俺たちの伝説の夏   作:草野球児

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プロローグ

 高校野球といえば甲子園、甲子園といえば高校野球、と形容の呼応関係は成立している。

 しかしそれは、全ての高校球児が甲子園を目指しているということを意味しているわけではない。例えば、通常の高校生活を犠牲にしてまで甲子園を目指すわけではなく、仲間たちと野球を楽しむことに重きを置く球児というものもいるし、それは俺の知る範囲でさえ少なくない。というより、自分自身がそれに近い存在である。

 

 県立神山(かみやま)高校。

 岐阜県神山市。その北部に位置する我が校、通称「神高(かみこう)」は、進学校でありながら部活動が盛んなことで有名である。

 ただしそれは文化部に限った話。

 運動部は、決して広くないグラウンドを互いに分け合い、細々と活動しているのが実状だ。

 俺はそんな神山高校野球部のキャプテン・長坂尚也(ながさか なおや)

 「主将」といっても多数決によって押しつけられた貧乏くじであり、世間一般の「チームを背負う」というようなものではない。ただ神高野球部キャプテンというのは伝統的にそういうものであり、先輩たちも「今まで通り気楽にやればいいよ」と言って主将を任せてくれた。

 狭いグラウンド、不十分な設備、笑顔の絶えない部員。俺はこの野球部の風景が嫌いじゃない。だからこそ

「自分も先輩たちと同じように和気あいあいと野球をして、最後の夏に1勝くらいできたらいいな」

なんてことを思っていた。

 

 あの天才がやってくるまでは。

 

 

 

                  ◇ ◇ ◇

 

 

 神高野球部の雰囲気をひとことで表すと「ゆるい」。

 選手のミスに対して監督から怒号が飛ぶとこもなければ、野球を通して仲間とぶつかる事もない。みんな「程々に」部活をこなしているのだ。その結果、3年間公式戦未勝利という不名誉な記録から抜け出せないでいる。

 ただ、自分はこの雰囲気を批判する訳ではない。そもそも自分自身は「熱血すぎない」からこそ、キャプテンに選ばれたという側面もあるのだ。

 

 去年の夏、先輩たちが最後の夏の大会を初戦敗退という結果で終え、秋になって自分たちの代の新チームが発足した。

 自分自身もレギュラーの座を掴み、意気込んで望んだ秋季大会だったが初戦であっさりコールド負け。この頃から部内の空気は、さらに「ゆるく」なっていった。

 

「石浦が辞めるらしいぞ」

 秋季大会で敗退した翌日の練習前、副キャプテンの塩谷優輔(しおや ゆうすけ)が切り出してきた。

 

「石浦が!?なんでレギュラーなのに急に辞めるんだよ」

「野球に飽きたんだとさ。それできっと今回の秋の大会を区切にするつもりだったんだろ」

 1年生の石浦はセカンドのレギュラー。実力はそれなりにあったが不真面目な部分があり、練習には出たり出なかったり。最近は特に手を抜いていると思ったが、こういう事だったのか。

 

「なあ塩谷。なんとかならないか」

「もう退部届は出したって言ってたし、規則の上ではもうどうしようもないだろう」

「そんな・・・・じゃ、じゃあ監督になんとかするよう頼んでくれよ」

「そういうのはキャプテンのお前が話せよ。それに頼んだとしても、あの監督が動いてくれるとは思えんな」

 

 神高の野球部監督は現国担当教員の片野(かたの)先生である。秋になったというのにまだ日焼け跡の残る黒い肌と、がっちりとした体形でいかにもスポーツマンというなりをしていて一見頼れそうな雰囲気をしている。

 が、その実体は「極度な面倒くさがり屋」。

 「自主性」「放任主義」と言って練習メニューやノックを部員に任せることも多いし、土日練習にもなにかと理由をつけて出てこないこともある。

 

 遅れて部活に顔を出した監督に、ダメ元で退部した石浦への説得を懇願したが「そういうのは本人の意思を尊重するべきだろう」という『説得するのが面倒くさい』の裏返しとも思える言葉で一蹴された。

 

 こうして神高野球部はあっさりと正セカンドを失い、二年生の秋は暮れていった。


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