俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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3話 天才の片鱗

 新入生勧誘週間が終了し、神高はいつもの落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 片野監督から聞いた話だと、新入部員7人のうち6人は勧誘週間の初日。つまり体育館で部活紹介を行うより前に仮入部届けを出してくれたそうで、結局自分の演説にはあまり効果が無かったようだ。

 ちなみに、今年もマネージャーの仮入部希望者はゼロ。「最後の夏こそ女子マネージャーを!」と意気込んでいた三年生は落胆していた。

 

 正式な入部手続きが終わり、改めて野球部新入部員がグラウンドに顔を見せた。一列に並んだ一年生のその顔ぶれを見て思ったのだが、二歳下とは思えないほど若々しいというか「中学生っぽく見える」。

 自分もこんな感じだったのだろうか。

 二年前の自分を思い返す。いや、当時の俺はそんなに「中学生っぽさ」はなかったと思う。たぶん。

 

 入部してくる一年生は大抵、緊張していて、どこかよそよそいしい態度を見せるものである。

 カチカチの敬語を駆使し、あいさつは「ちわっ」という部活あいさつではなく「こんにちは」。お調子者の三年生・末広が放つショーモナイ冗談にも真面目に耳を傾け、手にする硬球の扱いづらさに驚く。

 今思えば俺も一年生の時はこんな感じだった気がする。

 

 風物詩ともいえる例年どうりの一年生の様子ではあったが、その中に一人例外がいた。

 そいつは低い身長の割に、常に堂々として自信に満ちた表情で、その振る舞いには二、三年も若干困惑していた。

 「生意気」という意味ではない、ほかの一年と同じように敬語で話かけてくるし、俺の言うことも素直に聞き入れるおとなしさがある。

 ただ、一緒にグラウンドに立ってみるて分かる「雰囲気」というものがあり、まだプレーを一度も披露していないのにも関わらず、気付けば一年生集団を引っ張るリーダー的な存在にもなっていた。

「一年生らしくないな」

 悪い意味ではない。俺も率直な印象としてそう思った。

 

 その一年生の名前は「久々野(くぐの) 和巳(かずき)」。右投げ右打ち。希望ポジションは投手。

 

 

 部内での久々野の評価が「なんか雰囲気のある一年生」から変わったのは、新入部員をショートの守備位置に集めてノックをした時の事だった。

 

「一年生!行くぞー!」

 二日ぶりにグラウンドに現れた片野監督が三遊間へとノックを打つ。

 最初に受けた一年生はボールには追いついて打球の正面に構えたが、綺麗に又の間を抜けトンネルしてしまった。

「腰しっかり落とせー!もう一丁!」

 捕手の俺は苦笑いしながら監督へとボールを渡す。今度は腰はしっかりと下げていたが、グラブの土手に当ててこぼした。

 その後もほとんどの一年生がまともにボールを捕れない。投げれない。だがこれは毎年のこと。一年生は中学の部活を卒業してから半年以上、まともに野球をしていないのだ。

 俺も入部して最初のノックでいきなりミゾオチに打球を食らったのは今となってはいい思い出だ。

 

 6人目の一年生がボールを弾いたうえにファーストに大暴投した後、久々野に順番が回ってきた。

「お願いします!」

 ショートの位置からグラブを掲げて久々野が大きな声を出す。あの一年生がどんな動きをするのか、グラウンド全員の注目が久々野の一点に集まった。

 俺は監督にボールを渡し、監督は三遊間へとノックバットを振るった。

「あっ!ゴメン!」

 監督も思わず声が出るほど、打ったボールが三塁方向に大きく逸れた。

 しかし久々野は体を素早く打球の方へ向けてダッシュすると、追いついて逆シングルで捕球。

 その時点で周りから「おおっ」という驚きの声が上がったが、そこから久々野はさらに予想以上のプレーを見せた。

 右足を思い切り踏ん張って一塁へ送球。三遊間の深い位置から投げられた剛速球は低い軌道で「シューッ」という音を立てて一直線に一塁へ。

 ファーストの福寺(ふくでら)は予想外の快速球に驚き、体勢を崩しながら捕球。凄まじい音でミットに収まった。

 

 二、三年生を含めても、神高にこんなボールを投げる選手はいない。今のワンプレーを見れば久々野が「別格」であることは明らかだった。


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