サン=サーラ...   作:ドラケン

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星天と叢雲 無我と無明

 爆音が虚空に、激震が石床に轟き続けるヒヌリ階層を見据えるエト=カ=リファ。依然として揺るがぬまま、足場に【星天】を突き刺して腕を組んだ不動の構えで。

 ただ、その表情は厳しい。それもその筈だ、彼女の両腕たる神々は両方討たれて軍勢も強襲揚陸艦から降り注ぐ散弾ミサイルとその子弾の地雷源により、吶喊する敵の神剣士達を屠れないでいた。

 

「役立たずな道具共め……やはり、信ずるに値するは【星天】のみ。この我が自ら出るより他には無いという事か」

 

 呟き、組んでいた腕を解いて――石床に突き立てていた己の神剣、斬馬刀型の【星天】を抜き放つ。

 

「――星天の輝きよ、反逆者の身を焦がせ!」

 

 その一撃、『天球の輝き』を持ち――激烈なる力を消滅させながら彼女を狙った準星の輝き『オーラフォトンクェーサー』を相殺してのけた。

 【星天】を下ろし、クレーターと化して開けた目の前を真紅の瞳が睨みつける。目の前で……パチパチと拍手している満身創痍の青年と、彼の後ろに寄り添うように立つ滄い少女と銀髪に黒衣の娘と――何処か、大切な筈だった『誰か』に似ている黒髪の少女を。

 

「いや、お見事。クェーサーでも掠り傷さえ付けられねぇなんて。こりゃあどん詰まりかな」

「下らん軽口は止せ、戦の空気が汚れる……否、そもそも貴様などの野犬にエターナルの誇りを説いたところで無駄か」

 

 欠伸を噛み殺しているアキの肩、ショルダースリングによって掛けられているライフル銃。しかし、彼女が前に見た時とは形状が違う。具体的に言えば、銃剣が装備されていないのだ。

 鞘刃(さや)が装填されていた部位は『筒剣(とうけん)』、本来はそう在るべき黒い筒剣(ブラックバレル)が剥き出されている。『殺意』そのものを表すように。

 

「……何のつもりだ、下郎。この我を相手に、神剣の能力を制限して戦う気か」

「制限だぁ? ハ、悪いけどそんな余裕が在る訳ねぇだろ。ただ単に、無茶な技を使わせちまったんで休ませてるだけだ。第一俺の神剣は"生命"だし、何より俺より弱い神剣の担い手なんて神剣宇宙中を探しても居ねぇよ。断言していい、俺は最弱の神剣使いだ」

 

 そう、己を卑下する言葉を吐く。しかし――その表情には、間違いなく『誇示』が在った。

 

「――だからこそ、俺は俺よりも強いお前に克つ。俺は弱者のまま、強者のお前を倒す。それが俺の"魂"……現代戦から英雄を駆逐した"銃"だからな」

 

 現代において、『英雄』とはもはや廃れたモノとなっている。さもありなん、剣や槍、弓などの『技量』が物を言う旧来の戦ならいざしらず……雑兵までも一発で相手を選ばずに殺せる武器を手にしていれば――英雄など生まれる余地が無い。

 則ち、銃とは英雄の天敵。戦場の栄えと誉れを殺した歴史の転換点(ターニングポイント)

 

「こっからはR18指定タイムだ。なぁに、直ぐ終わるから目と耳を塞いで、また俺がこうするまで待ってろ」

「はい、兄さま……」

「……よかろう、粛清は貴様に任せる」

 

 ぽん、とアイオネアの頭。花冠の上からしっとりと手触りのいい髪と小さな龍角を撫でる。少し疲れた様子だった彼女だが、それに暫しうっとりして言われた通りにぎゅっと瞼を閉じて龍耳を塞いだ。

 フォルロワはただただ不愉快そうに腕を組み、銀色のツインテールを靡かせてそっぽを向いた。

 

「じゃ、徃くぜカミサマ。これが世界の理すらも越えて行く、人間(ヒト)生命(ちから)だ」

 

 それを確認した後の流麗な動作、さながら空中で旋回して雲を引く戦闘機のように美しくスリングを棚引かせる。

 一回転させて構えた"永遠神銃【是我】"は、その一点を誇張した神造兵器。聖剣等と違い、選ばれた一握りの強者が持っても大した意味は無く……世界の九割を越える選ばれない弱者が持つからこそ、真に意味を持つ可能性(ぶき)

 

 如何なる雑兵にも、如何なる英雄をも他の雑兵と何一つ変わらずに殺し得る唯一の武器(かのうせい)たる……"英雄殺し(ジャイアント・キリング)"である。

 

「――よくぞ吠えた、堕剣! この世界の理は則ち我と同義……破壊と消滅すら、我が意のままである。貴様のその幻想(おもいあがり)を、我が【星天】をもって粉微塵と打ち砕いてくれる!」

 

 腰矯めに構えた【星天】を、眼前の不敬者――アキとアイオネアに向けて突き出す。

 

「この男の次は貴様だ、フォルロワ……今度こそ、跡形も残さずに――っ!」

 

 その刹那、蒼茫の焔が空間を焼き斬る。ヒヌリ坂下からサラワ坂下迄の距離をゼロ秒で疾駆した輪廻龍皇(アキ)【是我】(つめ)が、全属性プロテクションの『創世の光』を透禍(スルー)してエト=カ=リファの首を狙い――常時展開する防御『創世の影』にて辛うじて受け止められる。

 そこに周囲のエターナルアバター達が主君の危機に即応し、アキへと無数の神剣を降り下ろす。しかしその神剣の槍襖も、原初マナの防御『ハイパートラスケード』により防がれて届かない。

 

 そしてその薄光色の楯の奥で、【海内】を『トーラス・レイジングブル』から『キャリコM950』と『ビゾンPP-19』へと変えて掃射する。交差していた腕を振り払うように放たれた分間一千発の『デュアルマシンガン』と『イミネントウォーヘッド』の弾幕に、至近のアバターは為す術も無く蜂の巣に変わった。そしてそれらを融合させた重装弾(ペイロード)ライフル『バレットXM-109』の『ブラストビート』で薙ぎ払う。

 だが、それを凌いだ他のアバターは何とかディフェンススキルを展開。反撃の隙を伺い――『CZ-75』【天涯】が変化した『XM-25 IAWS』と『ベレッタM92F』【地角】が変化した『US-EX41』のグレネード……粘着榴弾(HESH)の『アゴニーオブブリード』により、()()()()()()()()()()()()()()()、自らのディフェンスに使用したマナの破片でダメージを受け、更に【地角】のポンプアクションを操作する間、放たれる自動式(オートマチック)グレネードランチャー【天涯】の装弾筒付き翼安定鉄鋼弾(APFSDS)の『フォトントーピード』がディフェンススキルごとアバターを貫徹する。

 そして、仲間の屍を乗り越えて。()()()()()()()()()()()()アバターどもがアキに向けて疾駆し――【連理】を変化させたポンプアクション式散弾銃(ショットガン)『フランキ・スパス12』の『フロストスキャッター』で纏めて引き裂かれて。

 残った後衛が攻撃に備えて、永遠神剣を構える。しかしそれは、最早命を楯にしただけの物であり――【比翼】の変化した『RPG-22』の『ナパームグラインド』で跡形もなく燃え尽きた。

 

「星天の祝福を受け取るがいい、異物ども。至高の力を知り、我を崇め讃えよ!」

 

 最後の一体を多用途暗殺拳銃(アパッチ・デリンジャー)【烏有】の『ヘリオトロープ』の核融合で消滅させたその瞬間、瞬時に空間に満たされた、かつて生命で在ったモノ。彼女によって摘み取られた幾つもの世界で幾つもの生命を形作っていた、莫大という言葉すらも矮小な程の……この時間樹のマナそのものの煌めき。

 それが槍のように、アキへと襲い掛かり――――

 

術式棄却(ソード=オフ)……」

 

 それを躱す事なく、発動した彼の切り札。【是我】と【烏有】を融合させたトンプソン・コンテンダー――オーラフォトンとダークフォトンの対消滅により、場に吹き荒れる黄金の風。

 迎撃の為に、本来は発動に必要な言霊(パスワード)を省略した零秒(ゼロセコンド)発動。

 

 銃口に展開される三重冠の極光のオーラに現界の制約を解かれて、『永劫回帰の銃弾』は本来の形状である"  "へと。輪廻龍の斬刃(きば)へと回帰して――

 

「"永劫回帰す輪廻龍の斬刃(エターナル・リカーランス)"――――!」

 

 絶望を真正面から撃ち倒すべく、金色に染まった"天つ空風のアキ"の『最強の剣』が迎え撃つ――――!

 

「無駄な真似を――」

 

 その嘲りも当然の事だ、これでは大津波に小石を投げて太刀向かうようなもの。

 アキに先制してエト=カ=リファの放った技『星界の呼び声』はあらゆる守りを貫通(ペネトレイト)するだけに留まらず、何者であろうとも介入(インタラプト)をも許さない彼女の切り札。

 

 どんな策略を敷いていようとも、先に発動してしまえば勝利が確定するのである。

 

 それ故に、彼の斬刃は煌めきに飲み込まれる。大瀑布に消える木葉のように、一点の波紋すらも残す事無く。

 圧倒的な大暴力、世界そのものの煌めきを以ってエト=カ=リファはアキを押し潰し討ち滅ぼし――――――――己の心臓に突き立つ、黄金の斬刃を見た。

 

「え――――――――?」

 

 血の気の消え失せた唇から漏れた掠れた声、それに続くようにアキがイジェクトした排莢音が高らかに響き――彼女の驚愕に見開かれた瞳には、更に絶望的な光景……無数にひび割れた【星天】が映る。

 その刹那の己自身の拍動により、斬刃の突き立っていた心臓が軋み……弾けた。生きる為の行為により死に至る、その不条理。

 

「なに、これ……だって、そんなの、おかし……い」

 

 『敵を殺す』という役割を終えた薬莢には最早、回帰はない。カラン、と地面に墜ちた空薬莢が石畳に当たって砕け、割れ鐘のような音色を奏でた瞬間……それに呼応したかのように【星天】が砕け散ってマナに還っていく。

 同時に破綻した心臓が停止して、彼女は口から声と血を零した。

 

「だって、我……わたしの方が、先に」

 

 余りの衝撃に、『創造神』という殻に閉じ込めていた本来の彼女が打ち撒けられる程に。

 

「……後か先かで言えば、俺の方が早かったさ。剣は振らなきゃ殺す意思を持たねぇけど、銃は銃弾を装填した瞬間から意味を持つ」

 

 いつの間にか、至近距離に立っていたその男。無感情な死龍の魔瞳でエト=カ=リファを見下ろす、『相討ちでなければおかしい』筈のアキが――突き立っていた斬刃の(なかご)を握り、無造作に引き抜いた。

 

「リカーランスは、装填した瞬間に回帰して相手を撃ち殺す。その後に起こった事象じゃあ、止める事なんて出来やしない」

 

――より正確に表すんだったら、『無効化されても』が付属する。何かしらの要因で効力を失っても、改竄されたとしても……何度でも『始めからやり直す』。そして、殺した相手が行った『それ以降』の行動は『無かった』事になるという訳だ。

 それこそが『永劫回帰』、決して変えられない運命の轍だ。

 

 血に塗れて露になった、酷く凶悪に刃毀れした剣刃。それは彼の魂の抜け殻(カタチ)たる"永遠神銃"の銃身部(バレル)の内側に刻まれている、今は既に失われてしまった"霊魂"の転写……旋条(ライフリング)の痕。

 

「アンタの敗因は、ただ一つ――暗殺者(アサシン)に復讐の機会を与えた事だけだ」

 

 それに伴って栓を失った、胸部に穿たれた風穴から血が零れ出す。血が零れ出すと共に冷たい何かが体に入り込み……まるで糸の切れたマリオネットのように、彼女は膝を折った。

 そして背中の金剛球もまた、刃に貫かれていた穴から拡がったヒビが全体に廻り割砕した。

 

「わたしは……死ねない…………わたし、は……この、時間樹を……存続……」

 

 死に逝く瞳は次第に光を失って、声は力無く誰にも届かない。

 ただ……魂にまで焼き付いている、妄執が彼女の意識を支えている。

 

 しかし、奇跡など起きない。既に彼女の【星天】は砕け散っていて神剣魔法等の癒しは受け取れず、例え何かの助けで蘇生しても――リカーランスがそれを赦さずに、何度でも回帰して殺すのだ。

 最早、終わっている。将棋で言うところの『詰んだ』状態だ。

 

「死ねない……わたしは、わたしは……何故、死ねない……?」

 

 それでも、その身を焦がす衝動が有る。一体何故、誰の為にだったのか――それすら、永遠の流れの中で摩耗したというのに。

 

「……馬鹿ね、生真面目過ぎるのよ。あんたは……」

 

 その死体を、そっと。誰かが抱きしめた。冷たくなっていく体に、染み入るような温かさ。

 それに気付いて、酷く億劫な瞳を動かして。

 

「……あぁ……」

 

 エト=カ=リファはそこで、漸く……見上げた少女(イルカナ)が誰に似ていたのか。

 彼女を初めて『救って』くれた、その存在を。

 

「わたしは……あなたを……友達を、【聖威】から……守りたかった……わたしは、あなたみたいに……自由に空を渡る、【叢雲(くも)】のように……ナルカナ……大好きなあなたみたいに…………なりたかった……」

 

 一体何の為に、この時間樹を存続させたかったのかを……漸く、思い出した。

 

「あたしもよ、エト=カ=リファ。あたしも、あんたが……夜の空に瞬いて、道に迷った旅人を導く【星天(ほしぞら)】みたいなあんたが……大好きだったわ」

 

 イルカナのその囁きに、彼女は……永年捜し求めた答えを見つけたかのように、優しく微笑んで。

 

「……疲れた……とても、とても……」

「ええ。お休みエト=カ=リファ……今まで頑張った分、ゆっくり」

 

 親友の腕に抱かれて、眠るように安らかに終わったのだった。

 

 その光景を見届けてからアキは、斬刃を振って滴る血を飛ばす。神の血とマナを啜って歓喜する斬刃は紅く、ぬるりと下品に煌めいて見えた。

 

「……憎いか、俺が」

「……いいえ、兄上さま。むしろ、感謝してます。最期を看取らせてくれた事に」

 

 問いに、エト=カ=リファの亡骸を横たえたイルカナは晴れやかな表情でそう答える。

 

「逆に聞きます、兄上さま。まだエト=カ=リファが憎いですか?」

 

 そして唐突に、そんな問いを投げ掛ける。酷く真面目な顔で。

 それに、青年は――

 

「莫迦も休み休み言えよ。殺した相手の事なんて――もう、何とも思ってねぇさ。なぁ、フォルロワ?」

「……一々癪に障る奴め」

 

 エト=カ=リファの生命を奪った斬刃をマナの霧に粉砕(かえ)しながら、難しい顔をしたフォルロワをからかいつつ気怠げにそう答えた。

 

「……実に兄上さまらしいですね。ところで――どうしてアイちゃんに目と耳を塞がせたんですか?」

 

 呆れたような、嬉しそうな口調で宣う彼女をマナが撫でていく。

 言い方が悪くて伝わり難いのだが……自分の生まれた世界を滅ぼした相手を赦すと言ってのけたのだ、この男は。

 

「そりゃあ……正直嫌いなんだよ、この技は。だってそうだろう、何の努力も無しに他人の努力を踏み躙るなんて――格好悪い事、この下無い」

 

 そんな憎しみすらも無に還した、その青年。その破綻した優しさ、破綻したヒロイズム。

 悪逆な、正義の味方では不可能な『義』の具現。ダークヒーローのように、カリスマとは何処か違うのだが人を惹き付ける魅力を持つその背中に。

 

「全く……本気になっちゃったら、責任を取ってくださるんですか」

 

 少し頬を染め、届くか届かないかの小さな声で呟くイルカナに。

 

「本気? ハハ、あと十年したら俺の方からお願いしたいね」

 

 永遠神剣が年齢など重ねない事を知っているからこその、いつものように不真面目に答えを返して……まだ言われた通りに目をつむり、耳を塞いでいるアイオネアの頭に手を置いたアキヘと。

 

「言質は取りましたよ、兄上さま。どうなっても知りませんから」

 

 イルカナは、そう不敵に笑って。いつもと変わらない笑顔を見せたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 全て終わり、静寂に包まれる戦場。砲撃も止み、数百居たアバターが……生み出し、使役していたエト=カ=リファが最期に何かをしたのだろうか。立ち尽くすと、緩慢にマナの霧と消えていく。

 そんなマナの霧が立ち上る根源回廊の最下『星天根』を鉄機馬で疾駆するアキ達。流石にオフロード過ぎるので、揺れが激しいようだが。

 

「アイ、悪いけど」

【はい、兄さま。それくらいならできます……小輪廻の輪よ、この須臾(しゅゆ)の時を正しき流れに帰せ――汲めど尽くせぬ生命の源泉(レーベンスボルン)

 

 まだ消耗から回復していない【真如】のままのアイオネアの祈りに答え、虚空に描かれたステンドグラスの精霊光。神子を抱く聖母を囲む聖人のイコンを思わせる、輝ける生命の讃歌。転生律『サンサーラ』の廉価版である。

 その圧縮された雫がアキに滴り、染み入れば――瞬く間に生命が還ってくる。その些末な傷は消え去り、失ったマナすらも再び満たされた。

 

「何度見ても、凄い……癒す事にかけては、アイちゃんの右に出る神剣はありませんね」

「ハハ、そりゃあアイは生命そのものだからな。なんでも、全ての生命は大いなる時の輪廻の果てにアイに回帰するそうだ」

【ほぇ……そ、そうなんですか?】

【どこの外なる神だ、全く……】

 

 "永遠神銃(ヴァジュラ)"【真如】をホルスターに戻し、バイクの速度を上げる。

 差し掛かったその地点は、『幽明交差ミスキバ』。

 

「さぁ、ソルラスカ達と合流だ。急ごうぜ――」

「――ふむ。だが……まず先に、俺と()り合って貰おうか」

 

 その声が響いた刹那、体を倒して石畳にタイヤ痕を引きながら急停止した。

 

――大気が凍るような、重低音。目前に立つその存在から放たれた声に……魂が凍り付きそうになる。

 前も感じた事のある、この感覚。そうだ、ダラバと対峙した時だ。

 

「……驚いたね、オッサン。まさかアンタも神剣士だったとは。でもこっちは見ての通り妹と知り合い連れでさ。カツアゲとかは、マジで勘弁して欲しいんだけど」

「……だから、オッサンと呼ぶなと言うに。この前買っていた指輪はその娘に贈ったのか? そしてその問いには否と答えさせて貰うぞ、俺はエターナルだからな」

 

 そしてそれは、やはり――知った声だったのだ。同時に、鋭く地面を刔る音。硬い何かが突き立てられた音が響く。

 

「俺はロウ=エターナルが一翼……第三位永遠神剣【無我】が担い手――――"黒き刃のタキオス"だ」

 

 悠然と、泰然と。十字路の中心に立つ金髪の大男。筋骨隆々の、黒い篭手とマントを身に纏い悠然と佇むその姿。

 その得物は成る程、黒き刃。肉厚ながら、鋭い切れ味を持つだろう大鉈【無我】。第三位の神剣とは思えない、圧倒的な存在感を放つ……タキオスの永遠神剣。

 

【ちっ……友人の家ではないのだぞ。次から次に、異物どもめ!】

「あ……兄上さま……」

 

 吐き捨てるフォルロワとは対照的に、タキオスの放つ強大な、剥き身の刀のような闘気に当てられたか。イルカナは軽く震えながら、アキの聖外套の裾を引いた。

 

「……アイと一緒に下がってろ、ルカ。流石にヤバい」

 

 彼女を守りながらで戦えるような手温(ぬる)い相手ではない事くらい、瞬時に気付いている。

 鞘刃【真如】をイルカナに預け、【是我】を番えて腰を落として構え、いつでも、どんな動きにでも対応できるように姿勢を変える。

 

「三体ものエターナルとの闘いの後だが――――体調は是非も無いようだな。手間が省けて助かる」

「……ハ、戦う理由が無いんだけど。俺とアンタはさ」

「そう来ると思ってな……戦う理由を用意しておいた」

 

 そうして、タキオスは指を鳴らす。すると何処から現れ出たのか、色とりどりの女達……一様に獰猛な顔をした半透明の身体とハイロゥを持ったエターナルミニオンが、周囲を囲んでいた。

 

「これを、お前達の仲間の元に向かわせた。今頃はどうなっているだろうな?」

「「――――……」」

 

 息を呑む音。そして――……

 

「へぇ、そりゃ良かった。出番が少なかったとか怒られなくて済む」

「……何?」

 

 泰然たるアキの言葉に、タキオスが意外そうな顔をする。そのタキオスに向けて、アキは。

 

「――――俺の自慢の『家族(クソッタレ)』を、甘く見んなって事だよ」

 

 自信満々にそう、啖呵をきった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「――やれやれ。タツミの采配も中々に正確だな」

「ふん、偶然に決まっています。こんな敵襲を、アイツが予想していた訳が無い」

「それでも、もしも全戦力を投入してエト=カ=リファへと挑んでいたら……挟撃は避けられなかったでしょうね」

「はい……運も実力の内です」

「アッキーの場合は、悪運だろうけどねー」

「違いねぇ、トレジャーハンター向きだな、アキの奴は」

 

 ヒヌリ坂下よりソルラスカ達の一団を挟撃しようとしていたエターナルミニオンの消え行く亡骸を余所に、少女達と青年は軽口を交わし合う。代わりに辺りは完全に掌握されていたが……彼らには焦りの色は無い。

 

「さあ……掛かって来なさい。私達を――神を討った私達『煌玉の世界』の神剣士を恐れぬならば!」

 

 長女であるミゥが鬨の声を上げる。それに呼応して、各自永遠神剣を構えたルゥ、ゼゥ、ポゥ、ワゥ、そしてクリフォードの六人。

 狂ったような笑い声を上げながら襲い掛かってくる十数体以上ものエターナルミニオンも、彼らの連携に次々討たれていく。

 

 何故ならば、慣れた事だからだ。彼女達の生誕世界『煌玉の世界』唯一の街『エルダノーム』に押し寄せる、『悪魔』の軍勢を相手に戦っていた彼らには。

 

「どうした――その程度で、俺達の翼は折れねぇぞ!」

 

 それは正に、現時点の戦力の中で考えうる最高の守護者達だった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 クリフォードとクリスト五姉妹の奮戦を持って、エターナルミニオンの軍勢が押し止められている事を確信したアキは、余裕を崩さない。

 寧ろ、先に余裕を崩し――

 

「――クハハハハハハッ、成る程! 軍略では俺の負けか、流石だなアキ! それでこそ――――この様な回りくどい作戦に荷担した意味が有る!」

「きゃあっ、あ、兄上さまっ!」

「ルカッ! テメェ……!」

「そう息巻くな、閉じ込めただけだろう。貴様が逃げ出せないように掛けた保険だ」

 

 彼の能力だろう、イルカナを黒い結界の中に閉じ込めたタキオスが満足そうに快哉を上げながら【無我】を抜き放った。

 

「しかし、よくここまでの武人に育った。面白くなってきたぞ……」

「……どういう意味だ、タキオス。アンタ、俺の何を知ってる……!」

 

 刃体だけで優に2mは有りそうな肉厚の刃。ほぼ鉄骨と変わり無さそうなソレを軽々と振り回しながら、意味深な言葉を吐いた。

 

「俺達の間に言葉は不要(いら)ぬ……意味を成すはただ、刃鳴(はな)散らす撃剣の音色のみ!」

 

 それに対するアキの問いに答えず、解き放たれるオーラ。タキオスの足元に黒い精霊光が展開され、弾け飛ぶ大地。闘志だけで物理的な破壊を伴ったのだ。

 圧倒的なプレッシャーは、元より大兵であるタキオスを更に二周りは巨大に感じさせる。

 

――オイオイ、一体なんなんだよコイツ……! 同位の筈の激烈なる力がピグミーマーモセットに思えてくるっての……!

 

【当たり前だ……この男はロウの中でも屈指の担い手。三位どころか二位にも匹敵するぞ……!】

(そりゃあまた、嬉しくない情報を有り難うよ!)

 

 息苦しい程に濃密な殺気。そして……欲しかった玩具を手に入れた、子供みたいに愉しそうな笑顔。

 何より永遠神剣【無我】の発する黒いオーラフォトン。ねっとりと有機的で、禍々しいまでにどす黒いその精霊光に、本能的に凄まじい危機感と嫌悪を感じる。

 

「分かったよ……そうまで言うなら仕方ねぇ。叩きのめして聞き出す事にするさ」

 

 それ振り払うべく【是我】と『モスバーグ464SPX』をモチーフとした長剣小銃(ライフルスウォード)【烏有】を組み合わせた双剣小銃(ダブルセイバー)として左手で回転させ、更には敵よりも上位の永遠神剣【聖威】を右手で抜き放つ。

 恥も外聞もない、この男に勝つ為に。出し惜しみなど、していられない。

 

【先に言っておくが……今の我は消耗により三位以下だ。勝てる保証は無いぞ】

(ハ、心配すんな……テメェの敗けを他人の所為になんざしねぇさ)

 

 武者震いを振り払うように、精霊光と龍翼のハイロゥを展開する。原初マナの光『トラスケード』と『ホーリー』が吹き抜け、闇色のオーラと拮抗した。更に本気の証として聖外套をマントのように、袖を帯代わりに腰に巻く。

 この場を突破するには、この男を倒すしかない。否、何より家族に手を出し、己について何か知っているこの男を野放しにしておく気などは毛頭なかった。

 

「そう、それでいい。俺もお前も、根源は同じだ。強さへの渇望、より強き者を打ち倒す快楽を追い求める戦狂い(ウォーモンガー)……」

「一緒にすんなよ……って言いてぇとこだけど違いねぇ。俺より強い奴を知と武を駆使して倒すのは……楽しくて堪らねぇ」

 

 互いに浮かべる、よく似た酷薄な笑顔。最早語る事は無いと、互いに目で確認し合って。

 

「剣で語る方が早かろう――――来い、"天つ空風のアキ"!」

「徃くぞ、"黒き刃のタキオス"――――撃ち貫く!」

 

 頂点を決める決闘を行う獣の如く、互いの得物を手に。大地を踏み砕いて駆け出した――――!


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