた。

 

 他にも守矢の神々とのいざこざ、吸血鬼異変解決の招致に応じたりなどなどなどなど…数え始めたらキリがないほど大事が沢山起きたものだ。

 

 そうして妖怪の山の危機を次々と解決していく雪は妖怪の山の支持を集め、妖怪の山の絶対者にまで登りつめた。

 

 その頃には――

 

「天魔様!」「天魔様!」「天魔様!」「天魔様!」「天魔様!」「天魔様!」「天魔様!」

 

妖怪の山から絶大な信頼を寄せる存在に雪はなっていた。

 

 しかし、名声が高まれば高まるほど、雪は仕事に追われて執務室から出なくなった。山の改革を推進し、日に日に仕事は積み重なっていったのだ。

 

 そんな様子を見かねて大天狗は雪を心配してこう言った事がある

 

「辛くはないか」

 

 雪はそれに対して――

 

「当たり前だ」

 

 これを聞いて大天狗は雪を侮るような質問だったと黙って恥じた。儂の案ずる領分では無かった。そう自分の思慮の浅さを恥じたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今思えば、この時儂が無理にでも仕事を受け持っていたら、雪が職を放棄することにはならなかったのだろう。

 

 今となっては詮無きことだ、昔の事を悔いる時間はない。

 

「今の儂に出来ることは…雪が戻ってきた時の負担を少しでも軽くすることだ。…しかし、こんな膨大な量の仕事をこなしていたのか…。1日やそっとじゃ終わるまい…。これを1日で…!」

 

 天魔失踪が露見するまでに溜まりに溜まった報告書やら申請書、始末書などの多さにひっくり返りそうになるのを抑えて大天狗はそれらを処理していく。

 

大天狗の知るところではないが、これは雪の普段の業務量の1/3程度でしかない。かつ、雪はそれらを半日で処理している。

 

「儂が雪を失脚を望むまで追い詰めてしまったのか…。」

 

 雪が戻ってきたら、一度話し合いが必要だろう。無理をし過ぎるな、その一言、その一言さえ数百年前のあの時言えていれば変わっていたのだろうか。もし、もし、そればかり頭に浮かぶ。それが無駄な事だと分かっていながらも、後悔をせずにはいられない大天狗であった。

 




大天狗視点で見た雪の雪の歴史。次は再び雪視点に戻ります。

大天狗は雪の下克上が妖怪の山の腐敗を感じ取っての行動だと信じております。実際はセクハラされたのでぶっ倒しただけという…

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