俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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2話 来たれ野球部

 気温もずいぶんと暖かくなり、いよいよ春の大会が迫ってきた。

 練習試合ではいつもどうり勝ったり負けたりを繰り返しているが、戦力的には今のチームは悪くないと思う。

 四番の岸川は相変わらず打ちまくってるし、ショートの神田(かんだ)の守備も安定してきた。センターの末広(すえひろ)も調子に乗れば充分活躍できる。

 

 四月一日、入学式。

 

 それとともに神高では新入生の争奪戦が始まる。「争奪戦」というのは誇張表現ではない、文化部の数が50近く存在するため、どの部活も新入部員を求めて必死の勧誘活動を行うのだ。

 

 入学式の次の月曜日から新入生勧誘週間という特別週間が設けられ、朝と放課後、一年生は常にどこかの部活から勧誘されているような状態になる。

 部活に興味のない生徒からすれば何とも迷惑な話だが、この部活熱があるからこそ「部活の殿堂神山高校」が受け継がれていると考えると、ある意味仕方ないのかもしれない。

 勧誘週間中、放課後には体育館のステージで部活紹介が行われる。ただ、部活動数が多いため月曜日から木曜日までの四日間に分けられ、野球部の出番は最終日、木曜日の四日目に割り振られた。

 

「長坂、部活紹介出ろよ」

 勧誘週間の初日。昼休憩に職員室に呼び出され、片野監督から部活紹介を任された。キャプテンである俺にお鉢が回ってきたのは予想どうりではあったが、ひとつ気になることがあった。

「出るのは俺一人だけですか?」

「そうだ。文化部は実演とかできるけど、ウチはムリだからな。喋るだけなら1人で充分だろう」

 一年生だった頃に見た部活紹介の記憶を思い起こす。確かに文化部のステージは華やかなものであった。演劇部は寸劇を披露し、奇術部は大がかりな人体消失マジックを成功させた。

「舞台上でキャッチボールとかピッチングとか見せたらいいんじゃないですか?」

「万が一逸れた時に危ないって理由でダメだった。まぁ、気張らずに頑張れや」

「・・・わかりました」

 さて、どうしようか。指名される事は予想していたが、何も事前に準備はしていないし、自分は決して口が上手いほうではない。喋りの上手い部員に代打を頼もうかと思ったが、監督に「キャプテンが出るんだぞ」と念を押されて逃げ道は無くなった。

 とりあえず公式戦のユニフォームを着てステージに上がることだけしか決まらず、ダラダラと日にちは過ぎて当日の木曜日を迎えた。

 

 

 

「まずい・・・」

 目の前の舞台では、先番の古典部の部員がユーモアを交えた見事なトークで会場を盛り上げている。部活のことにはあまり触れていない点が気になったが、今は他の部活の心配をしている場合ではない。

 実をいうと、話す内容はまだこの段階で纏まっていない。「紹介を簡単に済ませる部活も結構あるらしい」という話を聞いていたので、じゃぁアドリブで大丈夫か。とタカを括っていたが、この上手い喋りの後に出るのはどうも気が引ける。

 

「続きまして、野球部の部活紹介です」

 体育館のスピーカーから流れたアナウンスを聞き、舞台袖からステージの中央へと歩み寄る。

 ステージ中央には演説用の台が設けられ、その上に無造作にマイクが転がっていた。ここまで用意してくれるならマイクスタンドも用意しておいて欲しいものだ。

 マイクを持ち上げ、スイッチを入れる。

 

「えーっと・・・野球部、キャプテンの長坂尚也です」

「自分たちは甲子園を目指して、日々練習に取り取り組んでいます」

「決して強いチームではありませんが、部員全員仲がよく、明るい雰囲気で野球を楽しんでいます」

「野球を通して仲間との絆を深めたい。野球を通して大切な仲間と青春を送りたい、という人は、グラウンドにぜひ来てみてください」

「そして、野球部には興味のない人も、7月の県予選の時には、応援よろしくお願いします」

 礼をすると、それなりに拍手が起こり、とりあえずやりきったことに安堵してマイクを置くこうとした。が、ある事を思い出し、慌ててマイクを持ち直した。

 「あっ!あと、マネージャーも募集してます!特に女子に来てもらえると嬉しいです。今はマネージャーいないんで、男子マネージャーでも大歓迎します。よろしくお願いします」

 最後の慌てように一年生からは失笑が起こった。だが、ひとまず使命をまっとうした満足感で一杯になった。


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