サン=サーラ...   作:ドラケン

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神剣の意志 魂の重さ

 ヒュウヒュウと隙間風の唸る音。何時まで経とうが止まらない、耳障りな音を疎ましく感じた頃、それが己の命が躯から零れ堕ちている音だという事と……己が現世と常世の境界、そのどちらでも無い"  "へ還っている事に気付いた。

 

――ああ……クソッタレ……

 

 思い返すのは、悪意の具現化たる邪衣をものともせずに引き裂いた星空の光を宿す、時間樹の頂点に君臨する永遠神剣。それ自身を神銘に冠する斬馬刀に、辛うじて切断はさせなかったが折られた左腕。

 そして、その繰り出した星の光を投射したような煌めく刃に脇腹を刺し貫かれ――弾けた生命の残滓に内側から殲滅される……二通りの堪え難い苦痛。

 

――誓った……誓ったんだ、俺は……

 

 何よりも堪え難い苦痛は、躯の痛みなどの、喉元を過ぎ去れば忘れるようなチンケなモノではない。

 

『……じゃあ、約束して……死なないって、約束……』

『判った……約束するさ。俺は絶対に死なない。少なくとも、俺から負けは認めない。相手が何者でも……俺は、必ず生き抜いてみせる』

 

 ……ただ、それだけが苦しい。

 

『お前だからだ、アイオネア……お前こそ、俺でもいいのか? 世の中にはもっといい男もいるぞ』

『いいえ――兄さまでなければ、嫌です……』

 

 雲一つ無い高き未遠の蒼空より、波一つ無い深き未遠の滄海へと。遮るモノの無い空海を降り墜ちる、永遠輪廻の一滴。

 遥かなりし、永劫回帰の一雫。未だ時間も空間も何も無い世界に風を起こして波を起こす、生命の濫觴の息吹。

 

 古き遠い異国の昔語りに於いて……何一ツも存在しえない、密着した天地の乖離と生命溢れる星の開闢は――『(エア)』なる無銘の剣が生んだ波風だったと伝えられている。

 創世叙事詩(エヌマ=エリシュ)に唄われる一節。遥かな歴史に隠匿されし『外典(アポクリファ)』。

 

『お兄ちゃん――……』

『兄さま――……』

 

 本当に苦しいのは……腐敗し饐えた臭気を放つ、この汚れ濁りきった憎しみと悪意の深奥に在っても、まだ……あんなにも美しくて無垢なモノに。

 憎しみに塗り潰された、この胸を溶かす程に美しく無辜で綺麗な……『始まりの蒼滄(あお)』と未だに繋がっている事のみ。

 

――約束、したのに……俺は……!

 

 死なない、と。共に永遠を生きる、と。どちらも大事な妹みたいな相手と交わした、多寡が口約束。

 

『殺してやる、絶対に……! 俺の躯に替えても、俺の心に替えても……俺の……生命に替えても!』

 

 そんな、大事な筈だった約束を……二つも違えてしまう事を考えた。

 

 憎悪程度に屈した惰弱な心を恥じ打ちのめすその情けなさから――消え去ってしまいたくなる。

 

 それに呼応するかのように、彼を包んで呑み込もうとする"  "が……『存在しない事が存在する理由』たる神剣宇宙の根源なるモノ。

 全てを内包する次の宇宙である、"真世界(アタラクシア)"から抜け落ちた空白の形をしたモノ――……"無明常夜"が一層に、透き通ったように見えた。

 

『――本当に、情けないよね、今の兄ちゃんは』

 

 その刹那、意識の埒外から響いた……少年のように美しい声。だが、そこに籠められているのは心底の侮蔑。

 

――誰、だ……?

 

 鬱陶しく思いつつ意識を向ければ、そこに存在したのは清廉な光。眩く、あらゆる邪悪を跳ね退けるような光だ。

 その光に、彼を呑み込もうとしていた"無明常夜"が……実に無念そうに、いかにも渋々といった具合で動きを止めた。

 

――お前……【悠久】か……?

 

本能的に、そうだと感じた。返答はないが、それは肯定故の沈黙に他ならない。

が、しかし…ふと何か、決定的な違和感を感じた。

 

『だから、今の兄ちゃんと無駄話をするつもりはないよ――……良い御身分だね。僕の大切なユーフィーに手を出しておいて』

 

 元々が夢幻の空間だ、確たるモノなど何も無い。

 だがそれだけは確かに、さながら喉に引っ掛かった魚の骨のように……もどかしく。

 

――いや、それはまぁ何と言うか……悪いのは魅力的過ぎる妹さんの方ですよ、お義兄さん。

 

『黙れよロリコン……全く、こんなシリアスの似合わない男の何処が良いんだ……ユーフィーもアイちゃんもさっぱり理解できないよ。あれだ、前に聞いたミドリ=コウインのイメージにそっくりだね』

 

 呆れ果てたように溜息交じりで。そんな、ジト目を思わせる思念を顔を狙うビーンボール並の危険球でぶん投げてくる【悠久】。

 一気に弛緩してしまった空気、それを引き絞るように。

 

『……それで? いつまでここで油を売っているつもりなのさ、兄ちゃん? ユーフィーもアイちゃんも……兄ちゃんを信じた二人、そして大変な状況に陥っている……大勢の家族を放っておいて』

 

 【悠久】は再び、見下すように。

 

『皆を守れるだけのチカラを持ちながら、いつまでこんな所で安穏と……自分の恋人と義妹を泣かせてるんだよ……!』

 

 確かな苛立ちを籠めて、激情を叩き付けた。

 

――……何が『守れるチカラ』だ……結局、俺はエト=カ=リファの奴にちっとも敵わなかった……

 

『だから諦めるの? ユーフィーが危ない時に駆け寄る事が出来る両脚が有って、ユーフィーを守りたい時に……抱き寄せる両腕が有るくせに……! 僕がどうしても欲しい、躯を持っているくせに!』

 

 だが、一体何故だろう。それがいつもの見慣れた大剣ではなく、まるで――……納めるべき『剣』を失った、空っぽの『鞘』に見えてしまうのは。

 

『僕は、所詮第三位の永遠神剣だ。【叢雲】みたく自発的に動く事なんて出来ない……僕に躯が有れば……ユーフィーを守れたんだ』

 

――……【悠久】……

 

 呻き、血を吐くように。【悠久】は思念を紡いだ。先程の戦いで、彼女を守れなかった不甲斐なさを悔やむように。

 

『……だから心底気に食わないし、他が居るなら他の誰かに頼みたいけど――ユーフィーが選んだ男の……兄ちゃんが……守ってよ。僕の、大事な……ユーフィーを……』

 

 真っ直ぐと向けられた意思、真摯な眼差しじみた意志に……導かれるかのように。

 

――ああ……今度こそ、見失わない……俺の大事なモノを……二度と。

 

『……ふん。どうだか。前科持ちの兄ちゃんを簡単に信じたりしないよ……』

 

 光に包まれ、()()()|神剣宇宙へと帰還したのだった……

 

 

………………

…………

……

 

 

 いつか経験した、"  "からの浮上を再体験する。それは極楽の母胎から地獄の現世への産声(ひめい)を上げる誕生に似ていた。

 目を開けばまず視界に入る天井。鼻をつく藺草の香りに、ふかふかの羽毛布団。そして……額に乗った温い手拭い。

 

「…………」

 

 虚無に拡散していた意識が正体を取り戻せば悪酔いした後のような、臓腑が腐ったような最悪の気分を運んで来る。

 やがて怪我後に特有の、引き攣るような感覚と生命活動を再開した為に感じ始めた疼痛。

 

「……ッぐ――!」

 

 最悪の気分に最悪の体調のダブルパンチだ。何か周囲の物に当たり散らして、反吐を喚き散らしたくなる衝動に駆られるが何とか堪えた。

 代わりに思わず縋るモノを探して――頭の真横で揺れていた、白くてふさふさしたモノを思いっ切り握り締めた。

 

「――ひくぅ……?!」

 

 ビクビクと小刻みに震える温かいソレ。中に骨が通った、しっかりした握り心地が安堵を誘う。

 『むぎゅーっ』と握り締めてから、漸く何を掴んだのか確かめる。

 

 特製なのか、専用の穴が空いた緋袴から出た銀の美しい毛並みの尻尾に、行儀良く重ねられた足袋を履く足。白妙の衣より煌めく、尻尾と同じプラチナの長髪。

 驚愕と衝撃に、大きく見開かれて涙ぐんだ紅玉(ルビー)を思わせる吊り目気味の瞳に、天を突くようにビクリと逆立った犬耳。

 

「……えっと……」

「……ふ……くぅ……」

 

 正座したまま手拭いを絞る為に、可愛らしいお尻を突き出した姿勢だった…必要以上に絞った手拭いを握り締めてプルプルと震える、銀髪緋瞳の犬耳巫女――綺羅の姿を。

 その桜色の艶やかな唇がわなわなと開かれる。形は『き』の発音、それに牡の獣として、人が忘れた本能的にどうしようもなく危機感を感じた。

 

「待て綺羅、話せば判る。俺達は悲しい擦れ違いをしている。人は言葉を尽くして語り合えば、必ず判り合――」

 

 故に直ぐさま手を離し、平伏する勢いで言い訳を紡ごうとした。

 

「きゃいぃぃーーーんっっ!!!!」

 

 が、時既に遅し。鏡の如く月を映し込んだ夜の湖に浮かぶ出雲の社『奥の院』に、絹を裂くような狗娘(わんこ)の悲鳴と乾いた音が木霊したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 少し間を置いた床の間。布団上で正座する左頬を真っ赤に腫らしたアキの隣に、倉橋家の当主にして【叢雲】の眷属の準エターナルの倉橋環。少し離れた襖の前で申し訳なさそうに俯く、同じく眷属の準エターナルにして狗神族の巫女の綺羅。

 そして身体が怠いのか。辛気臭く正座している望と沙月に対して、平時と同じナルカナとイルカナの姿が在った。

 

「成る程、俺があのゴリラ野郎……激烈なる力とかいうのにノされた後、エト=カ=リファに『自壊』の神名を刻まれた皆を連れて『出雲』を頼った訳か」

 

 状況確認を終えて、貰った緑茶を啜れば……手加減無しに打たれた頬にピリッと感じる痛み。

 

「そういう事よ、全く、希美には驚かされたわ……あと、あの致命傷から5時間掛からずケロリと回復して来るアンタにもね」

「今更何言ってんだよナルカナ? この俺、"天つ空風のアキ"の特性は『透禍(スルー)』だぜ?」

 

 表情をしかめた事に気付かれて、綺羅に更に萎縮されてしまった。それに苦笑いして、もう一度唇を湿らせる。

 

「俺はあらゆる理法を無視する、"法の埒外の悪漢(アウトロー)"。それが人間の定めた法だろうが、神魔の定めた法だろうが。その更に上位存在の定めた完全無欠な法だろうが関係ない――俺は方程式(さだめ)には絶対に縛られない、"惡"そのものの風だからな」

 

 あの時、自らの体内で弾けた生命の断末魔の叫び……生きとし生けるモノ全てへの怨嗟の声に似た痛みを噛み締めて。

 

――お前達の死は決して無駄にはしない。目に見える姿(カタチ)を亡くし、耳を震わせる声を無くし……観測する事が出来なくなっても。全ては、始まりであり終わりの一振り……『全ての原点』に還っただけだ。

 "(ゼロ)"へと還ってしまった、本来ならば決して実らぬその不実の無念を……この"天つ空風のアキ"の、『零位の代行者』たる空位の担い手の名の下に。必ず晴らす事を誓おう。

 

「とにかく……貴方達以外の神剣士はほぼ無力化されました。此処に辿り着いた直後に永峰様が倒れて、現在満足に動けるのはナルカナ様とイルカナ様、世刻様に斑鳩様と巽様にアイオネア様……そして、ユーフォリアの七人です」

 

 本当に静かな環の言葉と同時に思い返した【悠久】の思念により、何か不吉なモノを感じて思わず湯呑みを握り砕きそうになる。

 

「……ユーフィーは今、何処に?」

 

 今挙げられた中で、此処に居ない二人……アイオネアの方は己の生命(しんけん)が万全の状態である事から無事だとは判っている。

 だが、ユーフォリアの方は。環と【悠久】の口ぶりからすれば……恐らく何かあったのだ。

 

「彼女は別の部屋で休んでいます。絶対なる戒の永遠神剣【戒め】の影響を強く受けてしまい……暫く昏睡状態でしたが、今は目覚めています」

「……っ」

 

 思わず駆け出しそうになり――……浮かせた尻を無理矢理、胡座の形で落とす。

 

「……意外ですね、駆け出していくものとばかり思っていたのですが……案外にその程度の情愛だった、という訳ですか?」

 

 静かを通り越して、冷たいまでの環の言葉。同時に、こちらを伺う六対の視線。

 

「そりゃあ、今すぐ駆け出したいですけど……ついさっき衝動任せの行動をした挙句、愛する女に怪我させちまった。だったら――俺が先ずやる事は自己満足の為なんかに見舞う事なんかじゃねぇ……!」

 

 それに真っ直ぐと――強い鳶色の鷹龍を思わせる瞳で、環の深遠な紫水晶(アメジスト)の瞳を見詰め返して。

 

「流石にそこをまた間違えたら……今度こそ俺は自分を殺したくなる。それにその時こそ、ユーフィーの親父さんにお袋さんに弟……そして、こんな俺なんかを手塩に掛けてくれた時深さんに面目が立たなくなるんで」

 

 フッ、と。最後は腕を組んで、途中で激昂しかけて口調を乱した照れ隠しに不敵に笑って見せた。

 

「……そうですか、貴方は"惡"ではあっても"邪"ではないのですね。試すような真似をしてしまい申し訳ありませんでした。巽殿、貴方を量った事……平に御容赦を」

「いえいえ、そんな……頭を挙げて下さい、環さん。女性に頭を下げさせるのは……何て言うか、俺にはどうも」

「ふふ……紳士でいらっしゃいますのね、アウトローの割には?」

「……勘弁して下さい、アウトローでも女に不慣れな奴は居ます」

 

 そんな様子に表情を和らげ、平伏した環に慌てて促す。美人に頭を下げさせるのは――何と言うか、彼の性癖『ドS』的には興奮してしまうのだった。

 

「今、俺がやるべきは――」

 

 そして、今度こそ立ち上がる。頭を下げると同時に踵を返し、襖の脇に控えている綺羅に近付く。

 綺羅はそれに、一瞬びくりと身を震わせて。

 

「綺羅――案内してくれ。アイツの……フォルロワのところに」

「はっ……はい」

 

 今度こそ、確かな勝利を獲る為に。エト=カ=リファの事を知る彼女に――永遠神剣第一位【聖威】の化身と会う事としたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 歩き出た、赤く潤む月夜の縁側。湖の上に建立されている奥の院の離れ……座敷牢を目指して、銀の月影を浴びながら歩く。

 先導する綺羅の後ろ姿から目を反らせば、青く澄む水鏡の湖面に映る満天の星と金の望月を望んだ。

 

「「…………」」

 

 面妖な話だ。地に注ぐ銀の月影とは正反対、同じ月から金と銀の光が放たれているのだから。

 ちなみに……神秘の領域に於いては『赤』や『金』は"魔"を象徴し、『青』や『銀』は"神"を象徴する色彩だという。相剋するモノ同士の共存、それをどこかで見た気がした。

 

「ああ……アイ、か」

 

 神山を降り、霊森から抜け、魂湖を渡ってきた冷涼なる零風が湖面を揺らす。

 夜の闇の彼方へ拡がりゆく月明かりに照らされた銀色の波紋を見て、先程の既視感(デジャヴ)の正体に気付いた。

 

「いきなり惚気ですか、兄上さま?」

「そんなんじゃねぇさ。ただ、これから会う奴の手前、緊張しちまってな。同じ『代行者』としてはさ」

 

 そんな彼を茶化すように、『問答無用で殺しそうだから』と同道を断ったナルカナの代わりに付き従うイルカナが、声を掛けてくる。それに巫山戯返すと、アキは懐から取り出した煙草に火を点す。

 

「何せ、一辺殺し(ちちくり)合った仲だからよ」

「まぁ、兄上さまったら。手を出す早さも最速ですね」

 

 等と駄弁りながら、辿り着いた座敷牢。その重厚なエーテル製の錠前を開ければ、簡素な室内には誰も居らず――真横から、【聖威】の巨大な刃がアキの頸を薙いだ。

 

「――ひゅう、危ぇなぁ。最速じゃなきゃ死んでたぜ」

 

 付き従う綺羅とイルカナが呆気に取られる中、それを文字通り『頸の皮一枚』で躱し、アキは鷹揚にそう口にして紫煙を吐いた。

 

「……何の用だ、出雲の雑兵ども」

 

 振り抜いた【聖威(じぶん)】すら重たげに、フォルロワは彼等を睨み付ける。切れ長の、藍玉(サファイア)を思わせるその瞳で。

 前に出ようとした綺羅を制し、一人座敷牢に歩み入る。

 

「ハハ、相変わらずだな……一回負けたくらいじゃ、その鼻っ柱は折れねぇか」

「黙れ――我は負けてなどおらぬ……たかが『自壊』の神名を刻まれた程度で……!」

 

 そう口にするだけで、もう息を切らして肩を揺らす。明らかな強がりに、苦笑を禁じ得ない。ドSとしては、最高の弄り相手を見付けた気分である。

 故に、最高のスマイルで煙草を吸いきり――刹那よりも早く、速く。フォルロワの眉間にアパッチ・デファイアントデリンジャー【烏有】を突き付けた。

 

「――はい、また負けた。今の一瞬だけで、少なくとも射殺、刺殺、撲殺の三種類が出来た訳だけど」

「――――」

 

 琥珀色の鬼龍瞳(さんぱくがん)で、心底嘲るように。清々しいまでに分かり易く、喧嘩を売ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 粉微塵と弾けとんだ座敷牢の堅牢な扉、その残骸が湖面に降り注ぐ。その中をバク宙で通り抜けたアキは、新しい煙草に火を点す余裕を見せつつ、湖面に波紋を刻みながら着水した。

 その体が、前後左右に次々傾ぐ。傾いだ頭が在った空間を、黒い軌跡が薙ぐ。まるで、予定調和のダンスのように。

 

「くっ――このぉぉぉっ!」

 

 激昂に任せて巨刃剣(グレートスウォード)を振るうフォルロワだが、それ故に軌道は単純で読みやすい。

 幾多の剣林弾雨を潜り抜けてきたアキと、消耗しきったフォルロワの今の状態では……紫煙を燻らせながら長剣小銃(スウォードライフル)【是我】を招聘、更に【烏有】を長剣小銃型に変型させて二本を組み合わせた双刃剣銃(ダブルセイバー)にするのも容易かった。

 

「――ほら、また死んだ」

「っ――――舐めるなぁぁ!」

 

 そして、文字通り『旋風』の如く。双刃剣銃を回転させるように振るった『ワールウィンド』により【聖威】を捌き、フォルロワの首筋にもう一方の刃を当てる。

 それに、更に頭に血を昇らせる彼女。完全にアキの術中だった。

 

「ハハ、腹立つよなぁ。分かるぜ、飼い犬に手を噛まれるとは思ってもみなかったんだろ? 何でも位とか力があれば、平伏すとか思っちゃってる『さいっきょー』さんは? だから、雌伏の時を重ねる奴等の考えを理解できない」

「うるさい――!」

「いい格言を教えてやるよ。『一寸の虫にも五分の魂』ってな。分かるかい、一位神剣――俺からすりゃあ、一位も十位も、エターナルも化身も人間も変わりゃしねぇ……」

「うるさい――――黙れ!」

 

 繰り出した刺突をスウェーバックで躱されると同時に、眉間に正確に向けられていた銃口。それを理解した刹那、ギリッと歯を鳴らしたフォルロワが、大上段に【聖威】を構えた。

 

「貴様のような……貴様のような楽観論者に――――分かる筈がない! 秩序無くして自由など無い……分かるまい解脱者、縛られざるもの! 法の外を歩く者(アウト・ロー)!」

 

 その刃に、圧縮されたオーラフォトンが纏わり付く。莫大な質量増加、光の刃は天を衝くほど。

 

「ハ――――やっぱりまだまだお嬢ちゃんだな。いいか、法の埒外の悪漢(アウト・ロー)ってのはな……」

 

 そこでアキは左手の双刃剣銃をコンテンダーに換え、右手に持つ吸い付くした煙草のフィルターを根元力で消滅させる。

 同時に、その空間に一発の『銃弾』……目覚めた後に作り上げた『永劫回帰す輪廻の龍刃(エターナル・リカーランス)』を透徹城から取りだし、装填した。

 

「――――消え去れぇぇぇぇ!」

 

 掛け値無し、追い詰められたからこそ平時すら凌駕する剣撃は、空間すら引き裂きながら。星さえも断ち切れるのではないかという勢いで、拳銃を構えたまま無防備に立つ、たった一人の男に向けて振り下ろされ――――

 

「法の外に在るからこそ、法を破った者を法の内に叩き返す事が出来るのさ――――」

 

 『最速のエターナル』が放った永劫回帰の銃撃は、その剣よりも速く。『彼女』に着弾したのだった――――

 

 

………………

…………

……

 

 

 巨刃剣が、飛沫を上げながら湖に沈む。そして、フォルロワが崩折(くずお)れるように湖面に膝をついた。

 永劫回帰の銃弾は【聖威(彼女自身)】を弾き飛ばし、フォルロワには傷ひとつ与えていない。いや、ダメージならば多大に与えたが。

 

「……殺せ……最早、我に抗う術はない」

 

 精神的な大ダメージを。異物の排除に失敗し、元部下に裏切られ、更には同じ相手への幾度もの敗北。元より誇り高い性分の彼女にとっては、悪夢以外の何物でもないだろう。

 だから、そんな考えに至ってもおかしくはあるまい。しかし、目の前の男の性癖はドSだ。

 

「冗談。前にも言っただろうが、『殺しちゃ色々楽しめねぇ』ってよう」

 

 右の小指で耳をほじり、その小指にフッと息を吐いて。元より三分の二程しかないのに更に低くなった少女へと。

 

「じゃ、本題だ。お前――やられっぱなしで満足か?」

「……何が言いたい」

 

 空薬莢を排出し、保持する。すると、その空っぽの弾頭部分にエーテルが満ちる。

 発射された事で充たされた『空』を原動力として、また銃弾を得る。それは正に、『永劫回帰(エターナル・リカーランス)』の面目躍如。

 

「あんだけ虚仮にされて、ムカつかねぇのかって聞いてんだ。俺はムカつくね、育った世界を壊されて、おまけにボコられた。仕返ししてやらなきゃ、腹の虫が治まらねぇ」

「だから――何が言いたいのかと聞いている。まさか、我に『仲間になれ』とでも言うつもりか?」

 

 銃弾を透徹城に納めたアキを見上げ、はっ、と失笑するフォルロワ。そんな仕草ですらも絵になる、まだ幼いとはいえ目を瞠るような天性の美質。

 だが、何度も言うように――――

 

「はぁ、『仲間』だぁ? 莫迦言え、『使ってやるから付いてこい』っつってんだよ。テメェの力は知ってる、エト=カ=リファの軍勢を相手にするんだ、戦力は一人でも多い方がいいからな」

 

 この男は、ドSなのだ――――。

 

「『使ってやるから』……か。は、貴様如きと契約しろと? 冗談がきつい」

「ご心配なく、()()してくれないマグロ女に興味はねぇよ。それに、こちとら二本も契約してない神剣を握って闘ってた事もある。今更だ」

 

 湖面を歩き、フォルロワに一度背を向ける。その合間にもう一本煙草に火を点す。

 

「――で、どうすんだ? 一人で泣き寝入りするか、二人併せて倍返しにするか……今、決めろ」

 

 振り向き、双刃剣銃を持たない右手を差し出す。フォルロワはその右手を、興味無さげに見詰めて――手元に招聘した【聖威】を、水を巻き上げつつ下段から擦り上げて、アキの頸を薙ぎ――――頸の皮一枚を切り裂かれ、煙草の火を消されて尚、不敵な笑顔を浮かべたままの彼に。

 

「……条件がある。その鼻につく煙草を、我の前で吸うな。その条件で我が柄を一時、貴様に預けてやろう」

「オーケー、契約成立だな」

 

 言われた通りに煙草を仕舞い、奥の院に向けて歩き出す。

 

「じゃあ、早速ナルカナ達と今後の打ち合わせといくか、【聖威】――――フォルロワ」

【うっ……あの女は苦手だ、貴様に一任する――おい、何を笑っておるのだ】

 

 その肩に、何処か懐かしい重み。それが何故かに気付いた時、思わず漏れた笑みを見咎められてしまう。

 

「ハハ、昔の話だ……昔、お前と同じように契約してねぇ大剣型の永遠神剣と共闘した事があってな。お前からは――――【夜燭(レストアス)】と同じ臭いがするよ」

【貴様……この我を、低位神剣などと同じだと! そこに直れ、今度こそ叩き斬ってくれる……下ろせ、下ろせアキ!】

「ハイハイ、ほら、もうすぐナルカナとご対面だぞ~」

 

 黒い鏃を思わせる、巨刃剣【聖威】が担がれた重みに――――。


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