さすがに日が落ちると凍てつくような寒さはではあったが、夜間の自主練習は熱気を帯びていった。
最初に自主練を始めたのは、副キャプテンの塩谷とショートの神田。そして二年生の控え捕手・多村の三人だけだった気がする。そこに俺が加わり、四番の川原が加わり、今では部員の大半が参加するようになった。
人数が増えると、可能な練習の幅もより広がる。
最近はサッカー部がグラウンドを使っているうちは内野でトスバッティングやバント練習。サッカー部が解散し外野が確保できるようになると守備練習やシートバッティングを行うのが通例のメニューとなった。
俺はというと、久々野のフォークを確実に捕れるようにするため、同じキャッチャーの多村と共にキャッチングの練習を重ひたすら繰り返していた。
『よし来ーい!もう一本!』
『集中しろ!今のは投げてれば間に合ったぞ!』
『体で止めろ!サードがそんなんでどうする!』
照明灯のカクテル光線に照らされながら白球を追う。捕れない打球にも食らいつき、ユニフォームを真っ黒にしながら「もう一本!」と声を上げる。その風景は神高に入って初めて見る「本物の野球部」そのものだった。
夏の大会のシード権を賭けた春季大会。もしかしたら、このチームなら。
そんな想いを胸に春季大会が開幕した。
◇ ◇ ◇
グラウンドに寒さを含んだ春風が吹く。春季大会一回戦、関市民球場。
公式戦のユニフォームを着るのは新入生への部活紹介の時以来であったが、これを着て体育館の舞台に立つのとグラウンドに立つのでは気分が違う。
神高ユニフォームのデザインは黒が基調。ソックスもアンダーシャツも帽子も黒。そして、胸には草書体で「神山」と入る、昔から変わっていない伝統のデザイン。
地味なんじゃないかという意見もあるが、このシンプルさはいかにも高校野球という感じがして自分としては好みだ。
ベンチからグラウンドへ出ると、一塁側のスタンドにちらほらと神高生徒を確認することができた。そういえば何人かに「試合見に行くよ」とは言われていたが、そう話していた人数よりも明らかに多い。そもそも神高には野球部強豪校のように全校で応援に駆けつける行事はないため、野球部関係者以外が試合を見に来る事は稀だった。
他の部員も気に掛かっていたようで、試合前の練習中でもついついスタンドに目がいってしまう。
「おいお前ら、集中」
ベンチ前に並んで整列を待つ段階になってもスタンドを気にしている部員がいたので、さすがに喝を入れる。するとさすがに全員がキリッとグラウンドの方へ集中し、あとは審判の合図を待つのみとなった。
「整列!」
審判の声に合わせてグラウンドの中央へ駆け寄る、いつもより大きい拍手がナインの背中を後押しした。
一回戦の対戦相手は「
名前だけを比べればコールド負けも覚悟しなければならないような実力差、背番号1番を背負った一年生エースの久々野はそんな怖さを知ってか知らずかいつもと同じように堂々と投げ込み、先頭打者を空振り三振。二番をピッチャーゴロ。三番をキャッチャーフライに討ち取る好調な滑り出しでスタートした。
対する藤柴高校のエースも対抗するように速球で神高打線を抑え込み、試合は投手戦となった。
5回まで終わって0対0。
ここまで神高の放ったヒットは3本。それに対して藤柴高校のヒットはゼロ。なんと久々野は高校公式戦初登板にして、ノーヒットノーランをやってしまいそうなピッチングを続けているのだ。
弱小校であるはずの神高に超高校級の投手がいたこと。そしてその超高校級の投手に完璧に封じられるという全く予想できない展開に、藤柴高校のベンチは焦っていた。円陣を組み、その中心で小太りな監督が顔を真っ赤にしながら怒号を飛ばす。それが終わると全員が肩を組み、球場中に響きわたるような「ウオォーッ」という声を上げて円陣が解けたのだった。
俺はその様子に見とれ、内心怖じ気づいてしまったが、ここでキャプテンが弱気になるわけにはいかない。
円陣の中心に歩み出て、余計な考えを振りはらうよう精一杯の声を張る。
「今のところは藤柴高校相手に互角に戦ってる、正直よくやってると思う。だけど互角にやるだけじゃダメだ!6回表を0で抑えて流れ作って、先制しよう!勝つぞ!」
「「オウ!!」」
相手方のような迫力は無いけれど、虚勢というほどでもないはずだ。
1点。この試合は1点あれば充分だ。今の神高にはそれを最後まで守りきる力がある。