俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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◇春季岐阜県大会一回戦
   一二三 四五六 七八九 計
藤柴 000 001     1
神山 000 000     0



10話 次の1点

 痛恨のスクイズ失敗でチャンスを逸した後、守備に就くナインには重い空気が流れていた。

 それに影響されたのか、久々野は先頭打者に対してド真ん中に棒球を投げてしまいサード強襲の内野安打。次打者のバント失敗で一息つけるかと思いきや、続く七番打者に痛烈なライト前ヒット、八番には死球を与えてしまいワンナウト満塁のピンチ。

 ここに来て久々野の投球が荒れ始めた。これはマズい、久々野が崩れたら神高はもう終わりだ。

「どうした、疲れてきたか?」

「まだ全然大丈夫です。気合い入れ直します」

「頼むぞ、打たれても優秀な先輩達が守ってやるから。安心して投げろ」

「任せてください」

 グラブを差出し、ボールを要求してくる。まっすぐとこちらを見据えた瞳からは、まだ闘志を感じることができた。押しつけるように渡したボールが良い音を立ててグラブに収まる。

「よし!絶対に抑えよう!

 バックも頼むぞー!」

「おう!」「来いや!」「0点で切ろう!」

 この守備を無失点で切り抜けられれば、こちらに流れが来る。そこでせめて追いつくことができれば、充分勝機はある。

 

 バッターは今日2打席連続三球三振の九番。バットを短く持って速球に対応しようとする打者に、上手くチェンジアップを打たせてセカンドゴロに討ち取った。

 セカンド花川はがっちりとボールを掴んで二塁送球、ダブルプレーへ・・・かと思いきや、送球すること無くボールを右手に持ち替えて、ゆっくりとセカンドベースへと向かった。瞬間的に花川が何を考えているかが分かった。アイツは今がツーアウト(・・・・・)満塁だと勘違いしている。

「おい!まだワンナウトだぞ!ファースト!ファースト!」

 俺がボーンヘッドに気づき必死に一塁を指す後ろで、藤柴高校の2点目となるランナーがホームインを決めた。

 アウトカウントを間違えるなどという初歩的なミス。それで失った2点目はあまりにも大きい。

 怒りと焦りから、思わず強いため息が出た。キャプテンとしてこういう行動は控えるべきなのだろうが、反射的に出てしまった。

 

 これ以上ない効果的なタイミングで2点目を失った神高に反撃する勢いもなく、リードを許したまま9回裏ツーアウトとなった。

『5番、キャッチャー、長坂くん』

 ツーアウトではあるがフォアボールで出塁した塩谷を一塁に置いて、打席には五番の俺。

 本来長打を狙うタイプではないが、ここは自分で決める。俺がツーランを打って追いつけば、今日のマズイ雰囲気もチャラにできる。

 完全なる長打狙い。甘いコースのみを狙って他の球は完全にスルー。それでもフルカウントとなった。

 6球目、真ん中の甘いボール。

カキィン!

 渾身の力で捉え、快音が響き球場が沸く、完璧な感触だ。藤柴高校のセンターが猛ダッシュで後退する。自分でも信じられないくらいに打球が伸びていく。神高ベンチとスタンドからも期待と驚きを乗せた声援が大きくなっていいく。

 一直線に後退していたはずのセンターの足がフェンスの手前でピタッと止まった。

 大飛球が落ちてくる。白球はグラブの中に消えた。

 

 俺たちは負けた。

 

◇春季岐阜県大会一回戦

   一二三 四五六 七八九 計

藤柴 000 001 100 2

神山 000 000 000 0


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