サン=サーラ...   作:ドラケン

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運命の輪 宿命の轍 Ⅱ

 通路上の物陰から、ナル化存在が飛び出す。色は黒、得物は刀。鞘に収まったままのそれを腰溜めに、今にも獲物に襲い掛からんと姿勢を低くした『真空剣』の構えは正に肉食獣(ビースト)

 

「オイオイ、急な飛び出しは危ねェぜ――――」

 

 ならば、それすらも一蹴した彼は捕食者(プレデター)か。居合いの姿勢のまま、アクセルを捻って騎馬に獰猛に唸ら、アキの加速したバイクの威力を乗せた【聖威】の『ヘビーアタック』に、抜刀も間に合わず上半身と下半身を両断されて黒は絶命した。

 それを皮切りに、物陰から十体以上のナル化存在が涌き出る。中には、浸食が加速して半分姿が崩れたようなモノすら居る始末。

 

「――ハ、救いようがねェってのはこの事か…………せめて、苦しまねェように殺してやンよ」

 

 それでも尚、憎悪と害意を満たした眼差しで永遠神剣を握る彼女ら。それに嘲りとも憐れみともとれる琥珀色の眼差しを向けて、アキはバイクを降りて【聖威】と【是空】を担う。

 

AI(アーティ)――――ルカを守れ。傷一つ負わせるなよ」

了解(ラジャー)船長(キャプテン)――第一種防御体制(デフコン・ワン)

 

 前回の襲撃の反省か、はたまた獲物を逃がすまいと言う本能からか。前後左右を覆ったナル化存在ども。ジリジリと包囲を狭めてくるそれらから後部座席のイルカナを護る為、バイクにデータリンクさせた座乗艦の人工知能が『オーラバリア』を展開する。

 だが、まだ足りない。もう一押し、絶対的な加護を得るべく――――【是空】を、足場に突き立てた。

 

「兄さま……ルカちゃんを護ります、ルカちゃんは大事な友達ですから」

「ああ、任せる」

 

 指示を受けずとも察して、【是空】を抱き抱えるように化身と化したアイオネア……新たに錦糸で刺繍の施された長法衣を纏う十六・七歳くらいの体つきとなり、花冠は花の宝冠(ティアラ)に。五センチに満たなかった龍角は十五センチを越え、顔つきも以前の可愛らしさだけではなく美しさを過分に含んだものとなっている【輪廻】の化身(アヴァター)、『劫初海の輪廻龍妃(プリンセス・オブ・ドラゴネレイド) アイオネア』。

 【是空】を聖盃と変えて抱き、バイクに腰掛けて長法衣の裾から脚の変じた龍尾を覗かせる姿は――――まるで、ドイツはライン河で数多の船乗りを惑わせたと言う人魚ローレライの如く。その抱えた聖盃から湧き出るエーテルが、足場に水鏡を作り上げた。

 

「さて、じゃあ俺らはゴミ掃除だな――――全部で二十二、コイツらを消滅させれば……この時間樹に残るナル化した存在はイャガだけか?」

【そうだ、奴を消さねば、神剣宇宙は破滅を加速させる。この程度、一分と要るまい……早く『星天』に至れ、アキ!】

 

 珍しく、切羽詰まった様子のフォルロワ。仕方はない、残された猶予はもう三十分を切っているのだから。

 

「だな――――早くユーフィーを抱き締めたいし」

【…………】

 

 それに、いつも通りの冗句(ジョーク)を返す。握り締めた【聖威】から、息を詰めたような思念が伝わり――――いつ強制力の折檻が来てもいいように歯を食い縛って

 

【くっ――――ははは……本当にそなたは、世界崩壊の間際でも女の事とはな、ある意味大物だ】

「……フォルロワ? どうした、具合でも悪いのか?」

 

 しかし、強制力は来ず。代わり、心底からの快哉を含んだ思念が送られてきた。思わず、心配してしまう程に。

 

【くくっ、何……こんな時にまで徹底されれば、流石に認めざるを得まい。怒りや呆れを通り越して、何やら愉快になってきたぞ】

「そ、そうか……いや、何と言うか、うん」

【そうとも、気にするな――――今は、前に進むのみだろう!】

 

 『一瞬、壊れたかと思った』という言葉を呑み込んで。一斉に襲い掛かってきたナル化存在を尻目に。気のせいか、軽くなった気すらする巨刃剣(グレートスウォード)【聖威】を掲げる。

 

「確か……こんな技だったかな」

 

 その剣先の虚空に、多数のマナが凝縮される。根源力を司る事で可能となるそれは、かつて『理想幹』を統べた『伝承の神 エデガ=エンプル』の『パワーオブブルー』の摸倣。

 マナはやがて、各属性色の半透明の銃――アキが今まで使った銃の全てとなり、【聖威】を向けた前方のナル化存在十六体の半数八体を消し飛ばす。

 更に、背後から襲い来る――アイオネアの擁する『月世海』の大招聘、世界を産み出す事による距離の防御『ホロゥアタラクシア』により彼女らに到達出来ず、アキの背後へと飛び出てしまったナル化存在六体。

 

 その眉間に――――半透明の黄金の光にて形成された長剣小銃(ライフルスウォード)【是我】らしき六挺が突き付けられて接射された。

 

「これで、半数――なんだ、三十秒要らなかったか」

 

 六挺の【是我】は、根源力で作り出した物とは違い、弾を放っても消えない。それどころか、アキの背後に滞空し――残る八体のナル化存在の攻撃を躱し、虚空に翼撃(はばた)いた彼の『龍翼(ウィングハイロゥ)』として機能していた。

 

「死にてェ奴だけ、掛かってくンだな――――ナルに汚染された程度で地獄を見てるとか思い上がってやがるテメェらに、本物の死の世界って奴を見せてやる……」

 

 酷薄に、荒ぶる龍の如く凄絶な笑顔を浮かべて。追い縋ってきた青と緑と黒の三体へと【聖威】を振るう。

 斬り下ろし、斬り払い、斬り上げの三連撃を各々に。緑は辛うじて槍にヒビが入った程度、青の西洋剣を砕かれ、黒に至っては刀ごと両断されて消滅している。

 

 そんな二体に向けて、四挺が疾駆する。さながら稲妻の如く、或いは猟犬の如く。鋭利な刃をナル化存在に突き立てて。

 【聖威】を虚空に突き立てたアキが両手に構えた二挺が発射されたのに同期して、内部からも撃ち抜いて消滅させた。

 

「集え、マナよ。究極なる破壊の具現……魂の輪廻すら断ち斬る刃を、此処に――――」

 

 そして再度六挺の龍翼を形成して、アキは更なる天に昇る。地上から放たれる赤魔法や『ソニックイクシード』、『インペイル』、『オーラヴォルテクス』を物ともせずに【聖威】で打ち払いながら。

 オーラフォトンとダークフォトンの融合、その果てに在る黄金の無限光。かつて、『空隙のスールード』を滅ぼした『それ』を【聖威】に宿して投擲し、司令塔の白を貫いて足場に縫い付け、収束させていた無限光を解放して昇華・拡散させた広域殲滅として。

 

「一斉昇華、アインソフアウル――――――!」

 

 遥かな高みより、慈雨を注ぐ龍神の如く――穢れた黒き光に塗れた赤三体と緑二体、白一体に向けて、浄罪の黄金の嵐を振り撒いた。

 

 天より降り立ったアキがハイロゥを消す。三重のリングとなったハイロゥは、アキの頭上で星雲の如く煌めく残滓を残しながら緩やかに旋回している。

 

「……我ながら、似合わねェなァ」

 

 それをジト目で眺めつつ、腕組みした彼は呟く。まるで『天使』のような今の姿に。

 

「ふ、見苦しいよりはましだろう。それに、そなたは男臭さでは他の追随を許さぬからな……どちらかと言えば、堕天使か」

「お褒めの言葉、ありがとうよ。でも、それならお前の下乳の方がずっと堕落してるけどな」

 

 くつくつと笑いを噛み殺しながら、嫌味を言ってきたフォルロワに嫌味を返す。それに――

 

「んむ~……兄さま、その……わたしだって、大きくなってます……!」

「おっと……アイ」

 

 ぷくーっと頬を膨らませ、左腕に抱き着いたアイオネア。因みに、両足は人間の状態に戻っている。

 そう、彼女の一番の相違点はそこだ。同じ年代と比べても、恐らくは二回り程大きい。身体のラインが隠れる服装の為に判り難いが、腕に押し付けられる圧力からして間違いなくC以上、下手をすればEはあると予想される。

 

「はっ……見せる事も出来ぬ程度では多寡が知れておる。悔しければ横でも出してくるのだな」

「うぅ~……わたしはフォルロワさんみたいに痴女じゃないから、そんなの無理です……」

「こ、この女……天然(ナチュラル)に毒を……流石はアキの同一存在だな…………」

「?」

 

 小首を傾げたアイオネア。その頭上に、ハイロゥを移す。やはりその方がしっくり来るのだ。

 代わりに聖盃を受け取り、溢れそうになっているエーテルを飲み干す。それにより、消耗した体力を取り戻した。

 

「後一歩だ……もう少しで、終わる」

 

 そして、【是空】を長剣小銃(ライフルスウォード)に戻す。雨粒の落ちる水面の如き波紋が生まれては広がり、重なって新たな波紋となる瑠璃色のダマスカスブレードの剣銃へと。

 寂寥、無念――――そんな物に止まりそうになる足を、叱咤するように。

 

「兄上さま――――!」

 

 イルカナの叫びに我を取り戻す。それで、反応が僅かに遅れた頭上から降ってきた黒い塊を回避できた。

 

「――――ア、ヴアアガアバァァァァァァ!!!!」

「何だ、コイツ――――まさか!」

 

 聞くに耐えぬ雑音を上げた……ぐちゃぐちゃと、腐り落ちた果実のような。流れのない水底に澱む、汚泥のような。

 しかし、まだ辛うじて原型を留めているそれは――否、()()()は。

 

「激烈なる力に絶対なる戒……なのか――?」

 

 此処に来るまでに殺した、時間樹エト・カ・リファの原初神達の成れの果て。恐らくはアキに殺された後、『星天』付近で復活したのだろう。そこまでは問題ない、彼らとてエターナルだ。

 

「オォオおおアバあァあヴァぁァ!!!!」

 

 だが、問題はその後。既にナルに冒されていた区域での復活によりナルに毒され、ナル化に耐えきれず、どちらか……或いは、互いに取り込もうとしたのだろう。皮下で蚯蚓がのたうつように蠕動する毛皮と柔肌。

 第三位永遠神剣【激烈】である獣の四肢と爪牙を持ち、首下から女の左腕、脇腹から両足、蠍の尾のように水晶の剣を生やして。同じく第三位【戒め】である両目を持った、背の天使と悪魔の翼らしき左右の翼の中間に落ち窪むような青白い虚光を放つ、七足歩行の巨大な化け物が――――血反吐を吐きながら、咆哮した。

 

「チ――――どうやら、まだ招かれざる客がいるらしい」

「ああ――――しかも、天地が引っくり返っても招かないタイプのな」

「酷い……あんなに魂を穢されて――それでも、死ねないなんて」

 

 舌打ち、【聖威】に還ったフォルロワを握り締める。その最中、流れ込む意識。

 

【恐らく、【戒め】の影響で感知が出来なかったのだろう……文字通り、腐ってもこの時間樹を統べる法そのものの具現だ】

「んで、腐っても【激烈】はこの時間樹の破壊の具現な訳だな……泣きたくなるね、こっちの起火はまだ回復してねェってのによォ」

 

 そして個々でも強力だったエターナルが、ナル化して更に強大になっているのだ。辟易くらいしても余りあると言うもの。おまけに、後二十分強でこの時間樹は崩壊する。

 崩壊すると言えば聞こえはいいが、この時間樹は今や『最後の牢獄(とりで)』なのだ。もしもこのまま崩壊させてしまえば、神剣宇宙にナル化マナがばら蒔かれてしまう。

 

 そんな事になれば――――一方的にマナを冒すナルは瞬く間に神剣宇宙を飲み干すだろう。無論『永遠存在にとっての瞬く間』だ、余人には一生を費やそうと来ない破滅だろうが。

 

【……だからこそ、我はナルカナを此処に封じた。世界を……ナルから護る為に】

「ハ――――理由になるかよ、そんなもん。存在しない方が良いものとか、望まれないモンなンざ……」

 

 口を開きながら、左手に握り締める【是空】。そこに、アイオネアが同化する。三枚の円刃(チャクラム)が剣身に現れ、黄金の螺旋を描く。

 

「――――この世には()ェ。この無意味(オレ)が、保証してやらァ」

 

 “天つ空風のアキ”は壱志(イジ)を――――永遠神銃(ヴァジュラ)【輪廻】を構える。

 それは、慈愛。まだ救えるモノ達への最初の救罪。最早、救われる事の無いモノ達への最後の救済。この世の全てを、憎しむ迄に愛するが故に。

 

【はい、兄さま……カレらを生命の劫初に――――涅槃(ニルヴァーナ)の彼岸に、還しましょう】

 

 足元・胸の高さ・頭上に展開される三重冠の魔法陣は、黄金に染まった『トラスケード』。今までよりも更に、効果の高まった追い風を浴びながら。

 

()くぜ――」

 

 無駄な台詞も気負いもなく、覇王と法皇の血を継ぐ者……覇皇は駆ける――――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 星天根を揺るがす激震、根源力で編まれた多数の銃器から放たれた各属性の砲撃『パワーオブアカシャ』は、怪物(マスティコア)の皮膚を撒き散らす。

 『激烈なる守り』と『絶対なる守り』の二重の防御と共に、ナルに汚染された害毒の破片を。

 

「――皮一枚かよ、やっぱ防御も硬ェな!」

 

 ナル化マナの密度が高すぎ、今までのナル化存在のようにはいかない。尋常のマナ存在は、触れるだけでもナルに飲まれてしまう。

 更に、象や鯨を思わせるその巨大さ通りのタフさ。だと言うのに、蠍そのものの敏捷性。そして、【戒め】の拘束力と【激烈】の破壊力。

 彼自身の『生誕の起火』の発露である『透禍(スルー)』は、まだ取り戻せていない。早くこの怪物を倒す為にも大技を繰り出さねばならないのに、『淨眼』により戦闘マナを削られてまともに技すら発動できない。

 

【くっ――――予想以上に面倒な!】

「クソッタレが……手間ァ取らせやがる!」

 

 苦し紛れに繰り出した『オーラフォトンブレード』。【聖威】は二重の防御を一時は砕くも、全てを想像前のエネルギーに還して呑み込む【激烈】の拳撃『激烈なる力』を振り回されれば接近は出来ない。アキは、両腕により殺傷範囲を増した攻撃を辛うじて見躱す。

 

【兄さま……もう少し、もう少し時間を稼いで下さい……!】

「任せとけよ――けど、最速で頼むぜ?」

 

 永遠神銃【是空】の、上下に分かたれた剣身の隙間。覗くエーテルの鞘刃の宿す無限光の黄金は、アイオネアが高めてもまだ密度が足りない。

 より、意識を集中する。【輪廻】との融合を強く、効果を高める為に。

 

【――――アキ!】

「チッ――――!」

 

 刹那、怪物の尾が閃いた。ナル化マナを孕むオーラの風『絶対なる戒』を放ちながら。丁度意識を逸らした為に回避が間に合わず、『ハイパートラスケード』にて受け止める。

 だが、その守りもマナを消費する。最低限の消耗を心掛けた事が仇となり、防御を突破されてしまった。

 

「――――カハッ!」

 

 足場に踏ん張り【聖威】を突き立てて、根源の闇に落ちそうになるのを何とか避ける。しかし、肉体だけでなく精神まで削るナル化マナの一閃だ、簡単には立ち上がれない。

 そんな彼に、水晶の剣が衝き下ろされる。二撃、三撃。【聖威】で受け流し事なきを得るが、間髪入れぬ横殴りの拳撃に吹き飛ばされ――――今度こそ、転がって倒れ込んだ。

 

「クッ……ソッタレが――――ッ……!」

 

 そこに、馬乗りになるようにしての駄目押しの『激烈なる力』の降り下ろし。まるで噴水のように血の塊を吐き、琥珀色の瞳は虚ろに――――笑みを浮かべて。

 

「態々、そっちから間合いにありがとうよ――――」

「ヴァぁァがぁァぁァ!!!!」

 

 漸く無限光が臨界に達した【是空】を、怪物の腹に突き立てて解放する――――!

 

「つゥ……」

 

 腹半分を消し飛ばされ、崩れ落ちる怪物。横に転がってそれに塗れるのを避け、笑う膝を叱咤しながら立ち上がり、『星天』を目指す為にバイクを探し――――

 

「兄上さま、後ろ――――!」

「――――なッ!?」

 

 イルカナの声に振り返るより速く、巨大な女の左腕に握り締められる。ナル化マナを纏うその腕、更に【戒め】の『邪眼』で完全に動きを封じられた。

 狙いを付ける、【激烈】の腕二本と水晶の剣。所謂、『積み』の状態である。

 

「ッノヤロウ……!」

 

 こうなれば、種火レベルとはいえ『生誕の起火』を使う以外にあるまい。ただ、『使ったとしても果たして離脱出来るかどうか』だ。

 

 そうこうしている内に、『激烈なる力』と『絶対なる戒』が繰り出され――――

 

「いくよ、じっちゃん――――ルプトナキィィーックっ!」

 

 その刹那、突き上げるように。『揺籃のルプトナ』の氷の(やじり)を纏う飛び込み蹴り『クラウドトランスフィクサー』により怪物の攻撃は弾かれ、更にアキを拘束していた絶対なる戒の左腕がへし折れた。

 

「天の果てまで、ブッ飛びやがれ――!」

 

 更に、『荒神のソルラスカ』が練り上げた気を地面に叩き付けた衝撃波による『爆砕跳天噴』にて怪物の視界を奪う。その隙に離脱し、二人と共に――――結集した“家族”達の下に逃れる。

 

「大丈夫かよ、空?」

「あ、ああ……悪い、ソル、ルナ」

「へっへー、でかい口叩いた割には苦戦してんじゃんか」

 

 その“家族”の内、最も馬の合った三人組。図らずも日本語で『(アキ)』、スペイン語で『(ソル)』、ラテン語で『(ルナ)』と呼び合う三人組。

 にかっと笑ったソルラスカとルプトナの手が差し伸べられ、不貞腐れたように笑うアキは屈辱(よろこび)を噛み殺してから、【聖威】と【是空】を握る両手でそれを取る。

 

「大丈夫、くーちゃん? 今、傷を直すから」

「サンキュ、希美――――」

 

 途端に満ち溢れた気のする、根元力。簡単な話だ、アキにとってソルラスカとルプトナの二人は『最も気を置かなくてもいい』相手なのだから。気力は充溢、体調は万全。空元気そのものを体現して。

 

「ハ――――オイオイ、勘弁してくれよ。この三人が揃ってまで、勝てる気か?」

 

 それでも尚、憎悪と害意を露に咆哮した怪物。それに、アキは辟易しながら呟いた。さもありなん、この三人は“家族”で最も連携の取れた三人。最早、負ける気など毛頭もない。その懸念すら、消え果てている。

 獣爪【荒神】を鈍く煌めかせたソルラスカ、氷靴【揺籃】を青く閃かせたルプトナ。巨剣【聖威】と銃剣【是空】を旋回させたアキの――――事実上の勝利宣言であった。

 

「月の煌めきが、わたし達の道を照らしてくれる――――月光よ、希望の道を照らせ!」

 

 希美の『ウィッシュプライヤー』により傷口どころか疲労まで癒える中、巨怪の傷口から溢れたナル化マナが歪なナル化存在と化す。恐らくは、取り込まれたものが傷口から(こぼ)れ出たのであろう。

 自由を取り戻し、十五体のナル化存在は再び永遠神剣を構える。何の事はない、今の彼女らの存在意義は――――マナ存在の根絶に他ならない。

 

「雑魚共は俺たちに任せておけ、巽――――いくぞ、ナナシ!」

「はい、マスター!」

「わたしも戦うよ、暁くん――――いくよものべー!」

「腕が鳴るわ――――ゆくぞ、クロウランス!」

 

 絶の声に、ソルラスカとルプトナを除いた全員――――『暁天のゼツ』、『清浄のノゾミ』、『無垢のナーヤ』。『疾風のタリア』、『心神のカティマ』、『癒合のヤツィータ』。『蒼穹のスバル』、『重圧のベルバルザード』、『雷火のエヴォリア』。『竜翔のクリフォード』、『皓白のミゥ』、『剣花のワゥ』。『夜魄のゼゥ』、『嵐翠のポゥ』、『夢氷のルゥ』がナル化存在に攻撃を仕掛ける。

 心配は些末もない、()()()()()()()()()()()()()()()()()揺るぎはない――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さあ――――俺らも決着と行こうぜ」

「上等、先にあのデカブツを殺った奴が奢られるってのでどうだ?」

「良いねぇ、乗った! お前ら、財布にはいつもより入れとけよー」

 

 腐ったような黒い血を傷口から滴らせるままの怪物に、ルプトナとソルラスカ、アキの三人が向き直る。

 『荒神のソルラスカ』と『揺籃のルプトナ』――――そして『輪廻と聖威のアキ』は口角を吊り上げた悪どい笑顔を浮かべ、一斉にサムズアップを付き合わせた。

 

「ヴァぁぁァぁァ!!!!」

 

 生臭い血反吐を撒き、猛烈なスピードで怪物は襲い掛かる。尾の水晶剣を振り回して、『絶対なる戒』を。拳を振り回して、『激烈なる力』を。

 

「へっ、舐めてんじゃねぇぞ、デカブツ――――!」

「その程度で、ボクらの――――!」

(守り)を砕けると思ってンのかよ――――!」

 

 ソルラスカの『神牙』、ルプトナの『アンブレイカブルブルー』……黄金の風を圧縮したアキの防御『アブソリュート』により、完全に防がれた。防がれたどころか、拳と水晶剣は反動で砕け掛けている。

 

「格の違いってもんを見せてやる――――黒い牙!」

「出ませい、じっちゃん! タ・イ・ダ・ル――――」

 

 押し留められ、動きを止めた怪物。その怪物に向かい、ルプトナは守護神獣『リヴァイアサン 海神(わだつみ)』を召喚し――――ソルラスカの守護神獣『黒い牙』の咆哮『ディクレピト』で足を止められて。

 

「ティアーーーーっ!」

 

 その放った激流『タイダルティアー』にて押し流し、更に腰を落とした攻撃体勢をとった。

 

「手加減はしねぇ……全力全開――――自慢の拳、受けやがれェェェッ!」

「見ててね、じっちゃん! 今、必殺のぉぉ――――ルプトナ何とかぁぁぁっ!」

 

 そこにソルラスカが両拳に気を纏っての拳撃『降天昇地無拍』、ルプトナが両足に水刃を纏っての蹴撃『ランページブルー』を繰り出す。嵐のような殴打と蹴打、それを怪物は『激烈なる守り』と『絶対なる守り』で防ぎ――――きれず、既に壊れかけの拳や水晶剣で防ぎ、遂にはソルラスカの跳躍しながらのアッパー、ルプトナの天からの踏撃にそれらを砕かれて。

 

「いくぞ、アイ、ロワ――――」

【はい、兄さま……共に】

【ああ……アキ、共に】

 

 永遠神銃【是空】と永遠神剣【聖威】を融合させ――――タキオスの【無我】にも似た、荘厳な黄金の風を柄の宝玉から産み出し続ける片刃の宝剣、黒蒼の波紋刃(ダマスカスブレード)の大剣として。

 

「【【精霊光の、彼方に――――!」】】

 

 空間を焼き斬る蒼茫の焔、生誕の起火による時空跳躍。刹那の時よりも早く、速く現れたアキには反応出来る道理など存在せず――――

 

「――グ、ぎィあヴアぁァァアアぁォォ……」

 

 (きっさき)に纏う無限光の刃『ネイチャーフォース』の横一閃は、怪物の含有するナル化マナごとその存在事由を『±0(から)』へと還す。

 それは、カレらに残された最後の救い。その断末魔は、寧ろ……救われたかのように、穏やかなものであった。

 

「――行けよ、空……ユーフィーが待ってるんだろ?」

「此処は――――俺らに任せて、先に行け!」

「――――……」

 

 その声を、背中で聞く。恐らくは、これが最後の会話。『時間樹を再構築するのは“渡り”を行うのと同義である』と、他ならぬ自分自身(エターナル)の本能が感じている。

 郷愁が胸を焦がす。剣の世界で、精霊の世界で。最悪の出逢い方から、最高の友となった……この二人との。

 

 だからこそ、語る言葉はない。否、最早言葉などでは陳腐すぎて伝わるまい。

 

 だからこそ、万感の思いを込めて――――サムズアップする。振り替える事もなく、確かめ合う事もなく――――三者三様の方向を向いたままで、同じように。

 

 確かな絆として、それを感じ取り――――アキは、イルカナと共に『星天』の座へと黒鉄の騎馬を走らせた――――…………


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