サン=サーラ...   作:ドラケン

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そして…… Eternal Skys
サン=サーラ...


 時の流れとは、主観である。確かに、時計は水晶の振動数を元に一秒を刻む。

 しかし、進んだ針を見て『早い』と感じるか『遅い』と感じるかは観測者次第だ。

 

 『彼』が生まれ故郷の時間樹を旅立って、既に一周期が過ぎた。僅かに一つの周期、しかしそれは、永遠を生きる者達が自らの為に作り上げた単位。

 尋常の者にとっては『五劫の摩り切れ』、正しく『永遠に等しい時間の永さ』である。

 

 様々な命が瞬いた。ある世界では、並び立つ二つの石の墓標に毎日参じていた金髪の老騎士が、息を引き取る間際にその役目を子供に譲った。

 またある世界では、かつて家族を全て失った青い髪の老婦人が、同じように孤児だった大勢の子や孫、曾孫や玄孫に囲まれて幸福な生涯を全うした。

 ある世界では、頭打ちとなった科学技術の中興の祖と讃えられた今は亡き人物の銅像の除幕式が行われた。白いベールが取り払われ、不敵な笑みを浮かべた、猫耳の男性の若かりし頃の像が御披露目された。

 

 既に滅びたある世界では、鉄や機械、アスファルトの瓦礫の中から幾つもの草木の芽が芽吹いていた。

 そしてその大地を耕し、種を巻いた男――大薙刀から鍬に得物を持ち変えた金髪の偉丈夫が、朝日を浴びてそちらを見遣る。

 倒壊した鉄筋コンクリートの残骸に背を預けて座り、辺りを走り回る孤児達と――抱いた赤子に『慈愛』に満ちた微笑みを送る、翡翠細工の女を。

 

 そんな二人が天寿を全うした頃には、その世界には新たな命の輪廻が……『光』が満ち溢れていた。

 

 それは、ほんの一部だ。時間樹の大いなる輪廻の元では、さざ波に等しい成果だった。

 それでも――――それは、続いていく。受け継がれ、新たな時代へと。新たな世代へと……移ろいゆくからこそ、生命は尊いのだ。

 

 その営みから――――永劫の時間の果て、無限に等しい距離の闇の中を。直掩として、己よりも遥かに巨大な戦闘空母一隻を引き連れたその艦は漂っていた。

 幾度となく戦火を潜り、傷付き。それでも尚、修復を重ねてきた事が一目で分かる年代物の揚陸艦。その艦橋で――――。

 

「――――(ロン)海底摸月(ハイテイモーユエ)!」

「グォォッ、また振り込んじまったァァァッ! 筒子(ピンズ)なら大丈夫だと思ったのに!」

 

 いかにも『蛮族』といった皮革や鱗、羽毛を織り混ぜた鎧を纏うグレーの瞳の獅子面の獣人(レオニン)が悲しみの咆哮を上げながら赤金色(ブロンズ)の鬣を掻き毟り、麻雀牌を散撒(ばらま)きつつ椅子ごと後ろに倒れ込む。

 身の丈三メートル強、体重三百キロを上回る屈強な体躯でそんな事をするものだから、艦橋全体がギシリと揺れた。

 

「勘弁してくれよ、兄ィ! このままじゃオイラ、破産しちまう!」

 

 隣の青年に情けなくもそう宣ったこの獣人、第四位永遠神剣【金剛】と第三位永遠神剣【羅漢(らかん)】の担い手。神剣宇宙を荒らし回った海賊大船団の元締めにしてロウ・エターナル、その名をアズヴェルザーグと言う。

 

『所詮はぬこの浅知恵、ワwwwロwwwスwww』

 

 と、その隣。顔が見えない程の近さでノートパソコンのキーボードをタイプする脂ぎった黒い長髪、チェックのバンダナと揃いの上着に下はジーパンの、汗ばんだ小肥りの男が頭上に吹き出しを発生させた。所謂、拡張現実――――立体映像と言う奴である。

 この男も、ロウ・エターナル。第三位永遠神剣【不還(ふげん)】の担い手ビウィグ。自らの生まれた時間樹のログ領域を生身のままクラッキングした程の神技レベルのクラッカーである。

 

「んだとコラ、ブタァァァァ! 叉焼にして晩飯にしてやろうかァァァ!」

『うわなにするはなせくぁwせdrftgyふじこlp……』

 

 と、アズヴェルザーグの豪腕がビウィグの脂肪まみれの首根っこを引っ付かんだ。首だけで自重を支える羽目になった彼は、太く短い足をばたつかせながら吹き出しを作る。

 それに、正面の女――――中国の太后のような豪奢な装束に身を包んだ薄金色の狐耳と九つの尻尾の妖女が、煙管を蒸かしながら呆れ声を上げる。

 

「はぁ、喧しいのぅ……負けて喚くなど、男の風上にも置けぬぞえ?」

 

 やはり、彼女もロウ・エターナル。第三位永遠神剣【蓬来(ほうらい)】の担い手にして、誕生した浮き世界全てを支配した文字通りの『世界帝国』の女帝イズルハ。

 

「姉ェは手厳しいねェ、だがそこが良い。あれだ、亀の甲より年の功って奴だな」

『うるせぇBBA(ババア)wwwwww ょぅι゙ょに生まれ変わって出直しやがれwwwwww』

「コンコン……良かろうて。そこに直れ、小童ども。四肢を引き千切って龜の中に塩漬けにしてやろうぞ」

 

 がはは、と悪気なしで笑った獅子。ぶひひ、と悪気のみで笑った豚。

 その二人に、妲己は笑顔と殺意でもって答えた。

 

「ハハ――――まだまだだな、ヴェル。ビグとルハもそこまでだ、遊びで諍いなんて起こしてんじゃねェ」

「兄ィ……」

『ショボーン(´・ω・`)』

「コンコンコン……陛下がそう仰るなら」

 

 その一連の流れを笑って見下ろした、獅子の隣の琥珀の龍瞳――――鈍い金髪の青年。紺碧のアオザイに身を包み、漆黒の聖外套を羽織った浅黒い肌の『覇皇』。

 ロウ・エターナル“輪廻の観測者ボー・ボー”に導かれてロウ・エターナルとなり、“法皇テムオリン”配下として名を上げたその男。刃位永遠神剣【輪廻】の担い手にして、この前後の周期に現れたルーキーのエターナル達の中でも白眉と呼ばれる“天つ空風のアキ”が、嗜めるように口を開いた。

 

「――どうぞ」

 

 と、抑揚の無い無機質な声と共に、その横からソーサーに載ったカップが差し出された。

 それを為したのは色素の薄いケミカルなグリーンのシュートボブにエルフ耳、硝子玉のような紫水晶色(アメジスト)の――――エプロンドレスの少女。

 

「おぅ、悪いな()()()()

「どういたしまして、艦長(キャプテン)

 

 マナゴーレムの群体ナノマシンで構築された身体を持ったAI。所謂『艦魂』のような存在、それが現在の彼女だ。

 芳しい香気と湯気を上らせる珈琲を受け取り、一口啜る。少女は、少しだけはにかんだ笑顔のようなものを浮かべながら耳のインカムを弄った。

 

「おい、アーティ。オイラ達の分は?」

「ご自分で淹れれば良いかと」

「相変わらず可愛いげの無い奴じゃのぅ……」

『我々の業界ではご褒美です(笑)』

 

 等と騒がしくなった艦橋、珈琲を啜るアキはそんな喧騒を心地よい音楽のように聴いていた。

 と、その耳元の空間が鋭い爪の付いた枯れ枝のような五つの手らしきもので引き裂かれ、押し広げられた。覗いたのは、確かな可塑性を持った原色の渦と――――開かれた、失敗した福笑いのように滅茶苦茶な配置とサイズ、色をした七つの眼と牙の不揃いな三つの口。

 

「陛下、御時間ハ有リマスカナ?」

「何だ、ジル? 敵襲か?」

 

 『それ』は、酷く発声に向いていなさそうな喉笛を鳴らして語り掛けた。

 勿論、アキ配下のロウ・エターナル。第三位永遠神剣【逆流(ぎゃくる)】の担い手であり、幾つもの世界を内包したある銀河で『邪神の王』として崇拝された名を、ジル・イバと言う。

 

「或イハ、敵ヨリモ厄介デスナァ。副長殿ガモウ其処マデ来テオリマスゾ」

「「『「マジか」」』」

 

 艦橋に響いたノックの音と共に声と吹き出しを揃えた四人は、即座に行動した。獅子は扉を開かないよう押さえ、豚は監視カメラの映像を問題ないように改竄し、妖狐は雀卓を虚空に消した。覇皇は全員に『最速』の概念を与えて、零秒でそれぞれの席に戻らせた。

 此処に、証拠隠滅は完成したのである。

 

「――――等と思っていませんよね、陛下?」

「……あ、葵……」

 

 真横からの、氷点下の気配。桔梗色のポニーテールにペイズリーの瞳。紺の上着、赤いミニスカートからなるセーラー服の少女がアキの肩に手を置いた。

 第五位永遠神剣【湧渾(ゆうこん)】と第二位永遠神剣【回向(えこう)】の担い手にして、アキの副官であるロウ・エターナル、アオイ。元々は『秩序の派閥』より、アキを監視する為に与えられたエターナルだった少女。

 

「鬼ぞ……鬼が居るぞよ……」

『おっふ!? あふぁ! あ、ありがとうございます! ありがとうございます!』

「…………」

 

 見れば、妖狐は頭にタンコブを拵えてさめざめと泣き、張り倒された豚は突き上げた尻を革靴で踏みにじられ、獅子は鉄拳制裁の上に氷の檻に囚われていた。

 因みに、邪神は既に『覗き窓』を閉じて逃亡済みだ。

 

「全く……貴殿(あなた)方には自覚が足りないのです。ロウ・エターナルが一派『聖永輪廻(サン=サーラ...)』の王候としての自覚が。我々は、臣民達の見本となるべき品位を持たねばならないのです。我々の失態は即ち、陛下の失態なのですよ? 『仕える』とはそういう事なのです。大体……」

「「…………」」

『(´・ω・`)』

 

 纏めて刑場に引き出された死刑囚のように跪かされ、くどくどと、明らかに自分達よりも齢下の少女に説教されながら、獅子と豚、妖狐はしょんぼりと項垂れている。

 その四人を尻目に、珈琲を啜るアキはゆっくりと艦橋を後にするべく艦長席からたちあがる。

 

「……何処に行くのですか、陛下? 次は陛下にご謹上(きんじょう)差し上げねばならない喫緊(きっきん)のお話があるのですが」

「……明日じゃダメか?」

「今すぐです」

 

 しかし、その足は霜で床に張り付き、珈琲はカチンコチンに凍り付いていた。勿論、極上の笑顔で青筋を浮かべた制服少女の為に。

 その目の前の自動扉が開き、四人の男女が姿を現す。

 

「ちわーす、交替に……って、またやってんすか、聖上? 良く良く飽きませんやね」

「どー言う意味だ、陶冶(トウヤ)?」

 

 先ず呆れた声を出した和服に袴に下駄、ファイアパターンの染め抜かれた袖付きの陣羽織。更に虎の毛皮を腰帯に巻いて瓢箪が吊られた、山羊の角が生えた散切り頭の燃え立つような炎髪に漆黒の瞳の傾奇者風の美青年。

 第三位永遠神剣【須臾(しゅゆ)】の担い手にして、幾度となく生誕世界への夷狄――――カオスやロウの侵入や侵略、介入を打ち払ってきた、あるニュートラル・エターナルに仕えていた夢魔(インキュバス)の筆頭武将トウヤ。

 

「あはは、葵ったら。相変わらず、空が大好きなのね。流石雪女、凍らせてでも離したくないんだ?」

「なっ――――那由多、貴様、私を愚弄する気か!」

 

 それを笑って見遣ったのは、トウヤの仕えしニュートラル・エターナルにして実の妹。自らの生まれた世界で『ままごと』を行っていた、羊の巻き角が生えた燃え立つような長い炎髪にくりくりとした漆黒の瞳、矢絣(やがすり)模様の着物と紺の袴とブーツを穿いた淫魔(サキュバス)の美少女。

 第二位永遠神剣【言葉(ことのは)】の担い手ナユタへと、アオイは顔を真っ赤にしながらがなった。

 

「アオイ、煩いぞ……交代時間は過ぎている。主上とその他諸々には……誠に遺憾甚だしいが、休憩をして貰わねばな」

「シェラさん……擁護になってないんですが、それは」

 

 と、陰鬱な無表情の頬に青筋を張り付けた褐色の肌の少女――――アラビアンナイトな衣装に曲刀ズー・アル・フィカールを持つ、長い銀髪に海青石(アクアマリン)の瞳。そして、座った火器管制席のコンソールに金色のランプを置いた彼女。それをしおにトウヤは操舵席、ナユタはオペレーター席に腰を下ろす。

 彼女は、第二位永遠神剣【蟲毒(こどく)】の担い手シェラトリィハ。覇軍の軍医にして、自らの永遠神剣の副作用により滅びた故郷の廃都にて、永劫に誰も訪ねる者の無い医院を続けていたエターナル。

 

 

「ふぁ……眠い。アキ、詰まらない話は後で良いでしょう?」

「エリー、そう言うな。仕事がないと暇でしょうがないぞ?」

 

 と、室内にも関わらず藍色の洋傘を開いていた少女が欠伸混じりに呟いた。彼女は、第二位永遠神剣【罪業(かるま)】の担い手エリーシア。

 娯楽としての死を定められて生まれたガイノイド、ただ狩られる対象だった麗しき獲物。一瞬の油断が即座に死に繋がる、蒸気と煤、濃密な闇と薄い瓦斯燈の明かりと致死の罠に溢れた魔都を駆け抜けた娘――――目映い黄金色(ブロンド)の長い髪に柘榴石(ガーネット)の瞳を持った中世欧州(ヨーロッパ)の貴族衣装の淑女。彼女はそのまま、とことこと歩き――――アキの膝の上に座った。

 

「……エリー、貴様の席は其処ではなく戦術指揮席だろう。早く主上の膝から下りろ」

 

 それを横目で睨み付けた、シェラトリィハ。アオイもまた、同じく。ただし彼女は再び(からか)われないように口を閉ざしているが。

 

「――――無理よ、私の取り柄は可愛いことだけ。つまりマスコットだけしか出来ないわ、シェラ」

「何言ってるのよ、エリー! 『聖永輪廻(サン=サーラ...)』のマスコットは、この那由多ちゃん一択でしょぉぉぉ!」

『ぶひぃぃぃぃ! ナユタちゃんktkr(キタコレ)! prpr(ペロペロ)!』

「キモい、死んで」

『我々の業界ではご褒美――ぶげらァ!?』

「……真剣に転職を考えるか」

 

 人形の物言いにぷんすかとばかりに頭から湯気を吹いた淫魔、吹き出しと血反吐を迸らせる萌豚。そのやり取りにふぅと溜め息を吐きながら、前を向き直す魔女(いしゃ)

 

「全ク……何時ニ増シテ騒ガシイナ、シェラトリィハ。幾ラ、混沌(カオス)ノ本部ヲ襲撃シタ翌日ト言エド」

「今に始まったことではないだろう、ジル。魔女(わたし)邪神(おまえ)が加入したときと同じ――――変わらぬ喧騒だ」

『クク……確カニ、ナ。カノ“法皇(テムオリン)”ト“黒キ刃(タキオス)”ノ息子ガ率イル軍勢トハ、トテモトテモ……』

 

 因みに、レーダーは邪神に任せきりである。カレには、睡眠というモノの必要が無い為に。

 

「ダハハ! 兄ィがそんな小せェ枠に納まる訳ねぇだろうがよ! いや、しかし相変わらず良い女だなエリー。オイラの餓鬼を生んでくれねーか」

 

 語り合うジル・イバとシェラトリィハに豪放な快哉を上げたアズヴェルザーグが、エリーシアの肩に手を置く。

 誤解の無いように言っておくが、彼は、至って真面目である。真面目に、女性と見れば同じ事を宣う。

 

「……キモい、死んで」

「あだァァァァァ! 虎鋏(トラバサ)まれたァァァァ! 獅子(ライオン)なのにィィィィ! てゆーかオメー、殺す気ねーだろ! 百歩譲って、苦しませるだけだろ!」

 

 人形が洋傘で顔を隠せば、透けて見えるのは涌き出るような漆黒と燃え立つ炎のような眼差し。刹那、その手に、バチンと虎鋏(トラバサミ)が食らい付いた。無論、そんな物は今の今まで無かった物。ならばそれが『何か』は、察して余りあるモノ。

 それを力尽くで外した獅子は、歯を剥きながら彼女に吼えて抗議する。人形は煩わしげに覇皇の膝から降りて、獅子を無視して自席に座る。

 

「あ、あはは……何て言うか、凄く個性豊かな人達だね?」

「ふふ……だって、兄さまに付いて来れる人達だからね」

 

 その時、背後から二つの声が響く。開きっぱなしだった扉の向こうに立つ――――

 

「……よう、そんな所に縮こまってないで、さっさとこっちに来いよ」

 

 その二人に、アキは手招きした。

 

「はい、兄さま」

 

 自らの永遠神剣・刃位【輪廻】の化身である人魚姫『劫初海の輪廻龍后(プリンセス・オブ・ドラゴネレイド) アイオネア』と――――

 

「あ、うん……お兄ちゃん」

 

 つい先日、カオス・エターナルの本拠地より強奪したばかりの――――“悠久のユーフォリア”を。

 左右に侍った美しい青の少女達を抱き寄せ、アキは満足げに頷いた。その有り様は、まさに『覇皇』。自らの意を通す者。他者の思想など歯牙にも掛けない、ただ――己の在り方を肯定するモノだった。

 

「しっかし、兄ィ。流石に今回は死ぬかと思ったぜ……“知識の呑竜ルシィマ”に“堕落のヴェンデッタ”、“破滅の導きパウリコスカ”……何より“聖賢者ユウト”と“永遠のアセリア”、“時詠みのトキミ”を纏めて相手取るとか、母ちゃんに拳骨(カミナリ)落とされた時以来でウンコ漏らし掛けたぜ……」

 

 傷を癒した獅子が、早くも苦笑いした。しかしそれは総意である為、誰一人として口答えしなかった。寧ろ、ウンウンと首肯している。

 確かに、数では此方が彼らを上回っていた。しかし、そのエターナルとしての実力差と経験差は圧倒的。今、こうして実働隊全員が帰還しているだけでも奇跡なのだから。

 

「――ハハ、莫迦(バカ)言えよ。テメェ等が、そんな程度で殺られるタマかよ」

「いや、俺ら脱出するだけでギリギリだったんすから……」

「“全ての運命を知る少年ローガス”が居なかっただけでも儲けモンだろ? あの怪物が居たら、幾ら俺でも策を練らなきゃいけなかったからな」

 

 瞬間、覇皇と覇軍の将校達が笑う。それは、強壮足る自軍を誇って。そして、彼の覇軍を自負する彼らの誇りであった。

 

「『真正面からぶん捕らないと気が済まない』と仰った時は、真剣に正気を疑いました。しかも態々(わざわざ)、予告してまで……」

「そ、そうだよ、お兄ちゃんってば……普段から悪い事ばっかりしてて有名だし、そんな事までするからパパ、カンカンに怒ってたよ? 『こんなヤクザに娘はやらん!』って」

「ハハ、まさか溜め無しコネクティドウィルを『エターナル』で二連発してくるとは思わなかったな。最速じゃなきゃ死んでたぜ……けどまあ、折角――お前のバージンロードを飾って下さったお客様方だ、きちんとお相手差し上げないとな」

「もう……」

 

 と、アイオネアとユーフォリアが同時にその頬を抓る。それを窘めるでもなく、アキは受け入れた。

 

「それに――――一秒でも早く、この腕にお前を抱きたかったんだよ」

「はぅ……お兄ちゃんのばか」

 

 こんな触れ合いは、実に久方ぶりであり……幸福な事、この上無かったから。

 

「お兄ちゃんより、あたしの方がず~っと逢いたかったんだから」

「何言ってんだよ、俺の方に決まってんだろ?」

 

 優しく、しかし抵抗を許さない琥珀の龍瞳に見据えられ、ユーフォリアは恥じらって顔を背けた。幼い姿の頃と変わり無いそんな仕草に、愛しさが渾々と湧き出す。

 

「天位神剣【永劫】と地位神剣【刹那】を取り込めば、【輪廻】は真実の『刃』となる。その時、俺が収まる『鞘』は――――お前だからな」

「ほえ? あ、あう……それって、むぅ~!」

 

 アキの言葉に、一体何を思ったのか。ユーフォリアは恥ずかしそうに膨れっ面になる。

 尚、誤解無き様に説明しておけば――――アキは、彼女が本当に『鞘』である事は知らない。あくまで、『命を奪うしか能の無い己が帰る場所』という意味で、彼女を評しただけである。

 

 因みに、周りの将校達は一様に砂糖を吐きそうな顔をしていた。

 

「さて、それじゃあこれからの話だが……あ、しまった! 初夜を忘れてた」

「お兄ちゃん!」

「はいはい、冗句はここまでな。漸く、“宿命に全てを奪われた少女ミューギィ”の居場所が判った。これより、我が拠点『天元(てんげん)』の『時間樹海(ピースフル)ニルヴァーナ』に帰還、戦力と軍備を整えた後――――【宿命】と【虚空】を口説き落とす」

 

 場を和ませようとして女性陣から睨まれ、仕方なく真面目にブリーフィングを行う。

 次に相手取るのは、ロウ・エターナルの最高戦力。第一位永遠神剣【宿命】の担い手“宿命に全てを奪われた少女ミューギィ”と、その弟にして第二位永遠神剣【虚空】の担い手“虚空の拡散トークォ”の二人。用心してもし足りない程だ。

 

「やれやれ……またそんな化け物を相手取るのかよ、兄ィ」

『ビウィグたんアウトしたいお』

「やっておられぬのぅ……」

「勝算ハ――――フム、小数点以下デスゾ?」

「はぁ……またスタンドプレーですか、陛下」

「俺、次は待機組で良いっすか?」

「過労は美容の大敵だから、那由多ちゃんも休むわ」

「やっぱり転職しよう」

「終わったら起こして」

「テメェらシャラップ」

 

 一斉に、将校達はブー垂れ始めた。それを、咳払い一つで黙らせて。

 

「トークォは俺が何とかする。ユーフィー、作戦の鍵はお前だ。この策を成功させりゃあ――――神剣宇宙制覇に……そうだな、飛車を手に入れたくらいの進歩にはなる」

 

 それが、狙いだ。即ち『強敵』であればある程、仲間にするメリットは多い。

 勿論、口にする程簡単な事ではない。心を壊して隠遁したミューギィを始末しようとした法皇テムオリンの軍勢は戦闘体勢を取る事も出来ずに消滅させられたと言うし、トークォはトークォで第二位永遠神剣の担い手の中でも最強の呼び声高い使い手だ。

 

「解った、頑張るよ。でも、それなら望さん達にもお願いすれば良いのに」

 

 ユーフォリアの何気ない一言に、周囲が何とも言えない空気となった。

 アキが銜えた煙草に脇に控えていたアーティが火を点し、彼は紫煙を燻らせながら口を開く。

 

「……“叢雲のノゾム”とは、手は組めねェ。アイツはロウ・エターナルを――――同盟を結んでる『地位神剣』に属する“日向(ひゅうが)のヘリデアルツ”の弟、“日向のガルバルス”を消滅させちまいやがったからな……こっちにも、体面(メンツ)がある」

「あっ……」

 

 それに、悲しげに表情を曇らせたユーフォリア。アキの横顔に、本気を悟った為に。

 この男は、己の身内に手を出されて黙っているような軟弱ではないと、知っているが故に。

 

「……“宿命に全てを奪われた少女”の次は、“法皇テムオリン”の『秩序の派閥』を吸収してロウ・エターナルを掌握する。そして次に第一位永遠神剣【運命】の担い手“全ての運命を知る少年ローガス”を破り、カオス・エターナルを取り込む。最後に、“叢雲のノゾム”とその一派……ナル・エターナルどもを手中に納める!」

 

 それは、さながら決意するかのような宣言。自らの迷いを捨て去る為に、退路を断つ為であるかのような薫陶だった。

 

「皆の者、魂に刻め――――“天つ空風のアキ”は停滞した神剣宇宙を覇し、新たなる神剣宇宙を生む!」

 

 二人を下ろした後、煙草をアーティの用意していた灰皿に躙って消す。そして、アーティが自身を再構築して形を為した両刃長剣小銃(ライフルセイヴァー)【輪廻】を抜き放って立ち上がり、号令を掛ける。

 

『ハッ、口だけじゃねぇだろうな? 俺っちが力を貸してやんだ、中途半端は許さねぇぜ!』

『アタイの片羽、せいぜい役立ててくんなよ!』

『行きましょう、ワタクシ達の未来のために!』

呵々々(カカカ)、しかしまぁ、儂らも(ほだ)されたものよのぅ』

『どーでもいいからさぁ、もっと一杯可愛い女の子を仲間にしようよ。僕、次こそ天馬(ペガサス)牝馬(オンナノコ)が良いんだけど』

『…………』

 

 その周囲には極彩色の薔薇窓のオーラフォトンと黒曜石の水墨画のダークフォトン、黄金の無限光からなる三重冠。背には三対六丁の龍翅……片刃長剣小銃(ライフルスウォード)

 そして、腰のホルスターに納めている六挺の拳銃――――深青のコルトパイソン【連理】と深紅のデザートイーグル【比翼】、純白のCZ-75【天涯】と極黒のベレッタM92F【地角】、萌翠のトーラス・レイジングブル【海内】と深淵のデファイアント・デリンジャー【烏有】から顕現した、比目の蒼錦蛇と片翼の紅金鷲、白く煌めく鳳凰、黒く眩めく大海蛇、翡翠に萌える幽角獣(ユニコーン)、燃え立つ漆黒の陽炎の如き幻影死霊(ドッペルゲンガー)が付き従った。

 

「――――あいよ、腕が鳴らぁ!」

 

 号令に、両端を布で覆う金属の六角棍型の第四位【金剛】と、背後に浮遊する雷神の持つような太鼓の環――第三位【羅漢】を構えた“迅雷の凱歌アズヴェルザーグ”が笑い。

 

「――――Yes,sir(イエッサー)! 戦艦(おおぶね)に乗った気で任せときなよ、Brother(ブラザー)!」

 

 解けたPC――――コンピュータープログラムの永遠神剣第三位【不還】を身に纏い、三頭身の生身から八頭身で強壮な機械の身体を得た“条理の改竄者ビウィグ”が、金属質な地声で軽口を叩き。

 

「コンコンコン……まぁ、それも一興じゃて」

 

 空間の一部を歪め、その城塞型永遠神剣第三位【蓬来】の一角を現せた“傾城(けいせい)イズルハ”が苦笑いし。

 

御意(オンイ)ノママニ……」

 

 裂け目型の永遠神剣第三位【逆流】の“空亡(くうぼう)のジル・イバ”が惨たらしく三つの口角を釣り上げ。

 

「まぁ、そうでなくては陛下らしく有りませんし」

 

 絶えず水滴を湛えた刃に弦を張った、弓としても使用可能な刃のみのシャムシール型の永遠神剣第五位【湧渾】と、凍気を司る掌大の籠手型の永遠神剣第二位【回向】の担い手、“凍雲(いてぐも)風花(かざはな)アオイ”が仕方無さげに肩を竦め。

 

「俺らは着いてくだけっすよ、聖上の見せてくれる『生き甲斐』にね」

 

 時空を細切れにして無茶苦茶に繋ぎ直す効果を持つ野太刀型の第三位【須臾】を肩に担いだ“須臾のトウヤ”が、恭しく礼を取り。

 

勿論(もち)、那由多ちゃんもね!」

 

 どこぞのアイドルのようなポーズを取りつつマイクスタンドを持ち出した、モノの本質に作用する『言語』の永遠神剣第二位【言葉】の担い手“言葉のナユタ”がウィンクし。

 

「まぁ、最後に一稼ぎとしようか」

 

 磨く魔法のランプより溢れだした、漆黒の渦。『病の病』を生み出して、本来は正反対のものである治療をも可能とする害毒疾病の永遠神剣第二位【蟲毒】の担い手“災禍の胡蝶シェラトリィハ”が無関心そうに呟き。

 

「……居る居る、そういうツンデレ」

 

 彼女の認識する『景色』を彼女の走り抜けた地獄の風景に塗り替える永遠神剣第二位【罪業】の担い手“痛みの永久(とこしえ)エリーシア”が、そんなシェラトリィハを嘲って笑う。

 

――――オオオオオオオォォォォォォォォ!

 

 そこに、大音声が木霊する。艦橋を埋めたのは、隣の戦闘空母を運航するアキの配下の下位神剣の担い手達が開いた、無数の拡張現実の覗き窓。勿論、アイオネアの『サンサーラ』の霊水によりアイオネアの眷族……半エターナルと化した者たちだ。

 そこには老若男女、剣士や魔法使い、格闘家や占い師、僧侶や遊び人等の人間は勿論、ゴブリンやオークにトロル、リザードマンやスライム、ドラゴノイド。蜘蛛女(アラクネ)植物女(アルラウネ)鳥女(ハーピー)、果ては鬼や半死人(ゾンビ)食屍鬼(グール)白骨死体(スケルトン)など、明らかな人外までもが当たり前に肩を並べていた。

 

 何れも、一騎当千の実力者。アキがそう、太鼓判を押した者達。その快哉に、アキは満足げに頷いた。

 

「はい、兄さま……行きましょう、輪廻の彼方まで」

 

 その筋肉質な左腕に、アイオネアが抱き付く。足りない【輪廻】の本質を埋めるかのように、その抱擁はきつく、きつく。

 

「お兄ちゃん……」

 

 そして、右腕を取った“悠久のユーフォリア”。その不安を握り潰すかのように。

 

「行くぞ、ユーフィー――――お前にも、輪廻の向こうを見せてやる」

「輪廻の、向こう……?」

 

 よく理解できていないユーフォリアに、ニカッと笑い掛ける。それは、多寡だか『神剣宇宙』に収まる器ではなく。

 

「その次は、その外の世界。その次は、更にその外の世界だ。楽しみだろ、まるで――」

 

 子供のように、はしゃぐ男。それに、漸く彼女は思考が追い付いた。

 

「まるで――――『聖永輪廻(サン=サーラ...)』のように、終わりの無い夢をな」

 

 それは、正に夢。彼が配下に約束した、叶うかどうかなど正に夢のまた夢。それでも――――男は、決定事項であるかのように伝えた。

 その『生き甲斐』に、配下――――数多のエターナル、神剣士は付き従う。他の、無意味な永遠に感受するエターナルではなく、『あるがままであれ』という約款のみを標榜する『聖永輪廻』に。

 

 間違いなく、その男は『覇皇』。だからこそ、自らの(イロ)との約束を違える筈もなく。

 

「うん、信じてるよ……()()()

 

 そう答えた、何よりも守りたい笑顔を――――例え命に、存在に代えても。守り抜く、決意である。

 世界は、終わらない。夢は終わらない。だからこそ――――

 

「さぁ――――行くぞ、テメェら! 終わりのその先に!」

 

 だからこそ、『永遠』の意味がある。そんな、灰色でさえも……虹色に変える、『夢』が有るのだろう――――――――――――………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、後書きとなりました。先ず申し上げたいのは、此処までお付き合い頂いた皆様への感謝です。

こんな拙作にお付き合い頂き、誠に有り難う御座いました。

思えば、長い話でした。作者が『永遠のアセリア』を知ったのは学生時代、深夜帯にOVAのCMを見た時でした。その時のソウユートの『インスパイィィィィアッッッ!』に魅せられて、永遠神剣シリーズの魅力に憑り付かれました。

そして出会った、『聖なるかな』。成長したユーフィーに一撃でやられました(笑)
既に『原作よりも傑作』と言われる作品が有る中、投稿させていただいたのはその為です。拙い作品でしたが、お楽しみいただけたのであれば幸いです。

では、長く続きましたが、これを最終の挨拶とさせていただきます。皆様、本当に有り難う御座いました。






『サン=サーラ...』了        ドラケン

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