サン=サーラ...   作:ドラケン

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誓いを胸に 最後の戦いへ

 静かに闇を追いやりながら、朝陽が昇っていく。夜明け前の瑠璃色に染まる天球に対し、曙光に白む山々は息詰まる程の濃緑色。

新しい朝、新たな転輪。そして……もしも彼等が創造神に敗れれば、二度と来ない『今日』という日の幕が上がる。

 

「……ん……」

 

 覚醒した意識が最初に見た情景は、幸福そうに寝息を立てる少女達の寝顔。あまりに無防備過ぎて、悪戯してやろうという衝動すらも湧かないくらいの。

 代わりに……半身を起こして両手でそれぞれの髪質に合わせて優しく梳ずり、覚醒を促す。

 

「ん……うに……」

「んぅ〜……」

 

 ぼんやりと開かれた、眠たそうな瞼。焦点が合わずに彷徨う二対の瞳が、やがてこちらを見詰めて。

 

「……お兄ちゃぁ〜ん……だっこぉ〜」

「……兄さまぁ〜……だっこぉ〜」

 

 さながら、華の蕾が綻ぶように。満面の喜色に染めながら、甘えた口調で二人が抱き着いてくる。

 薄絹一枚の彼女達は、月の下では妖艶で……日の光の下では神々しい。相反する二つが混在する、本当に魅力的な少女達だ。

 

「おっとっと……甘えん坊だなぁ、全く……」

 

 その二人の、ミルクみたいな甘い体臭が鼻腔に満ちて、肉体的にも精神的にも湯たんぽを抱いているかのようにほんわかした。

 

「ほらほら二人とも、早く起っきして着替えちまえ。他の男……いや、例え女にだってお前達のこんな姿は見せたくないからな」

「「ふぁ〜い……」」

 

 と、返事をしたはいいものの。結局、むぎゅーっとしがみついたまま離れてくれない。

 頬っぺたとか二の腕とか、胸とか太股とか。柔らかい色んな部位が押し付けられて、嫌が上にも女性を意識させられてしまう。

 

――可愛いなぁ、もう……朝っぱらからこんなにも熱烈大歓迎だと、俺の愚息の方がもう一段階起っきしちまうぜ……

 

「……なーんて事は一切思ってないので、取り敢えず落ち着きませう。各々がた」

【「「……ふん】」」

「「「やれやれ……」」」

 

 周囲から向けられる【悠久】及び青の存在、光の求め。アイオネアの臣下達の殺意と呆れの眼差しとをそう制して、未だ微睡む二人を起こした後にテキパキと自分の服を着込んでいく。

 二人も渋々ながら着替えを開始し、突然服を脱ぎ始めたので慌てて後ろを向いて。

 

「やべぇな……もう大分いい時間だ……会長に叱られるちまう」

 

 因みに、本当は日の出までには起きておくつもりだった。それを寝過ごしてしまったのは……昨夜の出来事の驚きの余り、目覚ましをかけ忘れてしまった為だ。

 黒いクワンを穿いて、越南(ベトナム)の郷土服のアオザイ風の武術服に袖を通して、臣下達の還った五挺拳銃を点検して専用ガンベルトのホルスターにマウントして腰へと装備する。次に、精神を集中して透徹城内の"真世界(アタラクシア)"を確認し……滞り無く戦争の準備が済んだ事を確認した。

 

「策は講じた準備は済んだ、後は仕上げを御覧じろ……か」

 

 調子外れに歌うように呟きながら聖銀(ミスリル)製の脚甲を履いて、同じく聖銀製の篭手を嵌めて。最後に二つのお守りを護るように服の中に仕舞い込み、その温かさを抱きしめるかのように……愛用の『零元の聖外套』を羽織った。

 

「あふ……お兄ちゃん、着替え終わったよぉ……」

 

 との、ユーフォリアの声に振り向けばいつもの戦闘装束。

 

「ユーフィー、突然なんだけど……これからブルマかスパッツを穿く予定は無いか」

「んに? 無いけど……」

「……そうか」

 

 いつもながら見事にパンチラしている、ミニオンが纏う戦闘装束に妙に似ている戦闘装束を着た彼女の姿があった。

 

――この恰好も、アレだよなぁ……少しは考えて貰わないと。俺って案外、独占欲強かったんだな……

 

「おっと……リボンが曲がってるぞユーフィー……ほら、動くなよ……」

「うにゅ〜……」

 

 こっくりこっくり船を漕いでいるユーフォリアの首許に手を伸ばし、ちょっと興奮したりしつつ一度解いてしまう。

 それから歪んだ襟を正してから、リボンを通してきゅっと絞って……タイツを穿こうとしてバランスを崩したアイオネアを後ろから抱くように支えてやって。

 

「出来上がり……っと。さあ、顔を洗いに洗面所行くぞ」

 

 両腕に縋り付く二人を伴い、国語の教科書に載っている……いきなりのっけから激怒する、走る青年のように愚図めいていたかったが……本当に最後になるこの部屋を後にして、廊下に歩み出た時だった。

 

「あら……兄上さま」

「ん……? ああ、どうしたんだよ、イルカナ……」

 

 との呼び声に振り向けば――少し低い位置に黒髪。見た目だけなら市松人形みたいに可愛らしい少女が……

 

「あらあら……昨夜は随分とご発奮なさったんですね。ユーちゃんとアイちゃんが腰砕けの、メロメロじゃないですか」

「起きたばかりだからですーだ、妙な事を言うなっての……俺はまだ手を出してませんー」

「つまり将来的には手を出すって事だろ? ちくしょーめ、頼むからどっちか譲ってくれって! 或いはイルカナちゃんで良し!」

「「お断りします」」

 

 大事な事だからもう一度言うが、『見た目だけなら』可愛らしい、なまじ頭が良いだけに本質的にはナルカナより恐ろしい存在であるイルカナの姿と、その隣に立っている森信助(せっそうなし)

 

「……阿川。久しぶりだな」

 

 そのイルカナと信助の陰に隠れるように立っていた少女……美里の姿を認める。まだ恐怖が先立つのだろう。彼女は怯えた表情と共に身を強張らせた。

 

「……阿川さん、渡すもの、有るんでしょう?」

 

 反応が無く、つい互いに沈黙してしまう。それに業を煮やしたのか、イルカナが美里を前に出す。

 

「う、うん……その、これ」

「これは……わざわざ悪いな」

 

 その美里が差し出した物……一冊のアルバムを手に取る。

 この前の卒業式の後に撮られた、黒板の前で一列に並んだ記念写真を表紙にした卒業アルバムを。

 

「なんてーか、こういう奴は俺には似合わねぇんだがな」

 

――まぁ実のところは……貰っても困るんだけどな。こういういずれ消えちまう追憶の品は……個人的な感傷って奴は、持ってると……色々辛い。

 

 そんな、痛みを伴う心の温もり。それでもなお……その傷を投げ出すような真似はしない。

 それは、己の心魂を磨く為のモノなのだから。

 

「……えっと、そ、そうね。ところで少し見ない内に立派な節操無しになったわね。ハーレム王にでも成る気?」

「はっはっは、そんなまさか……俺はもっと堅実だぜ? 王なんていう夢物語じゃなくて……ハーレム地頭に、俺は成る! 差し当たってまだ枠が余ってるけど、どうだ」

「志が高いんだか低いんだかね……仕方ないわね、このあたしが箔を付けてあげるわ」

「では兄上さま、私は愛人枠で」

「マジでか、やったね! 同級生と愛人枠を纏めてゲーット! 妹枠にはアイが、下級生枠にユーフィーが居るから……理想のハーレムまではあと、姉枠と上級生枠と教師枠を残…すいません冗句(ジョーク)ですユーフォリアさんアイオネアさん。男として生まれたからには一度、言ってみたかっただけなんです」

 

 久しく聞いた彼女のそんな軽口につい嬉しくなって、要らない事を口走る。その軽口に、彼女もノリ良く返した。

 因みに……不機嫌そうな両手の姫君から両腕を拘束された状態で、両の頸動脈付近に【悠久】の刃先と【是我】の銃口が押し付けられたりしていた。

 

「全く……巽って西洋風の顔立ちで(もと)は良いのに、そうやって判りにくい優しさだからモテないのよね。そうやってお道化ながらでしか人を元気付けられない癖を治したら、モテたと思うのに」

「美術室の彫刻を見てたらたまに、巽の親戚みたいな奴居るしな」

「放っとけっての。莫迦言うなよ、これが俺なの。そりゃあまぁ、どちらかって言えば積極的にモテたいけど……俺はこれ"が"、良いんだよ」

「出たな、巽節。お前は年中恋をしてる、下町の瘋癲の人かよ」

 

 そう、いつも通りの返し。達観と諦観の両方にとれる、その思想。その抱く二律背反、その矛盾こそ(プラス)でも(マイナス)でもない(ゼロ)という証明。彼が、"零位の代行者"たる由縁だった。

 

「さて……じゃあ、俺達は行くわ。もう皆集まってるみたいだしな」

 

 窓から見える光景、既に校庭へと集まっている他の神剣士達と出雲の上層部。

 これ以上待たせると何か痛い目を見そうだと、本能的に悟った。

 

「巽――」

「空――」

 

 だから、一切振り返る事無く。追い縋ろうとした声すらも、風のように振り切って。

 名残をも残さぬ、正に一陣の風となり。

 

「じゃあな――もう、二度と会う事もないけど、元気でやれよ」

 

 両手のユーフォリアとアイオネアに加えて、勝手に背に負ぶさったイルカナを伴って――窓から校庭へ、一直線に跳躍したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 展開していた、短距離型で小回りの効くタイプのウィングハイロゥを光輪に戻しながら、膝を曲げてアブソーバーのように着地の衝撃を殺す。

 

「よっと……待たせて済みませんね、皆さん」

 

 当然だが、この派手な登場方法だ。立ち上がるのと同時に、注目が集まる。

 

「……重役出勤に加えて同伴出勤? 良いゴミ分ねぇ、空さん」

「ゴミ分って、おかーさま……その言い方はあんまりかと」

「うーっ……!」

「綺羅に至っては唸ってるし……」

 

 主に……突き刺さるみたいな、呆れ混じりの冷ややかな視線が。

 なので、さっさと両手と首っ玉にしがみついている三人娘を降ろす。そして軽くなった躯をコキコキと鳴らした、その時だった。

 

「そうか、そうだな。それじゃあ……」

 

 と、何やら望やソルラスカ達が話し合っていたのだが……やおら、望が【黎明】を抜いて天に向けて掲げたのである。

 

「お、そう来たか。それじゃ、私もさっそく」

「うん、わたしも」

 

 それに倣って、沙月と希美が彼の両脇で剣状にした【光輝】と矛型の【清浄】を掲げる。

 その行動は更に伝播して、校庭に居並ぶ面々は、一部を除いて……皆が一様に己の永遠神剣を誇らしげに天に掲げていた。

 

「……へへ、やっぱり燃えてくるぜ」

「熱血バカ」

「……とか言いつつ、あんたも掲げてるじゃあない」

「こ、これは、その……」

 

 爪型神剣【荒神】を掲げて呟いたソルラスカに、薙刀型の【疾風】を掲げたタリアが苦言を呈した所に、角灯に燈る炎型の【癒合】を掲げているヤツィータのツッコミが入る。

 

「はは。まぁ、いいじゃないですか」

「ええ、私達の決起に相応しいポーズだと思いますよ」

「うむ、心構えは大事だからの」

 

 それを窘めたのは弓型の【蒼穹】を掲げるスバル。同意したのは、片刃の大剣【心神】を掲げているカティマとモーニングスター型の【無垢】を掲げたナーヤ。

 それをニヒルな笑顔で、抜刀した日本刀型の【暁天】を掲げた絶と本型の【慧眼】を掲げたサレスが肯定する。

 

「あ〜あ、ボクにも武器があればなぁ……」

「何言ってるのよ。それなら、あたしもよ」

 

 そして永遠神剣が靴型の【揺籃】なので掲げられない事をぼやいたルプトナと、『意思』に過ぎないナルカナは揃って手を掲げている状態だ。

 確かに逆に浮いてしまっていて、元々ノリのいい彼女ら二人にしてみれば不本意なのだろう。

 

「なんだか、エルダノームを護っていた頃を思い出します」

「確かに、な……まぁ、あの時とは違って周りは味方だらけだが」

「その言い方だと、まるで私達が頼りなかったみたいです」

「そうですよ、ルゥ姉さん」

「ボクも燃えてきたぞーっ!」

「おうよ、今度は時間樹の未来を賭けた大一番だ!」

 

 懐かしむように杖型の【皓白】を掲げたミゥに、大剣型の【夢氷】を掲げたルゥ。刀型の【夜魄】を掲げたゼゥが不本意そうに呟き、矛槍型の【嵐翠】を掲げたポゥがそれを肯定する。

 そして、円刃鋸型神剣【剣花】を掲げたワゥと双刀型の永遠神剣【竜翔】を掲げたクリフォードが元気一杯に叫んだ。

 

「正直、趣味じゃないんだけどね。こういうのは」

「ふむ……我等には向かん」

「あはは。まぁ、こういうのは、ノリと勢いだと思いますし……ね、お兄ちゃん」

「へいへい……仕方ねぇな、アイ、フォルロワ」

「はい、兄さま……」

「な、何故我まで……」

 

 あまり乗り気でない様子で腕輪型の【雷火】を掲げるエヴォリアに、大薙刀型神剣【重圧】を掲げたベルバルザード。

 杖とも大剣とも槍ともとれる神剣【悠久】を掲げたユーフォリアに促されて、その隣でアイオネアが還った長剣小銃型永遠神銃【真如】をスピンローディングしながら――巨刃剣型永遠神剣【聖威】と共に高く高く、天に掲げた。

 

「では、望。頼むぞ」

「ああ」

 

 サレスに促されてふぅ、と緊張の溜息を漏らした望。そして彼は、心を決めたらしく顔を上げた。

 

「俺達は必ず勝利し、全員生きて戻って来るぞ!それが……この戦いの終着点なんだから!」

 

 どこまでも高らかに響く彼の声を呼び水に、次々と周囲の"家族達"が鬨の声を上げる。

 

「これが、最後の戦いだ」

「これで終わらせる! 必ず勝つわよっ!」

「勝って、ここに戻ってこようね!」

 

 サレスが、ナルカナが、ルプトナが。

 

「あたし達は希望そのもの!」

「この手で、必ず世界を救ってみせる!」

「決して負けはしないわ」

「創造神がなんぼのもんだ!」

 

 ヤツィータが、スバルが、タリアが、ソルラスカが。

 

「わらわ達には、この誓いがある!」

「信じてくれる皆さんがいますっ!」

「今こそ、その意志を確かにしよう」

「この手で、勝利を!」

 

 ナーヤが、ユーフォリアが、絶が、カティマが。

 

「仕方ないわね、ここまで来たら最後までやってやるわ!」

「然り、我等の命運は我等で斬り開く!」

「守りきって見せます、皆を!」

「戦い抜くとも、必ず!」

「勝利を得る、その時まで!」

「この命の続く限り!」

「ボク達は死んでも諦めない!」

 

 エヴォリアが、ベルバルザードが、ミゥが、ルゥが、ゼゥが、ポゥが、ワゥが。

 

「皆の為にっ!」

「世界の為にっ!」

 

 沙月が、希美が。宣言するように声を上げて。

 

「そして、俺達自身の為に!!」

 

 締めに、望が声を張り上げて――……皆が揃って、最後に残った一人。最後まで口を開いていなかった人物の方を向いた。

 

「…………」

 

――いやいやいやいや、おかしいだろ!今、確実に望が締め括っただろ!

 おいおい、これに一体どうやって言葉を繋げりゃ良いんだっての。ちょ、やべぇぞコレ……黙ってたら黙ってただけ、際限無くハードル上がるタイプだコレ。早く何か、言っちまわねぇと……!

 

「えっと……その、今度の敵は限りなく強大で……勝ち目は薄いけど」

 

 ごくり、と。喋る方なのに思わず、固唾を飲む。やたらと緊張してしまい、喉がカラッカラに渇いてしまっているのだ。

 

「ここまで来たら、もうやる事は決まってる――」

 

 そして――……ふわりと隣に立っていたユーフォリアが身を寄せて、左手に握る『永遠神銃』を通してアイオネアの優しさが流れてきたのを感じた時……その二人が、己の言葉を待っていると判った時。

 

「……まぁ、そこまで気張らずにいつも通り、俺達は俺達らしく……一歩一歩、ゆっくり歩くように……一つ一つ、思い出を刻んで……」

 

 一切の格好つけを捨て去って。『真如(ありのままのすがた)』、ふてぶてしく面倒臭そうな口調で以って。

 

「――今日もまた、明日(おわり)朝日(つづき)を見に行こうぜ」

 

 その、彼の能力の根幹を口にする。終わりをこそ始まりに還す、彼の永遠神剣の本質を。

全員の永遠神剣が打ち鳴らされる甲高い(おと)と同時に、全員が神剣を納めて各々の組ごとに歩み出す。

 

 交わされる言葉はない、皆が皆を信じているのだから……野暮ったい言葉など、入る余地はない。

 

 始まりは、聖なる神名(オリハルコン=ネーム)の廻りの下に出逢った彼等。しかし、今はその神名すら上回る"絆"を魂に刻んだ彼等は……"家族"。

 

「……良い家族に、恵まれましたね。空……」

 

 そんな時深の言葉が、誰も居なくなった校庭の薄明かりへと溶けていった――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 分枝世界の狭間、大樹の枝葉が入り乱れるその空間で。

 荒れ狂う次元振動をモノともせず、その分枝そのものの上を歩く……短い杖を持った、白い少女。

 

「さて……確か、ここでしたわね」

 

 口ずさむや、右手に持つ杖を振り上げる。

 

 幼過ぎる見た目とは裏腹に邪悪なイントネーションと、その笑顔。それも然り、彼女の二つ名は――

 

「――あら……今回は一体、どんな小細工をするつもりなんですか? "法皇テムオリン"」

 

 虚空より響く、女の声。それに、彼女は溜息混じりで。

 

「また、トキミさん? はあ……本当に飽きましたわ」

 

 いつの間にか背後に立っていた、"時詠のトキミ"の名を呼んだ。

 

「『また』とは、ご挨拶ですね。今回は『待っていた』くせに」

「あら……やはり、お分かりになりますの?親しい仲では、隠し事はできませんのね」

「何が目的なんです? 今回は――貴女がてぐすねを引いてはいないと思っていたんですけど」

「ええ、わたくしは傍観者ですわ。ただし……より面白くなるように、勝手に手を加えているだけの」

「最低ですね、自分のエゴで物語を書き換えようとする観客なんて。部外者は部外者らしくすっこんでいたらどうですか? それとも、神様気取りですか?」

「あら、申し訳ありませんけど……わたくし、神なんてしょうもないものじゃなくて身勝手な人間なんですの」

 

 これも『以心伝心』だろうか。紡ぐ言葉とは裏腹に、あからさまに不仲を象徴する二人の会話。

 話す毎に、空間が軋むかのようなストレスが溜まっていく。

 

「それにわたくしは――古い掛け取りを受け取りに来ただけですわ。前回の"聖賢者"の意趣返しに、トキミさんの秘蔵っ子"天つ空風"を受け取りに、ね」

「貴女、男の趣味が最悪ですよ。あの子ったらどこでどう育て方を間違ってしまったのか、正々堂々と二股を掛けるようなダメンズに育ってしまいましたから」

「あら、それはますます魅力的な殿方ですわね。男なら自分から女を口説き落とすくらいの甲斐性がありませんと。女に言わせるとか女を待たせるとか、そういうのは最低ですもの」

「あら、その点は全く同感ですね。自分から告白も出来ないようなヘタレがモテるのなんて、虚構の世界でだけ。女は、待たせる男が大嫌いですからね」

 

 微笑み合う幼女と巫女。ただし、そこにあるのは――純然たる敵意のみ。

 

「――ふふ、それにしてもお疲れ様でした。あの風の坊やを育てて頂いて…実に手間が省けました」

「……貴女を喜ばせるつもりなんてありませんけど」

「いえいえ……あんな『失敗作』をエターナルに。しかも、『統べし聖剣』に匹敵する程のエターナルにしてくれるなんて……嬉しい誤算という奴ですわ」

「――『失敗作』、ですって」

 

 刹那、軋みが限界を超える。時深の怒りに満ちた眼差しを受けて、"法皇テムオリン"は――……妖艶な笑顔を向ける。

 

「ええ、興味が沸いたのですわ。"聖賢者"と"永遠"が交わり"悠久"を産んだように……エターナルの血を継ぐ者は、上位の永遠神剣を……同調率を高く持って生まれるのではないか、と。まあ、失敗だったのですけれど」

「――貴女……!」

 

 全てを理解した一瞬、時深の集中が途切れる。そしてテムオリンは、その一瞬を逃すような甘い存在ではない。

 

「わたくしからあなたがたに贈るもの。絶対的な破壊だけですわ。覚悟なさい!」

 

 招聘された、幾つもの――確かな神格を有する、第五位から第三位の永遠神剣そのもの。

 それが、雨霰のように――

 

「っ……しまった!」

 

 時間樹の枝葉に向けて、叩き込まれたのだった――――


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