俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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6話 どうして君は神高へ?

 結果だけを言うと、神高は見事勝利した。

 久々野は予定どうり3回を投げてノーヒットの快投。打線も序盤のうちに大量6点を奪った。

 チームとしてはこの上ない順調な滑り出しのように見えたが、ここからがまずかった。4回からリリーフした俺は四球を連発し3点を献上。神高打線も中盤からは全くの不発に終わり、追加点が奪えない。

 そうしている間に7回からマウンドを引き継いだノーコンサイドスロー・河崎も四球に暴投連発で失点を重ね1点差にまで追い上げられた。そこで痺れを切らした片野監督は河崎を降板させ、元ピッチャーの外野手・千島(ちしま)、塩谷も登板する総動員体勢。

 辛くも逃げ切り6―5で薄氷の勝利を掴んだのであった。

 

 試合が終わると、久々の勝利で高陽した部員たちは鮮烈なデビューを果たしたルーキーを褒め称え、久々野も恥じらいながらそれに応えてみせた。自分も3回3失点という結果を棚に上げて、その和に加わった。よくやった、ルーキー。だが高校野球はこんなもんじゃないぜ。先輩としてそんなことを伝えようとしたが、それはコイツが打ちこまれて高校野球の壁にぶつかった時にでも言ってやろう。と思って心に留めた。

 だが、そのタイミングはなかなか訪れなかった。

 

 翌日の練習試合にも久々野は先発し、前回より長い5回を投げ無失点。さらに翌週の試合でも7回を投げて、またまた無失点。三振も13個奪った。これで都合15イニング連続の無失点。それまでの対戦相手は決して強くないチームではったが、ボールの威力を見れば久々野が好投手であることは誰が見ても分かることだった。

 最近の練習試合を神高グラウンドで行っていたこともあって久々野の快刀乱麻のピッチングは一般学生の間にも知れ渡り、入学から1ヶ月経たないうちに一年生怪物投手は神高でも知れた人物となっていた。

 

 もちろんその事自体は嬉しい。喜ばしい出来事だ。

 久々野が投げていると打たれる気がしない。負ける気がしない。実際に久々野が投げた練習試合は3連勝中、この頃片野監督の機嫌もずっといい。

 だからこそ、ひとつの疑問が膨らんでいった。

 

 『なぜ、天才・久々野和巳は神山高校を選んだのか』

 

 そのことは野球部内では誰も触れられずにいた。あれほどの実力なら進学の際に強豪校からも声は掛っていただろう。しかし現実に久々野は、野球では名の無い進学校・神高を選んでいる。

 そこには間違いなく何かが隠されているはずだ。

 最初は、実は素行が悪いのではないかと予想したが、今のところその様子は見受けられない。むしろ、爽やかでひたむきな「模範的高校球児」とも言える。

 試合になるとひどく委縮するタイプなのか、とも思ったが15イニングを投げて失点0という結果の前ではその予測は外れであると言わざるを得ない。

 他の可能性を挙げるならば、家庭の事情じゃないのか。中学時代にヒジや肩を怪我したんじゃないのか。と、そんな調子で様々な憶測が部員たちの頭を巡る中、その答えはあまりにも唐突に明かされた。

 

「そういえば、久々野ってなんでウチの学校に来たんだ?」

 気になるなら本人に聞くのが一番早い。とばかりに、典型的な後先考えず行動するタイプ、センターの末広が久々野に突然切り出した。授業終了と練習開始の狭間の弛緩し切った時間帯、その一言で狭い部室の空気が一気に張り詰めた。

 皆、気になりつつも口にしてはいけないと警戒していただけに、厳しい視線が集まる。俺は慌てて止めようとしたがもう遅い、聞き手に徹することを決め、耳を寄せる。

 末広は悪びれる様子もなくさらに続けた。

「その実力ならどこ行っても通用するだろ。・・・あ、そういう意味じゃないよ、単純に気になっただけ」

 皆、身を前に乗り出す。注目が久々野へと集まり、不自然な沈黙が流れる。

 だが、久々野は笑みを浮かべてなんともあっさりと答えてみせた。

「家から近かったんで神高にしました。だってほら、その方が便利じゃないですか」

「俺と同じじゃん!やっぱり近いほうがいいよな!」

 なんとも拍子抜けした話だ。天才の考えることはよく分からない。

 周りを見ると全員が呆気に取られた顔をしている。そして、やれやれという顔をして三々五々、ぞろぞろと練習に向かうのであった。

 末広と久々野はそんな周りの様子も気にせずに高校選び談義に花を咲かせる。

「でも野球推薦の話なんかはあっただろ?県外から誘われたりはしたのか?」

「そうですね、愛知とか大阪とかの高校から声は掛けられました」

 エナメルバッグを左肩に掛け、黙々と部室を後にする準備を始める。

「いやー、大阪からの誘いとは凄いな。それにしても、わざわざウチに野球しに来てくれてありがとな~!」

 なんでもない一言のようには聞こえたが、そこで久々野の表情が曇ったのが見えた。

 常に自信を持って堂々としている久々野がこんな表情を見せるのは初めてのことだ。

「おい!ちょっと!」

 思わず声を掛けてしまった。二人がこちらに顔を向ける。久々野はいつもどうりの明るい表情に戻っていた。

「・・・そろそろ練習始まるぞ」

「わかった!今すぐ行く」

 末広は足元の通学用カバンからはみ出ている制服を力ずくで中に押し込み、荷物を纏め始める。

 

 さっきの表情はなんだったのか。そう思案する俺の横を通って久々野はグラウンドへ向かった。

 


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