今となってはお馴染みとなった部屋の扉を、愛の鍵を片手に握りしめながら開ける。
さて、アタシの今回の相手は誰だっ!
「遅い」
部屋に入った瞬間、今回の相手らしい春川からダメ出しを喰らう。
遅いって……どういう状況?
「こ、これでも急いで来た方だっての!」
「まぁ、いいけど。あんたが時間通りに来ないのなんていつもの事だし…」
……春川の中で、アタシは遅刻魔か何かなの?
と、とりあえずまずは、状況とアタシがどういうポジションの人間なのかを知っておかないと…。
「えっと…春川はここで何やってんだよ」
「は?何それ…」
急に不機嫌になったと思えば、春川は目を細くしてアタシを睨みつけていた。
えっ、待ってなんで!?
普通に聞いただけなのに!?
「ゆっくり話そう…って呼び出したのはそっちでしょ。ていうか、なんでいきなり苗字で呼ぶの?なんか気持ち悪いんだけど」
「なんでそこまで言われるのぉ…??」
思わず半泣きになりながら、頭の中で呼び方を考える。
苗字呼びがダメなら…下の名前か渾名の2択だ。
普通に名前呼びなら、魔姫。
渾名なら、ハルマキ。
……渾名はないな。
名前呼び…ちゃん付けするべきか?
だとしたら魔姫ちゃん??
「なぁ、マキロール」
「………は?」
春川がポカンとしたように口をあんぐり開ける。
…アタシってば何を口走った?
マキロール???
お腹減ってるの?
「ごめん、今のなし。なんか変なの混ざった!」
両手を合わせながら謝ると、春川から返ってきたのは小さな笑い声だった。
「本当、美兎は昔から変わらないね…。そんなあんただから、私も施設の子供達も気を許しちゃうだろうね」
あっ……ゲームと同じで、同じ施設育ちっていう設定なんだ。
なるほど…だから名前呼びなのか。
「どうせ、話そうって呼び出したのって、私が施設から引き取られてから何をしていたのか聞きたいんでしょ?」
さっきまでの笑顔が抜け落ち、春川から表情が消える。
無表情…というには、何かが違う。
辛いのを、悲しいのを無理矢理押し殺しているような…そんな風に見える。
「ケッ…今更んなつまんねー事、誰が聞くんだよ」
「えっ?」
アタシの返答が意外だったのか、春川が微かに動揺した。
いやだって、聞かないで欲しいみたいな顔してるし?
それに、ゲームでプレイした時に大体は知ってるんだし。
「聞くために、ここに呼び出したんじゃないの…?」
言った事を信じてないのか、疑いの眼差しを向けられる。
そんなに信用ない?
「う、うるせー!オレ様に無理矢理話しを聞こうとするような度胸はねぇよ!」
「そういえば、あんたって昔から変な所でヘタレだよね」
ストレートすぎる一言に、思わず凹みそうになる。
アタシに対して容赦なさすぎ…。
「うぅ…とにかく、あれだ!!暇な時でいいから、オレ様と遊びに行くぞ!ゲーセンとかどうだ?施設でゲームで遊ぶ事なんてなかったしな。あと、それから……」
身振り手振りで、アタシは春川に何が楽しいとか、何が好きかと質問しながら遊ぶ際の候補を挙げていく。
そんなアタシを落ち着かせるかのように、春川はアタシに手を伸ばし……
「痛っ!?」
なぜか笑顔でデコピンされた。
「焦らなくても、ゆっくり決めたらいいでしょ。……あんたと私が初めて施設で会った時みたいにさ」
懐かしむかのように笑う春川に、アタシは思わず固まる。
……まさか、初めて施設で会った時もアタシデコピンされてたりする?
いや、妄想の話しで現実じゃないんだけど……ちょっと複雑な気持ちになる。
×××××
「……それ、ちゃんと食べなよ。東条が作ってくれたんだから」
「ひぐぅっ!」
朝食として出されたトマトサラダを隅に置いていると、春川にバレた。
東条の作る料理は美味い。
その辺のシェフが作るものより確実に。
だけどトマト…テメーは駄目だ。
「うぅっ……」
何が何でも食べたくない。
だけど、春川はそれを許さないとばかりにジッ…とアタシを見ている。
アタシに逃げ道はないのか!?
「はぁ…」
やがて諦めたように溜め息を吐いた春川が椅子から立ち上がって、アタシの横に立った。
待って、嫌な予感しかしないっ!
「ほら、食べさせてあげるから口を開けな。他の物と一緒に食べればマシでしょ」
「オレ様は幼稚園児と同じ扱いかよ!?」
普通に嫌だから!
みんなに見られてる!恥ずかしいからっ!
「つーか、そういうのはオレ様じゃなくて、百田にやればいいだろ!」
「………っ!」
言うべき言葉を間違えたのか、アタシは容赦なく春川にトマトを口の中に入れられた。
(なぜかみんなが微笑ましいものを見るような目で見ていた事に関しては、気にしない事にする)