《ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていた》
「ん? なんだ?」
《少し、人魚さんとやらに変わってくれ》
「人魚さん、ちょいちょい」
『Aaaaa__?』
「母さんが電話変わってだとさ」
『AaaAaa_?』
《うむ、ティアマトよ。押し入れの奥の右から2番目の引き出しの一番下にあるTシャツを着てくるといい》
『$y』
《ではな、ククク……》
「人魚さん、何の話だった?」
『Aaaaa___AA!』
「おや、押し入れに一直線に……ってこら、崩れたら危ないから勢いよく開けないの」
ブリザードが吹き荒れる山間に立つ人理継続保障機関フィニス・カルデア。その全容は雪に隠れて通常は半分程も見ることは叶わないが、晴天が続けば雪に溶け込むようにそびえ立つ広大な円形の建造物に目を奪われることになるだろう。
その正面玄関から入ると、高い天井のエントランスの先に、来賓及び来客用の小さな受付があった。ここカルデアに正規で訪れる場合には、受付にて確認と手続きを経て入場するのである。
受付には茶色の髪をツーサイドアップで纏めた髪型をし、やや幼げな顔立ちの女性が眠たげな表情で座っていた。
「ふぁ~……」
受付の女性は欠伸をひとつ落とすと、緩みっぱなしの頬を更に緩め、顎を机の上に乗せた。
国の高官などが訪れる場合、彼女は朝から緊張でガチガチになっているが、今日は特にそういった予定もないのでこの通りである。そもそもカルデアが位置する標高で来るような普通の来客は、遭難して死にかけの登山家ぐらいのものなので実質的に仕事はないといっても過言ではない。
こんな平和な光景を作り出している女性であるが、実のところ彼女は人間ではない。人類から生まれ、人を越えようとした吸血鬼"死徒"なのである。
本来なら人類の怨敵である死徒は、あらゆる組織から廃絶対象として見られているが、この世界にはたったひとつだけ死徒を受け入れている機関があった。
無論、異常存在の確保、収容、保護を生業とする"SCP財団"である。
まあ、彼女が死徒になった後にSCP財団のエージェントに見つけられてから、アニムスフィア家とSCP財団共同開発及び運営施設であるカルデアで、受付嬢をするに至るまではそれはそれは長いお話があるのだが、それは割愛されよう。
兎も角、彼女に目をつけたのが財団だったことは、彼女にとって幸いと言えるだろう。これが聖堂教会か、魔術教会だった場合。駆逐か、実験材料の2択或いは両方であるのは明白だからだ。
「おなか、すいたなぁ~…」
彼女は更にふにゃりと机で潰れながら人間からすると、かなり物騒なことをつぶやいている。だが、彼女は"極めて人間に友好的なSCPオブジェクト"なので特に問題はない。その上、死徒にしてはとてつもなく血の燃費もよかったりするのだ。
まあ、彼女がここまで気を抜いている理由は、いつもは彼女を何かにつけて実験だの、ノロマだの、新薬の実験だの、しまじろうだの、SCPとのクロステストという名目でSCPとバトらせるだの、そんなだからルートが無いんだの等々とやったり言ったりしてくるSCP財団カルデア支部の最高責任者の上司が珍しく、"今日は日頃働いてくれている感謝を込めて午前にメインエントランスで受付をしたら上がっていい"等と笑顔で言われた為に気持ちが浮わついているのもあるだろう。
「ひゃいっ!?」
彼女の意識が徐々に沈み始めていると、突然正面玄関の開閉音と共に、外のブリザードの音と冷気が肌を撫で、彼女は飛び上がらんばかりに顔を上げた。
更にカルデアの受付嬢として培った経験が、彼女の背筋を自然に伸ばさせる。しかし、死徒になった高校生時代から一切変わらない見た目なので、スーツに着られながら緊張で固まっている新入社員のようにしか見えないのが残念なところである。
受付嬢が目を向けると、エントランスに三人の女性がいることに気が付いた。多少、肩に雪が乗っていることから職員ではなく、外部から来た者だということは間違いないだろう。
女性らは最も背の高い女性が、残りの女性の服に付いた雪を払っており、その間に受付嬢は三人を観察することにした。
最も背の高い女性は、神父が着る筈のカソックを身に纏っており、三人内の残り二人の保護者のように甲斐甲斐しいしくしているように見える。
次に背の高い女性は、ロゴの入った黒いTシャツを着た非常に長く艶やかな水色の髪に星のような瞳をし、耳の後ろ二本の大きな巻き角が生えた女性だ。最も身体的特徴が人間と異なっていてかつ、自殺志願者かと思うほど異常に薄着なことも去ることながら、カソックを着た女性によって人形のようにされるがままに雪を払われていたことも受付嬢の気を引いた。
最後に最も小さい背丈をして、白いゴシックロリータ徴の服装で固めた少女。防寒仕様なのか布が多くモコモコしているのが特徴的である。
三人は服装を整え終えると、カソック姿の女性を先頭にして受付の前まで来た。
「やあ、こんにちは」
「こ、こんに、こんにちはっ!」
カソック姿の女性から挨拶を受け、受付嬢は緊張気味に挨拶を返す。
何せ間近で見ることになったカソック姿の女性の身長は、190cm近くかなりの大柄である。しかし、体型も容姿もスーパーモデル顔負けであり、自分と同じ地球の生き物なのかと受付嬢が考える程であった。
「ここはフェニス・カルデアで合っているかい?」
「はい、そうです!」
カソック姿の女性の青藤色の長い髪は三つ編みで纏められ、肩から流すように前に出されている。
また、彼女の濃い蒼の瞳は船から深い海を覗き込んだ時のように何処か恐ろしく、落ちれば決して上がってはこれない色をしていたように受付嬢は感じた。
「それにしてもイブちゃん、女性に見られたい割りになんでカソックなのさ?」
「だって俺が修道服なんて着たら完全にイメクラじゃん?」
「そうだね。でもカソックだとコスプレだね」
「うるせえ、じゃあ何着れば良いってんだ」
「いやいやいや、女の子らしい服装なんてそれこそ星の数ぐらいあるでしょうよ」
「でも地上から星に手は届きませんよね?」
「ああ言えばこう言う……」
カソック姿の女性と、白ロリの少女が何やら話し合っているようなので、受付の女性は視線を半眼で天井の照明を見つめながらぼーっとしている様子の角の生えた女性に向けた。
角の生えた女性が受付の前まで来たことでわかったことだが、どうやら黒いTシャツには、悪魔のような捻れた角の模様の上に赤字で"人類悪顕現"と書かれているようだ。しかし、受付嬢には何のことなのかさっぱりである。
『………………』
ふと、受付嬢が気が付くと角の生えた女性はこちらに目を合わせていた。
星のような輝きを放ち、恐ろしく澄んだ瞳をしている。吸い込まれてしまいそうな感覚を受付嬢は覚えた。
『Aaaaa――』
「あ……どうも!」
ぺこりと角の生えた女性がお辞儀をしてきたことで、受付嬢は現実に引き戻される。
まあ、新しい人型SCPオブジェクトでも連れてきたのかなと受付嬢は自分を納得させ、受付としての職務を全うすることにした。
「本日はどのような要件で?」
「うむ、母に呼ばれて会いに来た」
「お母様ですか…?」
こういった来訪は大変珍しいことだが、カルデアか財団の職員の身内ならばデータベースに登録されている。
「ではその場で動かないでくださいね」
受付嬢はマニュアルに従い、来訪者に見えない位置に備え付けられたボタンを押す。
すると受付の上部から赤い可視光線が照射され、3人を数回往復した。受付嬢は原理を全く知らないが、それは照合機であり、財団のデータバンクから照合して人物を特定するのだ。ちなみに財団のデータバンクは飼い猫の家すら一発で特定できると言われるほど、広い範囲かつ莫大で、個人情報も何もあったものではない程の情報があるとのことである。
『警告。警告。要注意団体"聖堂教会 埋葬機関"。要注意人物"No.2 イブ・ツトゥル"がメインエントランスにて確認されました。一般職員は直ちにマニュアルに従い退避してください。"機動部隊"及び"SCPSA"が対処に当たります』
『警告。警告。要注意団体"聖堂教会 埋葬機関"。要注意人物"No.2 イブ・ツトゥル"がメインエントランスにて確認されました。一般職員は直ちにマニュアルに従い退避してください。"機動部隊"及び"SCPSA"が対処に当たります』
次の瞬間、けたたましいサイレン音が響き渡り、エントランス内に女性の機械音声の警報音が鳴り響いた。
「あ"……?」
「はえ……?」
カソック姿の女性と受付嬢はほぼ同時に呆けた声を上げた。急展開に受付嬢の思考が一時的に停止する。
「あの腐れ外道…こんなところでまで嫌がらせをッ…!」
「あ、そういえば私もブラックリスト入ってたね。キハハハ! 盛り上がってきたよぉ!」
「お前少しは緊張感を持て」
(ま、埋葬機関……そ、それにイブ・ツトゥルって……)
我に返った受付嬢は、埋葬機関への過去の苦手意識に顔を引きつらせながら、頭に全て入っている要注意人物の中から"イブ・ツトゥル"という者についての情報を思い返した。
埋葬機関No.2 イブ・ツトゥル。二つ名は"黒"。
聖堂教会の最終駆逐装置と謳われる要注意人物だ。仮にSCPのクラス分けをするのなら満場一致でKeterに分類されるであろう戦闘能力は尋常ではない。
基本的に埋葬機関でも手に余る事態や、一国クラスの大規模過ぎる被害にのみ投入され、指定された範囲内の動く物体全てを等しく迅速に殺し尽くすだけの舞台装置のような役割を一個人で担っている。その様は聖堂教会のORTといっても差し支えない程の一方的な蹂躙だという。
最後に
要は、聖堂教会の最終兵器が"
(せめて
受付嬢はその考えに至った瞬間、受付からイブ・ツトゥルに向けて飛び掛かり……。
首筋をなぞるように振り下ろされた爪はイブ・ツトゥルの肉をいとも簡単に引き裂き、首から胸に掛けて人間ならば即死であろう裂傷が出来上がった。
だが、攻撃を加えた当人の受付嬢には寧ろ驚愕の表情が浮かんでいた。
(血が……出ない? それどころか血の匂いもしない)
イブ・ツトゥルの裂傷の断面は引き込まれそうな程に深く仄暗い黒に染まっていた。それが血なのか肉なのかの区別すらつかない。
「わぁ、痛そう」
「心にもないことを言わんでいい」
「まあ、血が出たら殺せるかもしれないけどイブちゃん自分の意識でしか血は出ないもんね。心配するだけ無駄だしねぇ」
白ロリの少女は角の生えた女性の手を引くと、近くの壁際に設置された長椅子に座り、イブ・ツトゥルに向けて手を振った。
「がんばれ♡ がんばれ♡」
「おう、黙ってろ」
受付嬢を全く意に介さず会話をしている最中にもイブ・ツトゥルの傷は、映画の逆再生でも見ているかのように塞がり、後には裂けた服が残るだけだった。
「君は心音が無くて血流の音が独特だね。死徒か」
「そ、そうです…」
未だ戦闘の兆しを見せないイブ・ツトゥルの問いに受付嬢は答える。
「ふむ、死徒まで働けるとはカルデアは中々雇用が進んでいるな。俺が信者に欲しいぐらい良い一撃だった」
死徒であっても血は出る。ならばこの余りにも攻撃をした手応えを感じられない存在は一体なんだというのだろうか。
「あの陰険邪神はどうあってもカルデアに来た時点で面倒になるように仕組んでたんだろうなぁ…」
イブ・ツトゥルは一人言を呟き、渋い表情を浮かべながら、いつの間にか手の中にあった何かを受付嬢に見えるように摘まみ上げた。
「あ……」
思わず声を上げてしまったそれは、受付嬢の財団職員としての証明書であり、与えられた権限及び財団施設のあらゆる鍵となるクリアランスカードと呼ばれるモノであった。受付嬢は慌てて自分の内ポケットを調べてみるが、そこにあった筈のモノは当然ない。
どうやら攻撃をした瞬間に盗られていたようだ。死徒である彼女が全く気がつかないうちにである。
「まあ、それなら……」
クリアランスカードに記入された名前と、クリアランス4という数字、"機動部隊Ω-7´"という所属を眺めたイブ・ツトゥルは、受付嬢にクリアランスカードを投げ渡した。
戻ってきたクリアランスカードにホッとした様子の受付嬢を見ながらイブ・ツトゥルは、ついさっき引き裂かれたばかりの首を鳴らすと、口の端を歪めて呟いた。
「楽しもうか、"弓塚さつき"ちゃん」
受付嬢……弓塚さつきは赤く染まった瞳を向け、イブ・ツトゥルと対峙した。
SCPオブジェクトを利用した機動部隊Ω-7の思想を引き継ぎ、ナイア・ルラトホテップ博士が再編した"機動部隊Ω-7´"の隊員として。
ナイアさん「さっちんは拾った」
身内も容赦なく仕掛けるナイアさんは邪神の鏡。
ナイア・ルラトホテップ博士が再編した←ここ重要
ちなみにリップちゃんは霊体化して側にいます。シャイガイは後で持ってくるのでお留守番です。
後、この小説のさっちんの役職は
"ナイアルラトホテップ博士直属機動部隊Ω-7´所属兼メインエントランス受付係り兼ナイアルラトホテップ博士研究助手兼ナイアルラトホテップ博士秘書"
です。さっちんは投げキャラなのにナイアさんにブンブン振り回されてます。