俺が計画した『作戦』の準備はトントン拍子で進み、準備は全て整った。まぁ、何より自分が半ば強引に進めたせいでもあるが。
そして、全てを実行に移す時が訪れた。
2日間降り続いた雨が上がり、清々しい晴れ間が訪れた水曜日。
いつもどうりに午後の授業が終了し、グラウンドにわらわらとユニフォームを着た部員が集まってくる。今日は末広の姿も見える。
久々野もいつもどうりグラウンドに現れた。「あの事件」以来、久々野はこちらを気にしているようで俺や塩谷とはできるだけ顔を合わせないようにしているようだった。
「みんな!練習始める前にちょっといいか?」
注目を集め、俺は前に勇み出る。
「監督から伝言を預かってる」
「急な話になるが、次の日曜日に『
「垣田商業」という言葉を口にした瞬間、全員が仰天し目を丸くさせた。
「垣田商業って、この春のセンバツ甲子園でベスト4の?」
そう聞いてきたのは末広だった。
「そうだ」と返すと末広は大袈裟に両手を広げてみせ、何か言いたげな表情を浮かべたものの何も続けてはこなかった。
「向こうは1、2年生メインのメンバーで来るそうだが、それでも名門であることに変わりない。全力でぶつかって行こう」
「・・・何か質問は?」
静まり返った部員たちからの反応はない。
「無いな!じゃあ練習始めるぞ!」
奇妙な空気を振り切るように勢いよく区切りを付け、キャッチボールの準備を始めた。
『垣田商業』は本県の高校野球を長年牽引してきた超名門校。ウチの県で甲子園に行くなら「垣田商業に行くか、もうひとつの強豪・翔陽学園に行くか」と言われるほどで、県内では最強に近い強さを誇っている。
そして同校はこの春のセンバツ甲子園にも出場。他県の強豪を次々と下し、見事ベスト4に輝いた。
「何があったんだ!?」
事態の飲み込めない塩谷が、血相を変えて問い詰めてきた。
「甲子園4強との練習試合をセッティングなんて大がかりな事を、あの省エネ監督がするとは思えない。あるとすれば長坂、お前の差し金か何かがあったに違いない!何をしたんだ!?」
その通り。この練習試合を行う直接のキッカケを作ったのは俺だ
「そうだな。これはどこから話せばいいのか・・・」
それにしても余り食いつきがいいので、少しだけ勿体ぶってみせる。
「実はウチに県内の強豪から練習試合の誘いが多数来てるのは知ってたか?」
塩谷がキョトンとして首を振る。
「そういえば最近、格上のチームとの練習試合が多いなとは思ってたけど・・・。あれこそ監督が申し込んでくれたんじゃないのか?」
「逆だ。強豪校から『ウチに向けて』申し込みが多数寄せられている。
そして、なぜウチのような万年初戦敗退のチームに、強豪が練習試合を頼み込むのか?その理由は簡単だ。それはひとえに『久々野のおかげ』だ」
「『天才1年生投手』。県内の高校にとってあと2年間は久々野は脅威ともいえる存在だ。だからこそ、早いうちに対戦しておきたい。というのがあるんだろう」
驚いた表情を浮かべ、ここで一旦納得したのか頷く。
「そこでだ。監督に『申し込みの来ている中で一番強い県内の高校はどこか』と聞いたところ。それが垣田商業だった。ってワケだ」
それでも一筋縄で試合にこぎつけることができた訳ではない。監督はそれまでの強豪から練習試合の申し込みを、なんとほぼ全て断っていたのだ。なので垣田商業からの練習試合申し込みは存在すら中々明かそうとしなかったが、粘り強い交渉の末この練習試合を実現することができた。
「でもちょっと待ってくれ。それにしても何で、いきなりそんな『甲子園ベスト4』との試合なんだ?普通は身の丈に合ったレベルのチームと試合していくのがセオリーだろ?それがなんでいきなり県内最強の・・・」
そう。今度の練習試合の最大の要点はそこだ。
「県内最強が相手じゃないとダメなんだよ。県内最強と戦わないと、俺達が甲子園に行けるかどうか、分からないだろ」
「甲子園・・・?」
唐突な「甲子園」という非現実的なワードに、塩谷は再び目を丸くさせる。
「いいか、日曜日の垣田商業との試合で『俺達は甲子園に行けるかどうか』ってのをハッキリさせるんだ」
言葉が出ないのか、困惑の表情のみを浮かべ何も返してこない。
そして、垣田商業を選んだ理由はもうひとつある。今年の春のセンバツ甲子園で、垣田商業が『愛知の
そう、名京商業は久々野が転校する予定の高校だ。
バカバカしい程単純な話、名京に勝った垣田商業に神山高校が互角に戦えば・・・。何か久々野へのアピールになるのではないか、と心のどこかで思った。
この試合で重要なのは「俺達でも本気でやれば甲子園に行けるかもしれない」という事を、全員に体感して貰うことだ。
仮に成功して末広たち「ほどほどに野球をやりたい」奴らがヤル気を出したとしても、久々野が去ってしまえば元も子もない。
垣田商業に大敗し、完璧に打ちのめされるような事になった場合。もうこのチームは二度と元に戻らないだろう。本気でやっていや者たちも目を覆いたくなるような現実に意気消沈し、部員全員が腑抜けたような状態で夏を迎える可能性すらもある。
とにかくこれは賭けだ。上手くいく保障もないし、上手くいったとして事態が好転する保障もない。
神山高校野球部は破滅か再生か、どちらかの道へと走りだした。