サン=サーラ...   作:ドラケン

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悪心胎動 災厄の兆し Ⅱ

 時刻は宵の口。今度は送別会を催すという事で、もしも片付けが終わっていなかった場合を考えての跡形消(あとかたづけ)を兼ねて呼びに来たナルカナとイルカナと共に、食堂に移動した。

 そこに用意されていたのは、一体いつの間にこれだけの量の料理を作る時間が有ったのか聞きたい程の食事量。

 

 そして――その食堂にて。

 

「はい、お兄ちゃん。あーんして、あーん」

「あ、ああ……あーん……」

 

 右腕をガッチリと左腕で、更には生肌の太股までも使ってホールドして、海老炒飯の載ったレンゲを差し向けて来るユーフォリア。

 今、己の手の甲が触れているモノを意識外に追いやるよう心掛けて。その為か、心底小っ恥ずかしい筈の『あーん』ですらも許容範囲に感じて言いなりになる。

 

「兄さま、あーんして下さいませ」

「ひでぶ!? アイオネアさん……?!」

 

 その瞬間、グギリと。嫌な音を立てて首をひん曲げられる。目前に在ったのは、五目炒飯の載ったレンゲをこちらに差し向けて来るアイオネア。

 やはりガッチリと左腕を右腕で、薄ナイロンの黒タイツに包まれた太股も使ってホールドした状態の彼女が。

 

「「む〜〜っ!」」

「もがふっ、ちょ、噛む暇くらいモゴ……は、くれ……ンゴ!?!」

 

 そう、両腕を完全に封じられて……バチバチと視線にて火花を散らし合う少女達に挟まれて、矢継ぎ早に出来立て熱々の炒飯を口の中に突っ込まれて。

 まるで口径の合わない弾丸を無理矢理、ベルトリンクで装填される銃の気分だ。

 

「あ、お飲みものだよね。はい、空さんの大好きな――」

 

 と、流石は恋人。彼の『助けて』の視線に気付いて。

 

「コーヒーだよっ」

「……?!」

 

 差し出されたのは、泡立つ真黒な液体。ただでさえ火傷寸前の咥内に、これまた行き届き過ぎた気遣いで異常に濃い、煮え滾ったコールタールに近い状態の珈琲を流し込めと。

 

――確かに好きな物だけれども! 炒飯に珈琲?! 合うのかな、ソレ! ケーキを突っ込んだラーメン並の暴挙じゃないかな、ソレ!?

 

 そして、流石は恋人。彼のそんな意志を込めた視線にも気付いて。

 

「うぅ……要らないの……?」

 

 悲しげに目を伏せて、大粒の涙を浮かべたその瞬間に、アキは蒼茫(せいたん)雷火(おこしび)を纏ってまで間髪容れずに一気飲みした。

 当然、喉や胃の腑が焼けるような苦痛と舌が麻痺しそうな程の苦みを味わう事となる。

 

「ハハ……案外……イケる組み合わせかも……しれないな」

 

 だが、彼にとっては自分の痛みなどよりもユーフォリアが笑顔で居てくれる方が大事なのだった。

 

「……また、ゆーちゃんばっかり」

 

 そして、そんな事をすると……目に見えて不機嫌になる媛君が左隣に居る。

 

「つ、次は……麻婆豆腐が食いたいなぁ」

 

 このままではもう一杯、あの珈琲を飲まされかねないと戦々恐々、先手を打つ。

 因みに、麻婆豆腐はこの会食には存在していない。要するに、時間稼ぎである。

 

「え〜っ、じゃあ急いで作らないと……お豆腐有るかなぁ」

 

 まんまと掛かったユーフォリアは慌てて立ち上がる。ホッと一息をついた、その眼前に――

 

「どうぞ、アキ様……御所望の麻婆豆腐です」

「ええっ?!」

 

 聖なる盃に満載された麻婆豆腐を掬い取ったレンゲが、ズイッと。アイオネアによって差し出されたのだった。

 

――しまったァァッ! アイは確率の支配者、そこに存在する可能性が微塵でも在れば実現可能! 更に0%と100%は同一事象の片面であるとして、無限回帰する事が可能な絶対空間の女王!

 つまりは、麻婆は食卓に存在していないのだから……アイは無尽蔵にそれを零から引き出す事が出来る、日没の青き瞼の娘……!

 

「あ、有難うな……アイ」

「う〜、アイちゃんの卑怯者〜」

 

 しかし、自ら言ってしまった手前食わない訳にはいかない。彼女が抱くは、麻婆が止め途なく溢れる魔法の釜。底を付く事等は決してない、食い尽くせばその"零"を糧として"百"へ永劫回に帰する。

 それはシュレーディンガーの猫も存在する事能わず、ラプラスの悪魔ですらも干渉不可能な、未来福音(エヴァンジェリン)

 

 それを一気に、一口にて頬張る。そして――眉根を寄せて、難しい顔をして飲み込んで。

 

「……なぁ、ユーフィー……これ一口食ってみてくれ」

「え……あ、うん」

 

 と、勧められたユーフォリアがアイオネアの神聖スキル台なしの麻婆聖盃から一口分を掬って口に含み……難しい顔をした。

 

「味……無いね。お水みたい」

「やっぱりか……良かったぜ、俺の味蕾が焼け死んだんじゃなくて」

「あじ……?」

 

 誕生以来、自らが聖盃で生み出す零位元素[アイテール]だけしか口にした事の無い彼女が生み出した麻婆豆腐は……水の如く無味だったのである。

 

「そうだなぁ……普通、麻婆豆腐は辛いものなんだよ」

「からい……ですか?」

「そうそう、ラー油とか唐辛子で辛いんだよねー」

 

 言うや否や、卓に備え付けられている辣油と一味を振り掛けて味を調えたユーフォリアが麻婆を掬い差し出す。口に含めば……まあまあ食べられる代物にはなっていた。

 

「うぅ〜〜っ!」

「ちょ、アイオネアさーーん?!」

 

 それに憤慨したアイオネアは−−在ろう事か、卓上の調味料を全て、丸っと麻婆に叩き込んだ。

 やっと味が着いた麻婆豆腐は一瞬で……醤油とソースで真黒く煮えて辛苦の紅い汁を滲ませる、この世の地獄と化していた。

 

――何これ、何麻婆なのさ一体? 溶岩麻婆(マグマーボー)? 俺は、言峰さんちのキレーな神父じゃあねぇんだよ、確かに我流八極拳も特訓したし代行者(零位)の称号は持ってるけども!

 

「あの、アイオネアさん……これは幾ら何でもワタクシの手には負い兼ねるというか」

 

 幾ら『アイアンスキン』で肉体的には鉄壁といえど……味覚まで防御する事は適わない。

 だらだらと冷や汗をかきつつも、退避路を模索する。そんな彼に。

 

「ぐす……捨てちゃうんですか?」

 

 涙目で、『きゅーん』と。まるで捨てられた子犬みたいな眼差しを向けられてしまえば。

 

「――戴きます」

 

 と、そう言うしかなかった。

 

「いやーねー、女にだらしの無い男って……」

「だよねー、周りに女を侍らせていい気になってるとか小物の骨頂だよね」

「全くじゃのう、一夫多妻などは獣の為す事よ」

「その通りですね。女性にばかり貞淑を求めて自分はあちらこちらふらふらなど、男のエゴです」

「そうね、あれはないわ」

「あ、あはは…………」

 

 結果、沙月にルプトナ、ナーヤにカティマ、ナルカナにヒソヒソと陰口を叩かれてしまう始末。

 

――だが、叶う事ならば。声を大にして言いたい。俺はお前らが惚れてる(ジゴロ)ほど無節操に女を引っ掛けてねぇ……!

 

【……よくもまぁ白々しく言うよね、兄ちゃん】

(なんだ、【悠久(おとうと)】よ……言いたい事があるならはっきり言えよ)

 

 しかし、現状はそう野次られても仕方の無い状態に違いない。更に、当然といえば当然だが学生連中の視線も冷たい。

 完全無欠に板挟みで、孤立無援の敵地にて、逃げられる意識すらも追い込まれて。

 

――……今日も、いい星空だなぁ。ああ……あの流れ星みたいに、あの一瞬の煌めきのように。華々しくなんてなくて良いから……自由気儘に流れて行きたい。

 

 なので……窓の外を眺めながら現実逃避してみたりしていた。

 

「まぁ要するに、アイちゃんもユーちゃんも兄上さまのご寵愛の独占権を主張してる訳ですよ」

「なるほど、それで修羅場を繰り広げてた訳ね。あれね、○閣諸島とか北○領土とか竹○を思い出したわ……いつの時代も、主権争いは苛烈ね」

「初恋を諦めて箍が外れたんじゃない? 元々、初恋が忘れられない男はロリコンになる傾向が強いっていうし」

「その説は極論だと思うけどね……まぁ少なくともクー君は始めからぺったんこ好きだったと思うわ」

 

 イルカナの解説に的を得ているようないないような返答をした早苗に、暴論を展開したタリア。

 そしてフォローにならない擁護をくれた、養護教諭のヤツィータが希美に話を向ける。

 

「あのぅ、ヤツィータさん……どうしてわたしの方を見て言うんですか?」

 

 それに心底意味が判らない……が、胸の事を茶化された事だけは理解した彼女がジト目を向けた。

 

「恋する乙女は盲目、か……うわ、今ちょっとだけ……心から彼に同情しちゃった」

 

 そんな彼女を見て、エヴォリアはそう呟いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 ジャーッと水の流れる音を背に、トイレを後にしたアキの足取りはまるで雛鳥のようによちよちしていた。

 

肛門(ケツ)が……焼けるようだ」

 

 水をがぶ飲みしたが、どうやら逆効果だったらしい。摂取した大量の香辛料で、彼の粘膜は大打撃を受けていた。

 

「……あら、珍しい所で会うわね」

「んあ……ああ、姐御にベルバ先輩じゃないですか……なんすか、これから便所でアタッカーに回ったりディフェンダーに回ったりするんで……判りましたすいません調子に乗っただけですから、【重圧】は仕舞ってください」

 

 と、そこで認めた翡翠細工の女と鬼神の具現……エヴォリアとベルバルザード。

 

「今、暇かしら? 少しお付き合い願いたいんだけど」

「はぁ……別に良いっすよ」

 

 先導する二人に着いて、歩いた先には鉄扉、それを開いて広がった−−煙るように密集した、満天の星空(プラネタリウム)

 偽物であるとは言え、星が美しい事に変わりは無い。

 

「……で、何です? 世間話にしてはムード有り過ぎで、告白にしてはベルバ先輩が邪魔ですけど」

「あら、どの口がそんな事を言うのかしら、この『恋愛の対象にも成れない』男」

「あんた、遂に言っちまったな……自分自身薄々感づいてはいたけど、敢えて気にしないようにしてた事を言っちまったな! 畜生ォォ、普通はこんな副作用が有るなんて思わねーだろッ! 魅了の逆の効果スキルかっ!」

 

 短めの翡翠色の髪を靡かせながら振り返った、アラビア圏の踊り娘のような女。その美しさに思わず息を飲む。

 

「……あたし達二人もね、そろそろお暇する事に決めたわ。元々が、理想幹の攻略までのつもりだったんだけど……随分長居したからね」

「ああ――成る程。でも、それはクウォークス代表にでも言うべきなんじゃ?」

「言ったところで、『そうか』が関の山。それならからかい甲斐のある貴方の方が面白いでしょ?」

「マジ迷惑だわー」

 

 星の光に抱かれて、そういえば目の前の女は……会った事こそ無かったが、神代の古に於いては『慈愛の女神』の渾名で知られた、南天の空にて星の美を象徴する存在だった事を思い出した。

 

「……ま、精々ベルバ先輩と幸福になって下ださいよ」

「あら……散々人を不幸にしてきたあたし達に……今更幸福になる権利なんて有るのかしら」

 

 彼としては軽く発した言葉、それにエヴォリアとベルバルザードは……戦の時ような視線を向けた。

 

「当たり前じゃないすか。奪ったんなら、最低でもあんたが今まで奪った相手の分だけの幸福を謳歌しなきゃ」

 

 試すような、縋るような。自分達のこの後の指針を尋ねるような、そんな視線だった。

 

「そうじゃなきゃ――お前らの所為で潰えた生命は、それこそ無意味になる。真実、()()()()になっちまうだろう、エヴォリア……ベルバルザード」

 

 だから、真摯に視線を返す。一片の迷いも無く、そう……振り切った感情を。

 

「……あはは、相変わらずね、貴方……正義に与してるのが不思議だわ、その実はどうしようもない『(あく)』なのに」

「だからこその自由自在なのさ、がんじがらめの『正義(ぜん)』とやらは窮屈だ。一人くらいは振り切った"そういう奴"が居ても良いけど……俺はそういうのは頼まれたって御免だね」

 

――そう、正義なんて出来ない事ばかりだ。例えば悪を行えない。それに対して、惡は自由。自分が望むのならば……正義を行ったってなんら問題は無い。

 要するに、正義には限界が有るが惡には際限が無いって事。

 

「……自由自在、ね。だったら聞くけど……そう言ってる癖に、あの娘を受け入れられないのは何故なの? 今更、一夫多妻が悪い事だとかいう訳?」

「は――いや、それとこれとは」

「あら、違うのかしら? 今の貴方は、有りもしない罪の意識に陶酔してるように見えるけど?」

 

 その一言に仮面を剥がされる。装甲の隙間、柔らかな剥き出しの肉の部分に突き立てられた、鋭利な刃に。

 思い浮かぶのは、滄の少女。己が契約した永遠神剣。

 

「考えてもみなさい、貴方……他の男にあの娘を譲ったり出来るの? あの娘が、他の男の腕の中で女になるなんて……堪えられるの?」

「……何を、馬鹿な! アイは、俺にとっては妹みたいなもので」

「そう思いたいだけでしょうに。一度、妹みたいに思っていた娘に手を出しちゃったから……もう一人だけはどうしてもスタンスを守りたいってだけよ、貴方」

 

 ギリ、と歯を食い縛る。そんな事は、考え無くても判っている。あの無垢が他の男に穢されるなど堪えきれる筈もない。その可能性が有るだけでも反吐が出ると言うのに。

 本当の所、自分自身……気付いてはいるのだ。有ってはいけない感情を抱いているという事には。

 

「……まぁ、後悔だけはさせないであげなさいな。あの純粋な二人に、ね……」

 

 言うだけ言って、去っていく影。脇を擦り抜けていく、翡翠の女に向けて――

 

「…………」

 

 何も言い返せずに、歯を食い縛るのみ。響くのは只、鉄扉が閉じる無情な音のみだ。

 独り取り残されて、満天の星空を見上げる。天の川を再現する、その天幕に。

 

「そう簡単に割り切れたら、苦労しねぇっての……」

 

 その声が、星の光が満たす虚空へ溶けていった……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 エヴォリアとの会話後、何と無く他人と会う気が起きず。というか、どんな顔をしてユーフォリアとアイオネアに会えば良いのかが、分からずに。

 物部学園で最も星空に近い、屋上で寝転がり後頭部に手を当てて脚を組んだ状態で星空を見上げて……かれこれ一時間にもなる。

 

――ユーフィーとアイ……悩んでも結局どっちの方が大切なのか、俺には……その明確な優劣を付ける事が出来なかった。

 気分は心底、最悪だ。ユーフィーが言ったように……本当に浮気でもしたように自己嫌悪してしまう。

 

 頭はいい感じに煮詰まり、焦げたカラメルソースが痼り付いた鍋の如くにっちもさっちもいかない。

 

「……俺って……もしかして、多情なんだろうか」

 

 などと、思わず溜息混じりに誰に問う訳でも無く呟いてしまうほどだ。

 

「――……うっわー、独りぼっちで何か呟いてるよ。怖っ」

「似合わねぇ真似してやがんな、そういうのは二枚目の奴しか絵にならねぇぜ」

「放っとけ、莫迦ヤローども……」

 

 と、口々に響いた女と男の声。予期せぬ返答に心臓を凍りつかせつつ、視線を向けてみれば――立っていたのは、神剣士の戦装束を身に纏うルプトナとソルラスカだった。

 

「何だよ、敵でも現れたか?」

 

 物々しさに上半身を起こして周囲を探るも……そもそも、物部学園の内部に敵が侵入すれば高性能神獣ものべーに見付かって警報が鳴る筈だ。

 

「何、単純な話だって。よくよく俺とお前の出会いを思い出してみたら――」

 

 訝しみながら彼ら二人を見遣れば、静かにソルラスカが進み出た。

 

「俺とお前の真剣勝負(タイマン)は、ケリがついてねぇんだ……!」

 

 進み出て――野狼の如く好戦的な笑顔を見せて目にも留まらぬ速さで拳を振るい、永遠神剣・第六位【荒神】を……こちらの鼻先に突き付けた。

 月の光を浴びて鈍く銀色に煌めく鋭利な爪を突き付けられて。

 

「……成る程、そういやそうだな。剣の世界じゃ邪魔が入りやがったからな」

 

 左手に握った、夜闇に溶けそうなディファイアント=デリンジャー……条件反射(クイックドロー)で抜き、構えた暗殺銃【烏有】の上下二連装の銃口をソルラスカの鼻先に突き付けながら――獲物を見付けた鷹の如き笑顔を見せたのだった。

 

 それはこの二人が出会った時の話。まだアキが【幽冥】のタツミを名乗っていた頃の……【幽冥】に、良いように使われていた頃の話だ。

 

「手加減はしねぇ、俺はあの時と同じ――【荒神】のソルラスカの名に懸けて本気でテメェを殺しに行く」

 

 出会い頭、交戦したこの二人は……タリアとミゥの仲裁により決着を……全身全霊の闘いの決着を付ける事が出来なかった。

 

「そりゃあこっちの台詞だ。俺も、あの時と同じで――この生命を懸けて、テメェを殺しに行く」

 

 その決着を今ここで付けようと、そう確認しあったのである。

 

 バッと互いに跳び下がる。離れた距離は約10メートル程度、神剣の担い手には……零と等しい間合い。

 

「……オイ、どうした? 【真如】を喚ばねぇのか」

「間違えんなよ。俺の【真如】は、お前らの形に囚われる神剣とは違う……」

 

 挑発を軽く|透禍[スルー]して、胸……心臓の位置に拳を当てる。その拳に漆黒の篭手――具現化された『威霊の錬成具』が装備された。

 

「【真如】は銃如きじゃねぇ……俺の躯を突き動かすモノ、この源初動(いのち)だ」

 

 元より、防御を展開する隙すらも嫌う彼は……ディフェンススキルを実際の装甲の概念として纏う事を好む。

 その奇跡を可能とするのが、彼の契約した永遠神剣・空位【真如】。確率を支配する事によって空想ですらもを具現化する精霊の法を携えし、奇跡を起こす軌跡の原点にして原典……劫初の海に生まれた生命のさざ波である。

 

「そうだったな、なら出し惜しみはしねぇ――全力全開……!」

 

 その、宇宙開闢から終焉までを遍く記す『アカシックレコード』を前にして……ソルラスカは宣言通りに一切の加減する事無く、両拳の【荒神】にそれぞれ(てん)の氣と()の氣を廻らせる。

 反発する筈のその陰陽の流れを、精神力を以って……さながら無極の如く両立させていた。

 

「自慢の拳、受けやがれ――――降天昇地無拍!」

 

 跳躍と共に明かされる真名、その名を『降天昇地無拍』。

 正しく、拍を差し挟む余地の無い間に天が降り地が昇るかの如き。 空海(さかいめ)に存在する全てを擦り潰すかのように苛烈な、拳の連打。

 

「流石だな、ソル――だが!」

 

 その威容を目の前にして、篭手に纏われる蒼茫の焔、(アカシャ)の煌めき。

 それこそが、何モノにも侵されぬ生命のみの秘奥『生誕の起火』。エターナルの内ですらも持つ者は稀な、奇跡のチカラ。

 

「――敵を倒すには一撃有れば事足りるのさ――――クリティカルワン!」

 

 同じく、跳躍と共に明かされる真名。あらゆる存在を許す場所……天地の狭間に在る空海の体現。

 遍く全き可能性を網羅し、敵対者に回避の余地を残さない必殺技……正にその名が示す通り『致命的な一撃(クリティカルワン)』たる、正拳突き。

 

「「――ハァァァァァッ!!!!」」

 

 交錯する天地の拳戟と空海の拳撃、互いの壱志を籠めた必殺は−−

 

 

………………

…………

……

 

 

「……イテテ、オイ、沁みるだろうがよ……」

「うっさいなー、黙ってろよー」

「ったく、相変わらずガサツな奴だな。そんな事じゃ望に見向きもされねぇイダダダダごめんなさい調子こきましたルプトナさん!」

 

 所は保健室。ルプトナに消毒液に浸した脱脂綿を押し付けられて、悶えるアキ。

 治療して貰いつつ、文句を述べた為に報復を受けてしまった。

 

「ホント、呆れた。ソルも空も、ほんっと馬鹿だよ」

 

 プリプリと頬っぺたを膨らませて、彼の頬を殴り付けるかのような治療を施すルプトナ。アイオネアに治癒して貰う方が早いのだが、彼女を呼ぶのをアキが躊躇った為である。

 

「うっせ、男ってのはそんなもんなんだよ。いつまで経っても少年の心を忘れないモンなんだよ」

 

 心安らぐその一時、同性の友人とじゃれあうのと同じだ。因みに、ソルラスカが居ないのは罰ゲームとして『タリアに告白』の為に、現在は出張中だからである。

 

――いやホント、こんな機会でも作らなきゃ告白とかしねぇだろ、アイツ。出来れば出ていくまでに結果も知りたいしな……って……。

 

「…………」

 

 と、目に入ったのはたゆんと揺れる、前のめりになっているが故に強調される同年代にしては立派過ぎる胸。誠に望には惜しい、おっぱい星人涎垂モノの得物。

 

「…………」

「あいたたた、ちょ……すいません邪な考えは抱いてません」

 

 ピタリと、脱脂綿を押し付けていたルプトナの手が止まる。その所為で、必要以上に消毒液が染み込んだ。

 それを考えを見透かされたからだと思い、そんな見え透いた言い訳をしたところで。

 

「……どうして出てくんだよ……ボクらに何の相談もしないで、勝手に決めちゃうんだよ……」

「…………」

「ボクらは"家族"だろ、なのに……なんでなんだよ……!」

 

 子供が駄々をこねるように唇を尖らせて呟かれた、その言葉に。

 

「……そりゃあ、別れるのは辛い。けど――何かを手に入れる為には、何かを犠牲にしなきゃいけなかったってだけの事だ」

「……なんだよ、それで空が『手に入れたモノ』って一体何だよ!」

 

 機嫌を損ねたらしく、ダンッと強く踏み締められた床が砕けた。それもその筈、彼女が履いているのは只の靴ではなく、永遠神剣・第六位【揺籃】。

 本気を出せば、人の頭くらいなら西瓜かトマトみたく粉砕できる。

 

()くしてばっかりの癖に! 手に入れた端から失くしてくだけの癖に!」

「そりゃあそうだけどな。まぁ、アレだ……俺って莫迦だろ? 起用な生き方って出来なくてな……前にも言ったけど、俺は俺だ。過去が、現在が、未来がどうあれ……な」

 

 俯いてのまくし立てにポリポリと頭を掻いて。何一つ気負う事など無く、そんな理由を述べて。

 

――それに俺には……もう充分だ。空っぽだった、この俺に……受ける容れモノすら無い、伽藍洞の俺に……お前らは、掛け替えの無い"絆"を充たしてくれたんだから。

 

 最後まで強がり、『ありがとう』すらも言えずに。

 

「……頼むから、笑って送り出してくれ。俺はドSだから、泣かせるのは好きだけど……泣かれるのはどうにも苦手なんだよ……ルナ」

「……っ泣いてないやい、バカ……」

 

 ポン、と。俯いたルプトナの頭……磨かれた黒耀石(オプシディアン)を思わせる美しい黒髪を、くしゃくしゃっと撫でたのだった。

 

 

……………

…………

……

 

 

 夜が白む。架空の朝日が、天蓋を黎明に染める。

 

「さて、と……そろそろだな」

「うん……」

 

 移り変わってゆく空を、学園一同が見送りする為に揃っている校庭から眺めながら隣のユーフォリアを見遣れば……悲しげにそう呟いただけ。

 細く儚い肩を抱けば、舞い落ちる羽の如く軽い体重が預けられた。流石に、今はアイオネアもそれを容認している。

 

「……何よもう、湿っぽいわねー……これからローガスの奴をボコボコにしに行くんだから、気合いいれなさいよ、下僕一号二号三号四号」

「……オイ、何不吉な事言ってんだ。俺らは行かねーからな」

「そうですよ。大体、リーダーに挑むなんて無謀ですよ〜……」

「……ふっふっふ、待ってなさいよローガス。前回あんたに負けたのは数で圧されたから……今回は優秀な下僕が四人もいるんだから」

「「またオーラですか……」」

「お姉ちゃんに捕まったのが運の尽きですよ」

 

 因みに、アキとユーフォリアの当面の目標は、ユーフォリアの夢に出て来る『ミューギィ』という少女を探しに行く事だ。

 だが、やはり唯我独尊を地で行くナルカナには反論も諌言も届きはしなかった。

 

――まぁ、コイツはコイツなりに……別れを惜しんでいるのかもな。初めて、持ち主になって欲しいと思ったんだろう……望との。

 

 それは、昨晩の食堂への移動の最中。そこでアキは、ジルオルの言葉を告げた。それにナルカナは、少し嬉しそうに。少し哀しそうに微笑んで。

 

『馬鹿ね……大きなお世話よ』

 

 誰に対してかは口にする事無く、ただそれだけを呟いた……。

 

「……そろそろ、元々の世界に到着するよ」

 

 声は、希美のもの。間を置かずに『くおーーん』と目的地への到着を知らせる、ものべーの鳴き声が響いた。

 

「さて、懐かしの我が故郷に只今だ」

 

 お道化て、そう口にする。徐々に外界に繋がり、剥がれていく擬似天幕。

 その先に広がるのは−−

 

「――何だ、これは」

 

 見慣れた世界の廃墟に、残骸。黒く澱んだ天地は生命の残滓すら無く。完全なる死の世界へと成り果てた……故郷だった。

 

「――随分と遅かったな、堕落せし神々よ」

 

 そこに……淵源より続く声。凛と、澄んだ女声。

 

「この世界のマナは還して貰った。我が第二位【星天】にな」

 

 さながら、斬馬刀の如き巨大な永遠神剣……その、終着までを刻む碑銘。

 

「次は貴様らだ。その後、時間樹を初期化して……ナルカナ、お前を再度封印する」

 

 翳された手から放たれるオーラは、虹色の三重冠……それは、永劫無限の光。

 

「随分と久しぶりなのに、言ってくれるじゃないの……」

 

 静かな怒気を孕むナルカナの声に、動じる事も無い。古代の女帝の如き壮麗な衣裳を纏って、背後に黄金の天球を負う……ヴェールで顔を隠した永遠存在(エターナル)

 それは……正しく、創世の神曲。

 

「――創造神(ジ・オリジン)……"星天のエト=カ=リファ"!」

 

 その全てを――統べ司る神……!

 

 もう二度と朝の来ない世界に立ち込める陰惨な夜の気配。絶の故郷の枯れた世界のように、精霊回廊を巡るマナの流れを止められて、緩やかに滅んだのではない。

 

「酷い……こんな……」

「……てやる……」

 

 嗚咽を堪えでもするように口許を抑えてそう漏らしたユーフォリア。その彼女の隣に立っていたアキが、某かを呟き――アイオネアをライフル剣銃【真如】として瞬時に招聘した。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 彼の表情を窺った、彼女の表情が凍る。今まで彼の『怒り』の表情ならば幾らでも見てきた。

 しかし、今の表情はそれらと違う。その表情は見た事が無い、その――『憎しみ』の表情は。

 

「――お兄ちゃんっ!」

 

 必死に呼び掛け、引き寄せようと伸ばした手が……(くう)を切る。刹那の暇に宙を駆け出した、黒い霧を纏う龍騎士の背中は……大切な筈の少女の、悲鳴じみた呼び掛けを置き去りにしていった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 瓦礫の隙間から這い出る蟻のように現れる色とりどりのミニオン……いや、無数のエターナルアバターにより塵灰が巻き上げられる。

 その憂く怠く微睡む闇を斬り裂く、一条の滄い閃光。

 

「――――()ァァァァァッ!!!!!」

 

 澱んだ大気を震わせる咆哮と共に繰り出された、横一閃の剣銃戟。ハイロゥの高速回転により螺旋を描いた真空の刃を纏う【真如】の巻き起こす神風で、不用意に飛び掛かってきた青と黒と緑を暴風の断層に巻き込み。

 それに遠距離攻撃を仕掛けてきた白と赤を……やはり螺旋を描く真空を纏う銃弾で撃ち抜いて。

 

「――エト=カ=リファァァァァァァァッ!!!!!」

 

 ディフェンススキルごと、纏めてミンチに変えてエト=カ=リファへと肉薄する。

 

「……創造された虫けら……その更に雑種が……誰の許しを得て、造物主たる我の名を呼び刃を向ける!」

 

 それを、事も無げに。創造神のディフェンススキル『創世の光』……全属性プロテクションの効果を持つ星光の加護が受け止めた。

 

「――殺してやる」

 

 その創造神に向けて、吐き付けられた呪詛。飾る事も卑しめる事も無い、純粋な心情の吐露。

 惜しむらくは……平和と色惚けにかまけて、武装を何一つも整えていなかった事。せめて、イャガを仕留めた……必殺の永劫回帰の銃弾『エターナル=リカーランス』を一発だけでも用意していれば。

 

 そうすればこの戦いの結末もまた……違ったモノになっていた筈だ。

 

「……ほう、殺意は本物のようだ。さながら、剥き出しの刃と言ったところか……」

「煩せぇ……」

 

 叩き付けられる、圧倒的な殺意。空想を具現化する【真如】という発火装置を用いて具現化された、その殺害意欲は――まるで濃霧の如く彼の躯を包む、害毒の邪衣と化していた。

 

「……妙な存在だ、貴様からは神名の強制力を感じぬ。この時間樹の内に在って我が知らず……ログにも記載されてはおらなんだ」

「煩せぇ――煩せぇ煩せぇ煩せぇ煩せぇ……!」

 

 その霧を巻き込んで浅黒く染まる烈風とハイロゥで光が侵され――ダークフォトンに食い破られるかのように貫かれた。好機を逃す事など有りはしない。連続で、猛然と振るわれる毒風の魔刃。

 

【兄さま、いけません! このままでは……兄さまの心が塗り潰されてしまいます……!】

「……剣筋に脚捌き、重心の移動にわざと隙を作り敵の意識を逸らす玄人殺しの誘導術……どれもが極限まで鍛え上げられ、凡百の自称『天才』を遥かに凌駕している……余程丹念に錬磨したと見えるぞ、若僧」

「――――煩せェェェェェッッ!!!!!!!!!!」

 

 獣の如く、ただただ本能任せに。アイオネアの諌言も、エト=カ=リファの高圧的な台詞も。害毒の邪衣『インフェナルチューター』が凝り固まる事で、まるで本物の龍のように姿が変わっていく事も……意識の外。

 

「そうか、さては貴様は……外部の永遠神剣と契約したエターナルか。カオスかロウかニュートラルか……なんにせよ、その卓越した武芸は褒めてやろう」

「――殺してやる……殺してやる……殺してやる…………ッ!」

 

 それにより、初めて彼を敵として意識した創造神エト=カ=リファが……斬馬刀型の永遠神剣【星天】で真空の剣を防ぎ、捌き、いなしながら呟く。

 表情こそ見えないが……ヴェールの向こうで炯々と光る真紅の瞳が、僅かに賞賛の色を宿していた。

 

――殺してやる、絶対に……! 俺の躯に替えても、俺の心に替えても……俺の生命に替えても!

 

【兄さま……落ち着いて下さ――】

「――殺してやらァァッ!!!!!」

 

 賛辞に、憎悪と殺意を以って返答する。虚空を踏みながら、限界を超えた具現化にてミシミシと軋む肉体にも構わずに。

 だが、光在る所には影が在る。『創世の光』の対のスキルである『創世の影』の星影の加護により刃は届かずに……辛うじて創造神の顔を覆うヴェールを引き裂いて、その死蝋のように白い肌と血の紅の瞳を露にしただけ。

 

「しかし――(ぬる)い。エターナルが感情に流されて永遠神剣との同調に躓るなど……恥を知れ、俗物!」

「――ガぁっ!?!」

 

 アキの作ってしまった本物の隙を見逃さず、勢い良く振り抜かれた斬馬刀の一撃。圧倒的質量の一撃をまともに受け止めようとして、敵わず吹き飛ばされる。

 問題はその時に左腕が圧し折れて、武器である永遠神銃を手放してしまった事。

 

「幾ら抗おうと、貴様らの命運は変わらぬ……至高神に逆らった罪は重いぞ!」

「グッ――――ッ?!」

 

 突き出された『星天』の一撃……虚空より突き出す永劫無限の光、この世界でかつて生命だったマナの煌めきが全て凝集した光る刃に脇腹を刔り斬られた。刃は体内で弾けて、内臓を殲滅する。

 

 アイオネアの移し身たる透徹城を装填する神銃が手から離れた状態では、傷を癒す事が出来ない。更に、切り札である生誕の起火……"最速"の概念も、致命傷を受けては練り出せなくなってしまう。

 

「――カ、ハッ……!」

 

 廃墟ビルの壁に叩き付けられて、血の塊を吐き出す。蜘蛛の巣状にひび割れる壁の中心に捕われた蝶のように創造神を睨み据え――

 

「――――オォォォォォッ!」

「……!?」

 

 耳を劈くかのような咆哮と共に、暗い夜空より地上に向けて降ってきた大猩々……既に躱せない、眼前まで迫った獄炎王の拳により瓦礫の壁七枚ごと、次々にぶち抜かれ…木の葉のように宙を舞う。

 爪や牙という原始の武器と一体になった第三位永遠神剣【激烈】の担い手にしてこの時間樹の破壊の権現として存在する真実の破戒神、創造神の配下であるエターナル『原初存在・激烈なる力』の爪で薙ぎ払われて――それでも、壱志のみで踏み止まって。

 

「――あ」

 

 踏み止まった、その瓦礫の内装。見間違う筈も無い、そこは――行き付けのコンビニ。

 そして……見慣れた顔をした亡骸が転がっている事に気を取られて。

 

「ルゥオォォォォォォォッ!」

 

 止めとして振り下ろされる剛腕、全てを創造前のエネルギーに還すという業火を纏った拳を見たのが……この瓦礫の中の最後の記憶となった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 炎の柱を噴き上げる一撃を擦り抜け、彼と彼の永遠神剣【真如】を救い出した一条の蒼い閃光――サーフボードに変型した【悠久】に乗ったユーフォリア。

 

「大丈夫、ねぇ、二人ともっ!」

 

 取り乱して、アキとアイオネアに声を掛ける。しかし返答は無く、寧ろ――戦場にあってはならない決定的な隙を見せてしまった。

 

「あっ――!」

 

 前を見直した時には、もう遅い。右腕全体が凍り付いたかのような最純なる黒晶の剣を持つ首無しの女巨人、己にさえ害を及ぼす為に切断した頭部……両目と一体化した第三位永遠神剣【戒め】の担い手にして時間樹を統べる法律の権現、創造神の配下であるエターナル『原初存在・絶対なる戒』の突き出した左腕が無造作に携える生首の瞼が開き、濁った朱い『浄眼』と睨み合ってしまう。

 周囲の大気が戒められその動きを停め、精神が眼圧に耐え切れず……軋んで。

 

「きゃああっ!?!」

 

 振り抜かれた絶対零度の氷の剣が放つ凍えた衝撃波によって、防御すら出来ずに撃ち落とされて――地面に叩き付けられた。

 

「うっ……くぅ……ゆーくん……」

 

 呻き声と共に、傍らに墜ちた永遠神剣に……彼女の弟【悠久】に手を伸ばす。

 

「あっ……」

 

 それを――蹴り飛ばした足。霞む瞳を上げた彼女の目に映ったのは青い髪と瞳のエターナルアバター。その他にも十数体が場を固めている。

 いかにエターナルといえども、永遠神剣を手放した状態で死ねば永遠神剣は残るが担い手は滅ぶ。外宇宙にはそうして担い手を失い、新たな担い手を求める永遠神剣も少なくないという。

 

 故に、肉体と一体化した永遠神剣を持つエターナルは非常に厄介な存在。だからこそ、神剣は担い手との同化を望む。

 かつて彼女の両親が闘った存在……"統べし聖剣シュン"の永遠神剣。存在している世界で最高の硬度となる、大剣と六枚の細刃を備えた第二位永遠神剣【世界】が担い手の肉体を作り替えてまでも、一体となった永遠神剣だったように。

 

 それを知る、永遠者の軍勢だからこそ……ユーフォリアを無力化するという意味も篭めて、【悠久】を蹴り飛ばした訳だ。

 無造作に向けられる、次第に凍気を帯びて青白く煌めく西洋剣は……『ヘヴンズスウォード』。切った者を凍り腐らせ、速やかに死へと到らしめる天国行きの片道切符。

 

 それが、無感動に彼女の首筋へと向けて突き出され――

 

「極光の剣は惑い無くあんたを貫く――クラウ・ソラス!」

 

 駆け付けたナルカナの一撃にて、続けて現れた神剣士達によって。纏めて切断された無数の頚が宙を舞い――

 

「この世界は我が望み、我が創世した。故に我が望みは世界の望み……」

 

 色を失った世界に溢れる生命の虹。エト=カ=リファの治癒である“命名:『命溢れる…』”により新たな神名を刻まれ、死に瀕するエターナルアバターどもの傷が塞がっていく。

 

「――神名の力は絶対だ、覆す事能わぬ……」

 

 軍勢は再進攻の足並みを揃えた。激烈なる力や絶対なる戒も加え、原初神の配下が轡を並べる姿は……正に壮観。

 

「我の役目は、この世界を永遠に存続させる事。それ以上でもそれ以下でもない……幾星霜、例え永遠に戦いが続こうとも我は負けぬ」

「そんな……これじゃあ、幾ら敵を倒してもっ!」

 

 唇を噛み締めて呟かれた望の言葉に、ナルカナ以外の皆が絶望的な表情を浮かべる。

 

「我にはおまえのように自由な生き方など出来はしない……遅かれ早かれこうなる定めだったのだ」

「あっそう……昔馴染みの誼みで、今なら許してやろうかとも思ったんだけど――」

 

 バチバチと、周囲のマナが暴れ始める。ナルカナは右に【叢雲】の影を、左に魔力を結集させ――

 

「あんたは――あたしの下僕に手を出した。その不出来なデクの棒どもと纏めて、世界霊魂の大海に還してやるわ!」

 

 圧倒的なマナの波動と共に、その雄叫びを上げた。

 

「いや、勝負はもう着いている」

 

 だが、エト=カ=リファは感慨も無く呟いて。

 

「――命名:『自壊する世界』。歯止めを失った末路……過ぎたる自らの力に滅び去れ」

「っ……しまっ……!」

 

 慌てて、『ディシペイト』により無力化を計るが――それは決して避けられぬ、創造神の定める滅びの起源。

 

「諦めて運命を享受せよ、抗う事は許されぬ……」

 

 バタバタと神剣士達が倒れていく。当たり前だ、絶の神名『滅び』を遥かに凌駕する威力の『自壊』を定められたのだから。

 

「――――滅べ」

 

 そしてそれは、この世界の残骸も例外ではなく――……

 

「――エト=カ=リファ……こんな所で何をしている……早く、根源に戻れ……!」

「フォルロワ様……如何が為されましたかな」

「戯け――根源にナル化存在が侵食を始めたぞ! このままでは、この牢獄を食い破られる!」

 

 正にその刹那、現れ出た満身創痍のフォルロワ。肩を押さえた、ツインテールの少女を認め、創造神は鼻白むように口を開いた。

 そんな彼女に、フォルロワは苛立った様子で叫ぶ。

 

「そうですか……了解いたしました。では、早速処理に参りましょう」

「急げ……早くしなければ、あれは――」

 

 答え、エト=カ=リファが【星天】を掲げる。その切っ先を――フォルロワに向けて。

 

「では、先ずは貴女に退場していただこう。【聖威】」

「な――く、あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 矛先が変わり、世界を滅ぼす神名をその一身に受けてさしものフォルロワも絶叫する。第一位ではあるが、度重なる敗北で消耗したその身体。

 倒れ付した彼女を見下ろし、エト=カ=リファは。

 

「きっ……さま……エト=カ=リファ……! 裏切る……つもりか……」

「ふん……『裏切る』……? 下らん、そもそも貴様の存在価値など――『刹那の代行者』という事以外に価値など無い」

 

 いい放つ言葉よりも早く、フォルロワが意識を失う。それを確認して、エト=カ=リファは神剣を納めた。

 

「腐っても第一位……やはり、消滅はしなかったか。まぁいい、次に会う時まで精々、その惨めな姿のまま震えていろ」

 

 そうして、消耗した姿のまま倒れたフォルロワを尻目に。創造神は自らの居城……根元回廊に向けて踵を返したのだった。


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