サン=サーラ...   作:ドラケン

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有限の宇宙 無限の世界

 闇が消え、光が溢れる。時間樹エト・カ・リファを形作るログ領域に溢れ出していたナルが正しく封じられ、滅びの刻はすんでで回避された。

 

「時間樹のリセットは完了……これで崩壊は回避、既に崩れた世界のサルベージと再構築も完了。何とか間に合った、か。しかしあいつら……良くもまぁ、あんな化け物に討ち克てたものだな」

 

 そこに佇んでいた『旅団』団長サレス=クウォークスは、眼鏡の位置を直しながら呟く。

 勿論、その礼讚はナル・イャガを打ち破った三人に対して。

 

「……やはり、他の団員とは違って、もう此方からの強制転送は不可能か。既に『異物』なのだな、お前達は」

 

 そして、寂しげに呟く。根源回廊の底に居た旅団団員達は既に元居た世界へと転送されている。

 今、根源に存在しているのは“叢雲のノゾム”と“天つ空風のアキ”、“悠久のユーフォリア”の三人だけ――――

 

「……チッ、この混乱に乗じて外部からのアクセスか。悪いな、流石に……此処からでは、助けてやれん」

 

 再設定し直した時間樹の自浄作用による転送の為にマナの光に還っていく体と、本型の第五位【慧眼】を見ながら、サレスは。

 

「全く……子供というものは、いつでも……大人の予想を超えていくものだな……!」

 

 ニヒルに、だが親愛に満ちた眼差しで――――マナに還っていったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 分離させた草薙剣(クサナギノツルギ)【叢雲】と両手大剣(バスタードスウォード)【黎明】、両刃長剣小銃(ライフルセイヴァー)【輪廻】と巨刃剣(グレートスウォード)【聖威】をそれぞれに両手に握ったノゾムとアキが、ゆっくりと……

 

「ふふ……うふふ…………信じられない……この、私が……この、“最後の聖母イャガ”が…………生まれたばかりの、エターナルなんかに」

 

 右肩から先、左脇より下を失ったイャガの滅び行く死骸に向けて歩み寄る。

 最早、手を下すまでもない死に体。ナル化存在や【赦し】も、既に神剣宇宙から消滅している今、彼女に出来ることはもう無い。

 

「……でも、忘れないことね。()()()()()()()である貴男達二人も――――私と同じ末路を辿ることを、ね」

 

 哀れむように、残心を示し続ける二人に笑い掛けて――――風に吹かれた塵のように、あっさりと消えた。

 それが遥か往古より存在し続けた、最古参のロウ・エターナルの一角である“最後の聖母イャガ”の最期だった。

 

「「…………」」

「はぁ、ふう……」

 

 それを確認して、漸くノゾムとアキは構えていた両の神剣を下ろす。その後ろではへたりこんだユーフォリアが、【悠久】を抱いて荒い息を吐いている。

 

「終わった、な。この時間樹の救済も、貴様との盟約も」

「ロワ……」

 

 その時、右手の【聖威】が光に包まれて化身と化す。化身化したフォルロワは、その胸を強調するような服装の上から腕を組む。

 そんな彼女に向けて、ノゾムは警戒したように厳しい視線を向けた。

 

「息巻くな、“叢雲”……今の我に貴様を縛るだけの力はない。どこへなりとも消えるがよい、暫くは野放しにしてやる」

「……それは、どうも」

 

 高圧的な彼女の物言いだが、それは今までのフォルロワからは考えられない台詞だ。

 それに毒気を抜かれた、と言う訳でもないだろうが。ノゾムは、警戒を解いた。

 

「……全く、苦心して作り上げたこの牢獄も……最早、意味はないか。我の意に沿わぬものなど、後は野となろうと山となろうと知った事ではないがな」

 

 そして、フォルロワは天を仰ぐ。根源の最下層から見上げるサファイアの瞳に映るのは――――燦然と煌めく、生命を湛えた時間樹エト・カ・リファの美しい姿。

 それに、誰に聞かせるでもなく彼女は呟いた。まるで、『母親』のように慈愛に満ちた眼差しで。

 

「……行くのか?」

「当たり前だ。我は『刹那の代行者』フォルロワ――――地位眷族の総意なり」

 

 アキの問い掛けに、フォルロワは銀色のポニーテールを振るわせて真っ直ぐに目を向けた。そこには、毅然たる一派閥のリーダーのカリスマが見てとれる。

 その様子に、アキはふんすと溜め息を吐く。煙草に火を点け、紫煙を燻らせながら。

 

「そうかい。まぁ、『気付いたら俺の神剣になってました』何て事がないように気を付けとけよ?」

「お陰様で、貴様のように神剣使いの荒い担い手になど騙されるものか。貴様こそ、女を口説きたければもう少し気の効いた台詞を用意しておくのだな……“天つ空風のアキ”」

 

 笑い合い、その姿を見送る。白いマナ蛍と化した彼女は、時間樹の外へと消えていった。

 

 後に残されたのは、今度こそアキとノゾム、ユーフォリアの三人のみ。

 

「……お前は、これから先どうするんだ、アキ?」

「どうもこうも、ノゾム……俺は風だ。気の向くまま、自由自在さ」

 

 等と、気取った調子で口遊(くちずさ)む。いつも通りのその調子に、ノゾムは苦笑いして……道は交わらない事を悟り、分離させた【黎明】を鞘に納めた。

 

「そうか……残念だな、お前達となら、楽しい旅になりそうだったのに」

「勘弁しろよ、俺、暁と違ってそっちの趣味はねぇぞ」

「絶にだって無いっての。第一、俺にだって無い」

 

 軽口を交わしながら、ショルダースリングを装着できない形状の【輪廻】を眺める。

 アイオネアは全力を出し切った為だろう、沈黙している。【輪廻】の刃には、小波の一つすら透かしてはいなかった。

 

 それは恐らく、【叢雲】もそうなのだろう。あの喧しい三人娘がうんともすんとも言わないのだから。

 そして――アキは、空いた右手で、へたりこんだままだったユーフォリアを抱き起こす。

 

「あにゅう~……」

「ほら、大丈夫……じゃあ無さそうだな。ったく、無理しやがって」

 

 だが抱き起こそうにも、彼女は余程消耗したのか、ほとんど腰砕けの状態だ。両手で【悠久】を握り締めたまま、膝は完全に笑っており必要以上に内股になっている。

 仕方なく、腰を抱く。それで、ユーフォリアの頬にぽっと赤みが増した。

 

「お兄ちゃん……」

「ユーフィー……」

 

 そこで、はたと見詰めあった二人。潤んだ青い瞳と、琥珀色の龍瞳が交錯する。静かにうねる根源の闇の彼方から、マナを宿した虹色の風がひゅうと吹き渡り、蒼穹色の長い髪と燻んだ刃金の短髪を揺らす。

 

「全く……このバカップルは」

 

 ノゾムが辟易したように吐き捨てるように、誰がどう見ても『良い雰囲気』という奴だった。

 無論、本人達もそうだ。どちらからともなく、唇を寄せ合い――――

 

「――――あらあら、お熱い事ですわねぇ。若いというのは羨ましいですわ」

「「「ッッっ!」」」

 

 突如として虚空より響いた笑い声に、各々【叢雲】、【輪廻】、【悠久】を構える。

 三対の眼差しの先には――――『星天』の種子に腰掛けて三人を見下ろす、杖を持った白い少女。

 

「しかし……『運命の女(ファム・ファタール)』とはよく言ったものですわ。そんな『無意味』まで籠絡してしまうなんて貴女、中々の悪女の素質がありましてよ?」

 

 まるで、狂言回しのように。白髪に蜂蜜色の邪悪な瞳を持つ少女は、くつくつと喉の奥で笑いながら詞を紡ぐ。

 

「“法皇テムオリン”――――何故、貴女が!」

「――――!」

 

 それに、今までの倦怠すら忘れたかのようにユーフォリアが叫んだ。

 その名に、一番衝撃を受けたのは――そんな彼女を支えている、その男。

 

「ふふ……分かっている筈ですわ。私達ロウ・エターナルの目的は唯一無二。『原初神剣への回帰』――――しかし、それにはどうしても“全ての運命を知る少年ローガス”と“宿命に全てを奪われた少女ミューギィ”が邪魔……無意味に強すぎますからね」

 

 立ち上がり、杖を……永遠神剣第二位【秩序】を掲げたテムオリン。その姿が掻き消え――――刹那の内に、空間跳躍で三人の目の前に現れる。

 

「その為に、『刃』を鍛えたのです。我が陣営の切り札(エース・オブ・スペード)となるエターナル……そして、巨大なマナを蓄えている上に上位の永遠神剣を持つ実力者“星天のエト・カ・リファ”とその時間樹、加えて“最後の聖母イャガ”を消滅させ……ナルなどと言う異物の塊【叢雲】を打ち砕く為に」

「そんな……それじゃあ、貴女はこの全ての出来事を」

「ええ――我ながら、怖いくらいですわ。ここまで首尾よく事が運ぶのは、実に久方ぶりです」

 

 満足そうに、三つの戦意を受け流す。最早、居並ぶ三人が己を脅かす敵でない事は解りきっている為に。

 そして――にたり、と口を半月のように歪めて口を開いた。

 

「それにしても、因果な話ですわねぇ……私の作戦を邪魔してくれた“聖賢者ユウト”と“永遠のアセリア”の娘が、私とタキオスの因子を混ぜた――強いて、極めて強いて言えば息子のようなものと愛し合うなんて……正にロミオとジュリエット、悲劇の愛……ですわね。うふふ」

「えっ……?!」

 

 テムオリンの台詞に、ユーフォリアは直ぐ脇の男を見遣る。彼女の台詞に、龍牙を剥いて睨み付ける彼を。

 

「ハ……てめぇらの仕出かした事になんざ、何の興味もねぇ。第一――」

 

 そのユーフォリアの視線から逃れるかのように、首に掛けた時深の御守りを揺らしながら、アキは『一の太刀・輪剣』をテムオリンに叩き込んだ。

 

「――――あの糞親父にも言ったけどな、俺の親は時深さんだけだ!」

「親の心子知らず、とはこの事ですわね。折角、生まれるチャンスすらモノに出来なかった落ち零れに私謹製の『龍の因子を持つ肉体(リュトリアム・ガーディアン)』の器を与えてあげたと言うのに」

「テメェの為だろ、恩着せがましい……!」

 

 褐色の強靭な肉体から繰り出された、『龍の爪撃』を思わせる猛烈な一撃。それを軽々と、自動展開された『秩序の杖』が防ぐ。突破するには圧倒的に、余力が足りない。

 対して、テムオリンは十全過ぎる余裕を持って。

 

「それでは、まずは貴男の意識から奪いましょうか」

 

 ゆっくりと【秩序】を振るう。その刹那、アキの精神と肉体が軋みを上げた。

 

「ッッ――――ぐ、アァァァァァッ!?」

 

 まるで、無理矢理生爪を剥がされているような苦痛。それは――――永遠神剣による強制力。

 かつて、【幽冥】や『触穢』の神名に幾度となく心を苛まれた事のあるアキでも絶叫する程に、【秩序】の強制力は苛烈だった。

 

「アキ――――!」

「お兄ちゃ――――!」

 

 二人の声すら、遠く聞こえる。それは痛みによる麻痺、そしてテムオリンの『秩序の杖』の障壁の内側に呑み込まれたが故。

 

「ふふ、言ったでしょう、『貴男の体を用意したのは私』だと……当然、貴男は私の眷族。とは言え『生誕の起火』が有る状態では効かないでしょうから、この時を待っていたのですわ」

 

 確かに、全てを『透禍(スルー)』出来る『生誕の起火』が有る状態ならばこのような事にはならなかった。しかし、エト・カ・リファにタキオス、ナル・イャガと化け物に次ぐ化け物との連戦で、それを温存しきるなど出来よう筈もない。

 その全てを計算付くで、テムオリンは傍観していたのである。

 

――クソッタレ……こんな、こんな奴に読み負けたってのか……!

 

 失望に、頭が真っ暗になる。思わず、瞼を閉じてしまう程に。

 

「抵抗など無意味……全ては、初めから定められていた事。貴男と言う無意味が生まれた意味は、【輪廻】をこの世に産み落とすためだけなのですから」

 

 暗闇の中、アキは胸元に拳を握り締める。拳の中には――――時深の御守りの手触り。

 だが、そんな物が何だと言うのか。魂を鑢で小削ぎ落とされるかのようなその苦痛は、彼の人生で与えられたあらゆる苦痛を上回り――――

 

「……ハ、何てこたァ無ェな、この程度」

「……何ですって?」

 

 にたり、と。血筋か、全く同じ悪辣な笑顔を浮かべた彼に、テムオリンは微かに眉を顰めた。

 

「何てこたァ無ェっつったんだよ、お袋さんよ。この程度の痛み――――十何年も続いた時深さんの扱きに較べたらよ……ぬるま湯もぬるま湯だぜ……ッ!」

 

 琥珀の龍瞳を煌めかせ、鋭い龍牙を剥きながら。イメージするのは、銃の撃鉄。

 自らを『()()』として、ならば()()()()が『生誕の起火』だ。

 

「生意気な――――被造物の分際で、造物主たる私に逆らうつもりですの?!」

 

 更なる強制力の嵐が襲い掛かる。しかし、最早遠い。有名無実の主君の勅命になど、誰が従うと言うのか。

 【輪廻】の起爆剤を得るまでもない、自身の深奥――――生命の大海原(わだつみ)に波紋を刻む。

 撃鉄の一撃より生まれた深滄の轍は、際限無く広がる空海に何処までも広がり――――御守りの中身『時果の漏刻』が弾けて。

 

「――――漸く、私の出番ですか。全く、遅いにも程があります」

「え――――?」

 

 トッ、と。実に軽い音を立てて、テムオリンの胸に突き立った――――

 

「“時詠みの……トキミ”……かふっ!」

 

 テムオリンが呆然と呟くのと、【時果】が引き抜かれたのは同時。そして、鮮やかな血が吹き出したのも、やはり同時。

 巫女装束を翻した少女の、文字通りに『致命的な一撃(クリティカルワン)』。最早、テムオリンは絶命を免れない。

 

「何故――――『座標軸』を仕込んでいたのなら、手を貸すべき危機(タイミング)はタキオスの時にもイャガの時にもあった筈……なのに、何故、こんな時まで干渉せずに力を温存できたと……」

「あら、貴女が言ったんじゃありませんか。『母親の真似事でもしてみろ』と。親の役目とは、最後の最後まで監督してあげること。先達としての、見本を示すことですよ」

 

 幾許かの余命を残す法皇が、血を吐きながら問うた言葉。彼女が周到に確認を重ね、最早時深の助けはないと確認に確認を重ねた結果が覆されているのだ。

 それに、時の女神は平然と皮肉を返した。今より十数年の過去、彼女に向けて法皇が放った皮肉への意趣返しを。それに気付いた法皇はこの謀略を開始して以来、初めて表情を歪めた。

 

「ふ、ふふ……言葉は我が身に返る訳ですね……私とした事が、少しばかり策に溺れ過ぎたようですわ……」

 

 その小さな、白い体がマナ蛍と還っていく。死ぬのではない、外宇宙で再構築される為に。タキオスと同じ、だ。

 

「しかし――闘争には負けましたが、戦争は私の勝ちですわ。何故なら……」

 

 死に逝く蜂蜜色の魔瞳が、一人の少女を捉える。蒼穹を溶かしたように、美しい青の少女を。

 

「今回の『破滅に導く女(ファム・ファタール)』は、私でも貴女でもなく、その小娘……苦痛への耐性を持つものは、得てして『過度の幸福(ユーフォリア)』に弱いもの……ふふふ、それにしても、見れば見る程あの二人そっくり……実に、実に忌々しい……その無垢な顔を……絶望に、染めて……みたく……なります、わ…………」

 

 そんな今際の際に在って尚、壮絶な悪意を宿した笑顔を浮かべたままでテムオリンは消滅していった。

 

「……やはり、貴女は親にはなれませんね。子を、駒にしか思えないなど」

「お兄ちゃん!」

 

 吐き捨て、【時果】を懐に仕舞った時深。その瞳が、アキに駆け寄って抱き付いたユーフォリアを見遣った。

 

「こら、泣くなよ……俺は、笑ってるお前が好きなんだからな」

「ぐすっ……お兄ちゃんの馬鹿……あんな無茶したら、女の子は泣いちゃうんだよ……?」

「そりゃあ、迂闊だった。以後気を付ける」

 

 出自を知って尚のその暖かさに、涙が零れそうになる。こんな汚物にまで、他と変わらぬ……否、他よりも遥かに深い『愛』を注いでくれる彼女に。

 だからこそ、決意した。例え――――マナの霧に消えようとも、その荊棘(いばら)の道程を踏み越える事を。

 

「有り難うな、ユーフィー……俺の、大事な(ひと)

「どういたしまして、お兄ちゃん……あたしの、大事な(ひと)

「……このバカップルは」

 

 時深は呆れ果てた溜め息を一つ吐いてユーフォリアを見遣り、首根っこをむんずと捕まえる。そのまま、二人の仲を引き裂くように引き剥がして。

 

「さて、そろそろ帰りますよユーフォリア。それにしても、はぁ……ユウトさんとアセリアに何て詫びればいいんだか……こんな事なら、さっさと去勢しておけば」

「は、はう~、お兄ちゃん助けて~」

 

 と、彼女は再びこれ見よがしな溜め息を吐く。それもこれも、アイオネアの()()()()()()()、成長した姿のままの彼女を見ているが故。

 そして、その原因を作ったのが――他ならぬ、()()()()()()()であるが故に。

 

 わたわたと脱出を試みる彼女だが、実力と余力の差は歴然だ。

 

「はは……心配すんな。すぐ、拐いに行くさ――――混沌の中にあっても、風は風だからな」

「お兄ちゃん……うん」

 

 その少女を、わしわしと撫でる。多分、絞り出せた笑顔のままで。

 それに、ユーフォリアは応えた。多分、絞り出せた笑顔のままで。

 

「カオスの方は、任せて……あたし、頑張るから。いつの日か、全ての命が当たり前の人生を全う出来る世界の為に」

 

 少女は、虚勢を張る。今にも零れ出しそうな涙を湛えた瞳で。もしかしたら、最後となるかもしれない、その笑顔を見遣る。

 そして両刃長剣小銃(ライフルセイヴァー)【輪廻】を空転させると、お決まりの空元気を出した。

 

「莫迦め――――俺を、誰だと思ってる? 宇宙の調和を破壊する刃位神剣【輪廻】が担い手……“天つ空風のアキ”だ」

 

 物騒な物言いとは違い、返した笑顔は今まで見せていたものとは正反対。悪辣さなど微塵すらない、生まれたばかりのように純粋な笑顔で。

 

「ロウの方は任せとけ。いつの日か……どんな命も、当たり前の人生を全う出来る世界の為に……俺は、今のクソッタレの宇宙をぶち壊してみるさ」

 

 恋人の言葉を引用して、言い切った。本当は、同じ道を歩みたい者同士が――――自ら、離れた。

 それは、“時詠みのトキミ”を持ってしても……詠む事の出来ない未来。もしかしたら、この後に来るかもしれない未来だった。

 

「……では、行きますよ。それと、“天つ空風のアキ”」

「はい――――何ですか、“時詠みのトキミ”さん?」

 

 煙草に火を点け、慇懃無礼を絵に描いたような仕草で紫煙を燻らせる。金色のオイルタンクライターは鈍い音を立てて閉じられ、羽織直された外套の内ポケットに仕舞われた。

 その冷たさは、敵であるが故に。そして――愛するが故に。

 

「貴男の道は、貴男次第です……ですが、『女の子を泣かせるような男に育てた覚えはない』とだけ言っておきます」

「ハハ――――手厳しいなァ。まぁ、心配には及びませんよ。俺ァ、約束は守る男ですから」

 

 そう言われては、弱い。がしがしと金髪の頭を掻き、苦笑いを返す。

 時深は、そんな『息子』に。

 

「それと、ユウトさんに会ったら覚悟なさい。今度は、『溜め無しノヴァ』程度じゃすみません。『溜め無しコネクティドウィル』くらいは自然な成り行きです」

「……地味に怖い」

 

 体を抱いて震えた男を、笑いながら彼女は見いる。多分、最後の『親子』としての関係で。

 

「心配には及びませんよ、貴男は……私の、最高の息子なのですから」

 

 その言葉に、煙草の灰が落ちる。虚を突かれた言葉に、思わず龍瞳を剥いて。

 

「……了解。“倉橋”空、生命(いのち)を全うします」

 

 お道化るように返したのは、『元服』して以来使っていなかった姓名(なまえ)

 それに、彼女は一瞬泣きそうな顔をして――――虚空に溶けるように、ユーフォリアと共に消えていった。

 

 そうして、守るべき者を無くした彼の肩をノゾムが叩いた。

 

「じゃあ、俺も行くよ。あれだ――――『それ以外』は、任せろ」

 

 と、ノゾムは宣った。『カオスとロウ、それ以外は任せろ』と。

 その心強い笑顔を見遣る。既に、半身が消え掛かった彼を。

 

「任せた――――精々、俺とユーフィーがイチャイチャ出来る世界を」

「じゃあな――――次に会う時は、敵同士じゃない事を祈ってる」

 

 軽口を遮りながらそう言い残して、『生涯の友』は消えた。後には、もう何もない。虚空に消える紫煙のみだ。

 

「……さて、俺も行くか」

 

 誰にともなく、そう呟く。根源の静寂が、酷く淋しかったから。

 

「一体、何処を目指すかねぇ」

 

 吸い殻を投げ捨てて歩き出せば、甦る記憶。良い事など余り無かったが、いざ去るとなれば名残惜しい。

 

「――――ハハ」

 

 自分にも、人並みな感傷が有った事に苦笑する。人ならざる身で、分不相応な、と。

 透徹城から、揚陸艦を招聘する。AIの自動操縦(オートパイロット)により飛翔するそれに、アキは『最速』で艦橋の艦長席に座った。

 

AI(アーティ)――進路真っ直ぐ、何処かに着くまで進め」

了解(ラジャー)艦長(キャプテン)。では、到着後のご予定は?』

 

 そして、周りを見渡す。少し前までは、騒がしいくらいだった艦橋。今は、機械的なアナウンスが流れるのみ。

 その背後に、景色が流れていく。故郷の大樹は青々と繁り、幾つもの生命の営みを育み、輪廻させている。そこにはもう、神の意思など介在しない。後は、現在(いま)を生きる者達次第だ。

 

「そうだな、先ずは――――」

 

 だから――――もう、戻ることもない。その輪廻には、二度と戻れない。

 再び煙草に火を点け、鈍い金髪を掻き上げ――――

 

「先ずは――――乗組員(ブリッジクルー)を集めるところからだな」

 

 琥珀色の龍瞳で見詰める神剣宇宙の闇に向けて、紫煙と共に溜め息をを吐き出した――――――――…………

 


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