俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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4話 剛球と変化球

 ボールを受ける左手が痛い。人差し指の感覚が無くなりそうだ。

 昨日のノックで快送球を見せ、非凡な才能の持ち主であることを誇示した久々野は、今日は監督の指示でブルペンに入って本格的な投球練習を行っている。キャッチャーは正捕手の俺。

 そのボールは凄まじいもので、140km/h近いであろう速球と、それに加えて変化の大きいチェンジアップ。キレの鋭いフォークも投げることができた。

 ボールを受けてみて改めて分かる。コイツは天才だ。

 

 キャッチングに苦労しながらもブルペンで良い音を響かせると、内野でノックを受けている何人かが驚いた顔をしてこちらの方を見た、そしてニヤニヤとした表情に変えて近くにいた奴と何かを話し合っていたのであった。恐らく「スゲェな」とか「ヤベェな」とかそういった類だろう。実際、ボールを受けている俺も嬉しくて仕方がなかった。弱小公立高の神高にこんなにも良いピッチャーが来てくれたのだから。

 

 嬉しいことには嬉しかったが、左手が本格的に悲鳴を上げ始めた。今日のところは限界だと悟り、投球練習を切り上げさせる。

「終わりですか?」

「まだ入部して間もないだろ、抑えめに行こう。ほれ、クールダウン」

 緩い山なりなボールを投げてキャッチボールを促した。

「改めて実感したけど、お前やっぱり凄いよ」

「そんな事ないですよ」

 スピードは無いながら、ノビのあるボールが返ってくる。

「いや、俺が受けた投手の中で一番凄い。素直に感動した」

「感動は言いすぎでしょう」

 とにかく今は「凄い」という単語しか出てこない。人を褒める語彙力の無さに悲観した。

「いやいや、まぁ、凄いよ。お前は。一応聞くけど中学時代は硬式だよな?」

「はい、中一から硬式でやってました」

 野球の強い学校から誘われなかったのか?と聞こうとしたが躊躇した。久々野のレベルなら間違いなく強豪校からのスカウトはあっただろう。ただ、何らかの事情で行けない、もしくは行かなかったに違いない。

 まだ知り合って二週間しかない俺がその事情に踏み入るのは横柄な気がした。

「やっぱりか、それなら硬球に慣れてるのも納得した」

 その事情を聞くのはしばらく後にして、ひとまず天才が神高野球部に来てくれた喜びを噛み締めることにする。

「そうだ、この後のフリーバッティングで投げるか?早いうちに実践に慣れといた方がいいだろう」

「はい!投げたいです!」

 どうやら久々野自身は投げたくて仕方がないというタイプだ。投手向きな性格ではあるが、放っておくと投げすぎてしまうこともあるので、球数の管理が必要かもしれない。

 

 監督にフリーバッティングでの登板について訊くと「三人だけなら投げていいよ」と了承を得られたので、久々野に準備しておくよう伝えた。

 

 その日のフリーバッティングでは二三年生が新しく入った後輩に「さすが先輩」という所を見せたかったのか、大振りが目立った。ただそれでも、時折の大飛球に一年生は驚きの声を上げ。先輩打者はその度にドヤ顔で応えた。

 

「あと打ってないヤツは?」

 周りに聞くと。控えの二年生二人と、マウンドの河崎が返事をした。

「三人か・・・よし、河崎、下がっていいぞ。久々野ー、マウンド上がれー!」

 ベンチ前でキャッチボールをして肩を暖めていた久々野を呼び付け、マウンドに上げる。捕手も二年生でキャッチングに難のある多村に代わって、俺がマスクを被った。

「軽めでいいぞ、軽くで。落ち着いて」

 ミットを叩いて自分自身も落ち着けさせる。

 

 久々野は指示どうり軽く投げていたようだが、マウンドから投じられたボールにはブルペンの時とはまた違う迫力があった。綺麗なスピンの掛かったストレートに打者は完全に振り遅れ、さらに時折チェンジアップを織り交ぜる投球であっという間に軽々と三人を抑え込んだ。ある程度の結果は予想していたが、こうも完璧にねじ伏せられるとは・・・。

 翌日のフリーバッティングにも久々野は登板。今度は主軸のメンバーが挑んだが全く歯が立たず、その後もバッティングピッチャーを務めるたびに完璧な投球を披露した。

 

 その頃から部内に変化が現れ始めた。

 数人の二三年生部員が部活終了後も自主練習を行うようになったのだ。一年生に抑えられた悔しさからか、天才を目の前にして触発されたかは分からないが、俺のその輪に加わって汗を流した。

 もっとも俺は「キャプテンなのに自主練に参加しないのでは顔が立たないから」という理由ではあるが。

 

 春の大会を前にしての、単なる悪あがきかもしれないが、それでも部の雰囲気が変わりつつあることは確かだった。

 


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