県南部から地元の神山市へ、2時間掛けて高速バスで帰還。
到着した頃には、既に市の西に位置する連峰に夕日は沈み、時刻は夕方から夜へと移り変わろうとしていた。
「全員いるかー?」
神山市の中心部、神山駅。駅前の広場で点呼を取る。
日曜の夕方とあって人通りが少ないとはいえ、20人ばかしの集団がこのままたむろする訳にはいかない。ミーティングを手短に済ませる。
「全員いるな?よし。今日はお疲れさん」
面々の顔を伺うと、激闘と長旅から疲労の色を隠せないようでいた。
一刻も早く解放してやりたいが、今日のうちに、今のうちに言っておかなければいけないことがある。
「・・・今日の試合前に『負ける』と思ってた奴。手を挙げてくれ」
唐突に問いかける。
皆は一瞬困惑したが一人二人と手を上げ始め、結局殆どが『負けると思っていた』ということを明かした。
「・・・まぁ、そうだろうな」
「だけど俺達は勝った。つまり、自分たちの実力を何ひとつ分かっちゃいなかった。ってことだ」
「・・・じゃあ次に聞こう。『甲子園4強に勝った俺達は強いか?』」
ほぼ全員が頷く。
「勝った」という事実を改めて噛み締めた部員から、笑みがこぼれる。
「よし、・・・最後にもうひとつ聞こう『この夏、甲子園に行くのは俺達だ』。そう思ってる奴は手を挙げてくれ」
『甲子園』。
その言葉の重さからさすがに雰囲気が引き締まり、どうリアクションをしていいのか迷っているようだった。
隣の者と顔を見合わせ、難しいだろう、甲子園なんて、と自信の無い言葉が交わされる。それは塩谷や多村といった「ガチ勢」の面々も同じ。重い雰囲気のまま停滞してしまった。
ダメか、やはり万年初戦負けチームの想いなんてのはそう簡単に変わらないものなのか。
俯きかけたその時、誰かが手を挙げたのが見えた。
手を挙げたのは末広だった。
「行けるよ!単純な話だろ?俺達は甲子園に出たチームに勝ったんだ!だから、俺は自身を持って言える。甲子園に行くのは俺達だ」
同調するように徐々に手が上がり始める。「つられて」ではない。全員が今日の試合で自分たちでも勝てることを身をもって味わった、そして本気で「甲子園に行ける」と信じ、強い意志をもってそれを表す。
最後のひとりが手を挙げた瞬間。神高野球部の想いはひとつになった。
「俺達が甲子園に行こう。神高の歴史に残るような、伝説の夏にしよう」
「「おう!!」」
沈む夕日とは対照的に、俺達は希望で煌々と燃えていた。
「いやー、今日は勝てて本当に良かった。それにしても最後は上手くまとめてくれたな」
暗くなった夜道。塩谷と並んで家路につく。
駅から更に徒歩で暫く歩くことになる俺達。疲れから自然といつもよりゆっくりな足取りになる。
「あんなの何も考えずに言っただけだ」
「それでも改めて部の総意をひとつにできたのは大きいよ。じゃないと『ただ勝っただけ』になるところだった」
『勝っただけ』か、そもそも今日の試合を仕組んだ目的はチームの想いを統一するためだったのだ。だから「甲子園4強を相手に勝つ」というのはあくまで通過点でしかなかったということになる。
「『勝ちを通してチームを纏める』それがこの練習試合の目的でもあったからな。全部が良いように転がってくれた」
「じゃあ、もしも今日の試合。ボロ負けでもしたらどうするつもりだったんだ?」
「それは・・・どうしたんだろうな、考えてなかった」
塩谷が驚愕し、困惑の表情を見せる。今言ったことは本当だ、上手くいかなかったときのプランなんか用意してなかった。
「ま、まあ何より、長坂のおかげもあって最高の状態で夏を迎えられるわけだ」
歩みを止める。
「いや、まだ全部が解決したわけじゃない」
塩谷はその意味を理解できなかったのか、首を傾げた。
「長坂キャプテン、塩谷さん」
聞き覚えのある声を背後から掛けられる。
「久々野、いたのか!」
「話があるんですけど、今からいいですか」
塩谷の呼びかけを遮って切り出される。
久々野の只ならぬ雰囲気から直感した。
「『あの話』だろ?」
久々野は何も言わず頷く。
神高の抱えるもうひとつの問題、それは『エース・久々野の引き抜き』。暫くはそれに関する動向こそなかったが、久々野は「愛知の名門・名京商業へ転校する」という意思を一度表明している。
転校のリミットは夏の大会まで、時期としてそろそろ。といったところである。
「・・・よし分かった。塩谷、お前も付いてきてくれ」
神高野球部にとってターニングポイントとなった激動の1日。今日はまだ終わりそうにない。