県北部にある神山高校から、南部まではるばる電車を乗り継いでついに到着した。
決戦の地、岐阜県立垣田商業高等学校。
そしてその学校の敷地の多くを占める『垣田商業野球部専用グラウンド』。
内野にきめ細かい黒土が敷き詰められ、バックネット裏には数段のスタンドが設けられている。まさに学校の敷地内に野球場があるといった感じだ。
ストレッチの最中に専用グラウンドを見渡し、神高が他の部とグラウンドを兼用している状況とは天と地ほどの差であることを改めて痛感した。
一塁側のベンチ前では、対戦相手の垣田商業1、2年生がキビキビとキャッチボールをこなしている。
自分より年下とはいえ、さすが名門校。ガタイだけなら明らかに俺よりひとまわりもふたもわりも大きい者がいるし、口調から関西出身であろうと思われる者もいた。
そして彼らの着ている練習着には、右胸に「垣田商業」の文字が。その名前は野球を始めた頃から高校野球の中継で何度も見てきた。
この練習試合を前に1、2年生の有力選手を調べておいた。
2年生の中で春季大会のレギュラーに抜擢されたのは2人。
センターを守る俊足好守の守備職人『
そして大阪出身、強肩強打の大型捕手『
他にも、今日のスタメンには春季大会でベンチ入りを果たした有力1、2年生が名を連ねている。だがそれでもこの2人は頭ひとつ抜けていると言っていい。要注意すべきだろう。
「オイ、最後に長坂、何か言っとけ」
整列直前、円陣での監督から促された。
自分にとっては決戦ともいえる大事な試合の直前、自身に言い聞かせる意味も込めて叫んだ。
「俺は今日、甲子園4強相手に『健闘しよう』なんて微塵も思ってない。絶対に勝とう!いくぞ!!」
オウ!と力強い声が返ってきた。末広らは苦笑していたが俺は本気だ。
垣田商業が先攻、俺達神山高校は後攻で、神高野球部の決める運命の練習試合は始まった。
1回表、垣田商業の攻撃。
要注意の俊足・青野をいきなり先頭打者として左打席に迎える。
内野安打とセーフティを警戒し、サードの塩谷とファーストの福寺を前進するようサインを出す。
第1球目。最も自信のあるストレートを選択。
しなやかなフォームから快速球が放たれる。アウトローへと構えたミットに向かって一直線に迫り来る。よし、決まった。
キィン!
迷うことなくバットを鋭く振り抜かれ、レフトへ大きなフライが上がった。
「レフトー!!」
岸川がバックしてボールに追いついた。
「アウト!」
・・・アウトは取れた。だが久々野の自慢のストレートを、試合開始直後の初球でいきなり振り抜かれた。
想定以上の青野の能力の高さに困惑し、ひとつめのアウトを素直に喜べずにいた。
だが、それは青野に限った話では終わらなかった。
続く2番打者も追い込みはしたが、空振りを取りに行ったチェンジアップを芯で捉えられ痛烈なセカンドゴロ。
3番にも初球のストレートをセンターに弾き返されピッチャーラナー。
それまで対戦したチームは大抵、超高校級ともいえるストレートに圧倒され初回に鋭い当たりが飛ぶことなど滅多に無かった。だが、今日はいずれのボールも簡単に打ち返された。強豪校の打線というのはこうも違うのか。
垣田商を三者凡退という結果に歓喜するベンチをよそ目に、ひどく悲観的な気分でナインはグラウンドから引き揚げた。
「長坂さん」
ベンチの一番奥に腰掛け捕手防具を外す最中、久々野が話しかけてきた。
「今日の自分のボール、正直なところどうですか」
表情は茫然としている。やはり打たれた本人が一番気になってるようだ。
「良いボールは来てる。だが、残念なことに向こうが何枚も
まだ1回表が終わったばかりだ、この調子で残り8イニングを戦い抜くことができるのだろうか。
不安に駆られ思わず俯いてしまう。
「シャーッ!!ナイセン末広!」
鋭い声に反応し意識が試合へと戻った。
グラウンドに目を向けると末広が一塁に向かい、二塁に千島が立っていた。
1、2番の2人が出塁しているという事は、つまりまだノーアウトで一二塁のチャンス。これからクリーンアップへと繋がる。
1回表で圧倒されたことから攻撃面でも苦戦を強いられると覚悟していた。しかし、予想外とも言える大きなチャンスがいきなり生まれた。これは何としても生かすべきだろう。
「塩谷!頼むぞ!」
ベンチの最前列に乗り出し、打席に向かう塩谷の背中に向けて祈るような気持ちで声援を送った。
◇練習試合
一二三 四五六 七八九 計
垣田商 0 0
神 山 0