しかし、月がそれを聞く訳もありません。
果たして、2人の関係はどうなっていくのか?
翌朝、自分の体で目覚め、リュークに三葉の様子を確認する。
「どうだった?三葉の様子は?」
「相当落ち込んでたぜ。まあ、田舎の件は感謝してたみたいだが、問題集は全然解けなくてな、ずっと沈んでた。」
「そうか、それならば、僕の言う通りに行動してくれそうだな?」
「それはどうかな?」
「何か、問題でもあるのか?」
「気付いたみたいだぜ・・・・お前が、キラだって。」
「何だと?」
そうか・・・・だが、これは想定していた事だ。デスノートの存在を知られた以上、遅かれ早かれ、こういう事態は予測していた。だから、最初は三葉の名前をノートに書いたのだ・・・・・
「気付いたところで、三葉には何もできんさ。」
「何でだ?」
「デスノートは、僕でなければ机からは取り出せない。お前が、やり方を三葉に教えれば別だが、そんな事はしないだろう?」
「ああ、俺は、三葉の味方でも無いからな。」
「だから、ノートをどうこうする事は、三葉にはできない。僕がキラだという事を、他者にばらさないかという点については、そんな事は絶対にしない!」
「何故、そう言い切れる?」
「僕が捕まれば、困るのは三葉だ。入れ替わる度に、自分は監獄の中だ。それに、僕の協力無しに、糸守の住民を助ける事なんてできないだろう。」
「なるほどな・・・・」
ただ、説得めいた事はしてくるだろうがな・・・・・
僕は、スマホを操作する。案の定、“月くんへ”という書き込みがある。
『月くん、初めまして、宮水三葉です。
糸守の件、教えてくれてありがとう。おまけに、住民の皆を助ける手助けもしてくれるという事、感謝します。
学校の件は、分かりました。私の頭では、手も足も出ないという事を痛感しました。月くんの言う通りにします。
でも、月くんのやっている事は、正しくないと思います。月くんが“キラ”なんですよね?
いくら、相手が犯罪者だといっても、自分の価値観で勝手に裁いてはいけないと思います。
それでは、月くんも、犯罪者と同じになってしまいます。
お願い、よく考えて下さい。』
ふん・・・そんな事は、数えきれないくらい何度も考えた。その上で、出した結論だ。お前の甘いヒューマニズムには、吐き気がする。
僕が、犯罪者と同じ?それは違う。やつらは、理性を持たない。野蛮な本能だけで、一時の快楽だけを求めている愚民だ・・・・いや、奴らだけじゃない、殆どの人間がそうだ。
だから、平和を乱す者には、相応の罰を与えなければならない!今の社会の法律では、それはできない!キラこそが、それが出来る者、キラは新世界の神なのだ!
その後、しばらくこのやりとりは続いた。
『まだ、デスノートを使ってるの?一般人が、勝手に他人を裁くなんて間違ってる!考え直して!』
▼
『君には、関係無い事だ。凶悪犯罪とは無縁な、平和な糸守にも影響は無い。』
▼
『でも、知ってしまった以上、無視する事はできない。犯罪を助長しているみたいで。』
▼
『君が、何かしている訳じゃない。彗星の破片落下が終われば、元の他人に戻る。それまで、目を瞑っていればいいだけのことだ。』
▼
『でも、“L”って凄い探偵が乗り出して来たんでしょ?もし、月くんがキラだって、ばれたらどうするの?』
全く、何で女ってのは、こうお節介なんだ・・・・彗星の破片落下後なら、僕がどうなろうと、三葉には全く関係が無いだろう・・・・こんな問答を、繰り返すのも不毛だ。別な事に集中させて、余計な事を考えられないようにした方がいい。特に三葉は、熱中すると、他が見えなくなるようだからな。となれば、議題は当然・・・・・・
『そんな事より、もうあと半月しかない。そろそろ本格的に、糸守住民の避難計画を考えた方がいい。』
▼
『そうだった。でも、皆に言っても信じてもらえないのに、どうやって避難させればいいの?』
▼
『皆は無理でも、何人かには信じてもらわないといけない。その手段は、僕が考える。但し、その人間は、町全体を動かせるだけの、力のある人間でなくてはならない。誰か、心当たりはあるか?』
サヤちん、テッシーと学校に行きながら、私は月くんとのやりとりの事を考えていた。
“町全体を動かせるだけの、力のある人間”って、心当たりはあるんだけど・・・・というか、糸守ではこの人しか居ない・・・・・
町営駐車場の前を通り掛かると、今日もお父さんが演説をしていた。
もし、皆を避難させるとしたら、消防団の人達にも協力してもらわないといけない。そのような指示を出せるのは、やっぱり、お父さんしかいない・・・・だけど・・・・
10年前、お母さんが亡くなって、お父さんは家を出た。それ以降、私達の関係はうまくいっていない。神社の跡取りを放棄したから、お婆ちゃんとは特に険悪な関係になっている。そんなお父さんを、説得できるだろうか?唯でさえ、常識では信じられないような内容なのに・・・・・・
学校が終わった後、私は、お父さんと話をしようと町役場に来た。最終的な説得は月くんに任せるにしても、それまでに、少しは関係を改善しておかないといけない、と思ったからだ。
私が娘である事は皆知っているので、すんなりと町長室に通された。
「町長、三葉さんがお見えです。」
事務の人がそう言って部屋をノックするが、返事が無い。中からは、何か言い争う声が聞こえる。先客がいるのかな?
「失礼します。」
事務の人は、そう言ってドアを開ける。お父さんは、電話中だった。ひどく興奮しているようで、こちらに気付いていない。
「どういう事だ!何で、奴に執行猶予が許されるんだ?」
何の話をしているんだろう?私は、そっとお父さんに近づく・・・・すると、机の上の資料が目に入る。それを見て・・・・・私は驚愕する。
「だから・・・・・・み・・三葉?」
お父さんが、私に気付いた。しかし私は、お父さんの方は向かず、机の上の資料を睨み付けていた。
「ど・・・どういうこと?・・・・」
「き・・・聞いていたのか?・・・・」
「あ・・・あの男が、拘置所から出てくるの?」
10年前、東京で事件を起こした“影月信彦”は、警察に追われ糸守に逃げ込んだ。
彼は、糸守の出身だった。尤も、住んでいたのは、小学校の低学年までのようだが・・・・
影月は、宮水神社に侵入し、潜んでいた。それに気付かず、神社に行った私とお母さんは、神社の中で影月と鉢合わせた。姿を見られた影月は、私とお母さんに襲い掛かって来た。とっさにお母さんは私を庇ったため、影月の持っていた包丁で体中を刺された。お母さんを刺した後、影月は御神体の山へ逃げ込んだ。しかし、既に岐阜県警にも手配が回っていたため、糸守にも直ぐに県警の警官隊が来た。逃げ場を失った影月は、最後は自首をして来た。
お母さんは直ぐに病院に運ばれたが、出血多量で亡くなった。私は、影月は当然死刑になるものと思っていた。しかし、影月は取調べで、お母さんを刺したのは気が動転していたからで、殺すつもりでは無かったと供述した。だが、そんな筈は無い。完全に殺意があった。そうで無ければ、あんなに何回も刺さない。それに、お母さんの体に包まれていたが、腕の脇から私は影月の顔を見た。気が動転している、男の顔では無かった。薄ら笑いまで浮かべて、人を刺すことを楽しんでいるかのようだった。
影月の裁判は、長期化した。最終的に自首という事と、殺す気では無かったという供述があったため、再審などが多くなっていた・・・・・それでも、あの男はもう絶対に、刑務所に送られ、一生出て来られないだろう、そう思っていた・・・・・
「な・・・何で・・・・」
私は、行き場の無い怒りと、悲しみで、その場に立ち尽くしていた。目からは、悔し涙が溢れてくる。
お父さんは、そんな私にかける言葉が見つからず、同じように立ち尽くすだけだった・・・・
結局、お父さんには、もう何も聞かなかった・・・・いや、聞けなかった。
家に帰っても、私は、部屋に籠って泣くだけだった・・・・・
翌朝、月くんの体で目が覚める。昨夜は、泣いたまま寝てしまった。朝、私の顔を見たら、月くんは驚くだろうな・・・・・・
一晩泣き明かして、少しは落ち着いたが、食欲は出なかった。
不思議だな・・・・この体は月くんの体なのに、心が拒むとお腹も空かないんだ・・・・
朝食は断って、何気なしに部屋でテレビを見ていた。いや、正確には、見ている振りに近かった。ニュースの内容は、殆ど頭の中に入って来なかった。
「おい、どうしちまったんだ?」
リュークが聞いて来るが、答える気力も無かった。
―――― その時、流れたニュースが、私の頭のモヤモヤを吹き飛ばした。私は、目を大きく見開いてその画面に食い入った。
拘置所で、被告人が心臓麻痺で死んだニュースだった。だが、そこに書かれていた被告人の名前は・・・・・・
“影月信彦”
か・・・影月が、死んだ・・・・拘置所の中で?でも、執行猶予だって・・・・
そこには、影月の犯罪歴も記されていた。糸守での強盗殺人も載っているが、その下に、更に2件の強盗殺人容疑が追加されている・・・・そうか、3年前、執行猶予で出所した後、また犯罪を繰り返していたんだ・・・・やはりこの男は、殺意を持った、根っからの犯罪者だった・・・・・ん?心臓麻痺で死んだって事は・・・・
「ねえ、リューク?」
「ん?何だ?」
「この被告人も、月くんがデスノートに名前を書いたの?」
「ん~?どうだったか・・・・おお、そうだ!“糸守での強盗殺人”てとこに反応してたから覚えてるぜ!確かに、ノートに書いてたな!」
月くんが、キラが、裁いてくれた。法律が裁いてくれなかった、この男を・・・・お母さんの、仇を取ってくれた・・・・・
私は今まで、月くんは間違っていると思っていたけど・・・・私のように、家族を殺されて、その犯罪者が正当に裁かれない事に、憤りを感じている人は他にも居るだろう。そういう人達にとっては、キラは、本当に神のような存在なのかも?・・・・キラの行為は、確かに正義では無い、悪だろう・・・・でもそれは、必要悪なのかも?・・・・
翌日、僕はリュークからこの事を聞いた。そして、薄ら笑みを浮かべた。
「これで三葉も、キラの裁きを、完全には否定はできなくなったろう。」
「お前、あの影月って男、かなり前からリストアップしてたよな?まさか、これを狙って、今迄裁かないで残しておいたのか?」
「さあな・・・・」
僕は、何も答えなかった・・・・・
月にしてみれば、三葉の心を掴む事など造作も無い事・・・・・
相手の行動を予測し、決して高圧的に抑え込もうとはせず、包み込むように心を捕えて行く・・・・ある意味、神の域に達しているかもしれません。
影月の裁きは偶然か?仕組まれたものなのか?
作者にも分かりません。月のみぞ知る・・・・