雪「私が何をした!?」
今回は突然の回想回。雪が天魔になるまでの歴史が大雑把に明らかに…!
「“魔砲『ファイナルマスタースパーク』”」
堂々としたスペルカード宣言と眩い魔力のレーザービームに飲み込まれた私はそれを他人事のように俯瞰していた。
朦朧とする意識の中、私は走馬灯を見ていた。私という存在の歴史の零、始まりの歴史を。
▽
「――お前は…雪だ。いや、儂の名もくれてやろう。お前は山神雪だ。」
深みのある渋い声で私の意識は微睡みの底からやんわりと覚醒し始める。そして、完全に目が覚めて、目を開けた私の目の前に飛び込んできたのは立派な髭を蓄えたオッさんだった。
…えーと誰?というか此処はどこ?何で私はこんな強面の巨漢の腕に納まっているの?
目が合うと気まずいので薄目で辺りを探り、掌から身を捩り指の隙間から景色を眺めて、冷や汗を流す。
ちょ、ちょっと待って!?空!?というかこのオッさん平然と飛び降り自殺してる!?姿勢ブレねぇのスゲェな…じゃなくて死ぬ!!これ絶対死んだ…!
我武者羅にオッさんの指にしがみついて墜落の瞬間を目を閉じて待つ。せめて苦しまずに逝きたいなぁ…などと諦観しながら。
しかし、予感した衝撃は訪れず。雪の五感に様々な情報が入り込む。それは、草の朝露の匂い。それは、川の清水の音。それは、オッさんの掌の暖かさ。加えて左右に揺れるような感覚に襲われる。
恐る恐る目を開けると、あの高度から落ちたのにオッさんは平然と山道を歩いていた事に気がつく。まるで狐に化かされた気分だった。
なんで生きてるんだ私…?え?落ちてたよね?高度100m以上の上空から。グチャって…逝ってない?why??
理解がまッッッッたく追い付かず、宇宙猫のような間の抜けた表情でフリーズしてしまう。放心状態で流れていく雑木林を眺めていると上の方から声が聞こえた。
「――気がついたか」
「…」
声渋いなオッさん…。え?というか何を話せばいいんだ!?オッさんは誰?何で空にいたのか、此処は何処なのか。聞きたい事は山ほどある、しかし声に出す事が出来ない。む、むぅりぃ〜〜っ!そこまでコミュ力高くないから!
「お前が空から落ちて来たところを保護させてもらった。そこらの野良妖怪の餌になる前にな。お前は名前があるのか?」
言葉を詰まらせまくっているとオッさんが察してくれたのか現状を簡単に説明してくれた。妖怪とか何言ってるか分からないけど…つまり、助けてくれたってことだよね?めいびーきっとそう。
それと名前かぁ…名前…えーと…何だっけ?私には確かに名前があった気がするけど思い出せない。あれ?何だっけ?
「…雪」
そうだ、雪だった気がする。何故かその名前が脳裏に浮かんで離れない。オッさんが勝手に決めた名前と一致してるけど、私の名前は、雪のだった…ような気がする。
「…雪、お前はどちらか選べ。野良妖怪に怯えながら生きるか、儂と来るか」
いや、考えるまでなくオッさんでしょ。オッさんが指差した先にその野良妖怪さんとやらがいるが涎を垂らしてコッチを見てる。あんな大型犬より余裕で大きい犬みたいなヤツに襲われたひとたまりもないでしょ!
「…ん」
顔が厳ついオッさんだけど、理性の欠片もない妖怪よりかは比較的ましだろう。私はオッさんを指差した。
「分かった」
この時から私はこのオッさん、山神風の娘として育てられ始める。
▽
どうも、雪です。風さんに拾われてから四、五十年は経ちました。十年経っても全然成長しなかった私も最近になって中学生レベルまで成長しました。
いやー最初は一生チンチクリンである事を覚悟するくらい成長しないもんで夜な夜な啜り泣いておりましたとも!えぇ!まさか妖怪というものが此処まで成長の遅いものだとは思ってなかったよ!
でもでも〜、今は見ての通りですよ。髪は腰の辺りまで伸びたし目鼻もシュッと整ってて…なんて言うんだろ?クール系?うんそうだ、クール系美少女雪ちゃんになりましたとも!
自分の容姿に自信が持てるのはとても良い事だと思うが、それに伴う弊害も中々の物だったと言う事を、私はその日改めて知ることになる。
「――雪、儂は今日、お前を天魔様に紹介せねばならん。甚だ不快ではある、だが上の命令には逆らえぬ。決して無礼のないように振る舞うのだぞ」
それは日課となっていた日向ぼっこをしていた時である。普段は縁側でお茶を飲んで孫を見守るような視線を送って来る風さんが苦々しい顔でそう伝えてきたのだ。
「…分かった」
風さんの様子から察するに、並々ならぬ悪い予感を感じつつも、風さんが上の命令に逆らえないように、私は風さんの命令を断るという選択肢はなかった。
――そしてヤツに出会ってしまった。天狗達の頭領、後に私がドヘンタイセクハラ親父と命名した存在。そう、前代の天魔である。
風さんに此処で暫し待てと言われて襖の前に正座して待つ。なんか知らないけど風さんより偉い人と謁見しなきゃならないらしい。
私はこーゆーの苦手なんだけどなぁ…若干憂鬱ですわ。
「――雪、謁見の許可を拝受致した。入れ」
珍しく恭しい言葉遣いの風さんに呼ばれて、私は襖を音を立てないようにそっと開けて部屋へ入る。
何故、風さんが私を前天魔に会わせたくなかったのか、その答えはすぐに分かった。
目だ、天魔の私を見る目が――
――ひっじょぉぉぉぉぉうにキモい!!ちょっと待ってマジで無理!!部屋入って即座にサブイボ立ったわ!!舐めるように上から下へ視線を這わせるな!!
「――ほう、そうかそうか此奴がお前の後継と噂の…」
うわっ…こっちに寄るな…!!本当に無理だから!生理的に無理無理無理無理むぅりぃぃぃぃッ!視界に入ってるのさえ嫌なんですけど…というか目閉じた。駄目だ、こいつ息も臭え…!呼吸も止めるんだ…!
「天魔様を欺く訳にはいきませぬので。ただ天魔様に顔を見せるのは自身の立場を弁えてからと思っておりました故に遅れました。天魔様を欺くおつもりは毛頭――」
「分かっておる、皆まで言うな。して、お前の名は?特別に発言を許可する。儂はお前の声が聞きたい」
うっぜぇぇぇぇぇ!!キザな物言いきんめぇぇぇぇ!
ぐぅ…落ち着け…!風さんの顔に泥を塗るわけにはいかない…
「大天狗様より山神雪の名を賜りました。」
「雪か…正に体が名を表すとはこの事よな、実に良いぞ。お主なら儂の寵愛を受けるに値するかもな…」
勘弁してくれ……!ひ、ひぃっ!?顔を近づけるな…!に、匂いを嗅ぐな!!気持ち悪い…!!早く何か言わなくては髪を咥えられるかもしれない…!
「見に余る光栄故、恐れ多いと存じます」
天魔の動きがピタリと止まり、気持ち悪かった気配が遠ざかる。
「ふむ、まぁ今はよかろう。山神雪、しかと覚えた。大天狗共々下がるといい」
「はっ」
どうやら白昼堂々行われたセクハラ行為は終わったようだ。未だに色欲混じりの目で見られているのを感じるが、無視して風さんの後を追ってそそくさと部屋を出る。
「――よく耐えた。儂は誇り思うぞ」
天魔の部屋から離れて人の気配が無くなった頃、風さんはそう言って頭を撫でてくれた。同じオッさんでも風さんはダンディーなおじ様、天魔は生理的に無理なオッさん。その違いは計り知れない。
風さんの手は、何故か落ち着く。だが天魔、テメーは駄目だ。次に私に触れた時、それがお前の最後と知れ…!
つまり何が言いたいかと言うとだ。
「…セクハラ親父キモ過ぎ…ワロエナイ…」
「うぬ?何か言ったか?」
「いや、何も…」
「そうか…」
とにかく今は家に帰って身を清めたい気分だ。風さんの後ろに付いて家へと帰る。
そして更に時は流れ――
昇格に昇格を重ねてしまった私は、よりにもよって!あの!天魔(変態セクハラ親父)の秘書のような役職に据えられてしまった。ふぁっきゅー。
馬鹿な!こういう風にだけはなりたくなかったのに!!しかも最初は控えめだったセクハラも最近更に露骨になって来たんだよ!
「雪、もっと近う寄れ。」
最近の天魔のセクハラのトレンドはこれだ。何かと私を近くに呼び寄せたがる。手に届く距離に入ったら酷い目に遭うのは目に見えてる。
「天魔様のお側になど、とてもとても恐れ多い故」
長年コイツを躱し続けて取得した“適当に世辞を述べて遠慮する”技術は磨き上げてきたため、今では思ってもないような世辞をパッと口に出せる。前までのコイツならコレで撃退出来たが、最近コイツは更に粘着質になった。
「良い、殊に許す。儂の胸に抱かれよ」
両手を大きく開くコイツを見て殺意が湧く。が、当然そんな様子をおくびに出さずに対応する。
「そのような光栄は我が身に余ります」
「えぇい、何を遠慮しておるか!儂が来いと言うたら即座に対応せんか!!」
遂に痺れを切らしたのか、天魔は私に手を伸ばして強引に懐へ引き寄せた。天魔が直接雪に手を出すという初めての暴挙である。
「――っ!」
乱暴に腕を引き寄せられ無理矢理胸元へと抱き寄せられる雪。
何十年と天魔のセクハラに耐えてきた雪。しかし、ここにきて初めての暴挙に堪忍袋の緒が切れた。
――ぷっつーん
あ、もう無理。この変態セクハラ親父殺すわ。雪の細腕を掴む手を引っ剥がすとスルリと天魔の拘束から逃れる。
「なにっ!?…ぬわぁぁあぁっ!?!?」
能力を解放して天魔を弾き飛ばす。執務室の壁に叩きつけられ聞くに堪えない悲鳴を零す天魔。
テメェを可哀想だとか全く思わねぇ…!このまま嬲り殺してくれるッ!
「雪…何をするつもりじゃ…!?」
激しい衝突音を聞きつけた風さんが慌てて部屋に入ってきたのが目に入ったが、気にせず変態セクハラ親父にトドメを刺さんと力を蓄える。
「天魔、お前の時代は終わりだ…!」
「儂を、天魔を…妖怪の山を裏切るつもりかッ!おのれ…!儂は裏切り者に慈悲はないぞ…!」
青筋を浮かべる天魔は扇子を横薙ぎに振り払う。災害のような大竜巻が発生し雪へと襲いかかる。
「黙れ…!セクハラ親父ィッ!!」
激昂する雪の前には無力であったが。天魔は竜巻を起こす程度の能力を有していたが、雪の流れを操る程度の能力の下位互換に過ぎない。故に、竜巻の支配権を易々と奪われる。
「ぐっ!?ばっ、馬鹿な!?儂の竜巻が…!?」
「流れある物、全て私の味方。お前は私に勝てない…」
「ぬあぁぁぁぁぁ!?」
自身の起こした竜巻に斬り刻まれ、天魔はあっさりと再起不能となる。
「自らの所業を地獄で悔いるがいい」
こうして前天魔は倒れ、下克上は成った。新しい天魔の誕生である。(ダイジェスト版下剋上、完)
そして当の本人は――
ふぅ、やれやれだぜ…。というか勢いで山のトップ倒しちゃったけど、大丈夫なのか…?風さんが凄い熱い視線を送ってきてるんだけど、大丈夫…だよね?
無論大丈夫ではなく、この下克上(無意識)により雪の職務は更に過酷さを増していく事になる…!
雪が天魔になるまでの軌跡のダイジェスト。まぁ要するに社長にセクハラされたのでぶっ倒したら何か知らないけど社長になっちゃったって感じ。雪の中ではそういう風に考えているようだ。