サン=サーラ...   作:ドラケン

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根源回廊 原初の地へと Ⅰ

 激震に見舞われた揚陸艦の艦橋(ブリッジ)で、操舵席を兼ねる艦長席――未来の世界らしく、椅子の肘掛けの先に付いた球体状の舵を操っていたアキが、舌打ちしながら何とか船体を立て直す。

 だが、時既に遅く分枝の外……次元振動を続ける分枝世界間に飛び出してしまっていた。

 

「チッ――クソッタレ、AI(アーティ)! 何だ今の衝撃は!」

『現在確認中です……分析終了、分枝の崩壊に依るものと断定。モニターを復旧します』

 

 女声のAIの声の後に目の前の空間に光が現れ、個人用のホログラフモニターが復旧して外の景色を映し出す。

 そこに映し出されたのは、崩れ落ちていく時間樹の枝葉。崩れ落ちる、世界の終末の姿だった。

 

「崩壊が加速したってのか? 前兆も無しに……」

 

 一体、どれだけの命があそこに息衝いていたのか。それを考えただけで、新たな怒りが沸いてくる。あの創造神を、絶対に許すな、と――ホログラフのモニターを睨み付けて。

 

「――フガッ!?」

 

 そのモニターを突き抜けてきた、黒いポニーテールに顔面を直撃された。勿論、椅子に座った衝撃の逃げ場がない状態で。

 

「うきゅ~……痛いよ~、じっちゃ~ん……」

「俺の方が痛いわァァァッ! だから座ってろって言っただろ!」

 

 手製の舵輪を持って操舵している気分を味わい、艦橋の最前で騒いでいたルプトナの頭突きを受けたアキががなる。

 

「ええい、おぬしら騒ぐでないわ! 集中できぬだろうが!」

 

 その脇、火器管制席に着いているナーヤが崩壊する分枝の破片をピックアップ。アキの改良により搭載された、抗体兵器の『地ヲ祓ウ』の赤いレーザーや『空ヲ屠ル』の追尾弾で迎撃する。

 その間も次元振動により船体が軋むが、『峻厳ナル障壁』で崩壊は免れている。気を取り直して進路を探り、観測席のサレスが示す破片の少ないルートを算出しながら進み――

 

「前方、来るぞ! でかいな……回避不能!」

「了解、代表……主砲、開け!」

「よし、主砲用意じゃ!」

 

 『艦長』であるアキの使用許可に応え、ナーヤがコンソールから突き出てきたトリガーを番える。それに答えるように、艦首の装甲が開いて大型砲が現れた。

 

「主砲……てェェェェェッ!」

 

 トリガーが引かれる。放たれるのは、抗体兵器の最大技である『天ヲ穿ツ』。世界一つを滅ぼしうるという、極太の赤黒い閃光は――大陸と思しき分枝の破片を両断して活路を開いた。

 それにより、再び分枝世界に入る事に成功した。

 

「ふう……ヘビーなサーフボードだったな」

「お、おう……少し酔っちまった」

「右に同じ……」

 

 安定した空間に入った事で、操舵をAIに任せたアキが軽口を叩く。答えたソルラスカとタリアは、共に口を押さえている。

 

「こうしてみると、ものべーって凄い神獣だったんだな……空達が三人でやってる事を、一匹でやってたんだから」

「ふふ、ちょっとは見直した、望ちゃん?」

 

 等と、望と希美が会話したりもしている。艦橋には一同が介しており、次元振動する分枝世界間を避けて、根源まで直接移動する為に理想幹をめざしている。

 策戦としては、そこで二手に別れる予定となっている。

 

「ふにぃ……びっくりしたぁ」

「ハハ、いや全くだぜ。けど、心外だな……俺の操舵が不安だったのか?」

 

 と、自分の席を離れたユーフォリアがアキの膝の上に座る。球体のコンソールから手を離し、びしょ濡れの掌を自らの服で拭うと、その蒼穹色の髪を手櫛で梳る。

 別行動と分かってから、まるで充電でもするように引っ付いてくるその少女。アイオネアもその点で理解を示しているのか、羨ましそうな思念こそ伝えてくるものの、化身化したりはしない。

 

「むぅ、だってお兄ちゃん、スピード狂だから」

「ふむ、それは否定できないな……何故なら俺は、文字通り世界を縮める男だからな」

「『物理的な加速度じゃなくて概念の達成度だから』でしょ? もう……お兄ちゃんは少し、足元を見るようにした方がいいよ?」

 

 プリプリと頬っぺたを膨らませながら、有り難い言葉をくれる最愛の少女。おべっかや令色の無い、等価に在るからこその、正しく金言。

 そんなパートナーを得た、己の幸運に。柄にもなく感謝してみたりして。

 

「クー君、医務室のベッドなら空いてるわよ?」

「余計なお世話ですよ、姐さん……」

 

 ニヤニヤ笑うヤツィータの言葉に、琥珀色のジト目で。

 

「今からだと、三回くらいしかできないッしょ?」

「何の話だ、何の! 全く、どうしてこう、最近の人間どもは人前でイチャイチャと……」

「カリカリすんなよ、嫉妬か?」

「馬鹿を言え……ただ、どうも……思い出してしまう奴ばらが居るだけだ」

「な、なんですか、フォルロワさん?」

 

 やはり巫山戯て、化身化したフォルロワの【聖威】による突っ込みを受けた。

 それを白刃取りで受け止めると自然、フォルロワはユーフォリアと真正面に見詰め合う事となり――

 

「娘……昔、何処かで会った事はなかったか?」

「い、いえ……ありませんけど」

 

 頻りに首を捻りながら、そんな事を言ったのだった。

 

………………

…………

……

 

 

 漆黒の空間に浮かぶ、マナの海。そこに存在する、立方体を組み合わせた僅かな足場と、絡み付く大樹の根元。

 そこに布陣する、エト=カ=リファの軍勢。五色のエターナルアバター達は、来るべき敵の襲来に備えてそれぞれの永遠神剣を構え――。

 

「遅ェな――全く、蝿が止まって見えるぜ」

 

 その先頭の白を左手の【真如】の『ゲイル』にて斬り伏せ、最速の男が口遊(くちずさ)む。嘲笑を、重厚な声に孕ませて。

 

「疾く駆けろ、灼熱のマナ……」

 

 即応して、赤魔法『ライトニングファイア』を唱えたのは――赤のエターナルアバター。彼女は右腕に双刃剣を担って、徒手の左腕を突き出して……精霊へ祝詞を捧げる呪術師(シャーマン)のように、言霊を紡ぐ。

 それに呼応し、赤い精霊光の花が咲く。さながら、死に逝く者への手向けのように。

 

【――アクセス。この地に漂うマナよ、我が元に集え】

 

 その言霊が紡ぎ終わる前に、右手の【聖威】が言霊を発する。赤のマナによって形作られる筈の槍は、()()()()()()()()()()()()()()()、アバターの支配を離れて虚空に霧散した。

 

「一閃、護身の剣――虎破の型!」

 

 そして紡がれた、死の宣告。巨刃剣に纏わり付くオーラフォトンが神速を以って、赤のアバターの(マナ)を薙ぎ払う。

 そこに、青いエターナルアバターが地を蹴って飛翔する。

 

「この剣がもたらす……」

 

 凍えた西洋剣が、【聖威】を振り抜いた姿勢の青年に迫る。その間の空気すら、凍結させながら。

 

「――不可避の、死を」

 

 振り抜かれた一撃、凍えた衝撃波『フューリー』が草と地を凍らせながら駆けて――斬り裂いた。

 

「――?!」

「ヒュウ、危ねぇなぁ。最速じゃなきゃ死んでたぜ」

 

 青のアバターの西洋剣が、『虚空の型』を振るったアキの【聖威】によって。それを振るったアバターごと。

 

 更に、右翼側のアバターが音速を越える速さで投擲した槍により串刺しにされて……至近距離で迫撃砲でも受けたような大穴が、()()()穿つ。

 緑のマナにより、音速を越えた投擲『ソニックイクシード』を行った緑のエターナルアバターが、無感動な瞳を上げた。

 

「邪魔だ……どけェェェッ!」

 

 そして、その眉間に突き付けられた【真如】の『ペネトレイト』により頭を吹き飛ばされて。

 

「――さて、本番だ。いくぞてめぇら!」

【【【【【――――承知!】】】】】

 

 それにより空いた空間に着地したアキは、【真如】と【聖威】を仕舞って腰の五挺に手を掛ける。

 先ず抜かれたのは、凍結片『遠雷』を使用した蒼いコルトパイソン【連理】、その放つ『アイスブレス』。マナを奪う氷の射撃に緑の『アキュレイトブロック』が粉砕され、更に凍結片『焔英』を使用した紅いデザートイーグル【比翼】の『ファイアブレス』が緑を消滅させた。

 

「黒い月――見せてあげるよ」

「悪いな――また今度頼むわ」

 

 そこに『星火燎原の太刀』で斬りかかった黒の神剣を凍結片『再緑』を使用したトーラス・レイジングブル【海内】の『ネイチャーブレス』が打ち砕く。

 そして、凍結片『聖威』と『運命』を使用した【天涯】と【地角】。その『フォトンブレス』と『ダークブレス』に――黒は原型すら残さずに消え去った。

 

 敵を全滅させ、拠点を確保した『根源回廊第一階層・ハマラ階層』。その風景に、思わず神世の記憶が甦る。

 

「懐かしい、な……」

 

 そう思うのも、()もありなん。この場所こそは時間樹エト=カ=リファの始まった場所、この時間樹で産まれた者達の起源。受け継がれる記憶にあるアキを始め、居はしないが物部学園の連中を連れてきたとしても同じ感慨を抱いた筈。

 その時、通信機代わりにアキに随伴するイルカナが現れた。

 

「兄上さま、お姉ちゃん達が『星天根』に到着したそうです」

「そうか……流石はものべーだぜ、速いな」

 

 隣に立った人影達も、同じ。ものべーで『最深層・星天根』に直接向かった望班を除く、ソルラスカを筆頭にした『創造神の軍勢との対決』を任務とした空班一行は、ハマラ階層に降り立つ。

 そして、その眼前に――

 

「――こりゃあ、また」

「壮観ってレベルを越えてるわね……」

 

 苦笑混じりに呟いたのは、ソルラスカ。ヤツィータもその隣で溜め息を吐き、スバルとタリアは気を引き締め直すように表情を固くして。

 

「――なぁに、この程度。スールードの悪魔どもに比べりゃあ少ない位だぜ」

「その代わり、強さは悪魔とは比較にならないわよ、クリフォード」

 

 場を和ませようとしたのか、軽口を叩いたクリフォードをミゥが窘める。ルゥやゼゥ、ポゥ、ワゥまでもが同じように彼を見遣った為、流石のクリフォードも肩を竦めた。

 

「ベルバ……折角拾った私達の命、今ここで燃やし尽くしましょう」

「承知――久方ぶりに本気が出せそうだな」

 

 見た目は、あっけらかんと。しかしその実、悲愴なまでの決意と共に。エヴォリアとベルバルザードは――階層に犇めくエターナルアバターを睨み付けた。

 

「おい、フォルロワ……どこが減ってンだよ?」

【や、喧しい……我にも思い違う事くらいはある……】

 

 仕方なさそうに、担いでいた【聖威】に声を掛ければ、そんな思念が返ってきた。

 そんな中、慌てて取り繕うような【真如】からの思念が流れ込んでくる。

 

【で、ですけど……『星天のエト=カ=リファ』と『原初存在・激烈なる力』、『原初存在・絶対なる戒』は見当たりません……きっと、第三階層『サラワ階層』の巨大なマナがそうだと思います】

「サンキュ、アイ……やれやれ、第二(ヒヌリ)階層辺りに居てくれりゃあ良いもんを。これで、かなり急がなくちゃいけなくなったな」

 

 第三階層は、最深層の真上だ。急いでエト=カ=リファを倒さねば、望班を危険に曝す羽目になる。

 だからこそ、家族達の助力は不可欠であり――

 

「立ち止まらずに駆け抜ける。落伍は棄てていく。それが、誰でも」

 

 故に、この力みは必要。より早く、より高く跳ぶ為には。

 一様に表情を強張らせた、空班。そんな彼らに――

 

「なぁ、お前ら――――悪いんだけどよ、俺にお前らの命……くれ」

 

 最前(いやさき)に立ち、マナの風を浴びながら。腕を通していない外套の袖を翼のように翻らせて、八咫鴉が振り向く。

 琥珀色の龍瞳を決意に染め、金の髪を靡かせながら。日本神話に残る、勝利をもたらす神鴉が。

 

「……へっ、馬鹿言いやがらァ」

「全くね」

「そうですよ、巽くん」

「あたし達を試すなんて、十年早いわ」

 

 ソルラスカが、タリアが、スバルが、ヤツィータが。

 

「だな、あんまり舐めるなよ」

「はい、聞かれるまでもありません」

「そうとも。答えなど……」

「とうの昔に決まってるわよ」

「そうそう、アッキーはバカだな~」

 

 クリフォードが、ミゥが、ルゥが、ゼゥが、ポゥが、ワゥが。

 

「ふふ、ここに来てる以上はね」

「うむ……元より、だ」

 

 エヴォリアが、ベルバルザードが。一斉に相好を崩し――――――――

 

「「「「「「「「「「「――――――――生きて帰るから、無理!」」」」」」」」」」」

 

 声を揃えて神剣を構え、殺到するエターナルアバターに向けた閧の声としてぶつけ――

 

「ハハ――――やっぱりてめぇら」

 

 アキは笑いながら振り返り、鼻先まで迫ったエターナルアバターへと――――臨界まで回転速度を上げた永遠神銃(ヴァジュラ)【真如】の鬩ぎ合う真空の断層『ゼロディバイド』により、先頭の一群を表現不能の未定義へと還していく。

 更に、オーラフォトンを纏う【聖威】が残ったアバターを両断する。

 

「最ッ高のクソッタレどもだぜ――――!」

 

 実に嬉しそうなアキの咆哮と共に、狼煙が上がる。百にも及ぼうかという敵を前に、十一人の戦いの幕が。

 


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