俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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12話 相反する正しさ

 兆候はあった。

 

 十年に一人の天才一年生ピッチャー・久々野(くぐの)和巳(かずき)の入部。

 それに触発され「勝利を目指す部員」が現れ始めた。しかし、時を同じくして「それを煙たく思う部員」も現れた。

 それでも互いに干渉する事は無く均衡を保っていたが、あの一件でそれが決壊。両者の間はより明確になり、方向性の違いはより広がって行った。

 

 かつて時折自主練にも顔を出していた花川と福寺は普段の練習も手を抜くようになり、末広に至っては練習にも姿を現さなくなった。

 それに対して、塩谷や神田といった「勝利主義」とする部員たちは普段の練習メニューの強化を提案し、若干の無理強いをしながら練習に臨んでいる。

 

 このように二極化しつつある中、特に3年生部員の対立は深く、互いを牽制し合あうようなピリピリとした雰囲気が漂う。

 

 

 

 週末の練習試合。県の古豪「岐阜第一商業(ぎふだいいちしょうぎょう)」との対戦が組まれた。

 しかし、格上の相手こんな状況ではまともな試合になる訳もなく、無様にもエラーと連携ミスを連発。普段は安定感抜群の久々野も険悪な雰囲気に影響されたのか四球を重ね、0-9と酷いスコアで負けてしまった。

 

「「ありがとうございましたー」」

 整列を終え、唇を噛みながらベンチへと向かう。

 そこで再び2つの集団に別れ、塩谷達のグループはこの結果に憤怒し、悔しさを滲ませた。末広達のグループはこの結果を気にせず、いつもどうり明るく前向きに振舞って見せた。

 それは互いに「自分たちが正しい」と主張して見せつけているようで、なんとも幼稚な演出のように思えて仕方なかった。

 

 

 

 日も傾きかけた頃、家路につく。学生服姿の野球部員たちが人通りの少ない休日の夕方の道を、目一杯広がって歩く。

 練習試合後、陸上部に速やかにグラウンドを明け渡す必要があったため、すぐさま解散とした。

 残念な話ではあるが、部員がグラウンドでいがみ合う姿を見ることの無いこの瞬間こそが、一番安心できるかもしれない。

 

 気付けば帰る方角が俺と同じ、塩谷、久々野の3人のみとなっていた。

 塩谷は試合後の怒り任せな状態と打って変わって冷静さを取り戻し、他愛もない雑談に講じている。今のタイミングならあの話をしても受け入れてもらえるかもしれない。

 

「なあ塩谷、末広らと話し合う気はないか?」

「また突然だな・・・『放っておけ』って言ってきたのは向こうだ。取り繕うつもりはない」

「いつまでもそんなんじゃ、ラチが明かないだろ」

「正直俺は今のままでもいいと思ってる。これからは勝ちたいヤツだけで戦えばいい」

 これ以上議論する気が無いという意思の表れか、塩谷は目線を明後日の方向に逸らした。

 俺達の後ろに付いている久々野はというと、この険悪なムードに気まずそうにしている。

 

 塩谷とは長い付き合いになるが、コイツは時折強情になる場面がある。そういった時は放っておけば自然と普段の冷静さを取り戻すはずだが、今の俺達にはその「時間がない」。

 夏の大会まではあと2か月ほどしか時間が残されていないし、今のままでは間違いなく勝てない。残酷ともいえるその事実を突きつけるべきか、悩んだ。

 

 

 

「ちょっと君、久々野くん?」

 野太い声が突然後ろから掛けられ、振り返る。見覚えのないスーツ姿の中年男性が立っていた。日焼けした黒い肌がよく目立ち、そして野球部の俺達にも劣らない大柄な体格からはどことなく威圧感を感じた。

「久々野和巳くんだね?元、愛知山本中学の・・・いや、鏑矢(かぶらや)中学の」

「・・・藤成(ふじなり)監督」

「久しぶりだな、2年前の夏以来か」

 「藤成監督」と呼ばれたその男は笑顔で語り掛けたが、久々野は困惑した表情を見せる。

 「監督」は俺と塩谷の存在を無視しているようで、こちらにはお構いなしに久々野との会話を進めた。

「急で申し訳ないが、少し話したいことがある。来てくれないか」

 

 その男は付いてくるよう促し、踵を返して歩み始めた。久々野は付いていくか一瞬躊躇するように立ち止まり、こちらに軽く礼をしてから後を追った。やがて久々野がその男に追いつく頃に、2人は曲がり角に消えていった。

 

 突然の展開に呆気に取られ、俺と塩谷のみが残された。

「何だ今の人・・・。久々野が付いていったけど大丈夫なのか」

「何か様子がおかしかったよな」

 おかしい。久々野は明らかに「距離を置きたい」というリアクションをしていた。

 なのにも関わらず『付いていかざるを得ない』事情があるのか?

 

「いや、長坂。やっぱり気にしなくて大丈夫なんじゃないか?」

「どうしてだ」

「そういえば久々野はあの男を『監督』って呼んでた。って事は普通に考えて中学の野球部の監督だろう」

 塩谷が自信を持って答えてみせる。

 俺も始めはそうだと思った、だけど何か引っかかる。

 久々野と「監督」と呼ばれる男の間で交わされた会話を思い起こす。

 

 ・・・そうか、分かった。

「残念だが、その予想は多分違う。

 男は久々野に会うのが『2年前の夏以来』だと言っていた。だが、前に久々野と同じ鏑矢中学出身の1年生から聞いた話だと、確か転校して来たのは去年の夏の事だ」

 塩谷は首を傾げてみせる。

「どこかおかしい所があるのか?」

「考えてみろ。

 もしあの男が久々野の『転校前の中学の監督』だったら、会うのは学校を去った『去年の夏以来』になる。男が転校後の『鏑矢中学監督』なら、会うのは卒業した『今年の春以来』の再会になるはずだ」

 塩谷がはっとした表情を見せ、腕を組んで考え込む。

 

「分かった。硬式のクラブチームの監督だろう。それなら説明がつく」

 それも矛盾が生じる。

「入部した時『自分は軟式野球出身』だと言っていた。ちなみに言うと、久々野は『中学から軟式野球を始めた』と言っていたから少年野球時代の監督でもないぞ」

 なるほど。と呟いて再び腕を組んで熟考を再開する。

 しばらく経ってそれが解けると共に、真っ直ぐこちらを見据えた。

「確かに。それなら久々野に『2年前の夏ぶりに会う監督』はいるはずがない」

 

 謎は深まるばかりだ。「久々野が会ったことの無いはずの監督」「その人物に付いてく状況」。

 

 なんだろうか、胸騒ぎが止まらない。

「追いかけるぞ」

「えっ?」

「いいから行くぞ!!」

 普段なら絶対にこんな行動には出ないだろう。だが、この日の俺はどこかおかしかった。

 この時の選択が大きな意味を持つことも知らず。俺は2人の後を追い始めた。


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