サン=サーラ...   作:ドラケン

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覇王の血脈 昔日の痛み Ⅱ

――昔……と言っても、多寡だか十数年前。或る、夢を見ていた。

 

 盛夏、白く見えるほどに焼けた日差しと蝉時雨の降り頻る神社の境内に小学生くらいの男児が歩み入る。

 彼は天木神社の看板を睨むように見上げたが、すぐ興味を失い感情の薄い琥珀色の瞳を日の照り付ける石畳……そこに落ちた己の影へ視線を戻した。

 

『何が授業参観だよ、バカらしい』

 

 ランドセルを投げてベンチに預け、玉砂利を踏みながらさっさと奥の山に分け入る。因みに今は平日の午後、低学年の彼は既に授業を終えて帰宅している時間だ。

 それを曲げて、此処に居る意味がそれだ。今日の授業参観、その際に見た他の子供達と親の嬉しそうな顔。

 

『おれにだって、居るんだ。おれにだって……今ここに居ないだけで、おれにだって』

 

 それが……誰も来ない彼には、余りにも羨ましく妬ましくて。

 

『そうだ、居るんだ……この空の下のどこかに、きっと』

 

 小学一年で習う漢字、『空』の名を……『伽藍洞』の意味の名を持つ自分が、余りにも空虚で。

 

『シネシネシネシネシネ……』

 

 都会のオアシスとでも言うべきか、緑の溢れるソコ。生命の楽園と思えるくらいに多様な生物環。

 

『シネシネシネシネシネ……』

『……うるせーな』

 

 梢に停まって鳴く、アブラゼミの挑戦的な鳴き声が腹立たしくて。その声が己の存在を否定しているような、訳も判らない強迫観念に囚われて。

 

『シネシネシネシネシネ……』

 

 それから逃げるように――……時深との訓練に向かったのだった。

 

 己の生きる目的を与えてくれた……『父親』の代わりもしてくれた、敬愛する『母親』に。

 

 

………………

…………

……

 

 

 吹き抜ける黄金の風と押し寄せる黒影の波。それはイルカナを閉じ込めていた結界を粉砕する程に、強烈な鬩ぎ合いの余波だった。

 

「……っ……兄上さま」

 

 彼女の眼前に広がる残骸、周囲のエターナルミニオンも纏めて消滅させられた破壊力から、辛くも結界で守られていた彼女の目に映る……背中を向け合い、互いの神剣を振り抜いた二人の男の姿。

 舞い散る被服の破片と紅い飛沫、それは――タキオスの黒いマントの破片と、胸元に先程と逆の傷を負ったアキのモノ。

 

「――…………」

 

 どさりと地に倒れ込むアキ。その瞳は輝きを失い、濁った硝子玉のようだった。

 

 寸分の狂いもなく心臓の位置に撃ち込まれた黄金の斬刃、しかしそれはタキオスの存在マナの余りの密度に僅かしか刃が通っておらず、無惨にひしゃげているのみだ。

 それこそ、彼の『最強の剣』の瑕疵。確かに、早さに掛けて『エターナル・リカーランス』を超えるモノはない。

 

 だが――――その威力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それ以外の場合はあくまでも、『()()()()()()()()()()()()()()()()』のだ。

 

「ふむ……中々に良い一撃だったぞ。しかし…………(オレ)を討つには、まだ足りんな」

「…………」

 

 斬刃を引き抜いて握り砕いたタキオスの呟き、それが癪に障る。癪に障るが――どうしようもない。

 

「……結局はこの程度だったか。期待はしたのだがな……」

 

 力無く横たわるアキに、冷たい瞳を向けて……タキオスは。

 

「所詮は、半人前か……実に無価値な事に労力を費やした」

 

 そんな、とても父親とは思えない言葉を吐いた。

 

――……なんだよ、なんで俺は……

 

 地に倒れ伏したまま、ヒビ割れた【是空】を握る左手に薄く力を篭めようとして……意味を成さずに空を切る。

 則ち、既に失われている魂の残滓が軋んでヒビ割れ今にも砕けそうになっていた。

 

「兄さま……はくぅっ!?」

 

 それに対して無毀の【真如】からアイオネアが化身と化してアキを守ろうと覆い被さるが、タキオスの発したオーラフォトンの波動に吹き飛ばされてイルカナと縺れて倒れ込んだ。

 

――……何で俺は、こんなに弱いんだよ……!

 

 必死に搾り出したマナは確かに『無限大』なのだが、結局アキは一度に『銃弾一発』分のマナしか操れない。

 その量たるや、まだミニオンの方が多量のマナを扱えている程だ。そんなものでエターナル……第三位の担い手の中でも上位の担い手、タキオスを相手になど出来る筈も無かったのだ。

 

「……ハハ……」

 

 倒れ伏したまま、薄く笑う。傷口から逃げ出していく体温に、笑いが込み上げて来る。

 その笑い声に、含ませて。

 

「……なら、俺の生まれた意味は……俺の母さん……おれの、ほんとうの、かあさんは」

 

 幾度となく自問し続け、その度に答えられずにただ絶望を積み重ね続けただけだった……人生で最初の、そして最後になるであろう問いを口にして。

 

「……『母親』、か? さて……テムオリン様とも言えはするが…………ハッキリさせたところで意味はないだろう、貴様は()()()()()()()()()()()()のだから』」

「――――――…………」

 

 その最初で最後の純粋な願いすらも、無慈悲に踏みにじられて。

 

【立て……アキ! 貴様がこの程度で挫けるタマか! 立て……立つんだ!】

 

 嘲笑われても、叱咤されても反応は薄い。もう死に掛けの身なのだ、既に……否、もうとっくに――生命ではない。だからこそ、まるでそれを他人事のように聞き入れて。

 

「強者が弱者から全てを奪い取る。それが、我らロウ=エターナルの掟……」

 

 そんな恨み言を、直ぐ真横を通り過ぎた彼に発するような余力すら残されてはいない。

 

――弱者……か。確かに、そうだ。何を守る事も……何を成し遂げる事も出来ない俺は……確かに弱者だ。

 

 そんな、想いを抱いて。

 

「――この二人を犯す。犯して、殺す。【聖威】も砕く、後から来る餓鬼共も先にいる餓鬼共も殺す。貴様がそうやって――――立ち上がらぬ限り……な」

「…………」

 

 倒れ伏したままのアキへと、吐き捨てるタキオス。彼は、縺れ合い動けなくなり――

 

「「――ひっ!」」

 

 怯えて抱き合ったまま震え合う、イルカナとアイオネアへと向けて歩み寄り――

 

「…………」

 

 血泡を吐きながらも、幽鬼の如く立ち上がったアキに向けて……再度【無我】を構え――

 

「……フ、始めからそうしていれば良い――ッ!?」

 

 有無を言わさずに振るわれた拳。半壊した【是空】を握り締めた拳で『レストアス』を模倣した能力と姿になったドッペルゲンガーの黒い雷光を纏い、加えて生誕の起火を纏った、()()()()()()()()()()()()『シャイニングブレイカー』に殴り飛ばされたタキオス。

 しかし、そのダメージはアキにも返り……【是空】は使用不可能なまでにひしゃげ、へし折れた拳や腕は痛々しく揺らいでいる。

 

「おいおい……我が子の玩具を取り上げちゃいけねぇよ」

 

――結局、生まれた『価値』も……

 

 だが、そんなものより。

 

「第一そいつらにはな、この俺が先に唾つけてんだ……」

 

――結局、生まれた『意味』も……

 

 そんなものよりも、ずっと――

 

「その俺より早く味見しようなんて、いい度胸じゃねぇか、クソ親父――――…………!」

 

――――生まれた『理由』さえも、俺には……無かったのか。

 

 ずっと、その落胆(かんき)の方が色濃く浮かぶ表情のまま、悪辣で空虚な笑みを浮かべながら。

 タキオスの血統に名を連ねる証の如く……莫大な量の漆黒の光を――ダークフォトンを纏わり付かせていた。

 

「……クク――良いぞ、それでこそ俺の因子を持つ存在だ!」

 

 それに歓喜するタキオスを睨み、足元に魔法陣を展開する。佛教画の曼陀羅を想起させるソレから漏れ出す、墨汁の如く濃密で……虹色に煌めいてすら見える、黒耀石(オプシディアン)のダークフォトン。

 その黒い渦の中でアキは、アイオネアとイルカナの隣に立った。

 

「兄上さま……」

「兄さま、わたしの事はお気になさらないで下さい……兄さまの為なら、このくらいの消耗なんて――」

 

 弱々しく起き上がった媛君は法衣に包まれた、まだ快方に向かっていない様子の小さな体を押して、そう口にした。

 

「アイ――お前から貰ったこの生命、今、お前に返す。俺の中の【真如(おまえ)】を――――一つに纏めて、『()()()()()()姿()()()()

「えっ……兄さま、ですが……そんな事をしたら……!」

 

 そこに、余りにも意外な言葉が返る。アイオネアの言わんとする事も最もだ。今の彼は、アイオネア――――『生命』である空位永遠神剣・【真如】の一部……否、『五分の四もの大部分』を宿しているからこそ。

 

「大丈夫だ。あのヤロウが言ってた通り、俺は()()()()()()()()()なんだから――――そんな奴が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ほとんど、自嘲と変わらないその物言い。彼女はそれに、辛そうに顔を俯けて。

 

【アキ……まさか、貴公】

「……気付いて、しまわれたんですね。兄さまが、()()()()()()()()事に……」

「ああ……俺は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだな」

「【…………」】

 

 二つの沈黙は、肯定の証し。そもそも、ヒントならば幾つもあった。()()()()()()()()()()地位神剣【刹那】の代行者フォルロワから『敵性宇宙(インヴェーダー)』と呼ばれた時点で、()()()()()()()()()()()()空位神剣【真如】の化身アイオネアが『誰か解らない』時点で――――異質だったのだ。

 

「それを行えば……兄さまは生命の加護を失い、次に消滅を迎えた時に――――表現する術もない『  』へと還り、真の意味で『消滅』します。それが、()()()()()()()()()()()()()姿()……」

 

 それは、余りにも不実の永久。一度死ねば気ゆると言う、()()()()()()()()()()()

 

「――ハハ、願ってもねぇ」

 

 だが、それは――この男にとっては。

 

「こんな俺にまで、生命に与えられる最後の恩寵をくれるなんてな――――やっぱり、お前を選んで正解だったよ、アイ」

「兄さま……わたしもです。何モノでもなかったわたしを、見付けて下さった貴方に選ばれて――――幸せです」

 

 恋い焦がれた、人間らしい姿そのものなのだ――――――

 

「兄さま……全ては兄さまの御心のままに。【真如(わたし)】は――――――【無明(あなた)】の為の『神柄(ツカ)』ですから」

 

 諦めるように、媛君は儚い笑顔を見せる。全てを肯定する彼女に、アキの決断に翻意を示す選択肢は初めから無い。鞘刃【真如】に還ると、アキの体内に溶け込んでいった。

 

【そういう事であれば、ワタクシどももお付き合い致しますわ】

【おうともよ、俺っちらの命も媛樣に御返し致します】

【まあ、暫くは帰って来れないだろうけど――僕は処女の護り手だしね……あのクソッタレ男を倒す為なら是非もなし】

【そういうこったね。アタイらの媛樣に猥言を聞かせたツケを払って貰おうじゃないさ!】

【呵呵、父君に対して悪いが、儂の逆鱗は媛樣だからのう……悪いが、生かしてはおけん】

 

 それはまるで、満たされるように。なのに、()れるように。肉体も、生命も――――魂すらも、一つに融け合う。

 そして腰元の五挺もまた、生命をアイオネアへと還して……残った銃は、目の前で五色の光となって【是空】に融けた。

 

「さぁ――――行くぞ、アイ……俺達なら」

【はい――――行きましょう、兄さま……わたし達なら】

 

 アキの足元に、魔法陣が花開く。オーラフォトンとダークフォトンの対消滅により生じた莫大なエネルギー、黄金の無限光の華が。

 

 かつて、『龍の大地』と呼ばれた世界で、ロウとカオスの戦いがあった。その際に撒かれたロウの罠により、【世界】の名を持つ永遠神剣と担い手が生まれた時にある巫女が言った。『神剣との融合など、精神が脆弱な証拠』であると。

 さもありなん、そもそも担い手は神剣との同調率が高ければ高い程に強いもの。ならば――マナを求める永遠神剣が、担い手を取り込んででも強くなろうとするのは自然な成り行きであろう。そして心弱き者はその強制力に屈し、精神を構成するマナを喰われ、傀儡となる。

 

 ならば、この永遠神剣(ふたり)はその反証。マナを求める必要もない永遠神剣と、実親より自らの在り方を否定されても尚、立ち上がる反骨の男。

 それでも――――――

 

「【――――【輪廻(いっしょに)】なら……きっと、全て超えていける――――――」】

 

 それでも、『是我(これがおれだ)』とでも言わんばかりに。【無明】と【真如】の融合した死と生の無限の連鎖を象徴する永遠神剣……『(やいば)』【輪廻】の担い手“(あま)空風(カゼ)のアキ”は――――巨刃剣【聖威】と、半壊したトンプソン・コンテンダー【是空】を握り締めて。

 精一杯の強がりを……唯一無二の得意技である空元気にて、『壱志(イジ)』を吐いた。

 

「駄目です、兄上さま……そんな事をして、もしも兄上さまが消えてしまったら――――ユーちゃんが、アイちゃんが……皆が哀しむんですよ!」

 

 だから、まるでその代わりとでも言うかのように。濡れ羽烏色の長く艶やかな髪を靡かせて、イルカナが、【是空】を握る彼の左腕に縋り付いた。

 

「ハハ、何だ、ルカは哀しんでくれないのかよ?」

「こんな時にまでふざけないで下さい! 私だって……そんな事になったら……!」

 

 それにいつものような軽口が返れば、うっすらと怒り、そして涙を浮かべた彼女が見詰め上げてくる。

 成る程、心配される訳である。射干玉(ぬばたま)の瞳、そこに映り込んだ、今にも絶命しそうな程に傷だらけの己。同じ立場であれば、きっと同じ行動に出ていた事だろう。

 

「全く……最近の妹はこれだからなぁ。やっぱりフーテンの妹、サクラさんくらい向こうっ気が強くないと」

 

 だからこそ、この(おとこ)は折れず、曲がらない。

 

――だが、これは俺の利己(エゴ)……さっきも決意した通り、俺は……俺の為に。俺の大事なモノの為だけに!

 

 縋り付かれていた左腕を優しく振り払う。その動きだけでも気が遠くなるくらいの苦痛を伴いながら。

 

「いつもみたく、不適に送り出してくれりゃあいいんだよ。ルカには、それが一番似合うからな……」

「兄上さま……」

 

 自分の為に、自分の壱志(イジ)を貫くのみ。正に、放たれた銃弾のように……もう二度と、『薬莢(さや)』に戻る事は無くても――――ただ、前に。風の如く、立ち止まらずに前へと。それが、“天つ空風のアキ”と言う侠雄(おとこ)なのだから。

 無理矢理決めたサムズアップと、不敵な笑顔。それを見たイルカナは、呆れ返るように笑って――

 

「……本当に……兄上さまはいざと言う時に空意地ばっかり。少しは弱いところを見せないから、他の女性に相手にされないんですよ」

「おいおい、俺から意地っ張りを取ったらただのチンピラだぜ……それに俺は、『量より質』がモットーなんだよ」

 

 いつも通り、軽口を叩き合う。そして――迷いを振り切るように。

 

「だから――私にも、一緒に戦わせて下さい。私だって【叢雲】の力の一部……足手纏いなんて、真っ平ですから!」

 

 再び左手を取り、その拳に掌を重ねて……触れたのは、壊れた【是空】。

 

「ルカ……けど、お前は」

「はい、お姉ちゃんの一部……つまり、ナル存在です。だから、兄上さまの無限光と――私のナルを、対消滅させましょう」

 

 成る程、対であるオーラフォトンとダークフォトンを対消滅させて得る黄金のマナ(無限光)、そのマナとナルは対。ならば、対消滅により更なるエネルギーが得られよう。

 それは、理解できる。理解できるが――

 

「莫迦……お前の内包する、ナルは」

 

 だからと言って、彼女はあくまでも『ナルカナの力の一部』。内包するナルは、ごく僅かだ。

 それを諫めようとした時、イルカナはにこりと笑った。

 

「全く……最近の兄はこれだから。やっぱりフーテンのトラさんくらい向こうっ気が強くないと。第一、妹の方からこんな事を言わせるなんて何事ですか? 貴方は……気に入らないモノを吹き飛ばす風でしょう?」

 

 にこりと不敵に笑いながら、そんな台詞を口ずさんだ。アキはそれに一瞬だけキョトンと三白眼を円くして。

 

「――――ハハ、こりゃあ一本取られたかな!」

 

 やおら口角を吊り上げながら【是空】に力を振るう。アキの――【無明】の意味、『迷い続ける事』……則ち、『自らの在り方を選びとる』力により、イルカナの持つ『ナル』と融合させて――――新たなる力へと。

 突き出された【是空】の先に、漆黒の虚無(ナル)が集う。その奈落に、アキより生じた黄金の無限光が混じり――――

 

――クソッタレ……無限光どころか、俺の生命の全てを根刮ぎ持っていかれそうだ……!

 

 その虚無の濃さに、反吐を吐きたくなる。虚無はたったそれだけでも、この世の全てを呑み込もうとする奈落のよう。

 

「――上等だぜ……呑み込めるもんなら呑み込んでみやがれ……俺は、それを満たす伽藍堂だ!」

 

 その逆境に、咆哮する。血反吐と共に、全霊を籠めて――――無限光と虚無を遂に、蒼く煌めく燐光を纏う、荘厳なる黄金の『無量光』と換えた。

 

「……良いんだな、ルカ――」

「はい、兄上さま――私の力を、使って下さい」

 

 握り締める、無傷に回帰した【是空】。しかしそれは今までの『トンプソン・コンテンダー』ではなく、『ブローニングBLR』のような、龍の顎を思わせるラインで上下に分かれ合間から銃口が覗く、さながら西洋の聖剣を思わせる程に流麗なダマスカスソードの両刃銃剣(バヨネット)の備えられた、レバーアクションライフル。

 ストックは中心にグリップが配置された、中空の物となっている。

 

「神剣【叢雲】の化身、ナルカナの力の一部イルカナではなく――――イルカナの力として……」

「ああ――――輪廻の先まで残るように確りと、覇皇(あくとう)の強さを、奴に見せつけてやる!」

 

 へたり込んだ彼女に答えると共に、空間跳躍で至近距離に現れたタキオスの『空間断絶』を『楯の力(ナル)』の概念の具現『ディスペランスシールド』で可能な限り減衰させつつ、巨刃剣【聖威】で受け止める。

 タキオスの【無我】は、それで漸く殺傷能力を防御可能なレベルまで低下させた。

 

「フ、新しい力を手にしたとて、付け焼き刃ではな――この俺を、失望させるな!」

「ハ――――慌てんなよ、クソッタレ……今すぐにその御自慢の剣ごと、この時間樹から消滅させてやる……!」

 

 どこか楽しげな様子で吼えるタキオスに、やはりどこか楽しげな様子で吼え返したアキ。その姿形は、紛れもなく――――同じ血を感じざるを得ない。

 【聖威】を鍔競り合わせたまま、掌でスピンローディングさせた【是空】の銃口をタキオスの眉間に向ける。

 

【マナよ、輪廻龍の息吹となり敵を討て――】

 

 魂に響いたのは、懐かしい言霊。恐らくは記憶を読んだアイオネアがドッペルゲンガーから【幽冥】の技の知識を得たのだろう。

 

「【略式詠唱(ダブルアクション)――――リインカーネーション!」】

 

 花開く、青き漣獄(れんごく)。ナルカナが焔により焼き尽くす事で『終わりから(から)に還す』なら、アイオネアのものはあらゆる生命を『生命のスープ』に還元する事で『始まりから(から)に還す』神剣魔法(ディバインフォース)。並みの防御ならば、既に勝負が決する程の一撃だ。

 だが、それ程の一撃を持ってしてもタキオスは揺るがない。その『絶対防御』は、尚も健在――――!

 

【ふん……新たな力とやらを手に入れても、このままではジリ貧だ。何か打開策でもあるのか?】

【ええ、有ります……兄さま、わたしとフォルロワさんに無量光を……全て、注いで下さい】

 

 フォルロワの至極当然の疑問に、アイオネアはさも当然の如く答える。実際に握り締めていたアキにはその瞬間、【聖威】が震えたのを確りと感じた。

 

【な――バカな、そんな事をしたら、我の全ての力を取り戻して余りある! いや、むしろ我の容量を……】

【出来ます。だって、わたしは『刃』で……貴女は――――第一位永遠神剣でしょう?】

 

 アイオネアは、フォルロワの問いにさも当然の如く答えた。それに、フォルロワは至極の答えを返す。

 

【言ってくれる――――貴様こそ吠え面を掻くなよ、『刃』!】

 

 それに、フォルロワの自尊心が奮い立つ。彼女は紛う事なき第一位永遠神剣【聖威】。その巨大な刃に、意を沿わせて――

 

【行きましょう、兄さま――――】

【行くぞ、アキ――――】

 

 【聖威】を腰溜めに、【是空】を銃形態から剣形態に……グリップとストックを刃と水平に為るように動かし、上下の刃が噛み合うように閉じた形態に換えた。

 周囲の空間を埋める黄金の無量光の瞬き。足元の魔法陣から地吹雪のように沸き上がる金の蛍雪の如き光を眺めながら、アキは完治した腕を虚空へと翳す。

 『プロファウンドパワー』が補填して、更に強化した肉体。開いた直ぐさま傷口は埋められ、折れた骨も瞬く間に接ぎ合わされていく。いつまでも終わる事無く攻勢を続けられるように。

 

「――成る程な……こりゃあ、凄いな」

 

 際限も、限度も無く広がっていく知覚。それは今までで、一度も得た事の無い感覚。

 

――闘える。俺は、コイツを相手にしてでも闘える。そうだ、今の俺なら――――……死ぬまでだって、戦っていられる!

 

 漸く勝算を得て、体を包み始めた高揚。【輪廻】という発火装置を用いたそれは、瞬く間に彼の全身を這い上がり――

 

【ええい、何時まで待たせる気だ、アキ! 早く“黒き刃”をどうにかせねば、時間樹の崩壊を止められぬぞ!】

「イテテ、解ってるよ」

 

 キィィン、とフォルロワから頭の中で硝子を引っ掻かれたような不快感を与えられる。それを堪え忍び、懐から煙草を抜き出して――――空箱な事に気付いて、握り潰すと根源の闇底へと投げ棄てた。

 

「……ちょっと感動してたんだよ。『名は体を表す』ってな。先人の知識には驚かせられるぜ」

【はぁ? 毎度の事ながら意味の解らぬ事を……】

 

 その琥珀の瞳には、何の感情も映ってはいない『空虚』。それが、瞬きの後に充たされる。幼く、純粋な笑顔で。

 

「だけど――意味も価値も理由も無い……それこそが俺の生きる意味、生きる価値、生きる理由だ」

 

 見出だしたのはただの詭弁、ただの屁理屈だ。

 だが、それでも。

 

「その答えを得ただけで……俺には生きてきた意味が、価値が、理由が在ったんだ」

【兄さま……】

 

 それでも――この強情っ張り男が"壱志(いじ)"を張るには充分な因果だった。

 

「……だからまぁ、折角そんな俺の父親に会ったんだ。孝行しねぇと、仁義に反する」

 

 そして――再度行った瞬きの後に浮かべた悪辣な笑顔。口角を吊り上げた彼は、視線をタキオスへと向け直した。

 

「俺の『十八番(ころし)』が孝行に成るんだ……今までずっとそれを研鑽して来たなんて、ホンットーに孝行息子だよなァ、俺って」

「フ……違いないな。だが、勝算は有るのか?」

「あぁ、有るさ。あんだけ盛大に『二つも三つも技は不要』なんて言ってんだ……アンタの技は、三つとも全部見させて貰った」

 

 【是空】と【聖威】を握れば、戦意が沸き上がる。最早、何一つ気負いなどない。

 

「俺に同じ技は二度通用しねぇ……どんな特殊能力で来ようと、生命はそれを乗り越えていく"可能性"そのものなんだからな」

 

 穢れきった、他人の手垢に塗れた奇跡を己のものとして行使する。それが――――【輪廻】の持つ能力だ。

 『思い描く事の出来る森羅万象を実現する可能性を選び取る』能力。『生命』という、反骨の歴史の具現。川の流れを変え、空を飛び、病を克服する。連綿たる歴史の中で、何度も不可能を可能にして……今や生まれた星すら食い尽くし脱出しようとしている、ウィルスと同じ行動理念を持つモノ。

 

――それの何が悪い。必死で命を燃やす事に、善悪が有るのか。

 善も悪も人間が生み出したもの。そう、同じ人間が生み出したその下らないものに従う謂れが何処に有る――――!

 

 意を沿わせると共に、無量光が【是空】と【聖威】に集う。荘厳な光が(きっさき)を形成し、形状を露にしていく。

 

「さて、行こうぜアイ……」

 

 差し出された、弐刀。目映く煌めく、その双振りを――――

 

「――――さっさと片付けて、時間樹の崩壊を止めるぞ」

【――はい!】

【――当たり前だ……行く!】

 

 柄を握り締めれば、黄金の光が燐光を溢れさせて煌めく。まるで、生命の煌めきのように。

 

「ああ……我が生命、空位永遠神剣【輪廻】。我が朋友、地位眷属第一位【聖威】!」

 

 その弐刃を構える。中央亜細亜においては、"英雄"が持つとされる波紋刃(ダマスカスブレード)。瑠璃色の波紋が拡がる星光の剣を、両手で握り締めれば……二重螺旋を画く、『天の力(マナ)』と『地の力(ナル)』。

 その『対消滅』により得られた、文字通り生物の揺籃たる星の光を湛えた無量光の、刃を。

 

「そうだ……闘争こそ! 極限状態の生命のやり取り、この高揚こそが――生きる意味だ!」

 

 それに、猛々しく壮絶な笑顔とダークフォトンを纏う【無我】を向けるタキオス。その身は再度、漆黒のオーラを纏い……先程突破したばかりである限界の更に先に有る『限界突破』を行う。

 それは正しく――狂躁と狂熱に脳を冒された、獣そのものだった。

 

「「――――ハァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」」

 

 最早、言葉を交わす事すら無く。しかしまるで申し合わせたように、同時に互いの『必殺技』を繰り出す――――!

 

()ィいくぞォォォッ!」

 

 空間を引き裂き、死滅させながら大上段から襲い掛かる【無我】の『空間断絶』。それは敵の防御も空間を引き裂く事で、問答無用に叩き斬る一撃だ。

 対する刃【是空】も、大上段から真正面に振り下ろされて斬り結び――

 

「【天――――――……!」】

「――――な、に!?」

 

 斬り結んだ一撃は『電光の剣』、彼の名『空』の起源に由来する『繋ぎ結ぶ』概念で空間を弥縫された事により――タキオスが作り出してしまった、刹那の隙。

 それを見逃すアキではない。瞬間に、黄金の光芒を纏った【聖威】で『星火燎原の太刀』を振り抜く――――!

 

「【――壌――――――!」】

「――――ッ!」

 

 それにタキオスは、『絶対防御』にて防御を行う。空間を遮断するという防御だ、同じ空間操作系の永遠神剣でなければ対抗は不可能といっていい。更にその遮断膜を自ら断絶しながら、【無我】を横薙ぎに繰り出す。

 

「ガッ――――!」

 

 その遮断膜を――……『空』のもう一つの側面、『断ち斬る』概念が斬り拓いた――――――!

 

「【――――――無――――!」】

 

 タキオスから繰り出される横凪ぎ。しかし、横腹を切り開かれながらも、避けはしない。切り開かれながらも、その血を打ち撒けながらも――――それでも尚、歯を食い縛り――――――【是空】にて『南天星の剣』を振り降ろして。

 

「【――――――――窮……ッのォォォォッ!」】

 

 同時に振り降ろされた【無我】にて身を割かれつつ、繰り出された横凪ぎ。更に、振り上げられた【無我】に続き、【聖威】での切り上げ『北天星の太刀』と切り上げと【是空】の切り下ろしを行い、飛び上がり――――

 

「【【――――――――――――太刀!」】】

 

 全身全霊を籠めて振り下ろした両の剣での『光芒一閃の剣』により完成した『天壌無窮の太刀』が、足場に巨大なクレーターを穿った。

 

「ぐ……ぅ、ぐふっ! み、見事! 強者には、敬意を払わねば……なるま、い……」

 

 絶命を免れぬ程に肉体を断たれ、滅びゆく彼の命。しかし、その実存は一部とも揺らきは無く――――

 

「……煩せェよ。とっとと、死ね」

 

 肩口から入った一撃により深々と躯を斬り裂かれたタキオスが、血を吐く。

 そのタキオスの『空間断絶』は、無量光の楯『ディスペランスシールド』に阻まれ……あと数ミリほど、彼の心臓まで届いていなかった。

 

 ずちゃり、と。聞くに耐えない音と共に、三つの刃が引き抜かれた。僅かに距離を取り、アキは残心を示す。示したところで、もう満足に動く事も出来ない辛勝だが。

 

「ふ……【無我】よ――」

「ッ――――」

 

 その瞬間、タキオスが足場に【無我】を突き立てて息吹を掛けた。漆黒のオーラが沸き上がり、アキを覆い――

 

「この者に、活力を……」

「――って、何ッ?!」

 

 オーラは、アキの傷を完全なまでに癒した。ほとんど、戦う前の状態にまで。

 

「何の……つもりだ」

 

 体の具合を確かめながら、油断無く睨み付けて問う。それにタキオスは、ふっと相好を崩して――懐から何かを抜き出すと、アキに投げて寄越した。

 

「ふむ……何、ご褒美という奴だ。孝行息子への、な」

「……舐めやがって」

 

 つまり、この男は――――それだけの余力を残していたのだ。全力を使い果たしたアキとは違い、まだ。

 その経験と実力の差を、嫌と言う程に思い知らされた。

 

「……いやはや、後世恐るべしだな……外宇宙で待っている、また……合見(あいまみ)えたいものだ……」

「ああ……何度だって殺してやる」

 

 【無我】と共に、白いマナの霧に変わって消えて逝ったタキオス。だが……エターナルは契約した永遠神剣を手放して死なぬ限り、消滅しない。また、神剣宇宙で復活するだろう。

 

「………あー、クソッタレ……」

 

 胸の痛みに悪態を吐きながら、へたり込む。その視線の先には、掌の中で弄ばれる――鉄葉(ブリキ)の缶ケース。

 

「……煙草、か」

 

 それは、以前写しの世界で会った際にタキオスが吸っていた紙煙草の金属箱。中身の煙草は、僅か数本減っているだけだった。

 

「……チッ」

 

 それを、忌ま忌ましげに投げ捨てようとして――

 

「――兄さまっ!」

「――兄上さまっ!」

「――うおっ……とと……」

 

 剣から化身に戻った――――同い年くらいまで成長した姿になっているアイオネアと、戦闘を見守っていたイルカナに抱き着かれ……泣かれて、うやむやになってしまう。

 

「ふん……危うい闘いをしおって。自覚しろ、一時的にとはいえ我を担うのならば、負ける事は許さん」

「へいへい……努力しますよ、お姫様」

 

 そして化身化して腕を組み、つんとそっぽを向いて銀のポニーテールを靡かせる――――限界にまでマナが充填された為か、大人の姿に戻ったフォルロワの姿があった。

 

「おーい、空――!」

 

 そんな彼等へ、遠くから声が響く。ソルラスカ達の声だ。それに叫び返す余力も無く、手を振るに留める。そして――どうやら手製らしい煙草を銜え、自前のライターで火を点す。

 

「っと……悪いな、フォルロワ」

「構わん…………今回は大目に見てやる」

 

 了承を得て、紫煙を燻らせる。肺腑を満たす独特の渋い香気、かなり強めのニコチンの味わいに堪らず咳を一つ払って。

 

「クッソ不味……」

 

 そんな呟きを溢して、静かに笑った…………


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